IS――インフィニット・ストラトス――。後の世において、歴史家たちが「人類に黄金の時代をもたらしたもの」と評する世紀の大発明である。
篠ノ之束博士が開発した当初、世に出す前後は世界に混乱を招きもしたが、その種ははるか昔からあったもので博士一人に責を負わせることはできない、というのが今日の一般的な認識だ。
むしろ、この試練を乗り越える力であるISを人類にもたらした救世主と見る者もいる。そしてそういう手合いはなぜかおっぱい星人が多いという統計もあったりなかったり。ともあれ人類は宇宙という無限のフロンティアを手に入れ、ISはその時代においてそもそもの開発目的である宇宙開発分野に極めて甚大な貢献を果たした。
宇宙を閉ざしたのは、確かにISと源流を同じくするもの。だがその枷を取り払ったのも、その後宇宙の闇を行く時代に人類の道筋を照らした物もまたISであった。功罪いずれも多く、肯定も否定も枚挙に暇がなくキリがない。
ゆえにこの場においては、ISによる宇宙開発黎明期に活躍し、そして地球を覆ったザ・ワン撃破の立役者である者たちにまつわる物語を語るとしよう。
◇◆◇
――10年後
「……参ったな」
「うっ……ぐす、ひっく」
よく晴れた日だった。
空の青さの中を雲の白さが輝くように漂い、吹く風はさわやかに心地よい。外に出てこの天気の良さを満喫するのもいい。家でのんびりと過ごす折りにふと外を眺め、穏やかな日差しを見るのも乙なものだろう。
そんな天気のいい日だというのに、一人の青年が、泣きじゃくる子供を前に途方に暮れていた。
気づいた時にはもう一人で泣いていたその子供。あたりに大人どころか人の姿もなく、めそめそと拭うそばから涙をこぼしてベンチに座っていたことからして、おそらく迷子だろう。
青年は、どうしてもこの子を無視して通り過ぎることはできなかった。幼い子供と大学生程度に見えるこの青年が二人並んでベンチに腰を下ろしている理由は、ただそれだけだ。
お互いに名前も知らない。この迷子の親のことがわかれば、そうでなくとも泣き止ませるくらいできれば。そう思っていろいろと青年が話しかけてはみたものの、梨の礫。どうしても泣き止んではもらえなかった。
さてどうしたものか。生憎と青年の親戚には小さな子供がいなかったし、他の例として思い浮かんだ恩師は自分の子供もいるのに、どういうわけか幼子をあやしたりするのが苦手らしく、参考になるようなことを教えてもらった覚えはない。
わからないことだらけではあるが、それでも青年は頭をひねった。何とかして、この子を泣き止ませてあげたい。
子供が泣いているのに誰も救いの手を差し伸べないなどということがあってはならない。かつて青年自身がこの子と同じくらいの頃、彼に笑顔をもらったあの日のように。青年はいつでもそう思っている。
――!
「んー……いろいろ問題ありそうだけど、まあしょうがないか。――ちょっとだけ、力を貸してもらうよ」
「……?」
そんな青年が、何かに気付いたような顔をして、その後ふと独り言を漏らす。しかし独り言のはずなのにまるで誰かと会話をしているかのようで、子供はまだ涙が引かない赤くうるんだ瞳で、隣の青年を不思議そうに見上げた。
始めてまじまじと見た青年は、子供の目から見ても整った顔立ちをしているが、何よりも穏やかな笑顔が子供心に印象的だった。体は大きくてたくましいのに少しも怖いと思わないのは、泣いている子供を励まそうと必死に頭をひねっていた姿に、どこか愛嬌があるからだろうか。
ともあれ青年は何かを決めた。ベンチから離れて少年の前に回り、何もないよ、と示すかのように両手をひらひらと振ってから、何かを包み込むように手を合わせる。その手の中は子供の目から見えない。いや、見えたとしても何も入っているはずがない。一体どうするのだろう。
興味が少しだけ、子供の不安を忘れさせた。
「ねえ、君は知ってるかな」
「……なにを?」
子供の涙が止まったことに優しく微笑む青年は語る。この子を元気づけるためにしようとしていることは規則に反することで、もし恩師に知られたらげんこつの一つも落とされるくらいにはよろしくないことなのだが、そうなったとしても悔いはない。子供の笑顔が何より好きだった、青年の憧れるあのヒーローだって同じ立場ならきっと同じようにしただろうから。
「たぶん君が生まれるちょっと前に、この星を救ったヒーローのこと。僕たちが子供のころに憧れた……銀色の流星を」
手のひらの中から、光がこぼれだした。迷子が驚き見つめても目を焼くことのない柔らかな白い光。この手の中で何が起きているのだろうと身を乗り出す子供の目の前で、青年は手のひらをゆっくりと開いていった。そして、わくわくと期待を膨らませる子供が覗き込むその手の中に姿を現したのは。
――きゅー!
