IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第49話「ザ・ワン」

 もう何度目になるかわからないほど繰り返された、IS学園攻防戦。

 今度の相手は宇宙から飛来した謎の箱から出てきた無数のバグと、ISに似た人型の指揮官機。巨大な昆虫そのものといった無機質さがむき出しだったバグはもちろん、人の形をしていたが明らかに人間離れしていたあの敵達からは、異様な気配が感じられたのが忘れられない。

 これまでも束さん謹製の無人機と戦ったことはあるが、それとすら違う……なんというか、人でないものが人になろうとするときに陥る不気味の谷を直視させられたような違和感だ。その原因は一体何なのか。あるいは世界の様相を一変させた超兵器ISの存在意義にもかかわるだろう事実が、束さんたちの口から語られることになる。

 

 

 IS学園における戦闘の後始末自体は、山田先生やクラリッサさんたちに任せることになった。瓦礫の撤去やバグの残骸処理にはISのパワーが役に立ち、おそらく学園の練習機も動員すれば1時間とかからず人目に触れるとマズイものは処分し終わり、地下に避難させていた生徒達も外に出せるだろうということだった。

 ワカちゃんも現在IS学園で後処理に絶賛活躍中だ。強羅のパワーは重機をも上回り、巨大な瓦礫をポイっと放り投げることなんかもできるし、ワカちゃんはたまにうっかり訓練場で勢い余って山とか崩したときは自分で直したりもしてるらしいから、案外土木作業が得意だ。

 

「お料理やお裁縫よりも、山を積みなおす方が得意です」

 

 とはワカちゃん本人の弁。

 蔵王重工の社員に少しは花嫁修業させてあげてくださいと必死に説得したのも今ではいい思い出だ。

 

 

 一方、俺達はそんなIS学園を離れてとある場所に来ている。ここに来た方が説明しやすい、と束さんが言い出したので揃って学園からマイクロバスを出して移動した。あのコミュ障と天才をこじらせた人がちゃんと説明しようとしてくれるとは、人間って成長できるもんなんだね。千冬さんによる通訳がなければ意志疎通すらままならないことすら覚悟していたというのに。

 運転手は意外なことにオータムだった。免許があるかは聞かない方がよかろうが、ファントム・タスクの刺客としていろいろやっていたせいか意外と運転はうまく、千冬さんのナビを受けて危なげない運転で、大変結構な乗り心地だった。

 

 

「そんなわけで、とうちゃーく! 多分箒ちゃんでも知らない、篠ノ之神社地下研究所です!」

「す、すげえ……」

 

 そしてたどり着いた場所。

 束さんのことだから途中でどこでもドアをくぐらされたり学園のロッカーを通って月面基地にたどり着いたりするんじゃないかと疑っていたがさにあらず。

なんとそこは、篠ノ之神社の裏に隠されていた秘密の扉から入る、地下研究施設だった。

 

 ところどころ岩の地肌が覗く、元々あった洞窟を利用したらしき地下空間。電気は通っていて、照明も灯るし湿気が籠るようなこともない程度には環境も整えられている。

 照明の笠と天井を這う配線の感じ、補強のためと思しき壁材はそれなりの年月を感じさせるくすみ方をしていることからして、おそらくここが建造されたのは数十年前。

 まさか神社の地下にこんなものがあるなど、いったい誰が予想するだろうか。

 既にこの時点からして俺達の想像を軽く超えているのだから、一行の歩みも慎重になろうというものだ。誰しもが固くこわばった表情で、おっかなびっくりと地下の通路を進んでいく。

 気楽な様子なのは先導する束さんのみ。勝手知ったる根城なのだろうが、さてこの先には何が待ち受けているのやら。

 

 そんなことを思いながら、俺たち一同は人がギリギリすれ違える程度の広さの通路をひょこひょこ歩き、開けた空間に出る。天井までは人の身長の二倍ほどの高さがあり、圧迫感はあまりない。ここの広さは大体教室2つ分くらいだが、壁際にいろいろと実験器具や工作機械らしきものがずらりと並んでいてあまり広いとは感じられず、さらに部屋の中央部分には地面からにょきりと妙な形の岩が生えていたりするのでなおのこと動き回り辛そうだった。おそらく、ここがこの地下研究所の中枢なのだろう。

 ついでに言うと、ここに来るまでの間にも途中枝分かれした道がいくつかあった。その先にはいろいろ資材倉庫とか工作部屋とかあるのだろう。機器はそれなりに古いようだが、一体いつからこんなものが篠ノ之神社の地下にあったのやら。

 

 で、ここまで来ての感想はというと。

 

「くっ……! ば、バカな!」

「ど、どうした、真宏?」

「くそう……! 近所にこんな秘密基地があったなんて、子供のころに知ってたらそれはもう入り浸ってたのに!」

「だからお前には知らせなかったのだ、馬鹿者」

 

 あまりの秘密基地っぷりに、今日までこの存在を知らなかった悔しさに打ちひしがれるほどであった。地に膝をついて拳を打ち付けるが、千冬さんの冷たいお言葉もあってか、俺のすることだから平常運転だろうと割とスルーされました。なんか寂しいなおい。

 

「えーと……この辺かな?」

「まーくん、何でいきなり家探ししてるの」

「いえ、どっかにロゼッタグラフィーでも隠れてないかなーと」

「惜しい、ISに変形機能はないよ」

 

 ともあれ、そんなのはこれから始まる話に比べれば割とどうでもいいことだ。

 この場に集まっているのは、俺達いつものIS学園専用機持ち一同と束さん、千冬さん、スコールさん、ついでに一夏の両親。専用機持ちの面々は基本的に教えてもらう枠だとすると、一夏の両親も何ぞ知っている枠なのだろうよ。俺達は基本的に緊張した面持ちで、適当に椅子に腰かけている千冬さんとスコールさん、そして部屋のど真ん中ににょっきり生えた岩に腰かける束さんを見つめている。

 今の世に満ちる陰謀の一端なりと知っているか、あるいは片棒を担いでいる人々が一同に会して、準備は整った。これからが、本題だ。

 

 

「さて、それじゃあまーくんはいつも通りだから置いといて……何から説明しようか?」

「……では姉さん、まずはISが生まれた理由を説明してください。それはきっと、篠ノ之神社ができた理由とも関係があるのでしょう」

「ん、わかったよ箒ちゃん。ISを束さんが作った理由……でもその前に、篠ノ之神社が生まれた理由から話そうか」

 

 箒の言葉に促され、いつものごとく不思議の国のアリスみたいな恰好をした束さんが、普段とまったくかわらないぽややんとした目つきで語り出す。

 ファンシーな恰好をした妙齢の女性が、床から伸びた奇妙な形の岩に座って語る様はまるでおとぎ話でも始まりそうな光景だが、さにあらず。

 束さんが紡ぐのは今のこの世界を形作る根幹、ISが生まれる前の物語だ。

 

 

◇◆◇

 

 

 これはちょっと推測混じりの話なんだけど、そもそもの始まりは今から大体数万年前。地球の近くに一つの隕石がやってきたことが原因だったみたい。

 

 ……この隕石っていうのがさっぱりわけがわからなくてねー。なんか、大きい本体に小さいこぶがくっついたみたいな形だったとか、地球に近づいて引力に捕らわれたら小さい方だけがポロリとこぼれて地表へ落ちたとか、大きい方はその反動で衛星軌道上に残ったりとか、いろいろ宇宙物理学をバカにしてるみたいなことが起きたらしいんだよ。

 

