地球圏を襲うアサルトセル、そしてザ・ワンの脅威を巡る最終決戦。その長きにわたる戦いが、ついに終わりを迎えようとしていた。
地球上を襲撃したバグの大軍勢は、既にほとんどが駆逐されつつある。
各地でのISの奮闘は無論のこと、戦闘機や戦車などの通常兵器も勇敢に戦い抜いたおかげで戦線の後退が止まり、徐々に押し返してすらいた。
そして何よりの要因は、蔵王重工本社を襲うバグを一掃したワカが蔵王砲にて衛星軌道へと上がり、束がばらまいたゴーレムとともにアサルトセルを片付けていたオーカ・ニエーバと合流。オーカ・ニエーバに抱えてもらいながら地球の自転方向に対して垂直な軌道を巡り、バグのいるあたりへ自慢のグレネードで軌道爆撃を敢行したことだ。
一応、爆撃をぶちかます前に巻き込まれる可能性のある位置にいるISやその他通常兵器のパイロットたちにはコアネットワークなどで連絡こそしたものの、空から降ってくる火の玉がバグをぼんがぼんが爆破する光景はある意味バグの大軍勢より怖かった、と世界中で話題になったらしい。
「なんか地上に一列ずらっとクレーターができた」「ぴかっと光ったと思ったらバグがいなくなってた」「バグより怖い」「バグがいなくなったと思ったら蔵王重工の宣伝チラシが落ちてた」などなど伝説を築き上げたとか。
ともあれ、これにて地球上はほぼ安泰。地表のバグ、軌道上のアサルトセルともに殲滅され、ザ・ワンから迫りつつあった箱とそこから出たバグについても、千冬たち5機のISが全て倒しつくしている。
「おりゃー! 超重力子砲!」
「束、貴様……何故そのシャトルに人型変形機能などつけた!? 真宏が見たら何を言い出すか!」
「えへへ、これが束さんハッチ
だが、まだ人類が勝利したとは言えない。最大の脅威、ザ・ワンが残っている。
地球上の各火山やマグマ溜まりを狙っていたロケットステイツ自体は、箒たちが待ち構えていたISTDを撃破するついでに偶然破壊しつくしたため、発射自体は不可能になっている。だがザ・ワンの大部分の構造はいまだ健在であり、あれだけの巨大な質量が地表へ落下してしまえば周囲に壊滅的な被害が出ることは免れない。
では、それを止める方法はあるのか。
あるには、ある。
ザ・ワンの本当の中枢、コズミックステイツの主を倒して制御を奪い、その場でザ・ワンを解体することだ。最悪大気圏突入時に燃え尽きる程度のサイズまで破壊するか、そうでなくとも地球への衝突コースから逸らし、衛星軌道上にとどまらせることができればいい。
しかし今からコズミックステイツに送り込める戦力は、ない。
地上のISは精魂尽き果てているうえに今から宇宙へ上がりザ・ワンに潜入していたのでは時間がかかりすぎ、それは宇宙空間にいる千冬たちも位置関係の都合上大差がない。
唯一たどり着けるだろう位置にいるのは一夏達だが、先のISキラーザウルスとの戦闘でISがエネルギーを使い果たし、リミットダウンを起こしてしまった。一夏達は慌ててザ・ワンの中で気密が保たれている区画を探し、各ステイツの接続をつかさどるマグネットステイツを発見。いまだ設備が無事なうえに敵もいないことを確認してもぐりこんだが、ISを通常通り運用できるまで回復するのには時間がかかる。
つまり、結論としてザ・ワンを止めるにはコズミックステイツを制しなければならないが、戦力はないのである。
すでにそこにいる、真宏を除いては。
元をたどれば数万年前、ISコアのもととなる鉱石を含んだ隕石が地球圏に飛来したときから宿命づけられ、半世紀前に打ち上げられたロケットが取り込まれた時より始まり、10年前の白騎士事件が引き金となった、この一連のIS騒乱。
その事件の決着は、コズミックステイツ内の一戦に終結しようとしていた。
IS鉱石から生まれた巨人――「コアジャイアント」と呼称することが決まった――と、ザ・ワンを生み出す元凶となったロケットの製作者の意地と愛によって生まれた真宏。
地球の未来は今まさに、神上真宏ただ一人の双肩にかかっていた。
◇◆◇
『――……ろ、……宏!』
『む……ん?』
『――真宏、起きて! しっかり!』
自分の声とは思えないほど低いうなり声と、全身をしびれさせる痛み、そして聞きなれた声に導かれて目が覚めた。というか、その時になって初めて自分が気絶していたことに気が付くほどのありさまだ。一瞬、自分が何をしていたのか、この声は一体誰のものなのかと考え。
『うぐあああああっ!?』
『――真宏! 大丈夫か!?』
岩でも落とされたかという重さが生じ、腹を潰される痛みでさらなる悲鳴が口からこぼれた。
だがそのショックがあればこそ、ここがコズミックステイツで、俺はここの主と思しきコアジャイアントと戦っていたこと、どうしてもかなわず床に殴りつけられそのままぐりぐりと潰されかけていることを思い出せた。
そしてこの声は、一夏と簪のもの。さっきまで封じられていたコアネットワークが復活したのだろう。
『ごふっ……。い、一夏と簪か。そっちは無事みたいだな。俺は今ラスボスっぽい奴と戦って、潰されかけてる』
『――それ遠まわしな死亡フラグじゃないかおい!?』
『――真宏、この状況でハードボイルドごっこなんてしちゃダメ!』
みしみしと、強羅の装甲がなければ胸から下がぺちゃんこになっているだろう圧力を受けながらの言葉に返ってくるツッコミの心地よさ。これだけで気分が大分紛れるというものだ。
コアネットワークの復活により、こちらの状況が伝わるのと同時に一夏達の置かれている状況も大体わかった。ザ・ワンに引きずり込まれたメンバーのうち、俺以外の全員が一つのところに集まっている。
ザ・ワンの構造はあちこち崩壊しかけているようだが、一夏達がいるのは幸い損傷が少なく気密も保たれているエリア、マグネットステイツ。ISのエネルギーが尽きてISスーツ姿になってしまってはいるが、あそこならば空気がなくなる心配はしなくていいようだ。
つまり、あとは俺がこいつを倒すのみ。それで大体のことが片付くだろう。
……ただ、問題は。
『ますます力入れやがったこいつグワーッ!?』
『――真宏ー!?』
『――こう言うのはなんだけど実は真宏やっぱり結構余裕ないか!?』
コアジャイアントが情け容赦一切なく、俺を潰さんとしていることである。
一応、頑張ったのだ。
コズミックステイツという最中枢での戦いに出てきたこのコアジャイアント。まさかISTDと変わらない程度の中ボスとはとても思えず、事実現れた直後は目の前で静かに立っているだけで凄まじい威圧感に正直ビビった。
しかも、実際強い。こんな状況に陥るまでの間、俺だって無抵抗にやられていたわけではない。強羅特有の、あるいはシャルロットのラファール・リヴァイヴをすら越えるほどに持ち込んだ格納武装の数々を使いまくって戦った。
グレネードやマシンガン、ビーム系兵器にミサイルなどなど。しかしいずれもあの凄まじくでかい図体の割に機敏な動きで避けられるか当たっても無傷となる始末。
果ては念のためにと持ってきておいた近接武装セット<弁慶>の大鉄塊、マンティスライサー、虎爪も文字通り歯が立たず、決死の思いで間合いに踏み込むまでの間に用意していた光弾に全身くまなくボコボコにされた。おかげで今やへし折れた大鉄塊と刃こぼれして使い物にならなくなったマンティスライサーと虎爪があたりを漂っている始末だ。
