魔法少女リリカルなのは ~若草色の妖精~   作:八九寺

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*スカトロ(でいいのかな?)表現あり。苦手な方、ご注意ください。

追伸:作者にスカトロ趣味は無いですよ?


11:失くしたモノと、手に入れたモノ

11:失くしたモノと、手に入れたモノ

 

ジュエルシードの魔力を感知した後の、僕の動きは素早かった。

瞬時に僕の髪が白銀に、そして眼は碧く変貌する。

 

「――――『天に煌(きら)めく星々の加護を以て、彼()の者たちを守護の環の内に…「八天方陣」』……!!」

 

即座に発動できる防御魔法の中で、最も硬いモノを発動させる。

……古竜の一撃すら防ぐ魔法なんだけど、瞬間消費魔力が多いのが欠点だ。

 

全周囲に障壁が張られた魔法が、地面の振動から車を切り離す。

 

「これは……!?」

「……収まったの?」

 

咄嗟に僕に掴まってきたアリサをそのままに、僕は追撃に備え気を張り詰めさせる。

 

「一体なにが……?」

「ちょっと待ってて」

 

一変した周囲の景色に唖然とする運転席の鮫島と、状況が解らず混乱しているアリサとデビッドさんに告げて――柔らかにアリサの手も解いておいた――、僕は未だ揺れの収まらない車の外に躍り出た。

 

「これは………樹の根?」

 

安全な障壁の内側から、現在進行形で周囲に起きている異変に目を向けた僕は、この現象の効果範囲に動きを停めざるをえなかった。

 

街の中心に、いきなりそびえたった異様なほどの大きさな大樹。

それから枝分かれし、街中に生えた、少し小さな大樹?――『小さな大樹』……この大樹なのに小さいっていう表現がおかしいのは自覚しているけれど、それ以外に的確な言葉が見当たらない――に、当然のように付随する、これまた巨大すぎる樹の根。

 

キレイに舗装されていた道路は、隆起した根によって無残にも破壊されている。

木々は、街の中心部の半分以上を飲み込んでいた。

 

僕は周囲の安全を確認すると、コンコンと窓を叩いて半分くらい開けてもらう。

 

「ジーク! 外の樹はいったいなんなのよ!?」

 

……こういった非常識な状況に慣れていないから、こんな質問が出来るのかな? と僕は思う。

僕の故郷だったら、原因不明の現象が発生したら、皆がとり合えず全力でその場から離れる。

それが一番自分の命を守れる方法なのだから。

 

「最近、街で起こってる魔法現象が原因」

 

実のところ、アリサにはジュエルシードのことは伝えずに、『原因不明の魔法現象』という風にぼかして伝えてある。

アリサに真実を語ろうものなら、自ら赴いて解決するといいかねない。

これに関してはデビッドさんも『あぁ、アリサなら間違いなくそうするだろうな……』と頷いていたから確実だ。

 

対してデビッドさんと鮫島は冷静さを取り戻している、流石。

 

「転送魔法で、車ごとアリサの家まで送る。そしたら家でじっとしてて」

 

僕は話しながら取り出したチョークで車の周りに魔方陣を書き込んでいく。車一台と、魔法を使えない人間3人を転送する都合上、陣が巨大、かつ複雑精緻になるから、多少手間がかかるのはしょうがない。

 

「ジーク君、君は!?」

「あれを始末したら帰る」

「ちょ!? そんなの自衛隊にでも任せて、私達と一緒に戻りなさい!!」

 

アリサの大声に、僕は首を左右に振り返した。

 

「……それは出来ない相談。こういう広範囲魔力現象は、早く手を打たないと際限なく拡大する。自衛隊とやらが凄いのは知ってるけど、その人たちはすぐ来れるの?

