IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第52話「ロケットドリル宇宙キック」

 ザ・ワンとの最後の戦いに赴くその日。

 俺達は千冬さんによっていつものIS学園地下指令室に集められ、そこでこれからの作戦、その際の行動全てを叩きこまれ、それぞれが与えられた役割をこなして勝利を果たす……予定だった。

 しかし予定はあくまで予定であり、外的要因によっていくらでも覆されるものなわけだということを、この時俺達は思い知らされる。

 

 

「おっ、織斑先生! たたた、大変です!」

「……どうした、山田先生」

 

 千冬さんが作戦説明を始めようとしたその矢先、IS学園地下区画に突如警報が鳴り響き、口を開きかけていた千冬さんはこの上なく慌てふためく山田先生に出鼻を挫かれた。

 だが意外なことに、千冬さんに動じた様子はない。山田先生がうっかり八兵衛よろしく慌てふためいて、舌を噛んで涙目になるのはいつものことだからだろうか。

 ……いや、違うな。こうなることもどこかで予想していたからだ。

 

「世界中の各都市に……大量のバグが出現しましたっ!」

「なっ、バグが!?」

 

 俺達が驚きざわめく間もずっと腕を組んで押し黙っていたのだから、割と本格的にあり得る話だと思う。

 

「確認できているだけでアメリカ、イギリス、フランス、イタリア、東南アジアに中東各国……! 詳細情報はまだ入手できていませんが、以前IS学園を襲撃したのと同じような数が出現しているそうです!」

「……各国の対応状況は」

「は、はいっ。……現在各国のIS部隊と軍が防衛線の構築と市民の避難誘導を始めています。一部地域ではすでに先遣隊のISがバグと接触。戦闘が始められているとの情報が入っています」

 

 冷静に聞き返された内容は、決して軽く聞き流せるようなものではない。

 なにせ出現したのは、バグ。先日ザ・ワンの送り込んだ箱からそれこそ無数とすら思える数が吐き出された無人兵器。あのときと同規模の戦闘が世界中で繰り広げられるなんてことは、正直想像したくもない。

 

「くっ! やってくれるじゃない、ザ・ワン。よもやこんなに私達の目をかいくぐっているなんて……っ」

「スコールさん?」

 

 そして、意外にもこの事態に一番の怒りを見せたのがスコールさんだった。

 握りしめた拳で壁を殴り、憎々しげにディスプレイを睨んでいる眼差しに宿るは怒りの烈火。千冬さんとはまた方向性の違う美人であり、いつもクールで冷静でエロいIS学園人気の保健医さんという、普段の姿からは想像もできないほど苛烈な感情を発散している。

 

「せっかくセントエルモであらかた吹き飛ばしたと思っていたのに……、まだこんなに残っていたとはね!」

「セントエルモ……って、アレはまさかこいつら潰すためだったんですか!? 観測ユニットの破壊が目的って言ってたような」

「ええ、そうよ。地中に存在するザ・ワンの観測ユニットを破壊することがセントエルモ作戦最大の目的だったの。目くらましがてら派手にやったけれど、観測ユニットに何らかの製造能力があることは事前の調査で分かっていたの。まとめて破壊したと思っていたのに……っ。してやられたわ」

「いや、ちょっと派手というレベルでは……まあいいか」

 

 さすがに状況が状況なので、旧ファントム・タスクの過激すぎる行動についてツッコミを入れている余裕はなかった。作戦会議は一時中断となっているし、これからの行動はどうするべきなのか。世界全土にバグが出現したとなれば対応に各国のISが引っ張り出されることは確実。それどころか俺達すらもザ・ワンへの攻撃を中止してでも助けに回るべきかもしれない。

 

 

 そう誰かが注進しようとしたそのとき、また新たな情報が入った。

 

 悪いことというのは、どうやら重なるものらしい。

 まして意図的に引き起こされた事態なら、なおのこと。

 

「ぞ、続報です! 今度は各国の天文台から……つっ、月の……月の隣に!」

「どうした、山田先生。報告ははっきり頼む」

 

 事態がより一層深刻になったことは、山田先生の狼狽ぶりからも窺い知れた。既にあちこちから寄せられるバグ出現の報はこの通信室の処理能力をパンクさせんばかりの勢いで、慌ててフォローに入った簪が手伝っていなければ実際そうなっていただろう。

 しかしそうなってなお仕事をこなしていた山田先生が涙目にすらなっている。

 

 一体どんなことが起きたのか。「月の隣」というフレーズから猛烈に嫌な予感を感じつつ固唾を飲んで報告を待つ俺達に、顔を青ざめさせた山田先生が、告げる。

 

「月の隣に……かつてない巨大構造物、おそらくザ・ワンの本体が姿を現しましたぁ!!」

「ほ、本体!?」

 

 どうやらザ・ワンは色んな意味でこっちの常識が通じないのだと、思い知らされるような話を。

 

 

「ザ・ワンの本体って……まさか、月の裏にあったでっかい塔のついた基地ですか!?」

「それが姿を現す……飛んできたとでも言いますの!?」

「私も信じられませんっ。まだいくつかの写真が上がってきただけなので詳細は不明ですが、概算で直径1km以上、全長も3kmは越えているようです」

 

 山田先生が端末を操作して、画面に映し出したのは複数の天文台から送られてきた画像であり、いずれも月の周辺を撮影してある。

 丸く巨大な白い月。ちょうど満月に近い時期なのでほぼ真円を描くその縁のあたりに、ぽつりと宇宙の黒とは異なる色があった。

 星の光ではない。それよりもっと歪な形をしたソレが、それぞれのウィンドウで拡大される。

 

「間違いないな。ザ・ワン本体だ」

「うわー……本当に何かあるよ」

 

 その画像にお墨付きをくれたのは、一夏のお母さん。ファントム・タスク在籍時からザ・ワンとの縁も深く、月周回衛星の設計などを通してザ・ワンの情報をこの中でも最も知り尽くしていたその人が、ディスプレイを睨みつけて静かに語る。一夏達の母親というのが納得できる凛々しい美貌と、千冬さんを産んだというのが信じられない若さを誇る麗人が腕組みをして不機嫌そうにしているとそれだけでド迫力なのだが、今はじっくり鑑賞している余裕などなかった。

 

 解像度は大して高いわけではないため子細な形状はわからない。しかしそのシルエットは、以前月周回衛星の撮影した画像として見せてもらったザ・ワンのものと一致する。

 中心部の構造物と、それを均等に取り囲む5本の塔のような何か。塔の先端がまっすぐ地球側を向いている上に比較になるものも近くにないから大きさは判別できないが、かつて見た尺を信じるならばあの塔一つ一つが500m近くあるのだという。

 

 

