無人機乱入事件から、しばらくの時が過ぎた。
あの無人機に関する緘口令やらクラス代表対抗戦の中止やら色々ありはしたが、表面上は学園にも平和と落ち着きが戻ってきている。
言うまでもなく、無人機乱入のどさくさ紛れでついでに乱入した俺はあのあと千冬さんに生徒指導室的なところへ呼び出されて直々にお説教をされた。
「アリーナの客席から落ちると危険だから以後気をつけるように」と最初に言われ、その後は延々と無人機との戦いの危なっかしさへの注意が続く。
お説教の内容がこうだったということは、すなわち俺の用意した言い訳をもとに調書をつくるという宣言に等しく、ISの無断使用を不問に付すと言ってくれたも同然だった。
そのご厚情に感謝するとともに、さすがに正座で4時間はキツイッス千冬さん、という感想を抱くに十分なお説教。……ありがたく頂戴しておくことにしよう。
そしてその後の六月初頭。ようやく外出許可が出たので、俺と一夏はそれぞれに自宅の様子を見がてら学園を出て、途中弾の家でゲームをやったりなどと楽しく過ごしていた。
弾の奴、相変わらずゲームは超強いでやんの。俺は例のロボゲなら一夏にだって負けないが、今やっているIS/VSとなるとさすがに少々分が悪い。
機体性能の見切りと把握もシビアだし、こいつがIS操縦者だったら一夏以上の強敵になっていたかもしれない。
そんな風に旧交を温めつつ、お互いの近況など他愛の無いことを喋る時間というのも、IS学園に入学してからは本当に貴重になったものだ。
「……で、一夏はそろそろ誰かと付き合いそうか?」
「……お前は明日太陽が爆発すると言われて信じるか?」
「……スマン」
弾は中学時代から。
俺はそれより以前から。
共に一夏の立てたフラグと、そして同じ数の折ったフラグを見てきた俺と弾にとって、一夏が誰かと付き合うというのはそういう話。
つまり、ありえるっちゃありえるんだけど多分ないだろうな、という。
そんな男同士の会話を一夏ともども三人で久々に楽しみつつ、家の用事を済ませたりもしたのだった。
午後になり、弾や一夏と分かれてやってきたのは俺の育った家。
千冬さんが時々帰る一夏の家と違って、俺がこうして掃除に帰ってくるとき以外は本当に誰もいない。
物心ついた頃からずっと育ってきた家ではあるが、こうなると途端に寂しい気配が漂うのが不思議なところだ。
そんなことを考えながら、むっすりした顔をしたじーちゃんの遺影が飾られた仏壇に手を合わせ、線香を上げる。じーちゃんは、俺がIS操縦者になったと知ったらどんな顔をしただろうか。
その後は、家の中を軽く大掃除。
……これからは色々起こって今ほど来られなくなるかもしれないからね。ちょっと念入りに。
◇◆◇
「そ、それでは皆さんに転校生を紹介します!」
明けて翌日。
なんだかんだで山田先生の言葉がイベントの開始宣言になっている率が高い気がするのは気のせいだろうか。
ざわめく教室内の雰囲気には染まらず、一人予想された事態を目の前にぼんやりとそんなことを考えている俺。どやどやと部屋に入ってきた二人の新たなクラスメートを前にして、これから起こるだろう事件の数々に思いを馳せていた。
そう、二人。
IS学園一年一組への転校生、フランスのシャルル・デュノアとドイツのラウラ・ボーデヴィッヒさんのお越しだった。
二人が二人とも曰くやらなにやら持ち合わせてはいるが、そのいずれもが一夏に関するものばかり。早速ラウラが一夏に平手打ちするのを見ながらその事実を再確認し、こっそりとほくそ笑む俺なのだった。
諸々面倒な事柄を、傍から見ているほど楽しいことはないのだからして。
「……っていうか、真宏は俺たち以外に男のIS操縦者がいても驚かないのか?」
「まあ、一人いれば三十人はいると思うべきだからな。フランスに一人や二人いたっておかしくはないだろ?」
「……俺たちはゴキブリかなんかかよ」
「じょうじ」
「そのゴキブリはやめろ!?」
さらっと流しはしたけれど、割と俺の本音だ。
もしも一夏と俺がISを動かせる理由が束さんの差し金でないのであれば、十分ありえることなのだからして。
……っていうかむしろそうであってくれ。
一夏はともかく、俺と束さんの間の縁は出来れば切れてくれたほうが良い類のものだし。
もし仮に俺がISを使える理由が束さんの行動だとするならば、心当たりは絶対に思い出したくないアレしかないんだよぉ!
