IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第34話「ズキュウウウン」

 俺達学園生を中心とした、一部国家へのIS防衛力の出前策。

 これはおおむね成功したと言っていい。

 

 特にISを保有する数が少ない国を選んで出向いたことが世界中で好意的に受け取られ、IS学園生の実力と見識の高さがこの上なく評価されるという結果を得られたのだ。

 いささか偶像として祭り上げられた感は否めないし、マスコミがこのご時世でありながら国から国へと飛び回って取材できるほどの広告料がどういう経路で流れ込んだのかは考えたくないが、なんにせよIS学園の立場が好転しつつあるのは嬉しいことだ。

 

 かくいう俺も、迎撃作戦を手伝った国の軍首脳という人から少々ギラついた目で残ることを懇願されたのだが。簪にまでそんな目向けられるのは少々ヤだったので、期限まできっちりとお勤めした上で、IS学園に帰って来た。

 それが今日のことになる。

 

 

「あ、真宏に簪さん。おかえり」

「おう、ただいまシャルロット。みんな無事みたいだな、なによりだ」

「ただいま。みんなも……お帰り」

 

 久しぶりの日本の空気というのは実に! スガスガしい気分だ以下略。

 まだ全てが片付いたわけではないが、こうして寮に戻って仲間と顔を合わせると格別の想いがある。

 

「一夏と箒のところはミサイル飛んでこなかったんだっけ。なによりだな」

「ああ……というか、ほぼ基地から出られなかったよ。自分の立場が特殊だってのは理解してたつもりだったけど、IS学園の外に出るとより一層わかるな」

「『何かあったら声をかけてください』と言われて、部屋の前には常に兵士がいた。そのこと自体を咎めるつもりはないが……私達は腫れもの扱いもいいところだった」

 

 俺達はそれぞれ色んなところに送り込まれたからか、さすがにどこも順風満帆というわけではないようだった。一夏と箒のところには千冬さんもついて行っていたから変な手を出されることもなかったようだが、その分逆にまともなコミュニケーションすら取れなかったようだ。……まあ、相手の気持ちもわかる。

 今もって世界最強の名を欲しいままにする千冬さんが常に目を光らせているんだ、手出し無用という扱いも致し方なかろう。

 

「……あっ、織斑くんたち帰ってきてる!」

「え、マジで!? おーい、お話聞かせてー!」

 

 とかなんとか校舎の入り口で出くわした面子と話をしていたら、ちらほらと同級生達が現れた。

 俺達が留守にしている間も少々変則的ながら普通に授業は行われていたせいか、特に変わった様子もないらしい。いまさら世界がピンチになったくらいで動じるほど繊細な子らでもないと思っていたが、さすがの強かさだ。

 俺達が帰って来たのだと聞きつけて、調度休み時間だったこともあってわらわらとあちらこちらから湧いて出る姿には本当に安心するよ。

 

「神上くんたちはミサイル落としたんだって? どんな感触だった!?」

「いやむしろ、織斑くんと篠ノ之さん、神上くんと更識さんと二人っきりだったんでしょ、何かなかったの!?」

「おっといけない私としたことが、そっちのほうが大事だったわ!」

 

 ……こんなところとか、本当に安定感抜群である。

 

「大事なわけあるか! あと、箒とはなにもない!」

「俺も別に変わりないぞー。……まあ、簪と一緒にその辺散歩くらいはしたけど」

「きゃああああっ!!」

「まっ、真宏!」

「いいなー……。真宏くんいいなー」

 

 悪いな簪、多分今のこの子らに嘘は通じない。たとえ誤魔化したとしても女の勘とか無駄に発動させて、「これは……嘘をついている味よ」とかやるに決まってるんだから。簪にも舐められたことなんてないから、粘膜接触は断固としてお断りする覚悟だが。

 あと、入口から半分だけ顔出して覗き込んでる会長、ナズェミテルンディス。

 

「ご、ごめんねみんな。僕達これから織斑先生に報告しに行かなきゃいけないから……」

「すまん、通してくれ」

 

 わしゃわしゃとこの期に及んでなおたかってくる同級生をかき分けかき分け、とりあえず俺達は千冬さんへの報告のため、職員室へと向かうのだった。

 

 

「……というわけです。報告は現地からも送りましたが、一応防衛はほぼ成功。それでもミサイルの発射地点は特定できませんでした」

「らしいな。……よし、ご苦労だった。また次の場所に行ってもらうことになる予定だが、今日はゆっくり休むといい」

 

 会長が代表しての報告自体はごく簡単に終わった。一応みんな出先で報告事項はまとめておいたのだから、今日のこれは単に無事に帰ってきたことの顔見せに等しい。千冬さんの表情はいつも通りきりっとしているが、それでも全員の顔を見渡してちょっとほっとしたような表情を浮かべたことを、俺は見逃しませんぜ。

 

「ああ、だが神上は残れ。お前には話がある」

「な、なんですとっ! 何か俺マズイことしましたっけ!? そりゃあ申告したのよりちょっと多めに弾薬持って行ったり、余らせても保管に困るからって向こう滞在の最終日に花火代わりで打ち上げたりしましたけど、あの国の人たちとか特に子供とか超喜んでくれたんですよ!? 『汚ねぇ花火だー!』って!」

「……そんなこともしていたのか貴様。ちょうどいい、そのことについても話をしておこう」

「藪蛇っ!?」

 

 しかし、それでこっそりニヤニヤしていたのがバレたのか、居残りを宣言されてしまった。一体どういうことだというのか。心当たりは……あると言えば色々あるような気がするけどさ。

 というか、やめてみんな! そんな養豚場のブタを見るような目で見ないで! 「かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね」って感じの! 実際には3~5日くらい置いたほうが豚肉はおいしくなるって北海道の農業高校で言ってたらしいから!

 

「そういう意味じゃないと……思うよ?」

「うぅ……俺のこと心配してくれるのは簪だけだよ大好きだ。……でもなぜ心が読める」

「それは……私も好き、だから?」

 

 こんな世の中、こうして気遣ってくれる簪だけが俺の支えです。ついつい勢いで言って顔赤くしたけど、簪も同じよーなことになってるから、別にいいよね。

 

「説教の一つもかまそうかと思ったら盛大に惚気られたのだが」

「妹がどんどん遠くに行ってしまうんですが」

 

「そしてなんでみんなは前から後ろから左右から俺にしがみついてくるんだ?」

「……ふん」

「いーじゃない別に。最近の一夏はあたしが乗ったくらいじゃびくともしないでしょ」

「しっ、紳士たるものいつか必ず女性をエスコートする日が来るのです。その時の予行演習をしてはいかがかしら?」

「お前は私の嫁だ。文句を言うな」

「だ、大丈夫一夏? 倒れないよね?」

 

「平和っスねえ」

「まったくだな」

 

 と、ほんのわずか簪との世界に浸ってる間になんか周囲は混沌たる様相を呈していた。無事なのは、俺達同様専用機持ちとしてどこぞの国にすっ飛ばされるもミサイルが飛んでくることなく、ばっちり堂々とバカンス楽しんできたフォルテ先輩とダリル先輩のお二人のみである。

 

 頭痛をこらえるように頭を押さえる千冬さんと、指くわえてこっちを見ている会長。

 一夏は全身ヒロインズにしがみつかれてある種のフルアーマー状態だ。左右から箒とセシリアに挟まれ、肩に鈴が飛び乗り真正面からラウラに抱きつかれ、後ろから支えるふりをしているシャルロットはアレ確実に当ててんのよ状態だろ。

 

 ……まあなんだ。先輩二人の言葉を借りるようだが、今日もIS学園は平和です。

 

 

◇◆◇

 

 

「で、なんですか千冬さん話って。できればささっと戻って簪のとこ行きたいんですが。……これまでの戦いとはかかってた人命がケタ違いだったんです。出来ればそばに居てやりたいんで」

「まさかお前がそれほどまでに惚れる女ができるとはな……。まあ、もとから一途なヤツではあったか」

 

 職員室での報告後、場所を移して……なんと寮長室こと千冬さんの部屋にて、俺と千冬さんはソファに向かい合って座って話をしていた。一応寮長としての見栄があるのか、はたまた山田先生にでも命じているのか部屋の中はそれなりに片付いている。

 何ぞお説教でもあるのかと思ったらそんな部屋に連れてこられ、座るよう勧められ、しかもテーブルに置かれたグラスにはビールが入っている。……ちょっと待って千冬さん、俺はまだ年齢的にもその他的にも大人になってないんですが。

 

「そんなことは知っている。お前の歳を忘れるはずはないし、ソッチ方面も案外ヘタレだということも、な。ただの気分だ」

「心が痛くなるご理解どうも。まあ手はつけないでおきますよ」

「そうか」

 

 俺がそう言うなり、千冬さんは俺の分のグラスを取って一気にあおる。あらまー、相変わらずいい飲みっぷりですこと。

 

「空きっ腹にお酒ばっかりはよくないですよ。なんならつまみつくりましょうか?」

「んん? ……いや、今日はいい。すぐに済む」

 

 しかもやたらに酔いが回るのが早いようだ。千冬さんはしっかり酔った上でたくさん飲める人だけど、たかがビール1、2杯で顔が赤くなるような人じゃないはずだ。なのにここまでとは……なんかあったのかね?