「わあ……っ!」
何とも愛らしい、手のひらサイズの機械の鳥、白鐵であった。デフォルメされたような丸っこいデザインとかわいらしい鳴き声に、子供はたちまち笑顔を取り戻した。
青年は笑みを深くする。この子が笑ってくれて、本当に良かったと思う。
――よかった。少しは近づけたかな……強羅に
心の中に今も姿を思い描ける、昔からずっと大好きなあの勇者のようになれた気がして、それが何より嬉しかった。
この青年は、かつて強羅に憧れ、白鐵と友達になったあの少年。
ザ・ワンの起こした地球全土を巻き込む事件から10年の歳月を経て、今ではIS学園の上位機関たる国際IS大学に籍を置き、専用機<ブラック強羅>を操る男性IS操縦者の一人であった。
◇◆◇
「まだ何人か予定には足りないけど、遅れてくるって話だから一足お先に。それじゃ、かんぱーい!」
乾杯、の声が唱和する。
ガラス張りの窓に赤いカーペット。なかなか豪華な広間に集った人々の楽しげな声があちこちではじけた。手に手に持ったグラスが合わさり澄んだ音を立てていく。あちらこちらに点在するテーブルの上に並んだ料理は手の込んだものばかりで、洋風のものがメインのパーティー料理だが、なぜか一部に統一感のない家庭料理や中華料理が並んでいたりもする。
そのまま即座に談笑が始まるという、公式のパーティーではありえないほど砕けた会になっているのは、普段多忙を極める一同が久々に旧交を温めようとそれぞれのスケジュールを必死に調整して今日この日という時間を作った末の身内同士の集まりだからだ。
長いこと会えなかった者もいるが、それでも言葉を交わせばすぐにあの頃と同じ空気が再び戻ってくる。そう思えるくらいに、ここにいる者たちは時を過ごしてきた。
今日は、ザ・ワンが撃破されてからちょうど10年目。
この日に合わせてかつてのIS学園で集まろうと約束し、実現させた一夏達のパーティーであった。
「ほら、箒。これ、俺が作ってきた卵焼き。よかったら食べてくれ」
「ああ……何かお惣菜が並んでいると思ったらやはり一夏が作ったのか。場違いなこと甚だしいぞ」
一夏がまず手近なところにいたからと寄って行ったのは、すらりと高い身長にまっすぐ伸びた背筋、ただそこにいるだけで凛とした空気を漂わせる妙齢の女性。篠ノ之箒だった。
にこにこと笑いながら一夏が差し出すのは、皿の上にきれいに盛り付けられた美味しそうな出汁巻き卵。一つ味を見てみれば、確かに出汁の香りも焼き加減も申し分ない見事な味だった。
相変わらず自分より料理が上手くて、箒としては少々複雑な気分だ。
――織斑一夏
ザ・ワン事件において、ベースステイツの主であるISキラーザウルス撃破の功労者。あの巨大な怪物を倒せたのは白式の機動力と火力、そして彼自身が仲間と力を合わせたからこそと謳われている。
その後は世界で最初の男性IS操縦者として、ISに関係する研究への協力や自身の技量の研鑽、そして姉や篠ノ之束を通して因縁浅からぬ世界のIS情勢などに関しての折衝役として世界中を飛び回り、紛争の種を未然に刈り取る調停人としての仕事を担っている。
……まあ、世間様では別の側面の方が有名ではあるが。
「料理の腕は上がる一方だが、この場で第一声がそれとは。しばらくぶりだというのに、相変わらず過ぎるぞ」
――篠ノ之箒
IS開発者である篠ノ之束の妹にして、自身は織斑千冬たち以降の世代において最強クラスの剣豪として名を馳せる。どこの国の所属でもない専用機・紅椿を所有するためモント・グロッソなどの公式戦に国の代表として出場したことはないが、記録に残る限り紅椿の性能の高さもあって接近戦に持ち込んだ場合の敗北はほとんどない。
IS学園卒業後、卓越した技量を後の世代に伝えるべくIS学園の教員となって戻り、若い生徒たちを鍛えに鍛えている。生徒からの評価によれば、擬音オンリーの教え方は上手いとは言えないがまじめに生徒と向き合い根気良く教えてくれる、教師というより師匠と呼ぶのがふさわしい人、とのことである。
一夏から差し出された料理の味を見て、くすくすと笑いあう。お互い色々と因縁の多い人生を歩んでいるため今では多忙を極め、いつでもいっしょにいるということはなかなかできない。だがそれでも連絡は頻繁に取り合っているし、こうして会えればまたすぐにいつもの二人に戻ることができることを、一夏と箒は嬉しく思う。
……さて、IS学園在学中にザ・ワンを倒してから10年の月日が流れている。
ではその間一夏と箒、ひいてはその他ヒロインズとの関係に変化がなかったか、ということが気になるだろう。
無論、変わっている。具体的には。
「あ、お父さんの料理。僕も食べていいかな?」
「もちろんだ、総司。ほらほらたんと食え」
「私ももらうよ」
一夏の足元に寄って来る、男女二人の幼い子供達、とか。
この子たちは篠ノ之総司と篠ノ之はたき。
言うまでもなく、一夏と箒の子供達だ。
「いやしかし、まさか私たち全員一夏の子供を産むことになるとは思わなかったわ」
「本当ですわね。ここにいる子達だけで、8人もいますもの」
「でも確か、今は山田先生とのほほんさんも臨月が近いからもうじき二人増えるらしいよ?」
「それに、他にもまだ何人かいるかもしれん」
「あのころは、一夏君がまさかこんな風になるなんて誰も思ってなかったわよね……」
さらに何を隠そう、この場に集った鈴、セシリア、シャルロット、ラウラ、楯無の5人もまた一夏との間に子をなしている。
ザ・ワンの脅威を取り払ったことで人類は宇宙というフロンティアを手に入れ、それと同時にいくつかの事情が重なったため世界はISが世に出た時と同じような、あるいはそれ以上の変化の波に呑まれていった。
女尊男卑政策が緩められ、各国の軍事力の体制も再び大きな転換期を迎えようとしたのがまず第一。
そしてその最中、誰が何をどうしたのかある特殊な条約が主要各国間で締結される運びとなった。
その条約こそが、一夫多妻容認条約。正式名称を差し置いてこう呼ばれる条約である。