「はじめまして、シャルル・デュノアです。君達が織斑一夏くんと神上真宏くんだよね?」
そして、さっそくシャルルが挨拶にやってきた。
姿勢正しく礼儀も正しく、整った顔立ちに貴公子然とした雰囲気を漂わせる(いまのところ)美少年。普段から一夏に向けられている熱視線が二人の接近遭遇にあわせてさらに温度を上げたような気がするほどのイケメンオーラであった。
これはモテる。ひょっとすると性別偽らなくなったあとも同様に。
「こっちこそよろしく。俺は……」
まあ、それもすぐさま破壊されることとなるのだが。
「技の一号、織斑一夏!」
「力の二号、神上真宏!」
びしっ、と前フリなくいきなりポーズを決める一夏と、即座に合わせる俺。シリアスの破壊者は俺の役だと思っていたのだが、なかなかやるもんだ。
なんか一夏の奴、この前の無人機戦以来ますます俺のロマン傾向に染まってきたような気がする。
「「そして、今日から君が!!」」
「え、えっと……ち、力と技のV3!?」
……訂正。
どうやら、染まったのは一夏だけじゃないらしい。
「……」
「……」
「あぅ……な、何とか言ってよ!」
自分達でネタを振っておいてなんだけど、驚きに目を見開く俺と一夏。そして赤い顔で恥ずかしがるシャルル。
正直受けるはずもないどころか通じるとすら思えないネタだったというのに、見事合わせてくれたこいつは一体何者なのかと言う気さえしてしまう。
「いや、実に素晴らしい! まさか合わせてもらえるなんて。なあ、一夏」
「ああ、仲良くなれそうな気がしてきた。よろしくな」
「う、うん。よろしくねっ」
なんにせよ、「仲間」が増えたことは喜ばしいから、それでよしとしておくか。
ビッ! とサムズアップする俺と一夏に合わせ、顔を赤くしながらも同じように親指を立ててくれたシャルルとはとても仲良くなれそうだった。
「あっ、神上くん」
「真宏でいいぞ。それよりどうした」
「俺も一夏でいいぞ」
「ありがとう、僕のこともシャルルでいいよ、真宏に一夏。えっと……噂で聞いたんだけど、確か真宏のISはロケットパンチが使えるんだよね、ゴルドラックみたいに! すっごく見てみたい! 今度やって見せてくれないかな?」
「……あ、ああ。いいぞ。そのうち機会を作ろうか」
ホント!? やったー! と無邪気に笑うシャルル。
ずい、と近寄るなり何を言うのかと思えば、よもやかつてフランスにおいて視聴率100%を叩き出した日本製アニメの名前を聞くことになろうとは。
世代とか諸々違う気がしなくもないが、さっきのライダーネタに対する理解に加えてロケットパンチに対するこの反応。
パイルバンカーを標準装備している理由がわかったような気がした。
ともあれ、そんな出会いの会話を繰り広げていたが次の時間はIS実習。
アレなやり取りで時間を費やしてしまったが、俺たちは女子が着替えるこの部屋からアリーナの更衣室へと、速やかに移動しなければならない。
「よし行くぞ、シャルル! 真宏!」
「う、うん!」
そう、速やかに移動しなければならないのだが、残念なことに。
今は、休み時間である。
「ああっ、織斑くん発見! 転校生も一緒よ!」
廊下に一歩出るなり即座に捕捉された。なんだこの精度。
まあ、仕方のないことではある。
今は当然他のクラスの生徒達も休み時間の真っ最中であり、しかもその生徒達とはすなわち花盛りの上に男との接触が少ない環境に置かれた十代乙女であるならば、噂のイケメンと噂の転校生を一目拝もうとこうして現れるのは当然のことだ。
学年、クラスを問わず前から女子。後ろから女子。
授業の始まる時間は迫り、もし遅刻をしようものなら千冬さん怒りの出席簿アタックが炸裂することは間違いない。
俺と一夏だけならば甘んじて受けるのも手だが、今日が転校初日のシャルルまで巻き込むわけにはいかない。
ならば、やるべきことはただ一つ!
