IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第30話「ビッグマグナム」

「んよいしょ、っと」

 

 無残に破壊された隔壁から廊下へと、生身の楯無が降り立った。

 地下のオペレーションルームで千冬から敵の迎撃を命じられてここまで登ってくる道すがら、真宏が他のメンバーと合流するため強羅で破壊した隔壁を何度か潜り抜け、ようやくたどり着いた。

 ここの廊下はまっすぐでそれなりの長さがあり、なおかつ防御シャッターが閉まっているので大体密閉されている、楯無にとって極めて好都合なポイントだ。

 

「えーと、敵はっと。……ふふーん、隠れようとしても無駄よ。IS学園には412カ所に及ぶ監視カメラと、139カ所に及ぶナニカを設置してあるからね、勝手に」

 

 暗部稼業を代々になってきた更識家当主としては、自分のホームグラウンドたる学園に黙って監視装置の類を設置するくらいのことは当然の嗜み。楯無は携帯端末から監視カメラの画像を検索して、その中のうちの一つ、まさに楯無がいる地点へつながるルートの先にIS学園の生徒ではない何者かが映っているのを見つけた。

 

「あら、妖怪ギリースーツ。光学迷彩まで持ち出すなんて、あちらさんも本気みたいね」

 

 敵の姿は、体中から毛むくじゃらに枯葉か毛のようなものを生やした人影であった。風景と一体化する擬装の一種であるギリースーツに見た目は似ているが、これはもっとハイテクだ。あの外装を閉じて表面に周囲の風景を写すことによって姿を隠すという、最新式のステルスシステムである。

 

『ステンバーイ、ステンバーイ……ゴッ』

『了解ですぞー』

「……あれ、違ったかしら」

 

 マイクが拾うギリースーツどもの声を聞くとその確信がぐわんぐわんと音を立てて揺らぐのだが、あれでもIS学園への潜入を任される精鋭特殊部隊なのだ、多分。

 

「まあいいわ。ほぼ女子校であるIS学園に無粋にも侵入した人たちなんだから、死なない程度に加減すれば何してもいいわよね。……そろそろ来たみたいだし、はじめようかしら」

 

 いろいろツッコミ所はあるのだが、楯無は気を取り直して前を見据えた。誰もいない。だが、何かがいる。そう確信できるだけの能力を、楯無は備えている。いつも通りの笑顔を浮かべ、しかし心の内では戦いへの緊張感を徐々に高め。

 

 その隣をダンボールがこそこそと歩いていくのが視界の隅に入り。

 

「……ってそこぉ!?」

「うわあああああ!?」

 

 慌ててランス内蔵のガトリングをダンボールに叩き込んでおいた。ちなみにガトリングの弾は暴徒鎮圧用のゴム弾に換装しております。

 

「くっ、思わず頭上に『!』が出るくらい危ないところだったわ。ダンボールのステルス性を甘く見ていたみたいね。……あ、あとそっちの人たち。銃弾とか私には効かないわよ?」

 

 ズタボロにされ動かなくなったダンボールを前に額の汗をぬぐう楯無に隙ありと見て、サイレンサーを装着しているのか空気の抜けるような音とともに飛来した弾丸があった。

 だが全ての弾丸は空中で静止し、光学迷彩で姿を消している特殊部隊に驚愕が走る。

 

 これは、ミステリアス・レイディのアクアナノマシンの能力だ。あらかじめこの廊下一帯にアクアナノマシンを水蒸気に紛れ込ませて散布しておくことにより、こうして弾丸を止めることや姿を見せない敵の位置を探ることに利用していた。まあ、何故ダンボールに気付けなかったのかは謎なのだが。

 ともあれ、ここからが本番だ。ひとまずはこの侵入者共を一人残らず生け捕りにしてしまわなければ、IS学園と生徒たちの平和は守れない。

 

「さて、それじゃあ気を取り直していきましょうか。フォッフォッフォッフォッフォ」

 

 奇妙な笑い声をあげるなり、楯無がふらっと横に歩く。歩くだけなのだが、不思議と動きが残像となって残り、しかもその残像がいつまでも消えない。像の数は全部で5つ。

 そう、これは。

 

「ブンシン=ジツ!? アイエエエ!」

「アイエエエエエス! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

 

 ミステリアス・レイディのアクアナノマシンで形成した水人形と、それをレンズで投影した虚像による分身であった。全てが実体を持つわけではないが、敵の特殊部隊からすれば混乱するのも無理のないこと。なんか混乱の仕方がアレだが、そこは気にしてはいけない。

