IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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ここからは、原作8巻以降のエピソードに沿った原作ルートとなります。
27話のあとから派生した別ルートという形ですので、「原作編」のあとからのスタートです。


原作8巻以降編
第28話「胡蝶の夢」


「くっ……!」

 

 ボロボロの装甲、尽きかけたエネルギー。体を支えているのはただ一つ、この期に及んでなお諦めることを知らない心が燃やす正義のみ。宇宙空間に浮かぶ巨大要塞はいまや構造全てが流体金属と化し、その中に取り込まれた一夏の前後左右上下、全てが敵の体の一部となった。まさに、巨人に飲みこまれてしまったのにも等しい状況にある、絶体絶命の大ピンチ。つーかこいつのこの有様、色々取り込んで進化していってる感じが不穏過ぎる。一夏は自分自身浸食されないかと気が気ではない。

 

「見たかオレの力を! 人類は火山にミサイルを突き刺して引き起こした破局噴火で滅亡だ! 世界は全て溶岩の海の中に沈んだのだ!」

 

 勝ち誇るのは、遥か昔に宇宙から地球の衛星軌道上へと飛来していたISコアの主、ザ・ワン。吊り上った眼と伸びた爪、大きく裂けた口が作る凶悪な面相をさらに歪ませ、喜悦に浸って人類を嘲笑する鋼の悪魔である。

 

「だがお前の本当の両親は生きている!」

「なに、俺の本当の両親!?」

「そしてお前が人類を救う最後の希望なのだ!」

「いや待てさっき滅亡とか言ったよな!? どうなってんだよそれ!」

 

 なんかそろそろ敵のボスが言うことが支離滅裂になってきたが、それすなわちクライマックスが迫っている何よりの証拠。残っていた伏線を限りあるページ数で解説しようという、ソードマスター的展開に違いあるまい。

 そこらを漂う小惑星に墓標のように突き刺さっている白鐵が示す真宏の死を無駄にはできない。ここで勝たねば男がすたる。一夏はその強い思いを頼りに、千冬から借り受けた暮桜の雪片と、白式の雪片弐型が融合し、なぜか炎の剣的なビジュアルになった究極剣、凄乃桜を握り締める。

 

「一夏!」

「箒! それに、みんなも!」

 

 しかし一夏は一人ではない。最終決戦前に告白をぶちかますという立派な死亡フラグを立てながらも、しっかりと生き残った箒達ヒロインズがここに終結。なんか今もいろいろくっちゃべってるラスボスにビームの一つも当てて黙らせて、一夏をそこから救い出す。

 

「見ろ一夏! 愛の力でポニーテールが超伸びたぞ!」

「私もツインテールが伸びたわよ!」

「わたくしは髪がより一層カールしましたわ!」

「ありがとう箒、鈴! あとセシリアは普通にラプンツェルっぽいな!」

 

 伸ばされた髪の導きで死地を脱した一夏達。さあ、ここからは反撃だ。

 

「よし、みんなのISを合体させてコンフュージョンアタックだ!」

「わかった、任せて一夏!」

「私たちに不可能はない!」

「おのれ、そうはさせるか!」

 

 手を重ね合わせ、無限のエネルギーを生み出す一夏達に迫るラスボスの魔の手! 絶体絶命の大ピンチ!

 しかし!

 

「うおおおおっ! 衝天七星!」

「ぐわあああ!?」

 

 間一髪! 一夏の必殺剣がラスボスの体を真っ二つに切り裂いたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「……こうして一夏達は宇宙要塞を脱出してだな」

「もうやめい」

 

 時折手に持った法螺貝をぷぉ~と吹いて合いの手を入れながら、情感たっぷりに繰り広げられていた俺の独演会が一夏のツッコミで中断される。法螺貝も取り上げられたし。ちぇー。

 

「話があるっていうから何かと思ってきてみたら……それが寝込んでる間に見た夢か?」

「ああ。夢か幻か、あるいはありえた別の世界線での話が電波に乗って来たのか……」

 

 俺は至って真面目なつもりだったのだが、しかしそんな世迷言に付き合うのは一夏にとって慣れたものだったらしい。呆れたような表情で、でもどこかほっとして見えるのは俺がようやく調子を取り戻したからだろう。

 ちなみに夢の中の俺はすでに死んでいたようだったが、白鐵に残った魂が残留思念となって一夏に呼びかけ、必殺技を食らっても辛うじて生きていたラスボスへの最後のトドメとしてさらに俺の魂入りの白鐵が白式に合体するという素敵展開が繰り広げられる予定だった。

 

