IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第35話「いよいよここが正念場」

 IS学園に襲来したミサイルというミサイル全てをみんなでブチ壊したのち、千冬さんが戻ってくるまでの数時間。

 俺はもうとにかく速攻で強羅をひっぺがされ、風呂に放りこまれ保健室に放りこまれ各種お手軽検査をササッと済ませ、その後はとにかく寝ているようにと、仲間一同と山田先生から仰せつかった。

 

 それも仕方ないことではあろう。ロマン魂の使い過ぎであんな有様をさらしてしまったわけでもあるし、心配もかけた。ここはおとなしくしておくのが一番だという意見には否定が浮かぶはずもない。

 

「そう。おとなしくしててね、真宏」

「あー……うん。やっぱりけっこう疲れてたみたいだ」

 

 そんな経緯で半ば病人扱いとなった俺なのだが、こうして押し込められた保健室のベッドの傍らには、簪がいてくれる。カーテンで仕切られた狭く白い空間の中に二人きりで、まだ少し頬が赤いものの優しい笑みを浮かべた簪がそっと額を撫でてくれる。

 目を閉じると柔らかな掌の感触が髪を滑って、大変心地いい。ロマン魂の連続使用で擦り減った心を取り戻させてくれただけに留まらず、こうして今も俺を癒してくれてるんだから、本当に嬉しくてならない。

 

「真宏、顔……赤い」

「……簪のせいだろ」

「あぅ……」

 

 まあ、俺を保健室に押し込む一連の動きの中、揃いも揃って仲間連中がニヤニヤしてたのは主に簪のせいだと思うけどね!

 そりゃあ、絶対忘れたくなんかない思い出ではあるんだけど……今だけはちょっと脇に置いておこうね、うん!

 

 そんなこんなで季節外れの生暖かい視線と優しい温もりを味わったりしたんだが、俺の関知しないところで状況は目まぐるしい速度で動いていたりする。

 なにせ千冬さんの言葉によればファントム・タスクの痕跡を発見できたのだという。保健室に放りこまれたからって、呑気に寝ていられるはずがないじゃないか。

 

「……それはいいのだが、落ち着け。眼が血走っているぞ」

「大丈夫ですっ」

 

 そして当然、その気持ちは専用機持ち一同にも共通のものだったようだ。俺と簪をおちょくっていた時が嘘のように、みんなもなんだかんだで割と真剣にこの事態に直面している。

 俺達専用機持ちは千冬さんを筆頭にIS学園教師陣の一部が待ち構える教室へと連れ込まれ、そこでさっきの通信の意味と、そしてこれからのことについて教えてもらえるのだという。ちなみにワカちゃんは無理言って大掃除を飛ばして千冬さんを連れてきたため、急いで元々防衛していたところまで帰らなきゃいけないのだとか。

 IS学園が狙われた直後である今のタイミングならミサイル襲撃の心配はあまりいらないだろうが、とは千冬さんの弁だったが。

 

 

「まあ、いい。まずはお前達に謝っておくことがある。……世界各国にIS学園に在学している専用機持ちを貸し出すと言ったな。あれは嘘だ」

「いきなり何を言ってるんですか千冬さん」

「確かに俺たちみたいにミサイルが来なくて何もできない組はあったけど……でも真宏達みたいにちゃんと仕事したのもいたし、そうでなくても行くだけ行ったはずだよな」

 

 千冬さんがいきなり言いだしたのは、これまでの俺達の行動を前提から覆す……というか、それすら通り越して事実にそぐわないことだった。多少秘めたる事情があるというのは察していたのだが、一体これはどういうことなのか。

 

「……ああ、勘違いをさせる言い方だった。訂正しよう。嘘というのはお前達を送りこんだことではなく、『各国の防衛に協力する』という建前だ。――我々IS学園は各国のミサイル防衛に参加しこそしたが、そこでミサイル発射地点特定のためのデータ収集を最優先任務としていた」

「……教官、それはつまり私達専用機持ちとは別命を帯びて動いていた者達がいた、ということでしょうか」

「その通りだ。……オルコット、凰、神上、更識。お前達が防衛に携わっている間、その遥か上空に教師を待機させ、情報収集をしていた」

 

 語られたのは、あの作戦の真実。

 代表候補生と、専用機を持ってはいるが所属があいまいというある意味代表候補生より目立つ生徒達が国を挙げての防衛作戦に協力している傍ら、引率ということで付いてきてくれていた何人かの先生方の内、最低一人はISを持ちこんでいたのだという。

 

 それ自体はおかしなことではない。俺達に知らされてこそいなかったが、世界情勢的に考えればIS学園から出向く一団の護衛として、そのくらいの備えはしておいてしかるべきだと言える。

 だがそれに加え、その先生方の任務はミサイル迎撃のまさにあの時、ステルスモードのISを用いて肉眼では捕えられないほどの高高度に位置し、ハイパーセンサーの感度を上げるレーダー装備まで使ってミサイルの弾道をひたすらに追っていたのだという。

 

「私が命じたことは単純だ。『ミサイルの迎撃には参加するな。存在を気取られるな。発射地点に関する情報を可能な限り入手し、いかなる手段を使おうとも生還しろ』……。それだけだ」

「……っ!」

 

 余りにも、過酷な任務だったろう。

 一人ぼっちの空の中、生徒の奮闘にも見ないふりをしてただひたすらに諸悪の根源へと目を凝らす。しかも千冬さんの命令の文言には「生徒を守れ」とは一言も入っていない。つまりは、そういうことだ。仮に俺達のうち誰かが傷ついたとしても、その結果守るべき国土が焼かれたとしても、代わりに守ることは命じられていない。

 

「……しかも、この期に及んではファントム・タスクが狙いやすいようIS学園の守りを手薄にした。他のどこより、IS学園を狙われたほうが発射位置を特定しやすいからな。神上だけを残したのは、その上でなお防衛が可能かもしれないと判断したからだ。お前達に黙っていたことは済まなかったと思う。全て、紛れもなく私が出した命令だ。だが私は謝らない」

「千冬さんがいつの間にやらどっかの所長みたくなってるんですが」

「神上くん、しっ!」

 

 苦悩の表情をわずかに滲ませている千冬さんの言葉にもついついツッコミ入れてしまったのだが、どうやらそう言う空気じゃないようでした。

 だがそれでも言わなきゃなるまいて。

 

「千冬さん、一つ質問が」

「なんだ、神上」

 

 辛気臭い空気は、好きじゃないんでね?