「者ども、出会え出会えいっ!」
「くっ、かくなる上は……! 殿は若を連れてお逃げください! ここはこの爺めが時を稼ぎまする!!」
「なっ、なんと! しかし爺!」
「策はございます! お叱りは後でお受けいたしますゆえ、それよりも今は若を!」
「え、え?」
「……わかった、爺。必ず生きて帰れよ!」
最近一夏はますますノリがよくなってきたなぁ。
いきなり若殿呼ばわりされ、一瞬で時代がかった俺と一夏のやり取りにさすがについていけないシャルルの手を引き、一足早くアリーナへと向かっていく後ろ姿を見ながらそう思わずにはいられない。
少々シャルルを置いてきぼりにしてしまったが、まあ無理もないだろう。この呼吸に入り込んでツッコミを入れられるのなど、それこそ千冬さんや箒達くらいのものだろう。
……多分、そう遠からず一夏に近いポジションを確保しようという情熱で入りこめるようになるだろうがね。その時はまた再び歓迎しようではないか。
しかし、今対処すべきは目の前の危機だ。
「さあ行きますぞ女子の方々! このわしの切り札を受け、それでも殿を追えるものなら追ってみせい!」
「怯むな! 敵は老兵一人、押しつぶせるぞ!」
最初に出会えとか言った子がきっちりと返してくれた。こっちもノリいいなおい。
とはいえ押しつぶされそうなのは割と本当。
据わった目で廊下いっぱいに迫ってくる女子の壁というのは正直半端な怪談よりも怖い。
欲望むき出しな分下手すると王蟲の群れもかくやという様相である。
だがさっきも言った通り、我に秘策あり。
懐から取り出した一葉の写真。
IS学園において自分の身を守るために用意しておいたこれこそが、起死回生の一手となるのだ。
「喰らえぃっ、写真手裏剣! ……一夏の寝顔バージョン!!」
「「「「「な、なんだってーーー!?」」」」」
「うぉぉぉおおおおーーーいっ!?」
放たれた手の先からくるくるとまわって女子達の頭上を飛んでいく写真と、写真に突き刺さるいくつもの視線。もしも強い視線がレーザーとなるならば、全方向から集中した火線によって今頃写真は一片残らず焼き尽くされていただろう。
後ろの方から一夏の声で盛大なツッコミが聞こえたような気もするが錯覚に違いない。仮に現実であったとしても、こちとら割とリアルに命の危機だったんだから文句言うな。
「ほい。第二段、一夏のタンクトップ姿バージョン。第三段は風呂上がりに火照った上半身裸のまま首から下げたタオルで汗ふいてるバージョンッ!」
「きゃああああ! ホントに寝顔よ! 家宝にしないとっ!」
「あたしはタンクトップ! タンクトップのが欲しい! むしろそのタンクトップを生で欲しい!」
「風呂上がり姿以上の色気なんてこの世にあるわけないでしょおおおおおお!!」
「これぞっ、女のロマンッ!」
……おお、もうこっちのことなんかそっちのけで写真の奪い合いが始まった。
正面、右、左とそれぞれ違った方向に投げた写真に向かって女子の群れが動いていく姿は粘菌の塊かなにかのよう。
もしもあの中にヤミーの親がいたらもんのすごい勢いでセルメダルが溜まっているに違いないだろう光景だ。
つーか本気で怖い。写真を手に入れるため、うら若き乙女たちの間で具体的にどんな手段と策略が飛び交っているかは描写するだけでも恐ろしいので割愛させていただいて、俺も一夏達に合流するとしよう。