「コノシュンカンヲマッテイタンダー! 一夏ぁ、受け取れぇい!」

「おい待て、なんで取り込んだ敵のエネルギーから真宏の顔が生えてるんだよ!?」

 

 こんな感じで。

 

 

「ロマン魂の副作用か。アレで三日も寝込んでたわけだもんなあ」

「その間に夢だけじゃなくて別の世界も垣間見たような気がするけどな。……むしろ俺の体感としてはあの事件が三日どころじゃなくて1年半くらい前のことのように思えるぞ」

 

 いま俺達がいるのは俺の部屋であり、なおかつ俺はベッドから身を起こしているといういかにも病人のような扱いだったりする。

 それもそのはず、俺は先日発生した専用機持ちタッグトーナメント襲撃事件以来、三日に渡って意識を失っていたらしい。その間何故か別世界での出来事をずーっと夢に見ていたり、そのせいで一夏達の顔付きが変わって見える気がする。具体的に言うと、オーメストラーダ社っぽい顔。だがまあ気のせいに違いない。まさしく胡蝶の夢というやつだろう。うん。

 昏睡状態に陥った原因は、寝ているうちにいろいろ調査に来てくれたワカちゃん率いる蔵王重工チームが調べてくれた。その見立てによれば、強羅のワンオフ・アビリティ<ロマン魂>の副作用だそうだ。テンションの赴くままに俺の精神をエネルギーに変換してくれる便利かつ強力な能力なのだが、その代償として心がえぐられ、蓄積した疲労とともに俺の体をノックアウトしたのだろうと。

 とはいえその三日間、襲撃当日の夜に……まあ、あんなことをしでかしてしまった相手である簪が看病していてくれたとのことで、目覚めたのは丸一日後。その後簪と話したり失われたロマン成分補給をした結果、もうすっかりよくなったわけなのだが。

 

「その辺はさておき、もう元気になったみたいだな、安心したぞ」

「ああ、心配かけて悪かった。明日からは授業にも出られるらしいから、これで元通りだ」

 

 そして、ようやく俺も完全復帰できる。強羅がセカンドシフトしたり白鐵という自律ユニットが現れたりダーク強羅のコアを食べたりといろいろあったが、とにかく今はみんな無事だったことを喜ぶとしようじゃないか。

 ……どうせまた、遠からず何かの事件は起きるだろうから、ね。

 

 

◇◆◇

 

 

「で、簪。教えてもらえるかしら?」

「あう……」

 

 放課後の学食にて、テーブルを囲む6人の少女。授業が終わった解放感に浮かれるでもなく、それぞれ用意した好みの甘味にも手を付けず、5人分からラウラの眼帯分を除いた9つの無駄に真剣な視線が集中し、簪は思わずたじろいだ。

 簪を囲むのは箒達。ここに一夏と真宏が混ざれば一年生専用機持ちが全員揃うことになる、ある種の異界。そのただ中の簪は、実のところ箒達のみならずさらにもっと多く、学食中のIS学園生の注目を集めていた。

 

 IS学園で一番嬉し恥ずかしい告白をされた生徒。

 それこそが、今の簪を評するのに最も的確な言葉だった。

 告白を受けたはいいとして、ではどう答えたか。それは、今日まで三日間眠り続ける真宏を甲斐甲斐しく看病し、目覚めてからも消耗したロマンを補おうと仲良くいろいろアニメやら特撮やらのDVD鑑賞会を開いたと既に新聞部にすっぱ抜かれているので察せられようというもの。

 今IS学園で最もホットな話題の渦中にいるのが、更識簪という少女なのだ。

 

「ほらほら、鈴。目が怖いよ。ごめんね簪さん。……たぶん想像ついてると思うけど、よかったらその……真宏の、というか真宏とのことを教えて欲しくて。せっかくだし、あったかいもの、どうぞ」

「……あったかいもの、どうも」

 

 シャルロットから渡された謎のあったかい飲み物を一口すすり、ちらりと上目遣いに視線を向ける簪。箒達の目は限りなくマジだが、決して悪意はない。おそらく既に簪が真宏の告白にどういう返事をしたか、行動から理解してライバルにならないと安心してのことだろう。

 そしてそのうえで、IS学園における男女交際のあり方を一つご教示願いたい。それが彼女らの願望であり、このテーブル周囲で聞き耳を立てているその他大勢の総意に相違あるまい。なんちゃって。

 

「……なにかいま、一夏並みにくだらないダジャレが発せられた気もするが、実のところどうなのだ。真宏は見ての通りある種の変態だが……その、大丈夫なのか? 24時間特撮DVDマラソンにつき合わされたりしていないか」