 

「……真宏、ファントム・タスクの攻撃、お前はどう見た」

「どう、と言われましても。最初の犯行声明以来無言で通してるんでしょう? なーんかただ単に攻撃するだけが目的じゃないって気はしますけどね? アレですよ、『こうげきのしょうたいがつかめない』って奴。あのコマンドやってみればいいんでしょうか」

「それで済んだらPKはいらん」

 

 くい、と千冬さんがビールを煽ってグラスを空にする。せっかくだからもう一杯をお酌して見たりするが、千冬さんは目もくれない。というか、自分が飲みきったことすら気付いていないのではなかろうか。

 

 そのまま無言になった千冬さんに合わせて俺もまた沈黙を守り、考える。

 ……今回のファントム・タスクの一件、思うところがないではない。

 全世界にケンカ売ってのミサイル攻撃。一組織が実行するにしては規模が大きすぎるというのもさることながら、少なくとも表面上はかの組織が得る物も一切なく、ひたすら各地を攻撃するだけなのだ。ミサイルだってタダではないどころか、あれだけバカスカ撃っていれば組織の経営が盛大に傾きかねないはずだ。

 それでもなおこれだけのことを成し遂げるに足る目的と意思を、ファントム・タスクは持っていた。その事実だけでも胡散臭い。胡散臭さが爆発しすぎている。

 

 そこへ来て千冬さんのこの態度。

 いつぞや妄想したように千冬さんがファントム・タスクの運営に関わっている……とはあまり思えないが、それにしたって全くの無知というわけではないのだろうよ。少なくとも、俺達に機密的な意味で言えない情報は掴んでいるだろうし、俺の勘では他にも何らかの因縁がありそうだし。

 少し赤くなった顔で眉根を寄せて悩んでいる姿からは、そんな想像が脳裏をよぎる。

 

「まあ、いい。部屋に戻っていいぞ、真宏。――お前には、特に頑張ってもらわなければならないからな」

「さようで。それじゃあ簪の顔見に行ってから寝ますかね」

 

 とはいえ無理に聞き出すこともないだろう。千冬さんほどの人が言えないような事情があるのなら、俺が無理に首を突っ込むべきじゃない。……どーせ既に首を突っ込むどころかつま先から首まで埋まるよーに関わっていることなんだから、いまさら謎の一つや二つで動じるかっつの。

 俺がするべきことはいつでも一つ。何があろうと、強羅のパワー頼りで全てなんとかすることだけ。限界なんてぶっ壊してやればいいんだよ、自分の手で、ね。

 

「……すまんな」

 

 だから、部屋を出る直前にそんな声が聞こえたように思ったが気にも留めなかった。

 俺の力でいいならいくらでも使ってくださいよ千冬さん。昔っから世話になってた恩を返せるのなら、このくらい安いもんですよ。

 

 

◇◆◇

 

 

「みなさんはどうでして? 改めてにはなりますけど、お変わりありませんでしたか?」

「うん、僕達のところはミサイルが来なかったから、大丈夫だったよ」

「一夏と私も同じだ。監視の目こそ厳しかったが、実際にミサイル迎撃はなかったから大分楽だった。そういうセシリアと鈴は大活躍だったようだな」

「あったり前じゃない。……蔵王重工が用意してくれたグレネードが超使えたのがちょっと悔しいけど」

「結局ビットに付けられてしまったブレード、なんで一度にミサイル2、3発平然と叩き斬れるくらいキレ味いいんですの……?」

 

 IS学園に全員帰り着いての夜、お互いの無事を祝う意味も込めて、さっそくいつものヒロインズ総出の女子会が開催されていた。

 真宏はかなり簪のことを気にかけていたので今度の会場でも真宏の部屋を使うのはさすがに遠慮して、シャルロットとラウラの部屋で開催の運びとなっている。それぞれのメンバーが出向いた国でちゃっかり仕入れてきたお土産のお菓子を肴に、あれは美味い、これはヒドイ、イギリスは菓子までマズイのかそのケンカ買いますわよ、と寸評を交えながら一見シリアスに聞こえなくもない会話を繰り広げている。

 情報交換は既に千冬への報告の場でされている以上、それでもなお敢えてこのメンバーが集まってするべき話。話題の中心は一つしかない。

 

「それよりも、箒。まさか抜け駆け……してないよね?」

「お前が言うなシャルロット。……千冬さんがいたのだ、何か出来るはずもない」

「な、なるほど。教官がいたのならば、確かに」

 

 無論彼女らの思い人、見ようによっては辛うじて海外旅行と言えなくもない状況でなおラブい雰囲気など欠片も見せることがなかったらしい、織斑一夏のことである。

 

 最近の一夏はただでさえピリピリして修練に励んでいたというのに、世界情勢が慌ただしくなってきたためコミュニケーションとアプローチが足りないこと甚だしい。ぶっちゃけもっと触れ合いたい。

 つい先ほど真宏と簪のラブいオーラに当てられてすり寄ってみたりもしたのだが、一夏は少々取り乱した程度の反応しか示さなかったこともあって、彼女らの胸中は複雑だ。

 本当はもっとこう、真っ赤になるくらいの反応を期待していたというのに。

 

「さて……それではそろそろ今日の本題と行きましょう」

「ああ、私達はそのために集まったのだからな」

 

 セシリアのその言葉に、ぽりぽりとスナック菓子的な食感のみやげをかじる手を止める一同。ついつい楽しくて手が進み、これまでに開けてしまった包みの数とそこから算出されるカロリー量は考えないようにして、誰もが真剣なまなざしを向ける。

 これまでIS学園での生活を続けてきた彼女達にしてみれば、今日この場で話し合われるべき内容は集まろうと声をかけられた時から自明のことであり、なおかつ他の全てに優先するものだ。

 

「……ファントム・タスクのミサイル攻撃、衰えを見せないわね」

「うん。僕達が行った国も狙われることこそなかったけど、その国の人たちはみんなすごくピリピリしてた」

「当然のことでは、あるがな。弾道ミサイルの持つ脅威は論じられて久しい。それが現実の物として自分達の頭上に降り注ぐとあれば当然のことだろう」

 

 それはなんと、昨今の世界情勢についてのことであった。

 実際に世界の危機に直面したが故のこともあろうが、彼女らもまたこの現状について考えることがないわけではないのだ。

 

 ……と、ここまでならば思えたのだろうが。

 

「ですがっ! それが原因でクリスマスのイベントが中止されるなどあってはならないことですわっ!」

「「「「その通り!」」」」

 

 結局、乙女の関心は常にコレなんである。

 

 

「なんですの!? どこを調べても軒並みクリスマスイベント中止の噂が流れていますわよ!?」

「ネット見てみなさいよ! しっと団が今から勝利宣言あげてるじゃない!」

「……昨日、とある検索サイトのワードランキングで『クリスマス中止のお知らせ』が一位を取ったらしいよ」

「さ、惨憺たる有様だな……」

「これほどとは……っ、ファントム・タスク、恐るべし……!」

 

 世の中にはシリアスにミサイルの脅威を論じる声と、それに伴う安全上の配慮により人が集まるクリスマスイベントを控えようという意見が蔓延。これに伴い恋人達の阿鼻叫喚と、それを嘲笑うしっとマスク達の勝利の雄叫びがこだましているのだとかなんとか。

 その余波は、紛れもなくここIS学園まで押し寄せつつあるようだ。

 

 ちなみに、当の学園生達自身にとってみれば襲撃など日常茶飯事。むしろいつぞやのハロウィンのときのごとく、ミサイルに狙われた時にレッツパーリーするための準備が一部の生徒達によって進められているとかいないとか。強かさ段違いである。

 

「わかっているな、みんなっ」

「当然ですわ、箒さん。この事件、なにがなんでもクリスマス前に決着をつけましょうっ」

「そんでもって、片がついた記念ということで盛大にクリスマス遊ぶわよー!」

「もちろん一夏も一緒に! ……多分誰か一人とじゃなくて、みんな一緒ってことになるような予感が今からすっごくしてるけど!」

「たとえそうであったとしても、私の嫁への愛は変わらない!」

 

「「「「「おーっ!!」」」」」

 

 ヒロインズの心が、今一つに。

 その欲望実に素晴らしいと言わざるを得ない煩悩エナジー。

 彼女らがいれば、世界は安泰であることだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

 なんだかんだと、俺達専用機持ちに休みはあんまりない。

 IS学園に全員揃ったその翌日には、また少々編成を変えてこれまでとは別の国へと送りこまれることになったりした。これまでのようにISの機体を貸せという要望は減ったらしいが、その分うちの国に代表候補生貸して下さいという催促が押し寄せ、山田先生は変わらず忙しい日々を過ごしているのだとかなんとか。

 

 結果として、このように俺達はロクに休む間もなく新しい場所へ散り散りになることになったわけだ。

 最近の攻撃位置はアジアに集中しているらしく、以前のように世界中あちこちへ飛ばされるわけではないらしいが、それでもなかなかにハードなもんである。

 

 が。

 

「真宏……気をつけて」

「何言ってるんだ。IS学園に残る俺より、会長と一緒とはいってもミサイルが来るかもしれないってところに行く簪の方が大変なんだぞ? そっちこそ、気をつけて」

 

 例によって例のごとく、IS学園に在籍する専用機持ちは奇数なんだなこれが。はーい二人組作ってーってヤツである。

 その結果色々と入れ替えが起こり、簪は会長と組になり、俺はIS学園で留守を任されることとなった。

 ……か、勘違いしないでよねっ。別に俺がぼっちというわけじゃなく、この編成は千冬さんが決めたからそうなっただけなんだもんっ。

 

