IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第42話「かんちゃんよりも先に」

「チキチキ! おりむーのペア争奪大会~!」

「いえーい!」

 

 どんどんパフパフ。修学旅行前日の夜、IS学園1年生寮の食堂に喧騒が満ちる。一夏と真宏が下見旅行の写真を整理しているのとほぼ同時刻、本音の主催によって修学旅行で一夏とペアになる権利をかけた争奪戦が繰り広げられる運びとなったのだった。

 一夏とのペアは、IS学園に通うほとんどの女生徒垂涎の的。放っておけば血で血を洗う女の抗争が繰り広げられ、なんだかんだあって結局最後は専用機持ちたちが力尽くで持っていくことになるのは自明の理。そのあたりを何とか解決するため、1年生女子のなかではそこそこ知名度があり、専用機持ちほど一夏に近くはなく、何より人畜無害を地で行く雰囲気の本音がこの会を催したのであった。

 

 そして、結果は。

 

「私のターン! なんやかんやで真六部衆シエン、大将軍紫炎、その他六部衆をごそっと召喚!」

「帰ってきなさいよ征竜ー!」

 

 なんか、デュエルが始まっていた。

 

 本音のせいではない。最初は平和的にトーナメント形式でババ抜きでもしようと思っていたのだが、誰かが「おい、デュエルしろよ」と言い出した瞬間、その場に集ったほとんどの生徒がデッキを取出し、ご覧の有様だった。一時期猛威を振るっていた鈴が制限改定によって少女、これが絶望だ。ターンエンドされているが、かつてやらかし過ぎた自業自得なので誰も気にしない。

 

「ISじゃ専用機持ちのみんなに勝てないけど、デュエルなら! くらいなさい、魔法の呪文! プトレノヴァインフィニティ!」

「おいばかやめろ」

 

「出た! 相川さんのマジックコンボ!」

「墓地からトラップだと!?」

「墓地からシンクロ召喚だと!?」

 

「ボチヤミサンタイ」

「ダメステいいですか」

「ワンターンスリィストリクスゥ……!」

 

 そんな感じのバトルロイヤルデュエルがあちこちで繰り広げられていた。本音としては一応主催者なのでなんとか舵取りをしたいところなのだが、生憎と手を離せる状況にはなかった。

 

「かんちゃん、本当にいいの? 私は、別に……」

「いいから。次は、負けない……!」

 

 本音は本音で、簪から勝負を挑まれていたからだ。

 あちこちで質量を持ったソリッドビジョンが大暴れしている中で、一カ所だけ平和なテーブルで行われている普通のババ抜き。そして簪が賭けているのはもちろん一夏とのペア権ではなく、真宏とペアになる権利だった。

 そして状況は既に簪の手札が残り2枚。本音の手札が残り1枚。簪が持つジョーカーを引かなければ、本音の勝ちが決まる。簪の眼差しはどこまでも真剣。ならばそれに応えるべきと、本音はそっと簪のカードに手を伸ばす。

 

「……」

「わぁ……!」

「…………」

「うぁ……」

 

 そして、ご覧の有様である。片方に手を伸ばせば花が咲くように笑い、もう片方に指をかければこの世の終わりのような顔をする。普段のおとなしく引っ込み思案で控えめかつ無表情気味なところはどこ行ったとツッコミたくて仕方ないのだが、今はそれをするべき空気ではないだろう。さすがの本音も、自分が専属でついている主の相手をするときくらいは空気を読む。

 だからこそ、ここは全力で行くべきなのだろう。どんな相手にも全力で挑むことがリスペクトだと、後ろの方でサイバーエンドドラゴンをパワーボンドで融合召喚してリミッター解除を使ったらしき誰かも言ってるし。

 

「なんで初手5枚がサイバードラゴン3体とパワボンリミ解なのよ!?」

「サイバー流を極めたデュエリストなら当然のこと!」

「そんなものよりIS極めろ!」

 

 言ってるし。というわけで、本音は心を鬼にする。

 

「……えい!」

「ヴァ!?」

 

