IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第39話「(0w0)」

 強羅がマドカに撃墜されたときから、しばし時間をさかのぼる。

 

 他の生徒たちと別れたのち、一夏は一人で京都の町を散策した。

 途中で猫に誘われて謎の美女と出会ったり、真宏からのメールに従ってシャルロット達のところに行ってみたらシャルロットと簪の綺麗な振り袖姿を見せてもらえたり、箒と鈴と鴨川で思い出話に花を咲かせたりなどなど、何やかやと楽しんだ。

 

 だが一夏がこの下見旅行で最もインパクトのあった面子としてあげるなら、セシリアとラウラの組だろう。

 

「一夏さん、お迎えに上がりましたわ!」

「さあ、人力車に乗り込めー」

「わぁい……何してるんだ二人とも」

 

 箒達と別れ、次はセシリア達と合流するためにメールを送ろうかと考えていたまさにその時、一夏の目の前に勢いよく現れた人力車と、それに乗る二人のお姫様。

 英国貴族の貫録かばっちりドレスを着こなすセシリアと、豪奢な衣装を着飾ることでお人形のようにという形容の通り非現実的なまでに美しいラウラだ。もっとも、ラウラはなぜか妙な拳銃を持っているので雰囲気は調和を見ることなく崩壊していたが。

 

「おっといかん、半ドアだった」

「なんで銃に扉がついてるんだ」

 

 イギリスとドイツ。いずれ劣らぬ変態兵器の生産国ではあるが、なんかそういう次元をはるかに超越した謎武器。一体どこから調達したのか一夏は疑問でしょうがない。

 

「ぜはー……ぜはー……」

「ああ、車夫さんオツカーレ……って、弾!? ゆくえふめいになっていた、だんじゃないか!」

「いや、別に行方不明になった覚えはないぞ」

 

 そしてここまででさえお腹いっぱいなくらいに色盛っているセシリアとラウラだったが、なんと更なるサプライズまで一夏にプレゼント。人力車を引く車夫が、一夏と真宏と鈴の友人、五反田弾なのだった。

 ちなみに弾が京都にいる理由は、いつの間にかばっちり交際している年上の彼女である布仏虚への誕生日プレゼント代を稼ぐための出稼ぎだ。なぜわざわざ京都を選んだのかは、弾しか知らない。

 

「そんなことよりも一夏さん、さあこちらへ。三人で京都の町をめぐりましょう?」

「いや、それはいいんだけど俺も乗れるのか?」

「悪いな、五反田弾。この人力車は3人乗りなんだ。……そうだな?」

「アッハイ」

「それ普通断りのセリフで使われる奴だぞラウラ」

 

 そうは言いつつも、一夏はとりあえず人力車に乗る。人力車という物にも一度乗ってみたかったし、ちょうどいい。友人には悪いが、ここはセシリアとラウラの言葉に甘えることにした。

 

「さあ、それでは京都の町を案内するがいい。なるべくTo Loveるが多く発生しそうな、カーブやアップダウンの多いルートでな!」

「いや、一夏がいればどんな道通ってもそうなりそうな気がするんですけど」

「……一理ありますわ」

「ん? 何の話してるんだ?」

 

 よいせよいせと一夏がよじ登っているうちにラウラ達の間でなされた会話は、一夏の耳にはあまり入らなかった。いつものラブコメ主人公性難聴は京都でも絶好調のようだ。

 

「……よし。虚さん、見ててください。俺、頑張りますから! V8よ、俺に力を!」

 

 一夏の誕生日に顔を合わせた知り合いであるということで半ば強引に巻き込まれた弾ではあるが、セシリアとラウラが提示した報酬は破格。真宏が良く言う騙して悪いがの気配をちらと感じなくもなかったのだが、一夏の知り合いの女の子ならそれもないだろうと納得した。

 だから弾は、天に向かって高々と両手の四指を斜めに組み合わせたV8を讃えるポーズで祈りをささげ、偉大なるV8エンジンの力を借り受けるのであった。

 効果のほどは疑問だが、とりあえず馬力のある走りだったらしい。

 

 

◇◆◇

 

 

「ふぅ、写真はこんなもんでいいかな。どうせ真宏もたくさん撮ってるだろうし」

 

 あのあとすったもんだのくんずほぐれつで人力車(と、セシリアとラウラの体の感触)を楽しんだ後に別れ、再び一人で京都の町を巡る一夏。仲間達との思い出の写真はたくさん撮れたので、その他に修学旅行の資料になりそうな写真を中心に撮り続け、そろそろ十分だろうと思えた。

 

 それでも、秋の京都は一歩一歩が新鮮な感動に満ちている。紅葉は葉の一枚まで鮮やかで、少し歩けばまたシャッターを切りたくなる。そんな風景をまた見つけ、ファインダー越しに空を彩る紅葉を覗き。

 

 ピントを合わせた紅葉の遥か彼方に立つビルの屋上がキラリと光った気がした瞬間。

 

「頭、下げてナ」

「へ?」

 

 ファインダーを遮る色彩鮮やかな振り袖の柄が視界を遮り、誰かに頭を押し下げられ、甲高い風切音、金属同士がぶつかる重い音、足元のアスファルトが砕ける三つの音が同時と言っていいほどの短い間に響いた。

 

「な、な……!? あなたは!」

「私? 私はアリーシャ・ジョセスターフ。アーリィって呼んでいいヨ。それより次、くるヨ」

 

 突然のことで、何が起こったのかわからず戸惑う一夏。だがそれでも、伊達に今日までIS学園に通っていない。いくつかわかったことはある。

 さきほどの金属音とアスファルトが砕ける音は、銃弾によるもの。目の前の女性がどこからともなく飛んで来た銃弾を、キセルで弾いたことが原因だ。

 いまだわからないのは、女性の正体。だが今更ながら発砲音が聞こえてくるということからして、一夏自身がはるか彼方から狙撃されているということだけははっきりしていた。

 

 亡国機業。その名が脳裏に浮かぶ。

 今回の掃討作戦の情報が洩れていた、あるいはバレていると知ってもなお決行したのでは。作戦の参加者とはいえ、全ての情報を知らされているとはまさか思っていない一夏は、その可能性に思い至る。