「それじゃあ会長、言うまでもないですけど簪とがんばってきてください」

「うん、任せて真宏くん。私だって簪ちゃんのお姉ちゃんなんだから、いいとこ見せてくるわよ」

「もう、お姉ちゃんたら……」

 

 だから、こうして俺は簪と会長を駅まで見送りに来ている。

 一応これから飛行機に乗って出かけるわけだからして、あまりゆっくりもしていられない。まあ確かに、なんだかんだで俺達は寮暮らしだし先日までの間も一緒の場所にいたわけだから長く離れるということはなかったんだよね俺ら。正直俺も結構寂しいのだが、だからといって駄々をこねるわけにもいくまいよ。

 精一杯の笑顔で送り出し、また戻ってきたときに出迎える。それが俺に出来る一番のことだろう。

 

「それじゃあ真宏……いってきます」

「いってらっしゃい、簪」

「……いってきますのちゅーくらいするかと思ったけど、そんなことはないのね」

 

「っ! お、お姉ちゃん!」

「あはははは、ほら行くわよ簪ちゃん!」

 

 すすす、と音もない動きで真っ赤になった簪の追撃を逃れて電車に乗り込む会長と追いかける簪。慌ただしくも仲が良い、そんな関係を取り戻すことのできた更識姉妹。

 ちょっとうらやましいなーと思いつつ、あっという間に仲直りして電車の窓から手を振ってくる二人に手を振り返す。

 

 うん、こんな二人のためにもこの学園、留守中必ず守って見せようじゃないか。

 

 

 これがフラグじゃねーかと思った、そこのあなた。

 

 残念なことに、正解だ。

 

 

 

 

 事件が起きたのは、簪と会長を含めた俺以外の専用機持ちが学園を出た二日後。

 アメリカへの最初のミサイル襲来を思い出させる、大音量のサイレンがIS学園に響いたことが始まりだった。

 

「かっ、かかかかか、神上くん! ミサイルですよ、ミサイル!」

「わかってますよこんだけアラート鳴り響いてるんですから。俺はすぐ出られますけど、他の先生方は出られますか?」

 

 ある意味予想通り。

 IS学園に俺しかいない時を見計らうようにした、ファントム・タスクからのミサイル攻撃である。

 

 山田先生の言葉を遮るような勢いで、学園中あちこちでスピーカーがアラート音をがなり立てている。取り急ぎ学園側から強羅に転送されてきたデータからすると、どうやらIS学園近辺に着弾する軌道のミサイルがレーダー網に感知されたらしい。例によって、ISでもなければ迎撃できないほどの距離まで近づかれたような状態で。

 山田先生とは、その情報を元に急いで外に出たところで出くわした。空を見上げたところでまだミサイルの痕跡は見えないが、確実に近づいていることは間違いない。

 

「そ、それが……」

「全部出払ってるんですね、わかります。……一人で、か。さすがにきついな」

「ごっ、ごめんなさい! 他の専用機持ちのみんなにはもう連絡を飛ばしてあるんで、可能な限り早く戻ってきてくれると思いますけど……」

「IS使ったとしても、戻ってくるまでには数時間じゃきかないですよね。頑張ってはみますけど……生徒の皆は避難してますか?」

「はい、それは誘導を始めてます。……なぜかみんな、避難シェルターにお菓子とかジュースとか持ち込もうとしてるみたいですけど。一部で『さあ襲撃されたからには宴会じゃー!』って気勢を上げてました」

「……その安定っぷりに乾杯ですね、マジで」

 

 なんとなくそうなるんじゃないかと、覚悟を決めてはいた。

 IS学園の専用機持ちの動きは公表されているのだからファントム・タスクだって把握しているだろうし、そうして明らかになっている専用機持ちが少ない、最も攻め込みやすいタイミングで学園に残っているのが、継戦能力と火力のバランスにおいては専用機の中でも特に優れているだろう強羅という今回の状況。

 こうなるだろうことは、それなりの確率と見積もっていた。

 

「じゃあ、行きますかね。……ファントム・タスク! その行動、宣戦布告と判断する!! 当方に迎撃の用意あり!!」

「ISの展開早!? と、とにかくこっちでサポートは出来る限りしますから、オープン・チャネルの通信は気にしておいてください!」

『了解っ』

 

 山田先生の言葉が終わるまえに飛び立って、とにかく高度を上げる俺。

 以前の迎撃作戦時ですら簪と出向いた国のIS操縦者がいたというのに、今はたった一人だけ。しかも足元には友人も顔見知りもたくさんいるIS学園。一発たりとてミサイルを落とすわけにはいかない。

 ……さすがにプレッシャーは半端じゃないな。

 

『だけど、負けられないのはいつものことだ。行けるな、強羅、白鐡』

――キュィイ!

 

 それでもきっと大丈夫。

 IS学園襲撃の報を聞いた仲間たちは各々の最速で駆けつけてくれるだろうし、俺には頼りになる相棒達がいる。

 強羅のジェネレーターが唸りを上げ、その威力を受けた白鐡がかつてない勢いで俺を空へと押し上げて、ついでに上がった俺のテンションをそのままロマン魂に突っ込んでさらにスラスター出力を上げる。

 視界の中に投影されている各種情報のうち、高度計の数値がみるみる上がって行く。雲を突き抜けた頃から空の色が宇宙の色と混じり合って濃さを増していき、ついにロックオンカーソルが点灯する。

 

 ハイパーセンサーが捉えた弾道ミサイルの弾体、その数6。こちらの射程にはまだ入っていないが相手は秒速数kmの高速飛翔体なのだから、一瞬だって無駄にできない。

 

 両手の中には既に展開していたグレネード。まっすぐ進行方向に向け、あとは強羅の照準補正に任せ、弾体個別に表示されている相対距離が見たこともない勢いで小さくなっていくのに合わせ、自分の相対速度とグレネードの初速、ミサイルの軌道と重力の影響その他諸々を考えたような気分になりつつ、結局は大体勘に任せたタイミングで引き金をガチン!

 

 ミサイルとグレネードの弾頭、どちらもわずか一瞬のうちに吸い込まれるように真正面から激突し、空中に咲く極大の火の玉となった。

 

『ぃよし撃破! やっぱグレネードの火力範囲は頼りになるっ!』

『――ミサイル第一陣、誘爆による全弾撃破を確認! でも、すぐ次が来ます!』

『了解! 下のほうでも整備と補給の態勢整えておいてくださいよ、さすがに何時間もソロでなんてできませんからねえ!』

『――はい、生徒も総動員して整備科が待ってます! それと、学園に残っているISで代表候補生のみんなもサポートに出てくれますから、大丈夫です!』

『そいつは頼もしいっ』

 

 流星のように炎の塊となったミサイルの残骸が無数に舞い散ってくる。上昇加速を止めて慣性のみでしばらく上昇を続ける強羅の周囲に降り注ぎ、いくつかの小片はこちらにも当たってくるが、シールドバリアすら削られないようなその程度、気にしている余裕はない。もし大きな破片があったとしても、IS学園から出撃しつつある打鉄なりラファール・リヴァイヴなりを装着した代表候補生の誰かが片付けてくれるだろう。

 俺はそっちよりも上からどんどこ降ってくるミサイル本体を一発残らず叩き落とすことが、何よりの使命。

 

 ……おそらくこの高度でのミサイル迎撃に付き合えるのは専用機持ちか教師陣くらい。専用機持ちは全員国をまたいで出払っていることを考えると、仮に国境やらなにやら無視して最速で駆けつけてくれたとしても到着は数時間後になるだろう。

 強羅の持つ武装と弾薬量でも、さすがにそこまで持ちはすまい。例によってロマン魂によるドーピングは可能だが、エネルギー系武装の持ち合わせはないからいつまでも戦い続けるわけにはいかないだろう。

 

『長丁場……それはそれで、燃えるがね』

『――? 神上くん、何か言いました?』

『ええ、補給に降りたときのためにおにぎり作っておいてください、と』

『――あっ、そうか。わかりました、食堂のおばちゃんにとびっきり美味しいの作っておいてもらいます! 中身は何がいいですか?』

『男は黙って塩むすびがジャスティス。でも食堂のおばちゃんが作ってくれるの何でもおいしいですから、色々用意しといてください』

『――わかりました! ……あと、整備科の皆にはつまみ食いしすぎないように伝えておきますね』

 

 一人でいることの不安は、軽口で上書きするくらいの方が俺らしい。

 割と真剣に付け加える山田先生の声を聞き流し、PICで空中に静止し、空気が薄くなった静かな空から天を見上げる。

 まだ昼間だというのに星が見えそうなほど黒々と青い空と、地平線が丸く見える眼下の地球。普段は見慣れぬ綺麗な景色に見惚れていたいところだが、残念なことに視界の隅に新たなお客さんがいらっしゃったと告げるマーカーが灯ってしまった。

 仕方ない、さっきまでと変わらぬ派手な出迎えと行こうじゃないか。

 

『気合を入れろよ、白鐡!』

――キュイイイイイッ!