 そんなものが、地球へ矛先を向けている。

 つまりは、やつらもまた間違いなく総力戦を仕掛けてきたということ。一手先んじられ、しかもこんなにも派手な策を講じられてしまったのだ。

 だが俺達に悲観している暇はない。世界中でバグと戦っているIS操縦者。ますます増えるだろうあの無人兵器群と、月の向こうから迫りくるその親玉。

 俺達はこれら無数の頭が痛くなるほど大変な状況をいかに処すべきか。その指示を求め、千冬さんの言葉を待つ。

 

 千冬さんはいつもの麗人然とした立ち姿だ。腕を組み、目を閉じ、その脳裏で必死に策を巡らせ、重責と使命の狭間に悩んでいるのだろう。

 そのことはわかっても、俺達はあくまで千冬さんの生徒。その労苦の一端すら肩代わりできるはずもなく、もし助けになれるとすればそれは、千冬さんの選択したことを遂行する場合においてのみ。

 だからひたすらに待つ。千冬さんの決定を。俺達が全力をとして遂行すべき、そのオーダーを。

 

 

「わかった。現時刻を持って事前に用意していた作戦を破棄。そして……我々はこれより、ザ・ワンの迎撃に向かう!」

 

 そして俺達が待ち構えていた千冬さんの指令は、一気に本丸を落とすというものだった。

 

「えっ……、ちょっと待ってくれ千冬姉! バグはどうするんだ!?」

「確かに、説明いただけませんか教官。バグの脅威もまた甚大な中、それを無視して本体を叩く理由はなんでしょう」

 

 その内容に一夏が驚き、ラウラも理由の説明を求めた。軍人として見れば作戦の理由を求めるのは褒められた態度ではないかもしれないが、それも仕方のないこと。なにせIS学園の中は今のところ平静を保っているが、地球上のあらゆるところでISとバグとの戦闘が起こっているのだからして。

 以前バグと実際に戦った経験を持つ身からすればバグの脅威を無視できないのは当然のこと。バグ自体はISどころか通常戦力でも十分に対抗しうる程度の雑魚だが、数が圧倒的に多い。正面切って戦うだけならばいざ知らず、後に守るべき都市があったりした場合、たとえISが防衛に当たろうとも手が足りず、都市の一つや二つ落とされるかもしれないという危惧は誰しもに共通する。

 とにかくバグを何とかしないと、人類の生活圏に深刻な被害が出るのではないか。

 

 

 だがそんなバグ以上に優先してザ・ワンを排除しなければならない理由が、実はあったりしたらしい。

 

「バグの迎撃に出たいのはやまやまだけれど、こうなったからにはザ・ワンの本体を潰す以外に人類が生き残るすべはないわ。ブリュンヒルデの判断は正解よ」

 

 スコールさんは語る。何となくやさぐれた感じになっているのはザ・ワンのこの行動を腹に据えかねているからであろうか。

 ザ・ワンが人類の目視圏内に現れたことは、確かにとてつもない大事件だろう。おそらく今頃世界中のアマチュア天文家が天体望遠鏡を引っ張り出して月を観察しているに違いない。

 

 そんな人々を直接守るためのバグ退治よりも、はるかに離れたザ・ワンを討たねばならない理由はまたしても一夏ママが教えてくれた。

 

「ザ・ワンの基地はいくつかのブロックに分かれていると推測される。動力管理区画<エレキステイツ>、火器管制区画<ファイヤーステイツ>、かつての隕石が眠っていると思われる中枢区画<コズミックステイツ>、全ての区画をつなぐ<ベースステイツ>。……そして、この5本の塔のようなもの。……これが、ザ・ワンの基地本体をここまで飛ばしてきた推進区画兼巨大ミサイル<ロケットステイツ>だ」

「ミ……ミサイルぅ!?」

 

 それはなんと、俺ですらお目にかかったことが無いほどの巨大で図太いミサイルが地球を狙っているという驚愕するよりほかにない事実だった。

 

 

◇◆◇

 

 

「なるほど、状況はわかりましたわ。ですけれど織斑先生、わたくしたちはどうやってザ・ワンの元まで辿りつきますの?」

 

 ザ・ワンについて、奴がしようとしていることについて一夏ママとスコールさんから一通りの説明を受け、ひとまず納得せざるを得なかった俺達。ザ・ワンが地球を見える位置にあるというだけで人類はおろか地球上のほとんどの生物絶滅チェックメイトなことはよくわかったが、だからといって、奴はぶっ壊すと心の中で思った時すでに行動を終えておけるような距離にいるわけではない。

 地表にいる俺達はまず大気圏を突破してザ・ワンへと向かい、向こうもこちらへ向かってきているからおそらく月と地球の間のどこかで接触し、あの巨大ミサイルから中央構造体から何から何まで叩き壊さなければならない。

 まずその場所へ向かうのが大変だし、だからと言って地球にあまり引きつけすぎるのも危険だ。

 

 ISは一応宇宙開発用のパワードスーツなのだから、頑張れば宇宙空間での活動も可能となる。だが地上での運用を主目的として開発された最近のISでは、何の装備もなしに宇宙まで単体で飛び出ていくというのは厳しいし、その後宇宙空間をIS単騎で突っ切っていったのでは、途中で迎撃される可能性も極めて高い。

 

 そのとき、俺はちょっとピンときた。

 

 ザ・ワンが姿を現すというのはとんでもない事態には違いないが、あれほど巨大なロケット兼ミサイルを備えていることまで知っていた千冬さん達がなんら手を打っていないなどということはありえない。

 こっちへ来る前に出向いて殴る。そんな作戦がこんな状況でぽんと出てくるからには大真面目に検討してもいたわけだろうし、となれば当然ザ・ワンの元へ行くための足もあるはずだ。

 あるはずですよね千冬さん! 多分このIS学園のどこかに! 地上にはあり得ないから地下に隠して! 最近IS学園の地下でなんか働いているらしい、一夏のお父さんとお母さんが関わっているような気がする、何かが!

 

 

「神上が期待に目を輝かせているが……あながち間違っていないのが困り物だな。我々がザ・ワンの元へと行く手段は、すでに用意してある。……これだ」

「こっ……これは!」

 

 カタカタ、と端末を片手で操作する千冬さん。スタイリッシュなその仕草の後、ディスプレイに現れたのはこのIS学園地下区画のどこかを映していると思しきカメラの映像。

 

 その中に映っていたのは、筒状の巨大な空洞の中、天を目指して舳先を向ける鋼の翼を持った船。

 

 紛うことなき、宇宙船の勇姿であった。

 

「う、うおおおお!? IS学園の地下にこんなものが!? ……って、なんか光がさして……まさかっ、地上に出るんですか!? 上にある校舎の建物をどかして!?」

「おい、誰か。ボーデヴィッヒからナイフを借りて自分の机にメダルをはめ込む穴を彫りに行こうとしている神上……と、織斑を抑えておけ」

 

「ほらっ、一夏に真宏! なにやってんのよ! 気持ちはわかるけどそういうのをしていいのは小学生までよっ! 私も小学校時代だったら確実にやってたけど!」

「は、放せえええ!」

「頼む鈴、俺を行かせてくれ! 今すぐ剣王のメダル嵌める穴彫りにいかないと!」

 