 本音が引いたのは、簪が嫌そうな顔をしていた方のカード。直前まで本音が指をかけていたカードを見て喜んでいた顔が一転、絶望に染まった。本音が選んだカードは果たして手札にあったカードと同じ数字。これにて本音の勝利が決定し、修学旅行を真宏と共に過ごす権利は本音のものとなった。

 

「あ、あの……かんちゃん」

「うぅ、負けた……」

 

 なんか簪はものすっごく打ちひしがれているが、あれだけ表情に出しておいてどうしてそこまでと思わないでもない。それでも慰めずにはいられないほどには、簪は意気消沈していた。

 

「でも、どうして……? 私は別に、まっひーとペアじゃなくても……」

「……本当に、そう思う? もし、私が真宏と出会わずに今日まできたとしても、そう思える?」

「っ」

 

 声をかけ、帰ってきた言葉に本音はビクリと震えあがった。顔はいつも通りのゆるっとした笑みのまま、しかし凍りついたように固まっている。

 

「な、何を言って……」

「私は、真宏が好き。でも、本音のことも好き。お姉ちゃんも、まあ、嫌いじゃないわ。それに、好きな人たちが自分の中の気持ちをなかったことになんて、して欲しくないから」

「かんちゃん……」

 

 真宏に対する気持ちを迷いなく口にする簪。ほんの数ヶ月前までは考えられなかったほどに強くなったと本音は思う。そしてその強さをくれたのは、簪の中の強さを目覚めさせてくれたのは、間違いなく真宏だろうとも。

 本音は真宏に感謝している。自分ではどうしてもできなかった、簪を勇気づけること。それを出会ってほんの少しの時間で成し遂げてくれた真宏に抱く気持ちは、一言では言い表せない。

 簪はそれを、肯定してくれた。秘め続けなくていいと、許してくれた。

 

 ならば、その好意に甘えよう。自分の想いに決着をつけるために。

 

「……ありがとう、かんちゃん。私、修学旅行はまっひーと行くよ。……あ、でもかんちゃんもついてきて欲しいな。多分、私一人だとまっひーがっかりしちゃうだろうし」

「そんなことはない、と思うけど……一夏じゃないから、本音一人だと色々気付かれるかも。やっぱり私も一緒に行くよ」

 

 こうして、IS学園に二人しかいない男子生徒たちのペアが、決まった。

 当人達の意思は、完全に置いてきぼりに。

 

 

「都市区画ごと粉砕しろ、超弩級砲塔列車グスタフ・マックス!」

「迎え撃って! フルール・ド・シュヴァリエ!」

 

「~♪ 人の心に澱む影を照らす眩き光。人は俺をナンバーズハンターと呼ぶ」

「織斑くんが口笛吹きながらナンバーズを狩りに来たー!?」

「ペナルティのライフポイント半分を払ってまで乱入してくるとは、とんでもないやつだ!」

 

 一方、一夏のペア決定戦はいまだ白熱していた。日付が変わる前に終わるかどうかからして不安である。

 

 

◇◆◇

 

 

「わーい、新幹線新幹線~」

「落ち着いてのほほんさん。そんなにはしゃぐと危ないよ」

 

 修学旅行、当日。IS学園を出発して新幹線の駅までやってくるというつい数日前と同じルートを辿る俺達一行だったが、あの時とは大分雰囲気が違う。

 なにせ、メンバーが専用機持ちと千冬さん、山田先生だけだった数日前とは違って、今回はIS学園1年生が全員いるのだからして。改造可の制服が駅のホームにずらりと居並ぶ統一感があるんだかないんだかわからない姿はかなり目立ち、さっきから一般客の目線がぶすぶす突き刺さるのを感じる。

 

 そしてもう一つ、特に俺の周りに存在するいつもと違う点。それが、のほほんさんだった。

 なんでも昨日一夏のペアになる権利をかけた争奪戦が繰り広げられて、ついでに俺のペア権争奪戦も開催され、のほほんさんが俺とのペア権を獲得したのだとか。ちなみに俺とペアになりたいと言い出したのは簪とのほほんさんの2名、一夏とペアになり違ったのは他全員だったらしい。いつものことだ。

 いやむしろ、簪以外にも俺とペアになりたがる物好きがいたことが不思議でならない。つーか俺、一応簪とお付き合いさせてもらってるんですが。

 

「そこは大丈夫。かんちゃんもいいって言ってくれたから」

「えっ、そうなの……?」

「だ、大丈夫! 真宏のこと、嫌いになったりしたわけじゃないから! だからそんな顔しないで!」

 

 そうなのか、ほっ。もしかして下見のときに千冬さんを介抱した件やなんかで嫌われたのかと思ってたらなんかとんでもなく情けない顔をしてしまったようで、簪に必死で説明されてしまった。まあなんだ、やましいことはしてないつもりなんだけどね?