「一夏の写真は私のものだ!」「一夏さんの写真、いただきましたわ!」「一夏の写真、取ったどー!」とかなんとか妙に聞き覚えのある声が三つ聞こえてきたような気もするが、多分最終的な写真獲得者が決まったのだろう。
今のところ弾はあれだけしかないから、こっちを狙うものが現れるより先にスタコラサッサと更衣室へ行かねばならぬ。即座に離脱した俺ってば賢いね、ホント。
「真宏ぉ……。さぁ、お前の罪を数えろ!」
「俺の罪を数えろだと……? イケメンに惑わされた女子たちから生き残ろうとすることが罪だとでもいうのか! ……っつーか、むしろ俺の罪よりも残り何ギガバイト分写真があるかを数えた方がいいと思うぞ?」
「ここで決着付けるか真宏ぉぉぉぉぉぉ!!!」
「望むところだこの鈍感ラノベハーレム野郎がああああああああ!!!」
「……何やってるの、二人とも」
その後の更衣室でこんな戦いが繰り広げられることになったりもしたのだが、誰より千冬さんの怖さを知っている俺たちは決して授業に遅刻などしない程度の分別は残っているのです、ハイ。
そして、ISでの格闘および射撃訓練がはじまるのであった。
まあ、最初はカッコつけて登場しようとした山田先生が天性のドジを発揮して一夏の上に墜落して胸を揉まれたりしたのだが。
「……お前はもっと過激な反応をするかと思っていたのだがな」
『あの程度のToLOVEるに一々腹立ててたら一夏の友人なんて務まりませんよ』
「……愚弟が世話をかける」
『……もう慣れましたよ』
今のやり取りは、騒動から少し離れたところで交わされる保護者達の会話。
なんだろねこの虚しさは。
そんなじめっとしつつもほのぼのしたやり取りが為されている一方、目の前のイベントを看過できない者もいる。
例えばそう、ToLOVEるの主に懸想している乙女とか。
「ハッ!?」
じゅおっ、と何かが蒸発する音とレーザーが空気を焼いたイオン臭。危機を感知して咄嗟にのけぞった一夏の頭があった位置を正確に射抜くレーザー光がちらとだけ見えた。
一夏の叫びに追従した音は、いまだかつて見たことがないほどのクイックドロウで抜き撃たれたセシリアのレーザーライフルが一夏の前髪を焦がした時に発生したものだ。
すごいね、今の。ニュータイプ的な直感が働く一夏でも無ければ確実に脳天ブチ抜かれてたよ。
「ホホホホホ……。残念です、外してしまいましたわ」
『なら、次は外すなよ!』
「なぁっ!? 真宏!?」
そして、起き上がった一夏を後ろから羽交い絞めにする俺。
ふふふ、墜落してくる山田先生を危ないと思ってISを展開したのは一夏だけではないし、その後の面白展開に一口乗ろうと考えない俺ではないのだよ。
一夏は俺のそんな考えを見抜いたらしくじたばたと暴れているが、強羅の単純なパワーは白式以上だ。早々抜け出せるものではない。
「し、しかしそれでは真宏さんが!」
『構うな! 俺ごとこのリア充を撃てぇ!!』
「真宏……! あんたの犠牲、無駄にはしないわ!」
「ちょっと待て真宏おおおおおおっ!?」
『これぞ男のロマン! 捨て身の合体攻撃!!』
「行きますわ、ブルーティアーズ光殺法!」
悔しげな表情を浮かべながらもライフルを構え、がしーんと連結した双天牙月を振りかぶるセシリアと鈴。強大な敵を倒すために取った渾身の策と、そのために避けられない仲間の犠牲を悼む良いシーンだというのに一夏ときたらノリの悪いことだ。