 ……今は街の繁華街あたりで収まっているけど、このままじゃずっと離れたアリサの家のほうまで拡大するかもしれない。

 そうなったら最悪。そこまで大きいともう手が着けられない。……僕の仕事はアリサを守ること。この場合、最善の一手は、アリサたちをこの場から逃がして、アレの手がつけられなくなる前に決着をつけること」

 

デビッドさんとアリサの声を聞き、返事をしながら、僕は魔方陣を完成させる。

 

「しかし、だからと言って君を危険な目には――――」

「――――デビッドさん、危険じゃない戦いなんて、無いです」

 

僕の言葉に、何かを言いかけたデビッドさんの動きが止まる。

 

「じゃ、じゃあ私も残る!! 私だってちょっとは魔法を使えるんだから――――」

「――――あのレベルの魔法じゃ戦闘になんて出せない……鮫島、車のドアをロックして。アリサが出てこられないように」

 

 

ガチャリ

 

 

瞬間、車内で伸ばされたアリサの手より早く、鮫島によって運転席からドアに鍵がかけられた。

 

「っ!? 鮫島、開けなさい!!」

 

「……申し訳ありません、アリサお嬢様。バニングス家の執事として、お嬢様や旦那様を危険に晒す手助けはできません」

 

……鮫島が僕の見込んだとおりの人でよかった。

“家”に仕える人は、“家”の人間のためならば、身内ですら切り捨てられなきゃならない。

 

まったく違うこの世界でも、それだけは変わらなかった。

 

「じゃあ、転送する。家に着いたら、屋敷の中に籠もってて。屋敷には、僕の魔力に依存しない形式の対魔結界が張られてるから、万が一のときは……自衛隊? が来るまで持ちこたえて」

 

僕は簡単に指示を出すと、転送魔法を発動させる。

 

「……ジーク坊ちゃん、申し訳――――」

 

――――深い悔恨に包まれた鮫島の表情。

 

「……ッ! ジーク君、決して無理はしな――――」

 

――――こちらを深く心配する、デビッドさんの顔。

 

そして――――

 

「ジークのバカバカバカバカバカ! 帰ってきたらタダじゃ――――」

 

――――怒り、悲しみ、悔しさ、辛さ、恐怖、様々な感情全てがない交ぜになったアリサの顔。

 

何かを言い切るより先に、三人が乗っていたリムジンと共に姿を消した。

 

「……行こう」

 

僕は頭を振って、寸前の光景を意識から外す。

 

「方向は……あっちか」

 

魔力が強い方向を察知する。

僕は地を蹴って空へと翔けたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

空から巨大な樹を見下ろしながら、僕はこの状況をいぶかしんでいた。

 

これほどまで大きな魔術を発動させるとなれば、かなりの下準備が必要なはず。

だけど、今日街を見てまわったけど、そんな残滓は微塵も感じられなかった。

 

もしこれが“ジュエルシード”単体で下準備なしに引き起こされたものだとするなら、……僕はジュエルシードに対する見方を変えなくちゃいけない。

 

「……ふッ!」

 

僕は頭の片隅でそんな思考をしながら、脚で手近な細さの枝に攻撃を加えてみる。

 

鈍い音と共に枝が折れるが、樹は何の反応も示さない。

折れた部分が修復されるでもなく、攻撃を加えた僕に対する排除行動も起こさない。

異様な大きさという一点を除けば、これはただの樹木。

 

僕はそう結論付けた。

同時に対処方法を模索する。

 

さすがにこれだけ大きいものが対象だと、個人で取れる行動はどうしても限られる。

僕はいくつか上げた案を吟味し、最終的にそれを一つに絞り込んだ。

 

その案とは、前回魔犬を相手にしたときのように、術式の核を見つけ、それを封印する手段。

ただ、範囲が広すぎるから、前回みたいに簡単に核は見つけられない。

時間をかけて見て周れば見つけられるだろうけど、今回はそうも言ってられない

 

だから僕は――――

 

「……御代はここに置いておきます」

 

――――自分の“眼”の代わりになるものを作りあげる。

 

 

僕はさっきまでアリサ達と居たお店――ショッピングモールとか言うらしいけど――に行って、円状に巻かれて売られている針金を手に入れた。

 

この騒動のせいで、お店の人も居ないから、お会計の場所にお金を置いておいた。

火事場泥棒は僕の尊厳が許せない。

店を後にした僕は、針金を手に持ち、唱える。

 

「『……貴方にイノチを授けましょう、仮初<かりそ>めなれど、気高く、清く、聖なるものを。鋼の身体(からだ)に鋼の翼、鋼の魂をその身に宿し、我が下に馳せ参ぜよ』」

 

魔力を込めた言葉。詠唱の途中から、針金の先がスルスルと伸びていき、最後には鋼でかたどられた、本物の半分くらいの大きさの鷹<たか>の姿が現れた。

 

