IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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番外編 その七「ニセコイ? n『IS』ekoi!」

 人が持つ、自分の一番古い記憶。物心がついた瞬間ともいうべきそれは、織斑一夏にとって写真とともにあった。

 

 世界最強の座に君臨していた姉、千冬の勧めによって折に触れてそのとき一緒にいた誰かと撮り続けてきた写真。最近では何故か真宏が、千冬とのツーショットに始まり箒をセシリアをと一人ずつ増やしていく集合写真を週に一度「ノルマだから」と撮ってくれたりしていたが、それに限らずこれまでの人生において一夏は何度となく誰かと一緒の写真を撮ってきた。

 そしてその写真をとる習慣が始まった時と、一夏の記憶が始まった時は一致している。小学校入学のとき、千冬と共に映っている写真。まだ真宏とも出会う前のことであったと記憶している。シャッターを押してくれたのが誰だったのかはもはや覚えていない。そして、それ以前の記憶も、一夏は持ち合わせていなかった。

 

 親に捨てられてからは唯一の家族である千冬と今日まで過ごしてきた……という認識は、最近知り合った織斑マドカと名乗る少女の存在で信憑性が極めて怪しくなっているが、ともあれそういうことになっている。

 織斑一夏は、小学校入学より前のことを覚えていない。

 そう思っていたのだが、ある時ふとそれ以前の記憶をわずかに思い出した。

 

 

――これ、あげる。また会えたら、そのときは中の物を一緒に見よう

――わかった。大切にするよ

 

 あまりにも古い記憶であったせいか、それが夢であるとすぐに気が付いた。

 少女、であったと思う。顔も覚えていないが、一夏は確かに昔その子と出会っていた。

 お互い名乗りもしなかったのではなかったか。偶然から出会い、子供の気安さであっという間に仲良くなって遊び、あまりにも寂しく思えた別れ際、少女は一夏にあるものをプレゼントした。

 それは、当時の自分には大きすぎるほどの立派な錠前。自分が錠前を。少女がカギを。分かち合ったそれらを大事に持ち続け、再会の暁には鍵を開こう。そう約束しあった。

 幼いころの、はっきりとはしない、しかし大切に思える記憶だ。

 

――ねえ、この中には何が入ってるの?

 

 幼い一夏は、確か中身について尋ねたはずだ。しかし教えてはもらえず、再会のときに確かめようと言われたはず。

 

 だったのだが。

 

――くだものだよ。とってもおいしいの。たべてみる?

――え?

 

 なんか、明らかに記憶から脱線し始めた。

 少女は笑みを深くする。鮮やかな孤を描く唇はまるで三日月。頬が割けたかと錯覚するほど深い笑みに、次の瞬間には背中が粟立つような怖気が走る。

 

――ほら、皮をむいて

 

 いつの間にか錠前の中身ではなく錠前そのものを果物扱いし始めたことに気付いてはいたが、反論できるほどに頭がまとまらない。手の中にあったのは確かに錠前だったはず。だが今持っているのはいまだかつて見たことがなく得体のしれない謎の果物。少女のほそい指が摘まんで剥けば、そこには瑞々しい果実が見えて。

 

――あ、いけない。ベルトしたままだった

 

 果物は少女が触れたことであっという間にオレンジっぽいマークのついた錠前になり果てて。

 

 

「それ錠前は錠前でもロックシードじゃねえかあああああああ!?」

 

 

 今日も快晴、洗濯日和。

 一夏はそんな爽やかな朝に、自分の悲鳴を目覚ましにして飛び起きた。

 

 

◇◆◇

 

 

「よう、どうした一夏」

「あ~、夢見が悪かったんだよ。……真宏がロックシードなんかくれたせいだからな。……でもなんでメガネしてるんだ」

「あれがだんだん呪いのアイテムっぽく見えてきたのは否定できないな。あとメガネはなんとなく、ポジション的に必要だから?」

 

 たとえどんなにひどい夢を見ようとも、学生の身にとって学校へ通うことは必要だ。布団の誘惑を断ち切る意思を持たせてくれたことだけは悪夢に感謝し、一夏はいつも通り自分と同居人達の朝食と弁当を作るという、男子高校生の日常と評するには少々女子力の高すぎることをしてから登校を果たした。無論、教室にたどり着くだけで力尽きたのは言うまでもない。

 何せ、他にもいろいろあったのだ。

 