ここはヒーローに倒される大幹部的な捨て台詞を吐く場面だろう。まあ自分がやられる立場ならさもありなんだが。
でも、別にいいじゃないか。どうせ、
「危ないからやめてくださいっ!」
一繋ぎのように聞こえる速度で連射された、山田先生のアサルトライフルが火を吹いて助けてくれるのだからして。
「た、助かりました山田先生!」
「い、いえいえこれくらいは」
「山田先生は元代表候補生だからな。この程度の射撃は造作もない。……ところで、神上」
『はい』
「調子に乗りすぎだ、バカ者」
そして、覚悟してはいたがやはり振り下ろされる千冬さんの出席簿によって俺がお叱りを受けるところまででワンセット。
強羅を展開しているのに中身まで衝撃が届くのは一体どういう原理なのだろうかと思いつつ、一瞬のブラックアウトを経験するのであった。
◇◆◇
その後、セシリアと鈴VS山田先生による模擬戦がつつがなく行われた。
セシリアも鈴も決して弱いわけではないのだが、その辺は経験の差とコンビネーションを望むべくもないぶっつけ本番の二人。回避方向を誘導され、空中でぶつかったところにグレネードをぶちこまれてジ・エンドだ。
そう、グレネード。
実に素晴らしいね、空中に赤黒く開いた爆炎の華と地上まで響き渡る轟音。
男のロマンが形になったようなこの武装、当然強羅に搭載できるもの――言うまでも無く、「強羅にふさわしい威力のもの」――もあるからそのうち使ってやろう。
ひゅるひゅると情けない音を立てながら墜落してくるセシリアと鈴の姿を眺めながら、一人静かにそう誓いを立てる。
……そろそろ使いどころがある予感もするし、ね。
「では、専用機持ちをグループリーダーとして訓練を行う。適宜分かれて訓練を行え」
なかなかに見ごたえのあるエキシビジョンマッチのあと、千冬さんの宣言によって始まった本格的な訓練。
とはいっても、まずは歩いたり止まったりからなのだが。
「よろしくお願いしますっ!」
「私も!」
「第一印象から決めてました!」
「「「お願いします!!」」」
しかしそれより先に、一夏とシャルルのところでは別の何かが始まっていた。
……イケメンなんて滅びればいいのに。
「織斑先生」
「……なんだ」
「一夏とシャルルのグループでバラエティ番組の婚活企画みたいなことがはじまってるんですが、カメラはどこですか」
「……企画ではないし、カメラもない」
こっちも見ずに応える千冬さん。
眉間にしわの寄っているところを見るに、一夏とシャルル及び二人に対する女生徒たちの扱いに頭を痛めているのだろう。
「そうですか。……ちなみに、4対7でシャルルが勝ってますよ」
「あの場でどれだけの人間に告白されるかは人間的な魅力に関係はない第一自分から言い出す勇気を持てない者もいる以上一人の人間の魅力を本質的に判断するためにはその部分も考慮しなければならないのだがあの形態ではソレも不可能であるため不完全といわざるをえずただどれだけの人間が手を伸ばしたかだけで勝敗を決するのは浅慮というより他に言葉はないっ」
「……まあ、一夏の方は潜在的にはもっといますしね。とりあえず一息に長セリフお疲れ様です」
「……ああ」
軽く肩を上下させながら普段より少しだけ荒い息を吐いている、常にクールで厳しくも優しい我らが指導教官であるところの織斑千冬さん。
しかしてその実態はもう処置なしなほどのブラコンであるということはもはや偽りようもなく明らかなのであった。