名前の通り、一定条件を満たした男女間において一夫多妻を認めるという狂気の沙汰が、世界中で認められるようになったのだ。世の非モテ男の悲鳴を無視してこの条約が成立した陰に、つい先日世界を救ったISたちの影と刀やレーザーライフルやとっつきのきらめきがちらちら見えたと当時の外交官たちの噂になったという説もあるが、真偽のほどは定かではない。
いずれにせよ一夏達にとっては喜ばしいことであり、当時すでに覚悟を決めていた一夏は箒達一同をまとめて嫁としたのであった。
世間一般で言う夫婦生活を営むにはさすがに国籍や職業などバラエティに富みすぎていたので全員が集まる機会というのはないに等しいが、それでもみなこの家族のつながりを大切にしていた。
「ちょっと総司! お父さんの料理ばかり食べてないでうちのお母さんの料理も食べなさいよ! 超おいしいんだからね!?」
「わ、わかったよ小鈴。……ありがとね」
「っ! べ、別にあんたに食べて欲しいって思ったわけじゃないわよ! お母さんのも食べてくれなきゃ不公平ってだけじゃない!」
箒の息子、篠ノ之総司。
彼に限らず子供達は基本的に母のもとで育てられているため、総司は要人保護プログラムが解除され篠ノ之神社に戻ってきた祖父母と母、そして妹と共に暮らしている。子供達の中では一番最初に生まれたため子供世代の長兄的な立場なのであるが、箒が剣を教えるべきかためらうほどに朗らかで優しい性格をしていて、今も母親譲りのツンデレ全開で絡んでくる小鈴にも笑顔を向ける。
「……総司はすごいわね、まるで昔の一夏を見てるみたいだわ」
「え。俺ってあんな無自覚に女の子に優しくしてたっけ?」
「私たちと結婚して少しはマシになったが……昔のことになるといまだこのザマか」
そんな子供達のやり取りを生暖かく眺める鈴が一夏のもとへとやってきた。
――凰鈴音
IS学園卒業後、祖国に請われて師匠であるヤン・レイレイの後を継ぎ、中国の代表候補生管理官となる。とはいえ卒業後すぐにそうなれたわけではなく、教育名目で卒業後もしばらく日本に留まっていたため、小鈴は幼いころを総司たち兄妹とともに過ごすこととなった。
最近は管理官の仕事を本格化させたため娘ともども中国で過ごすことが増え、持ち前の面倒見の良さから候補生たちから信頼を寄せられている。当人はあまりこの仕事に長居せず、料理人資格を取って日本で中華料理屋でもやれればと思っているのだが、たまに自分の受け持つ候補生に自分の料理を披露しては、その味の虜になった彼女らに強く引き止められているのだから世話がない。
娘の小鈴は鈴によく似たツンデレツインテールで、よく総司にちょっかいを出している。気になる子はいじめずにいられないという、アレである。
鈴もなんだかんだと責任ある立場につき、日々を忙しく過ごしている一人だ。必然的に一夏と会える時間も少なくなり、まして子供はとびきり元気な小鈴。嫌だと思ったことは一度もないが、それでも気の休まる暇もない。
「ほら、鈴」
「ん……ありがと、一夏」
しかしだからこそ、こうして一夏が寄り添い貸してくれる肩にもたれて目を閉じるのがたまらなく心地よかった。
「さあ、リリウム。いつまでも恥ずかしがっていてはいけませんわ。お父様にご挨拶を」
「は、はいお母様。……お久しぶりです、お父様」
「セシリア、リリウム。ごめんな、あんまり会いに行けなくて。でもリリウムもますますかわいくなったな」
「あ、ありがとうございますぅ……っ!」
次に一夏が会いに行ったのは、セシリアとその娘、リリウムの元だった。
母親譲りの金髪が美しい、小さな淑女。母を見て育ち、母のようなレディになろうと幼いながら精一杯に努力する貴族の卵がここにいた。
――セシリア・オルコット
英国貴族としての責務を果たすため、イギリスにて外交の仕事に携わる。百戦錬磨の政治家や外交官を向こうに回し、完璧な笑顔とそつのない話術で見事立ち回る彼女こそ真なる貴族よ、と各国の人間から畏怖と羨望の眼差しを浴びせられている。
近年ではついに夢物語のようだった計画が実行に移されつつある軌道エレベーター建造計画を推進する国際機関に所属し、赤道付近を中心に飛び回って折衝を繰り返す日々を送っている。
一夏との愛の結晶たる娘、リリウムは主にチェルシーに育てられてはいるが、時間を見つけては可能な限り一緒に過ごしてくれる母のことを愛し、憧れている。
「ふう、ここ一週間で5回ほど赤道をまたいでしまいましたわ。一夏さん、あとでマッサージをお願いしてもよろしいかしら」
「もちろんいいぞ。久しぶりだし、念入りにやっておこうか」
「お母様……いいなあ」
一夏のことが大好きな娘、リリウムとともに一夏に甘えるこの時だけは、普段の完璧な淑女たることを自らに課すセシリアが本当の自分になれるときである。
ちなみにこれは全くの余談なのだが、なぜかセシリアは結婚式の際に青いウェディングドレスを着て百合のブーケを持つことにこだわった。なんでもそうしなければとってもご機嫌ナナメになるのだとかなんとか。一夏には今もって理由のわからないこだわりである。
「いいなーリリウム。ついでに私も。お父さん、えいっ」
「あっ、面白そう。俺も行ってくる!」
「こらこら。二人とも、あんまりお父さんを困らせちゃダメだよ」
「おっと、元気だな二人とも」
リリウムに続いて一夏に抱き着いて行った二人の子供はジュリとマクシミリアン。どちらもシャルロットの子供であった。
総司に次いで早く生まれた娘、ジュリと、子供達の中でも今のところ最年少の息子、マクシミリアン。そしてリリウムに甘えられる一夏は身動きもまともに取れなくなっているが、それでもどこか嬉しそうで、その様子を見守るセシリアとシャルロットの眼差しには自然と優しい笑みが浮かんでいた。
――シャルロット・デュノア
他の例に漏れず、彼女もまたIS学園卒業後祖国へ帰ることを選んだ。……選んだのだが、一連のザ・ワン事件を経てセカンド・シフトするほどに成長し、データが大量に蓄積されたラファール・リヴァイヴを手土産に、事実上の絶縁状態にあったデュノア社に当たり前のような顔をして凱旋。そのデータを基に、来るべき宇宙開発時代に適応した汎用性の極めて高い2.5世代ISとでもいうべき機体の開発を勝手に主導する。