それを幾度と無く繰り返す。

数分後、僕の周りを50羽を越える鋼の鳥が埋め尽くした。

 

「散って」

 

僕のその言葉を待っていたかのように、鋼の鳥達がいっせいに四方八方へと飛び去る。

針金で構成された、簡易的な使い魔。

1体だけの使役なら初級の高位魔法だけど、これだけの数の一斉使役なら上級の最高位に位置する魔法だ。

 

その身に宿った魔力が尽きるまで、創り手の眼となり耳となり、時には刃になって使命を全うする存在。

だけど、この世界の“ろぼっと”のような自我の無い物体でなく、自らの自我をもった存在だ。

……欠点としては、長く共にいると愛着が湧いてしまい、破壊されたときに哀しくなってしまうことだ。

 

話を戻そう。

 

鳥達を見送った僕も再び空に上がり、この魔法の核を探す。

数分後、使い魔から僕の下へ術式の中心の発見を示す連絡が届いた。

 

その報告があった地点に急行した僕の眼に飛び込んできたのは、樹の内に取り込まれた僕より少し年上らしい少年と少女。

少年の手には、青い宝石――ジュエルシード――が鈍く光を放っている。

 

僕は鳥達に周辺の警戒を命じると、封印作業に移った。

その途中、僕の遥か後方で少女Aの魔力が溢れ出たが、気にも留めずに作業を続行する。

 

ただでさえ、このよくわからない危険な宝石の封印作業中に、そんなどうでもいい存在に気を向ける余裕は無い。

僕の顔を、汗が一筋流れていく。

 

そして――――

 

「……封印、完了」

 

――――無事、宝石に封印を施すことに成功する。繊細という点を除けば、それほど難しくはない魔法だ。失敗などありえない。

 

僕は小さい皮袋を取り出すと、それに封印したジュエルシードを仕舞っておく。

いつの間にか停めていた息を吐き、身体を弛緩させた瞬間、使い魔から危険を知らせる警報が寄せられると同時に、その使い魔を含む幾匹が破壊される。

 

その使い魔たちを配置していた方角――僕の真後ろだ――へ振り向いた僕の視界は、……桃色の光に埋め尽くされていた。

 

「――――ッ!?」

 

反射的に展開した、本日二度目、無詠唱による『八天方陣』。

無詠唱での魔法というのは、消費魔力が多いのだが、僕のこの判断は間違っていないと確信する。

 

僕の守りは光線と拮抗し、散らしていく。

桃色の光の奔流に耐え抜いた僕は、その攻撃が飛んできた方向を睨んだ。

 

魔力から判断して、敵は少女Aであるのは間違いない。

 

「……敵対行為」

 

僕は……少女Aを敵と認定した。

 

 

◇◇◇

 

 

~一分後~

 

「ユーノ、どいてそいつころせない」

「お、落ち着いて下さいジークさん!!」

 

僕は少女Aの命を摘み取る一歩手前で、立ちふさがったユーノに阻まれていた。

少女Aは口を開かない……というか話せる状態にない。

 

……………だって口からぶくぶく泡を吹いてるし、眼は白目をむいてる。

……明らかに意識がない。

 

どうしてこんな状況になったのか、順を追って思い返す。

 

少女Aを敵と認識した僕は、ほんの1秒足らずで距離を詰めた。

大きく目を見開き、動こうとする少女Aの腕を取って床に背中から叩きつけ、そのまま身動きが取れないように膝と足を使って手足を押さえ込む。

 

空いた両手に拳銃を持って、至近距離から顔面に射撃。

 

一発だけのつもりだったけど、少女の杖が自動で弾丸を防いでしまったので、腹いせに1弾倉×2(両手)を叩き込むもあえなく防がれてしまった。

対魔法障壁用の弾丸を作る暇が無かったことを悔やんだけど、どうしようもない。

 

この時点で少女Aは、眼前で寸止めされる銃弾への恐怖で気絶。何の打撃も与えられなかったのは癪なので、僕が出せる限界の殺気を叩き込んだら、一瞬目を覚ました後、今度は泡を吹いて気絶した。

 

ちなみにこれはわずか3秒の出来事だ。

 

