IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第40話「京都名物」

 夜空に白と黒の軌跡が伸びる。時に近づきまた離れ、絡み合う二筋の軌跡は二機のISが作り出した物。一夏の白式と、マドカのサイレント・ゼフィルスだ。

 

「せええええい!」

「はっ、遅いな!」

 

 弧を描く軌道から一変、イグニッション・ブーストで距離を詰めて雪片弐型を振り抜く一夏。しかし、マドカはそれすら読んでいたとばかりにたやすく受け流す。射撃型のサイレント・ゼフィルスを使っていながら、近接戦闘においても一夏と同等かそれ以上の実力だ。

 だが、それだけではない。マドカが今日ここに姿を見せた理由は一夏を倒すためだけではなく、新たな力を見せたうえでその命を刈り取りためだ。ここまでの戦いはマドカにとって、一夏をより深く絶望させるための下準備に過ぎない。

 

「遊びは終わりだ。見るがいい、私の新しい力を!」

「なんの光!? ……まさか、セカンド・シフトか!」

 

 紫を基調としていたサイレント・ゼフィルスの色が、にじむように黒へと染まり、それに合わせてフォルムも変わる。ISがこれほどの変化を示す現象と言えば一つしかない。一夏の白式、真宏の強羅、そしてかつてシルバリオ・ゴスペルもなしたという、セカンド・シフトだ。

 

「……はぁっ、いい具合だ。この姿になったのは二度目だからな、実に馴染むぞ。最高に『ハイ』ってやつだああああああ!」

「二度目って……まさか!」

「察しがいいな。一度目はこの<黒騎士>で強羅を倒したときだ。いまこれほど馴染むのは、神上真宏の尊い犠牲というやつのおかげかもしれんなあ」

「お前……!」

 

 セカンド・シフトをしたり戻ったりするという異常さも、今の一夏の頭には入らない。ただ一つはっきりしているのは、歪んだ嘲笑を浮かべるマドカが真宏を実験台のように扱ったということだけだ。到底、許すわけにはいかない。

 

「真宏の仇いいいい!」

「おい待て、さっきあいつが死ぬわけないとか言ってなかったか!?」

 

 相手の武装は不明だが、それでも一夏は斬りかかる。もとより白式にはそれしか能がなく、刃さえ届けばどんなISだって倒すことができる。それが白式の、零落白夜の力だから。

 

 しかしそれは届けばの話。

 

「ふんっ!」

「うおおお!?」

 

 マドカは、ライフルが変質したバスターソードをただまっすぐに振り下ろす。それだけのことだが、一夏は真正面からイグニッション・ブーストで接近している最中。正面からの一撃にカウンターで振り下ろされたバスターソードの一撃に、一夏は逆に防御を余儀なくされる。

 噛みあう雪片とバスターソード。一夏が乗せた勢いは完全に殺され、むしろ押し返される。圧倒的なパワーだ。

 

「くっ……! パワーに負けたー!?」

「まだだ! 行け、ビット!」

 

 吹き飛ばされる一夏を追って迫るのは、空飛ぶ細長いドリルのような形をした螺旋模様のランサービット。その先端からエネルギー弾を放ちながら一夏に向かって高速で迫る。

 

「雪羅、シールドモード!」

 

 一夏は雪羅のシールドモードを展開。零落白夜と同様のエネルギー無効化バリアを展開してエネルギー弾を防ぐが、ランサービットの放つエネルギー弾は数多く、自身のエネルギーも盛大に削る零落白夜のシールドでは長く持ちこたえることはできない。

 しかも、ランサービットはその形状からしてビット自身が武器だろう。どれほど弾がかき消されても構わず高速で迫るビットの物理的な攻撃はシールドを貫いてくることが予想され、回避する必要がある。

 

「くそっ!」

「かかったな!」

 

 そこまで全て、マドカの掌の上だった。

 シールドを解除してビットの突撃を回避した一夏の晒した隙を逃さずマドカが迫る。バスターソードを上段に構えての一刀両断。掲げた雪片ごと一夏を斬り捨てんばかりの一撃に、一夏は、白式は耐えられない。PICの最大出力でも踏みとどまりきれないパワーに屈し、一夏は夜の森へと落下する。

 

「はははは、ははははははははは!」

 

 マドカは狂ったように笑いながらビットからビームを乱射。ロクに狙いも付けず一夏の落下地点を森ごと焼き尽くす勢いで周囲一帯を丸ごと炎上させる。

 そしてその炎の中心で地面に落着した一夏が起き上がるより前に、落下の勢いをそのままに踏みつけた。

 

「がっ!?」

「どうだ、どうだ織斑一夏! 見たか私の力を! これが織斑マドカの、本当の織斑マドカの力だ!」

 

 マドカは何度も何度も一夏を踏みつける。白式のシールドが弱まり、装甲が砕けてもなお執拗に。一夏の悲鳴が途絶えてからも、何度も。

 

「はーっ、はーっ……。こんなものなのか、貴様は。……まあいい。ならばその命、貰い受けるまで」

 

 息が切れるまで踏みつけ続け、一夏の意識が完全に途絶えてようやくマドカは冷静さを取り戻す。そうなれば、胸の内に残るのは純粋な殺意。迷いなく一夏の命を刈り取ろうと、バスターソードを振り上げる。

 エネルギー刃が唸りを上げて輝きを増し、たとえシールドバリアが健在だったとしても無事では済まないだけの切れ味を得て。

 

「では、死ね」

 

 至極あっさりと振り下ろされる。

 首の一つや二つはたやすく両断してのけるその一刀。狙いを外れることなどありえない距離と動かない相手を前に、ぞっとするほど美しい光の孤を描いて一夏へと迫り。

 

ガッ、と衝撃がマドカの手に走り。

 

「なに!?」

 

 その刃は、一夏の首の皮一枚を裂いたところで白式の左手に止められた。

 マドカは咄嗟に一夏の顔を確認するが、いまだ目は閉じたまま。ハイパーセンサーから得られる一夏のバイタルデータも、いまだ一夏が意識喪失状態であることを示している。では、一体何が白式を、一夏の体を動かしたのか。マドカの脳を混乱が揺さぶる。