 

 相変わらず嫌になるほどの速度で迫りくる弾体の数々。しかも今度はバンカーバスターまで迫ってきてると来たもんだ。

 俺は使い終えたグレネードを一丁放り捨て、白鐡をソードモードに変形させる。

 大剣となった白鐵を振り回し、発生した衝撃波でミサイルを空中に縫いとめて破壊する。なんか足元からわさわさと変な植物の蔦が絡みついてきそうな気がするけど気にしてる場合じゃない。全力で、ロマン魂をオーバーロードさせてでもなんとかしないとな。

 

 なんか色々不穏当だが、この状況を表すのにこれ以上的確な言葉はないから敢えて言わせていただこう。

 ミサイルがこれからも続々来るだろうことから考えるに。

 

『俺達の戦いはこれからだっ!』

『――神上くんそれってすごく危ないフラグじゃないですか!?』

 

 

◇◆◇

 

 

「うぅ……ぅ~」

「君……大丈夫?」

 

 真宏がミサイルの迎撃をしていたのと同じ頃、IS学園の近くのシェルターには避難してきた民間人が集っていた。

 着の身着のまま最低限の荷物だけを持ってこの場に集った人々は、天井を通して遠雷のような爆音が聞こえてくる度に身を寄せ合って震え、どこかで子供が泣き出すのが聞こえて来ていた。

 

 恐怖も当然のことだろう。

 ミサイルの狙いがIS学園らしいとわかってはいても、これまで各国に降り注いだミサイルのうちいくつかは狙いが逸れて地上へ着弾した物もあると言う。それが自分達の町に起こり得ないとは、誰も言えないのだ。

 

 そのことに怯える気持ちは、この子供も同じこと。

 遥か彼方から伝わりくる爆音の大きさと、大人達の不安に当てられて涙をこぼしてうずくまっている。

 ただ他の場所の子供達と一つ違うのは、この子が泣き出したことに、近くにいた別の子供が気付いたことだ。

 

 両親と共に避難してきたのだろう、手にはお気に入りと思しき人形を掴み、震えて泣くその子供に気遣わしげな視線を向けているのが印象的だった。

 

「だって……こ、怖いし……」

「……うん、そうだね。でも大丈夫だよ」

 

 しかも、こんなことまで言ってのけた。

 声にも震えが滲むことがないその言葉に、泣いていた子供も不思議そうに顔を上げる。

 

 話しかけてくれたのは、自分よりもすこし年上の少年と見えた。

 小学校高学年くらいであろうに、その手にしっかりと何かの人形を握りしめているのがおかしくて、しかしその人形を掴む手の力強さがこの少年の強さの源なのだろうと直感する。

 

 自分が顔を上げたのが嬉しかったのだろう。回りではまだ悲鳴すら聞こえるというのに微笑んで見せて、大事そうに握りしめていた人形を見せてくれた。

 

 

 人形と思っていたが、実のところそれはプラモデルだったようだ。最近テレビでCMを見たことがある、子供達の間でも密かな人気ではあるが、むしろ一定以上のいい年こいた大人がむせび泣きながら大人買いしているという噂が蔓延している、IS<強羅>のプラモデルであった。

 しかもさりげなく、発売したばかりのセカンド・シフトモデル。背部についた翼、白鐡の輝きが眩しかった。

 

 少年はそれを誇らしげに見せて、励ますようにこう言った。

 

「燃える正義のロマン魂に、不可能はないんだもん」

「いや、そのりくつはおかしい」

「……あ、あれ?」

 

 小学校低学年もいいところな子供には年齢不相応なツッコミが出てしまうほど、自信満々な断言であった。

 

 ……だが、なんとなく理解した。

 この少年は自分と違って強羅のことを、今もはるかな上空でミサイルを迎撃しまくっているという強羅を心の底から信じているのだと。

 

 何がどうしてそこまで信じられるのかは分からないが、少年の目に宿る心の強さはこうして怯えている自分にとって憧れるに足るものだった。

 だから、ほんの少しだけ自分も強羅を信じて見ようと、そう思った。

 

「あ、涙止まったね」

「……ほんとだ」

 

 どうやら、ほんのちょっとは効果もあったらしかった。

 

 強羅が必ず守ってくれる。

 そう信じる子供が確かに居たのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 そこからの迎撃は、苛烈さを増す一方であった。

 攻撃密度こそ低いものの間断なく降り注ぐ、多弾頭ミサイルとバンカーバスター。一発でも落ちればIS学園は施設と将来有望な生徒、そして何より真宏とその他多くの生徒にとっての友を失うこととなり、そのすぐそばの市街地に着弾した場合に失われる人命、さらにはIS学園が島であることも災いして、狙いがそれて海に着弾したとしても高波の発生が予想された。

 

 だからといってそれら全てをたった一機のISが処理することは尋常ではなく難しい。かつて白騎士事件において為された2000発以上のミサイル全ての撃破がどれほどの偉業であったか、今の情勢におけるIS関係者で実感していない者はいない。

 

 それでも強羅はほぼすべてのミサイルを撃墜してのけた。

 多少の取りこぼしは強羅よりも低い高度に位置する代表候補生が大きめの瓦礫の処理と合わせて請け負ってくれるとはいっても、セカンド・シフトまでした専用機持ちとしての責任感が真宏を駆りたてたのだろう。

 時折何故か自分とは関係ないところからロマンとか勇気とかが伝わってくるような感覚と共にロマン魂の出力が上がったような気もするのだが、誤差の範囲だろうと気にしないことにした。

 

 無論、一度も地上に下りなかったわけではない。

 弾薬の補充や真宏自身の栄養補給と疲労回復のため、量産機に防衛を任せることもあった。

 整備科が待ち構えるアリーナに滑り込み、IS展開状態のまま全身に整備の人間を張りつかせている傍ら、頭部装甲のみを解除して真耶が持ってきたおにぎりをかじって茶で呑みこむことの繰り返し。

 あるときはさっきの整備がどれほど絶妙だったかを異様なほどの饒舌さで語り、またあるときはおいこら右腕の動きわりーぞと叫び、何よそんなのいつもグレネードばっかり使ってる負荷のせいでしょーが、と喧々諤々のやり取りがあった。

 ちなみにその隣では常に真耶が少しは休むよう再三に渡って言っていたのだが、必ず無視されていた。

 

 仲間が到着するまで数時間の辛抱と、真宏はそうやって耐え抜いた。

 通常のISならばとても一機では為し得ないほどの稼働時間。無論それは機体性能的な意味でもあり、中で操る人間の肉体的、精神的な限界をも超越したことを意味している。

 ロマン魂という真宏と強羅のワンオフ・アビリティがあればこそ可能となった奇跡の時間。

 

 しかしそれは、決して無限の戦いを許す物ではなく、代償なく成し遂げられる物でもない。

 

 

◇◆◇

 

 

『っしゃあ! 第……何波だっけ? 片付けましたよ山田先生!』

『――はい、こちらでもミサイルの反応全弾消失を確認しました。ひとまずお疲れ様です。えーと、今までに撃墜したミサイルの数は……』

『山田先生は今まで食べたパンの枚数を覚えているクチですか? そんなん数えても頭痛くなるだけだからやめましょうよー』

『――あうっ!? ご、ごめんなさい。……でも、あとで報告書書くときに必要なんですよー……』

『……ご愁傷様です』

 

 強羅の両肩に装備してきた6基の大型ミサイル最後の一発が分裂して奏でるシンフォニーが押し寄せる弾道ミサイルを全て迎撃し、爆炎が高高度の強風に吹き散らされる。それをもって空は再びの静寂を取り戻し、俺はこの数時間でもう何度になるかわからないほどIS学園に襲来した脅威を取り除くことに成功した。

 いやーもうマジすごいね強羅。何発か取りこぼして下方で待機してる先輩や同級生に後始末お願いしたこともあったけど、ここに至るまで地表にまで落ちたの一発もないとか奇跡じゃね。以前外国で防衛した時よりも弾の軌道がまとまってたせいもあるだろうけど我ながらすごい。

 

 第二世代ISたる強羅が格納しておける武装の量と総火力、白鐡が補ってくれる機動性に、ロマン魂のエネルギー。普段は元々馬鹿げてるレベルの防御力をより一層高めるために使っているそれをシールドバリアやらPICやらに転用しているため、下でフォローしてくれてる量産機の皆様の倍くらい動けている。

 さすがに何度か補給はしているが、むしろその程度でよく保ったと言うべきなのだろう。さっき降りた時は、ロマン魂で消耗した精神を活性化させようとしてくれたようで、アリーナの整備室全体にガンガンで熱血系のアニソンかかってました。ご理解感謝。……そのせいでアドレナリン出まくった整備科の子達の剣幕こそむしろ怖かったなどという事実は一切ないです。

 

『――追加ミサイル、反応なし。神上くん、このあたりでもう一度補給に下りてください』

『了解。残弾とかエネルギーとかSAN値とか尽きそうなんで、ちょうどいいですね』

『――なんだか尽きちゃいけない物が混じっていませんか!?』

 

 いつものように山田先生をからかいながらも、割と心底ほっとした気持ちになる。

 いやもうね、いくら腕の面では俺より上の代表候補生がフォローしてくれているとは言っても火力では強羅が一番である以上、誰より俺が頑張らなきゃいけない状況。さすがにキツイものがある。

 

『ほらほら神上くん、いつまでもそんなところいないで早く降りてくれないかなー。お姉さん達が守っておくんじゃ不安だとでも?』

『迎撃は任せろー(バリバリ)』

『やめて! 何がバリバリいってるのかわからないですけど、とにかくやめて!』

 

