IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第29話「私と戦ってもらう」

「えーっと、ここでいいんだよな」

 

 EOSを試しに使ってみた日から数日後。シャルロットがおニューのとっつきを披露して真宏を元気づけたり、真宏と簪の水族館デートの監視のため楯無に駆り出されたり、白鐵の家出騒動があったりした週末を超えての平日に、一夏は特別外出扱いで授業を休み、とある山の中を訪れていた。手持ちの端末に表示されている地図と現在地、そして目の前の看板を見比べ確認する。それら全てが目的地である白式の製造元、倉持技研の研究所に到着したことを示しているが、どうにも信じ切れていなかった。

 なにせ、ここはまさに山の中。IS学園から電車とバスを乗り継いで2時間。周囲に民家もない、曲がりくねった山道を長々と通ってようやくたどり着いたのだからして、まさかここが科学の最先端を行くISの研究施設であるとはにわかに信じがたい。ここに勤めている人たちは普段どうやって通勤しているのだろう。まさか泊まり込みなのでは。そんな懸念さえ感じられるほどに辺鄙なところだ。

 

「心配しなくてもここが倉持技研で合ってますよ一夏くん。いやーここまで来るのは久しぶりですねえ」

 

 とはいえ、同行者のお墨付きも出たからにはちゃんと目的地に着けたということなのだろう。

 本日の白式オールメンテナンス in 倉持技研は、研究所への行き方がわかりづらい、というか一度交通機関を乗り逃すと別の日に出直さなければならないレベルの辺鄙なところにあるため、道案内にワカがついてきてくれていた。

 噂によれば蔵王重工本社も、IS関係設備を集めた部署はここのような山の中にあるという話。元々同業種なので交流もあったりするらしく、ワカが今回の道案内を千冬から任されたのだという。

 

 改めて見直す、倉持技研の建物。地上構造物自体はさほど大きなものではない。白い壁が特徴的で、まっすぐ立ち上がる四角い匣のような形をしていた。

 

「ほう」

「やめてワカちゃん、それホラーになるから。でも……どうやって入るんだろう。ゲートまで来たのはいいけどチャイムもないし。絶望させればいのか?」

「いやいや、どうやって建物を絶望させるつもりさ」

「うわああっ!?」

 

 ワカと益体もないことを言い合いながらうろうろしていた一夏は、さわさわと尻を触られる感触と突然聞こえた声にのけ反って悲鳴を上げる。

 いつぞや楯無にランプ肉を思うさま調査されてしまったことはあるが、その時のいたずらっぽい触り方と違い、背中からでも劣情がしみ込んでくるようなエロエロしい手つきで怖気が走る。

 

「うーん、未成年のおしりはいいね。一夏君のお尻、取ったどー!」

「変態だー!? あと取られてません!」

 

 さらに、この追い打ち。思わず振り向きざまに叫びもしよう。

 白昼堂々と野外で痴漢行為を働いてきたのは、変態としか言いようがない出で立ちの女性だった。癖のある髪とメリハリの利いたスタイルで、目元を水中メガネで隠していながらも美女とわかる容貌をしているが、その手に持つのはモリとそれに刺さった魚。着ているものは胸に「かがりび」と書かれた名札付きのスクール水着じみたISスーツ。狙いすぎて逆に何を狙っているのかさっぱりわからない、しかし明らかに変態な女性だ。

 ちなみに、そのバストは豊満であった。

 

「あ、ヒカルノさん。お久しぶりです。相変わらず野性的ですねー」

「おおワカじゃん。相変わらずちっこいなー、武装が重すぎてまた縮んだか?」

 

 そしてワカとは知り合いらしい。けらけらと笑う口元にのぞく犬歯が異様に長く女吸血鬼のようでこそあるが、ISスーツを着ていていることやワカとの関係、そして生半可な変態では出没できないだろうこんな山奥に現れたことから察するに。

 

「何やってんですか所長。あなたは存在自体がお客さんに失礼なんですから、とっとと着替えて来てください」

 

 建物の中から出てきた三十代と見える白衣の男性の言うように、倉持技研の所長なのだろう。肩書に反して大分若いように見えるが、すぐ隣でニコニコしているワカが千冬より一つ下の年齢ながら中学生か小学生に見間違えるような容姿ということを考えれば、違和感が消滅していくのがIS業界というものだ。

 

「あ、織斑一夏くんだね。それとワカさんも。申し訳ありません、このような変態で。これでも一応所長なので出迎えに行くと言い出したら止めるに止められず、不愉快な思いをさせてしまいました」