 とはいっても、まあそのあたりはどうでもいいんだ。覚えておいてほしいのは、宇宙のどこから来た正体不明の隕石が割れて、地球の外側と地表にそれぞれ残ったっていうことだけだから。

 

 

◇◆◇

 

 

「なるほど、つまりその巨大隕石がもうすぐ地上へ振ってきて人類は絶滅する!」

「な、なんだってー!?」

 

「……くーちゃん、悪いけどまーくんとまーくんの妄言にあっさり騙されてるバカっぽいのを黙らせてもらえる?」

「お任せください」

「ごめんなさいね、うちのオータムが」

 

 

◇◆◇

 

 

 えーっと、どこまで話したっけ。……そうそう、隕石の一部が地上に落ちてきた話。

 この隕石が地球へ来たのは数万年前で、それからずーっとこの何事もなく過ごしてたんだけど……あるとき目を覚ますんだよ。

 

 今からちょっと前……え、400年くらいだっけ? もー怒らないでよちーちゃん。束さんがそんな細かいこと気にするわけないじゃなーい。

 

 ……ごめんね? ちゃんと真面目にお話しするからもうぶたないで? ちーちゃんにぶたれると束さんちょっと気持ちよく……ああなんでもないなんでもないです!

 

 こ、こほん。

 まあいっくんでもなければここまで話した中で大体わかるだろうけど、昔この隕石に触れた人がいました。どういうわけかこの洞窟に迷い込んで、なんか知らないけどやたらとその隕石と仲良くなれて、空を飛んだりバカみたいに長い刀を軽々振り回したりできるようになるくらいになれました。

 その人は戦国時代に大活躍! 天女か巫女か、神にも悪魔にもなれる力! なんかよくわからないけどとにかくすごい! 剣の巫女大勝利! 希望の未来へレディーゴー!

 

 ……そんな感じでその人は自分が触った石がなんかとんでもなくすごいものだと気付いて、下手に人目に触れることが無いように洞窟の上に神社を立てて代々守るようになったというわけ。その神社こそが、篠ノ之神社。そしてその人が使っていたとんでも剣術をバカ正直に割とそのまま伝えた一部人外な剣法が、篠ノ之流なんだよ。

 

 

◇◆◇

 

 

「箒さん、コメントをどうぞ」

「家が神社なだけでまともな家の生まれだと、そう思っていた時期が私にも……いやなかったな。生まれる前から姉さんがいたんだ、そんな風に思えた時期はなかったぞ」

「箒さん……不憫ですわ」

 

 解説の先陣を切ったのは束さん。その口から語られるのはISが生まれるはるか前の、篠ノ之神社前史。先祖がほぼ人外だったと言われたに等しい箒は、身内がそもそも天災と呼ぶにふさわしいアレな人であるためあっさり諦められたのか、涙も乾ききったような目をしているのが哀れでしょうがない。

 なんか既にして一番重要な部分は明かされた気がするが、まだこれだけではピースが足りない。材料は揃ったが、さてそれが如何なる理由で調理されることになったのか。

 

 答えを語るのは、スコールさんの役目らしかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ここからは、私が説明した方がわかりやすいわ。

 

 宇宙から飛来した隕石の力によって人外の力を手に入れた篠ノ之神社の始祖たる剣の巫女だけれど、幸か不幸かその後はこの石の影響を受ける存在は生まれなかったの。だからしばらくそれとは別の、地球の衛星軌道上に残ったもう一つの隕石の話をしましょう。

 

 

 発端はいまからもう60年以上前、第二次大戦期のこと。

 人類の発展とともに戦争は進歩を続けてきたけれど……ごめんなさい、そこで「週末を望んでいるのだ!」とか叫んでいる神上君を誰か簀巻きにして転がしておいてくれるかしら。

 

 ……失礼したわね。とにかく、人類の持つ技術はかの戦争においても格段の進歩を遂げたわ。制空権が非常に大きな意味を為し、それこそ大洋を渡っての戦闘を繰り広げられるほどの輸送能力の向上。人類を滅ぼしうる核という兵器の誕生と……当時まだ一部の兵器のみの領域でしかなかった、宇宙の利用も、ね。

 

 

 ヨーロッパにかつてあった、とある小国。

 自然豊かを通り越して山と谷と草と木しかないような、アルプスの少女がいたら割と本気で野生児と化しそうなほどの狭く険しい国土と、暇を持て余したその国の女がつくるやたらめったら凝った織物くらいしか自慢がなかった国に、一人の天才が生まれたの。

 幼いころからあまりにも賢く、神童と称えられた彼はヨーロッパ諸国を遊学して知識を蓄え、国へ帰ってからは学んだことを生かして当時最先端の研究を始めるようになった、いつの時代でも探せば見つかりそうな程度には偉大な、科学者の卵だった青年がいたわ。

 おそらく同時代で見れば他に類を見ないほどの天才だったのでしょうね。ひょっとしたら、歴史上で見ても篠ノ之博士の次くらいには優れた知性を持った人だったのかもしれない。

 

 そんな彼が研究していた対象は、宇宙。それも天文学ではなく、当時まだV2ロケットすらなかった時代から、人工衛星やロケットの研究をしていたそうよ。フォン・ブラウンが遊学中の彼と出会って専門的な話題をふって見たら軽く答えを返されて、ひとしきり嫉妬に狂ったという逸話があるから、相当だったみたい。

 

 けれど、当然その国も大戦の余波に巻き込まれる。戦略的な価値もなければ踏み潰して道路にするような立地と地形でもなかったけれど、だからといって周囲を火薬庫に囲まれたようなご時世に、国を守る手段が何もなくていいはずがない。そう考えた国の首脳部は、一計を案じたわ。

 

 技術を売ろう。

 天才が研究している宇宙関係の技術。あれに他の列強国を抱き込んで、成果と引き換えに安全を確保しよう。

 

 ろくに軍備も整えられない国の悲哀、ということだったのでしょうね。当時まだ荒唐無稽な夢物語に近い話だったけれどそれにすがる以外の方法はなく、事実その天才はこれを可能にするだけの力を持っていたのが、あるいは悲劇の引き金だったのかもしれない。

 

 

 人以外の資源なんてありえないような土地柄か、件の天才以外にもいろいろ優秀な人がいたそうよ。外交官は口八丁で連合国と同盟国両陣営をこの計画に引き込んで緊張状態を作り出して、逆に手出しができない状態を作ったりとか。

 そして、世間ではV2ロケットがドイツに配備され始めたそのころ、天才両陣営からの手厚い支援もあったおかげで一つの成果を完成させたわ。

 

 地球周回軌道を回り、地上の様子を観察する。今でいう人工衛星ね。

 こうして振り返ってみると、確かにちょっと時代を先取りしすぎていたくらいの技術を彼は持っていたみたい。

 

 

 ……実験は、途中まで成功したわ。

 衛星を乗せた液体燃料ロケットは重力を振り切って衛星軌道に到達。推進器を切り離して衛星本体を軌道へ投入するという、そのとき。

 

 地球の衛星軌道を漂っていた、篠ノ之神社にあるのと同じ隕石の残りに激突したの。

 

 この隕石の正体がなんなのか。それは今もって結論が出ていないわ。ファントム・タスクでは高度かつ人類の技術体系とはかけ離れた演算装置の一部とみなしていたけれど、半世紀にわたる研究の末にいまだ正体つかめず、というのが実際のところよ。

 