ようやくユーノが状況を把握して、少女Aから引き離されて今に至る。

 

「ごめんなさい!! 僕がなのはにきちんと射線上を確認するよう、注意をしなかったせいで危険に晒してしまい――――」

「――――ユーノ、ごめんで済んだら戦争は起こらない」

 

話しながらも、僕は微妙に間を空けながら、少女Aに濃密な本気の殺気をぶつけ続ける。

意識を取り戻しかけたらすぐ殺気、これ大事。

 

……僕の本気の殺気は、たぶんこの世界で言うドラ○エのスライムの群れくらいなら瞬殺できる。

 

現に、少女Aも気絶したまま体が痙攣しているし。

どんなに強固な障壁だろうと、殺気を防げるわけもない。

 

「ユーノ、もう一度言う、……『退()け』」

 

僕はユーノにも殺気を向ける。

言葉に魔力を乗せて、力を持たせる。

 

……さっきはユーノに『ころす』といったけど、デビッドさんとの契約がある以上、少女Aを殺すわけにはいかない。

 

だけど、この青い宝石――ジュエルシード――の戦いに介入させるわけにはいかない。

 

だから、肉体は殺さずに少女の心を恐怖で砕く。

しばらくの間、こんな場所にしゃしゃり出ようだなんて思えないほどに。

コレが危険なものとわかった以上、こんな初心者に任せてはおけない。

この少女は、僕の仕事の邪魔になり得る。

 

……なら、その不安の芽は摘み取っておく。

 

「退け……ません!!」

 

だけど、殺気を受けて体を強ばらせながら、四本の脚を震わせながらも、ユーノはそう宣言した。

内心でその事に驚くけど、僕はそれを表には出さない。

 

ただ、未だに握り慣れない両手のケンジュウをユーノに向けるだけだ。

 

「そう、じゃあ仕方な――――」

「なのはには指一本ふ――――」

 

辺りを漂う匂いに、今にも動き出そうとしていた僕たちの動きが止まる。

御手洗いなど嗅ぐ、ツンと鼻を刺すような匂い。

 

ユーノと僕はお互いに目を見合わせ、同時に首を振る。

消去法で、匂いの発生源であろう少女Aに僕たちの視線が向けられ――――

 

「……………………ばっちい」

「なっ、なのはぁ!?」

 

少女Aは、気絶したまま大洪水――あえて正確な表現にしないのは、せめてもの慈悲だ――を引き起こしていた。

 

オロオロとうろたえるユーノとは逆に、僕は少女Aから視線を逸らしてやる。

敵とは言え、そんな姿を見たら男としてダメだろう。

 

本気で殺気を向けていたけど、まさか漏らすとは思わなかった……。

僕はため息を吐くとそんな一匹と一人に背を向ける。

 

「え!? ちょ!? ジークさん」

「……興を削がれた、帰る」

「とり合えずこの状況をどうにか――――」

 

ユーノが半泣きだけど、知ったことか。

 

「――――僕の仕事に“お漏らし少女”のお守りは入ってない」

 

……まぁ、漏らすほどの恐怖を体験すれば、二度と戦おうとは思わないだろう。

そう言い捨てると、僕は縋<すが>るようなユーノの声を無視してその場を立ち去ったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……ただいま~」

 

時刻はすでに深夜。

 

あの後すぐに帰れば良かったのに、どんな顔をしてアリサに会えば解らなかった僕は、飛行魔法を使わずにわざわざ徒歩で帰路に着いていた。

 

かなり距離があるとは言っても、大陸の端から端までの距離が有るはずもなく、遅かれ早かれ到着することは自明の理だった。

明日の朝、何食わぬ顔で食事の席にでればいいな。と僕は足音を殺して、真っ暗な自室に滑り込む。

 

まだ慣れていない部屋、手探りで照明のスイッチを探す。

 

 

パチリ

 

 

「……ッ!?」

 

勝手に部屋の明かりが点いたせいで目がくらんだ。

眩しさから回復した目に飛び込んできたのは――

 

「……遅かったわね、ジーク」

 

――妙な威圧感をまき散らかす、アリサの姿だった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……さて、ジーク。今の内に言っておきたいことは?」

「…………この座り方は、なんていう拷問?」

 

