IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第39話「もっとするぞ」

「それではっ! IS学園の皆の勇気が見事しっと団の怨念に勝利し、今日こうしてクリスマスパーティーを開催できることを祝して! ……せーのっ!」

 

「「「メリークリスマスっ!!」」」

 

 かしゃーん、と掲げられたグラスが打ち鳴らされる音が部屋中に響き、ついでひゃっほーいと大変元気のいい叫びがIS学園1年生寮の談話室に上がり、いつぞやのハロウィンの時並み……いやそれ以上の熱気と歓声に包まれた。

 問答無用で楽しくなる空気が部屋に満ちていて、思わず俺も一夏も、簪達や会長も含めた参加者みんなの顔にも、自然と笑顔が広がっていく。……でも今「プロージット!」て叫んだの誰だ。それに乗せられた何人かが床にグラス叩きつけるの見たぞオイ。

 ……ともあれそんなパーティーが、始まった。

 

 

 今日は12月24日、クリスマスイブ。

 俺達セントエルモ攻防戦に参加した生徒一同は戦闘後の無駄に高いテンションに任せて、学園に残っていた同級生達が万端準備を整えてくれていたクリスマスパーティーになだれ込んだのであった。

 

 このパーティー自体は、割と前々から企画されていたらしい。一部学園外部に彼氏を持つリア充生徒達は祝福と妬みをもって学園を追い出され、残った生徒達主催の宴はこうして、IS学園の教師陣や整備科生徒がセントエルモ攻撃作戦に駆り出されて監視の目が緩んでいるのをいいことに、ハロウィンの時の経験も生かして瞬く間に準備を整え極めて迅速に用意がなったのだという。

 

「誰か、余興やって! キングアラジンの真似とか!」

「テレスドンの真似ならできるわよー」

 

 そんなところに無駄に力を発揮したせいか、既にしてテンションマックス。あちらこちらで七面鳥を齧り、色鮮やかなアルコールは入っていないはずのシャンメリーやらなにやらを飲み、談笑したり叫んだり歌ったりと、本当にここ9割方女子校なのかと思うほどの騒ぎとなっていた。

 

「きゃー、ワカちゃんだー!」

「わーいちっちゃーい。胴上げしちゃえー」

「ちっちゃくないです! ……というかどういう経緯でそうなるんですかってきゃー! 飛んでます! 天井が目の前に見える高さまで飛んでますー!?」

 

「ふっふ、こういう宴というのもいいものだ。んぐっ、んぐっ……ぷはぁっ! ……しかし、ウォッカがないのはいただけん。君、なんとか用意できないか?」

「いや、さすがに日本の高校でウォッカは……」

「ハラショー……、残念だ。このみりんとやらで我慢しよう」

「ちょっとー!?」

 

 しかもなんか、すごーく見覚えのある人とあんまり見覚えのない人がいるし。

 見覚えのある方は、ワカちゃん。当たり前のように会場に混じり、IS学園生の平均身長よりも明らかに背が低いせいで時々見失いそうになるが、あちらこちらで生徒の目に留まっては可愛がられているようだった。

 そしてもう一方の、見たことないけどその美声は聞き覚えのある、背が高くて涼しげな目をしたあのお姉さん。なんかいかにもロシア美女って感じだし、アル中というかウォッカ中毒っぽい発言もしていることから察するに、多分オーカ・ニエーバなのだろう。後で挨拶しとこっと。

 

 ちなみになんでこの人らがここにいるかというと、千冬さんに命じられたからだとか。

 オーカ・ニエーバは元から、ワカちゃんは途中から半ば無理矢理だったが今回の作戦に参加したため、下手なところに降りて今回の件について変なこと言われると困るということで、まずはIS学園に招かれたのだとか。

 そんなわけで今日はこちらに泊っていくことになり、だからといって放っておいてもじっとしておくような人間ではないのでこの場に放りこまれたらしい。二人は祭り好きと酒好きなので、楽しいものさえ用意しておけば比較的おとなしいから。

 

 

 ……まわりの騒々しさといったらないが、それでもこうしてパーティーの席上にあると、事件が終わったのだという実感がわいてくる。

 ファントム・タスクの構成員、しかもIS操縦者3人を捕まえ、セントエルモを撃沈し、全員無事で帰ってくる。世界的にもIS学園的にも、そして一夏の心情的にも、これ以上ないほど良い結果だったと言えるだろう。

 

 まあこうやってキンクリしてはいるけれど、帰りの道中も色々あったんだけどね。

 セントエルモを倒したとはいえ、まさかファントム・タスクの構成員がこの三人だけというわけもない。帰り道に変な襲撃を受けないよう回りには常に気を配っていて、実際変な機影を捕えたりもしたし。

 

 

◇◆◇

 

 

「! 10時方向、何かが飛んでます!」

「IFF識別反応なし! ……というか、金属反応もないくせに生体反応が三つ固まってるんだけど」

「……あの、望遠して見てみたのですけれど、何か赤と銀のボディースーツ状の格好で頭に大きな二本の角を生やした何かが、赤いマントをなびかせてトナカイに引かれたそりに乗って飛んでいるようなのですが」