こうして、基礎性能が高い割に癖がなく、後付武装が豊富で整備性も高い、とかゆいところに手が届くあざとさの限りを尽くしたISを市場に送り出し、とある理由でISコアの数が爆発的に増えたこと、軌道エレベータ開発が始まって宇宙空間で作業可能なパワードスーツの需要が増えたという時勢も助けとし、さらにIS学園時代に培った人脈で蔵王重工とも緊密な業務提携を結び、2.5世代ISという分野で大きなシェアを獲得しデュノア社の経営をほぼ一人で立て直す。
それによってついでのようにひと財産を築き、現在は相談役の座に収まり早々に半隠居状態。時折ヨーロッパを訪れる一夏に宿を提供してくつろいでもらうことと、たまにお忍びでやってくる父と過ごすのを何よりの楽しみにしている。
ただし、父と例のロボットゲームで対戦すると子供が引くくらいお互い本気になりすぎる。
「なーなー父さん。今度はいつうちに来るんだ? この前仲良くなった子とそのお母さんが父さんと遊びたいって言ってたんだ」
「うーん、まだいつになるかはわからないかな」
「わがまま言わないの、マクシミリアン。ごめんね、お父さん」
「いいって、気にするなよジュリ。ほら、抱っこしてやろう」
そして、ジュリもマクシミリアンも母に劣らぬあざとさで、どちらも女装をすれば美少女に、男装をすれば美男子に見えるという容姿の整いっぷり。特にマクシミリアンは一夏の血の為せる業か、すでにして近所の女の子やお姉さんやお母様方に大人気であり、早くも将来が不安である。
「お久しぶりです父上! また私の技を見てくれませんかっ!」
「お、ウォルフ大きくなったな。……でも少し落ち着け、腕振り回すと危ないから」
「すまんな、一夏。クラリッサ達にも世話をしてもらっているからか、どうにも……」
自らの息子の暑苦しさと堅苦しさに苦笑をこぼしながら、ラウラもやってきた。相変わらずの身長の低さではあるが、子供が生まれたことで一夏と出会ったばかりのころのようなとがった雰囲気がなくなり、母の慈愛をその身に宿す立派な女性となっている。
――ラウラ・ボーデヴィッヒ
軌道エレベータ周辺の治安維持のため、ドイツのIS特殊部隊を母体として設立された特殊部隊<ブラックラビット>の初代隊長として、今もかつての部下たちとともに最前線にあり続ける。一定の危険は常にあるが、それでも黒ウサギ隊時代からの信頼できる部下たちのおかげで大過なく過ごせていた。
最近の悩みは、ザ・ワン事件のあとクラリッサを更識家に修行に出したら変なものにかぶれてきたらしく、その影響を受けた部隊の面々までもが訓練で模擬戦をするときは必ず「ドーモ、ラウラ=サン。クラリッサです」という感じのアイサツをするようになったこと。
料理も覚え、その日の夕飯のメニューが書かれたエプロンをつけて料理をする姿が主に黒ウサギ隊のメンバーによって目撃されている。
「むっ、小鈴! 貴様また総司兄上をいじめているなっ!」
「誰がいじめてるってのよ! 邪魔すんなウォルフ!」
ラウラの息子であるウォルフはラウラ譲りの銀髪を短く整えた、子供ながらきりりと引き締まった表情をしている。目の色もラウラ譲りのきれいな真紅。しかし総司の口に次から次へと鈴特製の酢豚を突っ込んでいくのをいじめと見なした途端、興奮を現すように金色に染まった。ウォルフは生まれながらのナノマシン保持者なのだ。
そしてその真面目な性格はいたずら好きで無秩序なところがある小鈴と正反対であり、こうして顔を合わせるたびに小さなことで必ずケンカを始めるくらいに仲が良い天敵である。今もがっちり真正面から両手を組んで押し合いへし合いを繰り広げている。
……ただ、このウォルフ。
「ぬぅーっ、Wasshoi!」
「きゃあー!?」
「ふっ、どうだ小鈴! 私とて母上やクラリッサ=サンから学んだゲルマンカラテを日々研鑽しているのだ。いつまでも楽に勝てると思うなよ、インガオホー!」
クラリッサを筆頭に黒ウサギ隊の面々にも可愛がられ世話を焼かれ育ってきた結果、黒ウサギ隊直伝の格闘術を仕込まれるなどしてラウラ以上の世間知らずの天然ボケにして、どこかおかしな日本語を使うようになってしまっていたりするのだったりのが、ラウラと一夏目下の悩みである。
「ウォルフ君は元気ねえ。……クラリッサさんに教えてあげた更識家の武術の面影はもはや欠片もなくなってるみたいだけど」
「あれもまた研鑽の形なのでしょう、お母様。……そして、お父様。お会いしたかったです」
「お、おう。元気そうだな」
いつもの騒ぎを繰り広げるウォルフと小鈴の様子を眺めていた一夏の脚に抱き着く少女が一人。母である楯無とともにやってきた、楯無の娘である朧だった。
――更識楯無
ロシアの国家代表の立場と同時に更識家当主としての辣腕も振るい続け、軌道エレベータ建設に伴い各国の間で激化した諜報合戦において力を発揮。大小さまざまな争いの発生を未然に防いで回った、影の功労者。
いまでは国家代表の座は後進に譲ったが、更識家当主はいまだ続けていてさすがにそろそろ貧乏くじじゃないかなーとか思い始めている。誰か適当な相手に譲ろうにも、一族見渡してみれば一番ふさわしそうなのは自分の娘であるという事実と、じゃあ当主を引き継がせるのにあと何年かかるかを指折り数えてため息をつく日々だったりする。
「ちょっ、朧! あんたなにお父さんに甘えてるのよずるいわよっ!」
「やあん、小鈴お姉さまがいじめます。総司お兄さま、助けてください」
「え、あ……うん。よしよし」
「……くすっ」
「ぐぬぬ……!」
「……相変わらずすごいな朧は」
「我が娘ながら末恐ろしいわ」
楯無の娘、朧。
この子はこれまた利発な少女であり、なおかつその賢さ全てを賭して人をおちょくるのが大好きという、楯無の娘にふさわしい厄介な性格をしている。特に最近のお気に入りは、小鈴の目の前で総司に甘えること。素直になれない小鈴があまりの羨ましさに歯噛みするのが大層楽しいらしい。
必然の結果として落ち着いた今の状況が、少々特殊だという自覚は箒達にもある。だが愛する男と大事な友。そして新たに生まれた大切な子供達。この家族に囲まれていられる時間が幸せなものであることもまた確信している。
いろいろとまあ無茶もしたが、それでも勝ち取った幸せを誇り、それぞれ多忙を極めるためあまりない全員揃う機会を楽しんだ。