ともあれ、この訓練は特に問題がなく終わった。
なにせ俺は一夏の次にISを使えることが判明した男にして専用機持ちでありながら、イケメンの一夏とは違い至って普通であるために騒がれたりと言うことが一切なく、男扱いされてないかのように接してくる女の子ばかり。
男として見られていないと言うか、あまりに馴染み過ぎて違和感を覚えてもらえていないと言うかそんな感じなので、鈴やセシリアのグループと同じようにごく当たり前のように訓練が進んで行くのだった。
「でも、それだけじゃつまらないな……。よし、ここはひとつ中学時代の一夏伝説をお披露目しよう!」
「マジで!? 超聞きたい!」
人に物を教えるときのポイントは、相手の意識をしっかりと掴んで話を聞いてもらうこと。
そのためならば多少の雑談なんかは許容されるべきなんだよ、うん。
……べっ、別に一夏の個人情報をばらまくのが楽しいってわけじゃないんだからねっ。
「ある日のこと。教室の中に男子一同で集まってバカ話をしていたら、女の子の髪型はどんなものが好みか、という話になった。当然、一夏も一緒に」
「ほほう」
「色々な嗜好が飛び交ったよ。下ろしてるのが好き、結ってるのが好き、ポニーテール、ツインテール、ロングにショート……ほうぼうに話を振ってめいめいが自分の好みを語っていたんだけど、誰一人一夏に話を振る奴はいなかった」
「え、なんで?」
「……この話に一夏が加わっているのを誰かが見つけたんだろうね。気付いたら休み時間だっていうのにクラスの女子が全員教室の中でグループを作って、さりげなく俺達の一団を取り囲んでいたよ」
「うわぁ……」
ちなみに、今まさにそんな状況になりつつあったりする。
ISをよじ登って搭乗する際、一夏によるお姫様だっこがついてくる一夏グループ以外の全員が――千冬さんも含めて――聞き耳を立てている気配を感じる。
……話題選択、間違ったかもしれない。今さら中止なんてしたらどうなるかわかったもんじゃないところとか、特に。
「……途中から事態に気付きはしたものの、だからといってなんとかできるもんでもなく、空気を読まないことには定評のある一夏が自分の好みの髪型を言った。――曰く、『三つ編みとかもいいんじゃないか』」
「そ、それで……?」
「……翌日、クラスの女子の実に8割が三つ編みにしてきた」
「……このクラスでも現実になりそうなところが怖いわね」
「ちなみに残りの2割はどうあっても三つ編みにできないくらいショートカットの子達で、自分の髪の短さを嘆いていたよ」
「気持ち、わかるわぁ……」
「まあ、何気ない感じでそんなことを言ったらクラスの女子ほぼ全員が三つ編みになっていたという怪奇現象に直面した一夏は、三つ編みに軽くトラウマ抱えることになったんだけどね」
「……織斑くん、本当にそのうち修羅場って死にそうよね」
「むしろ俺は奴が痴情のもつれ以外の死因で死ぬのが想像できない」
「織斑くんの昔話を聞いてたはずなのにオチが怪談になったでござるの巻」
そんな話をしつつも手足は動かし、次々と歩行から停止までの訓練を終わらせていく。
口と手を同時に動かすことくらい、IS学園に入れるほどの女の子達ならば朝飯前なのである。
ついでに、班員揃って話に聞き入っていたセシリアと鈴のグループは見事に遅れ、あとでグラウンド20周を――千冬さんと一緒に――していたことを付け加えておこう。
