IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第33話「蔵王重工本社」

 12月。多くにとって突然に、それは起こった。

 現地時間で午前10時ごろ。アメリカ空軍が発令した警報が、その事件の始まりを告げる号砲となった。

 

 まず最初に、ミサイルと思しき飛翔体をレーダーが感知。

 ほぼ同時にその軌道がワイオミング州の都市部を狙っていることと、仮にこれが弾道ミサイルであった場合、通常のミサイル迎撃システムによる対応では間に合わない領域まで侵攻を許してしまっていたことが発覚した。

 この事態を受けて、アメリカ空軍は即座に待機していたISをスクランブル発進。整備済みの機体を軍属だろうが代表だろうが代表候補生の物だろうが問わず、片端から着弾予想地点へと迎撃に向かわせた手際の良さは見事と言ってよかった。

 

 通常兵器ならば着弾に間に合うことすら不可能であったろうが、そこは世界最強兵器たるIS。一番乗りの1機目が滑り込みで間に合い、空中でミサイルを狙い撃って撃破に成功。その後も飛来したミサイルを迎撃し続けて都市を防衛してのけた。

 しかしミサイルの物量は凄まじく、ISをしてすら都市へ落ちない、軌道の逸れた物は見逃さざるを得ないほどのものだったらしい。幸いこの攻撃による直接の死傷者こそなかったものの、あの朝ニュースで見たような巨大クレーターが町の近くに刻まれることとなった。

 

 

 ニュースに曰く、あのミサイルは高高度で飛散するタイプのよくある弾道ミサイルと、バンカーバスターのように地中へ潜り込んで爆発する物が混じっていて、クレーターはバンカーバスターの方が作った崩落の跡だという。

 

 攻撃自体はさして長い時間続いたわけではないが、どこからともなく弾道ミサイルが飛んでくるなど、事態は重く受け止めるのに十分すぎる。かの国の大統領がちょっと血気盛んならば、とりあえず適当な国にお返しの弾道ミサイルブチ込んで第三次世界大戦が始まっていたことは疑いない。

 しかしそのあたりのプレッシャーには冷戦時代で慣れていたか、アメリカは理性を失うことなく即応体制に移行。軍事衛星が地球全体に監視の目を向け、領空内は早期警戒機が空を飛びまわり、ISもまたハイパーセンサーの感度を上げる早期警戒装備を搭載して高高度でパトロールする、という光景がアメリカを中心とした各国に広まりつつあった。

 

 そして当面の危機を脱してしまえば、今度はこの攻撃をしたのは誰かという疑問が湧いて出る。なにせ攻撃を受けたのはアメリカだ。こういうことをされるような心当たりは腐るほどあるし、なによりケンカを売られたら黙ってなどいられない。

 即座に国連で安全保障理事会の招集を要求し、さらにはこれほどまでに見事な奇襲を実行するためにはISの関与が確実であるという考えの元に国際IS委員会も招集され、各国の疑心暗鬼が渦巻く会議がぽこぽこ開かれ……る直前に、この事件の首謀者たるファントム・タスクからの犯行声明が発表された。

 

 文面自体はごく短いものだった。

 

 

「人類に、黄金の時代を」

 

 

 その言葉に、かの組織がどれほどの思想と意味を込めたのか、理解できる者は誰もいないだろう。

 ……もちろん俺は、お前ら最悪の反動勢力かよ、と内心ツッコミを入れていたのだが。

 

 

 

 

 というのが、あの日からしばらくの間ニュースでさんざっぱら繰り返された事件の顛末だ。

 宣戦布告もなしに弾道ミサイルをいきなりぶっこむなどというとんでもないことをしたファントム・タスクであるが、実のところ未だに大暴れ継続中だった。

 最初の攻撃から今日まで一週間が過ぎ、その間数度の攻撃が為された。狙われたのはそれぞれ、アメリカ、オーストラリア、インド、フィリピンなど。ヨーロッパのあたりは今のところ狙われていないが、なにせ神出鬼没なミサイル攻撃。おそらくその気になれば地球全土を攻撃できるだろうこと、自分達が狙われるのも時間の問題だろうと各国が考えているだろうという予想に、疑問の余地はない。

 いずれの国にミサイルが襲来した場合も、その国のISが出張って迎撃にほぼ成功しているのは、不幸中の幸いか。

 避難の最中に恐慌状態に陥った市民が事故って怪我をしたくらいしか被害が出ていないのは奇跡的だが、アメリカのみならず、しかもほとんど対岸どころか海の向こうの話と楽観していた太平洋の反対側の国々まで攻撃されるに至り、あらゆる国から余裕が消滅した。

 

 対策会議は繰り返されるも遅々として進まず、いずこも自国の防衛体制を整えるのに手一杯。ニュースはそれらの現状を伝えるとともに、一発流れ弾が落ちただけで都市に壊滅的な被害をもたらしうる威力のミサイルに怯えることがないよう、避難の際は落ち着くよう、ISがあれば当面防衛は可能である、と念仏のように繰り返していた。

 

 

◇◆◇

 

 

「……予想よりはるかにとんでもないことになってきたな」

「ああ、同感だ。ファントム・タスクの規模と影響力を侮っていたつもりはなかったのだが……これほどまでの行動を起こすほどとは考えてもいなかった。世界規模の脅威であると認めざるをえん」

 

 見慣れたニュースキャスターが、ここ最近で聞きなれた内容を今朝も語っていたのを思い出しながら、俺とラウラは語っている。これまでちょくちょくIS学園にちょっかいを出してくる他は、世界中でISのコアを狙っていたらしいと噂されていた秘密結社ファントム・タスク。よもやこんな形で表に出てくるなどと、世界中の誰が想像しただろう。

 

 

「それにしても……一体何が望みなんだ? ファントム・タスクはISも持ってるはずなのに、ただ攻撃するだけなんて……」

「しかも、ほぼ確実に迎撃されているのに、ですわ。……何か恐ろしいことを企んでいそうに思えてなりませんわよ」

 

 こういう話題ともなれば、さすがに誰一人として黙ってはいられない。一夏とセシリアも話に加わってきた。至極もっともな疑問を携えて。

 

 ここらで説明しておこう。

 ファントム・タスクの第一次攻撃から今日までの一週間、俺達IS学園に所属する専用機持ちが何をしていたかというと……実は、事件に関する対応は何一つしていない。

 

 まあ、当たり前と言えば当たり前だ。

 IS学園は基本的に中立の立場だし、この事件は今のところISさえ保有していれば何とか対応できなくもない、という認識が確立されつつある。IS学園側から率先してどこかの国を支援するのは色々なバランス上あまりよろしくないし、各国の代表候補生や専用機持ちについても即刻本国へ帰って来るように、という指示が出ていなかったりする。

 おそらく、今の世界情勢がファントム・タスクの掌の上と言っていい状況だからだろう。専用機を携えた代表候補生が慌てて国へ帰ろうとしているところをファントム・タスクの刺客に狙われるということも無いとは言えない。むしろそうやってあぶり出そうとしているのではないか、その結果自国のISの数が減ってしまったら。……特にどこの国とは言わないが、ファントム・タスクに既に機体を奪われているいくつかの国においてその傾向は顕著なようだ。

 そんな事情もあり、他国のISも混じっているため自分のところのISが狙われる可能性は相対的に低くなるだろう、ということでみんなIS学園にて放置をくらっている形だ。

 

 結果として、俺達はIS学園でいつも通り……とはどうしたって言えない日常を強いられている。授業の数は減り、しかしグラウンドやアリーナ、剣道場などは連日かなりの人数が使用している。おそらく、居てもたってもいられないのだろう。

 今の世界においてISとその操縦者は不安にあえぐ世界中で必要とされていて、しかしながら半人前であるがゆえに力になれない。

 祖国で専用機持ちや国家代表、一機の量産機を使い回して運用する数人のチームが昼夜を問わず哨戒・迎撃任務にあたっていると聞かされてなお心穏やかでいるなどと、IS学園に入学するほどの意思力を持つ生徒達をしてすら不可能に近い。

 

 しかし。

 

「いずれにせよ、私達は今できることをするしかない。おそらく、今日こうして呼び出されたのがその一歩だろう」

「そうに決まってるわよ。……待ってなさい、もうファントム・タスクの好きにはさせないんだから」

 

 IS学園は、世界は、決してやられっぱなしでいたりはしない。

 国際会議の場における議論は紛糾して一行に事件の根本的解決に向けての方策は出てこないとのことだが、それでも歩みを進める人はいる。

 

 だからこそ俺達は今日、この場。

 蔵王重工本社へと、呼び出されたのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「あっ、真宏くーん、みんなー! お待ちしてましたー!」

 

「……さすがワカちゃん。ブレないな」

「ワカちゃんがシリアスやるなんて、テレ東が旅番組中断してニュース速報やるくらいありえないだろ。……直接会うのは久々だねワカちゃん! ほーら気合入れた高い高ーい!」

「きゃああああっ! ついに空中へ放り投げられるようにまで!?」

 

 半ば予想はしていたが、本社に着くなりワカちゃんがすったかたーと駆け寄ってきたので、とりあえず天の意思が望んでいそうな高い高いをさっそく敢行する俺。日々IS学園で鍛えている最近の俺の腕力をもってすれば、ワカちゃんを高い高いするにとどまらずそのままぽーんと真上へ放り投げることすら可能となるのだ。

 

「よっ!」

「はっ!」

――きゅー!