 

「んふふ、暗殺されようってときなのに、結構落ち着いてるネ。そういう男の子、ポイント高いサ」

「いや、危ないですよ!? 下がってください、ここは俺が……!」

「心配ご無用。私は元々このために呼ばれたのサ。それに……」

 

 ならば、なんか人間離れして強そうとはいえ仮にも生身の女性を前に立たせておくわけにはいかないと、待機状態の白式をつけた腕を掲げながら前に出ようとする一夏。しかし、それは女性によって止められる。片腕片目のハンデなど微塵も感じさせず、一夏の方を向いてにっこり笑って見せる余裕すらある。

 

「私、これでも表向きは世界で二番目くらいに強いからサ」

 

 一夏の目の前で、その笑顔が眩い光に彩られる。見慣れたISの展開光だ。そのことに驚きながらも目がくらみ、しばらくしてうっすらと目を開けると、そこには「世界で二番目」という自称から連想した通りのISが。

 千冬の教育方針もあってISについての知識に疎い一夏だが、それでもこの機体は知っている。

 名は「テンペスタ」。イタリア代表の機体であり、第一回、第二回と続けて決勝まで進出した、千冬を除けば最強とされるISと、その操縦者だ。

 

「……ん? ああ、こっちの腕と目? これは事故でちょっとね。まー気にしない気にしない。ISなら義手で代用できるしサ」

 

 京都で出会った舞妓なんだか花魁なんだかわからない格好をした人がまさかそんなにも有名な人だったとはと驚く一夏の目の前で、アーリィの右腕があるべき部位に機械の腕が形成される。さらに眼帯の下の右目もあらわになる。そこにあるのは人のそれとは色合いを異にする義眼。だが不思議と彼女の雰囲気をぴったりと彩り、鋼のヴァルキリーは一夏の目には見とれるほど美しく見えた。

 

「さぁーて、それじゃあお仕事お仕事なのサ!」

 

 そう言って、なぜか右手でコインを弾き、飛来した弾丸を迎撃してから飛び立つアリーシャ。その向う先は一夏が先ほど光を見たビルの屋上。

 暗殺者の潜む狙撃ポイントだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「あーくっそ、テンペスタまで出しやがった。こりゃ狙撃は失敗だな」

 

 愚痴りながらも次弾を装填。コンクリートの床に薬莢が跳ねる済んだ音が消える前に、八つ当たりの一発を放つ。しかしその弾丸は狙った相手である一夏に届く前に、すでにISを展開したアーリィによって弾かれる。わかりきっていたことだ。ISが出てきてしまえば、通常兵器による暗殺など達成できない。

 そのうえ位置もバレている。もうあとほんの少しでテンペスタは自分を捕まえるためここまで飛んでくるだろう、と。

 

 脇にライフルを置きながらなんでもないことのようにそう予想し、一夏を狙った暗殺者、IS学園3年生唯一の専用機持ちダリル・ケイシーは伸びをして体をほぐす。

 

「なん……でっスか……」

 

 その後ろ、呆然とした表情で呟くのはフォルテ・サファイアだ。

 京都について二人組での行動が始まるなり、ぐいぐいと引っ張られてついてきたら行先はこの屋上。しかもそこでダリルは黙々とライフルを用意し、のこのこと現れた一夏を狙撃しだしたのだ。驚くなというのは無理がある。

 

「織斑一夏の暗殺をしようとした理由か? オレがファントム・タスクの一員だからだよ。コードネームはレイン・ミューゼル。炎の家系、ミューゼルの末席でな。今明かされる、衝撃の真実ゥ~!」

「そんな……そんな……!」

 

 フォルテは、信じたくないとばかりに首を振る。

 こんなときでもいつものようにワイルドに笑うこの人は、フォルテにとって一番の相棒で、面倒見の良い先輩で……恋人なのだから。

 そんな人が、ファントム・タスクの一員だった。スパイとして今日まで嘘を積み重ねてきた。そうと知ってしまえば、問わずにはいられない。

 

 意を決し、涙を払い、レインと名乗ったダリルを見つめ。

 

 

「オンドゥルルラギッタンディスカー!」

 

 

「言えてねーぞ」

「失礼、噛みましたっス」

 

 そしてシリアスを壊さずにはいられなかった。今年のIS学園は襲撃慣れしているので、この程度で一々シリアスしていては体がもたないのだ。

 とはいえ、フォルテは意図して滑舌を悪くしたわけではない。純粋に、信じられなかった。ダリルが……レインが、本当に自分たちを裏切っていたのだということが。

 

「まあなんだ、うちの家系は呪われてるのさ。厄介なもんだよ、まったく。……それより、そろそろ決めなきゃだな?」

「決めるって……何を……」

「フォルテがどっちに着くかをさ。IS学園の生徒としてオレを捕まえるか、……オレと一緒に、裏切るか」

「そんな……! 『冷血動物! ファントム・タスク殺し!』ってやるのを楽しみにしてたんスよ……?」

「お前そんなしょうもないこと考えてたのか」

 

 言いながら、レインはフォルテの腕をつかむ。

 少し強引で、でも最後の一線ではフォルテの思うところを優先してくれるいつもの抱擁。だが今日は、少し違う。レインはそのままフォルテを抱き寄せ、強引に唇を奪う。

 

 レインとのキスは初めてではない。これまで甘いキスも切ないキスも味わったことがある。

 だが、こんなにも苦いキスは、初めてだ。

 

「! ……あっ」

「……まあ、そうなるわな」

 

 フォルテはその苦さに耐えきれず、レインを突き飛ばす。咄嗟のことで、フォルテ自身深く考えてのことではない。だがそれでもレインは寂しげに笑い、そのまま振り向いて背を向けた。その先にはもうすぐそこまで迫ったテンペスタ。決別した、敵となったフォルテには全く警戒も見せていない。

 

 それはまるで、フォルテになら背中から刺されても本望だと言うようで。

 