 

 

「IS学園にはいつの間に特殊戦ができたんでしょうか」

「私のことをしわしわ婆さん呼ばわりするつもりかよしわかったちょっと剣道場まで来い」

「待って! 待ってください織斑先生、いつもの神上くんの冗談ですから! いつになく本気な目はダメですっ!」

 

 ……あ、あるぇー。こういうとき言わなきゃならんかと思って言っただけなのになんかすげえ怖いですよ? 千冬さん、かつてない怒りのオーラを滲ませているんですが。頼むから目を見開いてゆっくり歩いてこないでください。腰に縋りつく山田先生を引きずらないでください。いまだかつてないほど怖いですっ。

 

 ま、まあかなり肝は冷えたけど、少しは空気がほぐれたから良しとしよう。

 

「……ふぅ、それでは話を続ける。これまでの収拾したものと今回のデータを照らし合わせることで、ミサイルの弾道と発射地点のおおよその予想が付いた。それをまとめた物がこれだ」

 

 ただでさえ色々プレッシャーがかかっている千冬さんの逆鱗に触れかけた俺だったが、どうやら千冬さんの使命感が勝ったようでなんとか拳骨一発で済みました。もうこのことは忘れるよ、うん。

 

 仕切り直したその後は、千冬さんが言うように教室前の黒板に世界地図が表示され、そのうち幾つかの地点が丸く色づけされている。丸で囲まれた地点には日付と時間もくっついていることからして、おそらくあれがミサイルの発射された予想地点なのだろう。太平洋を中心に地図上のあちこちに点在していた。

 

「見ての通り、これが発射予測地点だ。一か所ではなく、いずれも海が領域内に入っていることからして、ミサイルの発射プラットフォームは船舶もしくは潜水艦ということになる」

「まあ、妥当な線かしら」

「確かに。秘密裏にミサイルを発射するのならばそれが最適だ」

 

 鈴とラウラはさすがに代表候補生だけあってこういう事態の呑みこみが早い。無論他のみんなも、一夏以外は大体この情報の信憑性に納得しているようだった。

 それでも表情がさして晴れないのは、まだこれでは根本的な解決にはならないと理解しているからだろう。

 

「だが、まだそれだけだ。おそらく時系列に沿ってこの発射位置を移動しているのだろうが、まだまだ半径百キロ程度にしか絞り込めていない。無論細かい位置の特定はこれからの解析次第だが、船にせよ潜水艦にせよ次の出現位置を予測しなければな……」

 

 そこが難しいところなのだったりする。

 おそらく敵が海から撃ってきているということは分かるが、なにせ地球は海の方が広いし、船や潜水艦ならば移動も容易だ。仮に偵察衛星なんかを動員して監視したとしても補足することはかなり難しいだろう。

 

 しかし悲観してなどいられない。これは俺達にとってふりだしでも、世界には未来には影響は大きすぎるほどのものとなりえるものだ。

 

 それになにより、三人寄らば文殊の知恵とも言うわけで。

 例えば。

 

「この動き……セントエルモ号の航路に似てますわね」

「「「っ!?」」」

「はうっ!? な、なんですの!?」

 

 思いもよらないところから、突拍子もない意見が出たりする。

 

 

「オルコット。今お前が言ったことの意味、詳しく話せ」

「べ、別にこの事件に関わっているという根拠があるわけではありませんわよ……? ただ、クリスマスに合わせて日本近海に来る予定のクルーズ船、セントエルモ号が確かここに表示されているのと同じように、アメリカから南半球側を回って日本に来るらしいと思い出しましたので……」

 

 セシリアが口にした瞬間、部屋にいた全員からの視線が音をたてんばかりの勢いで集中した。さしものセシリアですらそれにはビビったようで、ちょっと引きつつも応えてくれた。

 まあ、取るに足りない話だとは思う。……だがこのタイミングだし、なによりその名前。なんか無性に気にならないかい?

 

「山田先生、今すぐそのセントエルモ号とやらについて洗ってくれ。乗員乗客、寄港先での補給物資とその手配先の会社、実際に航路を予定通り航行しているかも含めてだ」

「はいっ、わかりました!」

「なるべく正確な情報を集めろ。ことによると、やつらの尻尾を掴んだかもしれんぞ」

 

 セシリアの指摘したことは、どうやら千冬さんの心の琴線に響く何かがあったらしい。山田先生に下される指示はてきぱきとしていて、俺達にも状況が動きつつあることがひしひしと感じられた。

 心なしか表情に生気が戻り……を通り越して殺気まで放っていることからすると、むしろ千冬さん的にはある種の確信にすら至っているのかもしれないが。

 

「ひとまず今日はこのあたりにしておこう。セントエルモ号の件も含めて調査はこちらでやっておく。……お前達には、遠からずファントム・タスクとの決戦の際の戦力になってもらう。今のうちに体を休めておけ。以上だ」

「了解しました、教官!」

「わかりました、織斑先生。さあ、それじゃあみんな部屋に戻りましょうか」

 

 その感覚はおそらく千冬さんも同じなのだろう。教卓に手をついて身を乗り出し、俺達に伝える口元は獰猛に吊りあげられて、肉食獣でも前にしているかのような緊張感を与えて下さる。その迫力に押されてかラウラはビシリと立ちあがってまんま軍隊的な敬礼をして、一方会長はぱんぱんと手を叩いて俺達に解散を促している。

 

 なんとなく読み解き難い空気ではあるが、それでも一つだけはっきりしていること。それは、俺達の反撃がそう遠くないということだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 結論から言うと、セントエルモ号は「限りなくクロに近いグレー」だったらしい。

 乗員乗客について経歴を洗って行くとどこかしらで改竄された形跡のある人が混じっていたり、食料やら物資やら搬入している会社はペーパーカンパニーや裏が取れない企業ばかり。終いにはどっかのコネで入手した監視衛星の画像解析を行った結果、時々セントエルモ号は予定の航路上にいないことが判明したのだという。しかもそのタイミングはミサイル攻撃が行われているタイミングとぴたり一致している。

 