 

「ええい、うろたえるな! ニンジャはいない、いいな!」

「アッハイ」

「でも班長、あいつ弾がすり抜けるんですが!?」

 

「すごいでしょー。こんなこともできるのよ、バイオアタック!」

「絶対勝てないフラグー!?」

 

 そこからは、まさに一方的な蹂躙であった。分身が体を液状化して襲いかかり、どれほど銃弾を撃ち込まれようとも無視して周囲を旋回するとともに包囲を狭めて縛りあげる。どう抵抗しろと。

 

\リキッド! プリーズ!/

「とりあえず卍固めとかしてみたり」

「いてええええええ!?」

 

 さらに、楯無の姿に戻った分身が全員それぞれに関節技をかけ。

 

「その水は、もうミステリアス・レイディが触っているのよ」

「アバーッ!?」

 

 ミステリアス・レイディ腕部装甲の人差し指側面になぜかあるスイッチを押して、水分身にクリア・パッションを起動。楯無の分身がしめやかに爆発四散する。

 

 爆発によって湿度と気温が一気に上がった薄暗い廊下の中。湯気が消え、うっすらと浮かび上がってきた影は楯無のものひとつ。残りは全てうめき声すらあげることなく倒れ伏している男たち。

 特殊部隊、壊滅である。

 

「……うふふ」

 

 本調子でないとはいえ、ISに生身で挑むとかマジありえない。

 この光景を見れば、誰しもそう思うであろう。

 

 まさにこれから、IS学園の地下でその真理に反することが行われようとしているのだが。

 

 

◇◆◇

 

 

「……ふむ」

 

 頭上から聞こえてきた爆音と、ハイパーセンサーが割り出す爆発の位置と規模、そして頭に叩き込んである部下の行動タイムスケジュール。それらを照らし合わせて、現在の状況に結論を下す。

 

「奴らは学園側のISに敗北した、と見るべきか。……作戦通り、だな」

 

 明かり一つない通路を迷いなく進むのは、一機のISを身に纏う女性。彼女に名はない。IS学園に侵入した部隊『アンネイムド』の隊長にして、ファング・クエイク・ステルスの操縦者。彼女を現す経歴はたとえ世界中のデータベースを探ったとしても、これら以外は存在しない。

 ISもまたベースこそファング・クエイクではあるものの、秘匿性を高めるためと素性を隠すため、後付の外装パーツなどにより外見はファング・クエイクと全く似ていないものになっている。……まあ、それは最初からそうされたわけではなく、さすがにアメリカ製とバレたらマズイので隊長がいろいろ変えさせたことと、正規のファング・クエイク操縦者であるイーリスの方もかっこよくなるよう改造やカラーリング変更をしたことによるのだが。

 とにかくこうして、隊長はIS学園後化特別区画への侵入を果たした。ファング・クエイク・ステルスの究極ステルスモードであるダンボールフォームであれば、たとえ視認されたとしても「気のせいか」でスルーされるため、こうしてあらゆる監視をすり抜けることができるのだ。このステルスシステムを考案した伝説の兵士マジスゴイ、と隊長は常々尊敬している。

 

 今回のアンネイムドの目的は、先日のタッグトーナメント襲撃事件でIS学園に回収された未登録の無人機コアと無人機自体の残骸を奪取すること。

 そしてさらに、もう一つ。アメリカが世界を制するとある計画のために必須となる「完全なる自律無人機」を自力で発現させた強羅と、自律機自身である白鐵。これらのうちいずれか、または全てを手中に収めることだ。

 

 無人機を何に使うのか、それによって何が起こるのかは知らない。ただ任務を果たす、そのことだけを隊長は考え黙々と通路を進む。

 異常なほどの静けさだ。頭上はるか上では部下が迎撃される戦闘の音が聞こえていたが、このフロア自体にはなんら防衛機構が存在していない。

 つまり、罠があるのは確実ということだ。しかしファング・クエイク・ステルスがある以上、脅威となるのはISのみ。静かに、そして大胆に隊長はこの地下区画を進んでいく。いずれ戦闘は不可避だろうと確信しながら。

 

 なぜならば、既にISのハイパーセンサーが進行方向上に立つ人影を捕えているからだ。

 隊長は警戒しながらもペースを変えずに進む。その距離が、十分な明かりさえあれば顔も見えるだろう距離に、間合いに近づいた瞬間。

 

「参る」

「!?」

 