「さあ、来いよ!」

「言われなくても参上サ」

 

 ダリルは、いつの間にか手に持っていた謎の剣を頭上に掲げ、切っ先で円を描く。

 その軌跡は光となって空中に残り、剣を振り下ろせばそれに導かれるようにISの装甲が降ってきて、瞬く間に装着される。ちょっと待てISの展開ってそういうシークエンスだったのか。フォルテはそうツッコミたかったが、生憎とそんなことをしている場合ではなかった。

 

 展開したISヘル・ハウンドVer.2.8の双刃剣がなんか緑色の炎を吹き出し、飛来したテンペスタと激突して火花を散らした。そのときなぜか剣を持たない方の手はニンジャか何かのように人差し指と中指だけ立てていて、テンペスタは無駄にフラメンコのようなポーズを取っていたのはなんだったのだろう。

 しかし、どちらも実力あるIS操縦者。接敵からすれ違うまでの間に交わした手数は5合。攻防の優劣としてはアーリィが余裕綽々、レインはギリギリ防御しきれたのだということが呆然としているフォルテの目には見てとれた。

 

「まだまだぁ! オルトロス! バギクロス!」

――ワン!

――わんわんお!

「おっと、火を使うんだネ。……まあ、私の風にはかなわないけど」

 

 レインはアーリィに向かって飛びあがって叫ぶ。その名はヘル・ハウンドの両肩についた犬頭の名だ。レインのネーミングセンスはアレだが、それでも忠実なる2頭の犬は主の命に応え、口を開いて炎をまき散らす。

 だが、アーリィ相手には分が悪い。仮にもブリュンヒルデの称号を受け継ぐものであり、なおかつ嵐の名を持つISは伊達ではなく、風を自在に操る力を持つ。アーリィに殺到する炎はその全てが彼女の肌を焼かず、吹き散らされて地上に落ちてしまう。

 

「ほらほら、織斑千冬も待ってるし、さっさととっ捕まえるヨ!」

 

 レインに出し惜しみはない。相手は格上のブリュンヒルデなのだから、初手から全開を叩き付けた。しかしだからこそいなされてしまえば二手目は圧倒的な不利となる。空気の唸りが肉眼にも映るほどに収束した風が、アーリィの手の中で細く長く槍となる。狙いは正確。投擲は速い。レインの力では避けきれない、直撃コース。

 

 その予想は、正しかった。

 風の槍はレインに直撃する。

 

 

 その寸前に、割り込んだフォルテが氷の結晶を模したシールドで受け止めていなかったならばの話だが。

 

 

「……フォルテ」

「見て、られないっス。私らは、<イージス>だから。こんな程度の槍でやられる姿なんて、見たくないっス」

 

 レインとフォルテ。炎を操るヘル・ハウンドと、冷気を操るコールド・ブラッド。二人がいればどんな敵の攻撃にも耐えられる、二人で一人の最高のパートナーと互いを認め合う少女達。

 決して長くはない時間、それでも悩み、自らに問い、フォルテが選んだ答えはそれだった。かつてつないだその手の先に繋がる愛。それは、彼女の人生を賭けるに値する物だと。

 

 だからフォルテは、IS学園と世界を裏切った。

 

「ありがとな、フォルテ。とりあえず礼は今夜ベッドでするよ。ほら、涙を拭いて」

「うぅ、ぐずっ。……私に言わせたら織斑一夏以上のジゴロっス」

「はいそこー! いちゃつくの禁止なのサ!」

 

 そして少し桃色がかり始めた空気はアーリィのツッコミによって砕かれた。さもありなん。戦闘中だというのに百合マンガみたいな展開が繰り広げられれば誰だってそーする。二代目ブリュンヒルデもそーする。

 

「ハッ、甘いんだよ!」

「っス!」

 

 アーリィが放ったのは風の槍、それも3本。しかしレインとフォルテは速やかにフォーメーションを組み、真正面から受け止めその全てをかき消した。

 冷気と熱気の合わせ技による、相転移のエネルギー変換と分散。それこそがあらゆる攻撃をいなす二人の<イージス>の正体だ。この力のあるところ、あらゆる攻撃は霧散する。

 

「へぇ……なかなかやるじゃないのサ。それなら見せてあげよう、私のワンオフ・アビリティも!」

\コピー! プリーズ!/

 

 しかし、相手はアーリィ。かつて千冬と世界最強を争ったのは伊達ではなく、テンペスタはセカンド・シフトを果たしている上にワンオフ・アビリティまで発現している。

 なんか余計なノイズも聞こえたが、アーリィの広げた両腕の先に風が集まり、凝集し……アーリィが、増えた。

 

「これがアリーシャ・ジョセスターフの<疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)>! マジで分身しやがった!」

「噂には聞いてたけど、本当に見分けがつかないっス!」

 

 それはまさに質量を持った残像。本体の動きをトレースすることしかできないが、だからこそ区別のつかないアーリィの似姿が、高速回転する質量と攻撃力を持つ嵐としてそこにある。

 

「どんどん行くのサ!」

「だああああ! 近づいてくるだけで鬱陶しい!」

「くっ、この! さすがに制限付きのISで相手するのはキツイっス!」

 

 アーリィの風の分身は本体と全く同じ動きしかしないのはレインとフォルテにとって不幸中の幸いで、IS学園仕様としてシールドエネルギーに規制がかかった今の状態でもなんとかしのぎ切れている。だが、ただでさえ防御に特化した二人であり、なおかつアーリィの攻撃は苛烈。反撃に転じることはおろか、この場を離脱することさえできそうにない。

 だからレインは決意する。ちらりとフォルテに目を向けて、彼女が察して赤くなって目をそむけても、なお迫る。

 

「恥ずかしがってる場合じゃないだろ! アレやるぞ!」

「うぅ、やっぱりっスか……?」

 