 

「ぐ、くううう!?」

 

 一夏は無言。しかしその手に込められたパワーは先ほどまで白式を圧倒していたはずの黒騎士を逆に押し返すほどで、しかもバスターソード自体からみしみしと嫌な音がし始める。

 

「このっ、なんだ貴様!?」

 

 これ以上の鍔競り合いは不利しかないと悟ったマドカは無理矢理一夏の腕を振り払って距離を取る。

 すると、一夏はゆっくりと立ち上がる。しかしその動きは自らの意思によるものとは到底思えず、操り人形が糸に釣られて立ち上がったようにしか見えない。

 

 そして、変質が始まる。

 

 

 ゆっくりと開かれた一夏の目。それは一夏本来の黒い瞳ではなく金色に輝き、マドカがそれに驚く間もなく白式が姿を変え始めた。

 黒騎士の攻撃によって損傷した装甲が、その下からめきめきと生えてくる新たな装甲と置き換わる。しかも新しく出現した装甲の形状は白式のものではなく、全身くまなく姿を変える。

 

 そうして現れた機体の姿に、マドカは、いや全てのIS操縦者は見覚えがある。

 

 

「まさか……白騎士!? 同じコアとはいえ、データは初期化されているはず……!」

 

 巨大なアンロック・ユニットと、顔を覆い隠すバイザー。ブレードと腕部内蔵の荷電粒子砲。白式と似ていながらも異なるその姿は、まさしく世界に初めて姿を現したISにして、白式のコアの元の姿、白騎士だった。

 

「――!」

「ぐっ!?」

 

 戸惑うマドカに対し、白騎士となった一夏は容赦がない。イグニッション・ブースト並みの速度で接近し、蹴りを一撃。マドカのガードは間に合ったが、知ったことかとばかりに背後の燃える木に押し付け、そのまま蹴り抜き吹き飛ばした。

 

「一体、なんだというのだ……! ISの暴走? それとも、織斑千冬の残留思念か!」

 

 ゴロゴロと転げまわりながら体勢を整え、マドカはすぐにその場を離れる。そうしていなければ、追撃の荷電粒子砲が黒騎士に甚大な被害を与えていただろう。眼下で燃える森の中に大きく膨れ上がる新たな爆発を見ながら、マドカは冷や汗を垂らす。スペックの上では、黒騎士は決して白騎士に負けていない。むしろ凌駕してさえいるだろう。しかしそれでも、再び接近してきてブレードを振るう白騎士に対し、マドカは底知れない何かを感じた。ISの常識を覆す、無人機のようなこの挙動、白式には、そして一夏には一体何が隠されているのか。

 

「だが……! 私は引かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!」

 

 それでも、マドカは迷いを振り払ってバスターソードを掲げる。マドカとして、織斑の名を持つ者として、ここで引き下がるわけにはいかない。それこそが、マドカがマドカとして立ち向かわなければならない宿命だ。

 

「はああああああ!」

 

 猛り狂うマドカと無言の一夏。白と黒のISが、再び京都の夜空で激突する。

 

 

◇◆◇

 

 

「なるほど、やはり動作はプログラムか。ならば、どうとでもなる!」

 

 白騎士と黒騎士との激突。当初はスペック差を覆して白騎士が優勢であったが、しばらくするとその状況は逆転していた。白騎士の姿になったことで千冬の残留思念の類が姿を見せたのかと疑ったマドカだったが、その疑念はすぐに晴れた。

 行動の端々に見える単調さと柔軟さを欠くモーション。それらを合わせ、マドカはこの白騎士の行動はVTシステムに近い物だと結論付ける。そうであれば、なんとでもしようはあった。単調な動きに付け込んでフェイントを混ぜ、あっさりと引っかかったところにカウンターを入れる。その様はまるで、左右にぴょんぴょこ跳ねては腰を振るしか能がない最弱クラスのボスのようだった。パターン入りました。

 

「これでも……くらえっ!」

 

 だからマドカは、白騎士の回避方向を誘導。その先へ向かって鞭剣状態に変形させたバスターソードを振るい、白騎士に巻きつき絡め取った。

 

「そのまま砕け散れ!」

 

 そしてエネルギー刃が鞭剣の軌道上をチェーンソーのように稼動し、白騎士の装甲を削り取る。拘束されたうえにこのダメージ。白騎士はもがくが完全に身動きが取れなくなり、為す術がない。

 

 だから、マドカは勝利を確信した。

 一夏に勝利し、千冬の亡霊ともいうべき白騎士を倒し、その命を奪う。自分はそれを為すことができるのだという愉悦に歪む。

 

 

 ……だから、だろう。

 激しい戦闘によるめまぐるしい位置取りの変化と場所の移動。当初一夏と交戦を開始した場所からは大分離れた場所まで来ていたマドカは、今まさに一夏に、白騎士にとどめを刺そうとしているこの場所が「足元に川が流れる京都の外れ」、さらに詳しく述べるなら「昼間に真宏を撃墜した位置のすぐ近く」であることに、気付いておらず。

 

 足元で上がった水音にも気付くのが遅れ。

 

 

『仲間のピンチのよかああああああああああああああああん!』

「今度はなんだああああああああああああああああ!?」

 

 

 背後で高々と上がった水柱と響き渡る叫びに、めちゃくちゃビビって叫ぶハメになった。

 

 

 

 

 白騎士を抑えながらも振り向くマドカ。

 その目に映るのは眼下の川から重力に逆らって天へと伸びる水柱と、その中にうっすらと見える影。

 

 影は大きく、両手足を伸ばした人型に辛うじて見える姿。片方の腕が少し短いように思えるが、それを補って余りあるほどにシルエットが大きく、そして目があるだろう部分にきらめく緑の光。水の膜を通してなお眩いその色に、マドカは見覚えがある。ついでにこの時になって、ここがどういう場所なのか気付き。