 

「……何やってるのよ、真宏」

「キングゲイナーごっこ……いいなあ」

「あとにして下さいまし、簪さん」

 

 で、そのまま頭上のワカちゃんに背を向け両手を横に、片足を後ろに伸ばしてバランスのポーズ。同じようなポーズで落ちてきたワカちゃんを背中で受けとめ、いつの間にやら勝手に現れていた白鐡がワカちゃんの頭の上で荒ぶる白鐡のポーズをキメるに至り、俺達のキングゲイナーごっこは完璧に決まった。

 鈴とセシリアのツッコミは痛いが、いいのか。お前達の後ろではシャルロットとラウラがモンキーダンスしてるぞ。

 

 

 などとまあついついはしゃいでしまったが、それも仕方あるまい。

 だって、蔵王重工本社だし。

 

 蔵王重工とは、それなりの歴史を持つ旧財閥系企業だ。

 社史についてはまあいずれ語る機会もあるかもしれないからひとまず置いといて、この場所。都心部からはそれなりに離れた山あいに、どでーんとビルが立っている。

 ビルの高さは28階建て。建築に関する法律に詳しいわけではないが、周囲に同じくらいの高さの建造物はないので、いろんな意味でかなり無茶をしていると思われる。

 というか山の中なので他にはビル自体ない。こういうの、アリなのだろうか。……アリなのだろう。無理であっても、押し通したのだろう。

 

 ちなみに、蔵王重工本社と呼ばれる場所は正確には二か所あり、都心部に構えたもっとデカいビルは営業や経営のため、こちらは研究開発のための施設であり、ワカちゃんがよく顔を出し、俺が強羅の整備を受けたり装備をもらうために来るのもこっちの方だ。都心のビルの方には、それこそ初めのころに強羅を受領する手続きの時くらいしか行ったことがない。

 

 

 そんな蔵王重工本社。ビルが建っている周囲は直径100mほど芝生の領域が広がり、その周りをぐるりと囲むように遊歩道が整備されている。

 あとはそこから少し離れたところに滑走路としても使えるやたら頑丈で長い舗装道路と、その先に繋がる格納庫と研究施設群があったりなかったり。

 ……ちなみにこの遊歩道、本社ビルを中心にびっくりするほど真円を描いているので、ネットなどでは「いざというとき本社が巨大ロボに変形する」「芝生部分ががーっと引っ込み、本社ビルをてっぺんに据えたロケットが下から生えてくる」などなど色々言われていたりする。

 

 あと、他には。

 

「あの……ワカさん? つかぬことをお伺いしますが……」

「どうしました、セシリアちゃん?」

「いえ……、なぜ遊歩道の外側に、ぐるりと高射砲が配置されているんですの?」

 

 セシリアが気にしている通り、そんな物があったりする。

 

 天を突く高射砲の砲口。つや消し処理でもされているのか、無駄に光を反射しないあたりいかにも本物臭い。さらにはそれぞれの高射砲が互いの死角を補い合うよう巧みに配置されていた。

 しかも、何故かところどころには異様にバカでかいガトリング的なものもある。アレ、一応グレネードをガトリングのごとく撃てるもので、なおかつ稼働範囲も広いという代物だ。蔵王自慢の製品なのだが、あまりにもアレすぎて買い手はあんまりいなかったとか、数少ないお客は熱狂的に支持してくれているとかいないとか、噂に聞いたことがある。

 もし自分がここを襲撃するとしたらという脳内シミュレーションを行い、蜂の巣にされる姿でも思い浮かんでいるのだろう。みんなちょっと顔を青くしていた。

 

「ああ、あれですか。イヤですねー、ただのオブジェですよ。みんなうちの製品ですから」

「なるほど、そうでしたの。……じゃあ、実際に弾は撃てないんですのね?」

「――さ、さあそれじゃあそろそろいきましょうか!」

「ちょっ、ワカさんなんでそこでスルーしますの!?」

 

 この高射砲風オブジェが本物か否か、それもまた蔵王の抱えるミステリーの一つである。

 

 

「いつまでも遊んでいるな、ワカ。早く案内をしろ」

「おっと、忘れてました。それじゃあ千冬さんを筆頭にIS学園御一行様、今度こそ私についてきて下さい!」

 

 まあ色々と常人には理解し難いところのある、蔵王重工本社。IS学園から山田先生が運転する大型バスに揺られ、正面ゲートで全員きっちり身分証明までして入って来たのはこのご時勢に呑気な工場見学をするためではなく、れっきとした意味がある。

 今回蔵王にやってきたメンバーは、俺と一夏、いつものヒロインズ5人に簪と会長、そして引率の千冬さんと山田先生だ。専用機持ち全員というわけでもない辺り、一体どういった基準なのかが微妙に気になるところだが、今は説明を求めるだけ無駄だろう。

 

 どうせしかるべき時になれば理由を話してくれるはず。ワカちゃんに先導されて、色々と込み入った事情もある今回の話し合いのため、俺達はどやどやと本社ビルに入り、エレベーターに乗り込み、ワカちゃんが懐から取り出したカードを掲げ……エレベーターのボタンには表示が無いほど地下深くへと降りて行った。

 

 

 ここには、それなり以上に広大な地下施設が存在する。

 蔵王重工は船舶航空機にプラント系と色々手広くやっているが、なかでも飛びきりの機密性やら安全性が必要とされるIS関連の研究開発は主にこの地下で行われているという話だ。

 ……というか、本社から山一つ越えたところにある、例のワカちゃん訓練場から流れ弾が飛んできたときに備えているだけのような気もしているのだが。

 

「さあさあそれじゃあ司令室までご案内ですよー。……あ、途中研究室が並んでる区画がありますけど、あんまり中をのぞかないでくださいね」

「む、やはり企業秘密が多いのか。無用な詮索はするつもりもないから、安心してくれ」

「甘いわね、ラウラ。ここ、蔵王重工よ? きっと機密とかそういうの以前に単純に見られたら色々危ない物があるに決まってるわよ」

「巨大ロボットの一機や二機あっても不思議ではないな」

「それ以前にワカちゃんの目が『見たい? 見たいですよね?』って言ってるようにしか見えないんだけど」

「丁重にスルーさせていただきますわ」

 

 しかし、さすがにこのあたりまで深い階層には俺も初めて入る。ここに地下があることとかなり深いことは聞いていたんだが、いつもなら強羅の整備やら新装備の受領くらいしか用がないからもっと上の階層で用事が済み、その後はワカちゃんに連れられて山向こうの訓練場に文字通り飛んで行っていた。

 だから、いくら地下施設だけあって何階であろうとそれなりに珍しい景色に映る……かと、思っていたんだが。

 

「ん~?」

「どうしたの、真宏?」

「簪か。……いや、ここに来たのって初めてのハズなんだけど……なんか、そんな気がしなくてさ」

 