 ISを装着したままもじもじくねくねと身をよじるフォルテ。戦場にはそぐわない空気を全力で放射し、アーリィに疑念を、そしてレインに劣情を抱かせる。

 やべえフォルテマジかわいい。レインはその劣情に身を任せ、抱き寄せ唇を奪う。ちなみにフォルテはロクに抵抗しなかった。一方アーリィは、そんな光景を見せられて軽くイラっときた。フォルテが乙女な表情をしつつも、出現させた氷塊を砕いて氷の散弾をぶちまけてきっちり牽制して来るのもかなり気に入らない。

 

「じゅるぷはぁ! いくぜ、凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)!」

「しっかり舌まで入れてるんじゃないヨ!」

 

 散弾は離れてかわし、直撃コースは風で吹き散らしたアーリィだが、その間に二人はきっちりとお楽しみを済ませていたらしい。なぜキスが必要なのかはわからないが、今のアクションでヘル・ハウンドとコールド・ブラッドの間で何らかの連携が行われたのは間違いない。

 そのことは視覚的にも明らかだ。2機のISを炎が舐め、その上を氷が覆う。炎と氷の増加装甲が、二人の体を包み込んだ。

 

「それ、どう見てもファイア・イン・ザ・アイスじゃないのサ!?」

 

 唸りを上げてレインとフォルテに迫るアーリィのツッコミナックル。しかしその拳は肉眼でも見えるほどに高密度に圧縮された風を高速循環させた力を込めた必殺の一撃。行く手を阻むものは、たとえ戦車の装甲だろうとぶち破る。

 ……ちなみに、同性同士とはいえ恋人がいていいなーとかいう28才アラサー女の怨念は籠っていない。いないったらいない。

 

 ともあれその威力は強力で、氷の鎧に触れるなりたやすく砕き。

 

「かかったなアホが!」

「!?」

 

 もとより砕けることが前提であった氷が砕片と化し、抑え込まれていた炎が噴き出しアーリィを襲う。炎と氷の爆裂装甲。それこそが、二人の切り札の正体だ。

 

 しかし相手は世界屈指のIS操縦者。これだけ隙をついてもおそらくほんのわずかな間の目くらましにしかなりはしない。

 そのことを誰よりわかっているレインとフォルテは、即座に次の策に移る。強敵を前に、ひねり出したわずかな隙。この場での最善策は。

 

「逃げるんだよォォォー!

「やっぱりっスー!?」

 

 アイス・イン・ザ・ファイアの反動も利用して、二人はアーリィに背を向けすたこらサッサと迷いなく飛び去った。

 その逃げっぷり、炎と氷を風で散らしてほぼ無傷でしのいだアーリィですら感心するほど。結果として、二人は二代目ブリュンヒルデからまんまと逃げおおせた形になる。

 

「ふぅーむ。ま、こんなもんで十分だネ。弟君も無事だろうし、そろそろ合流しようか」

 

 しかしアーリィは気にしない。千冬から頼まれたのは掃討作戦への加勢であって、裏切り者の始末は無粋に過ぎる。戦場となってあちこちレインが放った炎の残り火やフォルテが降らせたつららなどが突き刺さる地面に降り立ってISを解除。そのまま何事もなかったかのように、一夏達がいるだろう拠点となる宿へ向かって歩き出すのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「くそっ、離しやがれ!」

 

 IS学園の下見勢が拠点として使う旅館に、騒動を切り抜けた一夏達が集合した。なんだかんだで下見開始直後だというのにいろいろありすぎたため、一端状況の確認と体勢の立て直しを図るためだ。

 集まったのは大広間。一夏を筆頭にIS学園の専用機持ちと引率の教師である千冬と真耶。そして一夏を攫いに来たものの、察知していた千冬と楯無の采配によってISに包囲され、逆に攫われて簀巻きにされたオータムがいる。

 

「いい度胸だ。感動的だな。……だが無意味だ」

「うっ!?」

 

 ぎゃーぎゃーとやかましいオータムは、ラウラが情け容赦のない腹パンで黙らせた。さすが、ドイツの特殊部隊。尋問の類も心得ているようだ。わざわざ(^U^)な顔ををして見せるあたり、威圧感もばっちりだ。

 

「でも、あんなのはどうでもいいわ。本題はこっちよ。テンペスタのアリーシャ・ジョセスターフ……!」

「味方として来てくれたのはありがたいですけれど、さっそく一夏さんにしなだれかかってますわ!」

「イタリアの女の人……油断できない!」

「お前が言うなフランス人」

 

 しかし、箒達からしてみれば恐ろしいのは捕まった悪人よりも、味方面した美女である。しかも年上。一夏に懐く、イタリア人。危険な要素を選りすぐって持ったような女がそこにいた。

 

「んふふ、中々の抱き心地なのサ。シャイニィもお気に入りかい?」

「にゃー」

「あの、ちょっと……?」

 

 狂犬のように反骨精神あふれるオータムすらビビる剣呑な目をしたヒロインズが睨みつけるのは、先ほどから一夏にいちゃいちゃと絡みついているアリーシャ・ジョセスターフ。千冬たちが呼んだ今回の作戦の助っ人だという話は聞いているが、正式な顔合わせの前に一夏と出会い、今こうして恥じらいもなくすりすりしているのがとても羨ま……許せない。

 一夏も一夏だ。ウザいくらい頬ずりをされているのに抵抗の一つもしないとは。これだから年上好きは。ヒロインズの胸にもやもやが蓄積する。

 

 

「さて、残りのお楽しみはあとに取っておくとして、自己紹介でもしとくサ。知ってくれてる人もいるみたいだけど、私はアリーシャ。<テンペスタ>のアーリィの方が通りがいいかもネ」

 

 ともあれ、気を取り直して仕事の話だ。

 アーリィは第二回モント・グロッソの覇者。その名を知らないのは一夏くらいなものだ。

 

「あ、この腕と目は気にしないで。前にテンペスタⅡの機動実験でちょっとやらかしただけだからサ」

「おいこら! さっさと私を解放しろ!」

「……」

「うごげっ!?」

 

 しかしだからこそ彼女が隻眼隻手であるという話は欧州組の代表候補生すら聞いたことはなかったのだが、そこは聞かぬが花だろう。何か事情があるのは間違いない。

 ちなみにそんな最中も相変わらずうるさくしていたオータムは千冬に無言の腹パンを食らっていた。

 