「あ、おはよう一夏。どうしたの?」

「シャル、おはよう。死ぬほど夢見が悪かったのと、何故か学校の塀を飛び越えてきた4人の女の子に次々潰されただけだから、心配すんな」

「そ、そう……? ならいいけど。……ねえ真宏、このシチュエーションだと僕は一夏の片思い相手じゃないの? そういうポジションじゃなかったの!?」

「落ち着けシャルロット。首絞められると苦しい。あとセリフがメタい」

 

 半泣きで真宏の襟首を掴んでがっくんがっくん揺さぶるシャルロット。彼女は近所のIS職人さんちの娘であった。

 

「それより三人とも、聞いた? 今日は転校生が4人も来るんだって。お姉ちゃんが言ってたよ」

「マジで? 組ちょ……じゃなかった会長が言ってるんなら確かだろうけど、やけに急な話だな」

「……もし篠ノ之博士が混じってたら、どんな手段を使ってでも止めないと。また僕の立場がますますかませ犬やら……!」

「それがお前の本農かシャルロット」

「お願いだから落ち着いてね」

 

 そして、転校生の情報を仕入れてきたりどんどん暴走するシャルロットを止めたりとこっそりいい仕事をするのは簪。さりげなく真宏の隣のポジションを取るという既に年季の入った位置取りをしていることに、一夏以外のクラスメートは全員気づいている。

 ともあれ気になるのは4人も来るという転校生。一夏は普通に頷いているが、それ以外のメンツは先ほど一夏を踏み潰したという4人がその転校生であると確信している。なにせ一夏のこと。こいつのフラグ建築能力を侮ってはいけない。

 

「チャイムが鳴ったぞ、席につけお前ら! 今日はやることがあるからな、速やかに進めるぞ!」

「きゃー千冬様ー!」

「言うことを聞いて褒められるべきか、あえて逆らってお仕置きを受けるべきか、それが問題だ!」

 

 一夏達がぐだぐだとしゃべっている間にチャイムが鳴り、それに合わせて教室に入ってきたのは担任の千冬。一夏の姉にしてこのクラスの担任教師であった。容姿端麗を地で行く颯爽としたスーツ姿。それに憧れる生徒は数あれど、家にいるときは生活能力の全てを一夏に頼るダメ女一歩手前の24歳であることを知る者は少ない。

 世迷言を口走る生徒には投げチョークの一発も食らわせて椅子に沈める手際は見事の一言。教室はすぐにもホームルームとなり、おそらく転校生を紹介するためだろう時間を取って、千冬は本題を切り出した。

 

「どうやら情報は入っているようだな。説明が省けていい。今日からこのクラスに4人の転校生が来ることになったので紹介しよう。入ってこい」

 

 前フリのない最初からクライマックスなテンポの良さに従ってか、転校生たちは迷いなく今日から過ごすことになる教室に足を踏み入れ、ずらりと教室の前に並ぶ。

 その歩みを彩るのは、ほう、という教室の半数を占める男子の口から出た溜息。わあ、という歓声は女子が挙げた歓声だった。

 転校生の四人は四人とも、いずれ劣らぬ美少女揃いという奇跡がそこに降臨する。

 

「篠ノ之箒という。特技は剣道、趣味は居合。よろしく頼む」

「セシリア・オルコットですわ。英国で生まれた帰国子女ではありませんのであしからず」

「凰鈴音よ。下ネタ好きってわけじゃないし、中二病はラウラの担当だからそこんとこよろしく」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。部活はフットサル部にするか自動車部にするか隣人部にするか迷っている」

 

 ベタだなあ、とは転校生を一目見た真宏の感想。そこから先は説明の必要もあるまい。「あっ、お前は朝の!」というお約束のやり取りが4人と一夏の間で繰り広げられる。

 こうして最初から同級生ポジであることと、ああした劇的な出会いがあることのどちらが良かったのだろうかと悩むシャルロットもいたのだが千冬は軽くスルーして、転校生達の席が教師権限によって決められる。

 

「いいか織斑。転校生達はインペリアルクロスという席順で座ってもらう。メインヒロイン力の高い篠ノ之が前、両脇をオルコットと凰が固める。ボーデヴィッヒはお前の後ろに座る。お前のポジションは全員から狙われる。覚悟して過ごせ」

「どうしてこうなった!?」

 

 千冬のドSがキラリと光る配置にクラスのそこかしこから感嘆唸りが上がる配置のど真ん中、一夏の明日はどっちだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「うぅ、ひどい目に会った……」

「あら一夏くん、お帰りなさい」

「楯無さん。ただいまです」

 