光弾のいくつかは、超久しぶりに出したドクロマークの近接戦闘用バット<黄金>ではじき返したが、その程度で収まるような数ではない。こっそり分離しておいて、俺を囮として逆側から攻めかかった白鐵も接近の甲斐なく、コアジャイアントが振り向くことすらなく振り下ろした手のひらに叩き落とされ、既にズタボロになっている。
そして奮闘空しく、巨大な拳に押しつぶされ今に至るというわけだ。床に叩き付けられたときには、既に目の前に見えるのは拳のみとなっていた。そのまま振り抜くのも見えないほどの速度と重さで殴りつけられるという稀有な経験をして、一夏達の声が届くまで気を失っていただけで済んだのだから、むしろ儲けものではなかろうか。
気絶していたのはおそらくさして長い間ではない。そうでもなければ、おそらく目覚めることなくお陀仏していたことだろう。
……もっとも、今のままなら命まで危なくなるのも時間の問題な気がするが。
『――くそ……何とかならないのか、真宏!』
『無茶言うな、強羅のボディが単純な力でみしみし言うくらいのパワーなんだぞ、いまさら俺一人じゃ……ぬおおおおっ!』
『真宏、しっかりっ!』
焦ったような一夏の声と、簪の必死の励まし。そしてその後ろからわあわあと騒がしい箒たちの声。よく聞き取れないが、みんなも俺のことを励ましてくれているらしい。
こうして心配してくれる声があるからこそ意識を保っていられたようなものだが、コアジャイアントはそれすら許さない。ぐりぐりとますます力を込めて本格的に俺を押し潰そうとする動きは単純で、だからこそ逃げようがない。
強羅にはもともと機動力も大してなければ、絡め手を使えるような特殊武装もない。セカンド・シフトに伴って現れた白鐵は展開装甲つき自律稼働型兵装という頼りになる相棒だが、それでも今は俺と同じく大破寸前のありさまだ。
こうなってしまえば強羅は真正面から装甲とパワーで相手を圧倒する以外の手段はなく、しかし今はどちらも封じられている。
『あ……が……! さすがに……やばい……な!』
『――くそっ、何か……何か手はないのか、真宏を助けられる手段は!』
『――紅椿、頼む。絢爛舞踏さえ使えればエネルギーが回復できる、真宏のところまで助けに行けるっ! だから、早く……っ!』
一夏と箒の泣きそうな声がどこかかすれて聞こえる。それだけではなく、セシリアの励まし、鈴の叱咤、シャルロットの応援、ラウラの海兵隊式な感じの奮い立たせるための罵倒、会長が珍しく慌てた様子で俺の名前を何度となく繰り返す声。
どれもこれもありがたいのだが、生憎と今の俺では仲間達の声援には応えられそうもない。ついに強羅の胸部フレームの耐久力を超える力がかかったようで、胸から腹にかけて激痛が走ったせいだ。肋骨かあるいはへし折れた装甲が刺さったのかもしれない。
少なくとも内臓に届くレベルの傷を負ってしまってもいるらしく、口からこぼれた血の匂いが強羅のマスクの中に満ちた。
これまでの戦いの中でもピンチに陥ったことは何度もあった。強羅より強い相手に挑んだこともあるし、手も足も出ず死にかけたこともあった。だが単純なパワーで強羅が負けることも、それによって強羅の強靭な装甲が意味をなさなくなるほどの破壊を受けたこともなかった。
体中を苛む激痛は、ジワリと忍び寄る死の恐怖を引き連れて、手始めにそんな考えを蒔いてきた。
『――真宏』
『か、簪……?』
ロマン魂は気合の力。弱気に囚われればすぐに力を失う諸刃の剣。あと一歩この不安に寄り添ってしまえばすぐにもその加護を失いそうだった俺の心を救ったのは、絶妙のタイミングで俺の意識を呼び戻してくれる簪の声だった。
たとえどんな雑踏に紛れていても聞き分けられる自信がある簪の声。その時も、まるですぐそばで囁かれたのかと錯覚するほどに、はっきりと俺の心に響いてきた。
コアネットワークを通すとその言葉に乗せられた感情というのがとてもよく伝わる気がする。簪が呼んだ俺の名はかすかに震えを帯びて、とてもではないが平静とは言えない。初めて会った頃に似た、いつも何かに怯えているような声だった。
確かに、怖いのだろう。簪は長く抱えたコンプレックスのせいで自分に対する自信が今でも足りない。敵が強ければ恐怖を感じ、仲間が傷つけば自分の心もまた涙を流す。
だがそれでも簪はここにいる。恐怖を乗り越え、涙をぬぐう強さを今は持っている。……いや、元から持っていたのだ。簪は自分にもそんな強い心があると、ようやく認められるようになっただけ。
今も、そう。俺の名を呼ぶ声は、震えはしても泣いていない。はっきりと、伝えるべきことを伝えるという強い強い意志に支えられている。
『――必ず何とかするから……がんばってっ!』
『……ああ、まか……せ……ろ』
その言葉に、安心した。
簪が何とかするというならば、必ず何とかしてくれる。
だから再び意識が途切れるその瞬間も、俺の心は絶望に沈まずに済んだ。今は負けだが、決意する。
百万回やられても、負けない……!
◇◆◇
『俺は……簪一筋だ!!!』
闇に落ちた意識が、いつから覚醒していたのかはわからない。体中の骨が砕かれそうな激痛に目の前が真っ暗になったことまでは覚えているが、その後何がどうなって今の状態になったのか、その記憶はバッサリと抜け落ちている。
ただ一つはっきりしているのは、半ば自動的にこれまでの日々の記憶が上映されていることだけだ
あの時は恥ずかしかったなーと思うのもわずかな間。気づけば場面が切り替わり、強羅と合体した白式・荒神でセカンド・シフトした福音に挑む一夏を見上げ、量産機乗りの同級生二人に<パーティー・タイム>の飽和攻撃を加え、セシリアにロケットパンチをかましていた。
「ん……、なんだこれ。夢……いや、ソーマト・リコール現象!?」
その現象、あえて呼ぶなら走馬燈よりふさわしい表現はないだろう。死にかけたときに見る自分の過去の光景。そうこうしているうちにどんどんと時は遡り、一夏と鈴、それに弾達を交えて気楽に毎日を謳歌していた中学時代、親がいなかったり姉が変態レベルの天才だったりするせいで、放っておくとすぐにほかの子供と致命的なレベルの喧嘩を引き起こしそうな一夏と箒の態度を無理やりギャグに巻き込んでいた小学校時代と記憶が巡る。
どれもこれも懐かしくて仕方ないのだが、まるで俺のそう長くはない人生が終わりを告げるかのようだと思えば不吉で仕方がない。
さすがにマズイかもしれない。意識が覚醒する気配はまるでないし、現実空間において、放っておけば確実にコアジャイアントに潰され俺は死ぬ。焦りが募るが、しかし肉体は精神に追いついていないのか、どれだけ気合を込めても走馬燈が途切れることはなかった。
声も出ないのに気合の叫びをあげた気になってみたり、体を動かそうとして感覚がまるでないことに気付いたり、などなど。無駄な努力ばかりが空回りしている間に、走馬燈が映し出す情景は今生における俺のもっとも古い記憶、じーちゃんと二人で生活していたころの風景を映し出していた。
「じーちゃんじーちゃんじーちゃん!」
「……む」
家の中、テーブルで新聞を読んでいるじーちゃんに構ってもらおうと騒がしく走っていく俺。返事とも唸っただけともつかないその声は無口を極めたじーちゃんにしてみればちゃんと返事をしたといえる方で、幼い俺はテンションが上がってしまい、じーちゃんの脚にしがみついて満面の笑みを浮かべている。
そんなごくありふれた過去の思い出を、俺はまるでその場にいるかのような気分で一歩引いたところから眺めていた。