「無理しちゃだめよ。いいヤツなのは私が保証するけど、それ以上にロマン馬鹿なんだから、あいつは。裸ワイシャツとか手ブラジーンズを望まれても断っていいんだからね?」

「付き合いの短いわたくしでも、真宏さんがどういう方だかは大体わかりますわ。……あんなワンオフ・アビリティに覚醒したのですから、これからブレイブすぎるくらいに荒れるに決まっていますもの」

 

 などなど、真宏に関する評価は高いのか低いのかよくわからない。

 いつもテンション高めで前向き。シリアスな雰囲気をぶち壊し、ついでに敵が強くてボロボロになろうとも実はなんだかんだで勝っているヒーロー体質。

 それこそ簪が大好きな、真宏という人間だ。

 

「……あー、なんかもう聞く必要ない感じ?」

「ごちそうさま、というヤツだな」

「真宏さんに春が来たのですわね……感慨深いですわ」

 

 真宏を思うと胸が温かくなる。自然と浮かぶ笑顔と赤に染まる頬。見てるこっちまで幸せになってきそうな簪のその表情一つで、彼女が真宏に抱く真心のほどが知れるというものだ。

 

 真宏が見初めた相手なら心配などいらないと思ってはいた。だがこうして軽くだが話をして、箒達は確信する。

 どうやら簪は真宏ととてもお似合いで、自分たちともいい友人になれそうだと。

 

「では、改めてよろしく頼む簪。今度一緒に模擬戦でもやろう」

「うん。こっちこそ、よろしく」

 

 あんな事件があったすぐ後だが、こうして新しく友達が増えたそのことを、彼女たちはみな心から喜んだ。

 ……そして友情の証の握手を当たり前のようにフォーゼ式にしてしまったことに気付いて、自分たちのあまりの染まりっぷりに軽くめまいを覚える箒達なのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 明けて翌日。

 通常ならば授業をやってる時間ながら、今日は身体測定が行われるらしい。身長体重やら体力測定的なものもやったりするという、ちょっとしたイベントごとだ。朝のHRでそのことを告げられ、早々に体操着に着替えて準備を終えて、まず最初の測定場所である1組の教室へとぞろぞろ向かう1年1組一同。いたって普通の、どこの学校でも行われるだろう行事だ。

 なのだが、実は問題がある。

 

「後生だ真宏! 測定係変わってくれ!」

「ダメですよー織斑くん。病み上がりの神上くんに無理言ってないでちゃっちゃと済ませちゃいましょう」

 

 山田先生に首根っこ引っ掴まれて、教室の隅のスペーサーに引きずり込まれる一夏。

 そう。多分会長あたりの陰謀と千冬さんの黙認により、なんと一夏が女子のスリーサイズ測定係に任命されてしまったのだ。げに恐ろしきは会長よ。一夏に合法的に女体に触れられる状況を与えたらTo Loveるが起きるに決まっているというのに、あえてその役を与えるとは。

 

「そうファントムが生まれそうな顔をするな、一夏。いいものをやろう。目隠しだ」

「おお、助かる! ……そういえば俺が絶望したらどんなファントムが生まれるんだろう。ヴァルキリー(男)かな」

「……何が言いたい?」

「いえなんでもありません、織斑先生」

 

 そして千冬さんまでノリノリだから始末に負えない。スペーサーの向こうから聞こえてくる、渡された目隠し布がスケスケなことに対する一夏の慟哭とそれを聞いた千冬さんの爆笑が哀愁を誘う。

 ……それにしても、目隠しして下着姿の女の子の体に触るとか余計アウトじゃないだろうか。そこに気付かないあたりが一夏ということなんだろうが。

 

「さて、それじゃあ織斑くんも準備がいいみたいですから、そろそろはじめましょう。最初の人、どうぞー」

「ちょっ、待ってくださいまだ心の準備が……っ!」

 

 しかしそこはそれ。既に一夏の扱いに慣れてきたらしい山田先生は軽くスルーして、さっそく測定開始の合図を下した。慌てる一夏の様子もなんのその、カーテンをそっと揺らして誰かが入ってきた気配に一夏はついつい視線を吸い寄せられ、最初は一体誰が、そしてどんな格好で出てくるのかと思わず喉を鳴らし。

 

 

「可愛い女の子かと思った? 残念、俺でした!」

「真宏かよ!?」

 

 上半身裸の俺が入ってきたのを見て全力のツッコミをかますのであった。

 

「期待を裏切って悪かったな。でもさすがに男が女の子の並ぶ列の間に入って測定するわけにはいかないだろう」

「別に裏切られてないぞ男の方が気楽だから真宏ですっごく助かったさ! ……そもそも男が測定するのがどうかと思うけどな? 俺は女子には男一倍敏感なのに」

「ハハッ、ナイスジョーク」

 