 

「それより、新幹線に乗ろうよまっひー」

「ああ、うん。でものほほんさんが乗ろうとしてるのは京都行きののぞみじゃなくてどこへともなく連れて行かれるビュンマルだからこっち来ようか。それと、ちょっと待っててくれるかな。俺は新幹線に乗るみんなの写真を撮らないといけないから……」

「神上、貴様また下見の時と同じことをするつもりか……?」

「ヒィ!?」

 

 そして、例によって出発する新幹線を外から写真に撮ろうとしていたら、既にバレていたらしく千冬さんに止められる俺。くそう、さすがに二度は通じなかった!

 

「そこらに隠れていたワカもすでに蔵王の列車に放り込んだ。貴様もさっさと乗れ」

「……ハイ」

 

 ふと見ると、向かいのホームに止まった黒くてでかい列車のドアを中からドンドン叩いているワカちゃんが見える。蔵王重工が所有する列車なのに千冬さんの命令権の方が上なのだろうかという疑問は、とりあえず気にしないことにした。いつものノリは好きでやっていることだが、こうやってみんなと一緒に旅行をするのも、それはそれで楽しいだろうから。

 

「ほら行くよ、まっひー」

「ああうん、わかったから引っ張らないで。転ぶから」

「ふふ。本音、楽しそう」

 

 

◇◆◇

 

 

「着いたー! 京都だー!」

「新幹線に乗ってる間中ずっとお菓子食べてた気がする。けぷっ」

 

 わいわいがやがやと駅を出る俺達IS学園一行。新幹線の道中は何事もなく、至極普通の旅行だった。トンネルの中で変な光る目をした変なのに追いかけられたりもしなかったし、よかったよかった。

 あ、でも車内販売は何かってーと「激しく」という言葉を頭につけて喋るお姉さんでした。

 

 修学旅行1日目、京都についてすぐはさっそく自由行動となる。とはいっても行き当たりばったりではなくあらかじめ申告した行先に向かうことになるんだけど。俺達の目的地は清水寺だ。

 

「清水の舞台からムササビみたいに風呂敷を広げて飛ぼうとしちゃダメだよ、真宏」

「それはニンジャの家系の自分の役目とばかりに風呂敷用意するのをやめてから言おうね簪」

「あはは、かんちゃんもまっひーも似た者同士だね~」

 

 そんな感じで、3人揃って清水寺へと向かっていく。

 ちなみに、一夏は向かう先に簪とのほほんさん以外全ての女子がついていこうとしたので、ちょっとしたハーメルンの笛吹き状態だった。こんな機会だし、専用機持ち以外の女の子たちも一夏と触れ合えるといいんじゃないかな、うん。

 

「真宏、助けてくれええええ!」

「お互い楽しもうぜ、一夏」

「くっそおおおおおおおおお!」

 

 一夏も楽しそうで何よりだ。人並みに押されて抵抗すらできずにバスへ押し込まれたようにも見えたけど、気のせいに違いない。

 

 

 

 

「てなわけで清水寺に着いたんだけど……なんか撮影やってるな」

「映画みたい。何の映画なのかは、よくわからないけど」

「お~、カメラいっぱいだ~」

 

 そんでもってたどり着きました清水寺、さっそく境内を散策しようかと思ったのだがなんか映画の撮影に使われていた。そこそこ野次馬も集まっているところからするに、それなりにしっかりした映画なのだろうか。俺は芸能関係は特撮以外よくわからないんだけど。