「鈴、たぶんツッコミ所はそこじゃないよ?」

「大丈夫ですの? 貴重なツッコミ要員である鈴さんまでちょっと染まりかけているのですけれど」

 

 ふう、いけないいけない。

 地下に隠されていたシャトルというシチュエーションのかっこよさと、ちょうどこのシャトルの上にあった体育館が展開してその姿を地上に表わす遠景映像のかっこよさについつい我を失ってしまった。

 でも、こうやって学校が変形するのを見たら机にメダル入れる穴を掘りたくなるのは基本だよね。

 

「一応の完成はほんの数日前だったからね、間に合ってよかったよ」

 

 ちなみに、このシャトルの制作には一夏のお父さんが関わっているのだそうな。ファントム・タスクにいたころから宇宙物理学の知識を生かして、いざザ・ワンと決戦になったとき、奴のいるところまでたどり着くための手段としてのシャトルの設計をずっと研究していたのだとか。

 

「最近帰りが遅くなってまで頑張っていたのだ。完成していなければ困る」

「うん、ごめんね。いつも待っててくれてありがとう。大好きですよ」

「そ、そうか……っ」

「……なんで俺の両親はこんなときでも無駄にいちゃいちゃしてるんだ?」

「挫けるな一夏。私も頑張る」

「あー、ゴホンゴホン」

 

 千冬さんやマドカといった苛烈極まりない人格の娘を持ち、クールで美人な奥さんを愛するだけの度量を持った優しげな人であるが、どうやらこの人も織斑一族の例に漏れずかなり優秀な人のようだ。いまだ奥さんとはラブラブだけど。

 IS学園に合流してからもその手腕を生かして改造と制作のアドバイスをして、それによる製造速度のアップがあったからこそ今日こうして俺達の目の前に出てきたのだという。一夏達子供一同はあきれ返っているけど。

 

「そんなことよりも、姉さん。私達はこのシャトルで宇宙へ上がることになるのか?」

「そうだ。……だが、今すぐではない。生憎とこのシャトルは単体での大気圏脱出能力はないうえに、発射台もまだIS学園内に設置できていないからな」

 

 しかしながら、ザ・ワンの急な侵攻に対して万全の用意をできていなかったのはこのシャトルについても同じ。本来ならばIS学園から一気に宇宙まで出ることを想定しての設計がされていたそうだが、今の段階ではそれもできないのだという。

 幸い宇宙空間だけでなく1G重力下での飛行能力も備えているということだが、それも宇宙まで上がらなければ今は意味がない。

 

 だが、その程度のことに対して解決手段を持たない千冬さんではない。こうして持ち出してきたということは、宇宙へ出る算段もついているということだ。

 

「そうでしょう、千冬さん」

「期待に満ちた顔で私を見るな、神上。だが残念なことに、正解だ。準備をしろ。行くぞ……蔵王重工に」

 

 

◇◆◇

 

 

「だからって、まさか専用機総出でシャトルを担いでくる羽目になるとは思いませんでした……」

「ISって……ISって一体なんでしたかしら……? 確か建設重機から派生した重い荷物を運ぶための……」

「しっかりしてセシリア! ISはもともと宇宙開発用のパワードスーツだから、そんなガテン系のものじゃないよ!?」

 

 千冬さんが告げた俺達の目的地は、みんな大好き蔵王重工。いつぞやセントエルモ事件のとき装備受領に来たこの山の中の本社施設に、俺達は再び足を運んでいた。

 ……シャトルも一緒に。まだ普通に飛ぶのすら難儀するからということで、俺達がISで担いで。人型の何かに支えられて空飛ぶシャトルって、ジャンボジェットにおんぶされて飛んでる光景よりシュールじゃなかろうか。

 

「ごめんなさい、時間があれば私も運ぶの手伝いに行けたんですけど……」

「いや、ワカちゃんは気にしなくていいよ。こっちの準備をしていてくれたわけだし。それにしても本当に蔵王重工にあったんだな……マスドライバー」

 

 ともあれ、こうして俺達がわざわざ蔵王重工まで出向いたのは無駄ではない。

 そのことは、以前来た時には影も形もなかった、ジェットコースターのような骨組みで作られたレールが長々と伸び、弧を描いて天を指すその先端を見ても明らかだ。

 これこそ、いわゆる一つのマスドライバー。

 いつぞやの滑走路と同じく、地下に隠されていた宇宙への架け橋である。

 

 マスドライバーはどうやら地下滑走路の更に下に格納されていたらしく、いつぞや地面の下から輸送機が飛び立っていったのと同じところから生えている。無論滑走路よりマスドライバーの方がはるかに長い距離を必要とするため、蔵王重工敷地内の広い草原状の一部を一直線に切り裂いて、真東に向かって伸びている。

 複雑かつ精密に組み合わされた金属支柱の骨組みが天へと向かう様は青空に映えて美しいのだが、それが1日とかけずにょっきり地面から生えてきたものだと考えるとそこはかとなく不気味ですらある。

 

「あのさ、ワカちゃん。マスドライバーって赤道上あたりでないと投射するときに色々不都合あったりするものじゃないの?」

「? ……大丈夫ですよ、鈴ちゃん。こんなのおっきい大砲と一緒なんですから。蔵王砲よりも構造とか簡単なくらいです!」

「……何故だろう、ワカがそう言っているのを聞くと、物理法則など軽く無視して予定の機能を発揮してくれそうに思えてしまうのは」

「ザ・ワンはもちろん人類の脅威ですが、蔵王重工はその次くらいに危ない気がしてきましたわ……」

「しっ、セシリア! そんなこと言っちゃダメだよ。……誰も反論できないんだから」

 

 

「さあさあ、シャトルの設置作業なんかはうちが受け持ちますから、みんなは早くシャトルに乗り込んでください! さあ大急ぎでやりますよー!」

 

 持ち込んだシャトルは早速マスドライバーの基部にセットされ、そこで多段式のロケットを取り付けられたり、地下から出てきて組み立て途中のマスドライバーのあちこちに人が取りついて固定や調整をしたりと、急ピッチでの作業が進められていた。

 

「ほらほらほら、早くエンジン下ろして! でないと接続できないでしょうが!」

「だったらそこどきなさいよ! 潰されたいの!?」

「それこそ本望! ……と言いたいところだけど、いけないいけない」

 

 ……こんな時でも平常運転の蔵王重工技術者一同は本当に頼りになるね?