「ああ、それは謎のサンタクロースね。ほら、毎年アメリカ軍がレーダーとか色々使って追いかけているでしょう? 私も代表時代に追いかけたことがあるわ」

『っていうかアレどう見てもウルトラの父じゃね!? うおおっ、そういえば今日はウルトラの父感謝祭だったっ!』

「待って真宏! ……私もいく!」

「簪ちゃーん!?」

「えぇい、誰かあの馬鹿と更識妹を止めろ!」

 

 

◇◆◇

 

 

 ……こんなひと悶着があった気もするけど、まあよくあるお茶目だよね。

 

 この騒動でついついうっかり抱えてたマドカを放り投げて眼下の海に自由落下、なーんてことをさせちゃったりもしたけど、海面にぶちあたる寸前で一夏がキャッチしてくれたので事なきを得た。

 ちなみにそんなマドカを含めたファントム・タスク御一行は、IS学園に帰るなり千冬さんを筆頭としたIS学園教師陣にプレゼントしておいた。多分いまごろ尋問とか色々されているに違いない。

 こうやって、とにかく大急ぎでIS学園管理のもと抱え込んで情報絞り取らねばならない対象を生贄に捧げることにより生じた時間。これがあったからこそ、俺達はこうして暢気にパーティーなど楽しんでいられるのだ。まあ今回の作戦に関わった専用機持ちは、明日ばっちり聴取とかあるらしいけど。さらに報告書の宿題は出されてるし、辛いわー。

 

 とりあえず、その辛さは一夏の様子を観察して忘れることにした。

 ……何せ、今日はクリスマスイブ。まだ夜になってはいないが、このどさくさ紛れに一夏にプレゼントを渡そうと考える手合いは多く、特に気合の入ったいつものヒロインズなんかは二人っきりになれる瞬間を虎視眈々と狙っている……かと思ったら、どうやらそういうわけでもないようだったし、ね。

 

 

◇◆◇

 

 

「えーと……どうしたんだ、みんな? 揃って俺を呼び出して」

「ごめんね、一夏。パーティー楽しんでたのに」

「お前に渡したいものがあるのでな」

「大丈夫ですわ一夏さん。それほどお時間は取らせませんから」

「ま、それも一夏の振舞い次第よ」

「大人しくしていれば痛い目には合わせん」

「テンパり気味なのはわかるけど、鈴ちゃんも箒ちゃんも落ち着いて。それじゃあほぼ脅迫よ。……というか、なぜ私まで」

 

 クリスマスパーティーは時を追うごとに参加者のボルテージが上がっていき、開始当初こそおしとやかな雰囲気が辛うじて一部に残り、一夏を取り巻く少女達の甘酸っぱい会話なども繰り広げられていたのだが、宴もたけなわな今となっては各々がテンションに任せて叫び、歌い、飲み食いするという乱痴気騒ぎに発展していた。

 さすがに今日はクリスマスだから色々大目に見ようという教師側暗黙の了解と、それにもましてセントエルモ撃破に伴うファントム・タスク関連の証拠の整理、各国から蔵王砲のように飛んでくるこっちにも情報寄越せよゴルァな問い合わせへの対応などなどに忙殺されて、見事にスルーされていたという事情もあるのだが。

 しかしだからこそ、こうして特に目立つ専用機持ち達が会場を抜け出る隙もある。談話室から少々離れたロビーに来るだけでパーティーの喧噪と熱気は嘘のように消え去って、静かで寒い冬の空気が久々に肌に触れるのが、いまは心地よかった。

 

「何を言っているんです、楯無さん。そんなことを言うならばっちり用意したそのプレゼントはなんですか」

「うぇっ!? こ、これは……ほら、なんだかんだで一夏くんには生徒会関係で色々と付き合いもあることだし、その辺の気持ちとかなんとかで、ね? それに、一夏くんだけに用意したわけじゃないわよ!?」

「そのことは別にかまいませんわ。であるならば、せっかくですしわたくしたちの考えに一口乗りませんか、とそう申しておりますの」

 

 そんな風にくつろぐ一夏がいる一方、ヒロインズはあまり慣れない空気に戸惑う会長をささっと懐柔していた。

 最近の楯無の行動や一夏に向ける表情がなーんか乙女の勘に触る部分があるので、早めに抱きこんでおくことにしたわけだ。

 

「へ、変なことするんじゃないだろ……? それだったら、別に抵抗したりしないぞ」

「その点は心配いりませんわ、一夏さん。むしろ、喜んでいただけるはずでしてよ?」

 

 さすがに少々不穏当な空気を出し過ぎたか、一夏が恐る恐ると声をかけてくる。一夏に背を向けて簡単な作戦会議をしていたヒロインズはその気配を敏感に感じ取り、とりあえずは安心させようとセシリアが見事なまでの微笑を返す。そのあたりはさすがのノブリス・オブリージュ、しとやかで魅力的でかつ切り替えが貴族的に早い。明らかに使いどころを間違っているのだが。

 

 しかし、必死にもなろう。

 今彼女達が直面しているのは一夏にクリスマスプレゼントを渡すという、乙女的にはこの上ないイベントなのだ。色々事情があって二人きりでロマンチックに渡すということは叶わなかったが、それでも緊張に締め付けられる胸は、確かに熱く弾んでもいる。

 