 驚くほどの速度で踏み込んできた人影が、惚れ惚れするような脚力で自機を飛び越えすれ違う。ほとんど明かりもないというのに正確にこちらの急所と関節を狙う剣筋は何とか見えたが、ISがあっても防ぐのがやっとで反撃の隙はない。頭上を飛び越すそのわずかな間に6度も斬りつけられるとは、さすがに現実としてその身に受けるまで想像もしていなかった。

 

 影を追って振り向く、影が着地する、通路の照明が灯る、の三つのことが同時に起こった。

 隊長は敵の攻撃を防いだ腕を下げ、その正体を見る。すっくと立ち上がったのは、長い黒髪をポニーテールにまとめ、両手の甲に3本ずつ、さらに手の中に1本ずつ計8本の刀を身に着けるサムライ。そしてその美しい顔立ちは、IS操縦者なれば世界中の誰もが知っているものだ。

 隊長は息を呑み、しかし鍛え抜かれた一個の戦闘機械としての使命に基づき、その名を呼んだ。

 

「ドーモ、ブリュンヒルデ=サン。アンネイムドです」

「……いや、私はアイサツなど返さんぞ?」

 

 タイヘン、シツレイ! とか思ったり思わなかったりな隊長だが、まあしょうがない。これはあくまで特殊部隊の礼儀。そうでない者には伝わらないか、とちょっぴりがっかりするだけで気にはしない。

 しかし、疑問がある。千冬の姿は戦闘用と思しきスーツに身を包んだもので、武器はIS用のブレードを細身に仕上げたもの。しかし、あくまでも生身である。IS学園に侵入したのだからISの専用機なり学園で教員が使う量産型なりと戦闘になることは想定していたが、まさか生身とは。

 

「どうした、かかってこい。これでも世界最強だからな、お前のようなひよっこに負けはしないぞ」

 

 先ほどの交差で刃こぼれしたブレードを床に適当に突き刺して、次のブレードを手にする千冬。戦力差は圧倒的に有利だというのに、相手は世界最強。もとより油断とは無縁に訓練された隊長はそれでいてなお、生身の人間一人を相手に強敵と対峙した時のような緊張を感じていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 パワリオワー。

 

 IS学園のネットワークへの侵入者退治のため、電脳ダイブをしにアクセスルームにやってきた箒達。そこはかとなく近未来的なベッドチェアが複数並ぶ部屋の、あまりに浮世離れしたアトモスフィアにきょろきょろと周囲を見まわしていたが、そういう雰囲気がひときわ好きな簪はさっそく張り切って電脳ダイブの管制をする中枢コンピュータを起動させている。ちなみに、さっきのはそのコンピュータの起動音だ。

 

「ねえ、なんでそのコンピュータ本体にでかでかと『UNIX』って書かれてるのよ」

「鈴さん、ツッコミたくてしょうがないのはわかりますが今はスルー推奨ですわ。……たぶん、これからもっとたくさんツッコミ所が出てきますから」

「それを言うならさっきのオペレーションルームからしてそうだけどね。異常なほどの耐久構造だったみたいだし」

「この部屋も、ドイツはおろか他の施設でも見たことがない。……一体、何を目的として建造されたというのだ」

 

 ベッドチェアに腰かけながら、簪の準備が整うまでの間にそんな話をして待つ一同。まあいろいろ目をつぶった方がいいところもあるのは置いといて、確かにIS学園がどういうところなのか、今日の一件で疑問に思うことが急に増えた。

 厳重に秘匿された地下施設に、ここ以外には世界中どこにもないような施設すらある、世界のどこからも中立な学園。島ひとつを丸ごと施設にしているのは外界からの隔離がそもそもの目的なのだろうが、地下にこれほどの空間を用意するとなると、さらにそれ以外の理由もありそうな気がしてくる。

 もとよりISは技術的軍事的政治的、ありとあらゆる面で槍玉に挙げられているのだから、謎や陰謀の10や20はあろうし、専用機持ちの身分としてはそれらと無関係でもいられない。

 

「準備、できた。ISをコア・ネットワーク接続するから、ソフトウェア優先処理モードに変更を」

「わかった」

 

 しかし、その考えを今は置いておく。とにかく早急にIS学園のシステムを敵から取り戻さなければいけない。簪の言葉に従い、箒達はISのモードを変更して目を閉じた。

 

「ナビゲートは任せて。……それではこれから30分、あなたたちの目はあなたたちの体を離れ、この不思議な時間に入っていくのです。イニシエイトクラックシークエンス、アクセス開始」

「……あー、なんか真宏がもう一人いるみたい」

 