「いやそんなことないです。年上の女性が奇行に走るのは慣れてるので」

 

 束とか束とか束とか。丁寧に頭を下げてくる倉持技研の研究員らしき男性も、この所長の変態的な行動の数々にさらされているのか一夏の言葉に疑問も持たず、しっかりとあいさつしてくれた。以前、夏休みにセカンド・シフトした白式を調査に来た倉持技研の研究員は所長さんに負けず劣らずの変態揃いだったことから考えるに、この人が倉持の良心なのかもしれない。そんなことを考えながら握手する一夏。

 

「いつも大変ですね。……うちにも、イベントとかあるたびに私の分もお仕事してもらってる人がいますけど、今度労っておきましょう」

「そうしてあげてください。子供と一緒に出掛ける予定が毎度パーになると嘆いてましたから」

 

 そして聞こえてくるワカのつぶやき。どうやらトップがフリーダムだと下が苦労するのはどこも一緒らしい。

 

「では織斑くん、申し訳ありませんがこのダメ女を着替えさせてきますから、しばらく応接室で待っていてください」

「私が案内します。行きましょう一夏くん」

「あ、はい。わかりました」

 

 研究員とワカに続いて床も廊下も照明さえ白い研究所へと入る一夏をニヤニヤしながら眺めているだろう所長の視線を背中に感じることで、一夏はその思いをより一層強くした。

 

 

◇◆◇

 

 

「お待たせ、待った?」

 

「はーい竜撃砲いきますよー」

「ちょ、まっ……! まだ離れてないから待って!」

 

「……なんでこの子らは嬉々としてゲームしてるのかしら」

 

 一夏と別れてから30分ほど。ようやく応接室に出向いた倉持技研の所長が見たものは、退屈な時間を一狩りすることで潰していた一夏とワカだった。少々礼を失した行いであるが、それを言うならばいきなり野生児じみた姿で現れる相手も相手。そういう変態はかまえばつけあがる、ということを一夏は幼少のころから束や真宏で知っているのでこんな対応になった。

 

「ま、まあいいや。とりあえず初めまして織斑くん。私は篝火ヒカルノ。倉持技研の第二研究所所長をやってて、ついでに君のお姉さんの同級生ね」

「へー、同級生……って、千冬姉の!?」

 

 ともあれこれでようやくらしくなり、いまさらながら初対面の挨拶となった。スク水スタイルのISスーツに水中メガネのまま、白衣を羽織り足元は猫足スリッパという本当にどうしようもない恰好であるが、その経歴は驚くべきものだった。

 

「え、ひょっとして高校のころの、千冬姉が一番ヤバかったころの?」

「君は君でお姉さんにどういう認識しとるんだね。まあ合ってるけど。確かにあの頃はいつもヤバい殺気放ってたけど」

「じゃあ束さんとも友達で?」

「ははっ、ねーよ」

 

 しかし後半は否定されてしまった。けらけらと笑う顔はさっきまでと変わらないが、しかしなぜだろう。その奥に隠しきれない激情が潜んで見えるのは。

 

「友達ってーいうのは対等な相手だけだよ。織斑千冬と篠ノ之束にとって友達たりえるのは、お互いでしかないの」

「へー、でもワカちゃんは?」

「私は千冬さんとお友達ですよー、ビシガシグッグもしましたし。ヒカルノさんは野心家ですからね。ずーっとあの二人に下剋上狙ってたんで、勝つまで友達にならないらしいです」

「私とあなたのお姉さんは友達じゃないけど、私の友達とあなたのお姉さんは友達なの」

「大体そんな感じです!」

 

 そしてヘーイとハイタッチするヒカルノとワカ。なんだかんだ言いつつも結局この人も割と軽い人に思えるのはワカのせいだろうか。

 

「ま、いいじゃないの。それよりそろそろISをオープンしてくれるかな。ダメージ修復とシステムの最適化、それからデータ採取するからさ」

「わかりました。起きろ、白式」

 

 ともあれ、たとえ変態であってもなんだかんだで仕事はちゃんとこなすのがこの世代の特徴、というのが一夏の認識だ。ヒカルノが呼びだしたメンテナンスマシーンから延びる六本のメカアームが操縦者の下心を反映するようにわきわきいやらしく動いているのに不安を覚えながらも白式を展開し、その身を預ける。

 しかしながらどうやらこの年で所長を務めているのは伊達ではないようで、診断結果はすぐに出た。曰く、ダメージ蓄積が大きく一度白式を預け技術者側でメンテナンスをする必要がある、とのこと。