 だがまあなんとかなるだろう。こうして頼れる先輩方もあとのフォローをしてくれるらしいし、今までのインターバルから考えて俺が下で補給してるくらいの間なら、ラファール・リヴァイヴと打鉄をローテーションして使っている代表候補生の面子だけでもなんとか持ちこたえられるはずだからと地上へ向き直る。

 下手すると、機体性能の差を数と技能でスマートに補ってエレガントに防衛してくれる可能性も普通にあるんだけど。もしそうなったらそうなったでちょっと寂しいなー。

 

 ――という一連の思考は、全て疲労と集中力低下が生んだ度し難い隙だったのだと、一瞬後に思い知る。

 

『――! 神上くん、ミサイル反応、近いです!』

『なんですとぉ!?』

 

 山田先生の叫びと同時、視界の隅に強羅が点灯させたミサイルの来る方向を示すガイドマーカーが光る。振り向けばそのガイドは瞬く間にロックオンマーカーへと変わり……すぐに横を通り過ぎていった。

 

『おおおっ、やべぇ!?』

『――これまで感知できなかった……! ステルスミサイル!?』

『この期に及んで……っ! しかもタイミングが悪すぎる!!』

 

 振り向いた勢いを殺さず、白鐡のスラスターをふかして更なる勢いで反転し、そのまま急降下へと移る。

 瞬く間に雲を抜けて地表が見える高度に至る。IS学園とミサイルが見えるが、強羅の加速度じゃ弾道ミサイルの落下速度になんて追い付けそうもない。

 

 この期に及んで弾体が一つのみということと、ハイパーセンサーが一瞬捕えた姿を分析した結果からするにバンカーバスタータイプ。破壊力は抜群で、軌道もばっちりIS学園直撃コース。雲の下で待ち受けていた先輩方が手に持つマシンガンやライフルで狙い撃っていたが、あのミサイルは外殻が頑丈なためそれだけでは撃墜できない。

 さっきまでの迎撃だって、その手のミサイルは強羅の大火力兵装で優先して落としていたんだ、当然だろう。

 

 こうなってしまえばいつぞやのように白鐡で斬るには遠すぎる。弾速で間に合うとしたらビームマグナムくらいだが、これまでの戦闘で弾を使いきっているのだと、展開しようとするより前に強羅が視界の中にその旨警告表示を出してきた。

 

 

 これにて万事、打つ手なし。

 まるでそう突きつけられたかのような状況だった。

 

 諦めるつもりはもちろんない。いざとなればロマン魂に俺の心全てをつぎ込む勢いで使ってでも止める気でミサイルを追いかけてはいたが、それでもこの瞬間確かにその考えが脳裏をよぎった。

 

 わずか一瞬の恐怖心が心にこびりつく。

 ミサイルが無慈悲に着弾し、地下施設もろとも岩盤を引きはがす勢いで島を吹き飛ばし、避難していた生徒の命もろとも炸裂する。そんな幻視が浮かんでしまうのも、無理からぬことだと思う。

 

 今の俺では到底間に合わない。

 あのミサイルは止めなければならないのに、諦めてもいないのに、それでも届かないことがどうしようもなく悲しかった。

 

 

 だが、それでも俺は心の底で信じていた。

 この手は必ず届く。

 

 俺自身の手は無理だとしても、俺と繋いだ仲間の手も合わせれば、世界中どこにだって届くはずだから。

 空を落ちていってたからだろうか、そんな思いにとらわれて。

 

「真宏おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 眩いほどに白い閃光が視界を真っ二つに横切り、ミサイルの弾頭部分を両断。俺の目の前で爆炎に変えて見せてくれたのを、感動しながら眺めていた。

 

『遅いぞ、一夏』

「おいおい、これでも急いで来たんだぞ? ワカちゃんがもしものときのためにって輸送機に乗せておいてくれたVOBを背中にくくりつけて」

『マジでっ!? ……あ、ホントだ。あの辺になんかバラけたブースターたくさん落ちてる』

 

 安心と信頼の主人公補正、ここにあり。俺が女だったら惚れてたかもしれん。

 

 元々の機体の速さもあってか、なんと最初に駆けつけてくれたのは一夏だった。

 VOBなんて恐ろしい物を用意してくれていたワカちゃんももちろん感謝なのだが、下手すると不具合起こして途中で強制パージということも普通にあり得た代物を使ってわざわざ真っ先に駆けつけてくれるとは、さすが一夏と言わざるをえまい。

 

『織斑くん、来てくれたんですね! ……って、追加のミサイルです! 今度はちょっと位置に余裕がありますけど、分裂弾頭タイプ!』

『あんですとー!?』

「やばっ、白式じゃ数が多いのは捌ききれないぞ!?」

 

 だが状況が最悪なのは今もって変わらない。

 山田先生の通信を聞くなり、再会を喜ぶのもそこそこに二人揃ってスラスターを最大出力で起動して再び高度を上げていく。

 さすがに白式の速度には敵わないが、それでもおそらく今の状況なら雲を抜けたあたりでミサイルを射程に収められるだろうと予想されるペース。しかしながらIS学園のレーダーとリンクした強羅のハイパーセンサーによると、割と満遍なく空を埋める感じでミサイルが降ってきている。あれだけの数となると……おいおい、ピンチが少しも終わってないぞ!?

 

 ……なーんて、思うところなんだろうね、普通なら。

 実際雲を突き抜けた瞬間に見えた、肉眼の視界のみならば収まらないだろうほどにバラけたミサイルというのは絶望を誘うのに十分な説得力を持っている。

 

 それでも、ミサイル群を両側から挟むように飛来する、よく知っている名前のついた友軍のマーカーを見ればそんな気分も消し飛ぶだろう。

 

\ルナァ! マキシマムドライブ!/

「ティアーズ・フルバースト!」

 

\レェーダァー、オン!/

「全弾、発射!!」

 

 消し飛んだのは、ミサイルも同じ。

 高高度の空よりもなお青いレーザーが弧を描いてミサイルを爆散させ、弾道ミサイルごときでは回避不能な高機動性を持つ小型ミサイルがいくつも殺到し、一瞬のうちに全て迎撃して見せた。

 まさしく汚ねえ花火というヤツだ。

 

「セシリア! それに、簪さん!」

『待ってたぜ……マジで!』

 

「青のビットに誇りを乗せて、灯せ正義のBTレーザー! イギリス代表候補生、セシリア・オルコット! 定刻通りにただいま帰還ですわ!」

「え? えーと……。鋼の翼にミサイル込めて、回せ正義の荷電粒子! 日本代表候補生、更識簪! ご期待通りにただいま帰還っ! ……で、いいの?」

「ええ、それでよろしくてよ簪さん。……昨今のIS学園で自重と冷静は無意味ですわ。わたくし、真宏さんにそのことを教わりましたの。……かくいうわたくしも、ガイアメモリを手放せなくなった今、エレガントさはこれまでと違う方向で目指していくべきですわー。ですわー」

「セっ、セシリアさん落ち着いて!」

 

「……頼もしいな? 真宏?」

『疑問形で言うな。少なくとも今この場において、これ以上なくぴったりな二人なんだから』

 

 一夏に続いて帰ってきてくれたのは、無数のミサイル迎撃においてこれ以上ないほど頼りになるセシリアと簪だ。レーザーとミサイル、種類こそ違えど同時多目標攻撃能力に優れたこの二人まできてくれたとあれば、かなり余裕を持っての迎撃が可能となるはずだ。

 

「そ、そんなことより。真宏っ、大丈夫!?」

『ああもちろんだ……と言いたいところだけど、正直かなりきつかった。みんなが来てくれて、助かったよ』

「あら、真宏さんがそんな風に言うなんて珍しいですわね。でもそれでこそ、急いだ甲斐があったというものですわ」

「そうだな。真宏は少し休んでてくれ。あとは、俺達がなんとかしてみせる」

 

 一夏と簪とセシリア。この三人が来てくれただけで、空気は凄まじく変わった。

 オープン・チャネルの通信の中では色々プレッシャーから解放された山田先生とさっきまで下でフォローしてくれていた代表候補生の先輩方、過酷な整備に従事してくれていた後方支援メンバーの歓声で湧きかえり、俺自身まさしく肩の荷が下りたかのように緊張が解けた。

 迎撃中はテンションに任せていたため感じていなかったが、なんだかんだと俺自身すさまじい疲労が蓄積していたようだ。それも当然と言えば、当然なのだが。

 

 ここらがいったん潮時だろう。一夏達に続いて他の仲間も続々駆けつけてくれるはずだし、これ以上俺が居残っても逆に心配をかけるだけになりかねない。ちょっと下がって、本格的に休ませてもらうとしようかね。

 

『……わかった。それじゃあ、あとは任せるぞ。簪をよろしく』

「わかった、任せろ真宏」

「こんなときまで簪さんの心配だなんて、うらやましいですわねえ」

「あぅ……。ま、真宏もゆっくり休んでね。私達が、一発も落とさせないからっ」

 

 ああ本当に、この場所にたった一人で踏みとどまっていた時とは違う。

 仲間達の頼もしさが身に染みて、心の底から楽になれた気分だ。

 

