IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

6 / 95
第6話「(0M0)」

「……むう」

「……うう」

 

 時は放課後、場所は保健室。

 ISスーツ姿のまま怪我の応急処置をされたセシリアと鈴がベッドの上で横になり、一夏に対して何とも言えない視線を注いでいた。

 ラウラに負けた恥ずかしいところを見せてしまったということに加え、一夏が駆けつけたころには既に避難が終了していたために「一夏が助けに来てくれた」というシチュエーションを味わえなかったことに乙女心が煩悶しているのだろう。

 

「本当にごめん、鈴、セシリア。もっと、早く駆けつけたかった……」

「あっ、いや別に気にすることないわよ……!」

「そうですわ、一夏さん! 結果としてちゃんと間に合ってくださったのですから!」

 

 用事なんて放っておけばよかったとばかりに顔を俯ける一夏と、予想外の反応に慌ててフォローに入る二人。

 慌てて両手を振り回したせいでまた傷が痛んだようだが、そのおかげで一夏に優しくなだめて貰えたことにまんざらでもないようだった。

 

 ……ふう、この様子なら大丈夫だろう。

 一夏の方は確かに多少自分を責めてはいるようだが、こういうときにどうすればいいかを知らない奴じゃないからな。

 後悔よりも先に、自分のなすべきことを見つけられるはずだ。

 

「……なんて思ってるんだろうけど、真宏こそ大丈夫なの?」

「誰に言ってるんだ、シャルル。強羅の防御力は第二世代どころか第三世代でもそうそうないレベルなんだぞ」

「ふーん」

 

 読心術並の精度で俺の考えていることを見抜いたシャルルは、俺の頼もしい返事に対してもじとっとした半眼を返してくる。

 その視線が一々痛む場所を狙い撃っているあたり、あまり信用はされていないらしい。

 

「……実際、それほど問題はないさ。一日も休めば痛みも引くだろうし」

「なら、いいんだけど。あんまり心配させないでよね」

 

 そうやってさりげなく気遣ってくれるあたりがさすがはシャルル。一夏の周りにいる女の子の中でも屈指の癒し系だ。

 

「それから、改めて真宏もありがとうね。……助かったわ」

「ええ、とても感謝していますわ、真宏さん」

「なあに、IS操縦者は助けあいでしょ」

 

 そして鈴とセシリアが、代表候補生としてのプライドとか色々あるだろうに素直に感謝の言葉を述べてくれた。

 軽く返しはしたけれど、二人がこうして無事でいてくれるならそれが何よりの手向けになる。

 本当に、間に合ってよかったよ。

 

 そんなわけで、なんとか終わったといえなくもないラウラとの戦いだったが、俺にとってかなりヤバい状況だったのは間違いない。

 ……というか、どうして無事だったのかがさっぱり分からない。

 

 なにせ今回俺が戦ったのは本職の軍人で、第三世代型のISを装備した代表候補生二人でも敵わないような相手だ。

 俺だってプラズマ手刀とワイヤーブレードの連撃の前にほとんど反撃などすることができず、セシリアと鈴が避難した後攻勢に転じても至近距離からのビームはかわされ、大口径グレネードは直撃せず、ロケットパンチも思ったほどダメージを与えられなかった。

 強羅持ち前の防御力と、他のISにはないような数々の装備があったからこそ次々と意表を突いてあそこまで粘れたものの、セシリア達の退避があと少し遅れていたら、あるいは一夏達の到着があと一分でも遅れていたら、俺は今こうしてベッドから起き上がることすらできないほど痛めつけられていたはずだ。

 

 強羅のデュアルアイセンサーから放つビームはそこそこの威力を持っているが、一度使ったらチャージに時間がかかるからフルパワーでの使用は実質一度の戦闘で一回が限度。

 大口径肩キャノンは元々強羅の開発企業の開発したものだから相性が良いために素早く展開することができたが、それもあの局面で最速の展開が成功する可能性は決して高くなかった。

 最後のブロウクンマグナムに至っては、本来追尾性能を持ち一撃で大量のシールドエネルギーを削るはずのロケットパンチを、ほとんどチャージできなかったから回転させて無理矢理威力を上げたという苦肉の策によるものだった。

 どれもこれも正規の軍人であればある程想像しがたい武装やその使用法であり、だからこそ予測し辛いものでありあそこまで戦うことができたが、そうでなければ俺はあっという間にのされていただろう。ラウラ・ボーデヴィッヒには、それができるだけの実力がある。

 

 そんな相手と、一夏はこれから戦わなければならない。

 

 幸い強羅の頑丈さは折り紙つきだから、ブルーティアーズや甲龍と違ってダメージレベルも低く収まっている。

 今日と明日でゆっくり体を休めれば、明後日からはまた一夏の訓練に付き合ってやることができるだろう。

 