 そんなこんなの騒動に一日中苛まれ、疲労困憊した一夏が家に帰り着いたとき、ちょうど楯無が出迎えてくれた。

 彼女こそ一夏と千冬がお世話になっている更識家の当主その人であった。

 塀にぐるりと囲まれた広い日本家屋。この時代になお当主だとか当主になると名を継ぐといった風習を多く残し、家に出入りする人たちはことごとく顔がいかつく傷跡か入れ墨を装備している更識家がどういう職業なのかは、お察しくださいというより他にない。

 

 とはいえ、一夏は更識家に、そして楯無に感謝している。千冬と共に不自由なく過ごさせてもらっているし、簪の彼氏であり一夏自身の友達である真宏もよく遊びに来る。下っ端の人たちも顔は怖いが基本優しく、一夏が作る料理をおいしく食べてくれるのでありがたい限り。

 ちなみになんで姉弟二人して御厄介になっているかというと、少し前に一夏達と楯無達お互いの遠縁の親戚が結婚して両家につながりができたことによる。両親もいないのに遠縁とはこれいかにと思ったのだが、なんかそういうことになったらしい。どうせまた別の世界線の影響でも受けただけだろうから一々気にしてはいけない。

 

「ちょうどよかったわ。実は、一夏くんに頼みたいことがあって……」

「そうなんですか? いいですよ。楯無さんの頼みならなんでもします」

「ん? 今何でもするって言った?」

 

 だからこそ、恩返しのために多少の無茶は押し付けられてもこなして見せようと一夏は思う。……まあ、物には限度というものがあるのだが。

 

 

「……付き合ってる、フリ?」

「そうなのよ。最近うちのシマ……じゃなかった、このあたりに変な人たちが来るようになって。あっちの下っ端の人たちとはほとんど話が通じないんだけど今回トップと話し合いを持った結果、衝突を避けるために友誼を結ぼうということになったのよ」

 

 人身御供。

 言葉を選ばない一夏の頭脳が即座に連想したものがそれだった。そも、まともに話が通じないような手合いがうろつく町とはどういうことか。そしてその総元締めのところのお嬢さんと付き合ってるふりをして均衡を計れとは。

 更識家には恩がある。楯無が望むなら力になりたいという思いに偽りはない。しかしこの、不安以外何者も感じないほど純粋に研ぎ澄まされた無理難題は一体何なのか。頬を伝う汗の冷たさを感じながら、一夏は思考の海へ沈んでいく。

 

「いや、あのちょっと待って……」

「ところがどっこい、実はもう来てもらってるんだなこれが。……大丈夫よ、一夏くん。あくまでフリだけだから。ちょっと無理させちゃうことになるけど、その代わり家では私がたっぷり甘やかしてあげる。心配しなくていいの」

 

 反論は頭を抱きしめられて封じられた。唐変木の名を欲しいままにするとはいえ一夏も男。こんなことをされて丸め込まれずにいられる道理はない。何せ一夏は元々年上に弱いのだ。

 ……そしてその結果、「計画通り」とばかりにほくそ笑む楯無の表情には気付けない。

 

 

 そんなこんなで丸め込まれた一夏は、結局なんら為す術なく対面の時間と相成った。顔が赤くなっていないかが極めて心配である。

 

「それじゃあ初顔合わせと行きましょうか。どうぞ入って来てくださーい!」

「はい、失礼します」

「どんな方なのか、楽しみですわ」

「気の合うヤツだといいんだけどね」

「なに、府抜けているなら調教……もとい鍛えてやればいいだけだ」

 

「…………え゛?」

 

 しかし、顔色についての心配は完全に杞憂であった。付き合うフリをするという相手らしき澄んだ少女の、いや少女「達」の声を聞いた瞬間、一夏の頭から血の気が引いた。

 なぜ、この声はこんなにも聞き覚えがあるのだろう。

 なぜ、声は四つも聞こえたのだろう。

 そしてなぜ、楯無の顔まで引きつっているのだろう。世界は不思議なことばかりだ。

 

 

 そして。

 

「あっ、お前は朝の!」

 

 とかそんな感じのベタなセリフがぶちまけられることとなるのであった。本日、二度目である。

 

 

「……ちょっと、どういうことかしら。うちのシマぁ荒らすだけじゃ飽き足らず、こんな小娘4匹もつれてくるたぁどういう魂胆よ。下手な鉄砲を数撃ちくさって、私の一夏くんが嫌気がさして私のところに帰ってくる楯無お姉ちゃん好き好き大好き大作戦が狂ったらどうしてくれるつもりだ、あぁん?」

 