 まあそうはいってもこういう場所に長居するのはよろしくない。俺達は今修学旅行で来ているから一応IS学園の制服を着ているし、この格好はなんだかんだで目立つ。もしも見つかってしまえばその時は……。

 

「あっ! IS学園の制服!」

「なにぃ!?」

 

 ……騒ぎになるんだよ。

 

 

「うわっ、何この子たち可愛い! ……ねえねえ、アイドルに興味ない? せめて、名刺だけでも」

「今私達映画の撮影してるんだけど、ちょっとゲストとして出てくれないかな! 大丈夫! 先っちょだけだから!」

「ちょっと待って! こっちにはIS学園の制服を着た男の子が! でも織斑一夏くんじゃないし……えーと、誰だっけ。たしか強羅の中の人!」

 

 こんな感じで。しかもどういうわけだか、映画撮影のスタッフさんらに囲まれるし。野次馬に十重二十重で囲まれてISで脱出せざるを得なくなるのよりはマシだけど、なんだこの全方位からのスカウトは。いかん、このままでは簪がスクールアイドルとしてデビューさせられてしまう。そしてついでに鈴が分裂して双子アイドルになったり、箒がアイドル大統領になってしまう。

 

「ねえねえ、君たち専用機持ちだよね、雑誌で見たよ! ちょっとでいいから、ISを装着して出演してくれないかな。お願い!」

「いや、そう言われても」

「あー、もしもし。映画会社の担当さん? はい、はいそうです私です。お世話になってます。いま京都でロケしている映画の……そう、それです。蔵王重工でその映画のスポンサーになりたいんです。……はい、ありがとうございます! ……真宏くん、オッケーです! 蔵王重工がスポンサーになりましたから、宣伝も兼ねて強羅で出演イッテイーヨ!」

「どっから湧いて出たのワカちゃん!?」

 

 しかも退路が断たれた。千冬さんにグレートウォールに放り込まれてもめげずに京都に潜入していたワカちゃんが、即決で蔵王重工をこの映画のスポンサーにしたし。あの電話一本でどれだけの金額が動いたのか、一高校生の身では想像したくない。

 

「よっしゃあ、脚本書き換えろ! 近場で特撮用のミニチュアセットの用意もだ! 強羅を巨大ロボとして撮るぞ!」

「きゃー素敵です! ……今度本当に巨大な強羅作ってみようかなあ」

「その時は俺にも操縦させてねワカちゃん」

「楽しそうだけど~、それ絶対建造途中で織斑先生に破壊されると思うな~」

 

 

 とまあそんな感じで、映画に出演することとなった。

 内容については、普通の映画になぜか途中で巨大ロボット(強羅)が出てくるという謎の代物と化していたが、気にしない気にしない。とりあえず公開されたら簪とのほほんさんと一緒に見に行ってみよう。

 

「ふぃー、慣れないことをしたから疲れたな」

「まっひー、オツカーレ」

「オツカーレ」

「ああ、うん。ありがとう二人とも」

 

 撮影が終わり、観光に戻った俺達3人。京都の町をぶらぶらと歩きながら簪とのほほんさんが労ってくれるのをありがたく感じつつ、適当に店を冷やかしたりおみやげを買ったりしてまったりと楽しんでいた。一夏がいるといつも退屈しなくて楽しいが、こうやって落ち着ける時間もいいものだと噛み締める。なにせ、数日前に京都へ来たときはそれどころじゃなかったからなあ。俺、滞在時間の半分くらいは川底に沈んでたし。

 

 隣にいてくれる簪と、近くにいるだけで落ち着くのほほんさん。

 ああ、ほっとする。

 

 

◇◆◇

 

 

 のほほんさんこと布仏本音は、焦っていた。

 表情は、いつもと変わらないふにゃっとした笑みを保てていると思う。だが、心臓が激しく脈打つのが止まらない。

 

 それもこれも、全て真宏のせいだ。

 

 確かに本音は、前日の争奪戦で真宏と共に行動する権利を手に入れた。なんだかんだで簪も巻き込んで三人での行動という形にすることはできたが、真宏と一緒に京都の町を歩く。そのことが、修学旅行の前に想定していたのとは比べ物にならないくらい、楽しかった。