 腰に巻かれたベルトのバックルになっている、待機状態の強羅を指でなぞる。

 今日の戦いで強羅が見せた防御力やパワーは、明らかにカタログスペックを越えていたように思える。

 本来ならば、いかに強羅といえどプラズマ手刀とワイヤーブレードをあれだけくらって装甲に少し傷が入っただけで済むはずはない。

 もちろん操縦者の腕次第では良くも悪くも当てにならなくなるのが機体のスペックというものだが、それにしても今日の強羅は妙に頑丈で強かった。

 

 ワンオフ・アビリティー、という言葉が脳裏をよぎる。

 第二形態への移行をしなければ使えないその力を普段と変わらぬ姿であった強羅が使えた道理はないが、それでもあの瞬間の俺と強羅は間違いなく心を一つにしていたはずだ。

 

「……力を、貸してくれたのか? 強羅」

――。

 

 指を伝わって肯定の感情が返ってきたように感じたのは気のせいか否か。

 いずれにせよ、悪くはない気分だった。

 

 

ドドドドドドドドッ……

 

 しかしそんなしんみりとした気分も、轟く地響きによってすぐさまかき消されることとなる。

 不思議そうな顔を浮かべる一夏達を横目に見ながら、奴らが来たのかと思う間もなく保健室の扉が弾け飛び、そこから数十名の女子生徒がなだれ込んできた。

 彼女達が手に手に持っているのは、学内緊急告知文。学年別トーナメントがタッグマッチ形式になったことを伝えるものであり、その文章を一夏が途中まで読み上げるのを待って一夏なりシャルルなり、それぞれのお目当ての相手とタッグを組むことを申し出た。

 

「私と組もう、一夏君!」

「あなたこそ私の相棒よ、シャルル君!」

「今欲しいんだよね、一夏君の力が!」

「シャルル君と一緒に戦わなければ生き残れない!」

 

 後半二名は一夏達のこれまでの言動でも分析したのだろうか、ネタを交えていたために二人とも少し食指を動かされたようだった。

 しかし、すぐさまシャルルにまつわる諸々の事情を思い出した一夏にしてみれば、そうやすやすと頷くわけにもいかないのが難しいところだ。

 

「……あー、ごめん、俺はシャルルと組むんだ! だからあきらめてくれ!」

 

 そんな一夏の一声に、女子達は案外あっさりと諦めてくれた。

 IS学園の二大王子様である一夏とシャルルの相棒になれなかったのは残念だろうが、この二人のタッグを見てみたい、とも思ったのだろう。ごく一部で「男同士……だがそれがいい!」とか腐敗臭を漂わせてもいたが、来た時と同様の鮮やかな手並みで引きあげて行った。

 

「……ちょっと一夏! 私と組みなさいよ!」

「いいえ! ここは初めて戦った相手でもあるわたくしと!」

 

「ダメですよ」

 

 その直後、怪我も忘れて一夏に詰め寄る鈴とセシリアを止めに颯爽と現れたのが山田先生。ISのダメージレベルが高いことを訥々と説明し、二人に自重を促した。

 その際の語り口からすると過去何がしか似たような状況で辛酸を舐めたようにも見えるのだが、気にするほどのことではない。

 山田先生は優しく面白い我らが副担任。それだけで十分なのだからして。

 

「……ところで山田先生、俺はどうなるんでしょうね?」

「あっ、神上君は強羅の損傷がそれほどひどくないのでトーナメントに出場できますよ。ただ……」

「ただ?」

 

 あれだけボコられて損傷がひどくないってどれだけ頑丈なのよ、とうらみがましい目を向けてくる鈴達を背に、山田先生が口ごもる。

 はて、一体何が問題なのだろう。

 

「あの……ですね? 決して、決っっして神上君に隔意があったりなんてことは絶対ないんですけど、その……」

「……?」

 

 おとなしく山田先生が何を言うかを待っているのだが、時を追うごとに重ね重ね付けくわえられる詫びの言葉にも似た何か。……なんだろうこの嫌な予感。

 

「かっ、神上君。今回の学年別タッグトーナメント、一人で出てみる気はありませんか!?」

 

 あ、思いきった。

 可愛らしいポーズでウィンクなどして精一杯明るい雰囲気を醸し出しながら。

 額に冷や汗とか出ていなければ完璧でした。

 

「……つまり相棒選ばず一人ぼっちになれということですね、わかります」

「ちっ、違います、全然! ……ああでもっ!」

 

 僕、鬱です。とでも言わんばかりにベッドの上で体育座りしてみたら、山田先生は面白いほどにうろたえてくれた。

 

「まあ冗談はさておき、どうしてまた?」

「あう……生徒にも弄ばれる私って……。え、えーとですね、実は今年の一年生は生徒総数が奇数になってしまいまして」

「それなら余りが出るのは仕方ないですけど、どうして真宏が?」

 

 一夏の疑問は至極もっともだ。トーナメントがタッグ形式であり、原作的に考えれば余計な存在である俺がいるから溢れる生徒が出るのは仕方ないにしても、それならそれで敗者復活戦とばかりにトーナメント初期で負けたタッグの誰かと俺を組ませれば良いだけの話。それをしないのは一体どういうわけなのか。

 