昔は、確かにああだった。
親はいないし血縁者がこの世にいるかどうかもわからなかった当時。さらに昔の記憶があるということを意識していなかったせいか、同年代の子供と比べればしっかりしている部分はあったらいいなあと思うが、それでも十分以上に子供らしい子供だった俺。
だから、何かをしゃべってくれることこそ少ないものの、俺を大事に思ってくれていたじーちゃんのことが大好きで、ああして絡みに行ってはけらけらと笑ってばかりいた。
「懐かしいな……」
自然と、そんな言葉が零れ落ちる。
しかし今は亡きじーちゃんとの思い出が浮かんでくるこの場所は本来、かつてじーちゃんが開発し、宇宙へと送り出そうとして正しくは果たせなかった人工衛星のなれの果て、ザ・ワンの中枢コズミックステイツ。そして俺はザ・ワンの化身ともいうべきコアジャイアントに殴り潰されている真っ最中だ。
一体、何の因果かと思う。じーちゃんが生み出したともいえるザ・ワンとの最終決戦。一夏達はそれぞれの場所で戦い、勝利を修め、最後に残ったのがじーちゃんの家族である、俺とコアジャイアントとの戦いなのだ。
だが。
「……ごめん、じーちゃん。じーちゃんが夢見た宇宙、取り戻せないかもしれない」
ぽつりと弱音がこぼれるくらいに、状況は絶望的だった。力は使い果たした。どんな武器も通じない。勝利への道は、限りなく遠い。
ロマン魂があればまだ戦える。簪たちが応援してくれるなら、何度だって奮い立って見せる。しかし、勝てるのだろうか、あの異常なほど頑丈な敵に。
普段ならば気合で封じて口には出さないその不安。記憶の中の幻に過ぎないとはいえ、じーちゃんの姿を見て声を聞いたせいか、どうしても言わずにはいられなかった。
――大丈夫だ。
「!?」
声がした。
どこか、聞き覚えのある声が。
体は動かないのに意識だけは顔を上げようとして、しかし頭が上がらない、そんな感覚があった。
同時に、ぐしゃぐしゃと頭を撫でるというよりも、髪をかき回される感触。ひんやりとした、細い指先。筋張った皮しか残っていないのではとさえ思える、決して大きくはない手が頭に触れているような、覚えがある感触だ。
とてもとても小さいころ、言葉で想いを伝えるということが苦手だったじーちゃんが、俺を褒めるときに頭を撫でてくれたのと、そっくり同じ感覚だった。
走馬燈は記憶が再生される現象に過ぎない。きっとこの感触も、それと同じ反芻作用なのだろう。理屈の上ではそういう解釈をするのが妥当だと思う。
けど、それでも。
――大きくなった。立派になった。……頼む
「……ああ。任せてくれ、じーちゃん」
あるいはザ・ワンに込められたじーちゃんの魂が、今この時だけ俺に語りかけてくれたのかもしれない。そんな奇跡が起きたと信じてみるのも、悪くない。
もしここが現実の空間であるならば、目が熱くなり涙をこぼしていただろう。
不安に代わって胸の中に満ちる懐かしい家族と触れ合う幸せが満ちた心で、そう思う。
そっと頭を離れる手の感触を名残惜しく思いながら、それでも心の中には確かに芽生えた何かがある。暖かく強い感情を、俺は確かに受け取った。
意識が、今度は光の中へとかき消える。
◇◆◇
「……今度はここか。久しぶりだな」
ふと気づくと、今度は通路のド真ん中に立ち尽くしている自分を認識した。どこまでもまっすぐ続く通路は、いかにも近未来の秘密基地じみた合理性を天井からの照明に浮かび上がらせており、目の前には大きな扉がどでんと立派に構えている。
しばらく前にも来たことがある、謎の幼女が待ち構えていた秘密基地だ。
「――! ――!!」
「――!? ――!」
ただその時と違うのは、この扉の向こうからなんだかやたらと騒々しい雰囲気が伝わってくることだろうか。俺の知る限り、ここの住人は一人だけでこんなことが起こる場所ではなかったのだが、どうやら事情が変わっているようだ。
一体何があったのだろう。どうせ他のどこかに行けるわけでもないので、それならばとばかりにちょっとわくわくしながら、俺は再び扉をくぐる。
「えぇい、見ていられん! 私が出るから止めるな!」
「む、無茶ですよ! まだ全然準備が終わってないんですから、心配なのはわかるけど危なすぎます!」
「きゅーきゅー!」
「なっ、誰が心配などするか! お前たちは私の獲物だから、他の奴に横取りされるのが嫌なだけだと何度言ったらわかる!?」
きゃいきゃいぎゃーぎゃー。以前見たのと変わらない、そしていつぞや入った蔵王重工の地下施設にとてもよく似た、指令室っぽい部屋の中。部屋を飛び出そうと暴れる女の子と、それを止めようとする二人の少女の姿があった。
「ああもう、忌々しい! お前だけではどうしようもないのだろう、黙って私に任せ……ろぶふっ!?」
「おっと」
小さな大乱闘の様相を呈していた少女たちの絡み合いだったが、思いっきり暴れていた子がついに取り押さえようとしていた二人の少女を振り払って駆け出した。しかし、生憎とそこには既に俺がいる。結果、その子は俺の腹のあたりにばふんと顔を埋める羽目になっていた。
華奢な体で体重も軽いのか、あっさりと跳ね飛ばされて転びそうになるのを咄嗟に支え。
「おっと、危ないよ」
「へ? あ、うん。……って、きゃああああああああ!?」
「うおわー!?」
俺の顔を見るなり悲鳴を上げるのを聞いて、どうもここにいる子らは俺が来るのがよほど予想外なのだなあ、としみじみ感じるのであったとさ。
「改めて、久しぶり。元気そうだね」
「ええ、お久しぶりです。……本当は、あんまり会えちゃいけないんですけど」
俺にぶつかった子が落ち着くのを待ってから、見覚えのある子とそれ以外の二人を合わせ、ようやく挨拶とあいなった。部屋の中央に供えられたテーブルの向かいに二人が座り、俺の相手をしてくれる方の子は、いつぞやここに来たときにも出会った幼い少女。なんとなく普段世話になっている、とある人を少し若返らせたらこんな風になるんじゃないかなーという容姿をした、長い黒髪の女の子である。や、あの人既に年齢不相応に若いんだけど。
「まったく、なぜお前がこんなところにいるんだ。とっとと出ていけ!」
「あ、気にしないでくださいね。この子は照れてるだけなので」
「ああ、大丈夫。わかってる」
「何をわかっているというんだっ。この、このっ」
一方、ぷりぷりと怒って机の下で俺の脚をぺしぺしと痛くもない威力で蹴ってくるこの子は新顔だ。
背の高さは以前からここにいたあの子とほとんど変わらない。だが容姿の雰囲気はだいぶ異なる。黒くて長い髪は共通しているが、全身褐色の肌に真っ赤な目の組み合わせがこれはこれでまた美人だ。
だがそれも黙っていれば、の話。ツリ目がちな目でキリッとした少女の顔立ちはよくよく見ると隣でニコニコ笑っているもう一人の少女ととても似ているが、俺が見ている限り常に怒っているので受ける印象は正反対と言っていい。どのくらいの差かというと、スタンダード次元と融合次元とエクシーズ次元とシンクロ次元にそれぞれ存在する同じ顔と言われるけど髪型とかいろいろ違いすぎてあんまりそんな気がしないデュエリストの女の子くらい。
あとなんとなくツンデレというかライバルキャラっぽい感じがする。
「きゅーきゅー。きゅぅうー」
「ああ、はいはい。なんだかよくわからないけど、よしよし」
そして、もう一人。こちらはまた見た目がエライ謎な少女である。