 まだ一人も測定していないのに憔悴しきった一夏のすすけた表情が痛ましい。言ってることは普段の惨状を考えるとギャグにしか聞こえないが、まあ気持ちはわからんでもない。だが諦めろ、それがラブコメ主人公体質の宿命というものだ。

 

「それにしても男まで3サイズ測る必要あるのかね?」

「まあ、ISスーツの参考にしたりするんだろ。俺達もまだまだ育ち盛りだからな。……えーと、ふむふむ。やっぱり真宏はいい体してるなあ。胸板とか腹筋とか、引き締まってるし」

「鍛えてますから。……でも一夏、そういうことはもうちょっと小さい声で言ってくれ。あとが怖い」

 

 シュルシュルとメジャーを回して胸部、腹部などなどサイズを測っていく一夏なのだが、雑談の内容がいつもの一夏らしすぎて軽く眩暈がしてくる。ここは普段使ってる教室の一部で、外部との仕切りもスペーサーを立てているだけなので声も普通に筒抜けになり。

 

「男二人きりの密室会話……! 一言だって聞き漏らせない!」

「イイ体(意味深)」

「ホモォ……ホモォ……!」

「見える……濡れた瞳で神上くんの体にきつくメジャーを巻きつける織斑くんが私にも見える……っ!」

 

 ……腐海が押し寄せそうになってるから、さ。

 

「よし、終わりっと。……さあ、ここからが本当の地獄だ」

「まあがんばれ。応援はしている。骨は拾ってやろう」

「ちくしょー!」

 

 ともあれ測定などさして時間がかかるわけでもない。さくっと終わらせさぱっと着替え、女子の一番目である相川さんと入れ替わる。

 そして。

 

「真宏……すまないが私の手を押えておいてくれ。これから確実に聞こえてくるだろう相川の喘ぎ声が耳に入っても、私が一夏を殺してしまわないように……!」

「わたくしもお願いしますわ」

「とっつきは真宏に預けておくね」

「このワイヤーを使ってくれ。シュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレード用ワイヤーの予備だ。生身で引きちぎることは不可能のはずだからな」

「お前らその覚悟をもっと別のところに使ったらどうだ」

 

 スペーサーを出た俺を待っていたのは、緊張とも怒りともつかない微妙な感情に体を震わせて目からハイライトを消し、手錠待ちのように震える両手を差し出す箒達だった。押してダメなら引いてみろ、というか殴ってダメなら我慢するという領域に到達できたのはいいのだが、そこまで行くと自らの手を戒める覚悟が必要なことなのかこの子らにとっては。

 ちなみにこの時点ですでにスペーサーの向こうからは相川さんの甘い悲鳴が響いてきて、箒達の視線は鉄板すら焼き切るレーザーじみた眼光を放ち始めている。いろいろ不憫よな。

 

「……まあ落ち着け。逆に考えるんだ。『一夏に下着を見せちゃってもいいさ』と考えるんだ」

「!? な、何を……!」

「一夏に告白やら何やらが通じないのは身を持って知ってるだろう。情緒面で突き崩せないならば、あとはもはや『実弾』に頼るしかない。……ぶっちゃけ、既成事実作れいい加減」

「きっ、既成事実!?」

「わかった真宏、皆まで言うな。一夏を嫁と認めた時から既に覚悟はできている! 私の体の魅力で籠絡して一夏の中の野獣を呼び覚まし、ビーストハイパーに!」

「……ラウラさんの体でそれは可能なのでしょうか」

「ど、どうしよう。今日はあんまりかわいい下着つけてきてないよ!」

 

「頑張れみんな。今日ここで、あるいは今夜部屋に帰ったあとで一夏の雪片弐型を零落白夜させられるかに全てが掛かっていると言っても過言ではない」

「ゆ、ゆきひらにがたを、れいらくびゃくや……!」

「シールドエネルギーが尽きるほど白い光が迸りますわ……!」

「雪羅が荷電粒子砲モードに!」

「全エネルギー撃ち尽くさせてくれる!」

 

 なのでちょっと背中を押してみたり。がんばれ少女たち。

割とあっさり乗った箒達がその後どんな誘惑をしたのかは、生憎と一夏以外に知る術がない。

 ただし、事態をより一層面白くしてしまった者の責任として結末を語るならば。

 

「い、一夏しっかりしろ!」

「すまない、私の体が魅力的過ぎたせいで……!」

「いえ、ですからラウラさんは割とスルーされていましたわよね? ……ここはやはり、わたくしの下着のデザインがきわどすぎたせいでしょうか」

「ぼっ、僕は何もしてないよ! わざと一夏の手に押し付けたりなんてしてないからね!?」

「私がいない隙に何してたのよあんたらあああ!?」

 