 

『とりあえず、こういう武器はそのうち箒が聖詠歌いながら使う予定だからその時までとっとけよバカマドカ!』

「何を言っているんだこの死に損ないはああああ!?」

 

 その時には既に、水柱をぶち破って姿を現した強羅によって、鞭剣モードのバスターソードが引きちぎられていた。

 

 

「貴様っ、神上真宏! 生きていたのか!」

『当然。水落ちはフラグ。俺が水落ちして死ぬわけないだろうが』

「……それ、織斑一夏達も同じこと言っていたぞ」

『だろうな。みんなわかってるし』

「私はさっぱりわからん……!」

 

 そう、強羅だ。神上真宏だ。

 マドカによって倒されたはずの、あるいは死んだはずの真宏が生きていた。

 

 おそらくあれから半日近く川底にいたのだろう、今もあちこちから水が滴っているうえにマドカとの戦闘でついた傷はそのままだが、それでも強羅はこうして健在。再び目の前に現れて見せた。少なくとも当人はその理由を「水落ちだから」で片づけているようだが、いずれにせよマドカにとっては悪い状況だ。

 白騎士を倒す絶好の機会だったというのに失敗した上、敵の戦力まで増えたのだ。

 

『よっし一夏、それじゃあここからは一緒に……って、あれ白式じゃない!? 白騎士じゃねーか! ……まあいっか。一緒に行くぞ!』

「おい待て、それでいいのか貴様!?」

 

 なお悪いことに、白騎士は強羅との共闘を選んだらしい。やはりこれはただのISの暴走ではなく、何らかの理屈に則った自動反応であるようだ。とはいえ、それがわかったところでマドカの目的は変わらない。死に損ない共にトドメを刺し、一夏を倒して自分の力を証明するだけだ。

 

「ええい、かまうものか! まとめて始末してやる!」

『っしゃかかってこいや! 今度は返り討ちだ!』

 

 引きちぎられたバスターソードを放り捨て、マドカはランサービットをけしかける。強羅は左腕から張ったシールドでビームを受け止め、白騎士は先ほどまでと同じように回避した。

 動きが読みやすい白騎士を狙おうとビットを向けるマドカだが、強羅がさっそくグレネードを放ってきた。右腕部分がないとはいっても武装やハードポイントが豊富な強羅のこと。両肩に大口径のグレネード、両足にミサイルランチャーを展開して一斉射撃をぶちかます。今さっきまで川底に沈んでいたとは思えない全力振りにマドカは肝を冷やしつつも、黒騎士の推力に任せて一気に危険域から離脱する。さすがの黒騎士でも、全方位から迫るあの蔵王製グレネードの爆炎はさすがにビビる。

 というか、強羅の戦力とか火力がさっき戦ったときと比べて全く落ちていない気がするのはなぜだ。ほとんど大破状態にまで追い込んだと思っていた上に片腕を奪ったに等しいというのに、理不尽過ぎる。

 

「――!」

「白騎士!? ほとんど無人機同然のくせに、連携だと!」

 

 そのタイミングを狙ったように迫る白騎士のブレード。ランサービットを直接手に持って迎え撃つ。鍔競り合うブレードとランス。意思を宿さない金の瞳を隠す白騎士のバイザーが驚くほどに近く、押しあう二人の間で散る火花が夜の闇の中に白騎士のフェイスマスクとマドカの怒りに染まった顔を浮かび上がらせる。

 これだけ白騎士と近ければさすがの神上真宏もまとめてグレネードで焼き払ったりはしてこないだろうが、油断はできない。何とか距離を取って体勢を立て直さなければとマドカは焦る。

 

 しかし白騎士にそんな事情は通じるはずもなく、一夏の声を使い、白騎士が語りかけた。

 

「貴方に、力の資格は、ない」

「!」

 

 その言葉に、マドカの表情が凍りつく。マドカの心の中に突き刺さる棘を、その一言が抉ったせいだ。

 

 

 

 

『これが今度の実験体かね』

『はい。資料では、元織斑だとか』

『なるほど、例のルートからか』

『負債は相当な額だったそうですよ』

『夢破れたり、か。だがこの実験で生まれ変わるさ』

『生きていれば、ですが』

『ま、そういうことだな。でははじめようか』

 

 

 

 

「いやちょっと待て、なんだこの記憶は!? こんなの見た覚えないぞ!」

 

 なんかノイズが混じったが、とにかくそんな感じなのだ。元織斑ってなんやねん、とツッコミたいがやめておく。その辺つつくとむしろ泣きたくなってくるのはマドカの方だ。

 ともあれ、思い出した。失敗作であると、力が強すぎるからこその失敗であると断じられたかつての記憶。白騎士の言葉はまるでそれを指摘するかのようで、マドカの心は怒りに乱れる。

 

「私が……私が本物だ! 織斑マドカだ!」

『おいおい、なんかいつも以上にキレてないか!?』

 

 ランスを振るってブレードを弾き、これまで以上の狂気に燃える目で白騎士の首を掴み、締め付ける。技も戦術も何もない、怒りと殺意だけの行動だ。

 白騎士とはほとんど密着して錐もみ状態に陥り、強羅もやすやすとは手が出せない。このままなら、一夏の首を絞め落とすことは可能だったろう。

 

 しかしそれは、人間を相手にしていた場合の話。

 IS自身の意思かあるいはプログラムか。それによって動く今の白騎士にとって操縦者の状態はほとんど関係がない。一夏の首を絞められているのにも構わず、白騎士は逆にマドカの首を絞めかえした。

 

「ぐ、がっ……!?」

 

 そしてそのままマドカを下に、地面へ叩き付ける。

 しかもイグニッション・ブーストを起動。マドカを地面ですりつぶしながら最高速度で飛翔しはじめた。

 

「がああああ!?」

『わああ、待て待て一夏! それやるんだったら俺も準備するから!』

 