「んん……こほん。一夏に来てもらったのはね、他でもないんだ」

「ほら、今日はクリスマスじゃない」

「だから、だな。私達それぞれの気持ちだ。受け取ってもらえると、その……うれしい」

「今日のために精一杯選んだぞ。無駄にならなくて、よかった」

「そ、そういうわけみたいだから……それじゃあ、私からも」

 

 それぞれ手に持つのは一夏のことを想って選んだプレゼント。美しい包装紙に包まれたそれらは彼女ら自身の心そのもので、受け取ってもらえるか、喜んでもらえるかと考えれば、不安は尽きない。

 だがたとえどれほど不安であろうとも、贈りたい。その思いを込めて。

 

「「「「「「メリークリスマス!」」」」」」

 

 プレゼントを、差し出した。

 

 そして、一夏は。

 

「っ! ……お、おう。ありがとう」

 

 きっとこうなるといくら一夏でも予想できていたろうに、それでも驚きに目を丸くして、受け取った。

 一つ一つの大きさ自体は、さしてかさばるものではない。6人から渡されても両手に抱えられるほどであったが、込められた気持ちの分だけ、それらは重い。

 

「……うん、本当に、ありがとうな」

 

 織斑一夏は鈍感だ。唐変木で、朴念仁で、こと恋愛に関してはさらに愚鈍でフラグブレイカーでもある。

 だがそれでも、一夏は感じる心を止めてしまうようなことはしない。

 

 両親のことは記憶になく、物ごころつく前から千冬と二人だけで生きて来て、何故か男は使えないはずのISを使えてしまったためIS学園に放りこまれ、今ではマドカという妹かもしれない存在までもが現れた。いかに異常なほど楽観が過ぎる一夏とはいえ、自分の体に流れる血に何らかの因縁がまとわりついている可能性を、もはや否定することはできない。

 

 そう自覚し始め、こっそり思い悩むこともあった。

 きっと同じように、いや自分より色々な事情を知っているだろうから、もっと悩んでいるだろう姉に相談することもできるはずがなく、仲間をうかつに巻き込むわけにもいかないと思っていた。

 それでもみんなはここにいる。一緒にいて、自分のことを想ってくれている。そのことが、プレゼントと一緒に一夏の心へと届いた。

 

 自然と浮かぶ笑顔と共に、一夏は心からの感謝を伝える。

 自分はひとりじゃない。いつもこうして仲間がいて、楽しい時間を過ごし、助け合える。そうに違いないと、今日の一夏に刻まれた。

 

 

 ……ちなみにそのとき、一夏の心に変化があったことを敏感に察したヒロインズの心境は、こんな感じである。

 

(((((計画通り……っ!)))))

 

 表情こそ一夏が喜んでくれたことを嬉しく思った笑顔のままだが、内心新世界の神もかくやのニヤリっぷりなのであった。

 

 実は今回のこのプレゼント贈呈、少々裏がある。

 これまでならば恋する乙女の戦略と羞恥心により、お互い出し抜いてでも二人きりの時間を作り出して一夏にプレゼントを渡そうとするのが当然であったろうヒロインズ。それがこうして全員揃ってのアタックに出たのは、彼女ら自身の作戦のためだった。

 

 箒は、セシリアは、鈴は、シャルロットは、ラウラは、思う。

 最近の一夏は、持ち前の鈍感さが少しはマシになってきているのではないか、と。

 

 いつぞやハロウィンの時に自分達が隠し事していることに気付き、さらにはその場でもし自分達が他の誰かと結ばれたらという想像を、好ましくないものだと認めもした。

 あの一夏が、である。

 付き合えという言葉を必ず買い物か何かに付き合うのだと脳内変換していた乙女の敵が、である。

 

 これを受けて、彼女達は思った。一夏は少しずつだが、着実に自分達の想いに気付きつつある。しかしここのところの事件は激しいものばかりで心労も溜まり、なおかついまだ一夏の心を覆う鈍感フォートレスの堅牢さたるや、一人で立ち向かって突き崩せるものではない。

 ゆえに、今回のこの行動。一人では不可能なことも、仲間と力を合わせればきっとできる。どこか少年マンガのような論法でもって、少女マンガのような展開を実現させるため、こうして全員揃って一夏にプレゼントを渡した。

 自分で認めるのもどうかと思うが、ここに集ったのはそれぞれ違った魅力を備えた美少女ばかり。このメンバーにクリスマスという日に呼び出され一斉にプレゼントをもらい、それでなお無感動でいられるほど一夏はさすがに枯れてはいまい。

 というか、一夏でもなければその場でハーレム結成を宣言しかねないような状況ですらある。

 だからこそ、この一夏の鈍感さという鎧を崩すため、力を合わせた。

 

 途中楯無もとっ捕まえて合流させられたのは好都合だった。元々年下に甘く年上に弱い一夏のこと。こうして楯無も加わってくれるのならば色々な意味で心強い。口では否定している、というか本人はまだ自覚していないようだが、楯無もまた一夏に惹かれているのは確実なわけだし。……まあ、楯無が一夏一人だけに惹かれているのかは、彼女らの勘をもってしても議論の余地がある問題なのだが。

 

 

 ともあれ、これで目的は果たした。

 これまでさんざっぱらそれぞれでアプローチをしたことに加えて、この同時多重攻撃。一夏の心にも少しくらいは自分達の想いが染みただろう。

 あとは色々アプローチしがいのある冬休みを利用して、じっくりたっぷり一夏を落としていけばいい。そうすれば晴れて想いが通じて……というのにはまだ時間がかかるかもしれないが、それでもいつかは必ず。