 まだミサイルを発射している現場まで抑えられているわけではないし、IS学園の諜報能力では直接船に潜入してまで情報を得ることはできないと会長が言っていたが、それでもほぼ間違いないと千冬さん達教師陣は判断したらしい。

 

 

 ここまでくれば、もはややることは決まっている。

 セントエルモの表向きの予定航路からある程度絞れる次の攻撃目標と、その攻撃日時。そこを待って今度こそ発射位置を特定しての反攻作戦。

 その時が着々と迫ってきているのだった。

 

 

「で、その予定の日がクリスマスイブの前日、と」

「よりにもよって……! どうしてそんな日になるわけ!? 一日でも遅れたらぶっ殺すわよファントム・タスク!」

「落ち着きなさい鈴ちゃん。それに、そもそも『ぶっ殺す』などという言葉を使っちゃダメよ。私達は専用機持ちなんだから、『ぶっ殺す』と心の中で思った時既に行動は終わっていないと」

 

 そんな物騒な会話を繰り広げる鈴と会長を含めた一団が、食堂の隅を占拠していた。

 言うまでもなく俺達専用機持ちメンバーズであり、会長とダリル先輩フォルテ先輩もいたりする、まさしくフルメンバーだった。

 別に作戦会議をするわけでもなく、銘々適当な菓子と飲み物を用意しての愚痴りタイムである。

 

 文句のネタはいくらでもある。ここのところ授業はやっているが先生が忙しいため時々自習という形で穴が開くし、学園保有のISもこれまでのデータ採取やなんかで思いのほか酷使されたらしく、ローテーション整備に入っているため実習系の授業は休止中。

 端的に言って、ヒマなのだ。

 

 俺達は一応専用機があるから、そういう時間を使って訓練をしたりもしているが、ファントム・タスクのせいで割を食ってるのは紛れもない事実。他の生徒も含めてストレスが溜まり、学園保有のISを借りての自主訓練ができない生徒はその発散のために食堂が提供するおいしいスイーツに走っている。最近では、メニューから一時的にカロリー表示が消されるようにまでなっているのだとか。

 このご時世、自分が食べた物の持つ破壊力など知りたくもないのだろう。

 

「いやー、でも考えようによっては良かったじゃないっスか。ぱぱっと片付ければ、とりあえずクリスマスは休めるよう先生達が取り計らってくれるかもっスよ?」

「まーなー。あたしは年末年始も休みたいんだけど」

 

 鈴達一年生の中でも特に過激な面々が口から火でも噴き上げんばかりに怒り狂う一方、先輩達の落ち着きっぷりといったらない。二人とも、すでにかなりでかいパフェを食い終わって二杯目を攻略にかかっているのだがペースが乱れない辺り、底知れない女子力を見せつけられた気分なのだが。

 

「そのあたりは、ファントム・タスクの動きと作戦次第でしょう。お互い総力戦になるだろうから、今のうちから機体の調子はしっかり見ておいてね、みんな」

「特に一夏さんは気をつけてくださいまし。白式はただでさえデリケートなのですし、エネルギーの補給が難しい状況に陥ることもあり得ますから」

「ああ、わかってる。箒に頼ってばかりもいられないかもしれないからな」

「むう……出来ることならば一夏には常に私が付いていたいのだがな」

 

 会長の言葉は至極もっともであるのだが、その後さりげなく一夏の隣に座っていた箒が身を寄せたことに対してヒロインズ総員少しも笑ってない目線で牽制し、すごすごと戻る箒、という一幕もあったりした。この子らさすがだよ。こんな状況ですら一夏を巡る攻防がやまねえ。

 

「まあいいじゃねーの。……それより先輩方、今回船への攻撃ミッションとなりそうなわけなんですが、訓練やりません? ゲームで。すんごいミサイルぶっ放してくる巨大戦艦をロボでボコるゲームとかありますよ!」

「うんいいね、真宏。……でも規格外兵器は使用禁止だよ?」

「そんな馬鹿な!? シャルロットだって色んな意味でグルグルするブレードよく使うじゃないか!」

「あれはとっつきの進化形だからいいんだよ。でも真宏と簪さんは巨大砲とか全方位兵器とか平然と使うじゃないか!」

 

 やんややんや。

 大体そんな感じで、俺達の時間は過ぎて行く。

 

 千冬さんを筆頭とするIS学園教師陣はこの間も反撃を現実の物とするため、セントエルモ号に関する情報の裏を取ったり各国から変な横槍が入らないよう折衝を繰り返したりしているとのことだが、生憎とそういう場面になると俺達生徒が出る幕ではない。

 会長は更識家当主として色々と情報収集やらに協力したりもしているようで、たまに簪が寂しそうな顔して部屋に遊びに来たりもしている。そのことをこっそり教えてあげると、その後しばらくふわふわと嬉しそうに舞いあがってる会長というレアな物を見られるので中々どうして楽しいのだが。

 

 いずれにせよ、状況は静かに、だが着実に変化を続けている。

 それはもちろん、俺達が知らないところにおいても同様だ。

 

 

◇◆◇

 

 

 日本と外国を繋ぐ玄関口の一つである、首都圏の空港。

 一日10万人に迫ろうかというほどの人数が利用するこの空港に、その日二人の女性が降り立った。

 

 片やすらりと背が高く、スタイルの良い肢体をスーツに包んだいかにも欧米のキャリアウーマンという風貌の女性と、もう一人彼女と同じ年の頃に見えるがシャツにズボンにジャンパーという極めてラフな服装で、どこか野生の獣じみた躍動感が動きの端々に見える女性の二人組。

 なんともちぐはぐで、唯一の共通点と言えば二人して大きめのサングラスをかけていることくらいだろう。きびきびと動くスーツの女性に対し、ラフスタイルの女性は物珍しそうに空港の外の景色やあちらこちらにいる人の顔を眺めている。

 

 二人揃って到着したばかりの飛行機を降りたからには、国際便を降りたということで、当然パスポート持参で窓口を通らねばならない。

 その窓口を担当するのは、これまであらゆる国の人間と応対してきた歴戦の女性職員。語学堪能で人当たりがよく、さらには国が変われば価値観から何から様々に変わるということをその目で見届け、日本人の目から見れば変人としか呼びようのない者達も何人と見てきた。

 

 ゆえにこそ、彼女はこの二人の存在にわずかな違和感を感じつつも、いつもの通り彼女らに尋ねるのだ。

 