 

「つーわけで、釣りでもして時間潰してきてくれるかな。近くの川、いっぱい釣れるよ」

「はあ、そうですか。じゃあ行ってきます」

「あ、私も行きます。……ここにいるとうっかり白式にグレネード持たせたくなっちゃいますから」

 

 なんか既にワカが引率者なのかそれとも一夏が面倒見ているのかわからなくなりつつあるが、とにかくいつぞや夏休みにも顔を見た研究者が混じった倉持の一団に白式を任せ、一夏とワカは竹竿一本を手に研究室を後にするのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「一夏くーん、虫捕まえてきましたよー」

「ありがとう、ワカちゃん」

 

 たどり着いた近くの川というやつは、なかなかにいいところだった。大きな岩がごろごろしていて、岩陰や上流から流れが注ぎ込むところなどいかにも狙い甲斐のあるポイントが多くわくわくする。川の上に張り出した枝の葉がこすれる音も涼しげで、絶好の釣り日和だ。

 そんないい場所だからか、さっきも釣り人とすれ違った。サングラスで隠した目元に傷があるように見える人で、何より目を引いたのはすれ違いざまに見たジャケットの背中に書かれた「祈願 日本全国釣り行脚」という文言。普段は何をしている人なのだろう。

 

「このあたり色々いましたよー。ゾナハ虫にー、ボンボエリカ虫にー、なんか透き通った微生物みたいな蟲にー」

「……全部元いた場所に戻してきなさい」

 

 まあ、IS研究機関のお膝元なので、ひょっとしたらこの川にもとんでもないクリーチャーがいたりするかもしれないので気を付けよう、とも思うのだが。

 とにかく一夏は、ワカが捕まえた虫を元の場所に戻しに行っている間に自分で捕まえた虫エサで水面に糸を垂らす。実に、平和なひと時だ。

 

 こうして落ち着ける時間があると、IS学園に入ってからのことが思い出される。箒や鈴との再会に始まり、セシリアと仲良くなり、シャルロットは自分が男装していたことを暴露し、ラウラにキスをされ、楯無にはセクハラをされた。

 なんだかんだでずっと一緒であった真宏はようやく春が来たようで、簪と仲睦まじくしている様子は見ているこっちまで嬉しくなってくる。いろいろ襲撃に次ぐ襲撃があって大変なことも多かったが、それでも楽しかったのは間違いない。悔いのない、幸せな学園生活を送れていると自信を持って断言できる。

 

「一時間幸せになりたければ酒を飲みなさい。三日間幸せになりたければ結婚しなさい。……そして、永遠に幸せになりたければ」

 

 できるのだが、なぜか山間に響く妙に聞き覚えのある謎の声とかに話しかけられたりすると、さすがに少々げんなりしてくるのである。声にはエフェクトが掛かっていて出所はわからないが、ちょうどタイミング良く竿に引きが。あーそっちかー、とか半眼になりつつも、一夏は一応のお約束として力いっぱい竿をしならせ獲物を引き上げる。

 見通せない水の中にはきっと大物が掛かっていたのだろう。水を盛り上げざばあと宙に舞ったのは。

 

「釣りを覚えなさーい! ……って、針痛いー!?」

「……」

 

 口の中から竿に繋がる糸を生やし、貝殻水着に魚の下半身をした篠ノ之束その人であった。

 

「痛い痛い痛いー! いっくん取って取ってー!」

「ああ、はいはい。わかりましたからおとなしくしてくださいねー。……それっ」

「あひんっ!? うぅ、ちゃんとガードするつもりだったのに思いっきり刺さっちゃったよー。……ねえいっくん、束さんの唇超痛いからべろちゅーで傷口舐めて?」

「え? なんだって?」

「……いっくんの耳、束さんが治療したほうがいいのかな。この都合のいい突発性難聴、箒ちゃんがものすごい苦労してる気がするよ」

 

 いつも通り世迷言しか言ってないので放っておくとして、いったい何をしに現れたのだろうか。

 

「いやー、風の噂で今日いっくんがお出かけするって聞いたからさー。せっかくなんで最近作ってみたパッケージのお披露目を。これねー、水中活動用パッケージ<イーアネイラ>っていうの。水中をマグロより早く泳げるようになるんだけど、気を付けないと博多弁をしゃべっちゃいそうになるのが欠点なんだよ」

「どういう欠点ですか、それ」

「任侠と書いて、人魚と読むきん!」

「それ広島弁とかそっち系じゃないですか?」

 