なぜかきゅーきゅーとしかしゃべらない、他の二人よりもさらに背の低い女の子……だというのは声の感じからしてわかるのだが、この子はなぜか鳥の被り物をかぶっていた。
顔のパーツのうち露出しているのは口元くらい。あとは頭から鼻のあたりまでをすっぽりと隠す、そこはかとなくメカっぽい鳥の顔をかぶっている。エジプトの壁画にある顔だけ獣や鳥の神様みたいな感じだ。
この子は褐色の子と打って変わってやたらと人懐っこく、俺の体をよじ登り、さっきからずっと背中にしがみついて嬉しそうにきゅーきゅー鳴いている。……まあ、喜んでくれるならなによりだ。
「ともあれ、せっかくだから久々の再会と新しい子たちとの出会いのお祝いをしたいんですけど……あんまり時間は、ないですよね」
「ああ、そうなんだ。……まあ、なんとかなる。してみせるよ」
「はっ、どうだか。ここに来るような羽目になるやつに、いまさら何を出来る?」
「きゅー……」
心配そうに眉根を寄せる少女と、俺をあざ笑うように見せて、ちらちらと心配そうにこちらを見てくる褐色少女、そして不安そうに一声鳴いて俺の首にしがみついてくる鳥の子。三者三様であり、約一名本心を隠そうとしてまったく隠せていないが、誰もが俺を心配してくれているらしい。
だが、俺には確信があった。俺は、負けないと。
「大丈夫だって。さっき励ましてもらったし……それに、聞こえないか?」
「聞こえる……?」
俺の身を案じてくれるとともに、何を言おうと俺の行動は変わらないとわかっているのだろう。それ以上説得の言葉を重ねることはなく、三人とも目を閉じて耳を澄ます。
そうすれば、聞こえるはずだ。俺に届けと願う声が。
『――がんばって』
『――負けないで』
『――どうか、目覚めて』
「これ……は?」
「なんだ、この無数の声は……!? コアネットワーク上に存在しうる端末数をはるかに上回っているぞ!」
「きゅ、きゅぅぅうう……!」
暖かく、優しい声達。さっきから静かに、だが確かに聞こえてきていた。
どういう原理かはまだわからないが、それでも一つだけはっきりしているのは、俺の復活を祈ってくれる声が、この心に届いているということだ。
俺は今、間違いなく特大のピンチのただ中にある。命をつなげるかどうかからして、まず怪しい。勝利を収められる可能性など、奇跡の向こう側にしかありはしない。
では、奇跡は起きないか。
俺がいて、強羅がいて、そしてこの子たちがいる。
祈ってくれる声がある。きっと今も声をからして俺を目覚めさせようと、応援し続けてくれている仲間たちがいる。
それで奇跡が起きないことなど、それこそあり得ることだろうか。
顔には自然と笑みが浮かぶ。心配してくれるこの子たちを安心させるための優しい笑顔などではない。勝利を信じ、どんな強敵にも立ち向かっていける勇気を奮い立たせるための感情が顔に現れてきただけだ。
「ふふ。やっぱりいつも通りですね。安心しました。それでこそ、です。……それじゃあ行きましょうか、みんな」
「勝手に決めるなっ! ……だが、お前たちにいなくなられると私の汚名返上の機会がなくなるからな。仕方なく、本当に仕方なくだが……力を、貸してやらんこともない」
「きゅいいいいーーーっ!!」
どうやら意見がまとまって、心も一つになれたらしい。
背中に鳥の子を背負い、両手を二人の少女とつなぎ、強く握りしめる。
覚悟は決まった。力もきっとある。
だから、もう一度戦おう。
恐れることはない。俺はどんな時でも、一人ではないのだから。
『――お待たせ、真宏』
「……ああ、ありがとう簪」
心に響く女神のようにやさしい声に導かれ、俺たちは行く。
◇◆◇
時はしばし遡り、真宏が意識を失ったまさにそのとき。
「真宏っ!? くそっ、何であそこまで助けに行けないんだ……!」
「一夏、落ち着け。焦るのはわかるが、私たちも同じ気持ちだ。今は耐えるしかない……」
ISがエネルギー不足でリミットダウンを起こした一夏達には、辛うじて気密が保たれているマグネットステイツからコアネットワークを通じて伝わる真宏の様子をうかがうことしかできなかった。
一歩出ればそこは真空の宇宙空間のただ中。生身の人間が存在しうる世界ではない。
ISさえ使えれば、という思いは常にある。誰しもが同じだ。
今すぐこの場を飛び出して、窮地にある真宏を救いたい。放っておくと何をしでかすかわからないし、そうでなくとも予想もつかないことばかりしてのけるロマン馬鹿であり、かけがえのない友人である、真宏。そんな男のピンチをただ見ているしかできないなど、一夏達にとっては耐え難い苦痛だ。
その痛みなど真宏の身に降りかかるものの何万分の一でしかないだろうが、それでも何とかしたい。この声は届くのに手が届かないもどかしさに、一夏達は焦燥で身を焼かれる思いだった。
何とかしたいと願っている。
だが真宏のもとへ駆けつけることはできない。
……その絶望的な状況は、今の自分たちが真宏を救う方法は一つしかないと、簪に決意を促した。
「聞いて、みんな。……真宏を助けるために、お願いがあるの」
その言葉は唐突で、だが誰もが望んだ福音だった。昔の簪であれば怯むだろうほどの、必死の視線が縋るように集う。
あるいは涙の色さえ浮かぶほど切羽詰まった仲間達の目。自分に自信がなければ受け止めきれないその視線を受けて、しかし簪は揺るがない。打鉄の待機形態である指輪を嵌めた手を胸元で握りしめ、固い決意をまなざしに秘める。
「簪ちゃん? ……いいわ、何でも言って。力になるから」
「ありがとう、お姉ちゃん」
代表する楯無の言葉に、誰もが頷いた。真宏を助けられるなら、わが身の危険も顧みない。ここに揃っているのはお互いの窮地をそうやって救う意思を秘めた者たちばかりなのだから。
その答えに簪は心から感謝する。一夏達と友達になれて、本当に良かった。
だからこそ真宏を助けられる。
握り締めるその手に力を込めて、みんなの思いを受け止めて囁く。
真宏を救うための、魔法の呪文を。
「皆のISの力を、ひとつに。コアネットワークへ並列分散リンク、開始」
それは、戦闘機部隊と協力し、地平を埋め尽くし襲いくるバグの全てを撃破した某国のラファール・リヴァイヴ操縦者が聞いた声。
「……ん? なんだ、この感覚は……声?」
『――どうした、ラファール。機体の不調か? ……いや、待て。こちらも声が聞こえるぞ』
「声と、景色……これは、強羅?」
おぼろげに聞こえる声と、脳裏に映し出される明瞭とは言い難い映像。何故こんなことが起こっているのか原理はさっぱりわからないが、だがこれは確かに、今まさに地球を狙って迫りくる宇宙要塞ザ・ワンへと決戦に赴いているはずの強羅の姿であった。
その映像の中の強羅は強大な敵と相対し力及ばなかったのか、かつてこの国をミサイル攻撃から救ってくれたときの雄々しい姿の見る影もない、満身創痍の状態にあった。
脳裏に直接映し出されるようなこの映像が現実のものとは限らない。
だが初めに聞こえた声の切実さを信じ、ラファール・リヴァイヴの操縦者と戦闘機のパイロットは、ここにはいない強羅の無事を強く祈った。
「むっ、このロマンあふれるオーラは……師匠!」
「いきなり何を言ってるの!? あれ、でもこの感じ……ほんとに真宏さん?」
「今年の一年生は本当に面白いッスね。神上たちはここにいない……って、変な通信?」