 一方、強羅はここぞとばかりに進行方向へと回り込み、「G」とか書かれたやたら巨大なサイバーっぽい鉤爪を両腕につけ、腰を落として構えている。よくわからないがあれはヤバい、とマドカは直感する。直撃を食らったが最後、謎の超振動波を流し込まれ、幸せになりたかっただけなのにとか呟きながらさらさらと体が崩れていきそうな気がしてならない。

 

「このおおおお!」

 

 なのでマドカは気合一発、膝蹴りで白騎士を跳ね飛ばす。間髪入れずランサービットを手元に呼び戻し、白騎士の額を貫こうと狙う。これまでの戦闘でのダメージも大きい。おそらく最後の反撃だ。

 

 しかし。

 

「――資格のない者に、力は不要」

「かはっ!?」

 

 ランスの切っ先は斬り飛ばされ、逆手に握り直したブレードが胸に突き刺さる。シールドと装甲が辛うじて肉体を貫くことこそ止めたが、もはや反撃の余地はないほどのダメージを受けた。

 

 マドカは悟る。

 反論の余地もなく、敗北した。

 

 

「あっ……」

 

 だが、それ以上にマドカの心を折ったのは、胸から零れ落ちたペンダントだった。

 ぱちりと音がして開いたその中に収められていたのは、マドカがたった一枚だけ持っている千冬の写真。憎しみと愛と、そしてわずかな希望の証。それが、ついにマドカの手から失われようとしていた。咄嗟に手を伸ばしても届かない。これをなくすのはマドカにとってついに自分自身を失ってしまうことと同じで、だからこそ取り戻そうと手を伸ばす。だが届かない。失ってしまう。

 

 そう、思ったとき。

 

 

『おっと』

「……へ?」

 

 空中を舞うペンダントを、やたら大きくてゴツい手が掴んだ。

 その手の主は、強羅。いつの間にか強羅が待ち構えていた場所まで滑ってきていたらしい。

 手の元をたどっていくと、強羅のデュアルアイと目が合う。強羅はフルスキンのISで、当然その仮面の奥の顔が見えるわけではないが、なぜかどんな表情を浮かべているかはわかる気がする。

 きょとんと不思議そうな、友人がこっそり肌身離さず身に着けている家族の写真を見てしまったような、そんな感情が伝わるようだった。

 

『……はい、これ』

「あ、……あり、がとう」

 

 その意外な感覚たるや、マドカが素直にお礼を言ってしまうほど。強羅の手から黒騎士の手へと、返された。

 

「――!」

 

 しかし、半分くらい存在を忘れかけていた白騎士がまだいる。今はIS自身が動かしているせいか空気を読まず、マドカにとどめを刺そうと再びブレードを振り上げた。

 今度こそマドカの喉が引きつる。避けようもなく、先ほどの仕返しとばかりに今度はマドカの命が危険に晒され。

 

 

「引くわよ、エム」

「スコール!?」

 

 だがそのブレードがマドカの体を切り裂くことはない。白騎士の攻撃を遮り、マドカをかっさらった者、スコールが現れたせいだ。

 状況の急変に対しても驚くことない白騎士は即座に対応するが、スコールは熱波を放って接近を阻む。

 

『うおーあっちぃー!?』

「……あなた、私と会うたびに熱がってるわね。実際はそれで済む程度の熱じゃないはずなんだけど」

 

 余波を食らった強羅が熱さに転げまわっているが、それはどうでもいいだろう。

 ホテルで待機していたはずのスコールだったが、マドカを抱える逆の腕にはオータムを抱えている。どうやらIS学園側の拠点を襲撃して奪還してきたようだ。なんだかんだで恋人想いな女である。クレイジーサイボーグレズだけど。

 

「は、離せスコール!」

「ダメよ、ボロボロじゃない。決着はまたの機会にしなさい。じゃあね、織斑一夏くん、神上真宏くん。次はお互いもうちょっとまともな状況でやり合いましょう」

 

 そうとだけ言い残し、スコールは即座に逃げ出そうとする。

 が、その一瞬前に。

 

『マドカ!』

「!?」

 

 強羅がマドカに向かって何かを投げた。スコールは咄嗟に焼き払おうとしたが、二人を抱えて両腕がふさがっていた上にハイパーセンサーが脅威なしと判断したため、無理をする必要はないと判断して様子を見る。

 くるくると回りながら飛んで来たのは、薄く、四角い紙状のもの。それは狙い通りなのだろう、マドカの手の中に納まり、その正体を示す。

 それは、ごくありふれたサイズの写真用紙。なにが映っているのかを確かめようと、思わず受け取ったマドカが裏返すと、そこには。

 

「姉さんの……写真!?」

『きっとそれが、お前の最後の希望だ。良かったら持ってきな』

 

 千冬の写真だった。面倒そうな、それでいて満更でもなさそうな。千冬の自然な笑顔がマドカを見た。

 敵からの施しなど、という反感など一瞬で失せた。マドカはただ、目が潤まないよう、声が震えないよう、黙ってその写真を抱きしめる。失わずに済んだペンダントと同じくらい、大切に。

 そんなマドカの様子を複雑な表情で見たスコールは、今度こそ長居は無用とばかりに飛び去った。イグニッション・ブーストとパッケージのブーストを合わせた加速で、瞬く間に空域を離脱する。

 

 

『逃げ足はやっ。なあ一夏』

「――」

『……あれ、一夏ー?』

 

 その様子を追いかけもせず見届けながら、真宏はすっかりいつもの調子で一夏に声をかける。一仕事終えての安堵がにじみ出るその声に、しかし一夏は反応しない。というか、白式が白騎士になっていること以前にそもそも様子がおかしいと、真宏はこの時になってはじめて気付く。

 白騎士は強羅を見て、そして遠くを見るようにあらぬ方向へ顔を向ける。

 

「一夏! ……じゃない!? それに真宏も!?」

「あれは、白騎士ですの!? どうしてここに!」

「なんだ、一体どうなっている!」

 