僕はアリサの威圧感に気おされて、ベッドに足を曲げた変な座りかたで座らせられていた。

正面では僕と向かい合うようにアリサも同じ座り方で座ってる。

 

「ああ、それは“正座”って言って、この国の公の場の座り方だけど……慣れていない貴方には拷問になるわよね」

「…………………………」

 

説明はとても丁寧なのに、何ともいえない気配が滲み出ている…。

 

「……言いたいことは以上ね? ……どうして今日の昼間、あんなことしたの?」

「それは――――」

 

アリサの言葉に、僕の言葉は遮られる。

 

「――――どうして私やパパや鮫島を逃がして、アンタも一緒に逃げないの? 初めて会ったときも、今日も、危ないって解ってるのにどうして立ち向かうの?」

「アリサ、僕は――――ッ!?」

 

僕が口を開いた瞬間、いきなり立ち上がったアリサに押し倒される。

不意を打たれたのと、痺れる足のせいでまったく反応できなかった。

 

僕の腰に跨(またが)って動きを封じ、両手が僕の両手首を掴んでそのままベッドに組み敷かれる。

昼間、僕が少女Aにした格好に似てるけど、状況がまるで違う。

 

普段のように縛られていないアリサの長い髪が垂れ、幕のように僕たちの視界を部屋から切り離し、僕とアリサ、二人だけの空間を作り出した。

 

「――――ジーク、私の魔法じゃジークを助けてあげられないの? ……怖い、怖いのよ、これからもこんな事があった時、一人残ったジークが帰ってこなかったらと思うと………!」

 

アリサの瞳からこぼれた雫<しずく>が僕の頬に落ち、流れていく。

その慟哭は、鋭い棘となって僕を突き刺した。

 

「……ごめん、アリサ。心配かけた」

「……命令よ」

「……?」

 

先ほどまでの弱弱しい態度から、唐突に強い言葉が飛び出る。

 

「護衛対象の私の命令よ? 聞けないの?」

「……依頼主はデビッドさんだけど、護衛対象からの命令なら聞いても大丈夫」

「そう………」

 

小さくつぶやいたアリサから腕の力が抜け、彼女の身体<からだ>が薄い寝巻き越しに密着する。

 

「あ、アリサ?」

 

戸惑う僕を知ってか知らずか、アリサが僕の耳元に口を寄せた。

 

「ジーク、私に力を…………魔法を教えて」

「……今だって魔法は教えてるけ――――」

「――――ゴメン、言い方が悪かったわ。……ジーク、私に力を…どんな戦いでも貴方の隣に居られるような魔法を教えて……!」

 

アリサの言葉に、僕は反射的に首を左右に振った。

 

「……アリサは解ってない。普通の魔法を教える分には僕も構わない、だけど戦いの魔法……しかも僕の隣で戦える位の力ってことは、戦いで、もしかしたら訓練の段階で死ぬかもしれないって事。

……僕は護衛としてアリサを守らなきゃいけない、だから――――」

「――――護衛である以前に、あんたは私の友達でしょ! 私は友達を危険に晒して、一人守られてるなんてイヤなの!!」

「……友、達?」

 

鏡が無いから正確なことは言えないけど、きっと今の僕の顔はこの国で言う“鳩が豆鉄砲で撃たれたような”顔をしているに違いない。

……恥ずかしい話しだけれど、僕は“友達”というものを概念でしか知らない。

当然の事だとは思う。

 

『王子』という立場上、同年代の子と触れ合う機会は無かった。

 

基本的に毎日が大人に混じっての勉強と剣技・魔法の訓練ばかり。

実力を認められ、騎士に叙任されて戦いに出るようになってからは更に忙しくなってそんな暇もない。

 

物心付いた頃、本を読んでて“友達”という意味が解らなくて、周りの騎士の仲間達――皆僕より20歳は年上だ――に聞いたら『お互いに信頼し隠し事などもしないような、好感を持てる間柄』って答えを貰った。

 

『……じゃあ皆は僕の友達?』

『友達か……と言われれば「いいえ」です。私達はジークに友愛の情も信頼もありますが、それ以前に臣下として接さざるをえませんから』

『ですね。「友達」というよりは「戦友」というか「部隊全体の弟」ですし。……俺じゃ歯が立たないくらい強いですけど』

『そうそう。どっちかってぇとそっちだな、こんなむさ苦しい男どもに囲まれてたら難しいかもしれないが、何でも話し合える同じ年くらいの「友達」を作ってくだせぇな』

 