「Sightseeing?」

 

 この国を訪れる人間の目的としては、これかBusinessの二択以外はほぼありえない。

 スーツとラフスタイルの二人組が観光というのもおかしな話だが、それでもおそらくはこれが正しいだろうと年季の入った勘が下したその判断は。

 

「No」

 

 微笑むスーツの女性と、顔をねじ込むように寄せてきたラフスタイルの女性が二人揃ってサングラスを外しながら言う言葉に。

 

「「Combat!」」

 

 見事、予想を外されることになる。

 

 

「……ん?」

「どうした、真宏?」

「いや、今なんとなくファントム・タスクが使ってる船の正体がIS用の洋上整備プラットフォームなんじゃないかって気がして」

「もしそうだったら台風が来た日に世界中のISが一斉に暴走しそうだからやめてくれ」

 

 買ってきたどら焼きなど食べつつ、箒達女子連のクリスマスにかける意気込みを聞き流していたらそんな謎の直感に襲われたりもした。

 まあこの事件は一筋縄じゃいかないのは確実なんだから、そういうことだってあるだろうよ。

 

 

 ……と、割と軽く考えていたんだよ。このときは。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして作戦決行の前日。俺達は、最後の作戦説明のため、例の教室に呼び出された。

 まあ、例の教室ってか実は俺達が普段使ってる一年一組の教室なんだけどさ。なんだかんだで結局のところこの件の責任者は千冬さんだから、ここが一番使いやすいらしい。

 あとこれは余談だが、このファントム・タスクの事件が始まってから……というか、IS学園が積極的に関わっていくことを決めてから、ふっつりと轡木のじいさんを学園で見なくなった。

 多分千冬さん発案によるこの事態に駆り出されたりとかしてるんだろう。下手すると山田先生以上に折衝だ交渉だで世界中を飛び回っているのかもしれないね。

 

 ともあれ、だ。

 明日の俺達の予定も含めての最終確認自体はスムーズに終わった。

 

「……作戦の概要は以上だ。質問は……ないか。では、お前達に紹介しておこう」

「紹介……?」

 

 千冬さんの説明する明日結構される作戦の内容は極めて単純だから、そういうのが一番不安な一夏も含めてみんな頭に叩きこんである。

 が、その説明の中には誰か紹介されなきゃいけないような人なんていなかったような。

 

「今回はIS学園戦力の大部分を攻撃に割く。その分低下する防衛力の補充だ。……交渉には骨が折れたがな。入ってこい」

 

 だがそのあたりは、きっと昨日今日あたりでギリギリ間に合ったとかそういうことなんだろう。俺達が留守にするIS学園を守るため、一体どこの誰を引っ張ってきたのかと全員が注目していた教室の扉。

 そこを開けて入ってきたのは……見るからにアメリカンなお二人さんだった。

 

「はい、失礼するわ」

「邪魔すんぜ~」

「あ、あの人は確か……っ」

 

 そのうちの片方を見て、ちょっと震えた声を上げるのは、一夏。無理もない反応だろう。視線の向く先、二人の片割れ。金髪の似合うスーツ姿のお姉さんには俺も見覚えがあるし。

 

「初めまして……の人だけじゃなくてお久しぶりの人もいるわね。アメリカ所属、元シルバリオ・ゴスペルの操縦者、ナターシャ・ファイルスよ。今回私はイーリのサポートに来たわ」

「私は全員初めましてだな。アメリカ国家代表、イーリス・コーリングだ。ISは第三世代専用機ファング・クエイク。よろしくな」

 

 見覚えがあるのは女物のスーツをぴっちり着こなしたいかにもやり手な雰囲気を醸し出しているナターシャさん。そしてもう一人はなんと、現役のアメリカ国家代表様ときたもんだった。

 ……なんかすごいのが来てないか?

 

「先ほど説明した通り、こいつらには我々が反攻作戦に従事している際に学園の防衛を担当してもらう。何故わざわざ国家代表が来たかは、聞くな。それがお前達のためになる」

「は……ハッ! 承知しました!」

 

 理由の詮索はなし、ね。まあおそらく最初に攻撃受けたものの、結局IS学園がファントム・タスクへの反撃を担当したせいで出番が無くなったどっかの国がヘソ曲げないようにするための交渉とかなんとかなんだろう。ご当人達にそんな気分はなさそうだからまあいいんだけど。

 

「それと、今日この場にはいないが明日は……ワカにもIS学園の守備を任せることになる」

「私と、あのワカと実質二人で防衛ってことだ。……まー、なんとかなりそうだな。むしろ流れ弾で島が沈まないように気をつけなきゃならん」

 

 ……しかも、なんかさらに豪華ゲストが来る予感! どうやらワカちゃんのことはアメリカの代表様もご存知であらせられたようで、ちょっと額に汗とかかきながら言っておられる。まあ、ワカちゃんって敵にすると怖いじゃ済まないけど、味方にしたらしたでひやひやするからね、攻撃に巻き込まれる的な意味で。

 

 だがまあ頼もしいことは変わりない。これなら、俺達も安心して戦えるってもんさ。

 この上なくばっちりとお膳立てを整えてくれる千冬さんに感謝感謝である。

 

 

「ほー、ここがIS学園かー」

「で、こっちが食堂です。色々美味しいですよ」

「マジか!? そりゃあ聞き捨てならねえな!」

「ほらイーリ、少しは落ち着きなさい」

 

 そして作戦会議を終えれば、学生の俺らはまたしてもヒマになる。

 明日のために整備科やら先生達はそれはもうこれから修羅場になるらしいのだが、それはそれ。体を休めておくのも仕事と言われた俺達は、こうして俺達の留守を守ってくれる……というには実力的に明らかに上であろうアメリカからの客にIS学園を案内しているのであった。

 面白半分で俺と一夏が先導に立たされ、ナターシャさんの前科を心配してついてきている箒達ヒロインズ一同に簪と、一応千冬さんからメインで案内を任されたはずなのに後ろの方でニヤニヤしている会長と、完全に興味本位のフォルテ先輩ダリル先輩。なんだかんだで先輩二人はいつも一緒にいる気がするなあ。

 

 