「ほらっ、いつまでも朧を甘やかしてるんじゃないわよ総司!」
「え、でも……」
「……ふふっ」
朧を軽く抱きしめる総司の様子を見てついにキレる小鈴。子供達が集まれば割と毎度のことであり、そんな様子を見て笑みをこぼす少女が一人。
騒ぎからは少し離れたところで椅子に腰かけ、床に届かない脚を揺らしながら兄達の騒動を楽しげに見ているのは、篠ノ之はたき。まさしく箒の小さいころの生き写しともいうべき、長い黒髪をポニーテールに結ったかわいらしい少女である。
……であるのだが、遠巻きに傍観している彼女の目は細められているのに眉はきりりと吊り上がり、唇は片端だけを釣り上げた皮肉げな形。そして頬杖をついてニヤニヤとしか形容しようのない顔をしている、彼女。
「モッピー知ってるよ。小鈴お姉ちゃんは総司兄さんのことが大好きだってこと」
彼女の愛称兼たまに一人称は、モッピーである。
「な、ななな何言ってるのよそんなわけないじゃない!」
「え、そう……なんだ」
「や、ちょ! そ、そういうわけでもなくて……! ああもう!」
「モッピー知ってるよ。小鈴お姉ちゃんは鈴母さん譲りのツンデレだってこと」
「うん、はたきちょっと黙ろうか。それ以上言うと小鈴が本気でキレるわ。……私も昔そうだったし」
「どこで育て方を間違えたのだ……っ」
などなど騒がしいことしきり。いろいろ引っ掻き回すトラブルメーカーもいたりするが、それでも親しい人がこれだけ集まっていれば、それだけで楽しいもの。
だが、パーティーの参加者はこれですべてではない。まだ大事な参加者が到着していないのだ。
「遅くなってごめん、みんな」
「簪ちゃん! いらっしゃい、待ってたわ」
その一人が、簪だ。
少し伸びた髪を揺らし、息を切らせてスーツ姿のまま現れたのは、ついさきほどまで仕事があったから。さすがに全員オフの日を合わせるわけにはいかず、こうして多少のずれが生じてしまうのは織り込み済みだからこそ、全員揃って簪を出迎えた。
――更識簪
IS学園卒業後、IS大学に進学して装備開発の研究を行い、若くして業界に名を轟かせた有力な研究者の一人。堅実にして精緻なシステム構築は今もなお洗練されつつある成長途中であり、将来を嘱望されている。
軌道エレベータの建設にも携わっており、ふもとに建造中のメガフロートに配備されている防衛火器は、蔵王重工製のハードに簪が構築した自動迎撃システムが組み込まれており、IS操縦者ですらビビるほどの火力網を備えている。
遅れてきたとはいえ、簪の到着は歓迎された。久々に会う者もいれば話は弾み、子供達もわらわらと寄ってきて談笑する。簪は一夏の嫁ではないが、大事な友人であることに変わりはない。
「だが簪。残念、だったな……真宏のことは」
「……うん」
箒の言葉に簪は一瞬だけ反応し、しかしすぐに微笑んで見せた。その笑みが悲しみを秘めたものであることは長い付き合いの一夏達にはすぐにわかることで、真宏の名前が簪にそんな感情を呼び起こしたことは想像に難くない。
あれだけお互いのことを想いあっていた真宏が簪の隣にいない。それだけで簪の表情を曇らせるには十分だった。
真宏はあの事件において、最初から最後まで必死に戦い抜いた。
蔵王重工本社でのシャトル打ち上げ防衛、その後の宇宙戦闘、コアジャイアントとの死闘、一夏達からISを託されてのグレート合体、そして……ザ・ワン最後の悪あがきであるミサイルを、大気圏に飛び込みながら破壊するに至るまで。
だが、後世に「神上真宏」という男の資料はほとんど残っていない。歴史書にすら名前が載ることがある一夏と比べて真宏の知名度の低さたるや、まるではじめからいなかったかのようですらある。
だが一夏達にとって、真っ赤に燃えながら地球に落ちていくあの時の真宏の姿は、どうしても忘れられない。
まるで流星のように一直線に、それまでの戦いがそうであったのと同じく、自身の命を燃やし尽くすかのように落ちて行った。
そして。
「よっ、すまんな皆。ちょっと遅れたわ」
「一夏さんちのみんなだー」
「わーい遊ぼう遊ぼうー」
それでありながらばっちり生きていて、今日はこうして簪との子供二人を連れてやってきていたりする。
一夏の「残念」とは、ただこの遅れることを指しただけである!
元気よく子供たちの元へ走り寄っていく双子の姉弟、姉のしのぶと弟の進次郎。
両親の英才教育により、既にして数多の特撮ヒーローと怪獣の名を諳んじてみせる逸材である。
「真宏、二人も、いらっしゃい。あっちにみんないるしお料理もあるから、行っておいで」
「はーいっ! それじゃあさっそく料理を!」
「小鈴ちゃんジュリちゃん、元気してた!?」
「怪我しないようにしろよー。……待たせて悪かったな、簪」
ご想像の通り、この男がそうやすやすと死ぬはずがない。
あの日地球へと落ちていきながら燃え尽きようとしていた真宏であるが、強羅の装甲はそもそもその程度の高温ならば十分に耐えられる。
さすがに全くのダメージ無しとはいかなかったが、それでも大気との摩擦が危険な熱を発生させる領域を過ぎてなお、装甲は健在であったのだ。
とはいえそれは強羅の話。装甲は耐えられても中の人間は蒸し焼きになってしまう危険があり、事実真宏もそのままならば確実に死んでいた。
真宏を救ったのは、一夏達だ。
ロケットパンチ発射後に一夏の元へ戻った白式と、その前から真宏を何とか助けようと遅ればせながら追いかけていた箒達。白式の復帰を確認すると同時に事情を察し、そこらを漂っていたザ・ワン外壁の破片を楯にして大気圏に突っ込み、強羅を捕まえてなんとか守り抜くことに成功したのだった。
では、なぜ真宏に関しての記録が少ないかといえば、それはこの時の真宏の状態が原因だ。
一夏達に助けられてしばらく。意識を失っていた真宏が目を覚ました直後。
「……」
「おお、真宏! 目を覚ました……か……?」
「……ふっふっふ、マヌケめ、人間!」
「!?」
目を覚ました真宏は、ニヤリと邪悪に笑った。
「貴様らのおかげで、蘇ったぞ!」
「様子がおかしい……ま、まさか、コアジャイアントが乗り移ったとでも!?」
その様は、まるで真宏とは思えないほど。