 いずれにせよはっきりとわかっているのは、早すぎた人工衛星の末路はこの隕石と激突したことで劇的に変わった、ということだけ。

 この隕石はまるで生き物であるかのように、自分に激突したロケットと衛星の機体を侵食。そのまま自分の体の一部と化して、わずかに残った推進剤を使って地球の重力を駆使したスイングバイを敢行。衛星軌道をはるかに離れ、最後は月の裏側に隠れてそこから先の行方は分からなくなった、と当時の記録にはあるわ。

 

 

 この失敗の責任は、当然その小国に降りかかった。

 世界規模の戦争のごたごたで、ろくに知名度もなかったその国はひっそりと解体され、国土は分割され隣接する国に併合。峻険な地形も今ではそのほとんどが近隣諸国の自然公園に指定されていて、誰も住んではいない。

 

 ただ唯一その命脈を保ったのが、自分たちが生み出してしまった何物かの存在を探るため、秘密結社として地下に潜った天才とその一派。祖国を忘れないようにと、「亡国機業」と名付けられた組織よ。

 

 

◇◆◇

 

 

「一応これ、ファントム・タスクでも極秘の資料だったから、あんまり外には語らないでね?」

「なるほど、そうやって生まれて、何がどうしたかあらゆる紛争への武力介入とかするようになったと」

「そこまではしてないわよ。……目指す方向性は、あまり違わない気がするけど」

 

 スコールさんときたら、軽く言ってくれたものだ。

 この時点でまともに口を開けるほど認識の甘いやつなんて、空気を読んだうえでネタ発言をせずにいられない俺くらいしかいないだろうに。

 ……ま、俺自身完全に平常通りか、と言われたら素直にうなずけないんだけどさ。

 

 宇宙と地上、それぞれにあったISへとつながる何か。

 一つは人間と出会って地中深く眠り、もう一つは月の向こう側へと消えた。

 どちらも俺達が生まれる前の出来事であるが、それはつまりはるかな昔からこの因果の糸は綿々と紡がれてきたことを意味するわけだ。

 ぶるりと体に震えが走ったのは、この洞窟が涼しいからでは断じてない。

 

「それじゃあ、次のお話はまた束さんからだね。……今度は、ISが生まれるときの話だよ」

 

 なにせ、次の話も負けず劣らずに重要なのだから。

 

 

◇◆◇

 

 

 ファントムなんちゃらはそのあとずーっと月の裏に消えた衛星のことを探したり研究したりしていたらしくてね? 結構無理して月の裏を探るような人工衛星を飛ばしたりして、原因が激突した変な隕石にある、っていうことを突き止めたんだって。

 それからはもう四方八方手を尽くして地上も宇宙も問わず調べまくって、その中で目を付けたのが篠ノ之神社の伝説だったらしいよ。記録によるとはるか昔に隕石が降ってきたらしい記述がある場所と、不思議な力を持った剣の巫女が生まれた篠ノ之神社の位置が近かったとか何とかで。

 

 そして見つけたのが、この地下洞窟。そこには隕石と同じような反応を示す岩があって、それはもう死に物狂いで調べたみたい。ここにある機材はぜーんぶその時持ち込まれたものだって。まったく、人の家の地下に勝手にこんなの作るなんて、失礼しちゃうよねっ。

 

 ……まあ、それも結局ダメだったみたいだけど。この岩から得られた情報は少なくて、せいぜい昔最初にこの岩に触った剣の巫女のものと思しき遺伝情報の、不完全な断片くらい。

 その遺伝子もいろいろ弄ったみたいだけど、直接的な成果にはつながらないで撤退することになって、廃棄も引き上げも割に合わないからって残されたのがこの機材。もちろん束さんが改造したりもしたけど、ここのほかにもいくつか部屋があって中には結構大規模な工作機械とかもあってね。

 

 重宝したよ……ISを一人で作るのに、ね。

 

 まあとにかく、ちょうど箒ちゃんたちが生まれてちょっとしたころ、束さんはちょっとした偶然で放置されたこの地下施設を見つけて、資料をあさって、これが篠ノ之神社に伝わる剣の巫女を生み出したものの正体だっていうことはすぐに察しがついたの。

 だから、調べてみたんだよ。いろいろと。

 

 束さんは天才だから……というより、篠ノ之神社の血筋に連なっていたから、なのかな。ここにあった隕石の残骸は割とあっさり反応を示して、いろいろと調べやすかったよ。

 これがどんなものなのか。どんな力を持っているのか。どんなことができるのか。

 

 

 さっきそこのが隕石の正体についていろいろ言ってたけど、束さんは違うと思うな。

 ……多分だけど、これは何かの生き物の一部だよ、これ。ハイパーセンサーとかシールドバリアとかコアネットワークとかPICとか、きっとこの隕石の元になった生物が持っていた能力なんだと思う。

 宇宙の闇の奥を探って、どんな過酷な環境にも耐えて、数光年離れた仲間と交信して、時にその元へと駆けつける、そんな生き物。

 束さんはそれを機械で再現してみた、ってところかな。

 

 

 この隕石との出会いが、束さんがISを作ろうとした理由。

 束さんはね、この隕石がどこから来たのか、元はなんだったのかを知りたいの。

 そのための、宇宙に飛び出していくためのパワードスーツ。それがインフィニット・ストラトスなんだよ。

 

 ……まあその辺はひとまず置いておくよ。とにかく束さんはISを作ったの。ちーちゃんと一緒にね。

 あのころは楽しかったよねえ、ちーちゃん。朝から晩までここで研究とかISの開発とかしてたかったのに、学校に行けーってちーちゃんが言うから仕方なく行って、帰ってくるなりこっちに籠って研究の毎日。

 ちーちゃんと二人っきりで楽しかったな~、フィーヒヒヒ!

 

 ……えーとね、それでそれで。

 そんなこんなでいろいろ頑張って、束さんは最初のインフィニット・ストラトスを作りましたとさ。ここの資材を使いまくって、隕石の一部を削り取って、結晶化させて、コアを作って、残ってた機械の部品をバラして組んでガワを作って。

 最初は結構時間かかったかな。駆動テストはちーちゃんに手伝ってもらったんだけど、初めて飛行試験をするまでに1年くらいかかっちゃった。

 

 そして、束さんとちーちゃんは、ついに記念すべき初めての大気圏離脱試験をすることになったんだよ。PICがあったから、発射台なんていらない。最初にちょっと気合いを入れて飛び上がれば、それだけで重力を振り切って宇宙へ飛び出せる。

 奇跡に近いそんな光景が見られる……記念すべき日に、なるはずだったんだけどね。

 

 

◇◆◇

 

 

 それまで上機嫌に昔話をしていた束さんの表情が、そこで不意に曇った。

 いや、曇るというよりはむくれると言った方が適切かもしれない。コロコロ感情が入れ替わるのは束さんの特徴だが、ぷくりと頬を膨らませて岩に腰かけたままぶらぶらと足を揺らしている様は、とても千冬さんと同い年な大人の女性とは思えない。

 仕草の子供っぽさたるや、まるでワカちゃんのようである。

 

「……なんだろう、今まーくんがものすごい失礼なことを考えていた気がする」

「人の心を読まないでください。あとそれを失礼というならワカちゃんにも失礼ってことでは」

「おまえたち二人揃って無礼だ、馬鹿者」

 

 しかしそれでも室内の空気は異様に重い。

 これまでただの秘密結社だと思っていたファントム・タスクが生まれた意外な理由。そしてそれがISの誕生にまで関わっていたと一度に知らされればさもありなん。

 だからこそ俺はこんな空気を換えようと、天然の束さんに合わせて半ば条件反射でボケてしまったのだが、ちと空気を読めていなかったか千冬さんのお叱りを受けてしまうのでしたとさ。