 どうやらこれまた意味もなく、作ってみたものを自慢しに来ただけらしい。結構きれいなしっぽで腰かけている岩をぴたんぴたん叩きながら、無駄に上機嫌なご様子だ。

 岩の上でむにゅんと形を変えるおっぱいの上を水滴が滑り、その上には頬杖をついた蕩ける笑顔を載せてこっちをにこにこと見つめている、水も滴る美女。それだけならばドキドキするような状況なのだが、何を考えているかわからな過ぎる人なので一夏はどうにも警戒が抜けずにいた。

 

「ところでいっくん、最近調子はどう? まーくんもそうだけどISがセカンド・シフトしたわけだし、そろそろ体が作り変えられて可能性の獣になったりする頃合いじゃない?」

「そうなったらなったで楽しそうですけど、生憎と変わりないですよ。楽しくやってます」

「なーんだ、つまんなーい。……ま、まあそれはそれとして、箒ちゃんはどうかな。束さんのこと、何か言ってた?」

「いえ、何も」

 

 などと、益体もない世間話をするばかり。なんだろうこの珍しさは。束とまともに会話が通じたことも珍しければ、思わせぶりなことを言わないのも極めて稀なことだ。真宏あたりとは普段から割としょうもないことばかり話しているようなのだが。

 

「んー、まあいいや。それじゃあ束さんはこれで。いろいろ気を付けてね、いっくん」

「……いろいろ?」

 

 そして、本当に何しに来たのかわからないまま束はざぶんと川に飛び込んで姿を消した。結局最後に思わせぶりなことを言っていたのでいつも通りで安心できるのだが、同時にまた何かしらろくでもないことを企んでいることも確実なので、一夏は知らず右手首をさする。いつもならばそこにあるはずの白式の感触がないことが、今は無性に頼りなかった。

 

「なに、ISがないと落ち着かないかな、少年」

「うわっ!? な、なんだヒカルノさんですか」

「私もいますよー」

 

 一夏のつぶやきを盗み聞き、今度はヒカルノとワカが現れた。虫を戻しに行ったワカと合流したのだろうか。ひょいひょいと岩の上を飛び移って一夏の隣にやってくるヒカルノ。研究職の割にしなやかな体の動きで、そのたびに胸元がぷるんぷるん揺れて実に目のやり場に困る。ちなみに同じくぴょんぴょこ飛んできたワカは全く揺れなかった。髪の毛はふわふわなびいて可愛かったが。

 

「む、他の女の匂い。さては、浮気ね!?」

「ワカちゃんも釣りする? 餌はまだあるよ」

「あ、いただきます。ヒカルノさんもどうぞ。専門分野がまだ出番なくて暇だから来たんでしょう?」

「……この子らスルースキル高すぎじゃね?」

 

 一夏だけならまた違ったのかもしれないが、ワカもいるせいでどうにも自分のペースに引き込めないヒカルノは泣く泣く餌をもらって糸を垂らした。実際今は研究所にいても部下の邪魔をして遊ぶくらいしかすることがないのだ。

 

「さて、せっかくだからISについてのお勉強でもしておこうか一夏くん。ISソフトウェアについてはどのくらい知ってるかな?」

「えーっと……確か、装甲や武装をハードとした場合のソフト、というか機体ごとにカスタムされたOSや個性を司るAIみたいなものですよね。先天的な好みがあったり、無限情報サーキットにデータを蓄積することによって独自の進化を遂げていくとか」

「大体合ってますね。さすが一夏くん」

「……や、何かを致命的に間違えてる気がするんだけど。そーいうのはワカのところの神上くんだっけ、あの子の場合でしょうよ」

 

 並んで釣り糸を垂らしながらの会話としてはメカメカしすぎる気もするが、この三人の共通の話題と言えばまずはIS。まして一夏は中でもとびきりの素人であることを考えれば、こういった講義じみた話にもなろうというものだ。ヒカルノとしては、一夏が思っていたよりはしっかりと知識を持っているようだが、何となくその傾向が偏っている気がしてならない。

 

「まあいいや。ちなみに無限情報サーキット……じゃなかった非限定情報集積(アンリミテッド・サーキット)っていうのはコア・ネットワークに接続するときの特殊権限ね。普通のコンピュータネットワークにコレで入ったらハッキングし放題よ」