 

 並んで歩く、互いに笑いあう。店に入ってお土産を選び、いかにも土産物らしい作りのアクセサリを勧めてもらう。それら一つ一つが本音の心に深く響いた。油断していたら何度となく真っ赤な顔を晒してしまっていただろう所を、気合で抑え込んで今までなんとかやってきた。

 真宏が声をかけてくれる度、笑いかけてくれる度、本音の心臓はどんどん激しく震えあがる。それでも本音はいつもと変わらない態度を装わなければならなかった。真宏に隙あらば気楽に抱き着いていた昨日までの自分をスパナで殴りたくてたまらないが、いまさら遅い。一夏ならばまだしも真宏を相手にして、いつも通りの自分を演じるために心臓の音が気付かれることを覚悟で腕にしがみつき、それでもバレなかったのは奇跡だと思う。

 ……実際には、たっぷりとやわらかなおっぱいの加護によって鼓動が伝わることを免れただけなのだが。

 

 

 ともあれ、本音は自分の気持ちをいよいよ誤魔化しようもなく認めるしかなかった。

 真宏に対して抱いている、止められない感情。これはもう、否定のしようなどない。

 

 だから、決着をつけなければ。

 そのために、簪はこうして自分と真宏を引き会わせてくれているのだから。

 

 真宏の腕にしがみついていつものようにニコニコ笑って歩きながら、本音は静かに深呼吸を一つ。簪は本音の決意を察してくれたのだろう、少し離れたところを歩いている。今しかない。

 

 

「ねえ、まっひー」

「なに、のほほんさん?」

 

 見上げたすぐそばに真宏の顔がある。

 ごく身近に、致命的な鈍感さを除けばかなり優良物件なイケメンである一夏がいるせいで目立たないが、真宏も容姿自体は整った方に分類されると本音は思っている。真宏がそれを感じさせないのは、世界でたった二人の男性IS操縦者という希少性、実質の女子校であるIS学園に放り込まれても平然としている胆力、ロマンを愛して割と頻繁にやりすぎるエキセントリックな性格が目立っているからで、こうしてまっすぐ神上真宏という人物を見ると、意外と優しくカッコいいと、本音と簪は思っているのだった。

 

 目が合うと、本音の胸がきゅうと音を立てずに詰まる。息ができなくなりそうに苦しくて、でも決して嫌ではないこの感覚。

 今日こそ、形を与えて吐き出すときだ。

 

「覚えてる? 私、かんちゃんよりも先にまっひーと出会ったんだよ」

「そりゃあ覚えてるさ。俺ものほほんさんも1組だから、なんだかんだで入学以来の付き合いだねえ」

 

 懐かしそうに目を細める真宏に、元から糸目な本音もならう。

 今日まで色々なことがあった。誰とでもすぐに仲良くなる癒し系の本音は真宏ともいち早く仲良くなり、教室で他愛のないことを話したり、専用機持ちタッグトーナメントのときは一緒に簪の打鉄弐式開発を手伝ったりもした。

 その思い出は、どれもはっきりと思い出すことができる。その理由を、本音は既に知っている。

 

 だから。

 

「だからね、まっひー。私は、かんちゃんよりも先に……」

 

 

 

 

 

 

 

――かんちゃんよりも先に、まっひーを好きになったんだよ

 

 

 IS学園の生徒の間では有名なこと。

 

 布仏本音は、本音しか言わない。

 

 

 

 

「……のほほんさん?」

「――かんちゃんよりも先に、まっひーとお友達になったんだよ」

 

 しかし、本音の全てを口にするというわけでもないのだった。

 

 

 本音は、真宏に告白をしないと決めた。

 大好きな真宏と、大好きな簪。どちらを取るかの天秤にかけるのではなく、大好きな二人の幸せを選ぶ。簪の専属、布仏家の人間だからではない。本音自身の意思で、愛する人たちの笑顔をこそ何よりも願う。それが本音の結論だった。

 

「そうだったねえ。入学したてのころはIS学園に馴染めるか心配だったから、最初にのほほんさんが話しかけてきてくれたときはありがたかったよ」

「え~、馴染めなければIS学園にロマンを感染させて無理矢理馴染むつもりだったんじゃないの~?」

「……バレてたか」

 