 すると、すぐに鈴、セシリア、箒が駆けつける。いつの間にか真宏が合流している事にも驚いているが、それ以上に目を引きつけるのは一夏の姿だ。ISの関係者として白騎士の姿程度は知っているが、それを一夏が身にまとう理由は当然わからず困惑の叫びをあげる。

 

 そして、そんな箒達の様子など全く意に介することなく。

 

 

「力の、資格が、ある者よ」

 

 手に持ったブレードを箒達に、そしてそちら側へと合流した強羅へ向けて。

 

「私に、挑め」

 

 イグニッション・ブーストでまっすぐに踏み込んだ。

 

『なにこのボスバトルみたいな入り方―!?』

「言っている場合か! 来るぞ!」

 

 

◇◆◇

 

 

「ちょっと、なにやってんのよ一夏! 目を覚ましなさい!」

 

 鈴が叫びながら二刀流の青竜刀で斬りかかる。しかしそんな説得(物理)の甲斐もなく、白騎士は、一夏は応えず雪片弐型とは微妙に異なる雪片壱型で受け止めて鈴の胴体を蹴り返す。

 先ほどから、そんな場面の繰り返しだった。なにを考えているのかさっぱりわからないまま襲ってくる白騎士に対し、一夏が捕らわれているに等しい状況に置かれた箒達は防御に回るのが精一杯だった。

 

「ええい、説明しろ真宏! 何がどうしてこうなった!」

『いや、それが俺にもさっぱり。川底で目が覚めたら目の前でマドカと白騎士になった一夏が戦ってたんで乱入して、マドカが退散したと思ったらご覧の有様だよ』

「……やっぱり水落ちで生存してらしたんですのね、真宏さん」

「わかりきってたことでしょ、セシリア」

 

 しかし、こうして手をこまねいてばかりもいられない。簡単にお互いの置かれた状況の説明を済ませて、俺達は事態の打開を図るための策を練る。

 

「しかしどうする。いつの間にか白騎士が使用者の魂を喰らいそうな槍を持っているのだが」

「放っておいたらマズいのは間違いないわね。荷電粒子砲も装備してるわけだし、京都が焼け野原になりかねないわ」

『この櫛使う?』

「一夏さんの髪が伸びていないので、多分それは使えませんわ」

『じゃあベルトのあたりの逆さになった紋章を胴体ぶち抜く勢いで殴りつけるとか……』

「白式にはないわよそんなの」

 

 とはいえ、一夏の置かれた状況が良くわからない以上できることは限られている。なんか刃の部分が肉厚で幅広で傷だらけの槍を持っているが、髪の長さはいつも通りなので真宏がどこからともなく取り出した櫛で箒達が一夏の髪を梳いて暴走を止めることもできないだろう。

 ある意味ISに心を食われたような状態ではあるが、そっち方面の手もおそらくは使えまい。

 

 と、なると。手段は一つしかない。

 

 

「やはり、これしかないか。これだけ言って目覚めないなら、叩き起こす!」

 

 当然、力技。

 箒が真っ先に仕掛け、空裂で雪片壱型と切り結ぶ。そしてなんか二刀流のごとくもう片方の手に持っていたヤバそうな槍に対しては、箒もまたいつの間にか展開していた槍で迎え撃つ。これまたやたらと刃の部分が巨大で黒い槍だ。

 

『ガングニールだとぉ!?』

「この槍をその名で呼ぶな! なんか出てきたんだ! 多分いつぞやのウェポンバトルのせいだからな!?」

 

 剣と槍の二刀流。さすがに慣れていないだろうに、箒は見事それぞれを操って、白騎士の手からどちらも弾き飛ばした。

 だがそれが油断を招いたか、白騎士は最初からそのつもりだったのか。槍を弾き飛ばされた左手は一瞬も迷うことなく箒の胴を掴み、格闘に紛れてチャージしておいたエネルギーを開放する。ゼロ距離荷電粒子砲、直撃だ。

 

「ぐああっ!?」

「箒さん、下がってくださいまし!」

『俺も混ぜてくれよ!』

「私もね!」

 

 白騎士はさらなる追撃を狙うが、セシリアが阻む。ビットを強引に箒と白騎士の間に割り込ませてレーザーを乱射。さらにそうして開いた距離を俺と鈴がさらに広げる。

 が、それでもせいぜい五分に持ち込むのがやっとだ。モーションを再生しているだけとはいえ、元になったのは千冬さんの剣技。数の不利くらいたやすく覆して互角に持ち込むキレがある。はっきり言って、技だけ見れば俺達4人が束になっても敵うかどうか。

 

「一夏さん! わたくしの声を聞いてください!」

 

 だからそれを越える物があるとすれば、それは気合と思いに他ならない。

 ビットとライフルによるレーザーの乱射が雨となって白騎士に降り注ぎ、鈴を狙った踏込を遮る。それによって白騎士は次のターゲットとしてセシリアを狙って急接近。しかしそれでもセシリアは慌てず騒がず精密な狙撃を繰り出し続ける。

 ビットの射撃とフレキシブルを囮に白騎士の機動を制限して、近づかれるまでのわずかな間に3度の直撃。それによって白騎士の左肩と右足の装甲が千切れ飛んだ。

 

「わたくしと初めて戦ったあの日のこと……思い出して!」

「あたしのことも忘れんじゃないわよ!」

 

 自機の損傷に構わずセシリアを仕留めに向かう白式はレーザーだけでは止まらない。それを止めたのは、鈴。なんだかんだでセシリアとのコンビネーションも抜群で、セシリアは即座に距離を取って再び白騎士の射程外へと逃れる。

 

「昔っから思ってたことだけど……!」

 

 双天牙月での連撃に次ぐ連撃。白騎士は徒手格闘でその全てをいなしていくが、鈴は構うものかとばかりに息もつかせぬ連打を繰り出す。怒りとか一夏の鈍さへのイライラとか助けたいという想いとか、色々なものがごちゃまぜになっているらしき一振り一振りに遅滞はなく、中国に渡るまでごく普通の女の子であったのに今こうして中国の代表候補生として専用機を駆り、白騎士に挑むまでになったのは、一夏と再び会うためだったのだから、その一刀に込められた思いは、きっととても深いだろう。