 そう、妙な感覚があった。

 隣の簪が不思議そうに顔を覗き込んで来るのだが、俺は俺でわけのわからない状況に少し困惑していた。まっすぐ伸びる廊下を樹脂とも金属ともつかない壁材が覆い、照明は埋め込み式でムラなく廊下の中を照らす。どう考えても秘密基地とかそんなのをイメージして造られたこの廊下。上の階層よりもなお一層趣味的なこの景色……やっぱり見覚えあるな。

 

「さーみなさんお待ちかねっ。私のおもちゃ……げふんげふんっ、蔵王重工の秘密地下施設、その中でも取っておきの司令室ですよ!」

「巨大モニターとかコンソールとか作戦状況を映す床のパネルとかあるんでしょ?」

「巨大モニターとかコンソールとか床のパネルとか……って、え?」

 

 それはもう、ついつい満面の笑みで自慢しようとするワカちゃんの言葉に被せてしまうくらいには。

 ワカちゃんは自動で開く扉を大仰なポージングで示したまま突然の俺の発言に驚き固まっている。それでも扉の方は止まってくれず、プシュッといかにもな音を立てて隔壁のような扉をスライドさせ。

 

「真宏の言った通り……みたいだね」

「作戦司令室として必要な機能は揃っているみたいですけれど……趣味的ですわねえ」

 

 部屋の中には俺が言った通りの物があり……それはまさしく、俺が想像していたのとほとんど変わらない秘密基地の司令室だった。

 

 ともあれ、ぞろぞろと部屋に入っていく俺達。後ろからとぼとぼとついてくるワカちゃんはぶつくさ文句を言っている。

 

「なんですかーもー。せっかく真宏くんも驚かせようと思ったのにー」

「あー……ごめんね、ワカちゃん。確かにこの部屋には来たことないはずなのに……なんかデジャヴュを感じて」

「ふーんだ、別にいいですよーだ。……大体、原因はわかりますし」

 

 そう言って、ワカちゃんはじとーっとした目で俺のベルトバックルになっている待機状態の強羅を見ている。はて、強羅と何か関係が?

 

 なんてこともあったりしたのだが、今日の本題はそれではない。

 こんなところにわざわざ直接足を運んでまでしなければならない話。

 それが、俺達を待っている。

 

 

「……では、現在の状況を説明する」

 

 本題は、千冬さんのそんな言葉と共に始まった。

 千冬さんと山田先生は資料なんか適当に見せればいいと思っていたのだろうが、ワカちゃんが床の画面を使ってくださいと腰にしがみついて懇願したので、部屋が暗くされ床の大画面パネルに世界地図と、それにまつわるいくつかの情報が表示されるようになっている。

 俺と一夏と簪がちょっとワクワクしてしまったのは、言うまでもなかろうよ。

 だが俺達の心境とは裏腹に、話の内容自体は極めてシリアスだ。

 

 

 最初にアメリカが攻撃を受けて、ちょっとケンカ売りますよとばかりにわけのわからない犯行声明がファントム・タスクから発表されて1週間、これまでに攻撃を受けた地点は太平洋沿岸を中心にかなりの広範囲に渡っている。

 アメリカ中央部、オーストラリアの端っこ、シベリア、フィリピン。弾道ミサイル的な兵器が使われているらしく、ミサイルの射程は長い。弾着地点からではISのハイパーセンサーでも発射位置を特定できないほどで、ミサイル自体かなり高度なステルスを施されているらしく、IS以外にも偵察衛星など駆使しても痕跡を見つけることすら難しい。

 現状、ミサイルの出所が船なのか潜水艦なのか秘密基地なのか、いまだ発射プラットフォームすら把握できていない。

 

 しかもアメリカなどはかなり内陸の方まで狙われたりもしているらしいから、仮に海上から多少射程が短いミサイルを発射しているのであったとしても、ほぼ地球全土が狙えると思っていい。

 幸いというかヨーロッパの方は今のところ攻撃を受けていないようだが、それは逆に疑心暗鬼の種にしかなっていないという面もあるわけだし。

 

 ここのところ毎日何かしら議論が交わされているという国際IS委員会と国連の議会においては、事態に対処しなければならないと声高に叫ばれる一方、各国の間ではひょっとしてファントム・タスクの皮を被ったヨーロッパ辺りのどっかの国がやらかしているのではないかという猜疑心が着々と醸成されつつあるとかないとか。

 

「はいっ、織斑せんせー! ひょっとしてファントム・タスクって原子力潜水艦を国土と言い張る戦闘国家なんじゃないでしょうかっ!」

「ていうか、あの犯行声明的にも最悪の反動勢力(嘘)なんじゃないでしょーかっ!」

「山田先生、ワカと神上を黙らせろ。あと二人の席も離しておけ。こいつらを並べておくと何をするかわかった物ではない」

「あ、は……はい。ワカさん、神上くん、よろしくお願いしますっ」

 

 途中こんな茶々を入れてしまたのだが、俺は悪くない。ワカちゃんがこんなこと言いだすからついつい乗ってしまっただけである。

 

 ……と、ノイズが混じったりもしたが現在の世界情勢は大体こんな感じ。下手するとファントム・タスクがここらでぷっつり攻撃をやめたとしても第一次IS大戦とか始まりかねない勢いだというのが千冬さんの見解であり、ニュースで流れる一部の有識者の認識であり、ネットの界隈で盛んに語られる危惧であった。

 

 

「でも、さすがにここまでのことになるとは思ってなかったわ。IS全盛の世の中でミサイルなんて攻撃手段を選ぶ方も選ぶ方だけど」

「そのあたりはそれこそISがあればこその必然だろうよ。今の時代の戦争なんて、ISの存在を勘定に入れてもこういう形しかあり得ない」

「どういうことかしら、真宏くん?」

 

 状況を把握してから発した鈴の言葉は、おそらく世界中で多くの人が思っていることだろう。もし次に戦争が起きたらISが前面に押し出される、というのは世界最強兵器たるISが世に出てから共通認識となっている。

 が、だからこそ俺はファントム・タスクがしているこの形が、今の戦争の行きつく形であると考えていた。……まさか、現実になるとまでは思ってなかったけど。

 

「簡単なことですよ会長。ラウラ、ISが世界に存在する状況下で、敵国の中に入って行って町や施設を占領していくという従来の戦争の形態はありうるか?」

「おそらく、ないな。ドイツでも仮想敵を相手とした戦略が研究されていたが、ISによって容易く敵陣の中に入り込んで占領はしても、次の場所を狙っている間に敵のISに容易く奪還される。もはや、かつてのような戦争は成立しえない」

 

 それが答えだ。ISをただの最強兵器ではなく、スポーツのためのパワードスーツでもなく、戦争の一手段として考えた場合に誰もが行き着く必然の形。

 

 ISはどうしても絶対数が少ない。各国に配備されているISは戦力としてならまさしく一騎当千の物として考えられるが、それでも他国に侵入して国境の内側隅から隅まで全てまるっと占領するには、さすがに手が足りない。仮に首都を制圧したとして、その間に敵のISに単騎で逆侵攻されて自国の首都も同じ道を辿る、ということがないとは言い切れない。

 

 お互いのIS同士による総力戦が行われ、その勝者こそが戦争の覇者となる。それこそモント・グロッソで行われていることが、そのまま今の時代に発生しうる戦争の縮図だ。

 

 それはどうやら、千冬さんにとっても同じ見解だったらしい。突如として始まった俺の話を遮らずに喋るがままにさせているのが、何よりの証拠だろう。

 ならば、少々やらせていただこうじゃないですか。

 極めてわかりやすい、説明を。

 

「有史以来、人類は様々な兵器を手に入れ、戦争はその力に導かれて歩んできた」

 

 古代に地中海を制したローマご自慢の長槍のファランクス。戦国の日本で保有数が戦力の決定的な差となった火縄銃。国を横断する規模での塹壕を生みだすきっかけとなった第一次大戦の新兵器の数々。制空権を生み出した戦闘機。大国同士で直接砲火を交えての戦争をするわけにはいかないようにした核兵器。

 兵器の進歩は、戦争という概念を常に変化させてきた。

 

「ではISほどの兵器が導く戦争の行き先はなんだ?」

 

 先に語った通り、陣取りゲームとしての戦争はもはやあり得ない。たとえ都市を一つ占領しようとも、通常兵力で防衛していたのではIS一機の襲来によって覆されることになるのは火を見るより明らかだ。

 俺の語り口に反論もなく、静かに見つめる仲間達の視線が無言の同意となっているのも当然のことだろう。

 

「――破壊だよ。全てを終わらせるほどの破壊だ」

 

 ゆえに、これしかあり得ない。

 都市を、軍事施設を、国を。奪うのではなく破壊する。一切の慈悲失く、大火力の兵器をもって、ISですら対応しきれぬほどの物量を叩きつけて、何もかも破壊する。

 おそらく核兵器がこの世に生まれたときにも出た考えであろう。事実その思考が冷戦構造を生み、大量の備蓄核兵器を作り出した。

 

 結局あの時代は核戦争による人類の滅亡が起こることはなかった。国家の自重が働いたか否か、理由はなんにせよそのように世界は今日まで来た。

 だが、これからは違うのだろう。ファントム・タスクという、何を考えているのか、どこにいるのかすらわからない影すら掴めぬ謎の戦力。それが自分たちの頭の上にいつ破壊をもたらすかわからない状況に、人は何を考える?