 1組全員の3サイズを測り終えたところで真っ白に燃え尽きた一夏を、俺がファイヤーマンズキャリーで保健室まで運ぶことになった。体中から色が抜け落ち、愛機である白式の名に恥じぬ見事な純白になって椅子に腰を落とす一夏のカラーリングのうち、だくだく零れる鼻血だけが目に眩しい鮮やかな色彩を放っていた。

 一夏め、無茶しやがって……。

 

 

◇◆◇

 

 

「まったく、あのときは死ぬかと思ったぞ。夢の中でドラゴンレンジャーとタイムファイヤーとアバレキラーとビートバスターとキョウリュウゴールドが出てきて変な携帯電話渡されそうになったし」

「それもらっとけばよかったじゃねえか」

 

 数日後の、1年生全体合同演習。今日は1年生全員揃っての授業となるため、アリーナではなくグラウンドに全員集合となった。どうやらIS学園は襲撃に続く襲撃を受けて生徒とISの安全をより守りやすくするため、カリキュラムの進行を早めるとともに一つ所にまとめて動かす方針を取っているらしく、今日はこうしてそれなりの人数が揃うこととなった。

 そんなわけで簪もちょっと離れたところで並んでいたりする。なんとなしに目を向けたら簪もこちらを見ていて、赤くなりながら小さく手を振ってくれた。……うん、襲撃に感謝したくなるね。

 

「織斑、篠ノ之、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、更識、神上。前に出ろ」

 

 そしてこういう時に専用機持ちが他とは違った扱いになるのもいつものこと。遅れて出席簿スマッシュを食らうのは嫌なので、みんな揃って駆け足で前に出て、ずらりと並ぶ。

 

「お前たちのISは先日の襲撃で大ダメージを負っている。よって、自己修復のため当分の間はISの使用を禁止する。いいな」

「はい!」

「織斑先生、俺はどうなんでしょう。強羅は一度ズタボロになりましたけどセカンド・シフトして完全復活したんですが。ほら、白鐵もこの通り元気に飛び回ってますし」

「きゅーきゅー!」

「神上もしばらく使うな、ややこしくなる。……それからこの白鐵を何とかしろ。何故私の頭の上でくつろぐ」

 

 と、そんな話がまずあった。確かに一夏達どころか上級生まで含めて専用機はみんなかなりの損傷具合で、自己修復に時間を取るか本格的な修理とメンテナンスをしなければ使えない状態になっている。例外はそれこそ俺の強羅くらいのもの。元の頑丈さを考えると他と抜きんでてダメージを受けてもいたのだが、その後セカンド・シフトを果たしたことで元通り以上にピカピカになっている。

 ついでに、新たに出現した自律型ユニットである白鐵も元気いっぱい。待機状態で呼び出してみると、デフォルメされたマスコットみたいな形でそこらを勝手に飛んでるし。今も千冬さんの頭の上に載ってすりすりしている。どうやら懐いたらしい。

 

「とにかく、今日お前たちが使うのはこっちだ。山田先生」

「はい。みなさーん、こちらに注目してくださーい」

 

 白鐵を手に取ってころころ回して遊んであげている千冬さんの声を受け、山田先生がグラウンドに持ち込まれたコンテナを示す。かなりの大きさで、中身がISならば数機は入るだろう。

 

「何が入ってるんだろう。ISならハンガーで来るはずだし、追加装備かな?」

「OKASHI! OKASHI!」

 

 がやがやと声中身を推測する声があちこちで上がる。のほほんさんは一番ありえなさそうな予測に基づいてテンションを上げているがそこはそれ。いつものことだから誰も気にしない。

 

「ふふーん、なかなかいいものですよ。では行きます。セット・オープン!」

「いろんなIS融合させたきゅうきょくキマイラでも入ってるんですかその中は」

「怖いこと言うんじゃないわよ!?」

 

 そんな不安を感じさせる山田先生の掛け声とともに重々しい駆動音を響かせて開いていくコンテナハッチ。その中に収められていたものは。

 

「……千冬さん、物は相談なんですがこれ一機くれませんか」

「やらん。これはIS学園の備品だ。そういうことは私ではなくワカに言え」

 

 思わず、かつてないほどのマジ顔で千冬さんに頼んでしまうくらいにゴツい強化外骨格的アーマーだった。

 一番身近なパワードスーツであるISと比べると全体的に角ばっている。強羅でもなければ大抵の機体にどこかしら流線形のデザインが採用されているISとは異なり、どこもかしこも直線と角ばかり。空力を考えず量産性を重視したと思しきその機械の鎧、なんかこう……男の子としては見てるだけで胸の鼓動が早まってくる素敵さを備えている。

 

「これは、国連が開発中の外骨格攻性機動装甲『EOS(イオス)』だ。Extended Operation Seeker。……断じてイクシード・オービット・システムではないぞ」

「イクシー……ハッ!?」

 

 その名はEOS。千冬さんには機先を制されてしまったが、まあそんなことはどうでもいい。今重要なのは、これをどうするかという問題だ。期待が高まってしょうがないけどね!