心当たりがあるとすれば、最後まで真宏と接触していたコアジャイアント。まさか、意識が乗っ取られているのでは。一夏達は咄嗟に距離を詰め、各々の武器を構える。躊躇をしている暇はない。たとえ真宏の姿をしていようと、コアジャイアントの意思が混じっているのならすぐにでも……。
と、思ったのだが。
「わー!? 嘘! 嘘嘘! 俺だよ、真宏だよ!」
死の淵から蘇ってなおボケ倒していたのであった。
「お前やっぱり余裕あるだろ!?」
「い、いやそうでもない。むしろ今のが最後の力で……あ、大きな星が、ついたり消えたりしている……あははは、大きい。彗星かな? いや、違う。違うな。彗星はもっと、バァーって動くもんな」
「真宏ー!?」
「想い出を焼却しすぎたか……」
とまあこんな感じで、最後の気力が切れたようだった。
真宏と強羅のワンオフ・アビリティ、ロマン魂。真宏の、そして簪がつないだ人々の心に存在するロマンや気合をエネルギーに変えるこの能力を、真宏は今回の事件で常時使い通しだった。そうでもなければ勝つことはおろか生き延びることすら不可能だったろう戦いだが、それは真宏の心身に多大な負担をかけ、戦いを終え強羅も力尽きるように消えた今になって反動が表れた。
この時点ですでに、真宏は半ば廃人になりかけていたのだ。肉体的なものはもとより精神の消耗が致命的であり、療養は何より優先されなければならなかった。
結果として真宏は傷の手当もそこそこに、看病役を買って出た簪ともども人里離れた保養地に叩き込まれ、そこで一か月にわたって二人きりで過ごしてゆっくりと心を癒していったのだ。
そしてこの間、世界を救った英雄たる一夏達を待ち受けていた式典、表彰、インタビューに次ぐインタビューのハードスケジュール。世界各地を引き回しにされる勢いで行われたそれらのイベントやマスコミへの露出から、真宏は完全に遮断されることとなる。
日々繰り返し流される映像記録の中には真宏の活躍も当然あったのだが、なんといっても真宏のISは強羅である。顔の露出はなく、どこからどう見てもロボなISが暑苦しくもかっこよく活躍する強羅の姿。人々の間でザ・ワン事件で活躍したうちの一人=強羅という図式が成り立つのも無理からぬことであろう。
そんな事情も相まって、「強羅に中の人などいない!」などと半ば冗談交じりに語られる始末。真宏やワカも面白がって否定しないのだからなお性質が悪い。
またこれは余談であるが、後年この事件を元に製作された映画がある。
娯楽性を高めるため史実を大胆に脚色したその映画においてなんと、真宏はいなかったことにされ、代わりに「一夏の小さいころからの友人たるロボ・強羅」が登場していた。しかも試写を見た真宏はご満悦だったというのだから、その噂がとどまるはずもないというものだ。
「久しぶりだな、真宏。相変わらずお前のところはみんな元気そうでなによりだ」
「一夏のところだってにぎやかじゃないか。子供一同こんなにいるし」
ともあれ、会ったからには旧交を温める二人。何くれとなく話すのは近況だったり最近気に入ったロボだったりと、お互い子供も生まれているというのに10年前と変わらないノリなあたりがいかにもらしい。
「しっかし……最近は男のIS操縦者も増えたよな」
「そうだなあ。この前も、宇宙でデブリ掃除のためにグレネードで片っ端から蒸発させてたら手伝いに来てくれたISのうち半分くらいが男だったし」
さらに、真宏がこうして平穏に過ごせるほどに知名度が低い理由の最大のものが、これだ。
ザ・ワン事件後、世界に男性も起動可能なISコアが誕生した。そのニュースはかつての白騎士事件に並ぶ衝撃となって世界を駆け巡り、それはもうテレビに出ることすらない真宏の存在など即座に忘れ去られようというものだ。
さて、そのISコアの出所だが。
――きゅ……きゅ……えれれれれれれ
「うわー!? し、白鐵がなんか吐いたーーーー!?」
「量子格納した物質の転送反応!? なのになぜわざわざ口から吐くんだこいつは!」
白鐵の腹の中、であった。
何を隠そう白鐵、コアジャイアントを強羅ディオンハンマーで光に返すそのどさくさまぎれに直径数mはあろうかという巨大なコアの原石を取り込んでいたのだった。なんだかんだとまともなコアを見ればとりあえず食べる白鐵の悪癖が再発し、しかしさすがに巨大すぎて取り込めずにこうして地上に下ろされて落ち着いてから吐き出すこととなったのだ。
そしてこの原石は元を辿ればISの元となった鉱石と同じものであり、なおかつ白鐵という強羅のサポートメカの体内を一度通ったもの。それによって真宏の性格に感染でもしたのか、この原石からISコアを生成すると男も起動させることが可能となっていた。
地上で唯一コア生成技術を持つ束にしてみても、ザ・ワンの排除がかなった時点で地上への興味を失ったかのように作成方法を開示し、それにより宇宙開発がより一層進展することとなったのだ。
そして、ただのIS操縦者、というには少々名を知られている程度に収まった真宏は今、蔵王重工に勤めている。さすがにテストパイロットの一線を退いたワカに代わって数々の装備のテストをし、また蔵王重工も全面協力している軌道エレベーター建設に重機じみた強羅のパワーを生かして力を貸し、デブリの排除なども率先して行っていた。
真宏と蔵王との関係は学生だった頃よりなお深い。
なぜならば、簪と結婚するにあたって蔵王重工、そしてその系列企業の経営者一族と大きく関わりを持ったからだ。
身の回りが落ち着いたのち、真宏は簪との結婚を考えた。
しかし更識家の娘たる簪と結婚するにあたり、当初懸念された通り真宏の出自の怪しさがやはり問題になりそうだ、と楯無から聞いた真宏。真宏としてはそういうこともあろうと予測していたし、仙里算総眼図を用いてそれ以上の精度で確信していた簪はさっそくいつぞや言った通り、楯無を当主の座から蹴落として自分が就任してでも我を通そうとアップをはじめ、さすがにそれはマズイと思った真宏が取った策がある。
それこそは。
「ワカちゃん」
「はい、なんでしょう」
「……俺を、ワカちゃんちの子にしてください!」
「あ、いいですよー」