 

 無論、それは。

 

 

「宇宙の意思が、人類の無意識が、週末を望んでいるのだ! 次の日曜まだかなあ!」

 

「……貴様はオチをつけずにはいられんのかっ!」

「あーまーんっ!?」

 

 最終的に千冬さんがこんなところまで持ってきていた出席簿アタックの命中で終わるのだった。

 

「お前のことだ、ただ大人しくしているとは思っていなかったが……」

「ぶーぶー、大体合ってたしいいじゃないですかー」

 

 言わせておいてそれはないですぜ、千冬さん。例によって縦になった出席簿が突き刺さった額をさすりながら文句を垂れる俺であったが、これまた例によって取り合ってはもらえない。

 いーじゃないですか別に。こんなところで俺達が深刻になったってどうなるものでなし、適度な気の抜き方は必要ですよーだ。

 

 

「神上のいつもの癖は置くとして、現在の状況は理解したことと思う。事態は極めて深刻だ」

 

 さて、ようやく前振りが終わったか。

 これまでの説明はあくまで世界情勢についてであり、今日の本題の前提知識に過ぎなかったからな。本当の問題はこれからだ。

 

「……これに伴い、各国からIS学園に対し、現在学園が保有しているISの供出要請が相次いでいる」

「学園のISを!?」

「ああ……なるほど。この一件に対する防衛にはISが必要不可欠。そう言うことですか、織斑先生」

「そうだ、デュノア。自国の防衛体制を盤石な物とするとともに、その上でファントム・タスクを撃滅する作戦をとるために必要だ、ということでな」

 

 IS学園が直面している問題。

 それは、IS学園があくまで表向き中立の組織であるという点だ。

 

 このこと自体、極めて複雑な政治的力学が働いて決まった各国の妥協点であるのだろうが、現実として今凄まじく大変な問題が目の前にあり、なおかつこんなところにもそれなりの数のISがあると来た。ここがむしり所だと考えたところで、何ら不思議はない。

 

「私もロシアから言われたわね。代表として防衛への参加と、その時ついでにIS学園から何機か打鉄かラファール引っこ抜いてくることは出来ないかって」

「うわストレート。まあでも、当然あってしかるべき意見ですねえ」

「しかるべきじゃ困りますぅ……っ! 私が、私が毎日どれだけの問い合わせに応えているとっ」

「わかりました、どんだけ苦労してるのか大体わかりましたから山田先生は落ち着いてください」

 

 しかもどうやら、例によってこの面倒事の対処は山田先生に一任されているらしい。涙ながらに俺の胸倉掴んでがっくんがっくん首を揺らし、勢いで自分の胸も揺らしているのだがそろそろ落ち着いてくださいな。簪が涙目になってきてますんで。

 簪はああいう顔も大変可愛らしいし、あとでご機嫌取りをするのもそれはそれで楽しいんですが、簪の後ろで会長の目が怖くなってるんで。

 

 ともあれそんな苦労性の山田先生の証言も合わせると、IS学園に寄せられているご意見は大体こんな感じだ。

 

『いやー、ウチの国にもISあるんだけど、国土の防衛に使うので手一杯でさー(チラッ』

『出来ればファントム・タスクだってどうにかしたいよ? でもISの数が足りないんだよー(チラッ』

『どこかにIS余ってないかなー。貸してくれればうちの国がすぐに解決のために動くのにー(チラッ』

『大丈夫大丈夫……死ぬまで借りるだけだから』

 

 そういう露骨な催促とジャイアニズムが、連日連夜IS学園にもたらされているのだとか。

 ……なるほど、確かにマズい。ミサイルが飛来する可能性は世界中どこの国にも等しくあり、そんな状況でIS学園が防衛に協力もせずただISを保有しているだけ、などということは国際世論が許すまい。

 IS学園は一応日本が経営と運営に責任を負うことにはなっているが、実質のところIS学園はIS学園として半ば独立した権限と影響力を持っている。しかしだからこそ、この手の働きかけには弱い。

 このまま状況を静観などしていようものならば、遠からずIS学園は各国への協力名目でISをむしり取られ、そのまま二度と取り戻すことは出来まいよ。

 

「どうするんですか千冬さん。これ、IS学園の存続にかかわりますよね?」

「無論だ。今の状況を打開するためにも、そしてその後の世界のためにも見過ごすことはできん」

 

 千冬さんはなんだかんだで常に先を見据えている。

 確かにファントム・タスクへの対応は急務だが、だからといって学園保有のISをバラまいたりしようものならば、ついこの間の大量無人機襲撃事件で危惧された軍事的均衡の崩壊が再び起きることになる。

 

 だが千冬さんの表情に焦りがないことからすると、きっと妙案の一つもあるのだろう。

 さすがだぜっ! ではその妙案とは一体?

 

「……だから、国際IS委員会で宣言してきた」

「ほほう、一体どんなことを」

 

 

「簡単なことだ。……この事件、IS学園が解決する」

 

 

「……は?」

 

 それが、千冬さんの出したたった一つの冴えたやり方であった。

 ……かなり斜め上な気もするけどね!

 

「IS学園の保有する機体を貸与するという形で他国に協力することは許可できない。……よって、逆に各国からの協力を受け、IS学園自体がファントム・タスク殲滅のための特別対応部隊として動く。国際IS委員会での承認は既に得た。今後ファントム・タスクの壊滅が確認されるまでの間、期限付きながら各国領土への無許可侵入もある程度は許可される」

「……ヤベーよさすが千冬さん超COOLだよ。思考回路がハナからカチコミ一筋じゃないっスか」

 

 しかも、ばっちり根回し完了ときた。これはさすがに少々予想外だ。

 状況がまずいというのはこれまでの説明から理解していたが、だからといって世界の命運をかけた戦いに学園全部巻き込むことになろうとは。

 ……いや、そうでもないか。巻き込む云々というならば、そもそも最初からIS学園は巻きこまれている。サイレント・ゼフィルスやらマドカやら文化祭やらキャノンボール・ファストでの事件やら。被害だのしがらみだの面倒だのを一番少なくするための方法として考えると、確かにこれもそれなりにベターな解答なのかもしれない。

 

 でも、千冬さん。

 それだけじゃないんでしょう。もしそうならば、わざわざ俺達だけを集めて話す必要なんてない。それこそ全校生徒を集めるなりなんなりして話せばいい。

 敢えてこのメンバーで話した理由は、当然別にあるはずです。

 

 よもや千冬さんがそんなことを隠すはずもない。みんなが黙って顔を見つめていると、小さく一息ついてから、千冬さんは語り出した。

 

「だが、専用機持ちのお前達は話が別だ。代表候補生、あるいは現役の代表であるお前達は当然祖国からの帰還要請もあるだろう。お前たちがこの作戦に参加する必要は、ない」

「なっ……!?」

 

 ……あー、なるほどそういうことね。

 確かにこれは無視できない問題だろうよ。IS学園が独自の姿勢を打ち出すくらいならばまだしも、そこに通っている生徒達の祖国の意向までは無視できまい。代表候補生、あるいは専用機持ちを全て集めたわけでもないのは一体どういうことなのかと思ったが、なるほどそのあたり色々と面倒のあるメンバーということだったか。

 