 俺と束さん、揃ってげんこつ落とされて滅茶苦茶痛い頭を抱えるの図。なんだかんだで、束さんが姿をくらます前には割とよく見られた光景であったりする。

 

「……束さまと仲が良くて少し羨ましいですね、神上真宏」

「羨ましがるな。あれは悪い見本だ。……さて、ではそろそろ私が話すべきところか」

「……!」

 

 そしてそんな最中、ついに千冬さんが口火を切った。

 篠ノ之神社に生まれた束さんがISを作ることができた理由、そして先日IS学園を襲撃したあの箱と無関係ではないだろう何か、ファントム・タスクがなぜ生まれたのか。俺達の疑問の多くに答えをもたらしてくれたその果てに、千冬さんが語ろうとしている。

 

 そう、まだ答えにたどり着くためにはどうしても必要なピースがある。

 

 世界ははるか昔から変わりつつあったのは確かだ。

 だがここまで聞いてきた話は、平穏な世界の裏側でひっそりと進行していたに過ぎないこと。

 まだ、今この世界のありようを知るためには足りていない。

 

 一夜にして全人類の認識を覆した、超兵器・ISが初めて世に出たあの<白騎士事件>の真相を知らない限り、今の世界の本当のあり方を理解することはできないのだ。

 

 そして、その事実を語る千冬さんは。

 

「白騎士事件は、日本を目標に発射された弾道ミサイルを白騎士がすべて迎撃し、後に捕獲に乗り出した空海軍もまた撃退したと言われているな。……あれは嘘だ」

 

 いきなりこちらの認識の全てを覆してくださったのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ……そう驚くな。今のは少し言い方が悪かった。

 順を追って話そう。始まりは、さっきの束の話の続き、ISによる初の宇宙飛行試験のときだ。

 

 世間的にはIS第1号は白騎士ということになっているが、実はその前の機体がある。

 さっき束が話していたものが、それだ。白騎士とも、現存するいかなるISとも異なる、戦闘用途ではなく純粋な宇宙探査用パワードスーツ。本当のIS第0号。名は、<フォーゼ>と言った。

 

 ……凰、よくやった。奇声を上げる前の神上を抑える手際は見事だ。

 

 ともあれ、これが束と私の宇宙探査の第一歩になるはずだった。急ごしらえの射出台からこっそりと夜中に、ステルスモードに設定したうえで大気圏を離脱するために飛び出して。

 

 

 ……成層圏上空。遥か高度数万mの空で私を待ち受けていたのは、この星の宿命だった。

 

 

◇◆◇

 

 

「話の途中で悪いけれど、ちょっとこれを見てもらえないかしら」

 

 千冬さんは、わずかに話しただけで言い淀んだ。言葉を選んでいる風にも、いまさらながら本当に俺達に話していいのか迷っているようにも見える複雑な表情からはさすがに心の内を読み取ることはできない。

 そんな様子を見かねてかスコールさんが進み出て、懐から何かを取り出した。思わず全員の視線がその手の中の何かに集中するが、取り出されたのは特におかしなものではない。ただの宇宙の写真だった。

 つるつるとした表面は高精細の画像を印刷するのに適したもので、わざわざ画質にこだわってまで用意するほどの何が映っているのか、みんなして覗き込む。

 

「これはつい先日、IS学園の施設で撮影した天体写真よ。……何か気付かないかしら」

 

 と、言われても。どこかの空を映した写真は基本的に黒一色で、色鮮やかなガスが漂う銀河を映しているわけでもなく、ただただ暗い宇宙の色をした空に、ぽつぽつと星の明かりが灯っているだけだ。

 星座のことなんて不気味なスイッチを押したら変身する奴か、古代ギリシャの鎧を身に纏うやつくらいしか知らない俺としてはそこに天文学的な意味を見出すことも難しく、何の変哲もない宇宙の写真にしか見えないわけで。

 

 ……だが、言われてみれば。

 

 じっくりと見ているうちに、ある特徴が気になった。

 特に珍しいものがあるわけでもない、ちょっと田舎に行って夜を待てば見られそうな程度にはありふれたものに見える、星のきらめくこの夜空。

 でもなんだか、少し。

 

 

「「星が多いな」」

 

 

 感想は自然と口を突いて出て、不思議なことにそれは、俺と一夏で全く同時のことだった。

 

「っ!?」

 

 その言葉を、同時に呟いていたと気付いた直後、反射的に顔を上げると一夏も鏡写しのようにこちらを見ていた。その顔は、当たり前の日常に潜む何か良くないことに気付いてしまったかのように呆然として、蒼白。おそらく俺も、鏡写しのように同じ顔をしていることだろう。

 

「……」

「察してくれてありがとう。そう、この光のうちの何割かは、星ではないわ」

 

 緊張は伝播する。簪たちも俺達の至った想像を理解したのだろう。ゆっくりと振り向いた先にいたスコールさんは、むしろ落ち着いた口調で語る。

 こんな写真を見せるくらいだ。これが異常なことであることも、その原因も分かっているのは間違いなく、生憎とその原因とやらは俺達の悪い想像を覆してくれるものではないようだった。

 

「……それが、現在地球の衛星軌道を覆っている人工……いや、非人工衛星<アサルトセル>だ。ファントム・タスクの前身たる国家が作り上げた世界初の人工衛星であり、なおかつ人類が初めて遭遇した、命を持たない地球外知性体の変じたものということで、<ザ・ワン>と名付けられたモノによって生み出された監視攻撃衛星群。私はフォーゼで宇宙へ飛び出したあの日、この無人衛星の攻撃を受けた」

 

「……真宏くん」

「言っときますけどね、会長。知りませんでしたよ俺は。いつぞやのアレはただのネタだったんですから。嘘から出た真ってやつですね」

 

 とりあえず話を聞こう。

 まさかそんなネタが世界に仕込まれていようとは、という話の方向性に頭の痛さを感じながら。

 

 

◇◆◇

 

 

 重力を振り切るため、空に向かって加速していく感覚は今も覚えている。だんだんと暗くなっていく空の色と、目まぐるしい勢いで上昇していく高度計の数値。

束に半ば無理やり付き合わされていたISの開発だったが、その頃になると私も少しは楽しみにしていたらしい。

 ほとんど生身のような姿で宇宙へ飛び出す。そんな夢物語のような現実に胸躍るものがあったのは確かだ。

 

 計画は至極単純なものだった。大気圏を離脱して、無重力を経験してすぐに戻る。シールドバリアやPICはそのころすでに備えられていたからたとえ宇宙空間に出ようとも機動に困ることはなく、コアネットワークによって束との通信も常に保たれていた。今のISでもやろうと思えばできるだろうことをして……そこで私たちは予想外のものを見た。

 

 

 宇宙を埋め尽くすばかりの無人衛星群。人類をじっと監視し続けていたそれらが、ついに牙を剥いた。

 

 さすがに驚いたぞ。進行方向から降り注ぐ膨大な数の熱量。まさかこんなものが待ち構えているとは予想もしていなかった当時の私は、頭上から降ってくるレーザーを咄嗟に回避して、かすっただけで一気に目減りしたシールドエネルギーの残量に目を疑った。

 ……正直恐慌状態に陥らなかったのは奇跡に近い。当時まだ20にもなっていなかった小娘がまともな精神状態でいられたのは、私の状態を地上からモニターしていて半狂乱に陥った束がポンコツアンドロイドと化して、その慌てふためく声が逆に冷静さを保たせてくれたからに過ぎない。

 

 落ち着け束。お前にだって黒歴史の一つや二つはある。ところで神上、ならばとばかりに私の過去を明かそうなどと考えて余計なことを言えば……わかっているな?