 

「いい加減、千冬さん離れしなさいよ!」

『多分一生無理だと思うな、俺。きっと一夏と結婚してもずっと小姑つきだぜ』

「すさまじく恐ろしいことを言うな真宏!」

 

 おっといけない。つい調子に乗って味方にこそダメージのでかいことを言ってしまった。

 白騎士と押し合いを続けている鈴がぷるぷる震えだしたのは、ひょっとして力が拮抗しているからではなくて今の言葉で浮かんだ未来予想図が恐ろし過ぎるからなのだろうか。

 

「鈴! みんな!」

「シャルロット! ナイスタイミング!」

 

 そんな鈴の窮地を救ったのは、シャルロットだった。別角度からのマシンガンの乱射が鈴には当たらず白騎士だけに集中する絶妙の射撃はさすがの一言。よかったよかった。ちょっと鈴を巻き込んででもグレネードでふっ飛ばさないと助けられないかなと思ってたから、俺としてもありがたい。こそこそと展開済のグレネードを隠しながら、俺は合流してきたシャルロット、ラウラ、そして簪を出迎える。

 

「真宏!」

『簪。……心配させたな。もう大丈夫だ』

「うん。きっと無事だって信じてたけど……よかった」

「状況はおおむね把握している。一夏への愛を叫んで正気を取り戻させればいいのだな。任せろ、私の得意分野だ。真宏に借りたDVDで学んだドストレート告白を、今こそ試す時!」

 

 これで戦力は7対1。とはいえ、それでも油断ならないのが白騎士であり零落白夜。一瞬でも油断すれば一撃で落とされることすらあるのが恐ろしい相手だ。

 

「まあ、その場合は強羅でガードベントすれば一発くらいは耐えられるんじゃない?」

『おいバカやめろ。今の強羅は割とズタボロだから一発でも致命傷だぞ。……普段なら一撃くらい耐えられるんだけどさ?』

「仮にも白騎士な上に零落白夜でも耐えられるというのか……。まあ、強羅だしな」

 

 しかも今回は、俺が楯になるわけにもいかない。今の強羅は片手もないしシールド出力も下がっている。零落白夜に限らず一発まともに食らったらそれだけで脱落しかねない。

 

「なら、僕たちが行けばいいんだね。……一夏! 僕の気持ち、受け取って!」

 

 だがそこは頼れる仲間達。それならそれでやりようはあると、まずシャルロットが飛び出した。いま最も優先すべきは、勝利ではなく一夏を白騎士から取り戻すこと。そのために必要なのは気持ちをぶつけることだろうと、シャルロットは声の限りにぶつかっていく。

 

 左腕のシールドをパージして、自慢のとっつき<フルコース>を露わにして。

 

「ほどほどにしてくださいねシャルロットさんー!?」

 

 そんなセシリアの、そして俺達全員の悲鳴にも似た懇願が聞こえていたかどうか。さすがにヤバいと察したのだろう、回避運動に入った白騎士にシャルロットがどこまでも食い下がる。

 機動力は二機の動きを見比べると白騎士の方が機動力はわずかに上のようだが、いまは戦闘機動の真っ最中。シャルロットが右手に持ったショットガンの牽制と先読み、フェイント、イグニッション・ブーストを駆使して性能差を覆して距離を縮めていく。とっつきらーとして、どんな相手にでもとっつきをぶち込むために鍛え上げたシャルロットの追尾能力は白騎士にすら届き。

 

「15連……釘パンチ!」

「――!?」

 

 いつか見せてくれたあの時よりもはるかに熟練した技で、白騎士の左腕を撃ち抜いた。

 

 

「続きは任せろ、シャルロット!」

「うん、頼んだよラウラ!」

 

 続くはラウラ。白騎士が反撃に転じる前にワイヤーブレードを薙ぎ払い、シャルロットの後退を援護する。白騎士に避けられたために直接絡みつかせて動きを封じることこそできなかったが、それぞれ自在に動くワイヤーの機動は白騎士ですら読みきれないのだろう。素早く、しかし大きく距離を取って再び逃げる。

 これが白騎士の厄介なところだ。多勢に無勢であろうとも、こちらの攻撃がどれほど苛烈であろうとも、焦りも油断も執着もなく、冷徹にその時最良の行動を取り続ける。

 

「はああああああっ! ふん!」

 

 だがそれは、ラウラも同じこと。二つ名<ドイツの冷氷>は伊達ではない。プラズマ手刀の間合いに近づけば、繰り広げられるのは近接格闘の最適解の奪い合い。ISらしく上下左右めまぐるしく入れ替わりながらの空中格闘戦は、一方で全くISらしからぬお互いに絡みつくような近接距離を全く離さない。

 

「お前は、私を守ると言ってくれた! だが今は、私がお前を守るぞ、一夏!」

 

 そして白騎士の拳を下から弾いてかわし、それと同時に懐へと潜り込み、手刀一閃。プラズマが装甲を焼くこと三度。白騎士の装甲に、ラウラの想いの丈を刻み込む。

 

 

 

 

『だあー、くそ! 結構ダメージ与えてるのにしぶといやつだ!』

「とはいっても、いつものお前ほどではないがな。動きは鈍ってきているぞ」

 

 ヒロインズ必死の説得(物理)は続いている。さっきから入れ替わり立ちかわり攻撃を仕掛けているが、いまだ健在だ。着実にダメージを与えているのだが、IS自体が機体を動かしているため疲労によって動きが鈍ることはない。

 というか、そろそろ止めないと中の一夏がヤバいんじゃなかろうか。さっきからブレード光波だのレーザーだの衝撃砲だのとっつきだのレールガンだのをガンガン食らっているのにそれでもまだあれだけ動くというのは、ISはもとより一夏に対する負荷がハンパじゃない気がする。あ、箒がブレード光波を無数の短剣型にして飛ばした。痛そーう。

 