 そして色々混じりまくっている簪のナビに異様な不安を覚えながら、箒達の意識はホワイトアウトしていくのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「……って、なんじゃこりゃー!?」

 

 電脳世界で意識を取り戻し、開口一番に叫んだのは鈴。ネットワークの世界とは思えないほどリアルに感じる自分の体を見下ろし、一方で普段ならば絶対着ないような服を身に着けている自分の姿に、思わず絶叫が漏れた。

 

「これは……アリス、か?」

 

 そう、まさしく不思議の国のアリス的な恰好である。

 青いドレスに白いエプロン。金髪ロングヘアーのセシリアは特に良く似合っていて、もしも世界中で有名な黒ネズミに見つかったらただでは済まないかもしれない。

 

「一体どういうことだ? 電脳ダイブしての侵入者排除というから、私はてっきりチップを駆使してウィルスを撃破するのかと思っていたのだが」

「僕はウェブナイトあたりとシンクロして悪いプログラムと戦うのかと思ってたなあ」

 

 ともあれ問題なのは、この期に及んで為すべきことがわからないという点だ。箒達は揃ってアリス的な衣装で草原のど真ん中に現れたが、周囲に侵入者らしき影はない。頭上に輝く、太陽ではありえない黄金立方体以外は至って普通の風景。本当にここは一体どこなのだろう。

 周囲を見渡せば森らしき地形は確認できるが、のどかな日差しと風が心地いいばかりで、イベント発生の兆候すら見られなかった。

 

『こちら簪です。そちらの様子はどう?』

「む、ちょうどいい。悪いがさっぱり状況がつかめない。そちらで目的地と行動指針のナビゲートを頼みたい」

『了解。……解析、完了。現在IS学園のシステムは外部からのハッキングを受けていて、その電脳空間は侵入者のイメージが作りあげたもの、みたい。だからみんなのアバターも自動で世界観に沿った姿に変えられている……。おそらく、その役に沿った行動でカモフラージュしつつ侵入者を見つけて、排除しないと』

「え、つまり私たちにアリスをやれっての?」

 

 思わず聞き返す鈴。簪が信用できないわけではないのだが、あまりにも珍妙な解決方法に眩暈がしそうだった。

 

「む……不思議の国のアリス、というのはどういう話だ。確か、7人の少女が互いに戦い合って、最後の一人になったものが願いをかなえる聖杯を手に入れるのだと聞いたことがあるが」

「違うよ箒。塀の上の卵を蹴り落としたり、芋虫からもらったキノコを食べて巨大化して、代用ウミガメに捕らわれたハートの女王を助けに行くんだよ」

「私がクラリッサから聞いた話では、そのハートの女王こそが真の黒幕だったぞ。クライマックスではトランプ兵の体をぶち抜きつつロイヤルストレートフラッシュ斬りをするのがお約束だ」

「で、最終的にアリスっていうのは機動兵器のAIの名前で人工知能の見た夢だった、ってオチだったわよね」

「……皆さんの中のアリスがどういう認識なのか、よーくわかりましたわ」

 

 嘆かわしきは自国を代表する文学作品に対する世界の認知度よ。この仲間達限定のことかもしれないが、それでもセシリアは頭を抱えて嘆き悲しむ。そりゃあ自分だって全ての内容を覚えているわけではないがいくらなんでもこんなに殺伐としてはいなかったはずだ。SAN値は下がりそうだけど。

 何せ、本当ならまず物語の始まりは、ハートの女王からの呼び出しに遅刻しそうになって慌てて走るウサギとか出てくるファンタジーな話なのだ、不思議の国のアリスというヤツは。

 

「やっべー、遅刻遅刻ー!」

「ああっ、あんなところにウサギが走ってる! そういえばこれがアリスの始まりだったような!」

 

 ビンゴ。どうやらアリスについて正しい認識を持っているのは自分だけではなかったらしい、とセシリアは俄かに元気を取り戻した。共感できる相手がこの世界を構築した敵だけという状況はむしろ四面楚歌な気もするがこの際そんなことはどうでもいい。ようやくまともな人に巡り合えたという期待を込めて、鈴が指差す方を振り向いて。

 

「……箒さん、わたくし凄まじい勢いで嫌な予感がしてくるのですが」

「……すまん、私もだ」

 

「おっとっと! いけねえいけねえ。うっかり自分のハラワタ踏んづけて転ぶところだったぜ」

「なんだ、あのセップクしたクロウサギは。……うっ、頭が痛い。前世の記憶が蘇りそうだ……」

 