 

 

 話が逸れたな。

 ともあれ、その時は実験などと言っている場合ではなくなって、即座に地上へ帰還。私の無事を必死の形相で心配してくる束をむしろこちらが宥める羽目になった。

 

 それから束は、あの衛星がなんだったのかを調べて、すぐに状況を把握した。

 この地下施設はもともとあれらを調べるための組織、ファントム・タスクが残していったものだ。記録の類はなかったが、新たに調べなおすことは可能でな。篠ノ之神社にあった隕石とかつて世界初のものとなるはずだったロケットに激突した隕石との関係や、この施設がファントム・タスクのものだったということも含めてこの時点で私たちは大体のところを把握していた。

 あの人工衛星が、月の裏に拠点を構えたザ・ワンの作ったものだろう、ということも含めて。

 

 ……そして束は、宇宙へ飛び出す野望を邪魔したそれを排除するため、フォーゼを戦闘用に改造し始めた。それが後の第一号IS、白騎士だった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ようやくここまで来た。

 当事者しか知りえないような、そして知ったら知ったで頭の痛くなるような話がわんさか飛び出るお話しの国。さすがに話が長くなるだろうからとパイプ椅子を担いできたのが幸いして、この地下基地に元からあった適当な椅子に腰かけている千冬さんとスコールさん、相変わらず座り心地が良いとは思えない岩に腰かけている束さんを含めてみんな腰を下ろして聞いているが、それで休まっているかと言えば断じて否だろう。

 いや、こんな話聞かされて楽にできるわけないって。

 千冬さんとスコールさんはタイトスカートのままリラックスしたように足を組んでいて大変眼福な光景なのだが、話が進むにつれて剣呑な殺気を放ちつつあるので冷や汗が止まらない。

 

 

 ここまでの話を整理しよう。

 まずISは宇宙(から)キターした隕石に含まれていた謎の鉱石をコアに使用して作り出された、宇宙探査用というのが方便ではないパワードスーツ。

 原料の宇宙鉱石は大部分が地球の周りを漂っていて、第二次大戦の頃に打ち上げられたロケットがそれにぶつかって、乗っ取られて月の裏に消えた。

 そしてどういうわけか、現在地球の周囲はまんべんなく無人兵器に取り囲まれているのだと。

 

 ……既にして大体わかった気がする。少なくともこれまで世界規模で隠されていた真実、とやらは。

 

 そして思うのは、やはり鍵は束さんだということだ。

 ただの人類には解析不能だったレベルの宇宙鉱石を解析してISという形にまとめたことも、その目的が宇宙への進出にあり、どういうわけか地球を封鎖している何者かと決して相容れないだろうことも。

 

 だが話はまだ終わったわけではないから、結論を出してしまうのは早計だ。束さんは、千冬さんと一緒になれば世界を革命する力を! とばかりに色々やらかす力はあるわけなのだが、そこは束さんの性格。

 基本千冬さんと一夏と箒とくーちゃん、そしてギリギリ両親とさらにそのあと見分けがつくつかないの境界線ぐらいに俺がいるという、ごく狭い範囲の人間にしか興味を示さないのが束さん。この人が仮に宇宙へ飛び出していきたいという野望を抱いたとして、そのために作ったISをわざわざ人類全体に普及させる必要がどこにあろうか。

 ザ・ワンの脅威を取り除く必要があるにしたって、束さん的身内で扱いきれないほどの数のコアを作った理由にはならないからだ。

 

 だがその辺の事情も追ってわかることだろう。千冬さんとスコールさんはまだ話すことがありそうな雰囲気だからして。

 おそらく、何かがあったんだろう。

 束さんではない誰かが、たかが10年で世界情勢を一変させてでもISを世界に行き渡らせなければならないと判断するような、事情が。

 

「待たせたわね。これでようやく説明できるわ。……白騎士事件の、本当の真実を」

 

 

◇◆◇

 

 

 白騎士事件は、日本めがけて世界各地から2341発の弾道ミサイルが発射。それを突如現れた白騎士が全て撃破して、さらにその後白騎士捕獲に乗り出した各国軍を撃退して、世界にISの最強兵器たる威容を示した。

 

 ……でもね、実はこれは正しくないの。

 この事件にはもう一つ、絶対に欠かすことのできない登場人物が、いるのよ。

 

 

 当時、ファントム・タスクの隠然とした影響力は世界全土に及んでいたわ。第二次大戦期、かつてファントム・タスクの母体となった小国は口八丁でいろいろな国からの出資を受けていたから、その縁で知った探られたくもない腹の底を共有しての暗躍は順調に進んだらしいのよ。そういう秘密のことは、まとめて<ラプラスの箱>って呼んでたらしいけどどうでもいいわね。

 ともかくその影響力の大きさは、例えば適当な理由をつけて各国の天文台に月面を常時観測という名の監視させておく程度は簡単にできるほどになっていたわ。

 

 ファントム・タスクは、当時まだ篠ノ之博士たちの存在こそ把握していなかったけれど、アサルトセルが地上に向けて攻撃を発したことは察知していたようよ。既にアサルトセルが地球を覆っていることまでは知っていたけれど、世界中どこの国もそのタイミングで宇宙船の類を打ち上げてはいなかった。攻撃の理由がわからずに、半ば恐慌状態に陥りながらも警戒を厳にすることしかできなかった、そのころ。

 

 ついに、来たるべき時が来たのよ。

 ……起きた現象を観測できたはずの天文台の数に対して、実際に天文台からファントム・タスクにもたらされた通報は極めて少なかったというわ。……当然だとは、思うけど。

 

 

 月の向こう側から巨大な「箱」が地球へ向かって飛んできているなんて、信じられるはずがないことだったでしょうから、ね。

 

 

 それがなんなのかはわからなくても、なんのために襲来したものかは明白すぎるほどに明白だった。

 ファントム・タスクは歴史が長いから、篠ノ之博士より早い段階で地球が無人兵器群に覆われていることとは察知していたわ。その原因が、月の裏側に落着した第二次大戦期に打ち上げられて隕石と衝突したあの衛星の変じたものだということも、ね。

 

 人類史上、初期の月面探査は実のところその全てがこの隕石と衛星の調査に費やされたものだったのよ。それでわかったのは、ある一定以上の宇宙航行能力を持つ人工物が地球を出ようとした場合にのみ、あの衛星は反応するということ。基準は今もって不明だけれど、シャトルやロケットの実験の失敗の何割かはこの衛星による攻撃だったというわ。

 

 その時点で、少なくとも地球を覆い尽くす衛星群は人類の科学技術で排除しうるものではない、ということを認めざるを得なかった。さらに、それを作って送り出している月の裏の基地はどこから資材を持ち込んだのか、当初の隕石と原始的な人工衛星が合体したものよりもはるかに巨大なものへと成長していたことが、なんとか軌道に乗せられた月周回衛星が月の裏を撮影した画像によって判明したの。……実際見たことあるけど、すごかったわよ。推定500m以上の高さの塔がそびえたつ、巨大基地だったから。

 

 長い年月をかけて少しずつ対抗手段を見つけて処理していくしかない。静かに技術を高め、兵器を強化し、いずれ決戦を挑む。

 そう結論づけていた状況が一夜にして変わったのよ、そのときに。

 篠ノ之博士が作ったフォーゼの宇宙進出実験と、それに対する衛星群の妨害攻撃。箱の侵攻はこれが発端となった。

 

 