「これは本当に申し訳ないんですけど、専用機持ちの中で誰か一人、一対二での戦闘をしてもらいたい、ということになったんです」

「……なるほど、『より実戦的な模擬戦闘』の一環というわけですか」

「はい、そうなんです……。でも、こんな話が出るくらいIS学園はあなたを高く評価しています。良いお返事を期待していますね……?」

 

 どうやら、そういうことらしい。

 ただでさえ物騒な昨今、集団戦闘のなんたるかを知るためにタッグ戦が行われる一方、数的に有利な、あるいは不利な条件での戦闘がどうなるのかも知っておくべきという理屈で数の不均衡の収集を計ったということだろう。丸投げしただけのような気もするが。

 そして一夏とシャルルは既にタッグを組んでしまい、セシリアと鈴は出場不可能。あとは4組の専用機持ちとラウラが残っているが、山田先生が担当していない4組の生徒に頼むのは難しく、ラウラに話を聞いてもらうのなんてもっと難しい。そんなわけで、俺にお鉢が回ってきたということか。

 

「……なるほど、わかりました。学年別トーナメント、俺が一人で出場しましょう」

「本当ですか!? あ、ありがとうございます神上君!」

「ただし」

「へ?」

 

 こんな提案しなくちゃいけないなんて貧乏くじを引かされてかなり心配していただろう山田先生の表情がぱっと明るくなる。

 だから、俺も極上の笑顔を返して差し上げた。

 

 その先を聞いた山田先生が同じ表情を浮かべていられる保証はないが。

 

「どんな装備を使っても、文句は言われませんよね?」

「……え?」

 

「なにせ、より実戦的な模擬戦闘を目指しているのですから。数の上で不利なのが先にわかっている以上何の対策もしないなんてことはありえません。だからそれなりの、こっちが一人で数の多い相手と戦うときに使う様な殲め……おっといけない、それっぽい装備を使うのも勿論許されますよね。……いかん燃えてきた。こうしちゃいられねえ! ワカちゃんに連絡とって武装たくさん送ってもらわなきゃ!」

「ちょっ、神上君!?」

 

 そう叫んで保健室を駆け出す俺。楽しい予感にケガの痛みもなんのその。

 俺はまだ若いので振り向かない。若さとは振り向かないことだって誰かが言ってたし。

 こんな面倒押しつけられたんだ、多少の意趣返しくらいは許されてしかるべきだろうよ。

 

 半ば以上山田先生への嫌がらせ目的の行動であったが、せっかくだから一人でも学年別トーナメントを楽しめるように色々武装を送ってもらったのは本当のことであり、後日山田先生が頭を抱えることになるが、それは余談である。

 

 ちなみに説明が遅れたが、「ワカちゃん」というのは強羅の開発企業に所属するIS操縦者のことだ。

 本名は不明。みんなワカちゃんと呼んでいるので、俺もそう呼ぶことにした。

 開発企業との交渉や相談のほか、強羅の扱いについてなど諸々の窓口になってくれている。

 俺が知る限り俺以外で強羅を使っている唯一のIS操縦者であり、俺より背が小さくて年上とは思えないほど可愛らしいお姉さんなのだが、初対面のときの第一声が「大口径グレネードっていいですよね!」なあたりからもわかる通り大艦巨砲主義のお人である。

 爆薬に恋しているような人であるため、ISの生産数自体は少ないがグレネードやマシンガンなどの大物系実弾火器に関しては世界有数のシェアを誇る強羅の開発企業にはふさわしすぎる人材だ。

 

 ともあれ俺のトーナメント参加形式もはっきりとわかったことだし、あとはそれへの備えと一夏達の訓練に付き合ってやるだけだ。

 IS学園に入学して以来初めての公式戦。原作通りの展開だったとしても一度くらいは戦えるだろうから、その時を楽しみにするとしよう。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして六月最終週、学年別トーナメントの日がやってきた。

 

「観客、多いな」

「それはそうだよ。スカウトや成果の確認、ルーキーのチェックが一度にできるイベントだからね。各国の要人に軍関係者、IS関連企業の研究員なんかが一堂に会するのなんてそうそうないんだよ?」

「こんな大舞台で強羅の勇姿を見せられるのか……胸が熱くなるな」

「真宏の場合はその熱量をそのままビームか何かに変換しそうなところが怖いぞ」

 

 一夏のつまらないツッコミは気にせず、更衣室に備え付けられたモニターを眺める俺達三人。既にISスーツを着込み、満員御礼状態な客席の様子や貴賓席に座すお歴々の顔を眺めている。

 おそらく実際に今日この場で強羅の実力を披露することはできないのだろうが、それでもこういう晴れ舞台には心躍るものがある。

 

 ワクワクと弾む心を感じ、今日行われるだろうラウラとの戦いに思いを馳せ、キリッとしたいつもより三割増しくらいのイケメン顔でモニターを見つめる一夏と、それにちょっと見惚れているシャルルの様子を横目に見ながら対戦表の決定を待つ。

 

 トーナメント形式の変更に伴うシステムの不調による、生徒手作りのくじによる抽選というレトロでなおかつ胡散臭い方法によって決定した対戦表がモニターに表示され始め、アリーナからの歓声とざわめきが大きくなる。