「へー」

「ネットを見るとき便利ですよね。パソコンに手をかざして、はーってやるだけでニュースとか頭の中に入ってきますし」

「……ま、まあそういう良い子は真似しちゃいけない使い方は置いといて、一夏くん。ISのコア・ネットワークとは?」

「宇宙空間で恒星間レベルで距離が離れたIS同士で情報を交換するための星間通信プロトコルで、頭上に黄金立方体が浮いてるコトダマ空間を通してウルトラサインを飛ばすんですよね」

「……一夏くんのISに対する認識がすごく不安だわ」

「あれ、違うんですか? 私も真宏くんからそういうものだって教えてもらいましたけど」

「なんでワカまでその情報信じてるの!? 今度神上くん連れてきなさいよ! 話さなきゃいけないことあるみたいだから!」

 

 倉持技研の研究員がいれば、傍若無人なことにかけては右に出る者なしな所長が翻弄されていることに驚きの声も上がっただろう。だが生憎とここにいるのは一夏とワカのみ。地の利は一夏とワカにあった。

 結果として、話が途切れればまた川のせせらぎに耳を澄ませ、吹き渡る風の心地よさにため息をこぼすだけである。

 

「まあいいや。でも、さすがにコア・ネットワークでIS同士の情報交換だとかデータバックアップが存在することは知らないでしょ」

「情報交換に、バックアップ?」

「やたっ、一個勝った。これはね、たとえば君の白式が暮桜のワンオフ・アビリティの情報を継承したり、白騎士の特殊機能を再現したりするのに使われてるんだよ」

「……」

 

 風が少し冷たくなった、と一夏が感じたのは錯覚であったか。いかにも楽しそうな口調で解説してくれているが、ちらりとのぞき見たヒカルノの目にはギラギラとした光が宿っている。獲物の喉笛を食い破ろうとする獣に睨まれているような緊張感に、竿を握る手に汗がにじむ。

 

「あ、一夏くん引いてますよ!」

「え? うわわっ」

 

 そんなタイミングで魚がかかったものだから、すっぽ抜けさせそうになりながら慌てて竿を上げる。一瞬また人魚が釣れるのではないかと危惧したものの、実際に釣り上げられたのは渓流魚らしいカラーリングに白い斑点が浮かぶ大きな岩魚。塩焼きにしたら実に美味そうだった。

 

「おー、やるじゃん」

「美味しそうですねー」

「グレネード焼きだけは勘弁してねワカちゃん」

 

 ぱちぱち、と拍手されつつ魚籠に入れ、次の餌を針につけて再び糸を垂らす。

 そこで再びヒカルノを見れば、上機嫌に糸の流れる先を眺めている。さっきまでの剣呑な雰囲気は、きれいさっぱり消え失せて。先ほどのあの目が気のせいだと思うほど一夏は呑気な性格をしてはいないが、あえて蒸し返すこともない。何より道案内を名目に護衛しに来てくれているのだろうワカもいるのだから、平和に済むうちは事を荒立てないに限る。一夏はそう納得することにした。

 

「で、それからね一夏くん。私がISソフトウェアで何してるかというと、ISの調教してるのよ」

「調教っていうと……白式に射撃武装使うよう説得したりとかですか?」

「そうそう、そんな感じ。白式は特に気難しい性格しててねー。どれだけなだめすかしても雪片しか使ってくれないのよ。一途にもほどがあるっての。ちょーっと射撃武装おススメしただけなのに、モニタいっぱいにBABELBABELBABELって拒否メッセージ出すんだもん」

「それヤバいOS乗ってませんか。でも、なんかすみません」

「それならどうでしょう、うちに任せてみません?」

「蔵王がやってるのは調教じゃなくて洗脳のレベルでしょうが。信じて送り出したISコアが蔵王重工のグレネード教育にドハマリしてグレオン重装甲化するなんて、誰が予想できるってのよ……」

 

 まあ、ヒカルノはヒカルノで突拍子もなさすぎる周囲のメンツに翻弄されているようなので、あまり心配はいらないのかもしれないが。願わくばずっとそう思っていられるといい。そう思いながら、一夏は揺れる竿先を見つめていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ねえ真宏、キョウリュウゴールドは大丈夫だよね? 死なないよね?」

「……難しいな。あの性格ならギャグキャラ補正で生き残れる可能性は十分にあるし、既に一度死んだようなものとみることもできるが……」

 

 こう言ってはなんだが、一夏がいないIS学園は至って平和だ。授業や休み時間の度に一夏を巡るバトルさえ勃発しなければヒロインズも実はお互い仲が良く、騒動の一つも起きはしない。なので俺もこうして、合同講義後の休み時間に心置きなく最近の特撮事情を簪と語り合える。