 だからちょっとだけ休ませてもらおう。なんだかさすがに疲れたし、ちょっと眠くなった気もする。可能ならば仮眠もさせてもらって、その後戻ってまた迎撃だ、今度はみんなと一緒に。

 

 そう思っていた。

 このときまでは。

 

 

◇◆◇

 

 

 IS学園ミサイル襲撃事件。

 この一件は後にIS学園が報告した一連のファントム・タスクに関する捜査と、戦闘記録に関する報告書においてそう記されることになる。

 ミサイルの襲来に際し前半はほぼ強羅一機が迎撃に当たり、打鉄やラファール・リヴァイヴを装備した代表候補生を中心とした生徒達のフォローにより、防衛に成功。ISを運用する戦闘教員が専用機持ちについて国外に出ていたことを考えれば破格の戦果と言っていいだろう。

 

 しかしさすがに強羅ほぼ一機での長時間戦闘により搭乗者の体調面でも不安が出てきた頃、ミサイルの接近を感知したのと同時に呼び戻しをかけていた専用機持ちが順次帰還。白式、ブルー・ティアーズ、打鉄弐式を筆頭に紅椿、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ、シュヴァルツェア・レーゲン、ミステリアス・レイディ、コールド・ブラッド、ヘル・ハウンドVer2.5と専用機が続々IS学園に到着した。

 その後は千冬よりIS学園の留守を任されていた真耶の指揮により、専用機のローテーションで防衛を担当。整備科は強羅一機の時以上の修羅場を強いられていたようだが、それでもミサイルの迎撃はつつがなく行われ、攻撃開始から数時間を経てなおミサイルが止む気配こそなかったものの、当初のような危機感は完全にぬぐい去られた。

 

 ただ一点の異常を除いては。

 

 

「真宏が戻ってこない?」

「う、うん……」

 

 迎撃ローテーションが固まり始めた頃、バンカーバスタータイプのミサイルを雪片弐型で三枚に下ろした一夏が簪からの呼びかけに応えた。

 簪が言うには、自分達が戻ってきたときに引きあげさせた真宏があれから一度も姿を見せていないのだという。

 

「――真宏……? ダメだ、プライベート・チャネルでも返事がない」

「さっきからそうなの。……ど、どうしよう。もし真宏に何かあったらっ」

「一夏、何があった?」

「真宏くんの話かしら」

「箒、会長。いや、真宏が……」

 

 二人の様子に気づき、よってきたのは箒と楯無。真宏の名前をこの二人が慌てた様子であることを聞けば、一夏と同じく幼いころからの知り合いである箒とて黙っていられる理由はない。

 それは楯無にとっても同じこと。真宏は妹にとって大事な人であり、楯無自身にとってもかけがえのない友人だ。

 

 箒と楯無は、一夏から事情を聞くにつれ段々と表情が険しくなっていく。

 そして事態を把握して真っ先に、二人はそれぞれプライベート・チャネルで通信を入れた。相手は真宏では、ない。

 

「……わかった。――セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ。悪いがローテーションを少し早めてもらえないか。私達は真宏の様子を見に行く」

「――山田先生、そういうことですので。サポート態勢ちょっと弄っておいてください」

「ほ、箒?」

「お姉ちゃん?」

 

 判断は迅速極まりなかった。

 すぐさま地上で待機していた仲間に連絡を入れ、自分達の迎撃担当時間を切り上げるよう調整。そして驚いた顔を見せる一夏と簪を真正面から見据える。

 

「何をしている、早く真宏を探しに行くぞ。……忘れたのか、真宏が戦っていた時間を。やつのワンオフ・アビリティの能力と、副作用を」

「神上くん、仮眠するって引っ込んでから整備のほうにも顔を見せていないみたい。一度見に行く必要があるわ」

「!」

「!?」

 

 一夏と簪は忘れていたわけではなかったが、気付いてはいなかった。真宏の持つ不安定さを。

 

 真宏と強羅のワンオフ・アビリティ<ロマン魂>は、真宏自身の精神をエネルギーに変える力。使えば使うほどに強大なエネルギーを生み出す一方、その度に心が磨滅していくという副作用を持つ。

 これまでもその副作用によって大変ダレてどういう現象か二頭身に見えるようになり、ハムスターを模したフードをかぶってコーラやジャンクフードばかり貪る姿を見せたことはあったが、今回は戦闘継続時間がかつてのどんな戦いと比べても段違いだ。

 しかも、一夏達が戻ってくるまでのその長時間をほぼ一人で持ちこたえていた。その重圧と、それに耐えるために費やしたであろうエネルギーはどれほどのものになるのか。

 

 しばらく休むと最後に言って地上に降りて行ったのはどれほど前だったかということと、そのとき強羅の装甲に隠された真宏の顔がどんな表情を浮かべていたのかという想像。

 一夏達の顔から血の気が引くような考えがよぎったとして、何ら不思議はない。

 

「真宏っ!」

「慌てるな簪! 行き先はわかっているのか!?」

「整備科の生徒が姿を見てないってことは、きっと男子更衣室よ!」

「俺達も行くぞ、箒!」

 

 ISの機動性をフルに発揮しての急降下。ミサイルの襲撃がひと段落していたこともあり、セシリア達交代要員とすれ違いつつ四人はアリーナの整備室に飛び込んでいく。

 

「事情は聞いてるわ、織斑くん!」

「整備は後でフィジカルフルバーストの勢いでやってあげるから、急いで行ってきて!」

 

「すまん、助かる!」

 

 着地するのももどかしいとばかり、空中でISを解除して勢いのまま転びかけながらも走っていく。

 目指すは男子更衣室。おそらく真宏がいるであろう、その場所に向かって。

 

 

「……真宏?」

「……」

 

 予想は徹頭徹尾正しかった。

 男子更衣室に真宏がいること。ロマン魂の副作用が出ていること。

 

 ……だがただ一つ。

 あの神上真宏が部屋の隅で膝を抱えてうずくまっている姿など、一体誰が想像できただろうか。なんか片目に☆のマークが入ったゴーグルをかけて、何かある度すぐふさぎ込むエンタメデュエリストのようになっている姿など。

 

「おい……真宏、大丈夫か!? しっかりしろ!」

「ひっ……!?」

 

「っ……!」

「真宏、お前……」

「私達が戻ってくるのが……少し、遅すぎたのかしら」

 

 そして、一夏が伸ばした手にすら怯える姿を見せられた自分達の胸に走った痛みの何倍の苦しみを、真宏は味わったのだろうか。

 仲間と一緒に防衛戦を展開していてすら感じる不安と恐怖。一発でもミサイルが落ちれば終わりだというプレッシャーに真宏はずっと一人で耐えて、なおその不安が伝播せぬよう陽気にふるまい続けていたのだという。……単に廃テンションのまま突っ走っただけという可能性も、真宏の場合かなり大きいが。

 

 なんにせよ、こうして今の真宏がある。

 恐る恐ると上げた顔に、見慣れた根拠なしの自信の色はない。

 恐怖に震えて涙を湛えた眼など、千冬に本気で稽古付けられた時を除けば一夏と箒ですら初めて見た。

 

「……真宏、大丈夫?」

「大丈夫なわけ……ないだろっ! 怖い……怖いんだよっ!」

 

 すぐに駆け寄って膝をつき、そっと手を握る簪にも真宏は目を向けようとせずに、信じられないほど怯えた声を返す。かなりの重症なのだと、そのことからもはっきりと思い知らされた。

 

 真宏は常々男のロマンこそわが命、とかそんなようなことを口にしている。それが真宏にとっての信じるべき心の柱で、ロマン魂というワンオフ・アビリティを得た今はまさしく力そのもので、同時に自身を守る鎧でもある。

 ならばそれらすべてを無くなってしまえばどうなるか。自分の背負った仲間の命のためとあらば、真宏は笑って自らを投げ打つ人間だ。自分自身の根幹をすら捧げて戦い抜いて何もかもを使い果たした。そのことはこれまでの戦いと、今の姿が証明している。

 

 おそらく、大きな心配はないと思われる。

 これまでもロマン魂の副作用で極度の倦怠感に悩まされることはあったが、それでもしばらくの間大人しく休ませれば元通りとなっていた。

 こんなになるまで真宏一人に戦わせてしまった罪悪感は確かにあるが、何か間違いが起きる前に駈けつけられたのは僥倖だ。あとは真耶に保護してもらい、しばらく休養させればまたいつもの真宏に戻るに違いない。未だ降りやまぬミサイルの迎撃は、真宏の分も自分達が仕事を果たせば済む話だ。

 たとえ今の真宏が普段と似ても似つかないほど怯えていても、いつものように謝罪より決意をこそ喜んでくれるだろう。

 

「真宏……もう大丈夫だからな」

「お前の頑張り、絶対に無駄にはしないぞ」

「……行きましょう、山田先生には私から連絡しておくわ。簪ちゃん、真宏くんを保健室に連れて行ってあげてくれるかしら」

 

 しかしそれは、一夏達から見た話。

 

「ううん。……それじゃあ、ダメ」

 

 簪はその場を動こうとせず、一夏達の言葉に異を唱えた。

 

 

「真宏……戦うのが、怖い?」

「っ!」

「簪……!? 何を言っている!」

 

 怖いか、などと今の真宏がその問いを否定するわけがない。普段ならば意地でも言わないだろうが、意地も度胸も全て尽き果てた今の真宏のむき出しの魂は、紛れもなくこの状況に恐怖している。