と、いう感じの合計5秒で終わる交渉であった。
まあ要するに、蔵王一族の養子になって身元を保証してもらおう、という作戦だった。ちなみに実際にはいろいろとこねくり回して真宏の姓は神上のままとなっているあたり、どれほどの尽力をしてくれたかが伺える。
そして、さすがにワカ自身の養子となるのは無理があるのでワカの両親の養子となった。ワカの母親にして真宏の義母、通称ワカちゃんママはワカをそのまま成長させたような妙齢の女性だったそうだ。実際の年齢は別として。蔵王一族の女は年を取らない、というのは業界で古くから言い伝えられる噂の一つである。
ワカも今では蔵王重工若社長という正体を真宏達に明かしている。まあ最初からバレバレではあったのだが、いまだに火薬大好きっ子として世界中を飛び回って営業やら実演やら趣味と実益を兼ねた仕事を楽しみ、義弟となった真宏とも仲良く悪ノリして楽しんでいた。
今日のこのパーティーにも、後で乱入してくる予定である。
「……ところで一夏、千冬さんはどうよ」
「……相変わらずだ。なあ真宏、せっかくだからもらってやってくれないか?」
「簪がいなければ割と本気で考えたんだけどな……もういいじゃん、お前が実は血のつながらない義弟だったってことにしてゴールインすれば」
そんなわけもあり、10年経てば色々と変わる。最近この二人の間で一番ホットな話題は、「いまだ男の気配すらいない千冬さんの嫁の貰い手」である。
「何を話しているのだ、お前たちは」
「うごげっ!? ち、千冬姉!」
「あ、頭が割れそうに痛い……おもに物理的な理由で……っ!」
「本当に進歩がない……いや、変わらないな、お前たちは」
噂をすれば何とやら。音もなく一夏と真宏の後ろに立ち、ほとんど同時に二発の拳骨をお見舞いしたのは他でもない、千冬だった。
10年経ってもなお若々しい姿は一夏達がIS学園にいたころと変わりなく、ISの操縦者からは完全に足を洗って後進の育成に完全に専念するようになってなお、鋭い拳脚のキレはむしろ増すばかりではないかと、殴られた頭の痛みから思うことしきりな一夏と真宏。
一方それを呆れて眺めるのは千冬とともに遅れてこのパーティーにやってきた、マドカ。こちらもますます千冬に似てきているが、ファントム・タスク時代のキレっぷりは家族との時間が拭い去ったかのように穏やかさを取り戻している。今では軌道エレベーター建設の最前線に立って指揮を執る両親について回り、自身も宇宙工学の研究と建設作業の指揮を務めている。
「千冬さん、お久しぶりです」
「総司か、元気そうだな」
「わーい、千冬さんだー。なんでかおばさんって呼ぶ気が全然しない千冬さんだー」
「こ、こらマクシミリアン、命が惜しかったらそんなこと言っちゃダメ!」
ちなみに千冬は一夏の子供達にも大人気。子に厳しい親でも孫にはダダ甘であるのと同じで、近寄ってきた総司の頭を機嫌よさそうに撫でている姿はかつてのブリュンヒルデとして張りつめた日々を送っていた千冬の表情と全く別のものだ。
「ただーいまっと。あちゃー、みんな揃ってる。ちょっと遅れちゃったかな」
「ですから、お支度は早めに済ませておくべきだとあれほど申し上げたではないですか。束様は基本的にどんくさいのですから、行き当たりばったりをやめるべきです」
次に姿を現したのは、束とくーちゃんである。
しかし彼女らは扉を開けて入ってきたわけではなく、文字通り「どこからともなく姿を現した」
「どうも、束さん。転移してきたってことは、例の装置は完成間近ってところですか」
「そうだよまーくん。イヤー、助かったよ。ようやく宇宙に出られるようになったからIS鉱石の大本を探しにいくつもりだったけど、まーくんが見つけてきてくれた『どこでもドア理論』の論文のおかげで大分移動時間が節約できそうだから」
その種と仕掛けは、例によって真宏が蒔いたものだった。
束がISを開発したそもそもの目的は、篠ノ之神社地下で見つけたIS鉱石の源流を宇宙へ探しに出ること。随分と時間はかかったが、その邪魔をしていたザ・ワンを排除した束はようやく軌道エレベーターを建設しようとしている人々を無視して自分ひとりで宇宙の探索を開始した。
最初に斥候として放たれたのは無人機たるゴーレムたち。宇宙は人が一人で探すには広大過ぎるということで、ひとまずゴーレムにあちこち探査させて目星を付けてから自分が向かう。無人機はそもそもその計画から生まれたものだったらしい。
だが問題は、その結果としてIS鉱石の元を見つけたとしてもたどり着けるかどうか。光速以下でえっちらおっちら向かっていたのではいつになったら辿りつけるか分かったものではなく、到底我慢できるものではない。
そこに真宏がどこからともなく持ってきたのが、このどこでもドア理論。束脅威の科学力は、理論が正しいと思われるものの実現ができるかは未知数だったこの理論を現実のものとし、いまや完全に神出鬼没の天災科学者と化している。
これが、一夏達の勝ち取った平和で幸せな未来だ。
軌道エレベーターは物が物だけに、いざ建設が始まった今になっても各国の政争の槍玉にあげられていてセシリアやラウラ、楯無の仕事が増える一方で休まる暇がない。
ISの数が増えたことで操縦者になろうとする人間も増え、箒や千冬もまた年中フル回転で次々と生徒たちを鍛え、世に送り出している。
世界は変わり、しかしそれは決して悪い方向ではないと、あの日この星を守った一夏達は思っている。
「あ、そうだ。テレビテレビ。そろそろモント・グロッソの本戦中継が始まるじゃないか」
「蘭の試合か。まさか日本代表になるとはな」
「それであんな大きなテレビが置いてあったわけね……。蘭、本戦出場どころか優勝候補みたいじゃない」
「そうですわね。……そして確か、もし総合優勝できたならば結婚してほしいと一夏さんと約束しているとも。気合が入るのもうなずけますわね」
「でも、今年も強い人ばかりだから大変だよ。がんばって応援しないと」
「確か、真宏の弟子も出ていたな。専用機の名前はゴッド強羅だったか。まさかあの娘まで強羅の操縦者になるとは」
「直接応援に行くのは決勝だけ、だったわよね。必ず決勝まで行くから、応援に来るのはその時だけにしてほしいって、見事な覚悟だわ」