 今日の議題は戦隊追加戦士について。クール系と見せかけて実は超オイシイキャラだと判明した金色の彼である。

 

「専用ロボが恐竜の追加戦士は、死ぬからなあ……」

「で、でもそれを言うならそもそも全体的に恐竜モチーフだし、今年はあと3人くらい出てくる他の追加戦士だって」

「すでに出た一人は元々幽霊だし、『たとえ恐竜系でもプテラは危ない』だろう」

「うっ」

「まあでも、きっと大丈夫だろう。なんだかんだで伝統に則って一度死ぬけど蘇るくらいのことはしてくれるさ」

 

 などなど議論は熱くなる。

 ちなみにこうして簪と一緒にいるのは好き好んでしているというのともう一つ、現在IS学園の専用機持ちは二人以上での行動を義務付けられていることによる。……義務によるんだってば。だから「はいはい義務ですね義務ですね口実ですね」みたいな顔で見るな同級生たちよ!

 まあそんなこんなで現在のIS学園では一夏と会長という例外を除いて専用機持ちは複数名が揃って行動している。フォルテ先輩とダリル先輩は以前の事件直後に話をしたときは割とぴんぴんしていたようだったが、現在国に帰ってISを整備中なのだとか。

 

 そして実は、この二人の動きが少々気になっていた。

 なにせ、この二人は一夏と俺が入学するというイレギュラーが存在しなかった前年度以前の専用機持ちだ。同級生や会長と比べると接点は少なかったが、純然たる実力を認められて専用機を任されIS学園に送り込まれたこの二人もすごく強いということは噂に聞いていたし、タッグとしての完成度もおそらくあの時点で一番高かった二人は、自分たちを襲ってきた無人機を早々に片付けて他の専用機持ちのフォローに回ったらしい。それでもなおISのダメージレベルが高くはないと、事件直後に語っていたのを直接聞いた。

 しかしふたを開けてみればご覧の通り、元々割と怠け者な二人は休みだヒャッハーとか言いながら国へ帰っていっている。

 あとその辺の噂を調べる過程で二人がデキているという話も聞いた。まあIS学園ならよくあることだろう。普段はそうでもないが、放課後にちょっと人気のない廊下を歩いていたりすると、すれ違う女生徒二人組が妙に赤い顔で今さっき繋いでいた手を離したばかりですみたいな様子に出くわすこともあるし。

 

 ともあれ先輩らの動きに関しては、きな臭いというのが正直な感想だ。

 確かにISの、しかも専用機ともなれば貴重どころの話ではない。事件に巻き込まれて損傷したとあらば万全を期すために手元に戻して修理点検をするのは至極当然なことと言える。が、それだけでは済まないのがいまのIS学園。

 ことあるごとに襲撃され、無人機まで襲来し、タッグトーナメントでは無人機のコアの内いくつかが回収されている。っつーか白鐵の中にも一つあるし。なんか調査してもコアの痕跡はよくわからなかったらしいのでIS学園としても黙ってることにしたらしいものの、よくよく考えれば白鐵はコア持ちの自律型ユニットで無人機と似たようなものと言えなくもない。よからぬことを企む輩に狙われる理由は十分ある。

 

「真宏、どうしたの?」

「……ん、いやちょっと社会情勢と今後の地球の平和について考えてた」

「そう。……無理はしないで。何かあったら、私も力になるから」

 

 簪との話の雰囲気が少し変わる。更識家という諜報関係の家で育ったからか、当主こそ会長であるものの簪もそういった方面への理解は俺より優れているだろう。今のIS学園が置かれている状況の危うさはきっと肌身で感じていると思う。

 そんなとき。

 

「!? なに、電気落ちた!?」

「防御シャッターに隔壁まで下りたわよ! はさまれてる人いない!?」

 

「……ひょっとして、フラグだった?」

「いや、さすがに俺らのせいじゃないだろう」

 

 唐突に照明から電光掲示板まであらゆる電源が落ちて、防御シャッターが外部と校舎内を完全に隔離し、真っ暗になった校舎のあちこちからざわざわと不安げな声が上がり始めた。一寸先も見えない闇の中、うかつに動き回る生徒はIS学園にはいない。携帯電話なりなんなりで明かりを確保しつつもじっとしているのはさすがの冷静さだ。

 そう思っていると、手が何かに包まれる感触が。目を向ければ、漏れてくる光にうっすらと照らされる簪の手が俺の手を握っていた。

 

「……大丈夫。なんとかなるさ」

「うん。そう、だよね」

 