 友達だからこそ笑いあえる。友達だからこそ、自分の好きな人たちみんなに笑っていてもらえる。

 少し離れたところで様子をうかがっていた簪が悲しげに眉根を寄せているのを見ると申し訳ない気持ちも湧くが、それでもこれが本音の結論だ。

 

「もー、まっひーたら。……ほら、そろそろかんちゃんともデートっぽく歩いてきなよ~」

「うぇ!? ま、まあそうだよな。せっかくの京都だし。おーい、簪ー」

 

 そして、抱き着いていた真宏の腕を離す。

 腕の中にあった温もりが消えることは泣きそうになるほど寂しかったが、本音は強い子泣かない子。決して涙の一つもこぼさない。優しい真宏は、本音の涙の一滴にさえ気づいてしまうかもしれないから。

 離れていく、真宏との距離。

 これがそのまま、本音の出した答えだった。

 

 

 

 

(かんちゃんと幸せにね、まっひー。……そうすれば)

 

 だが、しかし。

 これまで長きに渡って日本の暗部を支えてきた更識家に仕える布仏家の女が、そんなに殊勝な性格で務まるものか。

 

 否。否である。

 真宏の背中を見送る本音の顔。

 

 そこには、零れる涙の代わりに笑顔がある。

 無理に作った笑顔ではない。心からの笑顔が、普段から笑っているような顔の本音だからわかりづらいが、わかる者にはわかる、本音のほくそ笑む顔が、ある。

 

 

 

 

「まっひーがかんちゃんのお婿さんになってくれれば――専属メイドへのお手付きくらい、アリだからね」

 

 秋の京都の風に紛れ、誰にも聞こえない小さな声で、本音はそっと呟いた。

 

 

 そう、それこそが本音の狙い。

 なにせ本音が仕える更識家は代々続く大分アレな家系。現代日本の世間一般から見れば少々古い風習やら何やらが多数ある。

 その中の一つが、「専属メイドあたりだったらお手付きアリ」という大分グレーな雰囲気だ。

 

 このままいけば、簪と真宏はきっと結婚する。昔から簪に仕えてきた本音の目から見ると、簪が真宏を手放すなどということはありえない。更識家の女らしく、あらゆる権謀術数と磨き上げた女の魅力を駆使して確実に真宏を手に入れることだろう。

 そのとき、天涯孤独な身の上の真宏が更識家に婿に入るという可能性もかなり高い。世間体的な問題であるが、真宏の方はそのあたりのしがらみがないのであっさり受け入れてくれることだろう。

 そうなればこちらのもの。本音は専属メイドの名のもとに簪と真宏と一緒に過ごし、そしてそのまま……。

 

 決して妄想ではない。自他の環境を冷静に俯瞰したうえで導き出される最大利益の合理的追求だ。頭の中でメダルがちゃりちゃり溜まる音がして、やたら濃い顔をしたどっかの会長が「その欲望、実に素晴らしい!」と叫んでいる姿がよぎる。

 だから、本音は心から思う。

 

「まっひー。かんちゃんとお幸せに。……そうすれば、みんな幸せになれるから」

 

 伸ばした自分の指先にそっと口付けて、真宏に向ける投げキッス。

 今の本音と真宏の間にはそれだけの距離がある。だがいつか、この唇と真宏との距離がゼロになりますように。そう願いを込めて、飛ばした。

 

 

 

 

「んんぅ!?」

「どうしたの、真宏……寒い?」

「い、いや寒いわけじゃないんだけどなんか急に震えがな。でも簪が抱き着いてくれるとあったかいからもっとお願い」

「うん、わかった」

 

 一方真宏は、謎の悪寒に震えが走っていた。

 それすらも口実に変えて簪といちゃついているこの男の未来に多いのは、幸か、女難か。

 いずれにせよ一夏を笑えないことだけは、確かであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 簪とのほほんさんと三人で回る京都の町。一夏達と一緒の時のにぎやかさはないが、これはこれで得難い穏やかでまったりとした時間を楽しんだ後、俺達は今日の宿にやってきていた。集合時間は決まっているから、他の生徒たちもほとんど同じ時間に宿へとやってきていた。