……何やってんですか千冬さん。
◇◆◇
「……どういうことだ」
「ん?」
実習が終わって時は昼休み、場所は屋上。
小綺麗に整備され、しかも俺達一同以外には人もいない貸し切り状態のここで、今まさに弁当を広げようとしている最中。
苦々しいぐぬぬ顔をした箒が、一夏を睨んでいた。
この場にいるのは、箒と一夏に俺と、シャルル、鈴、セシリア達代表候補生を加えた6人。このメンバーで昼飯一緒に食わないか、と誘われたのだ。一夏から。
おそらく授業の間に箒が一夏を誘ったのだろうが、そこは究極朴念仁である一夏のこと。平然と俺達を誘ってきやがったのだった。
セシリアと鈴が「そうそう抜け駆けを許すと思ったか」みたいな目で箒を見ているのがすごく怖い。
箒の報われなさには涙が抑えきれないところではあるが、それも一夏に惚れた弱み。
我慢だ、乙女。
しかし、一夏が「こう」なのは今に始まった話ではない。
幼馴染としての経験は伊達ではなく、一夏の鈍感さも仕方がないと無理矢理自分を納得させた少女たちは各々の武器を取りだしていく。
そう、次々と広げられる手作り弁当の数々である。
至ってオーソドックスな箒の弁当と、「見た目は」普通なサンドイッチを入れたセシリアのランチバスケットと、どうしてそうタッパ一面に酢豚を詰めたのか判断を疑う鈴の弁当が蓋を開く。
いずれも見た限りは紛れもなくおいしそうなのだが、やはりそこは女子高生の手慰み。俺の目からすればお遊びの域を出ない代物だ。
ここはひとつ、齢15にして一人暮らし歴10年の男の家事能力を示す時だろう。
「真宏も今日は弁当作ってきたのか?」
「ああ、気が向いてな。今日のおかずは……」
「シャケ! 卯の花! 卵焼き!」
「の、シャウタ弁当だ。あとは色どりに野菜など」
「……妙に心惹かれるのはなぜなのでしょうか」
セシリアがなんか呟いている気もするけれど、スルーしておいてやろう。
蓋を開けた弁当箱の中には、至って普通の見た目のおかずが詰まっている。
どれもこれもありふれた食材ではあるがしかし、きっちりとした詰め方の美しさも、それぞれのおかずの味も、他の三人が用意した物を凌駕している自信がある。
台所に踏み台持ちこんでフライパン振ってた人生経験舐めるなよ。
「おお、真宏の卵焼き美味いんだよなぁ。一個貰っていいか?」
「いいぞ。どうせそうなるだろうと思って多めに作ってきたからな。たべりゅ?」
「やめんか、気色の悪い」
そしてその結果として、意外と人気なんだよねこの卵焼き。
中学時代にもついうっかりクラスメートに分けてやったらすごい勢いで他の奴らも群がって喰い尽されたし。まあそれにふさわしいこだわりはしてるからいいのだが。
神上真宏15歳、一番得意な料理は出汁巻き卵です。
「やっぱり真宏の卵焼きは悔しいくらいおいしいわね」
「あら、本当に。真宏さんってお料理上手だったんですのね。初めて知りましたわ」
「むぅ……」
「わ、ホントだ。すごいね、真宏」
そして次々つままれて行く俺の卵焼き。
……そろそろ自分の分を確保しないとヤバい気がしてきた。
迫りくる箸とフォークを華麗な弁当箱捌きでかわしながらのスリリングな昼食なんて中学以来だが、せっかく自分で作ったおかずを確保するためには勝たねばならない。
ホント自炊してきた日の昼飯時は地獄だぜフゥハハハーハァー!