「中々面白そうじゃねーの。お前らこんなとこで学生生活できるなんて羨ましいなオイ」

「それはもう。止まらないくらいに超刺激的なスクールデイズですよ。……一夏は別の意味でもスクールデイズしそうな気もしますけど」

「おい真宏、今もの凄い不穏当なこと言わなかったか」

「なんのことやら」

 

 などなど、しょうもないことを話しつつの学校紹介となっているのだった。ファング・クエイクの操縦者で、明日の防衛にはメインで参加してくれるイーリスさんはいかにもアメリカ的なフランクさで話しやすいし、案外ノリも軽い人みたいなんで話が弾むね。

 

「うふふ……でも二人とも、『あのとき』から頑張ってるみたいね。見違えちゃったわ」

「うぇいッ!?」

「は、はははHAHA……」

 

 ……ただし一番油断ならないのが、今回イーリスさんの色々サポートとして一緒に来ているナターシャさんだ。この人は福音のことをすごく大事にしていたらしいから、コアをファントム・タスクに狙われて恨み骨髄だったりするかもしれないと不安な部分があったりもした。

 だがそれも結局は余計な心配だったらしく、口調も表情も穏やかなものだ。こうして物珍しそうにきょろきょろと周囲を見回しているイーリスさんを一歩引いたところから優しげに見ているあたり、見た目は似ていないがどこか姉妹のような趣さえあった。

 

 ……まあ、俺と一夏にしてみればそういう心配とは全く別次元で警戒が必要なんだけどさ?

 例えば今口走ったことみたいなものとか。

 

「まったく、そんなに驚くことないじゃない。……別に、もうあんなことしようなんて思ってないわよ?」

「っ!」

「あんな……こと?」

 

 ヤバい。

 何がヤバいって、今初めて分かったけどこの人は人をからかって楽しむ趣味を持つお人だ。例えば会長とかみたいに。

 しかも俺と一夏は割と特大のネタを握られていることもあって、なんだか抵抗できないような予感がっ。

 

「な、なあ真宏……?」

「どうした」

「真宏って、あのこと簪さんに……」

「言うな、頼むから」

「……ああ、大体わかった」

 

 そしてこそっと話しかけてきた一夏ですら予想できていることなのだが、俺は「アレ」を簪に伝えていなかったりする。

 ……だって、別に言うようなことじゃないだろ!? やましいことがあるでなし、わざわざ言うタイミングもなかったし、こんなことになるなんて思ってもいなかったし!

 

「あら……うふふ、そういうこと」

「な、何がそういうことですか……?」

 

 しかしながら、ことこのテの雰囲気を察することに関して女性はニュータイプ的直観を発揮する。自分が言ったことに対する俺の反応と、それを見て首を傾げた簪の様子。その二つを見比べただけで、この人はおそらく結論に至ったのだろう。

 なんか見てるだけでくらくらするほど魅力的な笑みを浮かべるのも恐ろしく、俺を流し目で見つめてくる。

 

 いかん、その口閉じてっ、と思うも遅い。

 警戒を解かない箒達と、矛先が自分の方に向かないことに安心しきっている一夏。

 そしてまーた始まったよとばかりに呆れた様子でいるイーリスさんの見る中で、ナターシャさんは至極あっさりと口走った。

 

 

「そんなよそよそしい喋り方をしなくてもいいのよ、真宏くん? だって私達……キスした仲じゃない」

「……………………………………………………え?」

「かっ、簪!?」

 

 簪が目を見開いてフリーズするような、一言を。

 

「え……え?」

「し、しっかりしろ簪っ」

「ふーん。……蒼の剣を受けよ!」

「ヒィっ!? 会長ラスティーネイル出さないで! あとなんとなく蒼歴史が生まれてます! やましいことないですから! 簪を泣かせるような話じゃないですから!」

 

 簪は呆然と目を見開いてまともな言葉を発しなくなり、会長は対暗部向け暗部とかいう更識家の事情を思い出させてくれるくらい暗く冷たく据わった視線で俺を射抜いてくる。あとガチで剣を抜く。コワイ!

 

「そういえば聞いたわよ。真宏くん、この前のIS学園防衛の時その子とキスしたんでしょう?」

「どっから聞きました!? ってかそれを知った上であんなこと言いましたねあなた!」

 

 なんだこの状況。誰も収拾つけようとしてないじゃねえか。一夏達はほけーっと観戦の体勢に入ってるし、会長もイーリスさんも表情は対照的だが様子見に回っている。

 孤立無援の上逃げ場無し。目から光が消えて行く簪の肩を掴んでいる俺と、ちょっとニヤニヤしているナターシャさん。なんだこの状況。

 

「うふふ。……更識簪さん、だったかしら。もう真宏くんとキスはしたんですってね。でも彼とのキスの初めての相手はあなたじゃないっ、このナターシャよッ!!」

「それはイギリス生まれの吸血鬼でしょうが! 簪もしっかりしてくれ、あれはほっぺにだから、ファーストキスは簪とだ!」

「ファーストキス……は?」

 

 ああもう、この子は!

 俺の言葉でちょっとだけ正気を取り戻してくれたようではあるが、それでも会長へのコンプレックスで雁字搦めになってた時期が長かったせいかどうしてもちょっとしたことで不安になってしまうらしい。今もふるふると涙の膜が目を覆ってしまっている。それはそれで大変かわいらしいんだが、泣いて欲しくないんだよ、俺はっ。

 

 ……えーとですね、そんでもってわたくし、いつぞややらかしたことからもおわかりの通り、簪のこういう顔見せられるとちょっと考えなしに思ってること口走ってしまうという性質があるみたいでね?

