02:急襲、そして、出会い
「…武器」
とりあえず、手ごろな武器を探す。
僕の命の恩人でもある彼女――本来、妖精に性別は存在しないらしいけど――のくれた剣は出せばある。
……けど、僕は故郷を後にして以来、剣を握っていない。
……剣を持つと思い出してしまう。故郷をコワされた憎しみに身を委ね、敵を斬っていたあの時を、…あの肉を斬る感触を、……あの断末魔の声を。
いったんその場を離れ、周囲を物色する。
その後、すぐに手ごろな武器は見つかった。
よく判らない金属で出来たパイプ。部屋の片隅にほうられていたやつだ。
…………それにしても、この建物は何で出来てるんだろう。
灰色だからレンガじゃないし、土壁でもないし。
……まぁ、そんなこと、どうでもいいか。
ちょうどいい長さ。ちょっと軽いけど、殴るには充分。
僕は軽く素振りをして感触を確かめた。
「…使い勝手を求めてもしょうがないよね」
このパイプは武器じゃないから、剣に比べて握りくいのはあきらめるしかない。
僕は、心持ち早く先ほどの場所に舞い戻る。
さっきと同じ場所に身を潜めた瞬間、布地が破れ、ボタンが引きちぎられる音が
響く。
「ねぇ…、やめてよ…、やめてったら…」
「助けなんてこねえよ、大人しくしてな」
…覗き見るまでも無い、何が起こっているのかは簡単に想像が付く。
でも、同時に安心する。『間に合ったみたい』と。
…だけど、これ以上の余裕は無い。
僕は身体の隅々にまで魔力を行き渡らせ、膂力を強化する。
その強化の影響で、僕の髪が烏羽色から白銀に。
そして、自分の目で確認は出来ないけれど眼の色も茶色から碧色へと変わる。
……この変貌の原因はこの身体に流れている妖精の血脈。
僕の体に流れる妖精の血は、初代様の子供…つまりは妖精とのハーフである二代目に比肩するくらい非常に濃いものらしい。
魔力を行使する事で、体内の妖精の血が活性化するから~とか恩人の彼女が言ってたけど、細かい事は判らない。
重要なのは、その力をどう使うか。…ただ、それだけ。
僕は、入口の陰から飛び出した。
◇◇◇
背を極力低くし、地面をスレスレを矢の様に駆ける。
最初に片付ける敵は、女の子を襲おうとしている男。
僕は、勢いをそのままパイプに乗せ、しゃがんで彼女の服に手を掛けていた男の首筋を叩き払う。
………『ぐしゃり』と手に残る嫌な感触。
死んではいないだろうけど、脊椎に損傷はあると思う。
……まぁ、取りあえず奇襲の第一段階は成功。
一撃を食らわせた男が昏倒し、ゆっくりと前のめりに倒れていく。
そのままでは、男が女の子がのしかかる形になりそうなので、振り向きざまに上段蹴りで顎を蹴り上げた。
一瞬だが、少女と視線が重なる。
『…え?』という表情。
僕はそれを視界から外し、もう一人の弱そうな方へと駆ける。
こちらも、まだ状況が掴めていないらしい。
一瞬で距離を詰め、両足の向こう脛を強打。
立っていられず、しゃがみ込んだ所を最初の一人と同様に首筋に一撃を叩き込んで意識を刈り取る。
この間、僅かに3秒。
僕はすぐさま最後の1人に向き直る。
……僕の読みは合っていたらしい。
彼は、声一つあげずに服の内側からナイフを取り出し、僕に向かって投擲していた。
牽制などではない、僕の眉間<みけん>を狙った死の一撃。
僕は眼前に迫っていたソレを顔を逸らすことで避ける。
わずかに間に合わず頬に一筋の赤い線が走るが、戦闘に支障は無い。
僕は彼の寸前で跳ね、全体重を乗せて上段から頭めがけてパイプを振り下ろす。
……いくら筋力を強化しようが、リーチは子供。
長期戦に持ち込まれたら、…殺される。
僕としてはこの一撃で決めるつもりだった。
………だけど、男は暗闇の中、明かりの差さない天井近くからの一撃に反応してみせた。
もう一方の手に握ったナイフでパイプの勢いを弱め、空中で一瞬動きが止まった僕の腹に蹴りを放つ。
「ッ……!」
僕はそのまま壁に叩きつけられた。
…先の戦い以来、鍛錬を避け、何もをやらなかったツケだ。
戦場で剣を振るっていた頃はこの蹴りにも反応できていただろうし、食らっていたとしても空中で態勢を立て直して壁に足をつき、そのまま反撃に移れていたはず。
男は流れるように次の行動に移っていた。
パイプを受けたナイフをそのまま投擲。僕は避けることが出来ず、腕を盾にする事で辛うじて顔面への一撃を防ぐ。
……もちろんその代償は大きかった。
盾にした左腕に深々と突き刺さった刃、焼けるような痛みと、その傷から血が抜け、体が冷えていく感覚。
……慣れたくは無い感覚だった
「……ガキ、お前カタギの人間じゃねえな?」
暗くてよく分からないが、手に僕の見たことがない黒光りする武器をこちらに向け、油断無く構えた男が僕に声を掛ける。
…『カタギ』? 何かの隠語だろうか? あるいはこの世界の身分、あるいは職業なのか?