 腹からでろりんと零れるハラワタを抱えて森の方へと慌てて走っていくセップククロウサギを見て、箒とともにますますひどくなる頭痛に眉をひそめた。ついでにラウラも何か思い出してはいけない記憶を思い出そうとしてるっぽい。

 

 箒とセシリアは、そしてついでにこの場にはいない一夏と真宏はあのセップククロウサギを見たことがある。当然、その背後に存在している人物のことも。

 いつぞやの臨海学校の際、地面から生えていたセップククロウサギと、そこをめがけて飛来したニンジン型ロケットから出てきた人物。それは箒の姉、篠ノ之束だったのだ。

 

「もー、気をつけなきゃダメだよセップクちゃん。ほら、急いでお知らせしに行こう」

「おお、すまねえなお知らせの。それじゃはりきって行くぜい!」

 

 さらに、なんかもう一匹ウサギが現れた。全身ピンクで寸詰まりのぬいぐるみのようで、見た目も声も可愛らしいのだがよくよく聞いてみると声色こそ違うもののセップククロウサギと中の人は同じようだ。

 状況からして邪悪の気配しかしない。

 

「「ご注文はうさぎですか?」」

「いや、この事件の黒幕だ」

「律儀に応えなくていいよラウラ」

 

 繰り返す。邪悪の気配しかしない。

 わざわざこっちを向いてこんな妄言をほざくあたり、確実に。

 

「アリスの時点で嫌な予感はしていたが……まさか、今回の背後には」

「いえ、やめましょう箒さん。いずれにせよわたくしたちはまずこの事件を解決しなければなりません。考えるのはあとですわ」

「なんか知らないけど話はまとまったのね。それじゃ、追いかけるわよ!」

 

 異様なほどの不安を感じもしたが、とにかく今はIS学園を開放することが第一優先。箒達は疑問を棚上げにして逃げるウサギを追いかけた。ウサギは意外と足が速く森の中に入られてしまったが、そこはIS学園生の身体能力。電脳世界でどれだけ現実の肉体スペックが反映されているのかはわからないが、辛うじて見失わずに追跡を続けた箒達の前に、森の中の開けた空間が現れた。

 そこには既にウサギの姿はない。あるのは壁も建物もないのにたたずむ扉が五つのみ。

 

『扉の中の様子は、こちらからはモニターできない……。おそらく侵入者の影響力が強い、中枢への道になっているはず』

「つまり、この中に入ってボスを倒せばいいわけか」

「ボスラッシュみたいなもんね、任せときなさい」

「何か違う気がするけど……やることは一緒だよね」

「みなさん、既にしていろいろ予想のつかない空間になっていますから、十分気をつけてください」

「よし、行くぞ」

 

 怪しいにもほどがあるが、他に行くべき道もない。互いに見つめ合い、うなずいて、箒達5人は一斉にその扉の中へと入っていく。

 

 

 現実世界の簪側から、箒達の情報が一切モニターできなくなったのは、その直後のことであった。

 

「……篠ノ之箒以外、ちょろすぎます」

 

 そしてどこかで誰かがそんなことを言ったらしいが、生憎と誰の耳にも届かなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 右腕と左肩に伝わる衝撃。それは、ISの装甲を打つ千冬の二刀による斬撃が再び隊長の機体に届いたことによるものだ。

 剣速が異様に速く反撃こそできなかったものの、ISを装備している今ならば反応して防御する程度のことはできる。そして、ISの装甲は生身の人間の斬撃程度で傷がつくようにはできていない。いまだ無傷のファング・クエイク・ステルスに対し、千冬が使った刀は最初の2本と今使っているもの合わせて4本。その全てが既に刃こぼれでボロボロになっている。それが二人の間に横たわる状況だった。

 

「ふむ」

 

 とはいえ、千冬にとってそうなることは織り込み済みであったのだろう。使えなくなった刀は床に刺し、また何事もなかったかのように手の甲から新たなブレードを引き抜く姿には落胆も焦りもない。

 

「まだ続けるつもりか」

「ん、なんだちゃんと喋れるのか。」

 

 新しいブレードを軽く振って具合を確かめる千冬が、隊長の言葉に対して何気なくそう言ってきた。確かに、最初に交わしたアイサツ以降隊長は一言もしゃべっていなかったがそんなことを気にするとは。生身でISに挑んでいながらまだ余裕があるのか織斑千冬は、と隊長の内心に少なからぬ驚愕が走る。とはいえ表にその驚きを出すようなことはしない。