 例に漏れず、この時も。

 

 

 

 

「ファーストキスも、その後も! 簪としかキスしてない!!」

「……っ!」

 

 

 

 

 ……まあ、やっちまったわけでした。

 

「お熱いわねえ」

「簪ちゃんが幸せそうならなんでもいいわ。……なんかもうね、真宏くんなら結局のところ心配ないみたいだし」

「ヒューッ、日本人はシャイって聞いてたけど、なかなかやるもんだな」

 

「へー、その後も、ね」

「あの後もばっちりキスしてたんですのね。しかも口ぶりからすると一度ならず、ですわ」

「その時はやっぱり真宏からしたのかなあ……」

「一夏の初めての相手は他の誰でもない、この私だっ!」

「ぬっ! ……だがラウラ、本当にそうなのかはまだわからんぞ。ひょっとするとそれ以前に千ふ……いや、なんでもない」

 

 結局のところ、周りにいたみんなに囃し立てられながら二人して真っ赤になるのであったとさ。

 

 

◇◆◇

 

 

 そんなわけで色々とまあスルーし難い事件があったり、その後の夕食の席にてイーリスさんもナターシャさんもIS学園の食堂の料理をこっちがびっくりするくらい大量に平らげたりしていて、色々話して仲良くなれたりもした。

 

 だが明けて翌日の、今日。

 

 今日は紛れもない、決戦の日だ。

 

 

「IS各機、最終チェック完了!」

「増設ブースターVOB、接続確認っ。ネジ一本緩んでません!」

「タンクの中が燃料でパンパンだぜ」

「管制機とのデータリンク、異常なし。ミサイル発射を感知し次第、すぐに特定した位置情報を転送できます!」

 

「はい、確認しました。……織斑先生。発進準備、オールクリアです」

「わかった。あとは任せるぞ、山田先生」

 

 IS学園がどでんと居座る島の一部に存在する砂浜に今、多数の人が蠢いていた。

 無論年の瀬も押し迫る時期に海水浴など嗜もうとしているわけではない。冷たすぎる海風が吹きつける中、みんな厚手のコートを着込み、実に10機もの専用機の発進準備のため、忙しなく立ち回っている。

 彼女ら一人一人はIS学園の教師であり、ISの整備を担当する整備教員であり、または整備科の中でも特に優秀な人たちだ。例えばのほほんさんの姉の虚さんとか、あと何故かのほほんさん自身とか。のたのたとしているのに整備の腕は確かで、他の人たちに負けないくらいの速さと正確さで仕事を済ませていく。その結果、俺を含めた面子のISは常ならぬ異様な姿に変わりつつあった。

 

 

 今日決行される、ファントム・タスク反攻作戦。内容自体は、極めて単純だ。

 

 まず第一段階は、ファントム・タスクがミサイルの発射プラットフォームにしているだろうセントエルモ号の正確な位置の把握。既に昨日までの観測結果からセントエルモ号が予定の航路から逸れて姿を消したことは確認が取れている以上、確実に黒と見ていい。

 これまでの発射間隔から得られたデータに、セントエルモ号について色々調べた情報も合わせて推定されたミサイル発射が今日為される確率は、かなり高い物らしい。ミサイル発射の瞬間を狙い、正確な位置を割り出す。

 

 そして第二段階は、セントエルモ号への接敵。正確な位置はわからないが、それでも日本近海にいることは間違いないセントエルモ号に対して、俺達攻撃メンバーはこうして砂浜に並んでスタンバイし、超高速移動用として一夏も使ったVOBを接続されているのでありましたとさ。IS本体の全高よりも長いVOB。その推力は上手いこと巡航速度で飛んでいけば太平洋横断とかできかねない。

 ミサイルが発射されるのと同時、上空でミサイルを警戒しているISが目星をつけた空間にハイパーセンサーの網を張っているために、即座に位置を特定できるようになっている。その情報を得ると同時にブースターをイグニッション。逃げられるより先に懐へ飛び込むという寸法だ。

 

 あとは最後の段階。しかしここまでくるともはや作戦の体は為しておらず「とにかく倒せ」である。原文ママ。

 確かにセントエルモ号がクサいということは分かっているが、それでも決定打となる情報がない現状、接敵時の戦力分析などできようはずもない。ろくな防衛策を取っていないかもしれないし、ISですら近づけないレベルの近接防衛火器とか用意されているかもしれない。

 だからそのあたりは俺を含め、一夏、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、会長、簪、そして千冬さん。この面子で臨機応変になんとかしていくしかないのだ。

 

 

「IS学園は私らがきっちり守っておいてやるから、しっかり頼むぜ」

「はい、イーリスさん。頑張ります」

「あたしらもこっちにいるから、直接攻撃は頼むっス」

「任せてください、先輩」

 

 学園の防衛は、ファング・クエイクのイーリスさんとフォルテ先輩とダリル先輩、そして学園からは少し離れた場所での防衛を担当するワカちゃんに任せることになっている。これだけの面子がいればこっちは心配する必要がないだろう、頼もしい布陣だ。

 

 

 行き当たりばったりな部分が多いことも含めて、俺好みのこの作戦。

 世界中の人たちが、夜寝ているうちにミサイルが降ってきて目覚めることなくあの世行きになるんじゃないかという不安で眠れなくなることを失くすため、この作戦は必ず成功させようじゃないか。

 

 海に向かって砂浜に居並ぶ、ISを展開した俺達。

 背部には長大なブースターを束ねたVOBを接続し、今や遅しとその時を待つ。

 ちらりと横を見て見れば、誰もが真剣な表情で水平線の向こうを見据えている。待ち構えているだろう強大な敵と、倒して掴み取るべき勝利。

 その重さと価値は、きっとこのブースターの比ではないだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

 全ての準備が完了してから、どれだけの時間が過ぎたか。

 それはあまり重要ではない。

 

「――ミサイル反応、感知の報あり! 発射位置……出ます!」

「全機発進準備! ブースターに火を入れろ!」

 

「「「了解っ!!」」」

 

 ただ一つ確かなのは、予想に違わず見事反攻作戦が今日この日、敢行されるということだけだ。

 

 それまでただ静かに待っていた俺達は、その瞬間に入った通信を聞くや否や一気に動きだした。

 VOBのエネルギー供給パイプが弾けるように取り外され、セーフティー解除。最終最後にいくつかの点を目視確認したのを最後に、整備のため取りついていた先生や整備科生徒が散り散りに離れて行く。

 既に火が入ったVOBが放つ初速とそれに伴う反動は、生身の人間にとっては近くにいるだけでも危険なものとなる。青白く噴き出すバーナーに当たらないよう注意しながら整備の生徒と教師は砂浜を転げるように走って行き、物影に隠れたみんなと俺達は揃ってサムズアップ。

 祈られた幸運、必ず掴んで見せようじゃないか。

 

「さあ、それじゃあいこうか!」

『(ファントム・タスク)バスターズ、レディ……!』

「「「ゴーッ!」」」

 