IS学園に襲来したバグをあらかた撃破し終え、周辺の警戒に当たっていた五反田蘭達一行は、奇妙な感覚に捕らわれて空中で静止した。コアネットワークを通して伝わってくる何かの意思。はっきりとは読み取れないが、それは強羅が近くにいるときに感じ取れるものに近く、さらに何か切なる願いが付随しているように思う。
自然と空を見上げ、ISの望遠視界によって空の青さに溶け込むことなく存在する異形、ザ・ワンの姿を認め、じっと見つめる。あそこで一夏達が、地球の存亡をかけた戦いを繰り広げているはずだ。
もちろん、強羅も。いつも通りロマンを発揮して物理法則とか捻じ曲げているだろうか。それとも敵に敗れ、正真正銘のピンチを迎えてしまっているだろうか。
蘭は、フォルテは、そして自称真宏の弟子は、強羅の勝利を心から願った。
「大丈夫だぞ、二人とも。そろそろ外も落ち着いてきたみたいだし、きっと助かる」
「そうみたいね、あなた。確か若社長さんも頑張っているんでしょう? なら安心だわ」
その少年は、学校の体育館に両親とともに避難していた。
バグの進行が市街地まで及んだ時のため、近隣の住民とともにこの場に集まっている。人数はかなり多く、普段授業で使うときには広く見える体育館が妙に狭い。
周囲には先ほどまで不安げな顔で身を寄せ合っていた近所の人々が大勢いるが、バグとの戦いの趨勢が落ち着いてきたらしいこともあって、わずかながら空気が落ち着き始めている。
このままなら、またうちに帰れるだろう。かつてのファントム・タスクによるミサイル攻撃が襲来したときの焼き直しのようで、しかし今度は空を見れば地球に迫る巨大要塞ザ・ワンがうっすらと見えるのだ。目に見える恐怖は目に見えない恐怖に勝るとも劣らぬ不安を与えていた。
だが、それももう終わる。そう思い、お守り代わりに持ってきた鋼の羽を握り締める。これは去年のクリスマスの朝、目が覚めると枕元に置かれていたものだ。白く輝くその羽のことを両親はただの板切れだと思っているが、これはきっと白鐵の羽だと、少年は確信している。
あの夜、こっそり強羅が届けてくれたのだろう。その日以来肌身離さず持っている友情の証。こうして触れれば、それだけで白鐵とつながっている気がして、強羅の勇気を分けてもらえる。そんな気がした。
その時だった。
少年が、声を聴いたのは。
――きこえますか……きこえますか……この声が届く……全ての人たちへ……ザ・ワンで戦っているIS学園生です……今……あなたの……心に……直接……呼びかけています……強羅に……強羅に力を……貸してください……あなたの祈りを……ロマンを……強羅に届けてください……
「……強羅に、祈りを?」
「ん、どうしたの?」
その声は、白鐵の羽から聞こえてくるような気がした。心に直接、という言葉に間違いはないようで、両親はこの声に気付いた様子がない。
だが少年には感じられる。強羅を助けてほしいと願うこの声にこもる切実さが。強羅が今、とんでもないピンチに瀕していることが。
「あれ、声が聞こえる……?」
「どうしたの……って、私も聞こえる。何かしらこれ」
両親にも声が聞こえているらしい。あたりを見渡せば、不思議そうな顔で体育館の天井を見上げている人がいる。特に子供が多く、大人に手を引かれても一心に見えないはずの空の向こうを見つめていた。
少年も、その一人だ。
だが少年が他の子供たちと違うのは、白鐵から友情の証として贈られた羽を持ち、だからこそ誰よりも早くこの声を聞いて、はっきりと強羅の窮地を感じ取れることだ。
胸が締め付けられるような焦燥は、きっとこの声の主の感情が流れ込んできているのだろう。自分にできることは少ない。だが黙ってみていることはできない。
せめて今できることを。そうあがいた結果がこの不思議な声であるならば。声を聞き届けた少年は、思う。せめて、自分くらいは。
「がんばれーー! 強羅ーーー!! 白鐵ーーー!!!」
人が多く、決して広いとは感じられない体育館のど真ん中で立ち上がり、声を限りに宇宙まで響けとばかりの声援を上げた。
「強羅っ! がんばって!」
「負けないで!」
「応援してるから! ……勝って!」
少年の叫びに触発されるように、周囲の子供たちからも声が上がった。思わずとばかりに立ち上がり、何が起こったのかわからない様子の大人たちをよそに、声を張り上げる。
彼らが心の中に描く思いは、それぞれで異なっているだろう。だが少年は、かつてその目で見た強羅の雄姿を思い出した。
数か月前のIS学園における学園祭。開催された強羅の握手会へと向かうモノレールの隣を並んで飛んでいた強羅の姿。抱え上げてもらい、強羅の腕に座るようにしてすぐ横から見たあの兜。
そして、たった一日にも満たない時間ながら、白鐵とともに過ごしたあの日の思い出。
強羅がいたから、少年はこの地球を覆う災厄のただ中にあっても泣かなかった。ついさっきまで、怯えて震える幼い子供を励ましてすらいた。
そんなことができるだけの、もらった勇気。ヒーローに等しいその勇姿が見せてくれた負けない心。今こそ強羅に返す時だ。
「頑張って、負けないで……っ。強羅は僕の……男のロマンだからっ!」
コアネットワーク上へと、並列分散リンクによって流された簪の願いはISを通して地球全土に響き渡った。IS操縦者はもちろん、感受性の高い子供を中心にそれ以外の人間にも届いた声は。昼の国にも夜の海に響き渡り、地球を揺るがす大きな大きな声援を呼ぶ。
強羅の勝利を信じる声、力になると誓う叫び、その身を案じる優しさ。地球上のあらゆる場所でISを通して広がったそれらは全て、再びISのコアネットワークを通し、クロッシング・アクセスにも似た作用で再び簪のもとへと集められる。
簪はそれをやり遂げる。打鉄・弐式との並列分散リンクを一度経験したこと、情報処理に極めて高度な能力を有すること、そしてなにより真宏を想う一途な願い。それが、地球上全ての人の思いを束ねるに等しい奇跡を可能にさせていた。
「――お待たせ、真宏」
祈るように指を組んで目を閉じていた簪のその声に導かれ、人々の願いが光となって強羅に流れ込んでいく感覚。
簪は強羅の絶対勝利を信じて、頭をえぐるような頭痛に耐えることを、やめた。
◇◆◇
あるいはそのまま死ぬかもしれないとちらっと考えるような意識の喪失からは、かなり唐突に目が覚めた。
『――はっ!? ……って、いきなり危ねえ!?』
ただし、開いた目で最初に見たのはこれまでの中で一番殺意に満ちた勢いで振り下ろされる巨大な拳だったりする。
さすがにあれはヤバい。千冬さんに睨まれた時と同じくらいの命の危険を感じ、反射的にめり込んでいた体を壁から引っぺがして横っ飛びに逃げる。後先も何も考えない行動だったが、それがこの上ない正解だったのはついに手首まで壁にめり込んだあの拳を見れば明らかだろう。本気出しすぎだ。
『ん、ズタボロだったはずなのに動ける? ……いや、それどころかすんげー力が湧いてくる!?』
それより驚くべきは「俺が動ける」ということそのものだ。さっきまでだって半死半生の状態だったのに、いくら本格的に死の瀬戸際だったからと言ってあそこまで動けるほど、俺も強羅も満足な状態ではなかったはずだ。
しかし強羅はこうして動いてくれたし、俺も体中の痛みこそそのままだがどういうわけだか動くことができる。というか、動かなければいけないという気力が体を引っ張ってくれているような……?