「話は済んだな。では、状況を確認する。我々の目的は当初と変わらずファントム・タスクの掃討だ。しかし戦力はアーリィの加入でプラス1、一方離脱はマイナス3だ」

「逆に、ファントム・タスク側は加入がプラス2、マイナスが1だけだネ。ISの総数ではこっちが有利とはいえ、マイナスが大きいサ」

「先輩たちもそうだけど、真宏……一体どうしたんだ」

 

 状況は当初より悪化している。戦力比的な面での有利が消えるほどではないが、戦力のプラスよりマイナスが大きいというのは痛い。しかも、所在がはっきりしているダリルとフォルテとは異なり、完全に行方不明になっている真宏の存在も気にかかる。

 

「答えろ、ファントム・タスク。真宏がいなくなったのは貴様らの仕業か」

「……ハッ、どうだか。知ったこっちゃねえな」

「ほう、殴られ足りないと見えるな。さっさと言え。真宏本人がうっかり目的を忘れて京都駅でイリスを待ち伏せしているのでもなければ、お前たちが襲ったのだろう」

「……あいつは目的忘れ呆けてる可能性がそれなりにあるのか?」

 

 かなりマジ気味に言うラウラと、それを真に受けてドン引きのオータム。普通ならばありえないが、真宏ならやらかしかねないというのはIS学園のメンバーが持つ共通認識でもあった。

 なので実のところ一夏や簪も含めてあまり心配していない。まったく不安がないとは言えないが、うっかり捕まっても平然と自力で脱出してきそうだし、死ぬような目に会っても死ぬ気がしないというのが偽りのない本心だった。せいぜい改造手術を受けて、それでも正義の心失わずに反旗を翻すくらいだろう。

 しかし、真宏のことを知っているのかいないのか、いずれにせよこれ以上オータムから情報は引き出せないと見て、千冬は仕切り直す。戦力の増減があろうともやることは変わらない。入手した情報に基づき、ファントム・タスク掃討の策を練る。

 

「ファントム・タスクの潜伏先が判明したわ。市内のホテルと、空港の倉庫。身一つの一般客として潜入して、活動のための物資は倉庫に保管してあるみたい。だから私達は二手に分かれて、これらの拠点両方を襲撃します」

 

 パチンと扇子を閉じて、楯無が宣言する。先手こそファントム・タスクに取られたが、それは元々ファントム・タスクのスパイであると楯無達上層部は知っていた、ダリル改めレインをメンバーに入れていた段階から折込済みのこと。真宏の離脱こそイレギュラーではあるが、その程度で作戦の決行を見送ることはない。

 

「まず、ホテルはアーリィ様率いる強襲部隊にお願いするわ。アタッカーに箒ちゃんと鈴ちゃん。サポートとしてセシリアちゃん。おそらくファントム・タスクの戦闘要員がいるだろうから、撃破してちょうだい」

「はい!」

「了解サ」

 

 スコールを筆頭にIS戦力が集結しているだろうホテルにはアーリィを筆頭にした戦力を。

 

「空港の倉庫にはラウラちゃんをリーダーに、一夏くん、シャルロットちゃん、そして簪ちゃん。ここにはISの装備を含むファントム・タスクの物資が集積されている可能性があるから、可能ならば奪取、迎撃されて難しいようなら破壊してちょうだい」

「任せておけ。こういったことこそ私の本業だ」

 

 そして最悪の場合こっそりぶっとばして来れば済む空港にはラウラを筆頭に高火力組を。その気になれば遠距離から倉庫ごと吹き飛ばせる面子だ。

 

「最後に、織斑先生、山田先生、そして私はここで待機して状況の変化に備えるわ。想定外の事態が起こったりしたらすぐに駆けつけるから、安心してカチコミかけてきてちょうだい」

「会長、それではヤクザの抗争です」

 

 さらに楯無達を予備の遊撃として控え、準備は整った。

 京都の夜を炎に染める、IS学園と亡国機業の本格的な激闘がついに、はじまる。

 

 

◇◆◇

 

 

「お、新型ライフルの<バイソン>じゃん。私これもーらい。一応元アメリカ代表候補生だし」

「まあ、いいっスけど。じゃあ私はこっちの<ゴク>と<マゴク>で。なんか懐かしい気がするっス」

 

 ファントム・タスク潜伏先のホテルの一室。最上階のフロア丸ごとひとつを占有する最高級の部屋にて、ISの装備をインストールするレインとフォルテがいた。同室にはスコールもいるのだが、捕らわれの恋人であるオータムのことを思って窓の外を睨みながら始終イライラしているので、とりあえず無視。二人はファントム・タスクが京都へ持ち込んだ数々の装備のうち、使えそうなものを片っ端から拡張領域へ納めていた。

 既に二人のISは制限を解除したフルスペック状態。IS学園在籍時に背負わされていた競技用としての側面から、軍用機とも真正面から戦える本来の状態に戻っていた。

 そして、インストールもほどなく終わる。制限があった時と比べると拡張領域も格段に増えているため、装備も充実だ。

 

「さて、オレは準備万端だ」

「私もっス」

「うんうん。……じゃ、始めるか」

 

 そうして準備が終わるなり、レインがサブマシンガンを窓に向けた。その先には、スコール。フォルテが目を見開くが、声を上げるより先にレインはトリガーを引く。

 

 夜景を映す窓ガラスが砕け散り、レインに背を向けていたスコールは振り向きもせず、レインが実はIS学園を裏切っていなかったのではという期待にも似た驚きがフォルテの脳裏をよぎり。

 

「ハッハー! 気付くとはやるじゃないサ!」

 

 テンペスタを展開したアーリィが銃弾の嵐を突っ切って室内に飛び込んできたのを見て、事情を理解した。IS学園側の襲撃だ。

 

「……ちょうどいいわ。憂さ晴らしをしたいところだったの。いくわよ、ゴールデン・ドーン!」

「願ったりだネ! 私の目的はスコールだしサ!」

 