 宿も先日下見に来たときのあの宿と同じだが、中々にいい感じだ。……そういえば、俺はまだ意識がある状態でこの宿に入ったことがない気がする。この前は意識失って担ぎ込まれたし。

 

「いなかからはるばるようおこしやす」

 

 それでも、ここがいい宿だということはこのおもてなしを見れば一目瞭然だ。

 

「『いなかから』とは聞き捨てならないですね。俺達は東京から来たんですよ?」

「へえ?」

「東京ですよ! 喰種やESPやレイヴンズやザナドゥの東京です!」

「待って神上くん、それは何か違う」

「あれまあ、それはそれは……いなかからはるばるようおこしやした」

「……」

 

 接客業の奥義たる、笑顔の鉄面皮の女将さん。ニコニコ微笑んだまま俺と目線を真正面から交え。

 

「……いい宿ですね!」

「最近の学生さんにしてはよう勉強してはりますなあ」

 

 俺は、女将さんとがっしり握手を交わした。

 いやあ、まさかこんなにも完璧な受け答えをしてくれるとは。これなら、変身ごっこをするためにわざわざ持ち込んだ蛾の怪獣の幼虫寝袋も無駄にならないだろう。

 

「さー、早く部屋に荷物置きにいくよー」

「神上君のアレはいつものことだしね」

 

 そして生徒たちから無視される俺。悲しくなんてないやい。

 

 

◇◆◇

 

 

 その日の夜。

 大勢の女子を引き連れていたせいか、行く先々でトラブルがあっただろう一夏が宿に戻ってきた夜遅く。専用機持ちのヒロインズ達が舞妓衣装で一夏にご奉仕のひとつもしているだろうそのころ、千冬は夜の街を歩いていた。

 秋の京都は夜であろうと人が多い。しかし人ごみを避ければ人っ子一人いない路地の一つくらいは見つかるものだ。

 そんなところをようやく見つけ、千冬はほっと息をついて歩きながら携帯電話を取り出す。織斑千冬ともなると、友人への電話をする場所にさえ気を使う。直通の番号をコールし、3秒。ほとんど待つことなく相手がすぐに出た。

 

『そちらではこんばんは、ですね。千冬』

「ああ、そうだ。よく把握しているな、カレン」

 

 その相手とは、以前IS学園を襲撃した特殊部隊<アンネイムド>の隊長のもの。あの事件のあとなんやかんやで連絡先を交換し、ついでに自身の名を捨てていた隊長は千冬から名をもらい、カレン・カレリアと呼ばれていた。

 

『仕事に抜かりはないと思いますが、無事だったようで何よりです』

「ああ、先日真耶のISを輸送してくれて助かった。無理をさせてしまっていないか?」

『問題ありません。あなたのためならなんなりと。……それに、途中でどこから嗅ぎつけてきたのか蔵王重工のワカが協力してくれたので、とてもスムーズに事を済ませることができました』

「……あいつは、こんなところにも首を突っ込んでいたのか」

 

 千冬が連絡をした理由は、今回のファントム・タスク掃討作戦のために協力してくれたことへの感謝を伝えるため。存在自体を秘匿された特殊部隊の隊長であるカレンは、極秘裏に真耶の専用機を運び込んで切り札とするために大いに活躍してくれた。

 ダリルとフォルテの裏切りがあってなお残った生徒たちが無事にことを終えることができたのは、カレンのこの貢献によるところも大いにある。まあ、なんか知らないところでいつの間にやらワカも関わっていたらしいことには少々頭痛がするのだが。いかに秘密結社相手とはいえ、市街地での能動的な攻勢作戦である今回、世間的にもIS学園寄りの立場である蔵王重工の人間としてそれなりにマークされているワカを外しての決行だったのだが、どうやら放っておいてもなんやかんやと関わってくるらしい。それが悪い方に転んだ試しはないしありがたいのだが、何をやらかすかわからないので頭が痛い。

 