心の底よりさらに下の方で、常に何かがざわざわと騒いでいるような感覚があった。これはなんだろう……無数の、温かい声?
『――真宏、目が覚めたか! 心配させやがってこのやろう!』
『――簪、しっかりしろ。真宏が復活したぞ。お前の頑張りのおかげだ!』
『――真宏……よかった』
戸惑う俺の耳にオープンチャネルで届く一夏達の声。それはもう、ほっとする声だった。何がなにやらわからないけど、とにかく一度助かったらしい。
それに、ものすごく心配させてしまったようだ。俺だって、こんなとんでもないヤツを相手にだれかが一人だけで戦っていてそこへ駆けつけることもできないとなれば同じだろう。
そして、意識が途切れる寸前に言っていた通り、簪がなんとかしてくれたようだ。
なんとなくだが、わかる。俺の体の中に流れるロマン魂のエネルギー。そこに今はなぜか自分以外の心が宿っているような、そんな感覚がある。
俺が意識を失っていた時間は長くなかっただろうに、箒に体を支えられている疲労困憊した様子の簪を見ればどれほどの無茶をしてくれたのか想像もつこうというものだ。そうまでして俺を救ってくれた簪の思い。そしていま俺に力を貸してくれている無数の誰かの願い。無駄にしてなるものか。
ロマン魂は人の心を力に変えるもの。その「心」とは俺一人のものを指すとは限らない。そういうことなんだろう。
自己修復可能なISをしてすらいまだダメージの完全な修復には至らずあちこちボロボロの強羅で、それでも変わらぬ不屈の心で、壁から拳を引き抜いたコアジャイアントと相対する。
『……ありがとう、簪。ここからはカッコいいところを見せてやるから、しっかり見ててくれ』
『――……うん、期待してる。がんばって』
簪の声を聞いただけで勇気が湧いてくる。この背中を支えてくれるたくさんの思いが力に変わる。調子が戻ったとはいえ、いまだ強羅は損傷が激しく戦力は低下する一方で、勝てる保証はどこにもない。
……だけど、まあなんとかなるんじゃないか? いまだ勝てる気は全くしないが、負けてやる気もまるでない。
それに、頼れる仲間が見ていてくれるんだ。もし俺に力が足りなかったとしても、その時はきっと何とかしてくれる。
信じられるからこそ、俺はひび割れた装甲の隙間から火花を散らす強羅でも、迷わずコアジャイアントに勝負を挑んで行ける。
コアジャイアントは馬鹿の一つ覚えのように思い切り拳を引き絞る。だがお生憎。馬鹿さ加減なら俺だって負けない。
『うおらっしゃあああああ!』
――!!
目には目を、拳には拳を。強羅に絡め手は似合わない。
こちらの体より大きい拳に向かって俺が放ったのは、強羅渾身のパンチ一発だ。
◇◆◇
「……さっきは勢いで大丈夫かもとか思ったけど、押されてるな」
「当然だろう。真宏ならピンチになればその時不思議なことが起こる可能性もなくはないが……不安だ」
復活の強羅は、再びコアジャイアントに戦いを挑んだ。ふんぬああああ、とか気合の雄たけびとともに殴りかかってははたき飛ばされ、グレネードが直撃しても無傷。白鐵の機動力は下がり、変形機構が作動しないのか巨大剣や粒子砲形態になれずにいる。
さすがにサイズ差が響いて殴り合いに勝てるわけはなく、一手攻めればその数十倍の手数の光弾が帰ってきて、さすがに今のボロボロの状態では避けるとかやらないと言っている余裕がないのか逃げ惑う。紛れもなく、ピンチは継続中なのだ。
そこらの廃材を適当にこねくり合わせてメイスを作り、床面をブチ破って殴りにかかるが不発に終わったりもしているので、案外楽しんでいるのかもしれないが。
「ああもう、じれったいわね。真宏一人に戦わせて見てるだけだなんてっ」
「落ち着いてくださいまし、鈴さん。ISが使えない今のわたくしたちは、それでもできることはないのですから」
「うん、そうだねセシリア。……だから、ちょっとだけ手の力を抜こう? そのままじゃ自分の爪で傷つけちゃうよ」
「くそっ、再展開可能になるまでエネルギーが回復するにはまだだいぶ時間がかかる……まずいぞ」
「簪ちゃんがかき集めたのはエネルギーじゃなくて人の感情だから……さすがに私たちはエネルギー化できないのよね」
そんな真宏の窮状を見ているしかない今に納得できない一夏達。ISさえ使えればと歯噛みして、辛うじて繋がるコアネットワークが伝える真宏の様子に一喜一憂する。
仲間のピンチを知っていながら何もできないのは、力及ばず敗れることより辛かった。
だがその気持ちは、人間以外の者も同じである。
――!
「――白式?」
「どうした、一夏?」
じわり、と右手に広がる熱を感じた一夏。
違和感のもとに目を向けてみれば、そこにあるのはいつもと変わらず待機形態の白式が形を成したガントレットだ。マグネットステイツに入るなり力尽き、待機形態になったままでいた白式。今もコアネットワークとの接続という最低限度のことしかできていないほどに消耗した、激闘を戦い抜いた一夏の相棒だ。
しかし白式は戦士である。
敵を一撃で倒す火力を信奉し、そのためならば操縦者にブレオンを強いることすらいとわぬ、ある意味一途なIS。
そしてなにより、かつて合体を経験したときより強羅とのつながりを強く持つ、一夏達の仲間だ。
――! ――!!
「……そう、か。そういうことか! ……いける。真宏を助けられるぞ!」
「なんですって!?」
為す術のない今に悩んでいたそれまでと打って変わって弾んだ声を一夏が上げたのは、その時のこと。
右手の白式を左手で掴み、仲間を見る目に希望の光が宿っている。真宏を助けられると聞いては黙っていられないのは誰しも同じ。一夏の言葉が本当ならば、全力で力を貸さねばならない。
「ようやく分かった、白式が得た力。この力はそもそも、守るべき誰かとともに戦うためのもの……そう、この日のためにあったものだ」
「あまりよくわかりませんけれど……真宏さんの助けになれるんですのね? でしたら」
白式がうっすらと光を放つ。わずかに回復したなけなしのエネルギーを使い、強羅と真宏を助けようとこのISもまた自らの全霊を賭す覚悟なのだということが、それぞれ自身のISとはセカンド・シフトを成し遂げるほどの付き合いがあるセシリア達には理解できた。
「行こう、みんな。地球の人たちだけじゃない、俺たちだって真宏を助けられるってことを、見せてやるんだ」
そう言って、一夏は白式を備えた右手を突き出す。一夏だけでも、白式だけでも強羅を助けるには足りない。ここにいる全員の力と思いを託してこそ、初めて真宏のもとに届くのだから。
箒が、鈴が、セシリアが、シャルロットが、ラウラが、楯無が、そして簪が。差し出された手を見て、一夏を見て、うなずきを返し。
一夏の手と白式の上に、自身の手を重ねていった。
「パワーを強羅にですわ!」
「いいですとも!」
地球に落ちようとしている
「手こずってるみたいだからね……手を貸すよ」
「IS、スマイルチャージ!」
思わず一夏が尻を押えるようなセリフと、1年くらい叫び続けたかのように堂に入ったラウラの叫びに応じてラファール・リヴァイヴ・アルカンシェルがぎゅいんぎゅいんとエネルギーの渦を巻き、シュヴァルツェア・レーゲン・ディ・ヴェルトがなぜか緑色に輝く。
「私の究極の奥義……真宏くんに捧げるわ。究極!