頭の片隅でそんな事を考えながら、僕は立ち上がる。
幸い、パイプは手に握られていたままだった。
僕は無言を貫き、パイプを右腕のみで構える。
「…だんまりか。……まあいい、おとなしく死――――」
話の途中で、僕は床を蹴った。
相手の出鼻をくじき、この一撃で仕留める。
出せうる限り全力での速度の踏み込み。
この暗闇の中では瞬間的に移動したかのように見えているだろう。
僕は一瞬で彼の懐に入り込んだ。
…彼は、辛うじて僕の動きに反応してみせた。
半歩引き、手に持っていた金属を僕に向ける。
この距離まで近づくと、ソレの細部まで確認できた。
黒く光るソレは、引き金が付き、その形状は故郷にあった何処と無くボウガンを彷彿とさせて……
――――背筋に走る悪寒。
だが、ここまで来た身体をとめる事は出来なかった。
ほとんど同時に僕の持ったパイプが彼の鳩尾を突き、引き金に掛かった彼の指が引かれる。
鳴り響く轟音、放たれた不可視の何か。
それが僕の右胸を貫いた。
矢が深々と刺さったような…、いや、経験したことの無い痛み。
僕は、自分でも予想以上に冷静な頭で『左腕の出血の倍くらい』と目算する。
「――――…くそったれ」
男がつぶやきながら力なく崩れ落ちた。
それを見届けた瞬間、足から力が抜け、床に膝を突く。
「……が…はっ」
僕はほぼ同時に吐血した。……おそらく肺がやられてる。
痛みはきちんと感じるけれど、僕は誰か他人の怪我を見ているような気分だった。
『…倒れこんだらもう起き上がれないな』そう思いながらパイプを杖代わりに使って、僕は女の子の元へ近づく。
「…ちょ、え? あなた、血が、たくさん、え? だいじょうぶなの?」
…?
……何でこの子は見ず知らずの僕を心配するんだろう?
僕は彼女の手を縛っていたロープを解こうとして、あきらめる。
…手が震えて結び目を解けそうに無い。
しょうがないから、腕に刺さっていたナイフを抜いて、それでロープを切った。
「…………」
…彼女の服は破られていて、ちょっと目のやりどころに困る格好だったから、僕は魔法で毛布を取り出すと、無言で肩に掛けてやる。
……ちょっと血がついちゃってるのは許して欲しい。
「…あ、ありがとう」
「…ん」
…………どうしよう、ここしばらく人間と話してなかったから、どう話せばいいのかわからない。
「…ってそうじゃなくて、あなたは誰!? その怪我は!? 何でここにいるの!?」
…うん、彼女、パニックだね。
人間って、パニックになってる人を目にすると、逆に落ち着くんだよね。
とりあえず、血の流れすぎで手足の感覚が無いから早急に傷を塞ごう。
「…『傷を、癒やせ。精霊サフィラスの名の下に』」
……うん、これで5分もしないうちに傷はふさがる。
ついでに、男に叩かれたせいで腫れていた彼女の頬をひと撫でして、治療する。
…………あれ、何か驚いてる?
僕、なにかマズイ事した?
「…ああ、もう!とりあえずあなたの名前を教えなさい! 私はアリサ、アリサ・バニングス!」
女の子が大声で怒鳴る。
怒鳴られながら自己紹介されたのは、初めての経験だよ…。
「…僕はジーク。ジーク・G・アントワーク」
これが僕とアリサの、初めての出会い。
そして、長い、長い付き合いの始まりだった。
ちょっと補足:主人公は『拳銃』という文化?が無い世界の人間なので銃火器の存在を知りません。
それにしても、やっと主人公の名前が出てきましたねww
誤字脱字などありましたらご一報ください。