 

 

 などという作業を横目に、俺達は既にシャトルの中に入っている。さすがにこれだけの巨大構造物の設置となれば俺達のような素人に手伝えることはなく、準備が完了次第すぐにも出発できるようにとさっそくシャトルへ押し込められている。

 シャトル内、コックピットに用意されたいくつもの耐Gシートにベルトでガチガチに固められ、操縦を担うスコールさんがてきぱきと計器をチェックし、地上での管制を担当してくれる山田先生と、外で作業の指揮を執っているワカちゃんを相手に通信でひっきりなしにやり取りしている千冬さん達の姿を見ていると、否が応にも実感が湧いてくる。前方に開いた窓の向こう側、まっすぐ伸びるレールの先、青空へ向かって反りあがるこの道を越え、俺達は宇宙へ行くのだと。

 

 作業完了予定まではあとしばらく。

 俺達はこうしてじっとしたまま、宇宙へと飛び出すその瞬間を待てばいい。

 

 

 ……無論、往々にしてそううまくはいかないのだが。

 

 

――ビィィィーーーッ! ビィィィーーーッ!

 

「今度はなんだ!」

『敵襲ですよ、千冬さん! どこから現れたのかバグの大軍……近くの都市部は無視して、まっすぐこっちへ向かって来てるんです!』

 

 蔵王重工本社脇のマスドライバー一帯に鳴り響く警報音。作業員全てがビクリと震えて手を止めて、スピーカーに視線を注ぐ。いきなりこれだけ大掛かりの作業を任された作業員一同は、俺達ほどではないが今現在世界がどうなっているかを把握している。

 

 突如現れた謎の敵。メカメカしい機械の虫のような奴が世界中の都市に向かって押し寄せて、各国に配備されているISと縮小されまくった軍が既に応戦を始めているのだという。

 それが、ここに来た。IS学園の主力ともいうべき専用機持ちがこの危急の時に雁首揃えて現れたのだから、これが世界の一大事だという考えに至るのは、蔵王重工のロマンを愛する社員ならば当然のこと。

 

 では、そんな蔵王重工の人々が、こんな一報を聞いた時、どうするか。

 

「よっしゃあ! 作業を急ぐわよ(フィジカルフルバースト)!」

「IS学園のみんな、まっかせといて! 何があっても必ず宇宙へ行かせてあげる! マスドライバーが壊れたってかまうもんですか!」

「クロックアップ!」

「建設! 解体! いずれも~、マッハー!」

「うおりゃああっ、力仕事なら俺達に任せとけ! どんな資材だって運んでやらあ! ……もうそういうのは必要なくなりつつあるけどな!」

 

 それはもちろん、奮い立つに決まっている。

 蔵王重工は天下に名高い炸薬・装甲系変態企業。それすなわち世間からいかなる評価を下され後ろ指差されようと、変態の汚名を誇りとして名乗る豪快な人たち。己の道を突き進む迷いなき覚悟あればこその、苦笑に満ちた評価と等量の尊敬を得ているのだ。

 この人たちに任せておけば大丈夫。迫りくる敵のことを聞かされてなおゆるぎない人たちの声は、俺達にその確信を強く抱かせるに足るものだった。

 

 

「だが……作業は間に合うのか、ワカ」

『微妙なところです。相手の位置と進行速度、地形を考えると……このままだとほんのちょっとだけ、敵の到達の方が早そうですね』

 

 しかしながら、信頼だけで済むほど甘くはない。

 現在一番状況をよく把握しているワカちゃんから、自分の社員の作業速度と敵の進軍速度から割り出した結論は、今のままでは間に合わないだろう、というもの。

 蔵王の人たちはみんな頑張ってくれているが、下手をすると日本国内の地下から湧いてきただろうバグは既にそう遠くない位置まで来ているようだ。このままでは作業完了前にバグが現れ、マスドライバーやシャトルが破壊されて宇宙行きが失敗してしまう可能性すらあった。

 

 防ぐ方法はただ一つ。

 誰かが足止めをするしかない。

 それも、ザ・ワン迎撃作戦への影響を最小限に抑えるため、可能な限り少ない人数で。

 

 つまりは、IS学園の仲間と蔵王重工の命運をたった一人で背負い、バグを一機たりとて逃さず押しとどめなければならないことになる。

 

「……そういうことなら、俺が!」

「やめろ一夏。白式ではどう考えても大軍相手の防衛戦は無理がある。……それに」

 

 最初に名乗りを上げたのは、一夏だった。

 誰かを守りたいとずっと願っていた一夏ならば、この時の決断が早いのは当然のこと。

 

 だが惜しむらくは、シートにがっちりと体を固定されていて立つこともままならない状態にあり。

 

 

「もう真宏が行った」

「あれ!? 本当だあの野郎もういねえ! ……っていうか外にいた! いつの間に!」

 

 こういう時に便利なデフォルメモードの白鐡にシートベルトを外してもらい、許可もなしに迎撃へ突っ走っていく俺の方が早かったことである。

 

『おい真宏! お前何考えてるんだ!?』

「わかっていることは聞くもんじゃないぜ、一夏。この場で大量の雑魚を一度に相手するのに一番向いてるのはどう考えても強羅だろ。なぁに少し遊びの相手をしてやるだけさ。……だから」

 

 コアネットワークを通じて叫ぶ一夏の声には軽く返してやればいい。千冬さん達が俺の行動に気付かなかったなどということはありえないのだから、どのみちこうなっていたのは間違いない。

 俺のしたいことと望まれていることが一致しているのだ。ならば今更何を迷うことがあろう。

 だからついでに、人生で一度は言ってみたかったあのセリフ、ここで言わずになんとする。

 

 

 

 

「ここは任せて先に行けぇ!」

 

 

 

 

『やっぱりそれかああああ! 俺も言いたかった!』

「悪いな一夏、早い者勝ちだ!」

「……もともと真宏さんなら心配はいらないと思っていましたけれど、心配するのが馬鹿馬鹿しくなってきましたわ」

「真宏、がんばって!」

『おう、任せておけ簪! この戦いが終わったら渡す花束も用意してあったりして! すぐ追いかけるから待っててくれ!』

「あーもーあっちーあっちー。……な、なあ、スコール?」

「貴様まで色気づくなオータム。そういうのは奴らだけで十分だ。……ねえ、姉さん」

「ミイラ取りがミイラになっているぞ!?」

 

 そんなわけで、言いたいことを言い放ってすっきりした俺は仲間達からの声援も受けて送り出され、蔵王重工防衛戦へと参加することによりザ・ワン迎撃戦からは欠席することとなる。

 

 ……今のところは、ね。

 

 

◇◆◇

 

 

 この日この時の蔵王重工は、自らの持てる全ての力を発揮していたと言っていい。

 まず何を置いてもマスドライバーの構築とシャトルの設営。動員可能な全技術者と重機とその他もろもろを企業らしからぬ採算度外視でぶち込んで、とにかく一秒でも早く、一度でもいいからマスドライバーを発射可能な状態に持ち込むため、そしてシャトルを宇宙へ打ち上げるため、レールの接合、強度の確認、増設ロケットの取り付けとそれぞれの人達が八面六臂の大活躍をしていた。

 