 これ以上真宏を戦わせようとするなど、一夏も箒もしたくはなかった。

 

「それは、わかってる。でも、ダメなの」

「ダメって、簪ちゃん。どういうこと?」

 

 真宏は今も膝に顔を埋めて震えている。簪がそっと肩に手を置いていてもその震えは収まることなく、はるか上空で迎撃されたミサイルの爆音が響いてきたのを聞いては情けなくも悲鳴を上げた。

 

 こんな真宏は見ていたくない。ましてやまたミサイル攻撃が始まったのだ。真宏はそっとしておいて、自分たちは迎撃に上がった仲間達の援護をするべきだろうと、一夏と箒は簪を説得する。

 

 だが簪は、引かない。

 

「真宏が頑張りすぎたのは、わかってる。……でもここで逃げたら、きっと真宏は自分を許せない」

「っ!」

「それは……あるかもしれん」

 

 真宏はああ見えて仲間思いな男だ。

 普段の態度はちゃらんぽらんだが一夏達友人のことを大切に思っているし、友のためならば自分にできることを惜しまない。たとえそれが自分の身を危険にさらすようなことであったとしても。

 

 そのことは一夏と箒も知っている。

 では、今の真宏をそのままにしておいたらどうなるだろう。

 

 おそらく迎撃自体は成功する。真宏一人がいなくとも、こんなになるまで頑張ってくれた真宏のため、より一層奮起した一夏達の力によってIS学園は守られる。

 既に十分頑張ってくれたのだから後は任せろと、真宏に言い聞かせることは簡単だ。

 

 だがこの男はそれを良しとはすまい。

 真宏はこれまでの激闘だけで責任を果たしたとは考えず、元に戻った後で一夏達と今日のことを笑って話しながら、内心では自分の不甲斐なさを責めるはずだ。

 

「私は真宏に、そんな風に思って欲しくない」

「そ、それはわかる。だがどうするというんだ!?」

「今の真宏くんは戦える状態じゃないわ。そんなに怯えているのに無理に連れ出しても危ないだけよ」

「うん、わかってる。だから……」

 

 簪は真宏の肩においていた手を滑らせ、頬に添える。

 優しい指先はわずかながら真宏の恐怖心を拭うことができたようで、真宏はまた少しだけ顔を上げた。

 

 涙の跡が残る、どこかあどけない顔。まるで幼い少年のような、何かが抜け落ちた顔だ。

 簪はそんな真宏の目をまっすぐに見つめ、優しく微笑んだ。

 

「真宏は今、戦う勇気が足りない。そうでしょう?」

「あ……う……」

 

 事実その通りなのだろう。簪に言われただけでまた震えだす真宏の姿に勇気という言葉を見出すことは難しい。

 一夏も箒も楯無も、敢えて真宏に鞭打つようなことをしたくはない。だが簪は何かの確信を持って真宏に語りかけている。

 きっと真宏は復活するだろうと、元に戻すことができるだろうと、そう考えていることが言葉にせずとも伝わってくる。

 

 ならば信じるしかないだろう。自分達の仲間と、とても仲の良い恋人である二人の絆を。

 

 

「私も、勇気が足りなかった」

 

 打鉄弐式の開発につまずいていた時、そこから踏み出すきっかけを与えてくれた日。そんなかつてのことを思い出しているのだろう。辛くとも歯を食いしばり、這い上がったからこそ持ちうる強さを、簪はその身に宿している。

 

「でもその時は、真宏が勇気をくれた」

 

 その時力を貸してくれた一夏と、真宏。あの時二人がいてくれたからこそ打鉄弐式と今の自分はあるのだと、簪は思っている。あのときもらった勇気のかけら。今こそそれを返す時だ。

 

「だから、今度は……」

 

 一夏と箒と楯無が見ている前で、真宏の顔をそっと持ち上げる。

 真正面から覗き込んだ真宏の目には簪自身の顔が映っている。瞳の中の自分の頬が赤く染まって見えるのは、決して見間違いではないと思う。

 

 なぜなら。

 

「私が、勇気をあげる」

「……へ?」

 

 誰もが驚くほどの勢いでさらに顔を寄せ。

 

 

――ズキュゥウンッ!!!

 

 

 そのまま、ちゅーをしたからだ。

 

「は」

「はああああああああっ!?」

 

「なっ、ちょ、簪ちゃん!?」

「お、落ち着いてください楯無さん! 勢いでランスなど部分展開してはいけません!」

「お、おぉう……」

「一夏も! 赤くなって呆然としていないで楯無さんを抑えるのを手伝え!」

 

 一瞬にして阿鼻叫喚である。

 簪は真宏にキスをして、楯無はちょっと錯乱し、一夏は呆然自失状態で、実質ただ一人まともな箒が一人で場をなんとかしようとしている。

 

 しかしながら台風はその中心が最も穏やかな物。

 箒と楯無がぎゃんぎゃんとすぐそばで騒ぎ立てているのが嘘のように、簪と真宏は静かに唇を重ね合わせていた。

 

 ……まあ、物理的に穏やかであろうとも内心まで同じかと言えばそうでもないのだが。

 それではここで、簪の今の心の声を聞いてみよう。

 

『きゃー!』

『唇、熱い……』

『は、鼻息くすぐったいっ』

『お姉ちゃん達に見られてる!?』

『そろそろ離れなきゃ』

『でももうちょっと強く押しつけてみたり』

『動いてくれない……ダメ、だった?』

『あ、でも気持ちい……。って、何考えてるの私!?』

『きゃー!』

『きゃー!!』

『きゃー!!!』

 

 などなど。

 しかしこれらもまたこのわずか数秒の間に簪の脳裏を駆け廻った無数の思考のごく一部であり、なおかつ乙女の尊厳を守るためある傾向の思考は意図的に削除してあることをご理解いただきたい。

 

「んっ……」

 

 そっと、簪が唇を離す。だが名残惜しかったのか、すぐにもう一度唇を重ねる。今度はちょっと舌を伸ばして真宏の唇を舐めてみたりも。

 簪の熱に浮かされたような瞳は潤み、対する真宏は驚きのあまり涙が引っ込んで目を丸くしている。

 

 二人は見つめ合う。

 微妙にかみ合ってない感はあるのだが、それでもとにかく見つめ合う。

 

 そのまま過ぎた時間は、決して長くない。

 そして沈黙を破ったのは、真宏の方だった。

 

「……簪」

「何、真宏……っきゃああ!?」

 

 小さな小さな声で、簪の名を呟く。

 真宏が言う言葉を聞きもらすまいと、簪は真宏の口元に顔を寄せ。

 

 今度は簪が、真宏に思いっきり抱きしめられた。

 

「真宏が!」

「簪ちゃんを!」

「抱きしめた!?」

 

 わたわたと両手を振り回して驚きをアピールする簪であるが、真宏はそんな簪の背中に両手を回して首筋に顔を埋めてピクリとも動かない。

 真宏のそんな様子に気付いたのだろう。簪も徐々に落ち着き、一夏、箒、楯無の三人に見られていることを十分に理解した上でなお赤い頬に優しく笑みを浮かべ、落ち着きを取り戻した両手で真宏の頭を撫で、背をさする。

 

 もはや真宏の体も指も、震えてはいない。

 そんな真宏を慈しむ、母が子にするような慈愛にあふれた仕草であった。

 

「……っ」

「ひぅっ!?」

 

 だが、真宏の口元がもにょりと動くと同時に今度は簪がびくーんと震えた。

 

 首を傾げるギャラリーの三人。簪の横顔はそんな三人が見る間にますます赤くなっていき、あわあわ、と口は意味を為さない声を発していた。

 

 そして。

 

「ぃよしっ!」

「あっ、おい真宏!?」

 

 真宏が、勢いよく簪から身を離してしゃきっと立ちあがり、そのまま一夏の脇をすり抜けてなんかすさまじいスピードで更衣室を飛び出していったのだった。

 

「一夏は真宏を追え! 私達は簪の様子を見る!」

「わ、わかった!」

「簪ちゃん簪ちゃん! どうしたの!?」

 

 ずさー、とスライドする勢いで簪の前に滑り込んだ楯無が心配だと全身で叫ぶ勢いで肩を掴み、おろおろと顔を覗き込んでいる。普段からあれだけシスコンの気の強い楯無だ。それはもう心配なのだろう。

 

 ちなみに箒は一夏を退散させこの場を女だけにするという使命を果たした段階で割とやる気を失くしていたりする。

 なにせ、視線が宙をさまよう簪の表情。夢見心地とばかりに緩んだその顔を見れば、真宏にどんなことを言われたのかなどあらかた想像がつくというもので。

 

「ま、真宏に……」

「真宏くんに!?」

 

 

「愛してるって、言われちゃった……」

 

 

「……は?」

「案の定、か」

 

 自然、箒の口から苦笑が漏れる。ついでに砂糖も吐きそうだ。

 今の真宏に心配はいらない。ただただ幸せそうな表情の簪の頭が冷えるまで付き合っていてやれば大体のことは丸く収まるのだろうと、幼馴染としての勘が告げていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「だああああっ、一体何発ミサイルぶち込んでくるつもりよ!?」

「知ったことではありませんわ! とにかく迎撃するんですわよ!」

「えぇい、AICで止めてもきりがないっ!」

「めげないで、ラウラ! ほら僕のグレネード貸してあげるから」

 