 少女たちは激しくも優しいその思いを胸に秘め、さらなる恋の激戦を決意するのだった。

 

 

 しかし油断してはいけなかった。

 一夏は鈍感で唐変木で朴念仁で女装が似合いそうなわりに女心を理解しない男であるが、無自覚に女性を喜ばせることに掛けても他の追随を許さないのだから。

 

「えーっと……それじゃあ、俺からもお返しな」

「えっ」

「えっ?」

「い、一夏からお返しだとっ!? きっとクリスマスの存在すら忘れていると思っていたのに!」

「し、しかもこのタイミングだなんて……わたくしたちの想定にないことですわ!?」

「どうしたの一夏、悪いものでも食べたの!?」

「さすがに少しは傷つくなそのリアクション!? ……まあ、真宏に言われるまで忘れてたんだけどさ?」

 

 真宏グッジョブ!

 ヒロインズの心が一つになった。

 まさか一夏がこんな気のきいたことをするとは夢にしか思わず虚をつかれたが、嬉しいことであるのは間違いない。

 

 一夏からのお返しプレゼントは、小さいアクセサリー。可愛らしいイヤリングや髪留めに指輪、ペンダントやらなにやら。一つ一つは決して高価なものではないだろうが、それでも全員それぞれに違うものであるということは、一夏が自分達に似合う物を選んでくれたことにほかならない。

 少なくともこのプレゼントを選ぶ間、きっと一夏は自分だけのことを考えていた。図らずも思い人の心を一時なりとも独占できていたことが、無性に嬉しい。

 いかん、顔がニヤけるのを止められない。ヒロインズは葛藤する。

 

 

 少女たちはその胸に抱いた宝物と乙女の尊厳を守るべく、揃って一夏に背を向けた。

 極上の笑顔を捧げた後に、今の顔を見せるわけにはさすがにいかない。

 いきなりそっぽを向いた自分達の態度をいぶかる一夏が声をかけて来ているが、それでも。

 

 今はこの喜びに、心底浸っていたかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「……なんてことがあったみたいだぞ」

「きゅーきゅー」

「へえ……。織斑くんも篠ノ之さん達も、大変だね」

 

 などという一夏を巡る一連の動きがあったことを、俺は白鐡からの報告で把握していたりする。

 白鐡は基本的に好奇心旺盛なので、適当に部分展開してやって放っておくと、あちらこちらを散歩のように飛び回っている。それが高じて今では寮内のことならば大体把握し、逆に寮生とは顔見知りになり、ついさっきまでいたクリスマスパーティーの会場でも料理を運ぶ手伝いをしたり今の小さな体で室内アクロバット飛行を披露したりして、喝采を浴びていた。既にしてこのサイズである限りは生徒公認のマスコットじみた扱いを受けている。

 

 そしてそんな白鐡が会場を出ていく一夏達に気付いたのならば、当然付いて行くことになるだろう。なんだかんだと、一夏にも結構懐いていることだし。

 連れ出された一夏と箒達がやっていることを理解し、空気を読んで邪魔したりせずデバガメに勤め、こうして俺に報告してくれたことは素晴らしい働きだ。明日当たりしっかり遊んでやろうと思う。

 

「でも、白鐡。あんまりそうやって覗いちゃいけないよ」

「きゅー……?」

「一夏の場合ならいいんじゃね?」

 

 まあ、かくいう俺と簪もこっそりパーティー会場を抜けだしていたりするのだが。

 今いる場所は、寮の屋上。……数ヶ月前の月が綺麗な夜にも二人だけで待ち合わせた、色々と思い出深い場所だ。

 

 パーティーは時を追うごとにテンションが上がって行き、生徒が叫び料理が食いつくされては手の空いている生徒が手作りで補充するという無限地獄の様相を呈しはじめ、ワカちゃんが蔵王の社員をパシらせてウォッカを調達してオーカ・ニエーバと酒盛りを始め、なんかもう凄まじいカオスになりつつあった。

 しかし俺達は昨日から今日にかけてずっとセントエルモ攻略戦をやってきたわけだから、さすがにそこまでのテンションを維持し続けることはできない。だからこそ一夏達は抜けだしてプレゼント交換を画策し、ワカちゃん達は本人がザルなこともあってか酒をかっくらい、俺と簪はこうして熱気がこもった体を冷やす意味も込めて屋上まで出てきたのだ。

 

 とはいえ、12月だけあってかなり寒い。コートは用意してきたが、頬に触れる夜風は刺さるようにも感じられ、あまり長居をしすぎると風邪をひいてしまいかねない。

 だから、目的は早めに遂げるに限る。

 

 

「えーと、簪。それじゃあクリスマスプレゼント、渡すよ」

「あ、……ありがと。私からもプレゼントあるから、貰って……くれる?」

 

 その目的とは他でもない、クリスマスのプレゼントを渡すことだ。

 ……俺と簪の関係は学園中余すところなく知れ渡っているのだが、だからといって人前で大っぴらにプレゼント交換などした日には、IS学園の生徒の中にすらいるしっと団員が何をしでかすかわからない。