確かに満身創痍で、自分で腹切りかけるところまで行ったが一応五体満足の楯無がますますの死亡フラグを立てつつも残された力の全てを捧げ。
「……いろいろとツッコミ所だらけだが、とにかく私たちに残された力の全てを、お前に託す」
「必ず勝て。……お前の勝利を、信じる」
そして一夏と箒が辛うじてシリアスを保ち。
「準備完了。プログラム、ドライブ!」
この間、ずっとボケ倒しているセシリア達だけに任せてはおけないと、簪は先ほどの並列分散リンクの後遺症で痛む頭を無視し、一人空間投影タイプのキーボードを高速打鍵してプログラムを構築。一夏と白式が思いついただけの無茶を可能とするためのお膳立てをたった一人で整え、これにより白式を送り出す準備は完了した。
「頼んだぞ、白式!」
『メビウース!!』
一夏達の思いを託され、白式はかつて手に入れた遠隔コール機能を応用する。
自分の力を強羅に届けるため、マグネットステイツを∞の形をした光で埋めて、彼我を隔てる距離も壁も全てを無視して、まっしぐらに駆けつけた。
◇◆◇
などというやり取りは、コアネットワークを通して俺の耳にも入っていた。生憎と応えている余裕はないが、それは一夏達もわかっていたのだろうから気にしない。
とにかく今は、幾枚もの壁を隔てた彼方からこちらへ向かってくる力強い何かを俺ははっきりと感じていた。あれがきっと、白式だ。
『サンキューみんな! ありがたく使わせてもらうぞ!!』
こちらへ向かって一直線に飛んできているだろう白式を迎えるため、膝やら肘やらが今にも砕けそうになりながら相手のパンチを受け止めていたのを無理矢理抜け出し、白式の気配がするほうへ迎えに飛んでいく。
あれさえ手に入れれば、一発逆転も夢じゃない。
ただ残念なことにそれはコアジャイアントにとってもわかりきったことであり。
――!!
『ぐおおおおっ!?』
『――真宏!?』
後先考えずに突っ込んでいった俺は、見事隙だらけにさらした背中に光弾の集中砲火を浴びて哀れ撃沈の憂き目に会う。
当然のことだろう。元々動きの鈍い強羅が深刻なダメージを負えば被弾上等の鈍重っぷり。そんな状態で敵に背を向ければ、まさしくいい的にしかならない。
強羅の頑丈さは折り紙つき。PICは生きているから制動くらいなら可能だが、白鐵もない背に残ったスラスターでは強羅の質量を十分な速度で動かすことなどかなわず、白式へはあと一歩で手が届かない。
……まさしく、俺が望んだ通りの展開だ。
『いまだ、白鐵ェ!!』
――キュイイイイッ!
被弾の衝撃でまともに止まることができず壁に激突する俺に構わず、そしてコアジャイアントにとってすら意識の埒外にあった角度から素早く飛び出る白い影が一つ。その正体は言うまでもない、強羅の自立型戦闘支援ユニット、白鐵だ。
大して広くもない場でタイマンのため、強羅の背を離れて鳥型のフォームとなり懸命に俺を助けてくれていたが、その頑張りがたたってコアジャイアントの平手で叩き潰されてしまった白鐵。しかし仮にも強羅のセカンド・シフトによって現れた武装であるだけに白鐵のガッツも並ではない。虎視眈眈と自己修復を行い反撃の機会を担っていたのは、こういう時のためだ。
強羅自身を囮として引きつけ、その隙に白鐵に白式を迎えに行かせる作戦、大成功。いかにコアジャイアントが図体に似合わない速さを持っているとはいえ、それでも今の身軽な白鐵にはかなう道理がない。
ちぎれそうな翼でありながらも加速をする白鐵。後方からコアジャイアントが手を伸ばすも、わずかに白鐵の方が早い。壁をすりぬけついにコズミックステイツの中へ白く小さな光となって姿を見せた白式を、白鐵はきっと掴むことができる。
……そう思ったその矢先。
――キュイイイイッ……! ぱく
白式が白鐵に、食べられた。
『またやりやがったな白鐵ええええええ!?』
『――お、俺の白式いいいいいいいいっ!?』
一瞬にして、阿鼻叫喚である。
思わず力の限りツッコミを入れた俺と、この世の終わりのように叫ぶ一夏の悲鳴が重なった。だがさもありなん。いつぞやダーク強羅のコアもあまりに自然に食べた白鐵であったが、まさかこの場において白式まで食べるとは。いったいあの野郎何考えてやがるのか。
しかもさらに間の悪いことに、後方に迫るコアジャイアントの腕。さっきまでに受けていたダメージもあり、強羅よりもよほどもろい白鐵などぐしゃりと片手で握りつぶされてしまうかもしれない。状況はあまりにもマズイ。
頼みの綱の白式はおいしくいただかれ、強羅も助けに行くのが間に合わない。絶体絶命の大ピンチだ。さすがの俺も強羅の中で顔が青くなる。
無論コアジャイアントはそんな心情を斟酌してくれるはずもなく、握った拳を白鐵に振るう。今度こそ白鐵が粉々に砕かれかねない、破壊の威力が強大に秘められた、その拳。
味方の力をすべて結集し、それでも越えられない絶対の窮地。
自分の力だけでも、仲間の力でもどうしようもない絶望のただ中に俺たちはいる。
だがこういう場合であればこそ、助けてくれる者がいる。
そしてそれはたいていの場合。
――ヴォォオオッ!!
『なっ……白鐵から、腕が生えた!?』
『――あの黒くて太くて強羅っぽい腕……見覚えあるぞ!?』
かつて敵として立ちふさがった、ライバルだったりするのである。
白鐵に起きた現象を説明するのは簡単だ。
転送されてきた白式を食べた直後、迫るコアジャイアントの拳。そのまま直撃すれば全身バラバラに砕け散っていただろう威力を乗せた巨腕を前に、白鐵は逃げも隠れもしない。
拳が直撃するその寸前、ちょうど翼の付け根のあたりから突如伸びた二本の腕が、がしりと巨大な拳を受け止めたからだ。
受け止めたとはいえ、わずかに押される白鐵。本来ならば勢いのままに壁との間で押しつぶされていただろう。だが腕が生えれば次は当然のようにスラスターが変形して脚となり、翼が形を変え格納。いつの間にやら一回り大きくなっていた白鐵の各部に追加されたユニットが次々変形し、この時点でシルエットは紛れもなく人型の、ISのものとなっていた。
それだけでも驚くには十分だが、さらにもう一つ付け加えなければならない。
白鐵が変形して現れた腕と脚。そして展開する全身各部の装甲。変形に伴って表に現れた、本来ならば機体の内側に隠れていたそれらの色は、黒だった。
――ヴォオオオオッ!
背中のスラスターが噴射炎を吐き、コアジャイアントの拳を押し返し始めた。強羅の分身らしく凄まじい馬力で、白鐵らしからぬ野太い叫びのような咆哮がますます大きく響き渡り。
ついに白鐵の首が変形し、新たに姿を見せた変形後の頭部。
それは、強羅にとてもよく似た鋼の兜。しかし最大の違いは、その顔面中央に輝く大きく真っ赤なモノアイセンサー。
そう、これはまさに。
『やっぱり、そこにいたのか。ダーク強羅!』
――ガオオオオオオオッ!!