そんな風に、賑やかな昼休みを過ごす。
途中で一夏が自らの鈍感朴念仁技能を発揮して平然と「はい、あーん」などという高等技術を繰り出したりもしていたが、そんな見なれた光景なんざ今さらどうでもいいのである。一々気にせず、午後も再びIS実習へと精を出すため、しっかりと噛んで弁当を食っていく。うん、今日は卯の花に良い味が染みた。
◇◆◇
「というわけで、男三人で親睦を深めようぜ!」
「……いきなり部屋に押し入ってきての第一声がそれか。まあいいけどな」
「あ、あはは……。ごめんね、真宏」
その当日の夜、部屋で一人ぼけっとしていたところに一夏とシャルルが乱入してきた。
言ってることは正しいし、なんなら俺の方から言いだそうとも思っていたけど問答無用で入ってきて言うことがそれか、マイフレンド。
一夏は勝手知ったる他人の部屋とばかりに早速部屋の隅にある簡易の台所を引っ掻き回して茶を淹れ出したので、その間に俺は茶菓子を用意する。
いきなりとはいえせっかくシャルルも来たことだし、ここは一つ和の伝統を感じさせつつ見た目も綺麗な練り切りとか出しておくか。
「わっ、綺麗! これが和菓子?」
「そうだぞー。箒に教わった和菓子屋の作だからかなり美味い。一夏の淹れた下手な茶でも十分美味いだろう」
「下手は余計だ!」
女が三人寄ればかしましいが、男が集まってもまた違った意味で騒がしい。シャルルの境遇についてはまあ色々と思うところがあるが、男だと名乗っているうちは男として扱ってやるのが人情と言うものだ。
だから、
「第一回! 男だらけのIS学園ロボゲ大会~!!」
「いよっしゃあ!」
「……えーと、僕はこのゲームやったことないんだけど?」
聞こえんな。男で唯一の一人部屋持ちにしてゲーム機を持ち込んだ主催者の俺はそんな不平不満をもみ消す権利があるのだ。
ということで、俺と一夏で実際にやってみせ、その上で俺があらかじめ初心者でもそこそこ戦えるように組んでおいた機体を使わせて、シャルルにもプレイしてもらった。
……そして。
ドヒャァッ! ドヒャァッ!
「さっそく二段……だと……?」
「わっ、結構速いね」
シャルルの奴、あっさりと二段ブーストを使いこなしやがった。
二段ブーストとはこのゲームに存在する特殊な加速方法であり、難しい操作と熟練が必要不可欠。
変態プレイヤーである一夏はブレオンで毎度のごとくやってくるが、俺はいまだに安定して出すことができないという代物であり、それが大多数のプレイヤーの現状だ。
ところがぎっちょん、シャルルはちょっと一夏がやっているのを見ただけで物にしていた。
なんという器用さ。そりゃあラピッドスイッチを使ったり見ただけでイグニッションブーストを使えるようにもなるだろうさ。
「一夏、シャルル。お前たちはいいよなぁ……」
「やさぐれるな真宏。二段ブーストが使えなくてもお前は十分強いじゃないか。俺なんてまともにやったら勝てる気しないぞ」
「そっ、そうだよ。この機体だって初めてやる僕にもすっごく使いやすいし、真宏はすごいって!」
友人二人のフォローが身に染みた。
俺とてこのロボゲにおいては決して弱いわけではなく、一夏やシャルルにだって勝てる自信はある。
だからと言って原作メインキャラのスペックを目の当たりにしてしまえば軽く鬱に入りたくなるのもまた事実。悩ましいものなのだ。
――だが、これでシャルルの実力のほどは大体分かった。
もちろん、やりこんだゲームと現実を混同したような俺でも一夏でもないシャルルのゲームの実力から、IS操縦者としての力量を推し量るなんてことはできない。
だが、武器の使用傾向やどういう局面でどんな反応を返すかなど、得られた情報は数多い。
仮想敵と見なしているわけではないが、対戦相手とするにせよコンビネーションするにせよ、これからも長い付き合いになるだろうシャルルのこと。少しでも多く知っておいて損は無い。
いつか力を貸すことや、あるいは貸してもらうことがあるかもしれない。そのとき何かの役に立てば良いと思いつつ、シャルルの操る機体を注視する。
初心者とは思えないほどの機動で敵弾の回避と反撃をしてみせるシャルルを見て、正直なところ頼もしくも空恐ろしくも感じていた。
……ちなみにもう一つ分かったのだが、シャルルは真性だ。
なにせある程度操作に慣れたところで自由に機体を組ませてみたら、真っ先に左腕にとっつきを装備してとっつきらーに変身したのだからして。
「やっぱりパイルバンカーっていいよね! いいよね!?」
「あ、うん、そうだな……?」
……どうやら、シャルルとは仲良くなれそうである。本当に。
これからの学園生活がさらに楽しくなりそうなこの新たな友人を、心より歓迎しよう。