 一夏とシャルルはAブロック一回戦第一試合。俺はその直後の第二試合ということが書かれたくじを手に、三人そろって視線を上げた。

「……いきなり、だね」

「ああ、手間が省けていいさ」

 

 そして、当たり前のように一回戦第一試合に一夏・シャルル組とラウラ・箒組の名前が挙がるのであった。

 この対戦カードは運命のいたずらかはたまた誰かの作意か。いずれにせよ、俺たちにとって望ましい物であることに違いはなかった。

 

 

「別に見送りなんていらないぞ、真宏」

「そういうわけじゃないさ。すぐ次が俺の試合だからな。一人更衣室でぼーっとしてるよりピットで待ってた方が早いし、臨場感のある試合も楽しめると思っただけだ」

 

 第一試合開始まであとわずかの頃、アリーナのピットにて。

 俺は既にISを展開した一夏とシャルルを見送りに来ていた。

 

 ISというものはスーツさえ着込んでしまえばあとはどこでもすぐに展開できる便利な代物。である以上、すぐ次に試合が控えている俺は更衣室で出待ちをする必要はないのだ。

 

 ……というのは表向きの理由で、実際のところは万が一の事態が起こった時に対処するためここにいる。

 なにせ今回の相手はラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女の強さはつい先日身をもって実感したばかりだし、原作的に考えれば面倒な事件が起きる可能性も高い。

 もしものことが起きた場合、更衣室よりもピットにいた方ができることも多かろうと考えて、俺はここに来た。

 この学年別トーナメントにおいて、専用機持ちという優勝候補たりえる要素を持ちながら出場すらかなわなかったセシリアと鈴。二人のような、あるいはそれ以上の不幸など望んではいないのだからして。

 

「そっか。……そろそろ時間だ。行ってくる」

「おう、頑張ってこい。……シャルル、一夏がかなり苦労かけると思うが見捨てず付き合ってやってくれ」

「あはは、了解」

「……相変わらずヒドイな、二人とも」

 

 餞別代りに軽口を。武運の祈りはサムズアップ。

 互いに立てた親指を交わし合い、一夏とシャルルは決戦のアリーナへと飛び出していく。

 

「……勝ってやってくれよ、一夏」

 

 二人の勝利と――そして何より、必勝の心を込めた叫びすら悲しみの慟哭にしか聞こえなかったあの銀髪の少女に、何がしかの救いが訪れることを切に願い、祈っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 織斑一夏、シャルル・デュノアペア対ラウラ・ボーデヴィッヒ、篠ノ之箒ペア。

 IS学園学年別トーナメント一年生部門一回戦第一試合に組まれたこのカードは、全学年を通して見ても屈指の注目を集めていた。

 

 世界でも三人しか確認されていない男性IS操縦者のうち二人のタッグと、ドイツ軍に所属する現役の軍人と、かの篠ノ之束博士の妹。

 しかも4人中3人が専用機持ちであり、うち2機は第三世代型。どこをどう切り取っても注目する点しかなく、この試合の結果のみならず途中経過、さらにはそれぞれの生徒がどのような局面で何をするのかそれすら見逃せないものとして、招待された関係者達からも熱い注目の視線を寄せられていた。

 

「ぜええええええいっ!」

「ふんっ、甘い!!」

「はあああああああっ!」

「よっと、危ないね!」

 

 戦闘の推移自体は、観客の中でも多少目端の効く者たちの予想を外れるものではなかった。

 

 試合開始直後からの積極的な攻勢で現在の試合状況を作り出したのは一夏・シャルルペア。

 今試合を行っているメンバーの中で……いやそれどころかIS学園一年生の中でも最強クラスと目されるラウラに一夏が、箒にシャルルが挑みかかってお互いを切り離し、早々に箒を倒そうという作戦が見て取れていた。

 

 それも当然のことではある。

 第三世代専用機持ちの上、その扱いにも習熟しているであろうラウラ。

 その脅威は一年生全体を見回しても格別の物であり、一対一であればまともに戦える者すらそうはいない。

 相手の実力が明らかに高い以上、取るべき手段は数で押すことのみ。そのために、まだくみしやすい箒を先に倒そうという作戦なのだ。

 

「私とて、ただではやられんぞ!」

「うん、僕も正直篠ノ之さんには近接戦闘を挑みたくない。……だから、グレネードとマシンガンを使うね♪」

「……くっそおおおおおおおおおおお!」

 

 ……箒の使用する打鉄がいかに防御型といえど、マシンガンの弾幕で牽制されて動きの鈍ったところにグレネードを何発も放りこまれては、その実力を発揮することはできない。

 周囲で次々と炸裂するグレネードの爆炎に晒され、彼女の努力が実を結ばず一夏達の思惑通りに事が運んでしまったのは、ひとえにラファール・リヴァイヴとシャルルに対する相性の悪さによるものであったと言えるだろう。

 

「……すまない、打鉄。私では、お前を勝たせてやることはできなかったようだ。くっ……やはり、専用機無しでは……っ!」

 