 さらにもう一方、迫りくるバグ軍団迎撃。

 こちらもまたヒドイ。どこから来たのかさっぱりわからないが、さすがに山の中の蔵王重工へ向かって地上を歩いてくるのは大変だからか羽もエンジンもついていないのに空を飛び、青い空を黒々と染めている。元が大した大きさではないため空が見えないというほどにはならないが、昔あった大量の鳥が人間にケンカ売ってくる映画を思い出す。

 

 だが、そんなやつらは。

 

 

「全砲門、撃ェ―――――!」

『あー、やっぱりあれ実弾撃てたんだー……』

 

 蔵王重工本社ビルを円形に取り囲む遊歩道。その外側に設けられた高射砲とガトリンググレネードに盛大に歓迎されていた。

 無数に立ち上る炎の色をした機銃弾。敵が数で来るならばこちらも数だと言わんばかりに、火線が昇って掃滅する蔵王重工本社施設の大火力。凄まじいまでの消耗戦である。

 

 

 おそらくシャトルの中にいるみんなが「やっぱりか」と諦めを元に見ているだろうこの光景。そんな中において、俺は。

 

『ハイパーゴーラ斬りだーーーーーっ!!』

――キュイイイイィィーーーーーーっ!!

 

 仲間を先へ行かせるために自分ひとりで残って戦う。そのシチュエーションに燃え上がったロマンの力をそのままソードモードの白鐡に込めて一閃。力任せのものではあるが、なんか光とか纏っている剣の常として、斬りつけた敵のみならずその軌跡の周囲の奴らもまとめてごっそり切り飛ばし、空中に爆炎をひとつなぎの線として描く。

 

 敵の数がどれだけ多かろうと、バグは低コストと数を重視した雑魚ポジション。取りついての直接攻撃か貧弱なレーザーくらいしか攻撃手段がないため、俺と強羅ならばこちらの気力が尽きない限りいくらでも掃討することができる。

 蔵王重工からの対空砲火の面制圧力もすさまじく、たまに爆発に巻き込まれたりもするがそんなものは気合で我慢するかエクスプロージョン・ブーストのネタにすればいいだけの話。どんどん爆発で装甲が焦げ、しかしその分以上に敵も倒しているから全く問題ねーのである。

 

『くらえ、白鐵ブーメラン!』

――キュー!?

 

 だからとりあえず白鐵をそのまんまぶん投げるブーメラン技とかも披露してみたり。

 

 

 とはいえ、それはあくまで俺自身に関しての話。

 強羅の重装甲と白鐡の変形武装や機動力はバグの戦力を圧倒してこそいるものの、あくまで俺とバグの二者間の力に関してならばというだけのことであり、後ろに防衛目標があるとなれば話は別だ。

 バグの小柄なサイズと圧倒的な数。どういうわけか指揮官機はいないのでISにとって大した脅威となるわけではないのだが、最悪なことにこいつらはISにとって最大の弱点を突いてくる。

 

 

 その弱点とは、数。

 ISは全世界合わせてコア総数467機しか、表向きは存在しない。束さんがそれ以降どれだけのコアをあの篠ノ之神社地下の隕石から作り出したのかはわからないが、少なくとも出回っている総数が変わることはない。

 そして世界中に存在する都市の数がISの総数以下かと言えば当然そんなことはない。

 

 軍縮が進んだ世界とはいえ、いまだ通常兵器を雇用対策の意味も含めて多少なりと残していた各国は自らの先見の明にむせび泣いているだろう。

 ISを相手に勝利することは難しい通常兵器といえど、バグ相手ならば十分に通用する。

 戦いながら通信で聞いた話によると、世界各国では無双かますISの傍ら、戦闘機やら戦車やらがほぼ10年ぶりの出番に歓喜してそれはもう頑張りまくっているのだとか。それらがあればこそいまだ人類の生存圏はバグに蹂躙されずに済んでいるわけなのだが。

 

『ワカちゃん、シャトルはそろそろ準備終わった!?』

『はいっ、なんとか! 今からカウントダウンに入りますから、あとちょっとだけ頑張ってくださいっ! ……え、なんです。これ以上撃つと高射砲の砲身が焼け付く? かまうもんですかっ、壊れたらまた新しいの作ってあげます!』

『なるべく早く頼むよ!? ……って言ってるそばからまた抜かれたっ! させるか、ビームマグナム!』

 

 こっちに目もくれずひたすらマスドライバーとシャトルを狙って突っ込んでくるだけの奴らを押しとどめるのに、強羅1機ではきついものがある。

 蔵王の防衛火器があるからこそ何とかこれまでもたせることができているが、時折その弾幕をかいくぐる奴が出始めた。俺はこういう時の為にここに来たわけだから、そういうやつから優先して仕留めるようにはしているが徐々に防衛線が押されて下がってきているような。

 今も足が一本もげながらも弾幕をかいくぐり、数百m後方のマスドライバーに向けてレーザーを放とうとしていたバグをビームマグナムで焼き尽くした。

 

 まだ戦闘が始まってからは数分しかたっていないが、なにぶん敵の数が多い。高射砲も冷却が追いつかずに砲身が赤熱して蒸気を吹き上げ、強羅もまたいくつか武装を使い潰している。白鐡が機動力を生かして独立して飛び回ってスパンスパン斬ってくれてもいるがそれもいつまでもつか。

 

 ジワリとした不安を感じ、それでもなお一機たりとて通すものかと覚悟を決め直したそのとき。

 

 

『――真宏くん、射出成功です!』

『ああ、聞こえてる! ……やったか!』

 

 これまでの戦闘などどれほどのものか、とあざ笑うほどの爆音が蔵王重工本社を包む山々にこだまする。

 驚き振り向くその先に、さっきまであったものを見つけることはできなかった。

 

 これまでずっと守ったマスドライバーのレール。強靭なフレームがまっすぐ天への道筋を示す宇宙への架け橋はいま、ほとんど姿が見えなくなっている。

 

 天高く空へ吸い込まれていく光の一点。それが尾を引く長い長いロケット燃料の燃えた煙に、シャトルの発射成功を示すその白煙に覆われているからだ。

 

『よっしゃ、成功! ……しっかりやれよ、一夏、みんな』

 

 その光景を俺は地上から見上げている。ロケットで宇宙へ、というのも魅力的ではあったがこうやってみんなを守って無事を見届けるというのも、それはそれで感慨深いものがある。

 さて、それじゃあ残りのやるべきことも決まっている。シャトルを止めることに失敗してなお散る様子のないこのバグ共を、一匹残らず掃除するとしようか。

 

『よぉし、それじゃあもうちょっと頑張って……っ』

『いえ、真宏くんには別のお仕事がありますよ』

『……へ?』

 

 そう思い気合を入れた俺にかかる声。

 そして、直後バグの集団の中で爆裂する無数の火球。一瞬にして、強羅と蔵王重工防衛火器のみなさんが一度にぶっ放した火力量に匹敵する威力。こんなことができるのは、世界広しと言えど一人しかいまい。

 