 スコールも気付いていたのだろう。八つ当たりしたいですとばかりの淀んだ眼をアーリィに向け、ISを展開する。以前IS学園近海で楯無たちと戦ったときとは異なり、大小2つのリングが背中から伸びている。これこそ試作パッケージ<レッド・バーン>。スコールが京都での作戦行動にあたって新しく仕入れた装備だ。

 

「新装備の肩慣らしよ、付き合ってもらうわ。……表に出なさい!」

「望むところサ!」

 

 スコールはいきなり出力全開で全方位に熱線をぶちまけ、ホテルのワンフロア全てを灼熱の地獄に変える。一方のアーリィは風で熱を遮りながらホテルの壁を破って外に出て、すぐに戦闘が始まった。あっという間に離れ、遠くの空で行き交う光の粒が2人の戦闘を伝えてくる。

 

 一方、その場に残っていられないのはレインとフォルテも同様だ。レインはヘル・ハウンドの能力で熱を制御して、フォルテは直接氷の殻で自分を覆ってレインが撃った窓から外へと飛び出した。

 

「待っていたぞ、ダリル・ケイシー、フォルテ・サファイア!」

 

 そこには、3機のISが待ち構えていた。

 箒の紅椿、鈴の甲龍、セシリアのブルー・ティアーズ。ステルスモードにすることもなく初めから居所を晒し、レインたちが来るのをわかったうえでそこにいた。

 

「3対2でお出迎えとは熱烈歓迎だな。元先輩として、ありがたく応えてやるから覚悟しろよ」

 

 レインは獰猛に笑い、啖呵を切る。その様子は話したことこそ少なかったものの、IS学園にいたころから見せていたのと同じもので、箒達はレインが元からファントム・タスクの人間であったのだと納得せざるを得なかった。

 

「……」

 

 しかしフォルテは違う。無言のまま、思いつめた表情をしている。それでもレインを守るという意思だけはその守りのように硬いらしく、楯を構えて前に出る。だから、箒達はこれも理解する。フォルテは元々ファントム・タスクの人間ではなく、それでも自分達を裏切ったのだと。

 

 

「戦う前に、一つだけ聞いておく!」

 

 だから箒はフォルテに問う。敵として剣を交わす前に、本当に敵同士にならなければならないかを。

 

 

「オンドゥルルラギッタンディスカー!」

 

 

 そして崩れるシリアス。

 箒、お前もかという目が鈴とセシリアから集中する。

 

「それ、さっき私も全く同じこと言ったっス」

「失礼、噛んだ。だが何故だ!」

 

 しかしフォルテも後悔はあれどレインを守りともに居続けることに関して迷いはない。

 だから負けじと叫ぶ。決別は、今この瞬間に。

 

「愛、っスよ!」

「なぜそこで愛ッ!?」

 

 盛大にツッコミが帰ってきたが、事実だから仕方ない。フォルテ・サファイアは、愛のために裏切ったのだ。

 

「まあ、いいじゃねえか。今のオレたちはお前たちの敵。そっちはIS3機で、こっちは制限解除のISが2機。おばさんは遠くでアーリィとやり合ってるから邪魔も入らない。だからさっさと……はじめようぜ!」

「くっ、やっぱりこうなるのね!」

 

 相棒のその思いを誰より知るレインがまず火蓋を切った。バイソンライフルを乱射して、前衛を務める箒と鈴を分断。数に勝る相手の連携を崩しにかかった。

 

「二つの意味で食らえ! 心滅パーンチ!」

――ワンワン!

「肩の犬頭に食べられるうううー!?」

 

 そして鈴に急接近。両肩の犬頭をナックルガードのように腕につけて殴りかかる。口からそこはかとなく緑色の炎を噴きこぼして吠える巨大な犬の顔が牙をガチガチ鳴らしながら迫る光景は威圧感たっぷりだ。

 

「鈴! 今いく!」

「させないっスよ!」

 

 連携という点に置いて、レインとフォルテは箒達の一歩も二歩も先を行く。レインが優勢と見るや箒とセシリアがインターセプトするのを防ぐため、フォルテが2人を足止めする。氷の弾丸を放って遠距離のセシリアの狙撃を邪魔しつつ、箒に対しては頭上に巨大な氷塊を作り、落下させる。

 巨大とはいえISならば回避は余裕。しかし、それは眼下が京都の市街地でなければの話だ。箒は町への被害を防ぐため、二刀をもって氷塊を受け止め、何とか砕く以外の方法を選べない。

 

「このおおおおおおお!」

「箒さん!」

 

 フォルテは箒がそう行動するとわかったうえでこんな手を使った。箒の視線は険しくフォルテを睨み、フォルテはそれを受け止めることなく目をそらす。レインのため、手段は選ばない。だが良心の呵責がないわけではない。それがフォルテにとって救いなのか、それとも救いのなさなのか。

 その疑問に結論を出しようもないまま、箒は氷塊ごと町へと落下していった。

 

 

◇◆◇

 

 

「ここがファントム・タスクのハウスか……」

「物資置き場な、ラウラ」

 

 同時刻、空港の倉庫。

 そこには夜闇にまぎれて潜入する一夏達4人の姿があった。

 「ファントム・タスクの秘密基地的なところに潜入」というシチュエーションに一夏は妙なデジャヴを感じてもいたが、とりあえず気にしないことにした。ダリルがスパイだったことで今回のファントム・タスク掃討作戦の情報はまるっと筒抜けになっているのは確実だが、だからこそ楯無は事態が確定するまで、そしてダリルが裏切ってIS学園側を抜けるまで具体的な作戦行動の内容は伏せてきた。そのため、今こうして二カ所の拠点を同時に襲撃することはバレていないはずだ。ホテルに人がいるのだとすれば、この場は防衛戦力がほとんどないことすらありえる。もっとも、両方の拠点に戦力を分散して防衛している可能性はあるが、それならそれで数の有利がより強くなるだけというのが楯無の考えだった。

 

 しかし。

 

「……いかんな、人の気配が全くしない。罠だ、ISを展開しろ!」

「ああ、わか……、っ!?」

 