「それはさておき、そんなにかしこまった話し方をする必要はないぞ。私とお前は友達だ」

「はあ。しかし、私はこれが普通なので」

「なら、仕方ないか。だが一度花を愛でてみるといい。ロマンがわかる」

「はい、ご命令とあらば」

 

 カレンの返答に、千冬は苦笑する。素直なのか、融通が利かないのか。カレンの出自と経歴がそうさせるのか、こうしてなかなか難儀な性格をしているが、それでも決して嫌いではない。だからこそ、友達と呼べるのだろうと千冬は思う。

 

「まあいい。それではまたな」

「はい、千冬。良い夢を」

 

 そう言って通話を終える。

 用事は済んだ。あとは帰って眠るだけ。秋も深まり、夜風は心地良いを通り越して寒くなりつつある。じき冬が来て、また春が来る。それまでの間にどれだけの騒動が起きるのか。せっかくの修学旅行の間くらい、千冬はそのことを考えたくないと思っていた。

 

 

 

 

「千冬さんがロマンに目覚めたと聞いて!」

「お花ですか!? だったらうちの系列企業が品種改良したバラとかどうですか! なぜか芦ノ湖で育てると数十mくらいのサイズになるんですけど!」

「さっさと帰れ貴様ら」

 

 なにせ、ロマンと一声呟くだけでどこからともなく真宏とワカが湧いて出るのだからして。今はこの頭痛を抑えるのだけで、精いっぱいだった。

 

 

 こうして、修学旅行の時は過ぎていく。

 その日の夜に一夏への逆夜這いを敢行するヒロインズの暗闘などが繰り広げられたが、IS学園の、一夏の周りではよくあることなどで多くを語る必要はあるまい。ラウラが出し抜こうとして失敗し、箒と鈴が真剣を持ちだして大立ち回りを繰り広げ、セシリアはちょろく、シャルロットはあざとい。どんな事件が起ころうと、いつもと変わらない日常だ。

 

 

 ちなみにヒロインズが一夏の布団に潜り込もうとしていたころ、真宏と簪はというと。

 

 

「よかった……この回見逃さなくて」

「すごい……なんだこの神アニメは!」

 

 二人そろってアニメを見ていた。色気のかけらもねえことである。

 

 

◇◆◇

 

 

 別の日、別の場所。

 高級ホテル最上階レストラン。夜景が美しく映えるディナーの頃合い。そこには3人の女性がいた。

 

 うち二人は、ファントム・タスクのエージェント、スコールとオータム。

 

「元イタリア代表のアリーシャ・ジョセスターフ。歓迎するわ、盛大にね」

 

 皮肉交じりの口上の後、ワインをくっと飲むスコールと、それに続くオータム。彼女らが相対するのはファントム・タスクの新参にして、世界屈指のIS操縦技術を持つと誰もが認める第二回モント・グロッソ優勝者、アリーシャ。

 

「それはどうも。でも私は、織斑千冬との決着以外は関わらないから、それだけは覚えておいて欲しいのサ」

「なんだとてめえ……! ザッケンナコラー!」

「そんな言葉を使ったらダメよオータム。口が悪いわ」

 

 ロマンチックなレストランでのディナーに似つかわしくない、身も凍るようなスラングはスコールがたしなめて、一応の歓迎会が始まった。スコールたちに本当に歓迎する意思があるのか、あったとしてアリーシャがそれを受ける意思があるのかはわからないが、二代目ブリュンヒルデが悪の秘密結社に与したことだけは確かなこととなった。

 ふう、とキセルをふかすアリーシャ。それを剣呑な目で睨むオータム。そんなオータムを微笑ましく見守るスコール。妙な取り合わせだが、ISを使えば町ひとつ程度軽く制圧してのけるほどの戦力がここにはある。

 

「それよりスコール。次の作戦はもう決まってるんだろ?」

「ええ、もちろん」

「織斑千冬を引きずり出せるような作戦だといいんだけどネ」

「ご期待に添えるかは、まだ微妙なところね。でも教えておくわ。次の作戦、<オペレーション・エクスカリバー>について……」

 

 それだけの戦力をつぎ込む次なる作戦は、既に決まっている。

 世界が、また揺れる。


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