現れるなりコアジャイアントの拳を両手で掴み、力の限り天井へ向かって投げ飛ばした、強羅の似姿。束さんによって作り出され、かつて強羅と死闘を繰り広げた、ダーク強羅だった。
久々に体を取り戻した歓喜か、はたまた戦いの高揚か。高らかに咆哮を上げたダーク強羅はコアジャイアントをぶん投げるなり俺の隣へと降り立った。
その体は、まさしく一目でかつて戦ったあの機体と分かるもの。強羅に劣らぬ太い手足を備えた、無人機よりなおいっそうロボロボしいISだ。
強羅と大差ない損傷を負っていた白鐵から変形したのに傷すらなくなり、そもそも明らかに元の白鐵以上の容積を誇るのはおそらく転送されてきた白式を取り込んだためだろう。白式の機体分の質量とパーツを再構成して、ダーク強羅モードになるための機構をあの一瞬で再構築したのだと、白鐵とのリンクから情報が入ってきた。なんとまあ、素敵にカッコいい……。
コアジャイアントは様子をうかがっているのか、はたまた慌てる必要がないと余裕を見せているのかすぐに動く様子はない。
ダーク強羅は警戒感を緩めずコアジャイアントを見据えていたが、俺が体を起こすと顔を動かすことなくモノアイセンサーだけをこちらに向けてきた。
『待ってたぜ、ダーク強羅。一緒に戦えるのが嬉しいぞ』
――……ヴォン!
そして、蹴られる。せっかくの再会を祝おうと思ったのだが、どうやらダーク強羅はお気に召さなかったらしい。お互い装甲分厚い機体なので、ガンッと結構すごい音がする。
『――えーっと……なんかすごく予想外の展開だけど、ともかく。白式まで貸したんだ、しっかりやれよ、真宏!』
『ああ、ありがとうみんな。最後の戦いで、ピンチになって……そんな時に仲間が力を貸してくれて、かつての敵まで助けに来てくれたんだ。――燃えるぜえええええっ!!!』
体はあちこち痛い。強羅の状態をチェックしてみても、無事なところを探す方が難しい。ダーク強羅が復活してくれて二対一になったとはいっても、相手の力はISの2、3体が束になったところでかなうものではないだろう。
では、いま俺の心に不安はあるか。
『一緒に行こう、ダーク強羅。俺とお前と……そして一夏達がくれた力があれば、コアジャイアントに勝てるからなああああっ!』
――……ヴォン!
天を衝く勢いのテンションの俺に、怖いものなどあるわけがなかった。
ダーク強羅に会話機能はないらしく、返事は力いっぱいの蹴りだった。
だが逃げるわけでもなければ、いつぞやのように挑みかかってくることもない。むしろ「さっさとしろ」とでも言いたげなオーラを漂わせてそっぽを向いているあたり、ライバルキャラのお約束たるツンデレ的属性を備えているのではなかろうか。さっきもまさしくそんな感じだったし。
……ん? さっきてなんだ? まあいいや。たぶん夢か何かだろう
『む、コアジャイアントが動き出したか。行くぞ、ダーク強羅。そして……みんな!』
――ヴォオオオンッ!
『よっしゃあ! いけ真宏!!』
無重力のため上下の区別はあまり意味をなさないが、俺たちから見て天井に立つ光で出来たコアジャイアント。いまだ俺たちの存在の重さはコアジャイアントからしてみれば微々たるもので、それはダーク強羅に投げ飛ばされてなおほとんどダメージがなさそうなことからも明らかだ。
コアジャイアントを倒すためには強羅の力でもダーク強羅の力でも、二人で力を合わせてもまだ足りない。
この最後の決戦で勝利を掴むそのために必要なこと。それは力だけではなく強羅を、ダーク強羅を、白鐵を、そして白式と託された全ての力を一つにすること。
『絆……ネクサス!』
これから起きることに期待が募る。仮面の中の顔は歓喜を抑えられず笑みを浮かべ、向かい合うダーク強羅もなんとなくわくわくしているのだろうと、コアネットワークを介するまでもなく伝わるようだ
それはもちろんマグネットステイツから見守ってくれている一夏達も同じで、お約束に応えなければならないという気がふつふつとわいてくる。
コアジャイアントが気付いた。テンションが上がったせいで強羅からロマン魂のエネルギーが蒸気のように噴出しているのをいぶかしんだのだろう。止めるべきだと考えたのは正しい。
だが甘い。古来、「これ」の途中で割り込んで止めるなど、そんな無粋が許された例はない。
『うおおおおおおおおおっ!!』
――ガオオオオオオオオッ!!
強羅とダーク強羅。2機のよく似たISが、無駄に力を込めて伸ばした腕をクロスさせる。それを見たコアジャイアントがいよいよ焦ったかのように光弾を放ち、次々と周囲に着弾する。光と衝撃があっという間に俺たちを包み姿を隠す。
だが、そのときすでに。
『究極合体!!』
俺たちは勝利のカギを、掴み取っていた。
◇◆◇
光が収まり、煙が晴れる。
放たれた光弾はほとんどが強羅とダーク強羅に直撃し、通常のISであれば数度絶対防御を発動してなお余りある、絶命必至の危険な攻撃だった。仮に強羅が万全の状態であれど、それだけのダメージを受け止めきれるものではない。
コアネットワークを通してこの場をうかがうことしかできない一夏達は、そんな暴威にさらされた真宏の無事を固唾を飲みながら祈り。
『それが、本気か?』
――!?
響いた声に、人類の勝利を確信した。
強羅とダーク強羅がいたその場に姿を見せたのは、ISが1機のみ。
しかもその機体は強羅ではなく、ダーク強羅でもなかった。
――それは、最強の破壊神
全身くまなく、傷一つない。全てのダメージを白式が送り届けたエネルギーと、際限なしに高まる興奮をロマン魂が変換したエネルギーで一気に回復させ、天井知らずの防御力が耐え抜いた。
頭部のブレードアンテナはまばゆく鋭い光を放ち、エメラルド色にきらめくデュアルアイセンサーのまなじりには赤いラインが走ったその姿が、ついに明らかになる。。
――それは、ロマンの究極なる姿
ブレストアーマー、腕部、脚部。いずれも元の強羅よりさらに一回り大きく、力強く、頑丈になった自慢の装甲。まるで人の姿をした要塞であるかのように、堅牢という言葉を体現している。背部の白鐵は本体と両翼が切り離され、本体が強羅の背に残り、両翼はアンロックユニットとして雄々しい翼を広げている。
そして何より、脚部が以前より幾分長くなっているのは分離変形したダーク強羅のパーツが下駄状に装着されているからに他ならない。わかってるう、と叫ぶ簪、一夏、シャルロットの声が誇らしい。
――神上真宏達のたどり着いた、大いなる遺産
もともとの強羅が備えた勇者じみてロボロボしい鮮やかなカラーリングに、今はベースとなる白式の白と、そして今や一体となったダーク強羅の黒が最高にかっこよくデザインを引き締める。
まさしくそれは、光と闇が備わり最強に見える姿。
――その名は。
真宏が、強羅が、一夏が、そして誰もが望んだ夢の果て。
ついに姿を見せた、強羅と白式の無敵の融合。
そう、まさにこの瞬間。
『グレェェェエエエトッ! 強羅ッ!!!』
究極のISが、誕生した。