 

「しかしまあ、お前も大変だな。大方無人機の残骸やら白式やら強羅やらを狙ってきたのだろうが、少なくとも白式はここにはない。無人機の残骸も渡さんし、強羅……は放っておいてもあいつならおそらく自分の身くらい自分で守るな、うん」

「……」

 

 千冬の言葉は挑発なのか事実を述べているだけなのかはわからないが、いずれにせよ面倒なことに変わりはない。その口から出た言葉がどこまで信じられる話なのかは置くとして、ここでいつまでも時間を稼がれていては確実にまずい。

 

「そろそろどいてもらおう。いくらブリュンヒルデといえど……」

「生身ではISに敵わない、そう言いたいわけか。だが、それは」

 

 隊長の言葉の先を取り、うっすらと笑う千冬。目も覚めるような美女である千冬の嫣然たる微笑みであるが、両手に刀を持ち殺気すら放つその笑顔はアンネイムドの隊長であり、ISを身に着けていてなお総毛立たせる恐ろしさがあった。

 つま先がこちらを向いた。重心が倒れるように動く。

 来る。未来予知にも似た直感が隊長の体を動かした。

 

「織斑千冬以外であれば、だ」

「!?」

 

 踏み込みも斬撃も生身としては信じられない程に速い。だが鍛えた体と技、そして動きに慣れつつある目は千冬をこの一瞬だけ凌駕し、両手の刀の峰を真っ向から掴み取る。

 

「~♪」

「なっ!?」

 

 しかし感触が軽い、軽すぎる。

 罠、と気づいた時には既に千冬が隊長の両肩に手をついて身をひるがえし、飛び越えようとしていた。そして同時に耳に入ってきた千冬の吹く口笛の音色。この上なお馬鹿にするのかと激昂しつつも、隊長は耳に覚えのあるそのメロディがなんという曲だったかを思い出す。

 この曲は確か、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。

 

 曲名に気付くのと、自分の首にワイヤーが絡みつくのは同時だった。

 

「ぐっ!?」

「小手先の技だがな、絶対防御に頼っている相手には割と効く」

 

 隊長の首にワイヤーでぶら下がる千冬。もし生身であればそのまま首が折れるか落ちるかしていただろう凶悪な技だ。エネルギーシールドがすぐにワイヤーを焼き切りこそしたものの、息が詰まった一瞬は千冬にとって十分すぎるほどの隙であり、ファング・クエイクの裏拳を当てるより先に、千冬の放った回し蹴りが隊長の体を壁に叩き付けた。

 

「お、おのれ……!」

 

 無論、その程度でダメージにはならない。だが千冬を無視して進むこともまた不可能。悠々と次の刀を抜く千冬が立ちはだかる限り、先へ進むことはできないのだと魂で理解させられる。

 

「さあ、来てみろ。……本物の暴力を教えてやる」

 

 照明の逆光を受けて影となった千冬の姿は、ポニーテールにまとめた髪がまるで角のようで、日本の伝承に言う「鬼」のようであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方そのころ。

 

「山田先生、急いでください! 早くインストール済ませないと千冬さんが来ちゃいますよ!?」

「で、でも……こんなのって、こんなのってえ!」

 

 俺達は俺達で、千冬さんが敵のISを連れてくるだろう場所に先回りして準備をしているのであった。山田先生が今回用のパッケージのインストールを嫌がるので面倒が増えて困る。

 

「元々はクアッド・ファランクスを使うつもりだったんですよ!? どこに隠したんですか!」

「いやいや俺じゃないですよ。……いつぞやワカちゃんがサービスでなんぞのパッケージをすり替えたって話は聞いたことありますけど。どっちにしろあれよりこっちの方が威力あるんですから、確実に倒せますって!」

「それを否定はしませんけど、しませんけどぉ~!」

 

 ともあれ千冬さんが提示した刻限まではあまり時間がない。とっとと説得しなければ。

 

「ほらほら、あんまりわがまま言わないで下さいよ生娘じゃあるめーし」

「しょ、しょしょしょ処女じゃありませんよっ!」

 

 

◇◆◇

 

 

 迫る銀光に拳を当てて、べきりという音とともに今度こそ確かな手ごたえを感じる。

 いい加減目が慣れてきた隊長の反撃により、ついに千冬の持つ最後のブレードがへし折れたのだ。

 

「衝撃のぉ……ファーストブリット!」

 

 素早く距離を離そうとする千冬よりも、ISの踏込の方が速い。ファング・クエイクシリーズの得意技である連続瞬時加速から放たれた殺人パンチが千冬の腹部を捕えた。

 