 人類はひそかに決断を迫られたわ。

 逃げようもない地球上で、迫ってくるのは得体のしれない機械軍団が送り込む侵略兵器と思しきもの。これまでのように表立った行動はせず調査を続行する暇はない。

 隠蔽しきれないほどの騒ぎになったとしても戦うか、あるいは黙って滅亡を待つか。

 

 ……当時のファントム・タスク上層部は戦うことを決意したわ。かなり無茶をして各国の軍隊を動かし、配備されていた弾道ミサイルも可能な限り打ち込むことが決定したの。

 

 

 決戦は、箱が地球の大気圏に到達するギリギリの瞬間に始まった。

 

 いまだ世界に戦争は尽きないけれど、その時は明確な外敵があったせいか人類史上類を見ないほどの数の人間が協力し合っていたそうよ。

 動員された陸海空軍と兵器の数、弾薬量、全てが桁違いで、それらが使われないことを祈りつつ箱めがけて2341発の弾道ミサイルが殺到して……その全てが、発射直後に原因不明のトラブルで制御不能に陥った。

 

 そこからは、悪夢よ。

 どうしてそんなことが起きたのか、起こせたのかは不明だけれど、制御不能になったミサイルは、全て軌道が狂って日本に落下する軌道を取った。

かなり高い確率で起こりうる、いざという事態のために備えておいた空軍機がスクランブルして、せめて箱だけでも迎撃しようと高高度を目指して飛んで、まだ肉眼では見えないような距離からレーザーによって狙撃され、翼を斬られて落ちて行った。

 

 地球上の全戦力を結集したとしてもかなわない。

 そう結論を下さざるを得なくなるまで、そう時間はかからなかったそうよ。

 

 

 けれど、そのとき不思議なことが起こったの。

 

 

 日本へ向けて飛来する弾道ミサイルが突如空中で爆発。脱出装置すら作動せず海へ落下していた戦闘機のパイロットが無事脱出。そんな情報が、にわかに通信に乗り出した。

 

 最悪と言っていい状況の中に現れた謎の吉報。

 色めきだった司令部が次に目にしたのは、宙に浮かぶ白い甲冑姿の乙女。

 

 そう、白騎士よ。

 

 

◇◆◇

 

 

「……」

 

 さすがの俺も黙って聞いている。

 スコールさんの話はそれなりに筋が通っていると思うし、苦々しげな表情でそっぽを向いている千冬さんの様子からして嘘があるとは思えず、俺達がまだ幼かった10年前に起きていた事件の真実が、ずっしりと重くのしかかってきた。

 

 世界の在り様を一変させた白騎士事件。

 マッチポンプ臭いとか何かしら裏がありそうだとか思っていたが、せいぜい束さんと千冬さんが何かを隠しているだろう、程度の認識でしかなかった。

それがよもや全世界規模で示し合わせたうえでの秘匿事項があったなんて予想できねーよ!

 

「あーもー、今思い出してもむかつくなー。あいつらが束さんの邪魔したりしなければ丸く収まってたのに」

「不運な偶然が混じっていたとはいえ、篠ノ之博士の言うことも間違ってはいないのよね。50年以上前の一つの事故が、地球を封じる天蓋になるだなんて、当時誰も予想できなかったことだから」

 

 だが束さんたちはさすがに元から事情を知っている人々。束さんもスコールさんも、会話は成立していない気がするが平然と語っている。

 それはすなわち、この10年間ずっとこの問題について考え、行動し続けてきたことの証左に他ならない。この程度の状況はもはや束さんたちにとっては常識なのだろう。いずれ至るべきフロンティア、宇宙への道が閉ざされているという言いようのない圧迫感。話に聞いただけですら重くのしかかるそれにずっと耐えてきたという、その時点ですら尊敬を覚える。

 

 もうじき、全ての話が終わることになるだろう。

 俺達が知るべきこと、知らなければならないこと。

 

 最後に語るのは、千冬さんの役目だった。

 

 

◇◆◇

 

 

 白騎士事件は、制御を失ったミサイルを白騎士が迎撃し、撃破された空海軍機のパイロットを救出して、箱を撃退することによって終結した。

 幸い死者はゼロ。今思い返しても奇跡としか言えん。

 

 だが奇跡の後には現実が残る。

 その時残ったのは、半ば壊滅した空海軍。

 まったく用を為せないどころか、やつらへ使えば我が身へ降りかかってくる核弾頭を搭載した無数の弾道ミサイル。

 事実上、地球上に存在する戦力ではザ・ワンの尖兵にすら傷一つつけられないという現実だった。

 

 ……そして、もう一つ。地球上の全戦力を動員してすら倒せるとは思えないものにたった一騎ですら対抗しうる超兵器。

 インフィニット・ストラトスが、そこにはあった。

 

 

 それこそ、選択の余地すらなかったのだろう。

 人類の存亡にかかわる唯一の希望といえるのは、たかが15の小娘が作ったパワードスーツ。情報操作の末「世界最強の兵器」と祭り上げ、既存の軍体勢を半ば解体するような勢いで浸透させなければならないほどに、な。

 

 ファントム・タスクの入れ知恵がどこまであったのか、私は知らん。

 一つ確かなのは、今も月の裏で虎視眈々と地球を狙っているザ・ワンはいずれ人類に甚大な被害を及ぼすことと、その打倒はISでなければできないということ。

 そしてそれが、今の世界を形作った原因だ。

 

 

◇◆◇

 

 

 千冬さんが沈黙をもって打ち切って、大体の話は終了となった。

 

 ……なるほどねえ。

 さすがに、10年ちょっとで兵器の主流がそっくり入れ替わるなんて、軍需産業を中心とした企業連合が国家を解体するレベルの陰謀の一つや二つなければありえないことだと思っていたけど、まさかこういう事情があったとは。

 そりゃあ装備の更新が進んで各国の財政担当が頭を抱えることになるはずだ。俺達の認識は、順番が逆だったんだ。

 ISが世に出て、ISに対抗しうる兵器はISしかないから今のような世界が形作られたんじゃない。ザ・ワンという、現行兵器では対抗できないものが現れたんだからそうせざるを得なかった、ということか。

 

「まあ、束さん驚異の科学力をもってすれば弾道ミサイルを全部ジャックしてマッチポンプすることだってちょちょいのぷーだったんだけどねっ。そこんところ、勘違いしないでよ!?」

「何と張り合ってるんですか束さん」

 

 ただでさえ陰鬱とした地下研究室の空気はどんよりと重くなり、空気読まないことに定評のある束さんが一人で何かと戦っているのだがあいにくと気分を軽くしてくれる役にはあまり立っていない。

 

 そりゃあそうだろう。千冬さん達の話を丸ごと信じるとするならば、ISはその全てがこのザ・ワンと戦う宿命にあったことになる。一体いかなる交渉か、あるいは束さん自身が必要と考えたかで作り出された467機分+αのコアを宿したISは、いずれ月の裏に巨大な基地を構えているザ・ワンとの決戦をするために生み出されたわけなのだからして。

 

 つまり、俺達IS操縦者は必然的に人類の存亡をかけた戦いの矢面に立つということだ。

 

 ……なにそれ燃える!