 一夏が付き合うフリをする相手として連れてこられたのは、箒、セシリア、鈴、ラウラの四名。いきなり複数とはのっけから飛ばしてくれるな、と既に青を通り越して白くなった顔色で一夏は現実逃避に走る。だから楯無がなんかよからぬことを企んでたっぽいことも聞こえない。聞こえないことにした。自分の貞操を狙う女性と一つ屋根の下というかその人が家主を務める家で寝起きするとか、高校生の身には過酷すぎる試練だ。

 

「しっかりしろ一夏。そう落ち込むな。私が恋人となるからには心配はいらないぞ」

「そうですわ。私も淑女の端くれ。男性を支え共に歩むことにためらいなどありません」

「元気出しなさいって。そんな顔してたら幸せ逃げちゃうわよ」

「うむ。お前は気に入ったから私の嫁にしてやる。異論は認めん!」

「あ、あはは……ありがとう?」

 

 件の四人にはなんか気に入られたらしく、腕にきゅっと抱き着かれたりしてるのは幸か不幸か。感触は極上なのだが箒達を睨む楯無の目は悪鬼羅刹も裸足で逃げそうなほどのものとなっていく。

 では、一方そんな楯無に襟首掴まれている箒達のお付きの面々はと言えば。

 

 

「世に平穏のあらんことを」

「そして世に平穏のあらんことを」

「世に平穏のあらんことを。世に平穏のあらんことを」

「へいおん!」

 

「だから日本語しゃべれって言ってるでしょうがああああ!」

 

「……言葉が通じないってこういう意味か」

「すまんな、慣れれば大体わかるのだが」

 

 アメリカ系ギャング、ビーハイヴ。表向きは宗教団体を装っているそうです。

 

 

「と、とにかく! こんなやつらに私の一夏くんは渡せないわ! 帰りなさい!」

「なっ、いまさらそんなことに納得できるか! 一夏は私の物だ!」

「聞き捨てなりませんわね。一夏さんの伴侶にふさわしいのはこのわたくしだと、先ほど閣議決定されていましてよ」

「はいはい、言ってなさい。結局一夏は最後に私を選んでくれるもん。ね?」

「選んでもらうなどと、生易しいな。嫁の愛は勝ち取るものだ」

 

「お、おいちょっとみんな、落ち着いてくれ!」

 

 和平交渉どこ行った。当初一夏を差し出そうとしていた楯無はなんか態度を一変……というか元々邪なことを企んでいた本性を現し始め、それに反発する箒達。事態は既に一触即発の空気を孕み、一夏が宥めすかしたところで止まってくれる様子もない。方法があるとすれば一夏が全員まとめて娶ってハーレムを形成することくらいなのだが、この鈍感ラノベハーレム主人公にその発想を期待するのは酷であろう。

 

 このままでは更識家とビーハイヴとの間で血みどろの抗争が繰り広げられるか、あるいはその矛先が自分の方を向いて、今夜中に純潔を散らされることになるかもしれない。なんかもう色んな意味で恐ろしい事態になりつつあった。

 

 しかしそのとき!

 

「……そ、そうだ! 実は俺には、心に決めた相手がいるんだ!」

「なん……ですって?」

 

 一夏の脳裏に浮かんだ起死回生の一手。

 正直それを使ってもなお自分の命があるかは不安だったが、とにかく今はこの事態を収拾したい一心で割って入った。楯無以下全員の視線が自分に突き刺さるのを感じつつ、大切な思い出を利用する羽目になったことを記憶の中の少女に詫びる。

 一夏は、胸元を開いてペンダント的なナニカを取り出した。一瞬ちらりとのぞいた鎖骨の色気に今日一番の熱視線が突き刺さっていたが当人は気づくことなく、その掌に大切な思い出の品を乗せる。それこそは錠前。かつて一人の女の子と交わした約束の証。

 打ち明ける状況こそ最悪ながら、これは間違いなく一夏の本心でもあった。そう、この錠前こそが。この錠前をくれた少女こそが。

 

「俺は、この錠前の鍵を持ってる子のことが……」

「持っているぞ。私も、セシリア達も」

「……ええぇ!?」

 

 ……しかし、一世一代の結論は、箒の一言であっさり消し飛ばされた。

 

「ほらこれ……ではなかった。これはただのドレスアップキーだった」

「箒達って実はギャングのお嬢様じゃなくてプリンセスなのか?」

 

 なんかあからさまに違う物が出てきたが、気にしてはいけない。

 

「ふふふ……いつか、こうなるのではないかと思っていた。だから証明して見せよう。誰が一夏に最もふさわしいかを」

「望むところですわ」

「かかってきなさい。私達は戦うことでしか分かり合えないわ」

 