 アリーナの片隅、戦闘システムが停止した打鉄の内で悔しげな表情を浮かべる彼女のその言葉は、まだ誰にも届いていなかった。

 

 

 ごくあっさりと決着のついたシャルルと箒の戦いの一方、一夏とラウラの戦いは逆に一夏が圧倒的に追い詰められていた。

 

「どうしたっ、その程度か!」

「くっ、余計なお世話だ!」

 

 両手のプラズマ手刀と、ワイヤーブレード。

 いずれもが独立した意思を持つかのように迫る凶刃であり、一夏の手に持つ雪片弐型が一つを受けとめようとも残りの全てが同時に襲いかかり、刻々とシールドエネルギーを削り、装甲へのダメージを蓄積させていく。

 

 ラウラは一夏と一対一で戦える状況ができてからこちら、奇妙な動きを見せていた。

 

 元より近接戦闘用ブレードである雪片以外の武装を持たない一夏に対し、プラズマ手刀とワイヤーブレードの多角攻撃による近接戦闘のみを持って挑んでいたのだ。

 距離を離して肩に備えたレールガンを使うこともなく、手数に任せた怒涛の連撃。

 反撃を許さず圧倒的な攻撃密度で押し通すそれは確かに一理のある戦い方ではあったが、それは近接戦闘という同じ土俵に立った場合の話。

 連射がきかないとはいえ、レールガンによる遠距離攻撃を一切使わないその戦法はどこかいびつであり、まるでわざわざ相手に合わせて戦い、その心を折ろうとしているかのように見えていた。

 

「ははははっ、不様だな織斑一夏! そのまま朽ち果てろ!」

「なっ、ワイヤーが!?」

 

 しかしそれも長くはなかった。

 ラウラがこれまで使わずにいたものも合わせ、一度に6本のワイヤーブレードを射出。

 その攻撃密度は到底刀一本でさばき切れるものではなく、白式の肩や足などの装甲を容赦なく削り、さらに右手に巻きついて拘束。そのままPICの制動が利かないように回転を加えながら床へと叩きつけた。

 

「がはっ!?」

「これで終わりだ」

 

 背中から地面へと叩き落とされ、肺の空気を絞り出すような声を上げた一夏へと初めてレールガンの砲口が向けられる。

 ダメージ甚大であったはずの一夏が動けるようになるまでの時間は驚異的なまでに短かったが、ラウラはそのときすでにレールガンの弾体装填と照準を済ませていた。

 

「貴様には反撃の手立てはない。トドメだ」

「くっ……!」

 

 レールガンの弾体を斬り払えばまだ勝機はある。

 そう考えて振りかぶろうとした雪片はしかし未だ絡みついたままのワイヤーが阻み、あらゆる反撃手段を断たれた一夏へと射出された特殊徹甲弾が迫りくる。

 

 この状況、織斑一夏に覆せる手段はない。

 だから。

 

「お待たせッ!」

 

 その窮地を救うのは、箒を仕留めた相棒の仕事である。

 

 射線への割り込みと、盾による防御。そして瞬く間に展開した近接ブレードによるワイヤーの切断を一息にこなしたシャルルは、一夏を掴んで迅速にその場から距離を取った。

 

「遅れてごめんね、大丈夫?」

「ああ、なんとかな。……行こう、シャルル。ここからが正念場だ」

 

 試合開始から10分と経たず、情勢は大きく変化した。

 箒が戦闘不能となり、一夏は既にダメージが大きいながらも戦闘能力を残し、シャルルと共にラウラへ挑む。

 観客達はこれでようやく戦力が等分されたとみなし、今から始まるだろうさらなる激闘に、歓声を張り上げ注目の度合いを強くした。

 

 一夏の言葉にあるとおり、まさしくここが正念場である。

 

 

◇◆◇

 

 

 一夏とシャルルが連携してラウラに挑む戦況を、俺はピットから直接眺めていた。

 零落白夜という一撃必殺の武器を持つ一夏の突進は単純すぎる機動であるからか既に見切られてしまっており、プラズマ手刀やAICでことごとくを止められてしまっている。

 だがそれでも、ラウラは一夏を仕留めきれていない。

 

 それは当然、シャルルの援護があるからだ。

 一夏の攻撃自体は俺でも読めるくらいにわかりやすいが、その手に持っているのがシールドバリアを紙のように斬り裂く雪片であるとなれば話は別になる。

 たとえ動きが読めていたとしても必ず受けとめるか回避するかせざるをえず、そうして一夏に意識を裂かれている間隙を縫ってシャルルが援護射撃を打ち込んで徐々にダメージを与えて行く。

 呼び出した銃を片端から乱射し、使い終わってはそこらへ放り出してまた別の銃を呼び出し乱射するという、ラピッド・スイッチを使えるシャルル以外には真似のしがたい贅沢な攻撃。

 途切れることのない弾幕は常にラウラへとプレッシャーをかけ続け、一夏にはかすりもしないという絶妙の援護になっている。

 