 例えば俺と一夏、箒は言わずもがな立場が宙ぶらりんだ。俺は一応蔵王寄りなので色々と便宜を計りやすくもあるだろうが、一夏と箒に至ってはこれを好機と思ったどこの国が手を出してもおかしくない。

 

 セシリアや鈴も、実弾兵器欲しいとかで本国とひと悶着あったと思ったらいつの間にやらフレキシブルまで使いこなすようになった経緯がセシリアの発言力を高めるとともに少々難解な状況にし、鈴は実力が高いがIS学園へ転入する際の手段が脅しだったとかなんとかで問題児扱いされていたりする。

 

 会長はロシアの代表だが生まれは日本で、簪は打鉄弐式の開発を倉持から引き取ったこともあり、ISの使用に関する権利と責任の置きどころが難しい。

 

 そして最後にシャルロットとラウラ。この子らに至ってはフランスとドイツにとって完全なアンタッチャブルと化している。

 シャルロットは男子偽装周りの件が、ラウラはVTシステムの件がそれぞれ国際問題となりかねないレベルの物であり、事実あのまま放っておかれればそのままフランスとドイツは外交的大打撃を受けていただろう。

 

 一応落とし所はあったようで、その結果として二人は動向を静観されている。あのあと二人にもしものことがあってはいけないからとデュノア社とドイツ軍の情報は色々調べてみたりもしたのだが、なーんかどっかの誰かが調停に入ってくれて、うやむやのうちにほとぼり冷ましタイムに入ったらしい。

 ……それに前後して学園から用務員の轡木じいさんの姿をしばらく見かけなかったり、IS学園にそれなり以上の金額の寄付が入ったなどという噂もあったのだが……まあ、おそらく二人が卒業するころまでは大きな変化が起きることはないんだろうよ。

 

 などなど、さすがは一筋縄ではいかない事情ばかりが目白押しだった。

 専用機というのは貴重で、どこもかしこも喉から手が出るほど欲しがるだろうが、それに付随する事情がとんでもない。

 というか、むしろよくもまあそれらやっかいな事情持ちのうち半数以上が一つのクラスに集まったもんだ。……あ、山田先生がお腹抑えてる。こんどいい胃薬見つけたらプレゼントしておこう。

 

「で、ですが教官! ファントム・タスクとの決戦が予想されるならば、我々の専用機の戦力は貴重なはずです!」

「ほう、では補給はどうする。IS学園の作戦行動にかかわった際、その分のエネルギー、弾薬、整備と消耗品の補給をドイツから滞りなく受けられる保証はあるのか?」

「ぐぬぬ……っ」

 

 ISは、デュノア社なんかが開発に四苦八苦していることからもわかる通り金食い虫だ。ましてや現在実用段階一歩手前の第三世代機ともなれば、そこらのメーカーから部品を取り寄せるなどということもできまい。わざわざこんなところで話をしていることからして蔵王重工は協力してくれるだろうが、さすがに自社製でもないISの補給まで完璧に請け負うなど不可能だろう。

 これから決戦が予想されると言うならば、なおのこと整備の心配がある機体など使えない。そういう判断だ。

 

「……では、織斑先生。わたくし達にこのままおめおめと祖国へ逃げ帰れとおっしゃるのですか?」

「それが最も穏便だ。それとも何か、祖国の窮状を無視してIS学園の者として活動すると言うつもりか」

 

 しかしそれだけで納得できるようなことはあるまいよ。

 セシリア辺りは特に、サイレント・ゼフィルスをファントム・タスクに奪われているため因縁は十分。そもそも、こんな状況ですごすごと引っ込んでいられるような性格とも思えない。

 

「……」

「……」

「……」

 

 一方、俺と一夏と箒は何も言わない。今はまだ、何も言うべきではない。

 

 何故なら俺らはイレギュラー。

 属する国と義務はなく、専用機を持ってはいても代表候補生やらなにやらのしがらみを持たない身だ。もちろん自由というわけではなく、現在から将来に渡って色々と面倒がスタンディンバーイな状況なのだが、少なくとも今この状況でIS学園につくか否かを自分の意思で判断するくらいの余裕はある。仮にどこからか文句が出たとしても、他のみんなと違って今の状況のどさくさ紛れでうやむやにすることなど容易いだろう。

 

 だから、何も言うまい。

 俺達が何をしたいかは、既に結論が出ている。一瞬の目配せで、一夏と箒も同じ結論に至っていることが察せられた。

 代表候補生の面々が責任と使命感に揺らいでいるというのに、しがらみをスルー出来る俺達が空気を読まずに参戦の意を示すことなどできるわけがない。そんなことをして、みんなにプレッシャーを与えたくはない。

 

 ファントム・タスクは討たねばならない。

 だが、セシリア達にとってはたとえ色々あったとはいえ祖国の危機でもある。自分達が為すべきことはなんなのか。代表候補生としての肩書を持ち、専用機まで与えられた責任と義務。

 そんな自分の為すべきことはなんなのか。

 悩みは深く、尽きはすまい。

 

「……っ」

「ん」

 

 ……それでも既に約一名、俺の隣に座っている簪は腹を決めてくれたようだが。柔らかい手が俺の指を掴んで来る感触が、簪の決意のほどを教えてくれた。

 

 

 しかし、根性に溢れているのは俺の仲間達の共通事項。

 為すべきことも、やりたいことも、みんな分かっているはずだ。

 

「……決めましたわ。わたくし、セシリア・オルコットは『イギリスの代表候補生として』、IS学園のファントム・タスク殲滅に協力いたします」

「いいのか、オルコット。お前は英国貴族でもあるだろう」

「ファントム・タスクを討つことにより祖国に安寧をもたらすこともまた、貴族の務めです。……チェルシーは言っていましたわ。女は燃えるもの。火薬に火をつけなければ花火は上がらないと」

「セシリアが言ってることの意味はよくわかんないけど、まあそういうことよね。あたしも行くわ、千冬さん。大事なのは何をすべきかじゃない。何がしたいかよ」

「代表候補生にあるまじき発言だなオイ」

「ドイツのことは部隊の者に任せておけば安心です。任せてください教官。私の運命は嵐を呼びます」

「僕も、フランスに戻っても逆に色んな人に迷惑かけちゃいますから、ここで頑張ることが国のためにもなります。……専用機持ちは助け合いでしょ」

「嵐を呼ぶな、嵐を。助け合いってーのはわかるけどさ」

 

 

 その結果が、この強い眼差しだ。

 一人として引く気はなく、ファントム・タスクと戦うことを決意した。

 セシリアや鈴あたりは国の守りを放りだすことに対してある程度の葛藤はあったようだが、それでも今の時点で守れているのならここでこそ為すべきことがあると思ったようだった。

 

 まったく、嬉しいねえ。

 

「それじゃあ、俺達も一緒ってことでいいよな、一夏、箒」

「当たり前だ。……絶対、守ってみせる。人の命は、地球の未来だからな」

「私達の力で、ファントム・タスクをシャットダウンするぞ」

「私も……やるよ。世界を守るは専用機持ちの使命だから」

「ロシアには適当に言っておけばいいわ。あの国、なんだかんだで結構放任してくれてるから」

 

「ふん……やはり、こうなるか」

 

 それは今さらですよ、千冬さん。こんな話を聞かされて黙っていられるほど俺達は聞き分けがよくない。この世界を守るため、悪の秘密結社と戦う少数精鋭。その一員になれるなら、俺はなんだってしますともさ。

 

「話はまとまったみたいですね。いやー、色々根回ししてたのが無駄にならなくてよかったです」

「根回し?」

「ええ。イギリスフランスドイツに中国ロシア、それぞれの国からみんなの機体のパーツやらなにやら補給の手はずは蔵王重工経由でできるように整えてあるんですよー。だから、安心して無茶してくださいねっ」

「あ、あの……わたくしのブルー・ティアーズは国家が開発した試験機で、パーツが流通しているなどありえないのですが」

「うちの甲龍だって同じよ。それでも、補給できるっていうの?」

「当たり前田のクラウドブレイカーですよ。えへへ~、蛇の道は蛇って言葉知ってます?」

「……」

 