 ポケットに手を入れる箒達。そこに鍵があるという。

 今朝も見た夢の中で、この錠前の鍵はどんな形であったか、本当に鍵を持っているのか、もしそうであればあのとき二人でかわした約束は、そしてこの錠前の中に入っている物はなんなのか。どきどきと高鳴る心臓の音を感じながら、でもちょっと待てなんで鍵を出すだけなのに戦うとかそういう話になってるんだ、と一夏が気付いた時にはもう遅く。

 

「さあ……ここからは私のステージだ!」

「それ戦極ドライバーじゃねえかあああああ!?」

 

 がしょーん、と腰につけた戦極ドライバーの輝きに、一夏はがっくしと膝をついた。

 ちなみに一夏の手の中の錠前はロックシード化してませんでした。ほっ。

 

「いや違うぞ一夏。これは姉さんが作ってくれた篠ノ之ドライバーだ」

「やっほーいっくん。通りすがりのグランクチュリエの束さんだよー」

「自分の名前から付けてるだけじゃねえか! 下手すると山田ドライバーとか佐藤ドライバーになってたのかよそれ! あとさっきのキーで使うならゲネシスドライバーのほうだろ!?」

 

 一夏の嘆きが響く中、片目に「タバネ」と読めなくもない眼帯をつけた束が顔を出し、それにも構わず箒達は篠ノ之ドライバーと合わせて取り出したISシードを、装着する。

 

「変身!」

 

<紅椿アームズ! 絢・爛・舞・踏!>

<ブルーティアーズアームズ! Lady of Sniper!>

<甲龍アームズ! 龍・砲・ハッハッハッ!>

<ラファールアームズ! Miss Dangerous!>

<レーゲンアームズ! 一撃・イン・ザ・レイン!>

<ミステリアスアームズ! シュシュッとスパーク!>

 

「……いつの間にシャルと楯無さんまで参加してるんだ」

「諦めろ一夏。戦わなければ生き残れないんだよ、お前争奪戦的な意味で」

「真宏ぉ……!」

 

 気づいてみれば、なんかばっちり篠ノ之ドライバーの所有者であったらしいシャルロットと楯無まで含めた総勢6人もの少女たちが一夏の心を手にするためISを身に纏っている。ビートライダーズなんて可愛らしい物では断じてない、本物の闘気が満ちていた。

 面白いことやってるよ、と簪に呼ばれて遊びに来た真宏だけが今の一夏の心の支えだと縋り付く。そんなことやってるから学校で闇取引されてる薄い本が厚くなるんだよ、と理解している真宏であったが、それでも友を見捨てることはしないあたり火に油なのが最近悲しいという。

 

「どうして……どうしてこうなった!」

「しっかりしろ一夏。……絶望するのはまだ早い。……向こうの空を見ろ。なんかパイプをうねうねさせて赤い複眼がいっぱいついてるのまでこっち来てる。あれきっとお前の生き別れの妹かなんかだぞ」

「あ、まどっちにあげた黒騎士だ」

「……真宏、もし俺が気絶したら骨は拾ってくれ」

「任せろ、きっちりリボン巻いてこの戦いの勝者に進呈してやるから」

「この裏切り者おおおおおお!?」

 

 真宏、実にいい笑顔を浮かべてしまったせいで簪にもたしなめられている。

 上空はるか高くでは箒達が戦っているのだろう爆炎が明滅し、地上ではビーハイヴの連中が「世に平穏のあらんことを!」と応援らしき叫びをあげている。

 

 一夏は薄れゆく意識の中で、それでも強く想う。

 

「約束は、忘れちゃだめだ……がくっ」

 

 

◇◆◇

 

 

「と、いう夢を見た」

「一夏……お前疲れてるんだよ」

 

 悪夢ではなくむしろ嬉しい場面もあった、と前置きされてから聞かされたとはいえ、俺は一夏の身を案じずにはいられない。

 無理からぬことではあるだろう。一夏は持ち前の鈍感さ、俺はしめ縄のように図太い神経のおかげで平然としているが、ほぼ女子校なIS学園での生活が一夏の精神をここまで蝕んでいたとは。まるでヤクザの息子に生まれてギャングの娘と擬装恋愛を強いられてベタなラブコメの王道を突っ走ることを宿命づけられたラブコメ主人公のような消耗っぷりだった。

 

「一夏、今度の休みは弾もつれて三人でどっか遊び行こうぜ。たまにはそういうのもいいだろう」

「ああ、楽しそうだな……」

「そうだ、そうだとも……!」

 

 普段から一夏の周りで起きるラブコメ騒動を楽しく見させてもらっていたが、これからはもうちょっとだけ優しくしよう。割と本気で、そう思った。


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