 

「さて、私達から話せるのはこんなところかしら。一人で盛り上がっている神上君は置いておいて、あとは質問があれば答えるわよ。この際だから、何でも聞いてちょうだい」

 

 そんなときにスコールさんからはこのお言葉。これはありがたい。せっかくだから色々聞かせてもらうとしようか。なにせこれからの戦いのために、事情を知っておいて損はないはずだ。……毒喰わば皿まで、って理屈な気がしないでもないけど。

 

「ではさっそく一つ。解体直前のファントム・タスクの行動はなんだったのです? セントエルモで全世界の都市部にミサイル攻撃などと、ザ・ワン対策を根幹に据えた組織のすることとは思えないのですが」

「あぁ、あれは都市へのミサイルじゃなくて、それから微妙に逸れたバンカーバスターがメインだったのよ。狙いはそのあたりに埋め込まれていたザ・ワンの地上観測ユニットなの。正確な位置を発見して、適当な理屈つけてまとめて破壊するまでに十数年かかった一大事業だったから、ちょっと強行しちゃった」

 

「えっと……スコールさんはもともとアメリカの代表で第二回モント・グロッソの優勝者ですよね? それがどうしてファントム・タスクに……?」

「ほら私って、織斑千冬が一夏くんを助けるために決勝すっぽかしたから不戦勝で優勝したじゃない? それが悔しくて色々調べているうちにファントム・タスクにたどり着いて、それで勧誘されたのよ。事実上、私がファントム・タスクに『最初の一機』のISを持ち込んだことになるわね。だから今もこうして、IS学園に身を置きながらファントム・タスク側としての行動をしているわけよ。……いろいろ勘違いした残党の始末は面倒だったけど。あ、別に織斑千冬との決着をつけさせてくれそうなのがファントム・タスクだけだったからってわけじゃないわよ?」

 

「ところで束さん。件の隕石とやら、ひょっとしてまだここにあったりするんですか?」

「あるよー。コアを作る材料として削って使ってるから小さくはなってるけど。……ていうか、束さんが今腰かけてるのがそうだし」

「それがっ!? 扱い悪っ」

 

 ほらやっぱり、スコールさんも束さんも色々抱えている。

 しかしなんだかんだでスコールさんも波瀾万丈な人生を送っているようだ。IS操縦者としての経歴はもちろんのこと、その後ファントム・タスク構成員になって、おそらく新参者の一人だっただろうに今では最後の一人になったに等しい。

 最初の出会いはファントム・タスクの敵としてだったが今は味方になってくれていることだし、この人もまた、千冬さんたちとは別の意味で世界を支えている人なのかもしれない。

 

 ちなみに余談だが、今回聞いたような話は第二回モント・グロッソ準決勝進出者も大体知らされているのだそうな。優秀なIS操縦者として、この話に無関係ではいられないだろうということで千冬さんが数年前に話しておいたのだという。

そしてそのメンバーというのが千冬さんとスコールさん、そして意外なことに中国のヤン管理官とロシアのオーカ・ニエーバだったのだそうな。

 ヤン管理官は準決勝で千冬さんに敗北し、オーカ・ニエーバもまた準決勝に進出して惜しいところでスコールさんに負けたのだとか。後にこの話をしたら、「準々決勝まででウォッカを飲みつくしていなければ勝負はわからなかったんだけどね?」とかほざいていたが、それでも本気で強いらしいから本当にISというのはわけがわからない。

 

 閑話休題。

 なんだかんだでスコールさんとはそれなりに意見交換をできているのだが、千冬さんは一区切りを付けてからこっち、まともに口を開いていない。

 だがその雰囲気からして、千冬さんはまだ何か語るべきことを残しているような気がする。長年の勘がそう囁いているのだ。

 

「一夏、聞きたいことがあるなら聞いておけ。……多分チャンスは今しかないぞ」

「……そう、だな」

 

 背中を押す、などというほどのこともない。俺がしたのは肘で小突いて促しただけだ。だがそれでも、そっぽを向いている千冬さんを思いつめたような顔で見つめている一夏には十分すぎるきっかけになったらしい。

 

 見方によっては、千冬さんが引き起こしたと見えなくもない、ザ・ワンの地球侵攻が白騎士事件と前後する10年前。そしてちょうどそのころ姿を消した両親。つい最近再会したその人たちは、なぜかファントム・タスクの基地にいた。

 たとえ鈍感朴念仁を極める一夏であろうとも、これらの事実を繋げて考えるなというのが無理な話だ。

 

 

「教えてくれ、千冬姉。白騎士事件と、父さん母さんの失踪……何か、関係があるんじゃないのか」

 

 その言葉に、またしても場の空気が一変した。

 

 あるいは、家族の在り様を壊す問いであったかもしれない。一夏とて人の子だ。どうして自分に両親がいないのか、10年来ずっと疑問に思ってきた。

 ファントム・タスクからそうとは知らないままに両親を救い出して一緒に暮らせるようにはなったものの、そもそもどうして両親が自分と千冬を捨ててファントム・タスクの元へ身を寄せなければならなかったのか、その理由はいまだ語られていない。

 あるいは、その答えがここにこそあると、確信にも似た思いがあるのだろう。不安げに袖をつかむマドカの手を取りながら、一夏はうつむく千冬さんと、痛々しげに表情をゆがませ目を合わせられない両親を真剣なまなざしで見つめながら問うた。

 

「予想の通りだよ、一夏。私たちが家を出たのは白騎士事件があったからこそだ」

「か、母さん……」

「言うな、千冬。私の事情も関係があるから、ここは私に言わせてくれ」

 

 そしてそれに答えたのは、一夏のお母さんだった。

 なんだかんだでこの場に列席している人だし、そもそも一夏達と別れてからの10年間、どの程度の期間かは知らないがファントム・タスクに所属していたのだから何ら関係がない、ということはないのだろう。そっと髪がかきあげられるとさらりとこぼれて、黒とも青ともつかない不思議な色にきらめいた。

 

「言葉を重ねるのは得意じゃない。端的に言おう。私達が一夏と千冬を出てファントム・タスクに合流したのは、確かに白騎士事件が原因だ。……見た目ではあまりわからないと思うが、私の血筋はクォーターでな。先祖をたどると、ザ・ワンを作り出した小国の人間にたどり着く」

「……なるほど」

 

 あるいは懺悔のように語る言葉に、一夏とマドカはピクリと体を震わせた。しかしその後は自分の体に絡み付く因果の糸でも幻視したかのように、まともな身動きもしはしない。

 ただじっと、自分たちの境遇を理解しようと努めている。

 

「私の祖父母はちょうど祖国崩壊の直前あたりから宇宙工学を専門とする研究者だった。私もその例に漏れず、10年前は宇宙工学を研究をしていてな。……ザ・ワンの存在も、知らされていた。だから白騎士事件が起きたときは公式に報道されている情報だけでも事情は察することができた。地球に危機が迫っていることと、なんとしてでも対策を練らなければならないこと。……そんなときにファントム・タスクからの誘いがあった。いずれ合流することはあるにしても、せめて一夏とマドカがもう少し大きくなるまではと思っていたが……ISが世に出たとはいえ、まだ世界への浸透も性能も足りていなかったが対応は急を要したから、ファントム・タスクの誘いに乗らざるを得なかった。そのことについては、どれだけ謝っても謝りきれるものではない」

「それと、僕も母さんと同じように航空力学と宇宙物理学をやっていたから一緒についていくことになったんだ。いずれ起きるだろうザ・ワンとの物理的接触の時には、僕の技術が必要になるだろうから、ということでね。せめてどちらか一人でも残ってあげられたらよかったんだけど……」

「待ってくれ、母さん、父さん。二人がそうしなければならなかったのはもとはと言えば私と束のせいだろう! 一夏、マドカ。恨むなら、私を恨め。……家族をバラバラにしたのは、他でもない、私だ。……私だったんだ」

 