 だが、白騎士は千冬さんの動きをトレースするだけではなく、こちらの動きを学習もするようで、徐々に攻撃が通じなくなってきているような気がする。このままではジリ貧か長期戦は免れず、ただ勝つだけではなく一夏を取り戻すことを目的としている俺達には不利になる一方だ。

 

 この状況を打開するには、変化が必要だ。白騎士が都合よくエネルギーしてくれるか、そろそろ面倒になり始めた俺がこれまで自重していた大グレネードを使うか、あるいは。

 

 

「手こずってるみたいね、手を貸すわ! 山田先生が!」

『楯無さん!?』

 

 この場にさらなる戦力を呼び寄せるかの、いずれかだ。

 

 

 駆けつけてくれた楯無さん。それだけでも心強い戦力だが、さらに驚くべきことに、なんと山田先生まで連れてきていた。いかに先生とはいえ、生身のままでは危険でしかないのではと、箒達はいぶかしんでいる。

 しかし心配はいらない。楯無さんの手から離れて宙を舞う山田先生の姿が、一瞬にして光に包まれる。

 

「あの光……IS!?」

「ラファール系だけど、ノーマルじゃない……まさか、山田先生の専用機?」

「その通りです。その名もラファール=リヴァイヴ・スペシャル! さあ、ショータイムです!」

 

 山田先生が展開したISは、シャルロットが見抜いた通りラファール・リヴァイヴのカスタム機だった。シルエットは確かに似ているが、シャルロットがシールドをブースターに変えて機動力を挙げたのに対し、山田先生のラファール=リヴァイヴ・スペシャルはむしろシールドを4枚に増設。それらをウィング状に接続していることが特徴だ。

 

「さあ山田先生、代表候補生にまでなった力、見せてください!」

「や、あの……できればそのことはあまり触れないでもらえると……」

『そういえば、代表候補生時代の山田先生ってどんなだったんです?』

「知らないの、真宏くん。学生時代の山田先生は「銃央矛塵(キリング・シールド)」と呼ばれた実力者なのよ。無痛症(という設定)だったり、調子乗った子に本当の暴力を教えたりして恐れられていたらしいわ」

『へー、すごかったんですね。色々と』

「……や、やめてえええええ!?」

「山田先生、しっかり! 中二病の古傷を抉られている場合ではありません!」

 

 ちょっと昔のエピソードが気になって楯無さんに聞いてみたら山田先生にダメージを与えてしまったりもしたが、とりあえず頼れる味方が来てくれた……のだろう、多分。ISを着込んだまま頭抱えて縮こまり、箒達に励まされている姿を見ていると不安になってくるけど。

 

「あんたのせいでしょ、真宏」

『俺、ちょっと聞いてみただけだよね!?』

 

 

「と、とにかく行きますよ織斑くん! <絶対制空領域(ソラノカケラ)>!」

 

 生徒からの必死の激励でなんとか気を取り直した山田先生がいよいよ攻撃に移る。生徒に銃を向けることに躊躇いはあったようだが、今はそれより何としても一夏を止めるのが先決だと覚悟を決めたのだろう。叫ぶなり、山田先生のラファールを取り囲んでいたシールドが射出される。

 ラファールは第二世代だからブルー・ティアーズのように遠隔操作を出来るわけではないが、それらのシールドは全て有線接続であるため、自在に動かすことが可能らしい。

 そのうち、不可能を可能にするため相手が撃ってきたごんぶとビームを受け止めて爆発四散しないか極めて不安だ。

 

「行ってください! G1、G2、G3、そしてトト!」

 

 そして、シールドには名前がついていた。4枚目の楯がどうしてG4ではなくトトなのかは聞かない方がいいだろう。

 山田先生はシールドを射出し、時折それらに目をやって操りながら自身もまた白騎士に向けて両手に持ったマシンガンとライフルを駆使してシールドを削る。彼我が高速で動きながらだというのに正確なその狙い、さすが年季が違う。

 一方のシールドもただ白騎士を取り囲むだけではない。4か所からシュゴーッとジェットを噴射して飛び回り、白騎士の逃げ道を遮り、体当たりを仕掛け、山田先生自身を守りと二つ名の通り縦横無尽に活躍する。中でもG3は特に容赦がなく、ぐるぐると回転しながら白騎士に体当たりをかまし、ゴリゴリとシールドも装甲もえぐっている。

 

 そして、ここからが真骨頂。トドメに4枚のシールドが前後左右から白騎士を挟みこんで動きを封じ、間髪入れずに山田先生がシールドの隙間から銃口をねじ込んで避けようのない至近距離射撃を叩きこんだ。

 

「うわあ、えぐい……」

『ゴガゴギすげー音してるな。痛そうだ……』

 

 白騎士を抑え込む直前に弾倉を交換していたので、両手に持ったマシンガンの弾数めいっぱいを余すことなく全弾ぶち込むその技と戦術、さすがはIS学園で教師を務めるだけはあると、俺達はこれまで一目置いていたおっぱい以外の面でも山田先生への尊敬を新たにした。

 

 

 情け容赦のない射撃が続いてしばらく。ついに弾が切れ、白騎士の動きがなくなったのを確認して山田先生はシールドを開放する。そこには、当然ズタボロになった白騎士。もはやPICを維持することもできないのか、俺達が固唾をのんで武器を構えながら警戒する中、真っ逆さまに地上へ落ちて行った。

 

「……って、いかん! このままでは一夏が車田落ちを!」

 

 そして、慌てるヒロインズ。ただでさえ無事か心配な一夏がこの上さらに地上へ激突でもしたらどうなるかわかったものではない。いよいよいもって白騎士も機能を停止したのだろうと、箒達が一夏を抱き留めるために飛んでいく。

 一夏の身を案じてかなり真剣に、それでいて必ず自分が出し抜いたらあという駆け引きが見て取れるあたりさすがすぎる平常運転だ。

 

 ……が、箒達の手が届く寸前、白騎士のバイザーに光が走る。

 