「ぐっ!」

「……む?」

 

 しかし、今度は異常な感触が手に残った。確かに腹部を殴ったはずなのに押し返されるような圧力、火薬の匂い、なぜか殴られた部分が煙を上げる千冬のスーツ。

 そしてISに全力で殴られたというのに平然と着地して見せるブリュンヒルデの姿。

 あと今初めて気づいたが、ブレードをマウントしていた手甲の下にはなぜかやたらゴツイ指輪がはめられていて、ついでにベルトにはまるで手のようなマークがついていた。

 

 つまり、千冬はあえて距離を取ったのだ。周囲の床にざくざくと刃こぼれしたブレードが突き刺さったこの空間に隊長を残して。

 しつこいほどに、罠だ。

 

\エクスプロージョン! ナウ!/

「ぐわあああ!?」

 

 ベルトに指輪をかざした瞬間、そんなナビ音声に合わせて全ての刀が爆発した。一体どんな材質と構造だったのかはさっぱりわからないが、とにかく威力も凄まじく、廊下の壁や天井の照明が吹き飛んでいく。

 千冬は踵を返して爆炎が追うより早く廊下を走った。これまた人間離れした足の速さだが、それでも全てを置き去りにはできない。

 その背後に迫るのは刀から膨れ上がった爆炎と。

 

「おのれ逃がすかああああ!」

 

 このごに及んでなお傷もつかないファング・クエイク・ステルスだった。

 もはや容赦はない。スラスターを全開にして接近し、その背にハンマーのような巨腕を叩き付ける。

 が、またもや避けられた。一体どういう理屈なのか背中に迫る拳を察して紙一重でかわし、するするとISの装甲を登り隊長の頭を蹴って飛び、その勢いで天井、壁と順に蹴って廊下を曲がる。その先にあるのは行き止まりの小部屋。扉を蹴破って入っていったが、その先は行き止まりとハイパーセンサーが伝えてくる。これで本当に追い詰めた。

 これまでのやり口から考えるにこれもまた罠だろうが、かまうものか。ISだって殴ってみせらあ、でも部隊の上司だけは勘弁な。隊長はそんな決意とともに扉をくぐり。

 

「やれ、真耶、真宏!」

「なっ……!?」

 

 千冬がはぎ取ったステルスマントの下から現れたものを見て、絶望に沈む。

 それは、きわめて単純な形をしていた。部屋に入ったばかりの隊長を、まっすぐ睨むうつろな穴の開いた筒。真耶が展開したラファール・リヴァイヴの左腕を取り込んでISの身長よりも長い銃身が突き出され、弾倉を含む本体は機体からはみ出して後方にでかでかと鎮座するそれは、一言で言ってしまえば巨大な拳銃。

 右手に持った小さい照準器で狙いを定めてくるこの装備。異常なほどの口径を誇り、太くて固くて暴れっぱなしで、実際は一つの武装に過ぎないものの実質パッケージ並みに拡張領域を占有し、並みのISならば展開したが最後動けなくなる大きさを誇る、あの大火力を信奉する変態企業こと蔵王重工の作った超巨大砲パッケージ。

 <ビッグマグナム>なのだった。

 

「ああああもう、やけっぱちですー!」

 

 涙目の操縦者にロックされたのを感知。しかし逃げようにも部屋の中に逃げ場はなく、部屋を出たところで一本道なので狙い撃ちされることは確実で、既にどうしようもなく詰んでいると知り、隊長は逆にその場で足を踏みしめ腰を落とした。

 かくなれば、助かる道はただ一つ。撃たれる弾を避けるのではなく受け止め耐えて反撃することのみ。

 

 その考えは極めて正しかった。

 勝利の可能性が極めて小さくなった中で、それでも一番正しい決断を瞬時に下せたことは、彼女の高い能力を示して余りある。

 だがしかし、誤算があった。

 

「撃滅の、セカンド……!」

 

 トリガーが引かれ、爆音と衝撃が筒先から隊長に向かって飛び出してきたものは。

 

『でも弾は俺だったり』

「ってぎゃあああああああ!?」

 

 ビッグマグナムの、人ひとりくらい軽く入れる口径を有効活用して中に納まっていた強羅が弾丸そのものの速度で撃ちだされ、避けようもなければ受け止められるものですらない威力の体当たりに、ファング・クエイク・ステルスの隊長は身も世もない叫びをあげて強羅とともにはるか廊下の彼方へすっ飛んで行くのであった。