 

「ところで、織斑先生。これをどうしろと」

「乗れ。使え。戦え……戦え……」

「織斑先生まで真宏さんのノリに染まらないでいただけますか!?」

「織斑先生が主催者……まあ、規格外の強さって意味では合ってるかもね」

 

 ヒャッホウお許しが出た、とさっそく駆け出す俺は千冬さんの足払いですっ転ばされてしまったが、どうやら望む通りの展開になってくれたらしい。ISを使えないとはいえ、俺達は専用機持ち。他のみんなと同じく量産機を借りて授業をするのもいいが、それでは普段ISを使う機会が俺達と比べて少ないほかのみんなの邪魔になる。そもそも専用機持ちがわざわざ量産機を使うだなんて、それこそよっぽどのイレギュラーな事態でもなければありえない。それこそ、敵の基地に身一つで潜入したら敵のISに見つかって、その基地に保管されていたISを奪って使うときくらいのものだろう。

 だからちょうどよくIS学園に押し付けられたこのEOSを使わせることにしたのだろう。実にすばらしいですね千冬さん!

 

「織斑先生、真宏が大量の武装を背中のコンテナに搭載しています。……よくよく見ていると、明らかにコンテナの容積以上に入っている気が」

「あれ、シャルロットがとっつき装備させないなんて珍しいわね。なにそれ、鈍器?」

「うん。すっごく重いよ。そして先端にとっつきがついてるんだよ」

「……シャルロットさんはやっぱりシャルロットさんですのね」

「キャリブレーション取りつつ、ゼロ・モーメント・ポイントおよびCPG再設定……ちっ。なら疑似皮質の分子イオンポンプに制御モジュール直結。ニュートラルリンケージ・ネットワーク、再構築。メタ運動野パラメータ更新、フィードフォワード制御再起動、伝達関数、コリオリ偏差修正、運動ルーチン接続、システムオンライン。ブートストラップ起動……」

「教官、簪がさっそくOSを弄っているようなのですが、いかがしましょう」

「……好きにしろ。私は知らん」

「丸投げしないでください先生!?」

 

 山田先生の悲鳴が響いたりもしていたが、俺達はいつも通り平和です。

 

 

 で、さっそく動かしてみたのだが。

 

「お、重い……」

「動けない……」

「首折れそうですわ……」

「シャン……ゼリオン……」

「えい……えい……おー……」

 

 それがみんなの感想だった。

 まあ、実際重い。金属の塊なのはISと同じで、なんだかんだといろいろ入ってるISの方が実際の重量では上だがPICやらパワーアシストやら思考を読み取って体が動くのを先回りして機体を動かしてくれたりするのに対して、EOSはそういうことがない。バッテリーも背中に巨大で重いものを背負っているし、それこそクリアパーツを多用した特撮ヒーローのアップスーツ並みの体感重量なのだった。まともに動けているのなんて、ヒロインズの中ではラウラくらいのものだろう。

 しかし千冬さんはこういう時に限って無慈悲なので、四苦八苦しているのを軽くスルーしてさっそく模擬戦を開始する。

 

「それでは模擬戦を開始する。防御は装甲頼りなので生身部分は攻撃しないように。……それと神上、白鐵は預かっておく。まかり間違っても背中に合体(スクランダークロス)させて空を飛ぼうなどと考えるなよ」

「ぎく」

 

 さすがの仕切り能力にて俺に釘を刺すことも忘れず、今度は両手で白鐵を撫でたりくすぐったりと弄り倒して遊んであげている千冬さん。千冬さんは千冬さんで白鐵を気に入ったのだろうか。白鐵もきゅーきゅー嬉しそうに鳴いてるし、楽しそうで何よりです。

 ともあれ猶予はそんなになく、俺達がそれぞれ適当に距離を取ったところで千冬さんから模擬戦開始の合図があっさりと下る。

 

「はじめ!」

「ふむ、ではまず一夏を狙おう」

「げ!?」

 