 明らかに実力で勝るラウラに対し、一夏達が取りうる作戦の中で最も勝率が高いのがこれだろう。

 技量に勝る相手と戦う際に数の有利を最大限に生かす戦術と、それを可能とするために積み上げた二週間の連携訓練の賜物。訓練期間を考えれば付け焼刃に過ぎないと言えるだろうが、それでもその間ずっと仮想敵をやっていた俺の苦労も合わせれば、せめて一矢報いるくらいのことはして欲しいし、できるはずだ。

 

「……まあ、これで終わるはずもないけどな」

 

 しかし、それだけで勝てるほど生易しい相手でないことは一夏達も知っている。

 なにせセシリアと鈴が戦った時も、今この瞬間も二人がかりでの猛攻を加えながら勝利を掴めないほどの相手。このまま時間がたてば、一夏とシャルルの連携にわずかなりと齟齬が生じてその隙を突かれる可能性の方こそが高い。

 その時が訪れる前に倒せるか、あるいはそんな苦難をすら乗り越えられるか。

 

 いずれの未来がやってくるかは、戦う三人の力量次第である。

 

 

◇◆◇

 

 

「せいやあああああああああ!」

「良い突撃だ、感動的だな。だが無意味だ!」

 

 勝負を決する意思を固めたのだろう。零落白夜を起動した一夏がラウラへと向かって突進する。

 当然ラウラもその攻撃を黙って受ける理由はなく、腕を、足を、胴体を狙ってAICの拘束攻撃を放ち、速度を緩めることなくロールと針路の微調整で掻い潜った一夏の行く先へとワイヤーブレードを殺到させる。

 

 AICによる完全拘束こそ免れたものの、面を形成するような勢いで迫りくる6本のワイヤーブレード全てを回避する技量が一夏にはない。

 となればその時一夏が選べる最良の一手は、ダメージを無視してなおも突撃を敢行することだけである。

 

「うおおおおおおおお!」

「くっ、鬱陶しい!」

 

 ラウラのワイヤーブレードは鋭く強いが、それでもシールドを削り、装甲を抉らなければダメージは与えられない。

 だが一夏の零落白夜は触れれば斬れる。

 どれだけ自分が傷つくことになろうとも、この刃が届けばそれが勝利。

 その事実を信じるからこその無謀すぎる突撃はISの装甲を削られながらもワイヤーの包囲を食いちぎり、ついにラウラを間合いの内へと収めることに成功する。

 

「くらえ!」

「貴様がな!!」

 

 しかし、それは同時に一夏自身がラウラに近づき、その攻撃を受けやすくなることでもある。

 振り上げた刀を振り下ろそうとしたその瞬間、ラウラの卓越した反応速度で跳ねるように掲げられた右腕の先から発生したAICの影響を受けて一夏の体が空中へと磔にされ、動きを止める。

 

「迂闊だったな。ここまで近づけば標的を狙いやすくなる。そうすれば――」

「その分、俺の体に隠れて見えないところも多くなる。……忘れたのか? 今日の俺たちは――」

 

「二人で一人のIS使いだよ!」

 

 ラウラの眼前、視界のほぼすべてを覆うように雪片を掲げていた一夏の後ろからシャルルが飛び出し、両手に持ったショットガンを六連射。

 AICの解除と回避を即座に実行したラウラであったが完全には逃げきれず、肩に備えたレールガンを破壊されてしまう。

 

「貴様ら!」

「悪いけど、レールガンは貰ったよ!」

 

 アリーナの地上に着いた足で砂塵を巻き上げながらスライドするようにして減速し、制動と同時に相手の攻撃圏内からの離脱を行う。

 本来ならばそれだけでは回避として不十分であり、すぐさま追撃をされる危険性がある。

 正しくはプラズマ手刀とワイヤーブレードの射程から離れるために可能な限り距離を取るべきところだが、今はその心配がない。

 

「一夏!」

「任せろ!」

 

 なぜなら、ラウラの眼前には零落白夜のエネルギー刃を振りかぶった一夏がいるのだから。

 シャルルの攻撃で集中を乱されAICの効果が消えた今、一夏の攻撃を止める手段がラウラにはない。

 勝利の確信には十分すぎる状況。ラウラの険しい表情と、一夏の決然とした眼差しが交差する。

 

 しかし。

 

「なっ、エネルギー切れ!?」

「……ははっ、残念だったなぁ! あと一撃、貰い受ける!」

 

 雪片の斬撃がラウラに届く寸前、これまで受けたダメージが大きすぎたか、零落白夜のエネルギー刃が掻き消える。

 そのことを覚ったラウラは即座に目の前の一夏を蹴り飛ばし、プラズマ手刀を起動して追撃へと向かう。

 相手のチャンスも、こうして反転してしまえば逆にラウラにとって必勝の好機となるのだ。

 

「させない!」

「こちらのセリフだ!」

 

 すぐさまフォローに入ろうとしたシャルルはしかし、ワイヤーブレードに阻まれる。

 AICが無くとも、ワイヤーブレードの間合いの中であれば手数と複雑な軌道の牽制でシャルルの攻撃を阻むことは不可能ではなく、むしろダメージを与えてすらいく。

 