 

 

「ううっ、わ、私はなんてもの使わされたんでしょう……もうお嫁にいけません」

「何を大げさな」

 

 一仕事終えた達成感とともに、千冬は真耶が用意したコーヒーをこくこく飲んでいる。その隣ではビッグマグナムから離れた真耶がラファールを展開したまま地面に手をついてがっくりとうなだれているが、涼しい顔である。本当に親しい人間であればあるほど扱いのひどい女性だった。

 

『心配しなくても大丈夫ですよ、山田先生。もしお嫁に行けなくなったらもらってあげます……一夏が』

「ほ、本当ですか!?」

「……二人とも、勝手なことを言うんじゃない」

 

 とかなんとかやってるうちに、絶対防御が発動して完全に伸びた隊長を肩に担いだ強羅が戻ってくる。ファング・クエイク・ステルスはそれまでも千冬との戦闘をしていたとはいえ、体当たりをかました相手は絶対防御が発動しているのにぴんぴんしている強羅は本当にISなのだろうか、などと思いつつもとにかく勝利したのは間違いない。

 こうしてファング・クエイク・ステルスの操縦者は、千冬たちによって拘束されたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「さて、こんなもんでいいかしら。……男を亀甲縛りしても楽しくないものね」

 

 一方の楯無。

 既に侵入してきた特殊部隊は全員しばき倒して、ついでにワイヤーでの拘束も完了した。後続の部隊は今のところ確認されていないので、戦闘はひと段落したとみていいだろう。このまま男たちを放置しておくわけにはいかないが、まだ防御シャッターが動かないならば一部を破壊して外気を取り入れなければ、閉じ込められた生徒たちの体調に悪影響が出るかもしれない。

 わずかながら、楯無は次の行動を思案する。だがまたすぐに、ぱん、と扇子を閉じてひとまずの方針を決める。

 

「……んー、まあいっか。簪ちゃんたちが頑張ってくれてるんだし、もう少し様子を見ておきましょう」

 

 そう呟いて生徒の様子を見に行こうと歩き出し。

 

 

 背中を打つ衝撃に、自分の失策を悟った。

 

「ンアーッ! 麻痺毒!」

「や、ただの銃なんだが」

 

「ふはははは、やったぞ! どうだ部下たちよ。いかにサラシキ・ニンジャクランのニンジャとはいえ、決して倒せない相手ではないのだ!」

「タツジン!」

「ワザマエ!」

「……あれ、ニンジャはいなかったんじゃ……いえ、なんでもないです」

「さあ、すぐに身柄を確保しろ。本来の目標ではないが、ISと操縦者が確保できるなどまさにアブハチトラズよ」

 

 膝から崩れ落ちて倒れるころになると、事態を理解した楯無は自分の迂闊さを呪っていた。男たちはおそらく事前に薬物でも投与していたのだろう。異常なほどすばやく回復したのちに隠し持っていたカッターでワイヤーを切断して自由の身となり、楯無の隙をついて背中から撃ったのだ。

 腹からは血が出ておらず、なぜかあまり痛みもないことからして威力は大したことがなかったのだろうが、弾が体の中に残ってしまっているならばその方が危険だ。しかし楯無の思考は既にまとまらなくなっていて、対抗手段を考える余裕はない。

 

 ただ想像されるのは、これから先の自分がどうなるか。拘束され、誘拐され、その果てに待ち受ける結末。……どう考えてもハッピーエンドにはなりそうもない。

 

 

(助けて、……くん)

 

 闇に落ちようとする意識の中、楯無は誰かに助けを求めた。

 誰の名を呼んだのかは、自分自身でもわからなかったが。

 

 

◇◆◇

 

 

 千冬たちの活躍によって地下特別区画に侵入したISこそ拘束したものの、楯無は誘拐の危機にあり、IS学園のシステムにダイブした箒達もまた外部と連絡がつかなくなり、電脳世界に捕らわれている。

 依然として予断を許さないこの状況。救える者がいるとすれば。

 

――一夏

「はい、一夏くんコーヒー。……って、どうかした? ぼーっとして」

「……あ、すみません。なんかさっきから声が聞こえる気がして。」

 

 いまはIS学園から遠く離れていて、だからこそ襲撃の難を逃れている一夏。

そしてもう一人。

 

『ん? ……この感じは』

「神上くん、どうかしましたか?」

 

 ファング・クエイクを肩に担いでえっちらおっちら運んでいる、神上真宏。

 この二人こそが、勝利の鍵だ。


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