 宣言と同時にまず動いたのはラウラ。チュイーンというランドローラーの音がいかにもISと比較した性能が最底辺(ボトムズ)な感じではあるが、いまだまともに動けない一夏に接近するには十分な速度が出せる。そのまま足払いですっ転ばせてサブマシンガンを斉射。流れるような一連の動きで早速塗料まみれにしていく。描写をする暇もないほどの早業だった。

 

「次はお前だ、セシリア!」

「ちょ、せっかくなのですから真宏さんあたりを狙ってくださいまし!」

「断る! 今の真宏の相手など面倒すぎる!」

 

「あはははははははは!」

「……とかなんとか言っている間にこっちへ来たあああ!?」

「それもものすごくテンションが高いー!?」

 

 一方俺は、とりあえず箒とシャルロットを狙ってみることにした。別の場所ではセシリアとラウラ、鈴と簪が闘っているがとりあえず近くにいたのでね?

 

「はーっはっはっは! リコイルが心地いいな!」

「わああああ!? 普段強羅を相手にしているのと何も変わらない気がするのは気のせいか!?」

「くっ、せめて反撃くらい!」

 

 サブマシンガンの乱射に逃げ惑う箒と、シールドを構えて接近してくるシャルロット。だがどちらも普段のISを使っている時とは比べ物にならないくらい鈍い動きだ。とりあえず箒は逃げる途中で勝手にすっころんだのでサブマシンガンを叩きこんで終了。シャルロットの方はシールドに隠したとっつきが怖いが、既に接近されたので格闘に移行する。

 

「とっつきさえ当たれば!」

「訓練用でも死ねるよなあ!」

 

 迷いのない左ストレート。一応とっつきも訓練用だし装甲のあるところを狙ってくれているみたいだが、シャルロットはとっつきを使うとなると本当に容赦がない。しかし、甘い。

 

「どすこーい!」

「ぶちかまし!?」

 

 俺はランドローラーでさらに加速。腕が重すぎてその動きに追従できないシャルロットのEOSに向かって肩口からの体当たりをかまして、こっちの体にも凄まじい反動の衝撃を残しつつぶっ飛ばす。

 EOSの機体が軽く浮き、慣れていないせいもあって体勢を立て直せなかったシャルロットはそのまま仰向けに倒れ、これで行動不能となった。

 

 いつの間にやら残るは二人、俺とラウラのみとなる。

 

「……やるな、真宏。他の者も操縦に慣れてくればまた別だろうが、少なくとも今日だけは、私の敵になるのはお前だけだと思っていたぞ」

「それは光栄だな」

「勝負だ、真宏。いつぞや強羅との初戦で見せたような驚きをまた感じさせてみろ!」

「……上等!」

 

 さあ、これからが大勝負!

 

 だったのだが。

 

「よし、そこまで」

「ええええええ!?」

 

 千冬さんから終わりを宣言され、思わず二人そろって見事な顔面ヘッドスライディングをかましてしまったのでありましたとさ。

 

「千冬さんひどいです! 鬼! 悪魔! ブリュンヒルデ!」

「お前たちが本気でやりあえばロクなことにならんからだろうが。しかしさすがだなボーデヴィッヒ」

「はっ! 教官のご指導の賜物です!」

 

 なんたる無慈悲。千冬さんときたらデータ採取は十分だからと、一番いいところでやめちゃいましたよ。それでもラウラは千冬さんに褒められてご満悦で、思わず教官とか口走ったので出席簿で叩かれて修正されてるけど。

 まあいいんだけどね。このEOS、なかなかに面白いようだしさ。……ぜひとも1機もらって自分色に染め上げたいね。今度ワカちゃんにお願いしてみようか。

 

 

「ふう、すごく疲れましたわ……。それにしてもEOS、使い物になりますの?」

「そうだね。ISを基準にするのもどうかと思うけど、明らかにスペック差がありすぎるし」

 

 模擬戦が終わってひと段落が付き、みんな揃って反省会と相成った。俺とラウラ以外は全員ペイント弾の塗料まみれで大変なことになっていてなかなか面白いのだが、簪が恥ずかしがって顔を見せてくれないのはちょっと残念だ。

 ともあれみんなにとって一番気になるのはEOSの立ち位置らしい。ISの専用機持ちである人間からすれば、確かにISと似たようなものではありながらもスペックが格段に劣ってしまうEOSは、その実用性に疑問符が付きもするのだろう。

 

「ISの数には限りがあるからな、使いどころはある。救助活動用などとしては、すでに注目が集まっているようだ」

「1000の力でなきゃできないこともあれば、1の力が1000個なきゃできないこともあるってことですか。英語で言うと、G3マイルド」

「言わんとすることはわかるわ。……てーか、ラウラはまだわかるとしてなんで真宏はあんなにうまく使えたのよ。異様に重かったのに」

 