「うわあっ!」

「シャルル!」

「貴様には他人を気にする余裕などないっ!」

 

 武装もなく、シールドエネルギーもほとんどない状況で他人を気にするのは致命的にすぎる。

 ラウラが懐へ潜り込んだと一夏が気付いた時にはもう遅く、後退して回避するよりも先に振り抜かれた両手のプラズマ手刀が白式最後のシールドエネルギーを削り、膝をつかせた。

 

 

 自分の手で、一夏に膝をつかせる。

 ラウラがわざわざこのIS学園に転入してまで望んだ光景が、確かに目の前にあった。

 今も教官と呼んで敬愛する織斑千冬の枷となる男よりも自分の方が強いことを証明し、排除する。その瞬間が今ようやく訪れたことを感じ、自然と笑いがこみあげてくる。

 

「ふっ、ふははは! 私の勝ちだ!!」

「――僕も倒せれば、だけどね!」

「!?」

 

 しかし、勝利宣言にはまだ早い。

 たとえラウラの目的が一夏の打倒であったとしても今は試合中。戦うべき相手はまだ一人残っているのだ。

 

 一夏に本当のトドメを刺そうと掲げたプラズマ手刀を振り下ろすより早く、超高速の影がラウラにぶつかり、組みついた。

 

「イグニッション・ブーストだと!?」

「ぶっつけ本番でも、やればできる!」

 

 ラウラのワイヤーブレードを初めてのイグニッション・ブーストで掻い潜り、シャルルが零距離を取った。

 相手のみならず味方の一夏をすら驚愕させたその機動で一夏からラウラを引き離すことには成功したが、勝利を掴むにはまだ足りない。

 

「いいだろう。ならば、停止結界をくらえ!」

 

 組みつくシャルルの動きを縛ろうと、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンをAICの発動体勢へと移行。

 強制的にあらゆる動きを停止させ、その身をプラズマ手刀とワイヤーブレードで今度こそ斬り刻もうと右手を伸ばし。

 

 その手に直撃した弾丸によって明後日の方向に弾き飛ばされる。

 

「何!?」

「俺も忘れるなよ!」

 

 そんな必勝への道筋を阻んだのは、既に無力化したはずの一夏であった。

 無警戒だった方向からの射撃に晒されたラウラが見まわした視線の先に、先ほどシャルルが投げ捨てた銃の一つを手に取った一夏の姿が飛び込んでくる。

 以前の訓練で既に許可を出してあった銃による、援護射撃。

 射撃用FCSを持たない白式による攻撃ではシャルルに誤射してしまう可能性もあったが、一夏はこの土壇場で驚くべき精度の射撃をしてのけ、シャルルを助けた。

 

「今だ! シャルル!」

 

 そして、叫ぶ。

 自分の手で決着をつけられないことは残念だが、それでも相棒ならば必ずや勝利を掴んでくれると信じ、その行く末を見届けるために。

 

「バカめ、第二世代型のISにシュヴァルツェア・レーゲンを倒せる武装など……!」

「あるよ、ここにひとつね!」

 

 自機の性能を信じればこそのラウラの言葉に、シャルルは平然と答えてのける。

 言葉に合わせ、組みついたまま振りかぶった左手に装備された実体盾が炸薬によって弾け飛び、その内側に隠された武装をあらわにする。

 

 現れたのは、デュノア社製一〇八口径パイルバンカー<KIKU>。何故か日本の花の名を冠する、第二世代型IS用近接戦闘武装最強の一角である。

 

「なっ、シールドピアース!?」

 

 後にこの試合を振り返ったラウラは、当時の自分に二つの思い違いがあったことを認めている。

 

 一つは彼女自身が口にした通り、シャルルのラファール・リヴァイヴには第三世代型ISであるシュヴァルツェア・レーゲンにダメージを与えられる武装が存在しない、と思っていたこと。

 

「違うよ。こういうのはね……」

 

 そしてもう一つは、シャルルが筋金入りのとっつきらーであると知らなかったことである。

 

 

「『とっつき』っていうんだよ!」

 

 

 シャルル自身の腕より太いのではないかと思われる鉄杭がラウラの腹部へと押し当てられる。

 パイルバンカー特有の、威力に反して短い射程で攻撃を当てるにはほとんど密着させる必要があり、その状況を既に整えさせてしまった。

 ここまで来てラウラが生き残る方法はただ一つ。

 AICによってパイルバンカー自身をピンポイントで静止させることだけである。

 

「……せっかくだから、僕も言ってみようかな」

「このおおおおおおおお!」

 

「この距離なら、バリア――AIC――は張れないね!」

 

 結果は、シャルロットの方が一瞬だけ早かった。

 音ではなく、空気が揺れる衝撃そのものが遮断シールド自体を震わせ、観客の内臓まで響く威力。それが、ラウラの細身に吸い込まれ。

 

 

「これが、僕たちのロマン」

 

 

「とっつき!!!」

 