『ワカちゃん! こっちに来て大丈夫なの?』

『はい、シャトルは無事打ち上げは完了ですから。あとのことは真耶ちゃんがやってくれるんで、私はこっちのお手伝いに来ました』

 

 言うまでもなく、俺の強羅より一回り小さい体格に俺以上の火力を込めた地上最小の極大火薬庫、ワカちゃんの強羅・迦具土の仕業だった。

 伸ばした両手と両肩と腰と足にはどれも煙を細く吹き上げるグレネードランチャー。普通のロボットものなら必殺技扱いになりそうなほどのフルバーストだが、ワカちゃんにとっては軽い挨拶代りだから恐ろしい。

 

『それより真宏くん、時間稼ぎありがとうございました。あとは私がやりますから、真宏くんは次の準備をしてください』

『次の準備?』

 

 両手のグレネードを放り捨て、おかわりを取り出してこっちに突き付けてくるワカちゃんに対し、俺もビームマグナムを突き付け返し、お互い自分を向く銃口には目も向けずに、お互いの背後から防衛線を抜けようとしていたバグへ向かってバキュン。実際の効果音はもっとひどいものだったがそれはさておき。この状況ではゆっくり話している暇もなく、ワカちゃんが言う「次のこと」とやらは至極あっさりと俺に伝えられた。

 

 おそらく千冬さん達にだって知らされていない、ワカちゃん独断のサプライズは。

 

『……っ! それは、すごく楽しそうだね?』

『でしょう?』

 

 強羅は顔から身体から露出なんてほとんどないから、どんな顔をしているかは見えない。だがそれでもワカちゃんの提案の面白さを思えば、その時相手がどんな顔をしているか、声を聞くだけでもわかろうというものであった。

 

 

 待ってろよ、みんな。すぐに追いつくからな。

 

 

◇◆◇

 

 

 真宏の奮闘と蔵王重工一同の働きにより、一夏達の乗ったシャトルは無事にマスドライバーから発射された。レール自体から供給される力と取り付けられた増設ロケットの推進力により、全身の骨をきしませるようなGで体がシートに押し付けられた。

 

 本来マスドライバーはわずかな加速距離で宇宙まで物体を飛ばすという構造上人間や精密機器を飛ばすのには適さないとされている。それはこの蔵王謹製のマスドライバーにおいても同様で、現在このシャトルの搭乗員にかかる荷重もまた人間の体の限界を超えるものだ。

 だからこそ、このシャトルの搭乗メンバーは全員が専用機持ちとなっている。ISのPICによって慣性を打消し、それでなお身体にかかる負荷は尋常なものではない。

 加速が始まった瞬間から目を閉じ歯を食いしばり、頭がい骨から顎、首、肩、胸、手足に胴体、全身いたるところをシートに押し付ける負荷に必死に耐える。

 

 その時間はどれだけ続いたか。苦しい時間を長く感じるのは人の常だが、それであってもさほどの長時間に感じなかったのは、マスドライバーの超加速が思いのほか早くシャトルを宇宙へ放り上げてくれたからだろうか。

 自由落下の時に感じる内臓が浮くようなふわふわとした感覚の正体を確かめるため、一夏は目を開ける。

 

 体はシートに縛られて身動き一つ取れないが、それでも感覚は伝えている。

 ここが地球ではないのだと。

 目の前に広がる暗幕のように暗い空間とその中に見える凍えた光が宇宙の闇と星々なのだということを。

 

「おぉ……なんか無重力になったようななってないような……っていうか、宇宙に出たってことはこのあたりってひょっとしてアサルトセルの攻撃範囲なんじゃ!?」

『――それは心配いらないよー』

 

 体が浮かぶ感覚に違和感を覚えわくわくしてしまった一夏であるが、同時に重要なことを思い出す。地球の全天をほぼ覆い尽くす攻撃衛星、アサルトセル。あれは確か、宇宙へ出ようとするものを攻撃するのではなかったか。

 このシャトルはあくまで宇宙空間の移動用のものであるため攻撃能力はほとんどない。もしこの場で襲われればひとたまりもないと焦ったのだが、しかしどこからともなく入ってきた通信の声に引き止められる。

 

「この声……姉さん!?」

『――やっほー箒ちゃん。束さんだよー。心配しなくても大丈夫。シャトルの軌道上のアサルトセルは片付けておいたから』

 

 このシャトルの通信は一応暗号回線でされているはずなのに、そんなものあってなきがごとしに平然と紛れ込んだ声の主は、こういうことをしてもまったく違和感のない規格外、篠ノ之束さんである。

 

「アサルトセルは片づけたって束さん……いったいどうやって!?」

『うん、みんながんばってくれてさー。あ、それからちょっと揺れるけど気にしないでねー』

 

 どうせ誰が聞いても応えてくれないだろうからと代表して聞いた一夏の質問は適当に返しつつ、「揺れる」とは一体どういうことなのかと聞く暇を与えずにごごん、と宣言通りに突如揺れるシャトル。外は真空の世界なのだというのにいきなりシャトルが揺れた。

 こんな場所で機体の異常など起きようものならシャレにならないが、そこは先ほどの束の宣言。どうせまた何かやらかしたのだろうと、一夏達が緊張する一方諦めにも似た感情を胸に抱いたちょうどその時。

 

「……なんなのかしら、これ」

 

 機体の状況を把握するために備えられている外部モニタの一つに何か妙なものが移っているのを、スコールが見つけた。

 シャトルの後上方から迫る、奇妙な影。全体的に黒かったため最初はわからなかったが、よくよく見ればそれはシャトルの軌道と同期し、こちらに覆いかぶさるように近づいてきて、束の言葉の直後に機体へと接触。どういうわけかシャトルの構造にぴったりとはまり、その謎の存在とドッキングをする羽目になっていた。

 

 そして何より奇妙なのは、その物体。

 こちらもどことなくシャトルっぽい形状をしているのだが、「どことなく」などと付けねばならない理由。

 なぜか、ウサ耳の生えたスペースシャトル的な形の物体なのである。

 

 

「はろはろー、ちーちゃんいっくん箒ちゃん、みんな元気ー?」

「毎度お騒がせしております。高軌道実験施設『ラビットハウス』……ではなく『ラビットハッチ』……でもなく『束さまハッチ』です。こちらのシャトルにドッキングさせていただきました」

 

 相変わらずのセンスに誰もが口をつぐむ中、シャトルコックピット内に入り込む気の抜けた声。作戦目的で飛行中のシャトルに勝手にドッキングしてしかも乗り込んでくるなどという芸当を平然とやってのけるけどシビれも憧れもしないそのお人。ついさっきまで通信越しに話していた束と、その付添いのくーちゃんである。

 地球の興廃がこの一戦にあるというのに相変わらずの軽さ。人類のことなどどうでもいいのかと疑問を感じるも一瞬、この人は基本的に身内以外どうでもいいのだったな、と誰もが納得する。

 だが、それならばなぜここに来たのか。アサルトセルを片づけたとは、いったいどういうことなのか。尽きない疑問を込めた視線が束に集う。

 