『……じゃあ“友達”ってどうやって作るの?』

『どう作るの?……と言われましても、料理みたいにレシピがあるわけじゃないですからねぇ……』

『自分も意識して友達を作った覚えは無いですね。いつの間にか友達になっていた……という感じです』

 

こんなのが、僕と騎士達の間でずっと昔に交わされた会話だ。

 

僕はその言葉が信じられず、アリサに聞き返す。

 

「アリサは僕を“友達”って思ってくれるの?」

「当然でしょ! 一緒にご飯食べて、遊んで、勉強して! これで『友達じゃない』とか言ったら殴るわよ!?」

 

ものすごい剣幕で、アリサが僕を怒鳴りつける。

 

そんな風に大真面目に怒るアリサを見て、……僕はこんな状況――いまさらだけどベッドに押し倒されてるんだよね、僕――なのに無性に可笑しくなって笑いだしてしまった。

 

「……あは、あはははっ」

「ちょ!? 何が可笑しいのよ!? 私何か変なこと言った!?」

 

いきなり笑い出した僕に、アリサは顔を紅くして困惑と怒りが入り混じった表情を浮かべている。

 

……うん、当然の事だと思う。

僕だって、真面目な話しをしているのに、相手がいきなり笑い出したらそんな風になるだろうし。

 

そんなアリサの隙を突いて僕は体を起こし、組み敷かれていた状態からきちんと目の高さをあわせた。

そしてそのまま笑いながら、アリサに正面から抱きつく。

 

「え!? ちょ!? ジーク、私まだ心の準備がッ……!?」

 

アリサが混乱して何か喚いているけど、そんなことを気にする余裕は今の僕には無かった。

 

――――ああ、友達を作るのってこんなにも簡単なことだったんだ。

 

“故郷”を失くして、それと一緒に同じ部隊の騎士“仲間”を亡くして、何もかも無くして独りでセカイを飛び出したのに、遠く離れたこのセカイで作り方も分からなかった“友達”が出来た。

 

……こんなに不思議なことは無い。

 

しばらく笑い続けようやく笑いが収まった僕は、途中から僕の笑いを停めることを諦めたらしいアリサに話しかける。

無論、抱きついたままだ。

 

「……アリサは僕の友達で、アリサにとって僕は護衛である前に友達……でいいんだね?」

「…………ようやく笑い止んだと思ったら、言いたいことはそれだけ? ……そうよ、それで合ってるわ」

 

顔は見れないけど、呆れた声でアリサが僕に告げる。

 

「ん、わかった。アリサは僕の友達で、僕はアリサの友達。……これからは、“アリサの護衛”の仕事としてじゃなく“アリサの友達”として、義務とかそういうこと関係なくアリサに魔法を教えるし、実力が伴えば仲間はずれにしない」

「……そ、もっと渋られるかと思ってたわ、……ありがと。でもいいの? 頼んだ私が言うのもなんだけど、ジークの敵って危ないんでしょ? ジークがパパに怒られちゃわない? 『アリサを戦いに巻き込むな』って」

「それは、大丈夫――――」

 

アリサを抱きしめていた腕から開放して正面から向き合い、恐らく故郷を離れてから初めて、心からの笑顔で告げた。

 

「――――もうこれ以上何も失くしたくないから。初めてできた“友達”のアリサを護ってみせるから」

 

アリサは、紅い顔で百面相をしているみたいに表情を様々に変えながらそんな僕の言葉を聞いて――――

 

「…………うん。……これからよろしく、ジーク」

 

――――今日一番の顔の紅さで俯いたまま、そうつぶやき返してくれたのだった。

 

これがきっと、僕がこのセカイに“意味”を抱いた瞬間だったのだと、ずっと後になってから思うようになったのだった。

 




予定より1日遅れましたが、無事(改訂)更新。
書き直していくと、いろいろ矛盾点が出てきて凹みますねぇ……

ご意見ご感想ご質問etc、お待ちしております。
感想を餌に、私はSSを書くのです(笑)

同時に評価もいただけたりすると、嬉しいです^^

2013/06/15:改訂済

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