 一夏の宣言に合わせ、ついつい勢いで言ってしまった俺のセリフと、それにノった数名の叫びがスタートの合図。

 砂浜をえぐり飛ばす勢いの噴射が巻き起こり、俺達は一瞬にして遥かな海上へと飛び出した。

 目指すは本丸、決戦の地だ。

 

 

 

 

「総員、目的地のデータは受信できているな。このVOBに目的地まで自動で向かうような機能はない。しかも万が一制御不能になった場合どこまでも飛んでいく。しっかりと手綱を握ってついて来い」

「了解です、教官!」

 

 どれだけ進んでも変わり映えしない海上を、俺達は低高度にてお互い一定の距離を置いて飛翔し続けていた。PICで高度を維持し、VOBで加速を続けながらの長距離飛行。IS学園を飛び出してからさほどの時間は経っていないが、既にして周囲は大洋のど真ん中という風情だ。

 ちなみに、俺達の視界の中には周辺のマップとガイドが簡易表示されている。無論それは今回ミサイルを発射するところまでばっちり確認したファントム・タスクのミサイル発射船こと豪華客船セントエルモ号であり、俺達が倒すべき相手。今は遮る物の無い空中を、そこへ向けてただひたすらまっすぐに向かっていた。

 

「それにしても、織斑先生。ミサイルの発射位置はどうやって割り出したんですか? 確か、今日はIS学園保有の量産機はそれこそ色んなところの防衛に回っているはずですよね?」

「ああ、そのことか……」

 

 そんな中、シャルロットが千冬さんに疑問を呈した。既に作戦中ではあるが、それでも接敵までにはまだ時間がある。無駄話をするほど余裕のある状況ではないが、シャルロットが気にしたことは作戦自体にも影響のあることであるためか、千冬さんは応えてくれようとした。

 今日この日は、学園が保有するもの以外のISが観測を行っていたはずだ、という話。

 

 だが、答えは文字通り空の上から降ってきた。

 

『――~♪』

「ん、鼻歌……か?」

「こんなところで通信……? 今私達超音速で海のど真ん中飛んでるんだけど!?」

 

 箒と鈴が気付いたのは、オープン・チャネルで聞こえてくる鼻歌。一応俺達は作戦中だからこの回線が外部に漏れているなどということはないはずなので味方のものではあろうが、さすがに少々場違いにも感じられるものであった。

 ……だが実のところ、俺はもっと気になることがあったりなかったりするわけで。

 この、自分のことを考える人だとか撃つ人だとか深海魚大好きだとか言ってる歌。

 

『……っていうか、これってかの有名な一億人大虐殺のテーマじゃね?』

「ふむ、ちょうどいいな。紹介しておこう。彼女が……」

 

 まさにあの歌なのである。

 だが千冬さんは知ってか知らずかそんな俺の反応を無視し、教えてくれる。

 この、割と上手な鼻歌の主こそが。

 

 

『――私の美声を聞けぇ! こちらは本作戦の空中管制IS<オーカ・ニエーバ>。君達の言葉で空の眼、<スカイ・アイ>という意味だ!』

 

 

 なんか無茶苦茶頼りになりそうな、今回のゲストなのだという。

 

『――ハッハー、通信は感度良好。現在我が方は大体成層圏のあたりから君達と目標の位置を捕捉している。後方のIS学園等との通信仲介も担当しているから、連絡は任せてくれたまえ!』

「お久しぶり、オーカ・ニエーバ。今回はよろしく頼むわね」

『――うむ、任せろミステリアス・レイディ。我が国家の代表殿直々の依頼だからな、気合を入れて、んぐっ、んぐっ……ぷはぁっ! 励もうではないか!』

 

 このオーカ・ニエーバさん、なんでも会長がロシアの国家代表としてのコネを使って連れて来てくれたのだそうな。

 オーカ・ニエーバは背中にレドームを背負った世にも珍しい早期警戒機みたいなISで、一連の事件が発覚して以降は高高度からロシア全土を網羅するレベルの警戒網を敷いていたのだとかなんとか。それが今日は特別に、IS学園の作戦に協力しにきてくれているのだと。

 アメリカの国家代表を防衛に駆り立てたことといい、本当に頼もしくなってきた。

 

 ……まあ、通信の最後に何かを飲んだっぽい音が聞こえてきたのが妙に不安なのだが。ウォッカ最高ー! とかいう声も聞こえるような気がするが、それは気のせいだよね!

 

「でも……大丈夫だったの? 確かこの作戦への参加は上層部から難色を示されてたはずじゃあ……」

『――気にするな、旅団長を殴って来たのだからな、手を貸させてくれ!』

『うわすんげえかっこいい。よろしくお願いしますっ』

『――うむ! ……ところで、今日は私の誕生日だ。勝利をプレゼントしてくれ。健闘を祈る!』

 

 色々とロシア人らしいところもあるけれど、まあ気の良いお姉さんまで協力してくれてるんだ。この人が気分良く凱旋し、殴り飛ばしたという旅団長に引き攣った笑いを浮かべながらも英雄として迎えてもらうためにも、俺達は一層がんばらなければならない。

 

 

『――む、発射されたミサイルがIS学園付近へ到達した。ファング・クエイクによる迎撃が始まったようだ。通信を繋ごう』

 

 そんなこんなで高速で接近する道のりがあと少しとなったころ、ファントム・タスクが発射したミサイルがついにIS学園近くまで届いたようだ。以前の襲撃が完全に不発だったことに加え、俺達がそろそろ反撃に出ようとしている気配を察しているだろうファントム・タスクは、もう一度IS学園を狙うだろうという千冬さんの読みが見事的中した形になる。

 防衛を任せたファング・クエイクはアメリカの国家代表なのだから心配はいらないと思うが、それでも気になる俺達の心情をオーカ・ニエーバの操縦者が汲んでくれたのだろう。

 激励するのか、あるいは俺達が励まされるのか。いずれにせよせめて一言と思い、オーカ・ニエーバを介した通信が開かれるのを心待ちにしていた俺達は。

 

『――いよっしゃあ行くぜ、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)かーらーのー……衝撃の、ファーストブリットぉ!!』

『……』

「…………」

「……………………」

 

 第一声を聞いた瞬間から、なんかもう色々任せておけばいいんじゃないかと思えてきた。

 

『……えーと、イーリスさん。お疲れ様です』

『――撃滅の、セカンド……ッ! って、なんだこの声神上か、ってうおわー!?』

「ちょっと何やってんのよ真宏。邪魔しちゃだめじゃない」

「でも、このタイミングなら許される気がするのはなんでなんだろうね……」

 

 まあ、ついつい声をかけてしまったのが丁度次の技をかまそうとしていたところで集中を乱してしまったのだが、あの技ならいいんじゃね?