「さっきいっくんが気にしてたアサルトセルだけど、このあたりのは大体片づけたよ。ちーちゃん達の花道を邪魔させるわけにはいかないからね。ゴーレムたちに頑張ってもらったのー」

「ゴーレムⅠとその指揮を担当するゴーレムⅣ、総動員です」

 

「……そうみたいね?」

 

 至極あっさりとそう言って空いていた真宏の分のシートに収まる束と、当たり前のようにその膝の上に座って撫でくりまわされるくーの二人。突拍子もないことと信じがたいことを言うのはいつものことで、その事実を確認してしまったスコールの声が硬くなるのも無理からぬこと。

 

 スコールが前面に展開したディスプレイには、シャトルの周辺宙域の映像が映し出されている。青くうっすら輝く地球と星の光。そして星より近くで妙にちかちかと輝く無数の光点。

 光点のあるあたりを拡大してみると、何かうごめくものが見えてくる。

 それはなんと、背景の闇色と同じ色のせいでよく見えないが、それでも動きや爆炎に浮かぶシルエットからわかるなにか。アサルトセルらしきメカをボッコボコにしているもはやおなじみ束謹製の黒い無人ISゴーレムⅠがたくさんと、なんか見たことない2本角の黒いIS4機だった。

 

 ゴーレムⅠは数に任せて熱線砲とブレードでアサルトセルを焼いては斬り、2本角のこれまた無人機らしきものは鬼神のごとき奮戦で、翼状のアンロックユニットを広げ一切速度を落とさぬUFOじみた鋭角機動の合間、すれ違うアサルトセルを貫手で粉砕しながら高速飛翔を続けている。

 他の同型機もまた獅子奮迅の活躍を見せる。武装はゴーレムⅠと同じ熱線砲とブレードながら、機体の出力が段違いなのか極太の熱線が縦横に伸びては宇宙に散るアサルトセルの爆炎がその周囲を彩っている。汚い花火にもほどがあるというものだ。

 

「あの子たちは初めて見るかな? 最近ようやく完成した機体でね、ゴーレムⅣっていうの。ゴーレムⅠの指揮官機としての機能を持ってて、いっぱい指揮できるんだよー。……まさかザ・ワンも同じようなの作ってきてるとは思わなかったけど。ちょっとショック」

「G3-Xの運用データを元にしているので、私の妹のようなものです。ちなみに私たちはあの黒さと角にかけて普段はブラックオックスと呼んでいます。皇帝の紋章のオックスは健気でかわいいですよね」

 

 などと余計な説明もあったりしたのだが、要するにこれは束からの援護であったのだ。

 くーちゃんに余計な知識を植え付けたのは、まず間違いなく真宏であろうが。

 

 

 束さんハッチは束がこれまで各国の目を欺いて暗躍と研究を続けられてきた原動力ともいうべき成層圏研究施設。束の移動ラボ「名前はたくさんある(イッパイアッテナ)」とも連動して束の研究活動を支援するこの施設は、これまでもゴーレムシリーズや紅椿など数々のISを生み出してきた。

 そして今アサルトセルに無人VS無人の機械大戦争を仕掛けているのは量産タイプへと改修されたゴーレムⅠと、その指揮を担う高性能機ゴーレムⅣ。

 実のところ、これらは元々ザ・ワンとの決戦の時のために作られたのだという。白騎士事件のときの弾道ミサイルのように制御が乗っ取られないよう慎重を期して作られた彼らの目的は、アサルトセルの排除。

 この研究施設が成層圏などという中途半端なところに設置されていたのもアサルトセルに発見されないようにするためのギリギリの高度を選んでの苦肉の策であり、隠れ忍ぶ必要がなくなった今、これまでの鬱憤の全てを晴らす時だと息巻いている。

 

 束さんハッチを発進したゴーレムたちは、手始めにシャトルが通る予定の宙域のアサルトセルを襲撃。相手は近づくものを容赦なく攻撃する無人攻撃衛星ではあるが、それならばこちらは無人のIS。しかもこれまで一夏達との戦闘を経てデータは洗練され、ただの射撃程度回避にせよ防御にせよ造作もない。

 地球を覆い尽くすアサルトセル全てを相手にすると考えればゴーレムたちの数はあまりにも少なかったが、それでも圧倒的な性能差によってシャトルの活路をこじ開ける程度のことはわけがない。

 

「……というわけで、心配はいらないってわけだよ。さあ、それじゃあこのままザ・ワンのところまでカチコミだー!」

「殴り込みです」

 

 こうして一夏達は無事に大気圏を離脱できたというわけだ。おそらく千冬あたりは束と示し合わせてあったことなのだろうが、一夏達はさすがに少々肝が冷えた。

 

 しかしいずれにせよ何らかの形で解決しなければならなかった問題はこうして解決された。当初は宇宙へ出るだけでも一苦労なのに、その上さらにアサルトセルの駆除などと、と考えていたのだがそれがなくなったのだから万々歳。このままあとはザ・ワンの本拠へと一気に突入し、撃破するだけだ。

 言うほど簡単なことではないが必ずややり遂げるという意思を誰もが持っている。

 

 

 ……持っているのだが。

 

「っ! やっぱりそうそううまくはいかないわね! 敵の新手、宇宙仕様と思われるバグの大軍が出現……本機の前方から上下左右、囲まれたわ!」

「なにっ!?」

「ちょっ、ここでさらにおかわり!? ゴーレムを呼び戻し……ダメだ、遠すぎるよ!?」

 

 そうはさせまいというザ・ワンの布陣もまた強力だ。

 

 突如シャトルの前に現れた、無数の敵性体反応。一つ一つはさして大きいものではなく、しかし数が凄まじい。これまで反応がなかった宙域に突如現れたのは、おそらくステルス機能を有しているから。

 センサーの画像によれば、バグとよく似た反応の光点がシャトルを紡錘形に包み込むように無数に光っている。

 

 繰り返しになるが、シャトルに武装はほとんどない。当初は本当に宇宙を飛行できるのは数年先になりかねなかった状態から突貫工事に近い状態でここまで持ち込めただけでも一夏の父の偉業と言っていいのだ。それをここまで作り上げた手腕は見事の一言。だが状況はそれを許してくれず、目の前には物理的に突破するしかない敵の壁がみっしりとうごめいている。

 幸いというべきか敵の武装はおそらく地上仕様と変わらずレーザーのみ。射撃精度かはたまた威力の問題か、今はまだ攻撃されていないがそれもあとわずかの猶予。一定以上近づいてしまえば蜂の巣にされることは疑いなく、シャトルは迎撃も防御もできないうえ、退路も断たれてしまっている。

 

 これはやはり、この中の誰かが外に出てあの敵を蹴散らすしかない。

 