 閃光。ラウラが罠と察して一夏達がISを展開しようとするのがあと少しでも遅ければ生身のまま巻き込まれていただろうタイミングで、倉庫が中から爆発した。

 

「な、なんだ!?」

「敵襲だよ、一夏! 警戒して!」

「倉庫内にIS反応! ……来る!」

 

 爆風によって陣形を崩され吹き飛ぶ一夏達。ISの展開が間に合ったので負傷こそないが、またしても先手を奪われた。

 そして、それだけのことをしてのけた者が燃え上がる倉庫の中からゆっくりと姿を現す。黒い、蝶の羽のようなシルエットを持つIS、サイレント・ゼフィルス。織斑マドカだ。

 

「待ちくたびれたぞ、織斑一夏」

「マドカ……!」

 

 ハイパーセンサーによれば、この場所に他のISの反応はない。おそらくマドカ一人で待ち構えてていたのだろう。しかし、それにしては余裕がありすぎる。いかにマドカの実力とISの性能が優れているとはいえ、3機のISを相手にしてあの様子。機体性能と自らの能力に絶対の自信がなければありえない。

 千冬に良く似たマドカの顔に浮かぶ歪んだ表情を見て一夏はそう考える。マドカが自分の強さに対して抱く確信の根源。それはまるで、既にIS学園の生徒など相手にならないという事実があるかのようで。

 

「……一つだけ聞かせろ。真宏をどうした」

「ほう、私がやったことはわかるか。思ったほど鈍くはないのだな」

 

 いや、それはねーよというセリフがシャルロットとラウラの口から出かかるが、一応シリアスな場面なので自重した。実際には一夏の鈍さに関してマドカに説教したいくらい色々溜まっているのだが、今はそれをするべき場面ではない。

 

「答えろ!」

「その必要はない。……これで、わかるだろう?」

 

 抑えきれない嗜虐の感情が裂けたように唇を釣り上げるマドカ。その手が何かを放ってくる。爆発物かと警戒して下がる一夏達の目の前に、ガランガランと大きな音を立ててそれは転がった。

 

「え、あ、それ……は……!」

「そんな……!」

 

 二つの塊はそれぞれが一抱えは有ろうかという鉄塊。

 元々は一つであり、一夏達も見慣れたもの。

 

 

 両断された、強羅の右腕だ。

 

 

「マドカ……お前ええええ!」

「ははははははは! 心地いいなあ、貴様のその叫び! せいぜい悔いるがいい! 神上真宏は今頃川底で魚のエサになっているだろうさ!」

「っ!?」

 

 決定的な証拠と、決定的な言葉を突きつけられる。

 あれが強羅の腕なのは見間違いようがなく、それが両断されマドカの手にある事実からして言葉に嘘があるとも思えない。そう確信させられた一夏達は一様に息を呑み。

 

 

「なんだ、真宏は生きてるのか」

 

 

 呑んだ息を、全て安堵のため息に変えて吐き出した。

 ふー安心した、とか言っている。

 

「……は?」

「あー、びっくりした。強羅の腕まで出てくるからどうなったかと思っちゃったよ」

「よかったな、簪。真宏は無事だ。きっとそのうちどこか川辺に打ち上げられるか、悪くともどこかの病院に低体温症で収容されているに違いない」

「うん、ありがとう。よかった……」

 

 その反応はシャルロット達も同様で、強羅の右腕を見たときまでは確かにあったはずの不安と絶望がどこかにすっ飛んでいるのがマドカにもわかった。どうしてそういう発想になるのかはさっぱりわからなかったが。

 

「お、おい待て! 話を聞いていなかったのか! 強羅は私が確かに川に叩き落として……」

「水落ちした真宏が死ぬわけないだろ! いい加減にしろ!」

「なんだその理不尽な理屈は!?」

 

 そして逆切れされている。なんだこの状況。マドカはますますわけがわからない。

 しかし、とマドカは頭を振って気を取り直す。目的を忘れてはならない。自分はこんなところまで漫才をしに来たわけではないはずだ。

 気を取り直して目を開けば、そこには暗い虚のような闇色の瞳。マドカ本来の冷静さをすぐに取り戻した。

 

「ああもう、余計な話はやめだ! 用があるのは織斑一夏、貴様だけだ!」

「ぐっ!? しまった、漫才に気を取られ過ぎた!」

 

 サイレント・ゼフィルスがイグニッション・ブーストを起動。虚を突かれたラウラ、シャルロット、簪をライフルの筒先についた銃剣で蹴散らし、一夏にタックルを仕掛ける。

 為すすべなく吹き飛ばされる一夏だったが、その後の立て直しは早い。すぐさま上下を正し、サイレント・ゼフィルスが旋回して追撃に入るより先に自らもイグニッション・ブーストを起動。追いすがる。

 

「ハハハ! そうでなくてはな!」

「この、待て! せめて真宏がどこに沈んでるかくらい教えろ!」

 

 地上を飛び立った2機のISは夜空に絡みつくような軌跡を残して遠ざかる。軌跡が接する時には盛大な火花が散り、あっという間に光点にしか見えなくなったが、激しい戦闘が繰り広げられているのは間違いない。しかし、ラウラ達はマドカの初撃はなんとか防いだものの、出鼻をくじかれ完全に出遅れた。倉庫の物資は勝手に破壊されたので目的はある意味達成されてもいるので、後に残った使命はマドカの撃破と一夏の救援。すぐにでも駆けつけなければならない。

 

「くっ、私達も追うぞ!」

 

 しかし。

 イグニッション・ブーストを起動するべくエネルギーをチャージ。タイミングを見計らい、今まさに飛びだそうとした、その時だ。

 

「そうはさせないよー。黒騎士の本格的なお披露目なんだから、邪魔者は退場してもらおうかなー」

 

 背後の闇から、やたら呑気で可愛い声が響いた。ラウラもシャルロットもそして簪も、その声には聞き覚えがある。こういうシチュエーションでは、最も会いたくない人物の声として。

 

「攻撃だ! ためらうな!」

 