『! 待て、箒!』

「なに!? 再起動だと!?」

 

 白騎士が、再び動いた。あと少しで手が届くところまで近づいた箒達を振り払い、瞬時に体勢を整えて一気に上昇して距離を取る。さらにそのまま、俺達に向かって左腕を、構えた。

 

「あれは……荷電粒子砲!? まだ機能が残っていたんですの!?」

「っていうより、再生したのよ! 尋常じゃない回復力だわ!」

「そんな! せっかく僕のとっつきで壊したのに!」

 

 この段階で、俺達は致命的なほど不利な状況に置かれた。

 白騎士が頭上に、俺達が下に。そしてさらにその下には京都の市街地が。この状況下で荷電粒子砲を避けてしまえば、かわりに市街へ直撃する。だからといって受け止めるのも上策とは言えない。一夏の、白式の、そして白騎士の荷電粒子砲。10年前の白騎士事件において弾道ミサイルや通常兵器の数多くを血祭りに上げた武器の一つ。いくらISがあるとはいえ、その砲口の前に身を投げ出すのは生半可なことではできない。ISのシールドバリアをもってしても無傷で済むわけがなかった。

 だから状況を理解した誰もがギクリと身をこわばらせ。

 

 

 

 

『そりゃあ、まだ満足できないよな……一夏ああああああ!』

 

 

 テンションマックスになった俺が、一夏に向かって真っ先に真正面から突っ込んでいった。

 

 

「真宏!?」

『大丈夫だ、任せておけ!』

 

 白騎士は接近する俺を脅威と見なしたか、荷電粒子砲をこちらに向けた。砲口の奥に集まる光がまぶしく光り、ため込んだ破壊の力はすぐにも俺に向かって飛び出すだろう。

 放っておけば仲間も町も大変なことになるそのエネルギー、一片たりとも取りこぼすわけにはいかない。

 だから、俺が成すべきことはあの荷電粒子砲を避けず、負けず、全て受け止めることだ。……無論、それだけで終わらせるつもりもないけどさ。

 

「すさまじいエネルギー……! やめろ真宏、危険すぎる!」

 

 強羅も鈍重とはいえIS。まっすぐに突っ込んでいけば彼我の距離はすぐに縮まり、荷電粒子砲が発射されれば避けようもない距離。それでいて、発射前には白騎士まで届かないだろう位置。だがそれでいい。

 

 それでこそ、意味がある。

 強羅の仮面のその下で、俺の顔はいつものように笑っている。ピンチをロマンで乗り越える、嬉しくてたまらない時の表情で。

 

 

「力の、資格を、示せ」

『言われなくてもやってやるさあああああ!』

 

 荷電粒子砲、発射。

 白騎士の腕から放たれたビームは京都の夜空に流れ星より眩しい軌跡を伸ばして俺達へと、京都の町へと伸びて。

 

 

『うっしゃああああああああ!』

 

「普通に受け止めたー!?」

「しかも右手ですわよー!?」

 

 俺が突きだした、前腕を失った右手によって止められた。

 

 

『うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』

 

「ビームを弾いて……ない!? ビームのエネルギーをトラップしてるの!?」

「何考えてんのよあのバカ! ……ってちょっと待って、ここ京都よね?」

「京都駅、近いよ……?」

 

 そしてそのままロマン魂を全力起動。というか、そんなことを意識せずとも滾るロマンが溢れる端からエネルギーに変換されて、シールドバリアを補強する。荷電粒子砲によって消耗する分を凌駕するエネルギーを注ぎこまれ、荒れ狂うビームの粒子を無理矢理その場に滞留させる。

 

『白鐵ぇ!』

――キュウウウイイイイイイイ!!

 

 さらに背部の白鐵に命じて推力最大。ビームを捕え、押しとどめ、さらにそのまま突っ込んでいく。

 白騎士は荷電粒子砲の放射を続けている。エネルギー的にも状況的にも、それしか手段がないのだろう。俺がこんな方法でビームに抗っていることが予想外に過ぎて、戸惑っているのかもしれない。

 

 だがいずれにせよ、既に勝負はついている。

 白騎士は、この状況において武器の選択も位置取りも威力も完璧だった。人の意思ではなくAIあるいはISの意思で動いているとは思えないほどに強かった。だが唯一の敗因は。

 

 右手を失った俺に、京都で、こんな技を繰り出したことだけだ。

 

 

『あはははははははは!』

 

 失った右腕装甲の位置に溜めこんだビームが形を変える。いまはない右手の代わりに五指が伸び、力強く拳を握った。

 強羅の腕に光の拳が、京都の夜空で輝き出でる。その状況に、俺は嬉しくてたまらない。

 きっと、お前もそうだろう、一夏。

 

『わかってるぜ一夏! せっかく京都に来たんだ、「コレ」がないと終われないよなあ!』

「ちょ、待てええええええ!?」

『だから、受け取れ! 京都名物!!』

 

 

 今の俺は箒の制止も耳に入らない。

 京都の空に最高のシチュエーションを咲かせるために、そしてついでに一夏を助けるために。滾る心の全てを込めて、叫ぶ!

 

 

 

 

『バニシング……フィストォ!!!』

 

 

 

 

「一夏ー!?」

「真宏ー!?」

 

 白騎士の装甲にヒビが入っているところに情け容赦なく叩き込んだビームの拳。

 

 

 星のように町の光がきらめく京都の夜に、ひときわ大きい爆炎の花が、咲いた。

 

 

 なんか途中からファントム・タスクが全く関係なくなった気もするが、これが今回の、俺達にもそしてきっと世界にも多くの変化をもたらした、ファントム・タスク掃討作戦の幕引きを告げる花火となった。

 

 白騎士、撃破!

 

 

 

 

「一夏が落ちてきたぞー!?」

「真宏のことは頼んだ、簪!」

「うん!」

「私も行くわ簪ちゃん! 多分強羅は重すぎて一人じゃ支えきれないから!」

 

 ……まあ、最後の始末はみんなに任せることになっちゃったんだけどね?


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