 そして次なる疑問は鈴の指摘の通り、軍の特殊部隊出身のラウラはまだしもどうして俺がEOSをそれなりに使いこなせていたのか、になるらしい。まあ確かに、強羅の装甲頼りの戦法によるゴリ押しを抜きにして考えればIS操縦技能は低い方な俺の動きが割とよかったことは気になろう。

 

「いや……そんなに重かったか? 強羅は普段からあのくらい重いけど」

「真宏は普段何を使っているんだ」

「強羅は規格外だと思っていたが……本当にISなのか? 実はISと書いてインフィニティスタイルと読んだりするのではなかろうか」

「真宏さんらしいですわ。……え、ではどうやってワカさんはあの体型で同型機を使ってるんですの?」

「蔵王の技術力って、本当に……」

「シャレにならんな」

「さすが真宏……ちょっと、かっこいいかも」

 

 などなど。仲間達の声の温かいことったらねーなおい。

 ともあれ、これがEOSだ。ISの時のように世に出ただけで一大旋風を巻き起こすことはないだろうが、一応ISとの戦闘を考慮していないらしいこんなものがIS学園に受け入れられた理由などは考えないようにしておこう。難しい顔をして黙り込んでいる千冬さんも、きっと同じ気持ちのはずだ。

 

「……ところで真宏さん。ひとつ気になっていたのですけれど」

「ん、どうしたセシリア?」

 

 黙ってそんなことを考えていたら、セシリアがおずおずと手を上げて声をかけてきた。隣にはカートに乗ったEOS。これから格納庫まで各自で運んでいかなければならない。そんなわけでEOSを搭乗しているときとは別の角度から見たことで気づいたことがあるのだろう。他のみんなも、なんとはなしにEOSを見てなんか固まってるし。

 

「EOSの装甲のあちこちに、蔵王重工の社章があるのですが」

「……あるな。まあ、蔵王だし」

 

 その理由が、これであった。

 

 後にワカちゃんに聞いたところによると、案の定蔵王重工もEOSの製造に一枚噛んでいるらしい。装甲だとか動力系だとか、つまりハードの全般的な部分において蔵王重工が開発したものが使われているという話だ。

 なんでも、強羅の前に蔵王重工がIS装備のテスト用に使っていた第一世代ISの魔改造機。度重なる改造でもはや原形をとどめなくなった機体から今の強羅にコアが移されたあと、放置しておくのは忍びないということで通常の動力を載せたのだそうだ。それで動くようにいろいろさらなる改造をして蔵王の社員が乗り回して遊んでいたのが、国連の目に留まってまともな人間でも扱えるものへと修正され、EOSになったという物語が秘められていると。

 つまり、ワカちゃんのおもちゃがいつの間にやらまた一つ増えていたということだ。さすが、蔵王の重機は世界一イイイイ!

 

 

「ところで、EOSでISにケンカ売るとしたらどうしたらいいんだろうな?」

「僕なら、まずはECMとスナイパーライフルを積んで雪山に陣取るね」

「よし、出番だセシリア!」

「そうですわね……EOSとISの性能差を考えると、肩に背負うタイプの大口径長射程の物が必要と思いますわ」

「……お前たち、いつまでも不穏当なことをしゃべっているな! 次の授業があるぞ、さっさとEOSを片付けて来い!」

「は、はいっ!」

 

 などと楽しい会話を繰り広げつつ、今日も俺達の学園生活は過ぎていく。

 だが、学園の専用機に大ダメージを与えたかつてない襲撃の爪痕はまだ残っている。

 世の中にはEOSというISを意識したパワードスーツが出始め、大量の無人機がIS学園を襲撃したことから、員数外のコアを使用した自律型無人機が大量に存在する可能性が示唆されている。

 

 動乱の前触れが満ちている。

 空を仰ぎ見れば青く澄んで雲は白く平和に流れてこそいるが、さらにその向こうの宇宙にはIS学園を24時間生暖かく見つめる監視衛星の一つもあるだろう。そうでなくとも、束さんあたりは千冬さんや箒のことを常にストーキングしていてもおかしくない。

 確か、一夏が倉持技研に白式を持ち込んで調査するのが数日後。その時が何かの動き出すきっかけになるのではないかという気がしてならなかった。

 

 

「きゅーきゅー、きゅうう」

「……ところで神上、もうしばらく白鐵を預かっていいか」

「そんな気に入ったんですか千冬さん」

 

 ……ただし、その鍵となるだろう人物の千冬さんがちょっと頬染めて手の中の白鐵と戯れるとかいうレアすぎる光景を見ると、そういう騒動まるで起こらず平穏無事なまま日々が過ぎていく気もするんだけどね?


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