 ラウラは振り向きざまに、レールガンを展開。シャルロットとラウラにも攻撃を命じる。相手がどれほどの戦力を有しているかもわからないまま、それでも地上最強の兵器であるISでの全力を選択した。それに値するだけの脅威が、この声の主にはあるからだ。

 その思いはシャルロット達にとっても同じ。両手のマシンガンを、機体に備えられたミサイルをそれぞれ発射の体勢に入りながら振り向き。

 

「だーめ、させないよ。えい、キルプロセス」

「がっ!? な、なんだこれは……重力!?」

 

 一発も放つことなく、ラウラの懸念が間もなく証明された。ISが振り向くより早く全身にかかった異常な力で、地面に縫い付けられることによって。

 

 

「束さん謹製、空間圧作用兵器<キングス・フィールド>だよー。威力強めだと動けないくらいになるでしょ」

 

 呑気に間延びした声で言いながら、犯人が姿を現す。

 ウサ耳に不思議の国のアリスのようなドレス。やたらといいスタイルに眠そうなタレ目。夢見る乙女のように甘い雰囲気を纏い、しかし実際振りまくものは大体悪夢。天才よりも天災と称されることが多いISの生みの親、篠ノ之束その人だ。

 

「やーい無様無様ー。いやー、まーくんがいなくてよかったよ。強羅だったら、どれだけ重力かけても気合で立ち上がってついでに戦車に変形しそうだし。てなわけで、そんなこともできないならISコアはもらって、しまっちゃおうね~」

「くっ、やめろお!」

 

 にまにまと笑いながらISに手を伸ばす束。ゆっくりと焦らないのは反撃など心配する余地もないほどに余裕があるからで、事実ラウラ達に為す術はなくコアを奪われようとしている。

 

「無駄無駄。怒りくらいでこの世界の不条理と不公平が変わった試しはないんだよ。……まあそれでもISを作って世界をこんなにしたのは束さんだし、まどっちにIS作ってあげたのも束さんだから……はっ! 全部束さんのせいだ! はははは!」

 

 やたらめったら楽しそうに笑う束。そのまますさまじい重力を受けて動けないラウラ達に手を伸ばした、その時。

 束の表情が一瞬だけ真顔になり、伸ばした手を驚くほどの速さで引いた。

 

 いままさにコアを奪われようとしていたラウラの目に映ったのはその動きと、わずか一瞬視界に閃いた銀の色。そして銀の軌跡をたどるように束の腕に刻まれた赤い血の筋。斬撃だ。

 

「わあい! ちーちゃん来てくれたんだ!」

「やかましい!」

 

 その主は、千冬。京都の町をブレード一本担いで駆け付けた頼れる教官にして、束の盟友。そして今のところ束を止められる唯一の人間だった。

 

「嬉しいなあ、ちーちゃんが本気で向かってきてくれるなんて。ねえ、いっそこのまま素敵なパーティしましょ?」

「ふざけるな! いい加減落ち着きという物を覚えろ貴様は!」

 

 鋭く振るわれる千冬の刀に対して、束の武器は魔法少女が持っていそうなデザインをしたステッキ一本。なぜか先端部にはゴツイ金色の金属パーツと赤い宝珠がついていていまにも英語でしゃべりそうだが、束が持つとやたらしっくりくるし、剣とつばぜり合いとかしても不思議ではない気がする。

 

 だがそれは、まぎれもなく人知を超えた戦いだ。いまだ重力に捕らわれたまま身動きの取れないラウラ達の目の前で、人類の到達点と言っていい二人の超人が、かたや真剣に、かたや楽しそうに激闘を繰り広げる。

 

 

「んふふ、あー楽しい。やっぱりちーちゃんは最高だよ。……でも、だからこそもっとふさわしいところでやりあおうよ」

「逃がすと思うか」

「ううん、思わない。……でも、ちーちゃんは優しいから、教え子を見捨てるとも思ってないよ」

 

 束はそう言って、ラウラ達に手を向ける。親指と中指を強く押し付けた形で、色々と染まっているラウラ達は瞬時に顔が青くなる。あれはヤバい。

 そう思った瞬間、パチン。束が素晴らしき指パッチンをする。

 

「っ!」

「あっはっはっは! じゃーねちーちゃん!」

 

 千冬は咄嗟に束とラウラ達の間に割り込み、刀を振るった。なにも見えなくはあったが手ごたえはあった。その感触を裏付けるように、千冬の背後、ラウラ達の両脇にあった瓦礫が真っ二つに斬り裂かれた。どうせまたろくでもない発明によって、素晴らしき指パッチンが真空の刃を発生させたのだろう。千冬が止めなければ、真っ二つになっていたのは後ろで動けなくなっていたラウラ達だったろう。もっとも、千冬なら止められると確信したからこそ束もそんな行動に出たのだろうが。

 一方の束は、既に姿がない。逃げられたのだ。咄嗟のことで捕縛できるような装備もなかったのだから、退けることができただけでも僥倖と言えるが、それでも事実、完全に出し抜かれた。

 

 

「くうぅ……はっ!? きょ、教官! 動けるようになりました!」

「すみません、織斑先生。僕たち、全然役に立てなくて……」

「気にするな、デュノア。相手が悪すぎる。それよりも、お前たちは……」

「サイレント・ゼフィルスの追撃……ですね。すぐ、向います」

 

 束が逃げたことで重力も消えたらしく、立ち上がるラウラ達を横目に刀を鞘に収めながら千冬は夜空を見上げる。

 束が出たと聞いて文字通りの押っ取り刀で駆け付けてきたが、束が消え、主戦場がIS同士の空中戦となった今、千冬にできることはない。飛び立つ生徒たちを見上げて、ただただ無事を祈る。

 

 

 本当にそれでいいのか。マドカと一夏が戦いを繰り広げるあの空には、自分こそが飛びこむべきではないのか。千冬の中には今、迷いがあった。

 

 ファントム・タスク掃討作戦が開始され、数時間。

 しかし京都の長い夜はまだ、終わらない。




今回のタイトルは「オンドゥルルラギッタンディスカー!」と読みます。

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