 

『――なるほど空中管制機から中継してるのか。そろそろそっちは到着しそうか?』

「ああ、じきに目標が見えてくるはずだ。そちらは問題ないか」

『――おう、当然だろブリュンヒルデ。こっちは私らがしっかり守ってやるから、そっちこそ頼んだぜ!』

『――おみやげよろしくっスー』

『――セントエルモ号って表向きは豪華客船なんだろ? 高級食材の一つくらいあるんじゃね』

 

 オーカ・ニエーバから転送されてくる迎撃状況は決して楽観できるものではないが、そこはさすがの国家代表。ファング・クエイクは近接戦闘重視の機体であるというのに、ここまで見事に防衛を成し遂げているのだという情報が伝わってくる。

 そして頼れる先輩方は火事場泥棒を要求してきやがった。おいおい。

 

『――イーリ、気をつけて! 次は多弾頭よ。分裂後の弾数は10!』

『――よっし、それじゃあここらで一発見せてやろうじゃないか。……アメリカ代表、伝統必殺! 豪熱ッ! マシンガンッ、パァーンチ!!』

『すげーなアメリカ。チョー本気出したらマジヤバでちゃけパネェ』

「それ、どこの方言……?」

 

 一度に10発のパンチを放って同数のミサイルを空中で撃破している光景が通信ウィンドウに浮かぶアメリカ技、できればこの目で見たかった。そんな俺の想いを込めたツッコミには簪が完璧に返してくれたところで、通信は終わりとなった。

 千冬さんがこれ以上続けてもネタに走るだけだと判断した……わけではない。

 

 

 ついに、目的の船が見えたからだ。

 

「教官、ハイパーセンサーにてセントエルモ号を確認しました!」

「ミサイル追加発射の形跡なし! ですが、クルーズ船としては異常なほどの熱源反応がありますわ!」

「間違いない……あれだ!」

 

 水平線の向こうにぽつりと見えた影。大洋の真ん中で周囲には他に船もなく静止している、一見豪華客船のようなシルエットをした船。見ようによっては至って普通なのだろうが、ISを装備している俺達がハイパーセンサーを駆使すれば、この距離からでも見た目通りのものでないことはわかる。

 

 VOBのもたらす超高速により、セントエルモ号の船影は瞬く間に大きくなってくる。

 

 俺達がこれからするのは接敵と同時に内部に侵入し、速やかに制圧するという行き当たりばったりな作戦ではあるが、船の図面など仮に手に入ったとしてもその後どのような改造がされているかわからない以上当てにはならず、その場での判断が必要になることが予想された。

 つまり、ここからがこの作戦の本当の本番。

 さあ気合入れて行くぜっ。

 

 

 ……と思っているのは、実のところ俺達だけではなかったようで。

 

「……なあ真宏、俺の目が狂ってないなら、セントエルモ号の形、変わってないか?」

「……いかにも客船らしい外装がキャストオフしているようなのだが」

「中身なんてまんま軍艦じゃないのよ、アレ」

「あの……しかも何か形まで変わってませんこと?」

「……あ、VLSが一杯出てきた」

「近接防衛火器に主砲らしきもの……物の数秒でシルエットがまったく別の物になったのだが」

 

 近づくにつれ船の細部がわかるようになる……かと思ったらさにあらず、何ともダイナミックな変化が起きていた。

 まず第一に、豪華客船然とした白亜の船壁が安いペンキで塗りたくられた絵か何かであったかのように剥がれ落ちて行き、その下に隠されていた装甲板をあらわにする。文字通り、化けの皮が剥がれた形だ。

 

 さらには、もともとプールやらアミューズメント施設やらがあっただろう甲板がバカリと割れて、中からにょきにょきと出てきたのは多連装のミサイル垂直発射装置に大口径の主砲らしきもの。

 そして俺達のように急な来客があった時に歓迎するためだろう、機銃があちらこちらから顔を出す。

 

 全長300m弱、喫水線から上の全高も70m近くあるその船の全体が瞬く間に別の物になっていく。

 その常識を覆す有様は、簪が一言で表現してくれた。

 

「所属不明の客船が……変形……ううん、変身した……っ!?」

『あれは……ガンダムだ!』

「ちげーよ」

 

 ちょっとノイズは混じったが、大体そんな感じ。

 密かに世界全土へミサイルをバラまくファントム・タスクの攻撃船。それが今、俺達IS学園勢の接近に伴い戦闘形態へと移行したのだ。

 正直なところかなり強そうで、VOBの速度と引き換えに旋回性能を徹底的に無視した俺達にセントエルモが装備するありとあらゆる砲口が向けられるのを見て、表情を引き攣らせない者などいないだろう。

 

 俺以外は。

 

『でもなんかあの船欲しくなってきた。変形戦艦なんてロマンじゃね!? ぶんどってIS学園乗っけて学園艦にしましょうよ!』

「言ってる場合じゃないわよ神上くん!?」

「……来るぞ、総員回避!」

 

 そして、セントエルモは予想を違えることなく火を吹いた。船体自体が爆発したのでは、と錯覚するほどに高密度の火線が放たれる。

 

 これが、決戦開始の合図。

 事件が始まったあの日から一カ月足らず。決して長い間ではなかったが、地球全土にもたらされた恐怖の時間と考えれば短いなどとは断じて言えない。だからそれも今日で終わらせよう。

 

『さあ、いよいよここが正念場!』

 

 俺達全員のVOBが同時に強制パージされて空中へ投げ出された現時刻をもって、遠くIS学園の作戦本部ではセントエルモ攻略作戦のタイムカウントが、開始された。

 

 

 

 

『……あ、ダメだやっぱ避けられねえ』

「真宏ー!?」

 

 そして、強羅安定の鈍重さ。IS学園勢の中で唯一俺だけが回避しきれず、さっそく主砲を一発くらうのでありましたとさ。まあ、強羅は頑丈だから大したダメージにはならなかったけど。


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