 両親の語る言葉を遮り、千冬さんが叫んだ。両手で自分の体を抱え、瞳を涙でぬらしながら。

 こんな千冬さんは初めて見る。普段は気丈で、長年一夏の友人をやっている俺も、そしておそらく一夏自身も見たことが無いだろう程に、今の千冬さんはどうしようもなく……悲しそうだった。

 

 思えば、千冬さんはずっと一夏にとっての姉であり、母であり、父でありつづけた。

 最近こそ家で多少だらしない、というか一夏に甘えている部分はあるが、それでも根本のところで常に一夏にとって誇れる家族であろうとし続けていた。

 いつでも一夏を見守り、ファントム・タスクによって誘拐されたときにはモント・グロッソ決勝を放棄してまで駆けつけるほどに。そして、一方でIS学園の教師として、ファントム・タスクの刺客として現れたマドカと迷わず戦うことを選ぶほど苛烈に自らに使命を課している。

 

 おそらくその使命とは、自分が目覚めさせてしまったザ・ワンの打倒。

 10年前のあの日から、頼りになるのか引っ掻き回すだけなのかわからない束さんだけをあてには出来ぬと、ただちょっと剣術が上手かっただけの小娘が、世界に立ち向かっていく決意をした。

 

 その重責が、今まさに零れ落ちようとしている。

 不安で眠れぬ夜もあっただろう。家族をバラバラにするきっかけを作り、それを言えずにいる自分を知らず慕ってくれる一夏の眼差しに、吐き出せない罪悪感を感じたこともあっただろう。

 千冬さんの決して長くない半生は、まぎれもない苦難の道だったのだ。

 それは千冬さん自身も、長く会うことがなかった両親も、スコールさんや奇跡的に空気を読んでおとなしくしている束さんも、そして今この話を聞いたばかりの俺達みんなにもわかることだ。

 

 

 だが、それも。

 

「……そっか。つまりこれからは、俺達で千冬姉の仕事を手伝って行けばいいわけか。な、マドカ」

「ああ、望むところだ」

 

「……は?」

 

 今日ここで、終わりを告げる。

 

「つまり、あれだろ。そのザ・ワンを倒せば全て終わるんだろ?」

 

 幕引きは、千冬さんが呆然とするくらいあっさりとした一夏の一言。

 ……いや、しかし今日は本当にいろいろと珍しい話が聞けて、珍しいものが見れる日だ。目と口開いて言葉もない千冬さん、なんて早々見れないぞ?

 

「……一応聞いておくけど、織斑君。話を聞いていたかしら? ザ・ワンは月の裏に巨大な月面基地を建造しているのよ? しかもアサルトセルは地球全土を覆う規模。はっきり言って、ISの467機全てを合わせてもまだ分が悪いくらいなのだけれど」

「大丈夫です。分の悪い賭けは嫌いじゃないんで。それに、スコールさんや千冬姉、それに父さんと母さんや、ファントム・タスクも。ずっと、それこそ下手したら俺が生まれる前から戦う準備はしてたんだ。なら大丈夫ですよ、きっと」

 

 一夏が言っているのは、呆れるほどの楽観論であり、同時に真理でもある。

 へらへら笑って言われたら一発殴って矯正したくなるほどに身のない内容。

 

 だが一夏は、真剣だ。

 俺を見て、マドカを見て、箒達を見る。千冬さんと両親を、束さんとスコールさんを見るその視線に込められた心は、まぎれもない信頼。

 俺達と一緒なら大丈夫だという、無限の信頼を宿している。

 

「そうか……一夏、お前は本当に馬鹿だな。それに、マドカも。影響されたか?」

「千冬姉の教育の賜物だよ」

「姉さんだって私達のことは言えないだろうに。きっと遺伝だよ」

「……あ、あのちょっと待て子供たち。言っておくが、私は頭いいぞ!? 一応博士号も若いころに取ったし!」

「落ち着いてください。一夏達は別に君がアホの子だって言ってるわけじゃないですから。今のところ救いようのないくらい抜けてる部分があると知ってるのって私くらいですし」

 

「一夏の親父さん、フォローになってないどころか余計な傷口開いてね?」

「……すまん、神上。私の記憶にある限り、父さんは昔からああして母さんを慰めるようで抉っていた。天然なんだ」

 

 苦笑交じりの呆れたような物言いは、追いつめられた人間にできることではない。

 つまりは、救われたのだろう。千冬さんの為してきたこと全てを受け入れた一夏によって。

 一夏の朴念仁が吉と出たのか否か。いずれにせよ、なんだかんだで一夏が家族の絆をつなぐ家だよ、本当に。

 

 思い起こせばマドカという生き別れの妹と再会し、存在を知ってはいたものの、その分複雑な感情を持て余していた両親と無理やりピクニックに叩き込んで和解した波乱万丈の織斑家。

 そしてついに、今日この場で10年来の鬱屈を千冬さんが吐き出して、それすらも受け入れられた。ならばもはや心配はいらない。これで織斑家は本当に一つに慣れたんだ、たぶん。

 ……とはいえ多分千冬さんもまだ迷ったりするだろうから、ちょっと暗躍して今夜あたり一夏と二人きりの時間でも作ってやれば甘えまくって落ち着くようになるだろう。それで大体丸く収まるだろう。

 

 

 収まるだろうよ。

 一夏達に関しては。

 

「……ところで、神上君。最後になったけれどあなたに伝えておかなければならないことがあるわ」

「はい? 俺に、ですか……?」

「そうだよ、まーくんに。多分今しか言う機会なんてないし……今なら言っても許してもらえると思うしね」

 

 だが驚くべきことに、まだ話は終わっていなかった。

 しかも、その話に関係があるのが俺だという。

 自分の祖先が人間離れしていたという伝説が割とマジなものだったと知って頭を抱える箒でもなく、ようやく本当の家族団欒的なものを手に入れた一夏達でもなく、俺だ。

 

 思わずきょとんとした表情で束さんとスコールさんを見比べる。

 二人とも事情を説明していた時と変わらず岩と椅子に腰かけたままで、しかしおそらく全世界でも屈指の貴重さと能力を誇る人材だろうこの二人からひたと視線を据えられていると気付けば、さすがに平常心ではいられない。

 別に怒られるようなことをした覚えはないけれど、さすがに居住まいを正さずにはいられない。

 

 

 この時、思わず隣にいた簪の手を握ってしまったのは、言われることをなんとなく予感していたからなのだろうと、あとになって思う。

 一夏が千冬さんのことを家族と、あるいは仲間みんなと一緒に受け入れたように、俺も一緒にいてくれる簪のことを求めていたのだろう。

 

 そんな不安を感じるような、スコールさんと束さんが告げる俺の真実。

 

「さっきの話に出てきた、ザ・ワンの開発者でもあるファントム・タスク創設者の一人である天才。……あなたのおじい様よ」

「多分だけど、まーくんはこの隕石に残ってた遺伝情報をもとに生み出された人間だよ。それと、束さんにこの地下基地の存在を気付かせてくれて、まーくんのことを頼んでいったんだよ、まーくんのおじいちゃんがね」

 

 ……なんともまあ、俺も意外と因縁深い経歴を持っているらしかった。

 

 

 一つ一つを取ってみても重大すぎるほどの話がいくつも披露された。

 おそらくこの一件に関して今後はIS学園が最前線を張ることとなり、専用機持ちもまた貴重な戦力として戦うことになるだろう。

 

 いまだかつてないほど巨大な戦いの気配と、思い出の中で気難しげな顔をしている、名前すら知らなかったじーちゃんの過去。

 最後に残っていた、思わず眩暈を感じるほどの衝撃が、この暴露大会で一番忘れられないこととなるのだった。


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