 というわけで、こうしてわざわざ人気のない屋上まで来たわけだ。

 

 あらかじめ示し合わせてあったから、俺も簪もプレゼントは用意済み。お互いに持ってきた紙袋の中にちらちらと見える包装紙に包まれたモノの中身が気になってしょうがない。

 

 

「それじゃあ、簪」

「ん、真宏」

 

「「メリークリスマス」」

 

 雪が降っていないのは少々残念だが、それでもこうして目の前に簪がいてくれて、白い息を吐きながらプレゼントを差し出し合うというシチュエーションは、中々どうして悪くなかった。

 

 

 ……なかった、のだが。

 

「……なあ簪、実は俺今ものすごいヤな予感がしてるんだが」

「……うん、私も」

 

 受け取ったプレゼント……というか渡してしまったプレゼントのことを思い、俺達二人の間には得も言われぬ不安感が漂っていた。

 

 簪からもらったプレゼントは箱型で、サイズは普通に両手で持てる程度。対して重いものでもなく、ぶっちゃけ縦横サイズからして中身はDVDのようで、幅がそれなりにあることからしてDVD-BOXあたりなのではないかと思う。

 なんでそんな予想がつくかって?

 

 

 ……俺がプレゼントした物もほぼ同じサイズだからだよ。

 

「ちょっと今すぐ確認しようか簪」

「うんっ」

 

 そして、冬の学生寮の屋上にて、お互いが贈ったクリスマスプレゼントの包装を速攻で剥いで中身確認し合う俺達の姿があった。

 

 

「簪からもらったのは……総天然色ウルトラ○!」

「真宏からのプレゼントは……キャッ党忍伝てや○でえ!」

 

 ぱぱーん、と効果音でも出そうな勢いで冬の夜空に掲げたのは、それぞれ異なるDVDセットだった。

 

「……セーフ!」

「良かった……被らなくて」

 

 仮にも付き合っている男女がプレゼント交換するだけで何をそこまで、と言えるほど無駄に真剣な空気がそこにはあった。

 しかし危なかった。お互いの気質からして、プレゼントがこのテの物になることを予想するべきだったかもしれない。最悪贈られた物と全く同じものをプレゼントしてしまったのではないかと二人して超不安になったが、見事お互い別の物をプレゼントできたようだった。

 

「ふぅ。……すごく焦った。でもよかったよ。せっかくだし、両方とも二人で見よう」

「うん、それがいいね」

 

 くすくすと、どこか苦笑の色を交えた笑いが冬空に吸い込まれていく。こんなところで何やってるんだと思う一方、簪と感性が極めて似通っていたという事実を無性に嬉しく思う心も確かにあり、妙な幸せを感じていた。

 

「ふふ……ぁ、は……くしゅっ」

「そろそろ冷えて来たか。……戻った方がいいかもな」

 

 しかしやっぱり、さすがに寒い。なんだかんだで海に浮かぶ島であるIS学園は風もあるし、簪が体を冷やしてもいけないのでそろそろ戻ろうと簪を促した。

そのとき。

 

「ん……」

「! ……か、簪?」

 

 掌に、細くてやわらかくひんやりとした感触が触れた。

 するりと手の中に入ってくるそれは、簪の指。驚いて振り向けば、顔を俯けてこそいるものの、すぐ近くで俺の手を取っている簪がいた。

 指先の冷たさは確かに俺を驚かせたが、それが簪の手だと思うとつい反射的に握りしめてしまった。痛くはないように気をつけて、俺の手の熱が少しでも分け与えられるように。

 

「真宏の手、あったかい。じんじんする」

「そりゃあ簪の手がこれだけ冷えてれば、な。やっぱりそろそろ戻った方がいいと思うぞ?」

「うん、そうだね。でもこうしてれば、もうちょっとだけ……」

「お、おう……」

 

 時々思う。

 決して嫌なわけではない、むしろ嬉しくて仕方ないが、俺は一生簪に敵わないんじゃなかろうか、と。

 

 こうやって、手をつないだまま何かを期待するような表情で正面から抱きつかれたりすると、なおのこと。

 

 手を繋ぎ、反対の手を俺の背中に回し、しがみついてくる簪。お互いコートを着ているから体温なんてすぐに伝わるはずがないが、10センチと離れていない目の前にある簪の顔の赤さを見れば、むしろ抱きつく必要なんてないんじゃなかろうかと思うほど体が火照っているのは明らかだ。

 だからと言って、俺だって簪を抱きしめ返している手を離すつもりはないんだが。

 

「簪」

「真宏……」

 

 段々と視界が狭くなっていく錯覚と共に、簪の顔しか見えなくなる。心臓の鼓動は一拍ごとに大きくなって、簪の心音も同じように高まるのが感じられるような気がした。

 少しだけ強く簪の体を引き寄せたのは簪も同じようにしたのと全く同じタイミングで、一層距離が縮まって、甘く優しい匂いが俺の頭をくらくらさせた。

 

 もっと感じたい、全てを。

 そう思ったのはきっと簪と一緒で、だからこそ俺達の距離は、ゼロになった。

 

「んっ」

 

 こぼれた吐息を吸い込んで、唇どうしが触れ合った。

 冷たい、と感じたのも一瞬。すぐにその奥の熱が伝わってくる。

 簪の熱は柔らかくて暖かくて、溶けてしまいそうだった。

 