 気楽に笑って簪の手を握り返し、状況は飲み込めないながらも事態は動き出す。

 周囲の生徒たちは「ついにイベントがなくても襲撃されるようになった! ……じゃあせっかくだし宴会しようか!」と条件反射で各々の机の中からお菓子やらジュースやらを引っ張り出して懐中電灯に照らされたちょっとわくわくするシチュエーションでの宴会に入り、プライベート・チャネルからはセシリア達から安否を確認する声と、千冬さんからの合流指示が飛んでくる。

 

『専用機持ちはすぐに地下のオペレーションルームへ集合しろ。マップは今から転送する。ルート上の隔壁は強羅に破壊させる。行けるな、神上』

「任せてください。一緒に行こう、簪」

「うん、わかった」

 

 どうやらまた事件のようだ。それも、学園のシステムを全体的にダウンさせるなどというかつてない規模で。今度も気合入れていこうじゃないの。

 

 

『隔壁破壊は任せろー』バリバリ

「やめなさいよ!」

 

 で、さっそく他のメンバーの進路をふさいでる隔壁ぶち破りに行ったら鈴に思いっきりツッコミかまされた。さすが鈴、よくわかっている。

 

 

◇◆◇

 

 

「作戦を説明する」

 

 そのネタ前に一度やりませんでしたか、とツッコミたい気持ちを抑えた俺、エライ。

 などと口をはさむ余裕がないくらい真剣な千冬さんと山田先生の口から説明されるIS学園の現状と、それに対するラウラ達専用機持ちの疑問。

 IS学園は現在外部からのハッキングを受けてシステムダウンに陥っており、閉じ込められた生徒たちの生命維持に支障が出るレベルではないものの、原因の排除とシステムの復旧は急務である、と。

 まあ、どうやって外部から独立したシステムに干渉してきたのか、とか目的はなんなのかというのも気になるところなのだが。いずれにせよ、俺達が把握している現状というのは千冬さん達から聞かされることが全てであり、それに対する対処もまた提示されるものに従うのがベストなわけで。

 

「それでは、篠ノ之さん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんに学園のシステムへ電脳ダイブしてもらいます。更識簪さんはバックアップをお願いしますね」

 

 ……なんでそんな楽しそうな役に俺が選ばれないのかなあああ!

 

 

 どやどやとアクセスルームへ向かった箒達の後に、名前を呼ばれなかった会長が残った。普段通りにこにこと笑ってはいるが、目だけはどこまでも冷徹で真剣そのもの。それは針を秘めた真綿のように緊張感を漂わせる、更識家当主の目。

 

「更識、お前には別の任務がある」

「お任せください」

「おそらく、学園のシステムダウンに乗じて別の勢力が来る」

「迎撃ですね、お安い御用で」

「あいつらは戦えない。厳しい防衛になるだろうが……任せるぞ」

「大丈夫です。私は楯無ですし、何よりIS学園の生徒会長ですから」

 

 更識の名を持つものとして培った全ての力を使い、その上でなおIS学園の生徒会長としてみんなを守る。そう告げて、ぺこりときれいなお辞儀をしてオペレーションルームを颯爽と後にする。その背を見つめ続ける千冬さんの表情は、しかしどこまでも苦々しい。

 

「また、生徒を戦わせることになるのか」

「……」

 

 自然と握りしめられる拳。子供を戦わせるなど、あってはならない。どれだけ後悔してもし足りない、という無念がありありと感じられた。

 ……ただ。

 

「……それを聞かせるってーことは、俺は生徒扱いされてないということなんでしょうかね?」

「い、いえそんなことは!」

「まあ、お前だからな」

 

 そういうのは生徒がいなくなってから言うべきだと思います!

 

 

 どういうわけか俺はこの部屋に残っていたりするんだな、これが。俺も電脳ダイブしたかったのに何故かメンバーに選ばれず、かといってISが無事だから会長と同じく前線に駆り出されるのかと思ったらそうでもなし。せっかく会長とちょっと迎撃の打ち合わせしたのが無駄になったじゃないですか。

 扱いの適当さはいつものことながら、さて今日は一体何をやらされるのやら。

 

 ……などとのんきに構えていたせいだろうか。

 

「安心しろ神上。お前にももちろん役目がある。お前は……」

「それがどんなものにせよ、どうして逃げられないよう両肩掴むんですか」

 

 超美人である千冬さんに殺気漂うマジ顔で正面から顔を覗き込まれてすんげービビる羽目になり。

 

 

「お前は、私と戦ってもらう」

 

 