 そのころのIS学園上空では、専用機持ち四人が奮闘していた。

 再び激しく降り注ぎ始めたミサイルの雨あられに対し、各々が自身の能力の限りを尽くして迎撃に次ぐ迎撃を繰り返す。

 

 既に地上へ降り注ぐミサイルの破片も尋常ではない物となり、多分この迎撃戦を終えた後もIS学園の敷地内はしばらくまともに歩けないほど残骸だらけになっていることが予測される。700年くらいスタンドアローンでゴミ処理できるロボ連れて来いという気分になってくる。

 

 だがそれでも一発として自分達より下には行かせないのが代表候補生の意地。さすがにそろそろキレ始めるくらいにはストレスが溜まってきているが、それこそ余裕の表れでもあった。

 人数的にも実力的にも、彼女らは真宏が防衛していた時以上にスマートかつ優雅に迎撃を進めていく。

 

 が。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』

 

「ん? このお腹の底から熱血しているような声は」

「……無事だったようですわね」

「まあ、当たり前だろう。真宏ともあろう者が、たかがミサイルの100や200と撃ち合った程度でへこたれるわけがない」

「そんな、妖怪か何かじゃないんだから……」

 

 なんかすさまじ勢いで下方から上がってくる一機のISを感知し、瞬く間に彼女らの空気が弛緩した。

 

 先ほどからミサイルの襲来が散発的になりつつあり、そろそろ終わりが見えてきたというのが一つ。

 一夏達が心配して様子を見に行った真宏が、強羅を展開してしかもロマン魂フルスロットルとばかりに溢れるエネルギーを光に変えながら高度を上げて来ているのが一つ。

 

 仲間の無事を喜ぶには、それだけで十分だ。

 

『――みなさんっ、最後らしき大型ミサイルが来てます! バンカーバスタータイプなんで急いで迎撃……って、神上くん!? いつの間に戻って来たんですか!?』

『どりゃああああああ!!』

 

 何故かやたらとテンションの高い真宏である。

 いいことでもあったのだろうと察したセシリア達は、ミサイルに向かって一直線、自分達の横を上がっていく強羅の姿をただそのままに見送った。

 

 事情はよくわからないが、それでもこのシチュエーション。協力を申し出ることなど逆に無粋だろう。

 

 

 強羅は白鐡のスラスターを全開にして、自身の最高速度で上昇を続ける。

 視界の中には大型のミサイルが一機。いかにISの火力があろうと、空中で爆破しきるには少々骨が折れそうだと……さっきまでなら思っていたなと真宏は回想する。

 

 これまで何度となく見たロックオンマーカー。相対距離が恐ろしい速度で縮まっていくのを認識はするが、しかし恐れはしない。今の自分にできないことなどきっとないというかのように、高ぶる心と唇に残る優しい感触が心にガンガンロマンという名の燃料を込めてくれているのだから

 

 強羅もまた、そのことをわかっている。射程距離までどの程度か、使うべき武装は何かなどというガイドを視界に表示するような野暮はせず、ただ機体の軌道をミサイルの予測軌道と重ね合わせ、真正面から最大加速を続けている。

 

 このままならば正面から激突することになるだろう。それこそあと数秒としないうちに。

 だがそれも望むところ。

 

『今の俺にできないことなんて……あるかああああああああっ!!』

 

 湧き上がるのは無限の力。

 ついでに仮面の下で嬉しくてしょうがなくてニヤける顔。

 本当に何でもできるだろうという確信のまま、真宏は全力で強羅の拳を、視界を覆うほどに大きくなったミサイルの弾頭に、叩きつけた。

 

 

 そのミサイルの直径はIS一機を丸々隠せるほどで、長さもこれまで飛来していたミサイルよりも明らかに長い。

 遥か大気圏を通って秒速数kmにまで加速したそれだけの物体に、一機のISが拳一つで殴りつけたのだが……勝利を収めたのは、ISであった。

 

 強羅の拳は微塵も揺るがず、激突したミサイルの弾体を粉砕しながら長さを半分ほどにまで圧縮してのけた。今の強羅に傷をつけられる物など、おそらくこの世にはないのだろう。

 

 

 ところで話は変わるが、強羅が砕いたのはミサイルだ。

 内部には当然爆薬が仕込まれており、これほどのダメージを受けてしまえば摩擦や変形によって発生した熱、さらには衝撃などで着火してしまうのも何ら不思議なことではない。事実このミサイルもまた狙いを果たすことなく空中で爆炎と消える定めにあった。

 

 だが、おそらく強羅に殴られミサイルが変形したせいだろう。

 どういうわけか爆炎はミサイル後方に向かって二筋になって飛び出し、高高度に吹く風のせいか、爆炎がどちらも弧を描いてターン。

 しかもさらには爆発時にロマン魂の余波にでも当てられたか謎の化学変化が起きたらしく、世にも奇妙なことにその爆炎は、ピンク色に染まっていた。

 

 ミサイルを起点に大きく弧を描いて戻ってくるピンクの煙。

 それは、まさしく。

 

「……ハートだわ」

「間違えようもなくハートね」

「……やったの、神上くんでしょうね」

「理由はわからないけど、とりあえず今夜はお赤飯炊いてもらいましょうか」

「真宏……すげーな」

 

 戦闘が終わったのだと乙女の直感で理解したIS学園の生徒達が教師にはないしょでこっそりシェルターから外に出て空を見上げたところ、空の青さにとてもよく映える、地上からでも見えるほどに巨大なピンクのハート雲があったのだという。

 そりゃあもう、唐変木が服を着て歩いているような一夏ですら、真宏がどれほど簪のことを好きなのかが理解できるほどに。

 

「真宏の気持ちか」

「おっきいわねー……」

「あぅ……あうぅ~」

 

 このハート雲、ようやく落ち着いた簪を伴って真宏を探そうと外に出た箒達も当然目撃していた。

 もはや遠い目をするしかない箒と楯無の隣で、簪は両手で顔を覆って座り込んでしまっていたのだが、幸か不幸か彼女の様子を見ている者はほとんどいなかった。

 

 

 後日IS学園新聞部が真宏にこの件を取材した際、真宏は「最後のミサイルを殴り壊したことは認めるが、その後に起きた現象は偶然であり自分の意思は関与していない」と真正面から否定した。根も葉もない噂に立腹していたのだろう、その顔は耳まで真っ赤に染まり、目はあちらこちらに泳いでいた。

 取材した新聞部員及びその記事を呼んだ生徒達は理路整然とした真宏のこの主張を認め、以後とても生温かい視線で彼を見守ることになるのだが、それはまだ未来の話である。

 

 

◇◆◇

 

 

 最後の最後、公式記録にも残るレベルでとんでもなくアホなことがあったりもしたが、ともあれこのミサイルの迎撃を持ってファントム・タスクによるIS学園へのミサイル攻撃は終結した。

 

 人的被害として真宏の精神状態が上げられかねない状況にはあったが、結局ご覧の通り絶対無敵で元気爆発で熱血最強な感じになったので事実上被害は0だ。

 

「ですが、またミサイルの発射地点は見つけられませんでしたわ……」

「途中からハイパーセンサーの感度も上げておいたんだけど、やっぱり戦闘中じゃ集中して探ることは難しいからね」

 

 唯一惜しむらくは、これほどの激戦を経てもなお反撃の糸口とはならなかったことだろう。

 すぐそばまで高速のミサイルが迫っている状況下でハイパーセンサーを超長距離向けにするなど自殺行為でしかない。それは、既に一度ミサイル迎撃を経験したセシリアと鈴をしてすらやすやすと可能な芸当ではないのだ。

 

『――なに、心配することはない』

「この声は!」

「教官!」

『あ、後ろにワカちゃん映ってる。大掃除に拾ってもらったんですか』

 

 だが、忘れてはいけない。

 戦っているのは戦場に立つ者だけではないということを。

 

 セシリア達と、そして同じ高度まで降りてきた真宏の眼前に浮かぶ空間投影ディスプレイに映しだされた千冬が語りかける言葉は、まさにそれを証明するものだ。

 

 一夏と箒の保護者として国外に出ていたが、どうやらワカの専用輸送機大掃除を無理して呼び寄せチャーターしたらしい。後ろで一緒に映ろうとしているワカを鬱陶しそうに押しのけながらではあるが、千冬の言葉には自信が、顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

 

『――IS学園の防衛、よくやってくれた。お前たちの奮闘のお陰でファントム・タスクの足が掴めたぞ。私が戻り次第すぐに作戦会議を開く。今はゆっくり休んでおけ』

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ千冬さん!」

「僕達はミサイルの発射地点に関わるデータを取れていないんですよ? それなのに……」

『――教師を見くびるなよ、手段は講じてある。……戻ったらまずはお前達に謝らなければならないこともあるが、な』

 

 しかしよく見れば、少しの罪悪感が見て取れる表情でもあった。

 ひょっとしたら自分達には知らされていない何かがあったのだろうということが、代表候補生の座を射止めるほどの彼女達と、千冬との付き合いが長い真宏には察せられた。

 

 だがいずれにせよ、ようやく反撃のチャンスを得ることができたのは間違いない。

 ならば、戦うだけだ。

 

 真宏達と、地上にいる一夏達は知らず空を見上げている。

 この空を守るそのために、今度こそ攻めに転じる。その決意が、胸の奥で強く脈打つのを感じていた。


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