 しかも、実際のところはお聞きの通り整備の心配もないと来た。おそらく蔵王がこれまで培ってきたコネとかをフルに使ってそのあたり整えたんだろうけど、ホントすげぇな。

 こういう状況が一朝一夕で仕込めるはずもないことを考えるに、それなりに以上に周到な根回しとかその他諸々があったことは間違いない。まったく、いざ協力すると決意したらしたで心配ごとが増えないようにしてくれている辺り、千冬さんは本当にいい教官ですよ。

 

 

「さあさあ、そうときまったら次はさっそく『お色直し』です! みんな揃ってうちの格納庫へゴー! 一杯装備あげちゃいますよー!」

「わわわわ、ワカちゃん!? 押さないで!」

 

 そして、絶好調のワカちゃんである。とりあえず手近にいたシャルロットをひっ立たせて部屋から出そうと背中をぐいぐい押している。

 説明一切省かれたんで状況は不明なのだが、おそらくこれからの戦いのために蔵王重工で色々と武装を見繕ってくれるんだろう。それを差して「お色直し」扱いするあたりが実にワカちゃんらしいのだが。

 ただでさえISをゴテゴテ武装だらけにするのが好きなワカちゃんだ、こういうのも楽しくてしょうがないんだろうよ。

 

「ですがワカさん、よろしいんですの? 今の情勢下でIS学園に協力するなど、蔵王重工にとって不利になるのでは……」

「大丈夫ですよ、セシリアちゃん。これは誰かがやるべきことですし、ウチの理念にもかなっています」

「蔵王の……理念?」

 

 不思議そうに首を傾げるセシリアに、ワカちゃんは振り向いて微笑を浮かべる。

 そのままシャルロットの背中を押していた手を離し、廊下へと、その先の格納庫へと続く扉を右手で示し、左手は歴年の執事のように折り曲げ胸元へと添える。

 わかる人にはわかるだろう、武器商人御用達の「世界平和のポーズ」って奴である。

 

 であるならば、ワカちゃんが既に抑えきれなくなってきている満面の笑みからつなげる言葉、蔵王重工の掲げる理念とは何か、自然とわかろうというもので。

 常に心に刻んでいるであろうその言葉を、口にする。

 曰く、

 

「世に平穏のあらんことを」

 

「あ、ぴったりだね」

「ごめんワカちゃん、シャルロットには全く反論できねーわ」

 

 ……まあ正しいと思うよ。理念は。

 理念だけは。とりあえずワカちゃんの強羅が黄色と黒のツートンカラーに塗られるようなことがあったら、命をかけてでも止めようということを、俺は――あと多分千冬さんあたりも――誓ったのでしたとさ。

 

 

◇◆◇

 

 

 さて、そんなこんなで色々とシリアスの皮を被った状況説明が行われたりしたのだが、現在の俺達はその辺を終え、蔵王重工の格納庫にやってきている。

 あの地下司令室を出て、戦闘機なんかを地上に上げるために使われそうな部屋一つ分くらいある床が丸ごと斜めに上がっていくエレベーターで地上に出て、そこから本社施設から少し離れた格納庫へとどやどや歩いている。目指すそこにて、俺達は色々と今回の一件において使えそうな武装の類をもらう予定なのだ。

 

 ちなみに、ワカちゃんとはエレベーターに乗る前に分かれている。なんでも別件のお仕事があるのだそうな。そっちへ行くのは最後まで渋ってたけど。

 

『ほらっ、ワカさん! あなたは今日からしばらく北海道の防衛にあたるんでしょう!』

『もうちょっと待って真耶ちゃん! 後生だから改造に立ち合わせてえええええ!』

『改造じゃなくて装備の受領だけだったはずですっ! 蔵王重工の場合もれなく魔改造になるんですから、そんなことはさせません!』

 

 こんな感じで。なんだかんだでワカちゃんも優秀な専用機持ちだから、北海道の半分くらいを一人で防衛するのだとかなんとか。お仕事がんばってねー。

 

 ワカちゃんにとってこの手のわがままと引きずられていくのは割といつものことなのだが、それでも初めて見た人の目には刺激的に映るだろう。事実、性根の優しい簪などは先ほどからしきりに気にしていた。

 

「それにしても……ワカちゃん、今からで北海道行きの飛行機に間に合うのかな?」

「ああ、そのことなら心配いらないぞ。飛行機ったって、すぐそこから飛ぶし」

「……へ?」

 

 だが、そういう他人の想像を平然と裏切るからこそ、我らのワカちゃんだ。

 

 ズゴゴゴゴゴゴゴッ、と。

 簪の疑問を待っていたかのように轟音が辺りに響き渡った。

 

「な、なんだなんだ!?」

「地震!?」

「いや待て、あれを見ろ!」

 

 音に続いて大きくなる地響きに、驚きの声を上げる俺を除いた一同。驚いてしがみついてきた簪を支えてやり、そのせいで会長が嫉妬の視線を向けてきたりもするが、この役目は譲りません。

 

 だがまあ、この反応も仕方があるまい。

 突如こんな現象が起こればさもありなんだし、なにより。

 

「ひ、飛行機が……」

「地面から……」

「飛び立った……っ!?」

 

 ごおおおーっ、とジェットの音も高らかに滑走路のあった位置、明らかに俺達の目から見える地面より「下」から機首を空へと向けて高く舞い上がっていく、軍用輸送機っぽい飛行機を見ればこうもなろうよ。

 

 ちなみにこの現象、もし上空から見ている人がいれば本社ビルの遊歩道外側に併設された滑走路が中心線から左右に割れ、開いた地下部分から飛行機が飛び上がってくる光景を目にしていただろう。

 これ、いかにも秘密基地っぽい、蔵王重工自慢のギミックなのだそうだ。

 初めて見たときは超感動しました。

 

「ま、真宏っ! アレ何よ!」

「あれはワカちゃん専用輸送機<大掃除>。払い下げられた重爆撃機から武装を取っ払って居住性を上げて、ついでに積載量も増やして輸送やら移動に使ってるんだそうだ」

「飛行機の方じゃなくてっ! なんで地面の下から!?」

「簡単なことだ。至極単純に、『地面の下に本当の滑走路があるから』ああなってる」

「な、なんという無駄なことを……」

「あれ、絶対そのほうがカッコいいからとかの理由で作ってるよね……?」

 

 だが、普通の人が見たらこうもなろう。

 ぐんぐん高度を上げていく軍用機っぽいシルエットの輸送機を呆然と見上げ、俺達はしばらく言葉もなくワカちゃんを見送っているのだった。

 

 あとこれは余談なのだが、あの輸送機が<大掃除>と名付けられているのは、「もし積載量限界まで爆装して出撃したら、都市一つくらいまるっとお掃除できそうだから」らしい。名付け親たるワカちゃんのセンスに脱帽である。

 

 ついでに、この地下から飛行機が発進するというギミック、どこぞの国の偉いさんがやたらと気に入って最高権力者の住む家的なところの地下にも同じような物を仕込んだと以前ワカちゃんに聞いたんだけど、一体どこの国が仕込んだんだろうね?

 

 

 余談であるが、この後北海道は見事ファントム・タスクによる攻撃の標的となり、ワカちゃんは防衛に大活躍したのだそうだ。

 曰く、「空を見たらミサイルの爆発より迎撃の爆炎のほうがデカかった」、「狙いが逸れたらしきミサイルの前にISが割り込んで身を呈して守ってくれた……と思ったらミサイル直撃後そのISは何事もなかったかのようにまた迎撃に戻った」、「グレネード一発でミサイル三発くらいまとめてぶっとばしてた」などなどの武勇伝が生まれたというが、ワカちゃんならよくあることだから気にしてはいけない。

 

 

 とまあそんな感じで、たとえワカちゃんがいなくなったとしても色んな意味で油断はできないのだろうと、仲間達一同は覚悟を決めたことだろう。

 

 ……その程度では、足りるはずもないのだが。

 

 

「さて、まずはブルー・ティアーズのビットをこの伝統ある漏斗型の物に変えて……」

「いやいや、物理武装が足りてないみたいだし頭の部分にこのブレード付きのスラッガービットをだな」

「ちょ、ちょっと待って下さいませんこと!?」

 