 触れていたのは長い間のことではない。もう何度目かだというのに緊張して息を止めてしまっていたので、苦しくなり唇を離してそっと呼吸を一拍。しかしそのまま離れきることはなく、離した顔を追ってきた簪の唇に再び捕えられた。

 

 離れたくない、という簪の心を魂で理解した。

 同じ気持ちだ、と伝えるためにこちらからも強く簪を求める。

 合わせた唇の角度を変えただけで頭がしびれ、12月も終わりの冬空の下だということを忘れるくらいに体が熱い。

 するりと手の中に収められていた簪の指が離れ、しかしまたすぐに掌を這ってくる。

 掌を上って簪の指が俺の指に絡み、五指と五指が余すことなく重なり、混じり、二人で指を折ってつなげたそれは、いわゆる一つの恋人繋ぎというやつで。

 

「……もっとするぞ」

「んんっ」

 

 そこで満足げに震えないでくれ、簪。そんな風に反応されたら、ますます離したくなくなるじゃないか。

 やられる一方では面白くないので、少し離れては啄ばむように口付けるということを繰り返す。簪はきゅっと目をつぶって為すがままにされていて、そんな表情が世界で一番可愛く見えた。

 愛しくて愛しくてちょっと強めに唇を重ねるが、それでも嬉しそうに吐息を吐いてくれたのが幸せだ。

 

 

 

 ところで、俺は一夏より背が低い。

 この年頃の男子としての標準くらいはあるのだが、IS学園だと比較対象が一夏しかいないのでちょっと小さく見えてしまう。まあさすがにそこらの女子生徒よりも小さいってほどじゃあないんだが。

 

 ……つまりなにが言いたいかというと。

 俺と簪の目の高さはちょうど同じくらいで。

 こういうときに簪がつま先立ちになることも、俺が背をかがめることもなく、二人ともに自然な体勢で、長いことこうしていられるということだ。

 

「ん……ちゅ」

「はふ……んむっ」

 

 まあ、お陰で二人揃って風邪ひきかけたんだけどさ?

 

 

◇◆◇

 

 

「は、は……ぶぇくしょいっ!?」

 

 俺と簪が、実は結構体が冷えているくらいに時間を忘れて没頭していたことに気付き、パーティー会場に戻ったとき。既にパーティーはそろそろお開きか、という雰囲気になっていた。

 綺麗に食べつくされた料理は次から次へと食堂へ運ばれて生徒達が速やかに洗い、部屋の飾り付けも痕跡すら残さない勢いで片付けられ、ものの30分程度で片付けが終わってしまった。

 その後は生徒それぞれが自室へと引っ込んで、ワカちゃんとオーカ・ニエーバさんに適当な部屋を宛がって、ようやくひと段落と相成ったわけだ。

 

 なんだかんだで、今日は一日本当に色んな事があった。

 セントエルモに殴りこみをかけ、予想外にワカちゃんが手助けに来てくれて、セントエルモの中で迷いに迷い、ファントム・タスクの中でも主力級だろうIS操縦者達と決着をつけた。

 セントエルモで迷っていた時間が長かったせいで俺はほとんど本筋には関われなかったのだが、まあ何にせよ色んな因縁が片付きつつあるのはいいことだと思う。

 

 むろんこれは最初の一歩であって、たとえば事件の後始末に関しては現在進行形で先生方が修羅場に突入している。さっきちらと見かけた山田先生は、未だ解散されない本件の特別対策室状態な職員室の中、聖徳太子状態で全方位から色んな報告を受けて目を回していたし。あの人ホント苦労人だな。

 

 まあそんな事情があるのを横目に見つつ、俺は俺で思うところとやりたいことがあったりする。

 

「えーと、この部屋か」

 

 やってきたのはIS学園の校舎から入れる地下の一室。どうせこの島、というかIS学園は地下に色々あるんだろうと思ってはいたけど、普通に校舎側からも入れる部分があるというのは少々驚きだった。

 千冬さんに相談して、説得して、ようやく教えてもらったこの場所ではあるが、こうやって俺に教えられるくらいだからあまりヤバい場所には行けないようになっているのだろう。

 

 正直なところさっきの簪とのあれやそれの余韻に浸っていたいところではあったのだが、せっかくのクリスマスの日に俺達だけが幸せでいるというのも不平等な話。

 だからせめてもう一人くらいには、この幸せをおすそ分けしてもいいんじゃないかと思ったわけで。

 

 

「っつーわけで毎度どーも! メリクリじゃー!」

「っ! なっ、なんだ!?」

 

 預かったカードキーで鍵を開け、ノックもくそもなく勢い任せで入ってみたのは、いかにも狭い部屋だった。

 一応のベッドに空調、トイレ。他は何もない。ぶっちゃけ牢屋と大差ないここは、まさしくひっ捕えた者を収容しておくための部屋であり、今この部屋の住人となっているのはISを取り上げられてこそいるものの拘束もされず、黙然とベッドに腰かけていた……織斑マドカであった。

 

「ちわーっす。メリークリスマス。神上サンタさんがプレゼントをお届けにあがりやしたー」

「ク、クリスマス? この状況で……もしかして、お前はバカなのか?」

「ナニこの子ヒドイ」

 