 作戦指揮者の千冬は状況を把握すると瞬時にそう判断した。

 ならば、誰を出すのが得策か。宇宙空間での実働経験など自分以外の誰一人としてなく、生徒を出すわけにも、操縦を担っているスコールを出すわけにもいかない。だからといって自分が出てしまえばこの場の指揮を、ザ・ワンとの戦闘をどうするか。

 するべきことはわかっても、下すべき命令にまですぐ到達できるとは限らない。千冬の胸中に一瞬の迷いが生じ。

 

 

『宇宙キタ――――――――――ッ!!!』

 

 

「こ、この声は!?」

「ていうかむしろこのセリフは!」

 

 こういう場合に一番手っ取り早いのは迷いの「ま」の字も持たないバカなのだと、銀河に轟く勢いで主張するヤツが来た。

 

「シャトル斜め後方から凄まじい速度で追い上げてくる反応あり! ……ま、正体は言わなくてもわかるわよね」

「ええ、まあ。わかります」

「声も聞こえたからな。10年来聞き慣れた声が」

「そもそもこの状況狙ってたんじゃないかって気さえするわ」

「これほどの無茶をしてのける方なんて、一人しかいませんもの」

「期待を裏切らないことに定評があるよね、本当」

「さすが、というべき……なのか?」

「わくわく」

「……簪ちゃんが喜んでるみたいだから、私はもうなんでもいいわ」

 

「なあマドカ、マスドライバーで宇宙へ上がったシャトルに後から追いついてくるなんて物理的にあり得ないと思うのに、奴ならあり得ると思える自分がすげえイヤなんだが」

「そう捨てたものでもないぞオータム。やはりあいつは、不可能を可能にす……む、このセリフ、死亡フラグか?」

 

 シャトル斜め後方、すなわち地球からこちらを追いかけてくる軌道に乗っているあんちくしょうは、一体どういう手段でここまでやってきたのか考えたくもないレベルの速度を示しつつレーダー上の光点となって接近してくる。

 その進行方向には、当然シャトルとバグの壁。一体ずつならばたいしたことはないが、それでもあれだけの密度で密集すれば大したものなバグの群れ。生半可なことでは貫き通せぬ鉄壁ぶりであるのだが。

 

 しかしてそういうものを見ればこそ燃えるのが男の子であり……追いすがってくる光点がシャトルを追い抜いていく瞬間に見えたのは、右腕に大きなオレンジ色のロケットをつけて噴き出す炎でさらに加速し、突き出した左足先にドリルを激しく回転させて突き進む、それはもう楽しそうな強羅の姿だった。

 

 

『ISロケットドリル宇宙キーーーーーーーック!!!』

 

 

 そしてそのまま、全く躊躇することなく迎撃のレーザーを放ってくるバグ集団の中へと突っ込んだ。

 レーザーごときで強羅が止まるはずもなく、強羅が通った後に残るのはロケットの推力とドリルの破壊力によってえぐり散らされたバグの残骸のみである。

 

 一直線にバグの防衛線を切り裂く強羅のISロケットドリル宇宙キック。通過直後に爆炎が膨れ上がるという割とお約束な光景を見ることができたのだが、しかしまだこれでは足りない。バグの数はいまだ多く、強羅の一撃だけでは全てを倒しきることができず、シャトルもまた強羅が開いた小さな隙間を潜り抜けられない。

 

 まあ、一夏達は別に心配していないのだが。

 強羅がわざわざこんなところに追いついて来てまでする破壊が、この程度で終わるはずはない。

 

 ここまでくればISのハイパーセンサーの方が状況を把握できる。コアネットワークの繋がり頼りに一夏達が真宏と強羅の様子をISを通して窺ってみれば、バグの壁を貫いたシャトルの反対側に位置する強羅はロケットとドリルの展開をいつの間にやら解除して、新しい武器を装着している姿が意識に浮かぶ。

 背中に何故か無駄に棘の生えたユニットを背負い、両手で持つのは消火器なんだか火炎放射器なんだかわからない妙な形の銃。そして両足にはミサイルランチャーユニットとガトリングという火力重視の、強羅にはとてもよく似合う姿であり。

 

『ヒャッハー! 汚物は消毒だー!』

 

 ノリノリで世紀末な叫びを上げ、背中の棘がほの青くヤバい感じで光るとともに、火炎放射器から放たれる放射熱線と両足のミサイルとガトリングが火を噴いた。強羅得意の重火力砲撃。宇宙なのだから容赦はいらぬとばかり、炎を、ミサイルを、鉛玉をぶちまける。

 ちなみにこの火炎放射器は蔵王重工製なので、環境にやさしい放射熱線を使用しております。

 

 

 いずれにせよ確かなことは、ロケットドリルキックが空けた包囲の穴が、この攻撃で一気に広がったということである。

 

「っ! 今よ!」

『そういうこと! さあ早く!』

 

 またやらかしやがった、と茫然とするも一瞬。これがチャンスであると理解したスコールは一気にシャトルを加速させ、バグの包囲に空いた隙間を一気に突き抜ける。一夏達は再び慣性を受けてシートに押し付けられ、くーを膝の上に乗せていた束は。

 

「く、くーちゃんの体重が何倍にもなって束さんの体に! 潰れちゃう!? ぐええええ!」

「束さま!?」

 

 などとアホなことをやっているが気にしている余裕がない。強羅が残りのミサイルとガトリングでバグを牽制してシャトルへの攻撃を防いでいるこのわずかな時間にしか窮地を脱しうる可能性はない。

 

 一も二もなく加速して、徐々にふさがっていくバグの壁の隙間を狙い、真宏が追加でぶち込んだミサイルによって広がる爆炎をむしろそここそ敵のいない安全地帯とばかりに迷わず突っ込んで。

 

「……よしっ、抜けた!」

「やった!!」

 

 見事、その包囲を抜け出すことに成功した。

 目の前に広がるのは、再びバグのいない真っ暗な宇宙。そしてそのはるか先に小さく見えるザ・ワンの本体。

 

 おそらくまだまだ困難は数多くあろうが、今もこうして切り抜けられたのだ。やってやれないことはない。

 

『予告通りさっそく追いついてきたぜ! 俺はここで一足お先にISの宇宙空間デビューをさせてもらったけどな! なあに、オゾン層よりも下なら問題ない』

「とっくに成層圏突破してるぞ」

 

 まるでこのシャトルの守護神のごとく、舳先に腕を組んで仁王立ちして前を見据える強羅のたくましい背を見ていると、そのことをより一層強く思う。

 そこにいると邪魔だよ前が見えねーよとも思ったりはするのだが、そこはそれ。

 シャトル発射の時間稼ぎのため地上に置いてきてしまったはずなのにこちらのピンチに駆けつけてくれた頼もしさと、そんな真宏と自分たちも段々同類になりつつあるという自覚もあればこそ、不安など既にどこかへ吹き飛んだ。

 

 

 いまだ人類史上類を見ない宇宙での戦い。

 隠しきれないほどの不安と、それがあってなお胸に満ちる未来への希望を抱き、戦士たちは決戦の地へと突き進む。


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