 一度の攻撃には過剰なほどの炸薬が爆裂し、図太い鉄杭がラウラの腹部を打ち据えて弾き飛ばし、一瞬後にはほぼ対角線上にあったアリーナの壁へとシュヴァルツェア・レーゲンが叩きつけられていた。

 

「……す、すごい威力だな、シャルル」

「いいでしょ、僕の自慢なんだ。……真宏の武器を色々見てたら、やっぱりパイルバンカーは一撃の威力かなって思って」

 

 一夏に振り向いたシャルルが浮かべていたのは極上の笑顔。

 天使の微笑みとも見えるその表情はしかし、顔の横に白煙を上げるパイルバンカーを掲げているために「天使ってーより破壊天使だな……」という印象を一夏に与えることとなるのだが、それはこの試合とは関係ない話である。

 

 

◇◆◇

 

 

「終わった……いや、やっぱり始まったか」

 

 既に決着のついたと見える試合の様子をピットの淵に立って眺めながら、そう零す俺。

 幸いこちら側のピットには誰もいないから、独り言を聞き咎められる心配もない。

 

 ほぼ原作通りに推移したと思われる試合は最後にシャルルの大口径とっつき披露というアレなイベントを残してはいたが、おおむね問題なく終わった。

 ……そういえばシャルルはあれから何度かやった例のゲームでも、どんな機体を組もうと絶対必ず装弾数が少ない代わりに威力がバカげたとっつきを装備していた。

 しかも最後のアレが一撃で終わっていたところを見るに、おそらく原作で使っていたリボルバー機構を搭載したパイルバンカーであるグレー・スケールではなく、装弾数一発という漢らしい装備なのだろう。セシリアと鈴がラウラと戦った日にデュノア社から新装備を受領したと言っていたが、ひょっとしてこれのことだったのだろうか。

 今度デュノア社の製品カタログを取り寄せてみようと思いつつ、アリーナの壁際にもたれていたラウラが上げた悲鳴を聞いて気を引き締める。

 

 あの一撃でラウラが気絶してくれればよかったのだが、どうやらそう上手くはいかないらしい。こうなってしまえば、むしろこの試合はここからが本番だ。

 

 強くなりたい、ということを何よりも願うラウラ。

 彼女が無秩序に力を求める心に呼応し、シュヴァルツェア・レーゲンの中に隠された禁断の技術、VTシステムが目を覚ましたのだ。

 

 

 ヴァルキリー・トレースシステム。

 歴代モンド・グロッソ優勝者の動きをトレースし、再現することを目的としたこの違法システム。ドイツ軍がどういった思惑でシュヴァルツェア・レーゲンに搭載していたのかは知らないが、ラウラを取りこむようにして姿を現したフルスキンタイプのISに似た何かが、機械仕掛けのヴァルキリーの宿命に従い、その姿と武器を見たことで激昂して斬りかかってきた一夏を千冬さんの技で斬り伏せる。

 

「ホント、原作通りの展開はきついよ」

 

 どうやら、俺がここにいる意味が出てきてしまったらしい。

 アリーナの中央、敵からの攻撃にしか反応しないために待機状態にあるVTシステムの前で、なおも殴りかかろうとする一夏を必死に止める箒を見ながら腰の強羅に触れる。

 

 これまでの経験から考えて、おそらくこの事件は起きるだろうと思っていた。

 クラス代表対抗戦における無人機乱入事件や、セシリアと鈴がラウラと戦った事件など割と洒落にならない事件ばかりが原作通りに起きていることから考えれば、この事件もまたその傾向をなぞるのではないかと考えたわけだ。

 そしてその予想の延長として、原作で見たように万事丸く収まってくれれば良いのだが、そうならないのはつい先日セシリアと鈴が怪我をした事件からも明らかで、どのような齟齬が生じるかわかったものではない。

 

 だから、俺はここに来た。

 もし万が一のことがあれば、この手で友達を守れるように。

 正直たとえトレースされた機体であっても千冬さんには挑みたくないが、それでも俺が強羅の使い手である以上、友を守るためには立ち上がらねばならない。

 それが、強羅に誓った俺の役目なのだから。

 

 向こう側のピットから次々とアリーナ内へ入り込み、VTシステムを取り囲む教師陣のISを見ながら、一夏が自身の手で決着をつけてくれることを祈る。

 

 俺は仲間を守れても、ラウラの心まで救ってやれる自信はない。

 力の魔力に囚われた彼女を救えるとすれば、それは今のラウラが最も忌み嫌うと同時に心引かれている、一夏だけのはずだ。

 

「俺も手伝うぞ。……だけど、最後に頑張れるのはお前だけだぞ、一夏」

 

 そう呟いて、一歩踏み出す。

 友と、そしてこれから友になれるかもしれない少女の無事を祈り、俺は一人ピットの中に佇んでいる。

 いざとなればいつでも一夏に力を貸してやれるように、ベルトに収めた強羅の縁をなぞりながら、それでもそんな時が来ないことを必死に祈っていた。




今回のタイトルは「この距離なら、バリアは張れないな!」と読みます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。