 見事一夏に敗北し、監禁されているこの状況。さすがに誰かが訪ねてくることもないか、あったとしても俺のように騒々しく乱入されることは予想外だったのだろう。驚く顔をしたのも数秒、すぐにこちらをバカにするような半眼で睨んでくる織斑さんちのマドカさんがそこにはいた。なんか最近簪以外からの扱いが本当に悪い気がするんだが。

 

 ともあれ、こうしてマドカとの面会をするにあたってはいくつか条件が付けられているのでのんびりしてもいられない。時間制限はもちろんのこと、地下に入る前と後で必ず連絡を入れろだとか何とか。ここを出る時間を少しでも遅れたら千冬さんがすっ飛んで来ることにもなっていて、もしそうなったらマドカと千冬さんが非常に気まずいことにもなるだろうから、速やかに要件を済ませてしまうとしよう。

 

「まあいいや。ほら、これ」

「……それは一体何だ」

「何だもなにも、言っただろ。クリスマスプレゼントだよ」

 

 マドカがどんな子なのかまだよくわからないのもあるし、ここはひとつストレートに行ってみようと思う。もったいぶったりなどせず、持ち込んであったマドカ用のプレゼントをごくあっさりと渡してみる。

 

 プレゼントはもっさりと包装紙に包まれたもので、両手で持つくらいの大きさはあるが、軽い。こんな部屋にしばらく寝泊りするにしても、決して邪魔になるものではないはずだという自信がある。

 

「プレゼントのお金は、国が出してくれる」

「……」

 

 これは割とマジ。どうせそのうちマドカと接触することもあるだろうからと以前千冬さんに頼んでみたら、結構あっさりファントム・タスク対策費のなかからお小遣いくれたんで。

 

「そんで、届けに来たんだぞ。マッハ100で飛ぶしー」

「……お前は猫なのか」

「猫でなければ、なんだというのだ」

 

 ……ただそれはそれとして、俺はマドカと一体何を話しているんだろうか。

 自分から振っといたネタなのだが、まさかこんな風にうまいこと返してくれるとは思わなんだ。

 

 しかしこうしてノリのいいところを見せつつも、マドカは受け取ったものの中身を見ようとはしない。鋭い目つきで慎重に俺の顔を窺い、裏の真意を読み取ろうとしているのだろう。

 失礼な。俺が裏表のあるような人間に見えるのか。

 

「いや、裏も表もないとは思うが……。だがどうやったら信じられるというんだ。私は一度お前を殺しかけたんだぞ」

「知らないのか? 俺は死なない。もしくは一度死んで蘇る。……一夏達は最近割と本気でそう信じてるっぽいのが怖いんだけど」

「それはギャグキャラは死なないと同じレベルの認識ではないのか」

「……ま、まあそういうことだから気にするな。あと、普通に信じりゃいいんじゃね? ……少なくとも俺はお前の敵じゃない。それから、一夏と千冬さんもね」

「っ!」

 

 警戒しつつもどこか冷静だったマドカが一瞬で沸騰して立ちあがる。二人の名前を出した途端にこれなんだから、こいつも案外単純だ。

 

「その名を……っ!」

「羨ましいと思ってるんだろ、マドカ」

「わかったようなことを言うな!」

 

 驚かせてばかりで、怒らせてばかりで本当にすまないと思う。

 せっかく世間はクリスマスなのだからというノリでプレゼントを渡しに来たはずだったのにご覧のあり様なんだから、自分のこういうことにかけてのプロデュース能力がどれほど低いかを思い知らされる気分でもある。

 

 だけど、こういうヤツは多分理屈じゃ納得できない。

 一夏が、千冬さんがマドカのことをどう思っているとか、そういうことをじっくり説明するよりも、殴り合って白黒つけたほうが百倍早い、そういう手合いなんだ。

 一夏や千冬さんが、まさにそうであるように。

 

「そりゃあ、多分お前の事情は複雑なんだろうよ。だがそれでもお前の悩みは単純だ。断言してもいい。……プレゼントはその証明でもある。開けてみな」

「何だと……?」

 

 にーっ、と笑って促す。

 お前が牙を向いたとしても、俺まで同じ面を返してやる道理はない。俺が付きあうのは簪だけだ。

 

「むぅ……」

 

 納得いかない様子ながら、ここまで言われても殴りかかっても来たりしないのは、この部屋の様子がばっちり監視されていることを理解しているからこそのこと。これ以上ゴネてもどうせ無駄だという事実にようやく心の中で折り合いがついたのだろう。しぶしぶといった様子ながら包装紙を剥がしだした。

 割とばっさばっさ大げさに引きちぎる勢いなところあたりがなんとなく子供っぽくて微笑ましい。こんなんが千冬さんにヤンデレ限界突破の目を向けていたとか思うと、ちょっと恐ろしいのだが。

 

「何だ、これは……?」

 

 包みから取り出されたのは、布の塊だった。

 それなりに手触りは良い物を選んであることもてつだい、既にしてこっそりもふもふと感触を楽しんでいるマドカ。だがこのプレゼントの真の力はそこにはない。さあ、とっとと広げて見るがよい。

 俺が無言で促すのを感じたか、いっそ爆弾の解除出もするかのような慎重な手つきで、マドカはそっとその布を開き。

 