――五反田蘭。
IS学園在学中にメキメキと実力をつけ、今では日本の代表として世界を相手に戦う優秀なIS操縦者である。ザ・ワン事件の際はまだ未熟で参戦できず、それに遠慮してか複数人との結婚が公に認められるようになっても一夏に自分の気持ちを伝えることはなかった彼女。
しかし実力が認められモント・グロッソへの出場がかなうと知った時ついに告白し、総合優勝を果たした暁には改めて結婚のお願いをするのだと、そう決めていた。
優勝候補の一角として順調に駒を進める蘭。いまだたどり着いていない未来の決勝の相手は、元々ファントム・タスク出身であるために国籍を持たないが故、卒業後に実質の専用機となっていた打鉄のコアをもとに作られた強羅三番機<ゴッド強羅>ごと某国にお買い上げされたIS学園時代からの親友となり、歴史に残る名勝負を繰り広げることとなる。
「そういえば、スコールさんとオータムは最近どうしてるんだっけ?」
「あいつらはさすがに表立ってどうこうすることはできん。確か二人そろってアメリカの軍に所属してISの開発と教導官をしているはずだ」
――スコールとオータム
ザ・ワンの消滅に伴い、彼女らのファントム・タスクとしての使命は完全に消滅した。スコールはオータムのIS学園卒業(オータムが留年したため3年かかった)まで保健医として君臨し、その後二人そろってスコールの古巣であるアメリカにいろいろなしがらみとともに召し抱えられ以後はISの発展と後進の育成に努めている。
スコールは主に女性操縦者からの信奉厚く、オータムは生徒にすら生暖かく見守られるバカっぷりをいまだ発揮しながらも、なんだかんだで慕われているのだとか。
「あー……なんか懐かしいな、こうしてみんな揃ってると」
「そうだなあ」
「うふふ。それはよかったですね、お父様、真宏さん」
わいわいと料理を巡って熾烈な争いを繰り広げる子供達と、それをたしなめたりけしかけたりする母親たち。男親の入り込める空気ではないというか、こいつらが混じったらより一層騒がしくなるということで引き離された一夏と真宏は、家族のそんな様子を少し遠くから眺めている。
そして、なぜかそちらから離れて朧が真宏と一夏に茶を淹れている。急須に湯呑、ポットを持ってきて、楯無から教わったというやり方で一生懸命淹れてくれたのだ。父としても叔父としてもうれしくないはずがなく、朧のかわいらしい笑顔にほっこりと和んだ。
「お茶美味しいよ、朧。ありがとう」
「まあ。うれしいです、真宏さん」
そして朧もまた、真宏からそういってもらえることが何よりの喜びなのだった。花が咲くような笑顔はさきほど小鈴に向けた邪悪なものとは全く違う、心からのものだ。
……この朧という少女、なぜか赤ん坊のころからやたらと真宏に懐いていたりする。真宏が抱き上げればどんなに泣いていても泣き止み、歩けるようになってからは会うたびについて回り、今では一夏、真宏、朧の順で座るほど。なんか危ない気がする、とは簪の弁である。
ともあれ、一夏と真宏は思い出話に花を咲かせていた。そして話題に上るのは、必然的にザ・ワンのものが多くなる。10年前に起きたあの事件の数々は今も覚えている。思い出すたびに、どれほどの死線をくぐったのか数えるのも恐ろしくなるほどだ。
だが、後悔などありはしない。自分たちが勝ち取ったあの日の未来は、最高の形で今になったのだから。
「……ところで真宏、さっきから蘭の試合見たりみんな揃ったりしてるとさ……?」
「みなまで言うな。俺も同じだ」
ニヤリ、と笑いあう男が二人。いい年こいて子供までいるにもかかわらず、この二人はいまだに子供のころと変わらないノリを保っている。モント・グロッソのようないい試合を見れば、血が滾る。
そして仕事やら何やらの関係上、二人とも今も専用機を所有しているとなれば、やることは一つだろう。
すっくと立って、窓辺へ向かう。せっかくだからパーティーの余興にちょうどいいだろうと自分に言い訳をして、こんなこともあろうかとアリーナのVIP席を会場にしておいたことを最大限に生かし、窓を開け、その向こうに開けたアリーナへと二人そろって、一切の迷いなく飛び出した。
「いやっほう!」
「……むっ、一夏、真宏!?」
「まったく、相変わらずやんちゃですわね、二人とも」
「まあ、やるとは思ってたわ。ほら皆、窓危ないから閉めるまで近寄っちゃダメよ」
「はーいマクシミリアンは落ち着こうねー」
「あの二人の模擬戦とは、久しぶりだ。……加減を忘れ始めたら止めに入るぞ」
「いいわねえ、元気で。なんなら後で私たちもやりましょうか。久々にがんばっちゃうわよ」
「いいね、お姉ちゃん。私もやりたい」
止める者は、いなかった。
すでに酒をかっくらっている千冬と束、そして甲斐甲斐しく二人に酌をするマドカとくーはいつものことだと笑い、子供たち一同は目の前で繰り広げられるIS戦闘、それも伝説的な操縦者である自分たちの父が戦うのだからおとーさんがんばってーの声援が元気よく叫ばれる。
後の時代に記された、とある歴史書はこう語る。
――先述の通り、ザ・ワン事件において活躍した「強羅」というISの知名度に反して、その操縦者の名は全くと言っていいほど知られていない。活躍に比して露出が少なくならざるを得なかった経緯からして必然的なことであるが、しかし名は知られなくとも存在は語り継がれている。
――彼の活躍をその目で見た、流星となって落ちていくその瞬間を直に心へ刻み付けた当時の子供たちが、大人になってから自分たちの子供に語り継いだその言葉が、今では彼自身を指す言葉として広く知られている。
アリーナ中央に浮かぶ白式と強羅。お互い全力で、楽しい戦いを繰り広げようと気合は十分。
雪片弐型を構える一夏に対し、真宏は高々と拳を掲げ、ロマン魂のエネルギーで輝かせる。
『さあ行くぜ、一夏!』
「おう、かかってこい真宏!」
――子供たちは今も、あの男に憧れを込め、こう呼んでいる。
『これぞ、男のロマン!』
――IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男、と
――完――