 ざーっ、と頭から血の気が引いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 耐刃耐熱耐衝撃機能付き。ISスーツと異なり頭以外の体表面全てを覆い、それでいて体の動きを邪魔しない戦闘用のボディースーツは既に着込んだ。ブーツのベルトは念入りに締め、ズレないことを確認する。これで防具の準備は完了。

 お次は武器。壁に掛けられた刀を鞘から抜いて、なぜか手の甲についているマウント用の金具にセット。両手に3本ずつで合計6本。IS用物理サーベルを生身向けに細く仕上げたものを装備する。

 最後は、髪。着替えるにあたっていつもの首の後ろで縛っていたのを解いてあるが、そのままにしておくのは邪魔に過ぎる。どうするか一瞬だけ迷い、紐で後頭部にまとめて縛った。

 

 

「その髪型にするのも久しぶりですね。昔を思い出しますよ。……千冬さんがするとポニーテールってかちょんまげに見えるんですが」

「そういえばブレードの切れ味を試していなかったな。おやこんなところにちょうどいい巻き藁代わりが」

「すんませんマジ勘弁してください!」

 

 と、いう一連の支度を終えて武器庫から出てきた千冬さんを出迎えたらさっそく軽口が出てしまい、目の前をぴゅんと走る剣光の冷たさにぞっと鳥肌が立った。ちなみにこういう場合はできるだけ動かないのが正解だ。千冬さんの見切りは完璧なので、動きさえしなければ薄皮を斬られるくらいで済む。子供のころから何度となく実演されてるので身に染みているのだった。

 

「つーか、言葉はちゃんと使ってくださいよ。私と『一緒に』戦ってもらう、ならあんなにビビらなくて済んだのに」

「お前がいつも調子に乗ってばかりいるからだ。……それはいいとして、その手に持っているものはなんだ」

「いえ、やっぱりマスクもあった方がいいかなーと思いまして、ブレードの持ち方に合わせて、一本角に右目を塞いだロボマスクを用意させてもらって、て蹴ったー!?」

 

 そんな恐怖にもめげず、万が一のことを考えて用意したマスクはしかしお気に召さなかったようで、通路の彼方へ思いっきり蹴り飛ばされてしまった。なんということを!

 

「仕方ないですね。それじゃあこちらの方を」

「今度はまた偉くヒーロー物のようだな」

「はい、機動侍です。これを被っている限り絶対死なないという加護がかかっています。……後輩に受け継がせると100%死にますが」

「それは逆に縁起が悪すぎる!」

 

 そしてもう一つ用意しておいた方もぶん投げられてしまった。千冬さんのことを思って用意したのに! まあこの場合、千冬さんにこのマスクを託した俺が死にそうだけど!

 

「まったく、お前は本当に昔からどころかいついかなる時でも変わらないな。……なんなら山田先生の手伝いではなく私と一緒に来るか?」

「ハッハ、ISに生身でケンカ売るとかいくら俺でもやりませんよ」

「……何故かはわからんが、お前にだけは言われたくないぞ」

 

 などという一幕もあったものの、どうやらこれが今回の俺の役目だ。おそらく会長が迎え撃つのとは別ルートで侵入してくる相手を千冬さんが迎撃に向かい、釣られて来た相手を山田先生とともに仕留めるという。強羅を前面に出せればいいのだが、今回ばかりは予想される相手の実力と狙い所がマズ過ぎるそうだ。

 であるならば、俺は俺の役目を果たすだけだ。それしかできることがないというのは、少々辛いところだが。

 

「本当に、気を付けてくださいね千冬さん。もし千冬さんに何かあったら一夏は傷つくし、俺だってイヤですから」

「私の心配をするとは、偉くなったものだな。安心しろ、私はこれでも世界最強だからな」

 

 そうやって、普段は嫌ってる世界最強の称号を自分で使うところが不安なんですよ。

 思いはしても口には出さず、靴音を響かせて接敵予想地点へ向かう千冬さんを少しだけ見送って、俺も山田先生の待つトドメゾーンへ急ぐ。こんな面倒な事件、とっとと片づけるに限るからね。

 

 

 学園のシステムを復旧させるため、箒達が電脳世界へと向かっている。

 火事場泥棒を狙っているだろう敵勢力の前には会長が立ちはだかっている。

 それをすら囮に本丸へ侵入してくる敵は、千冬さんと俺と山田先生が相手をする。

 

 そして最後に、狙い澄ましたようにピンポイントで今日、IS学園を離れている一夏。

 

 今日もまた、IS学園に戦火が舞おうとしていた。


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