「うーん、このとっつきは芸術的ねえ」

「あ、ありがとうございます」

「ねえねえ、他にもとっつき的なナニカを使ってみる気ない? ヒートパイルとかレーザーパイルとかあるわよ。……あ、最近できたばっかりの空気圧パイルなんてどうかな。ビル3棟貫通するくらいの威力がある……かもよ?」

 

「ねえねえ鈴ちゃん、この装置をつけると空間圧縮を応用して右手が通った空間をえぐり取れるようになるような気がうっすらするんだけど、使う気無い?」

「こっちの両手にくっつけるドラゴンヘッドなんてどう? この口で食べた部分を亜空間にばらまけるわよー」

「いりませんっ」

 

「ラウラちゃんはお得意様だから、一杯グレネードあげるわね」

「このリニアレールガン、いいわよねー……。太いんだよぉ! 硬いんだよぉ! 暴れっぱなしなんだよぉおお!」

「は……弾はありがたいのですが私の体が埋もれるほど貰っても困ります」

 

「さあさあ箒ちゃんは、より効率よくブレード光波を出せるようにしましょうか。ちょっとこっちに来て横になってもらえる?」

「大丈夫、心配いらないわ。ナニカサレタりするわけじゃないから」

「ひぃぃぃぃっ!?」

 

 ……蔵王において、まあこのくらいは通過儀礼くらいのもんだ。

 格納庫に入るなり、待ち構えていた整備班の人々がわっと寄ってきて、箒達一同はそれぞれ抵抗の間もなくかっさらわれてご覧のあり様である。

 蔵王の整備士は無駄に腕がいいから反論も難しく、それでいて人一倍ロマン武装やらネタ武装を愛する人々だから、放っておいたらそれぞれの機体はとんでもないことになるだろう。

 これまで強羅を育ててきたのは伊達ではない。ISコアを宥めすかしてだまくらかして、大火力兵装を搭載させることにかけて右に出る者などいはしない

 

「よーしこの日をどれだけ待ったことか! 今日こそ蔵王重工内『僕の考えた最強のIS』クラブの実力を見せるとき!」

「バズーカとビーム・ガトリングガンと手投げのグレネードとビームマグナムと……えぇいシールド3枚もおまけだ!」

「ちょっと、何やってるの! 白式は高機動型なのよ!? そんなに武装を乗せるなら……背中にはこの大型ブースターもつけなきゃダメじゃない!」

「さっすが班長! そんなもんどっから調達して来やがった!」

「航空機部門からパチって来たわ!」

「じゃあこっちのアームドアーマーはやめておきますか。そのうち白式が黒くなったら使うとしよう」

 

「ま、真宏っ! 助けてくれえええ!」

「この状況で俺が救いの手など伸ばすと思うのか。むしろもっとやれ。フルアーマー白式改になる日も遠くないぞ」

 

 そして、たとえばどんどんフルアーマーになっていく白式。装甲あらばどんな武装でも付けてみせようとばかり、白式に群がった整備士達が次々とくくりつけていく。

 ワカちゃんは言っていた。「量子化できないならば、担いで持って行けばいいじゃないですか」。その言葉を忠実に実行すべく、今もって装備の量子化格納を拒み続ける白式に片っ端から武装を物理的に乗せているのでありましたとさ。

 

「千冬さん、止めなくていいんですか?」

「今はやっても無駄だ。それにこれも経験だろう」

 

 などなど、既にして準備万端な強羅と、この場にISを持ちこんでいないから標的となっていない千冬さんとで状況を眺めてみていたりする。

 白式のアレはやりすぎだし、展開する度に蔵王の整備士に取りつけてもらわなきゃいけないから実戦に持ち込むことはできないだろうが、それでもたまにはああしてゴテゴテくっつけるのもいいものだ。どうやら千冬さんはそう考えているらしい。

 確かに、これで万が一白式の装備使わず嫌いが治ってくれたりしたらうれしいところなのだが。やっぱり、それは望み薄かねぇ?

 

 

 蔵王重工という場所が場所であったために少々アレな感じになりはしたが、これもれっきとしたIS学園としての戦略の第一歩だ。

 これから先、俺達は多分他のどんなIS使いよりも過酷な状況を経験することになる。その時のために千冬さんとワカちゃんが俺達にできることといえば、せめて少しでも武装を充実させることくらいなのだろう。

 力はあり顔も広いが、だからこそ今の世界情勢においてはきっとしがらみも多いはず。それでもなおこれだけ色々と用意して支えてくれることに、感謝の念は尽きない。

 

「……がんばりましょう、千冬さん」

「無論だ。お前は特にこき使ってやるからな、覚悟しておけ」

 

 みんながわーわーぎゃーぎゃーと自分のISのことを気にかけていて、こっちに意識が向いていなかったからだろう。壁際に並んで立っていた千冬さんは、俺の頭をわしゃわしゃと掻きまわすように撫でる。

 あー、なんか懐かしい。昔一夏達と一緒に篠ノ之道場に通っていた時、何を血迷ったかごくまれに俺を褒めてくれるときにはこんな風に頭を撫でてくれた。

 

 ぶっきらぼうで照れくさそうで、だがそれでも優しさが伝わってくる。千冬さんは俺にとっても姉のような人だから、昔の思い出補正もあって年甲斐なく嬉しくなってくるじゃないか。

 

 仕方ないな、それじゃあ俺も粉骨砕身、全力で頑張らせてもらいますよ。

 

 

◇◆◇

 

 

『……なんて殊勝なことを思ったのがいけなかったのかなあ!』

「――真宏、次は4時方向上空!」

『了解っ!』

 

 振り向きざま、左手首のあたりに接合されていたゴーガンを展開して放つ。

 弓本体も弦も金属製のこのゴーガンですら普通の弓と変わらず引き絞り、矢を放つことができるのは、強羅の腕力があればこそ。

 矢も重金属の特別製。亜音速で飛翔した鉄杭のごとき矢は狙った通りに落下するミサイルの胴体を貫き、空中に再び爆炎の火花を破裂させた。

 

『うおお、っと』

「また撃墜! やるじゃない、日本男児!」

『当然ですよ!』

 

 少々距離が近かったせいもあり爆風にあおられて少し体が空を流れたが、その先にいたこの国のIS使いが操るラファール・リヴァイヴに支えられてなんとかなった。

 こちらと違って普通のアサルトライフルやミサイルなど少し多めに持たされている程度の彼女は全力での迎撃をするわけにもいかず、こうして主に俺のフォローをしてくれているのであった。

 

 ……大体こんな感じでミサイル迎撃を繰り返すこと、数時間が経過している。

 

 今俺がやっていることは、先の説明の通り。某国にてミサイル迎撃のお手伝いをしているのであった。

 一応ここへ来る前になんかミサイル飛んで来そうな確率が高いからと説明は受けたが、現在地球上のどのあたりにあるのかすらいまいちよくわからない異国の地で、ファントム・タスクの攻撃への迎撃をすることになるなどさすがに思わなかった。

 

 

 蔵王重工で装備を受領してから最初に俺達専用機持ちに下された使命が、こうして世界各国に散ってその国の防衛を手伝うことだった。

 

 ISを保持しておきながら防衛に手を貸さないのか、などという文句をかわすと同時、国際貢献の名の下に上手いことミサイル迎撃に居合わせたらミサイルについてや発射地点についての情報を集めるようにと、大体二人一組くらいで世界中のあちこちに派遣されている。

 一夏と箒組はさすがに身分的に危ないので、大国は避けた上でかなり短い期間しか送りこまれなかったから不発に終わったようだが、セシリアと鈴のペアはファントム・タスクの攻撃に居合わせ、特にセシリアはビットの手数もあって並のIS使い10人分くらい働いたとか何とか。

 でもって、その国の軍部の偉いさんに「あれが代表候補生の仕事だ」とか感心されたとかされなかったとか。ちなみにそのお偉いさん、若い頃は赤いなんとかと讃えられるほどのエースだったらしい。

 ……別にこのミサイル攻撃に核弾頭が使われたという事実はないはずなのだが。

 

「大丈夫? ……無理、してない?」

『ああ、簪のサポートのお陰で大分楽だ。強羅じゃあ、肉眼だと見えないくらい遠くのミサイルは捕え辛いからな』

 