「っ!!?」

 

 ビクッ! とものすごい震えて、俺のクリスマスプレゼントであるガウンを放りだしてベッドの上に飛びのいた。

 

「うわお前ヒドイな。よかれと思って用意したのに」

「なっ、ななななな何を言っている! お、おまえ一体……っ」

 

 今見たものが信じられない。マドカの顔にははっきりとそう書いてあった。

 ちょっと昔の千冬さんによく似た顔を、戦いの最中で見せた狂気に染まったものとも違う、一夏に向けた憎しみのものとも違う驚きと戸惑い、そしてちょっとだけ喜びの色が見える表情にして。

 

 俺は落ちたガウンをつまみ上げ、背中側をマドカに向けてぴらりと広げて見せる。

 

 背中一面に大きく「織斑」と描かれた、そのガウンを。

 

「色々とぴったりじゃないかと思ってさ、織斑マドカって子には」

「織斑……私が……姉さんたちと、同じ……」

 

 恐る恐る手を伸ばし、織斑の二文字を指先でなぞるマドカは自分が姉さん「たち」と言ったことに気付いているだろうか。千冬さん以外の誰のことを言っているのか明言こそしないものの、この調子なら案外一夏とも仲良くやっていけるのではないかと、そう思えた。

 

「俺と一夏に初めて会った時にそう名乗ってただろうが。一夏だってその名前を忘れちゃいないし、きっと千冬さんだって同じだ。……みんな認めてるんだよ、お前が織斑マドカであることを」

「……っ!」

 

 頑固で強情。そういう奴には、最初からこういうド直球を見せてやった方が早い。

 一夏との付き合いの長さが教えてくれた教訓だ。

 

 ようやくプレゼントを受け取ってくれたマドカは、しっかりとつかんだガウンに顔をうずめて背中を震わせていた。

 

「まあ喜んでくれたみたいでなによりだ。……それはさておき、ほらマドカ。手」

「……?」

 

 ただせっかくだから、アレもやっておこうと思う。

 俺の声に反応してガウンにうずめていた顔を上げ、少し赤くなった目を向けてくる。

 そんなマドカに差し出した手は握手の形。他の何物でもないその手の差し出し方はさすがに察してくれたようだ。

 躊躇いはほんのわずかな間だけ。おそるおそるとだったが、マドカは同じく手を差し出してくれた。

 

「ほら、そしたらこうやって……」

「こう……か?」

 

 俺はその手を強く掴む。簪の手よりは少し大きくて、だが同じように繊細な女の子の手だ。

 そしてそのまま手を掴み直して腕相撲のような形へ。手を離してから拳を作り、マドカも同じようにするのを待って正面、上、下とごつごつ拳を打ち合わせる。

 

「よし、ありがとな。それじゃあそろそろ帰るわ。またなー」

「あっ、おい……!」

 

 やりたいことはやって満足できた。マドカはイマイチ今のことの意味を理解していないようだったが、まあそれもいいだろう。こうなったら長居は野暮というもの。あとはたっぷりとあのガウンの着心地やら何やらを楽しんでもらう為、俺はそそくさと部屋を出た。

 これで、今度一夏に会ったときに少しは態度が柔らかくなっているといいんだが。

 

「そう思いませんか、千冬さん?」

「……知らん」

 

 マドカには結構喜んでもらえたなーと満足していた俺は、部屋を出てすぐのところで壁に背を預けて腕を組んで立っていた千冬さんにも声をかける。

 そっぽを向いてこそいるが、ここ最近ずっと千冬さんの顔に張り付いていた緊張のこわばりが少しだけ和らいでいるように見えるのは、俺のひいき目だろうか。

 

 ただ一言の会話のあとは無言のまま、俺は地下から出るため元来た道を歩き、千冬さんもそれを見届けるためについてくる。

 言葉はないが、だからといって今の千冬さんが結構喜んでいることを察せられないほど付き合いは浅くない。こじれにこじれた一家の問題に首を突っ込むような真似をしてしまったが、どうやら結果は悪くなかった様子でなによりですよ、千冬さん。

 

「明日はお前達専用機持ちも事情聴取があるからな、覚悟しておけ。……それと、ありがとう」

「寝坊しないように早めに寝ますよ織斑先生。……どういたしまして」

 

 最後につけたす言葉は互いに小声で。それでも恥ずかしくなったのか、別れ際の千冬さんは髪の毛を掻きまわすようにわしゃわしゃと撫でる。

 そして髪がとてもではないが人前に出られないような有様になった頃、千冬さんはふんと鼻息一つ吐いて地下へ戻っていく。

 ちなみにこれ、千冬さんの照れ隠しの中でもとくに珍しい反応だったりする。

 少しでも手伝いになれたんなら俺も幸いですよ、千冬さん。

 

 

 俺がマドカの心に救いをもたらせたとは、さすがに思えない。

 だが今日のプレゼントをきっかけに、一夏や千冬さんの言葉をほんの少しでも素直に聞いてくれるようになったら。そうすれば少しくらいはハッピーエンドに近づけるんじゃないかと、そう思った。

 

 

 

 

 ……その後、ばっちり24時間体制でマドカの様子を監視していた先生達は、さっそく織斑ガウンを羽織って幸せそうな顔で眠りにつくマドカの寝顔を確認したという。


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