 そしてこの国には俺と簪の二人が派遣されている。

 自前のISをそれなりの数保有している大国は避け、手伝いに行ったが最後抱え込まれるなどということも政治的な手まわしによって防いでくれているという話だから、お陰で伸び伸びと迎撃に専念できる。

 

 ……そして、そういうことよりなによりこうやってたまに簪が心配してくれるのが実にうれしい。不安がらせるのは悪いと思うんだが、こうして余裕ができる度に寄ってきて気遣ってくれると思うとますますがんばろうという気が湧いてきてロマン魂が唸りを上げ、それを遠くからこの国のIS使いの人にニヤニヤ見られている。

 ふ、ふーんだ。見せつけてるんだからいいもんねーだ。

 

 

 ……しかし、実際のところこの国あたりは俺が来てよかったと思う。

 国際的な発言力があまりないらしく、この国に配備されているISは量産機がほんの少しだけ、らしい。さっきのラファール・リヴァイヴ操縦者も、ここしばらくはその機体を使い回している何人かのチームでそれこそ24時間体制のスクランブル待機をしているという話だ。

 専用機じゃないので使用後次のスクランブル当番用の設定と整備も必要で、整備班も含めてかなりの負担で疲れていたらしい。

 まともに模擬戦なんかをした場合だったら俺よりも腕は上かもしれないが、量産機を数人のパイロットで使い回しているため機体性能も武装もこういった迎撃には向かない物ばかりで、かなり不安だったのだという。

 

 その点、俺は蔵王重工から色々貰っているから安心だ。

 

「でも……本当に大丈夫なの? そんな……『フルアーマー強羅』としか呼べない装備、すごくかっこいいけどバランス悪いよ。トマホークとかゴーガンとかヨーヨーとかビームライフルとかキャノン砲とかミサイルとか剣とかバズーカとか」

『心配はいらない。我々の業界ではむしろご褒美です』

「うん……それは、わかる」

 

 今の強羅の、元のシルエットすら残さない勢いのてんこ盛り状態。それこそが、蔵王にわざわざ行った意味というものである。

 

 なにせ俺の機体は蔵王を開発元とする強羅。あそこで用意してくれた武装に搭載不可能なものなどなく、他のみんなが搭載できなかったりさすがにちょっと、と遠慮した物なんかをノリと勢いのままに片っ端から乗せて行ったらこうなった。

 まるで、ロボットアニメの第一話でなんか武装がないかと聞いてくる子供が候補に挙げた物を全て真に受けたかのような有様である。

 

 武装としてはネタ度が高いのだが、実のところかなり重宝している。

 何せこのミサイル攻撃は、これまでの情報からも一度の攻撃時間が長くなっていくことがわかっている。二、三発撃破して終わりなどということはなく、今この国に唯一の専用機持ちということで広い範囲を任されている俺にとって、手数の多さはそのまま安心につながるのだ。

 

「……! また来た、次は9時方向!」

「――ごめん、強羅と打鉄! こっちじゃ手が回らないから、そっちお願い!」

『お任せあれ! あのすさまじい威力、どこにも落とさせません!』

 

 そして、さらに簪のサポートもある。

 誘導性能の高いミサイルは本当に危なくなった時のために温存しておいてもらい、その分余裕がある演算能力でハイパーセンサーの感度を上げ、周辺超広範囲の索敵を担当してもらっているのだ。

 

 これまで何発か迎撃した感触からするに、ミサイルはそれほど精密な誘導をされているわけではないらしい、普通の弾道ミサイルが主だ。時々地中攻撃用らしく単発のままの頑丈な物も混じって入るが、基本的にかなり高高度で複数弾頭に分かれる上に、一つ一つの速度は秒速数キロメートルというレベルに達している。ISの探知範囲と火器管制能力、火力がなければとてもではないが対応しきれるものではないし、一人で全て迎撃などできようはずもない。

 いくつかの国では過去の例にあやかり、この種の防衛ミッションをそれぞれの言葉で「白騎士作戦」と名付けているそうだが、とてもじゃないけどあそこまでの活躍はできまいよ。本当に、白騎士とその操縦者がどれだけすごかったのか改めて実感する限りだ。

 

『いけぇっ! 超電童ヨーヨー!』

「……わー、本当にヨーヨーでミサイル撃ち落としてる」

 

 ぶおん、と唸りを上げて振るわれた強羅の腕から飛び出したヨーヨーが空中で弧を描き、本体の中に巻き込んでいたワイヤーを細く伸ばしながらミサイルと交差する軌道を走って当たる端から迎撃していく。そしてそんな光景を見たこの国のIS操縦者さんが呆然とした声を上げる。

 俺達自身それなりの高度にいるし、眼下の都市に住んでいる人々は既に避難が終わっているというから思う存分やればいい。俺を送りだした千冬さんと、この国で応対してくれたIS担当者にそう言い含められていた。

 

 だから、俺はミサイルが来るたびにこちらもミサイルを放ち、ビームライフルで迎撃し、ヨーヨーを投げ、コマで必殺転技を披露して、都市部には一発たりともミサイルを落とさせはしなかった。

 

『お、白鐡補給サンキュー……って、やっべ、あのミサイル近い! 白鐡、ソードモード!』

――キュイィィ!

 

 しかしながら全てがそううまくいくわけではない。

 対応しきれずミサイルの接近を許してしまうことがあると、射撃武装よりも近接の武器で挑んだ方が手っ取り早いこともある。

 俺はこのとき地上へ弾薬やら何やらを取りに行って、限界まで爆装した戦闘機みたいにこんもりとミサイルやらなにやら持ってきてくれた白鐡に変形を命じ、いつぞやダーク強羅を斬った時と同じように剣となった白鐡をその手に持つ。

 

『よっし、真っ二つじゃああああっ!!』

――キュイイッ!

 

 よりにもよって今近づかれたのはバンカーバスタータイプ。もしも落としてしまえば地下の都市インフラにも壊滅的な打撃を与えてしまうし、この距離では頑丈な弾頭部を破壊するほどの火力を叩きつけている時間もない。

 だからこそ、この手段。白鐡のスラスターで空に向かって加速して、あっという間に視界のなかでデカくなるミサイルに両手で掴んだ剣を振るう。

 技なんかいらないから、とにかく力任せに。弾頭の硬さに負けるかも、なんていうことは微塵も考えず、ただぶった斬るためだけに、斬り飛ばせ!

 

『せえりゃあああああああああ!!』

 

「……あなたの彼氏、すんごいのね。ミサイル縦に真っ二つじゃない」

「か、彼氏……っ。……はい、すごいんです」

 

 背後で真っ二つになったミサイルがそれぞれ爆発したことで生じる黒煙と爆炎に強羅のフォルムの陰影を濃くしている俺から少し離れたところで、別の弾頭を迎撃していたこの国のラファール使いのおねーさんから、簪にそんな声がかけられた。……おーい、オープン・チャネルだからそれ俺にも聞こえちゃってますよー。

 

 ま、まあいいや。なんかさらにもう一発来てるから、そっちもついでに落としておこう。

 

『今度は少し余裕がある……よし、白鐡! アレやるぞ! シルバーウィングモード!!』

――キュイキュイ!!

 

 ソードモードの白鐡に命じると、俺の意に応えて更なる変形を開始する。

 

 一度元の鳥型に戻ったのち、本来スラスターがあった基部を強羅の腕部パーツに合わせた形状に変形させ、右腕に接続。白鐡の体を右手に宿したシルバーウィングモードへと姿を変えた。

 

 そのまま、白鐡の高機動を実現するためジェネレータからスラスターへとつながっているエネルギーラインを強羅と直結。莫大なエネルギーを還流させ、大きく広げた翼から大気中の荷電粒子を取りこんで圧縮。白鐡の嘴の奥に煌々と光を放つ塊を生じさせた。

 

 さあ行くぜ、初公開。

 鳥っぽいサポート役がいるのだからいつかどこかでやらねばなるまいと決めていて、ばっちりカクテルについて調べて名前も決めたこの技を見るがいい。

 

「シルバァァァ、バレットォ!!」

――キュイイイイイイイイイッ!!

 

 バレットってーか、明らかにビーム的な銀色の光が白鐡の口から迸る。

 細身の白鐡の体から吐き出されたとは思えないほどのエネルギーを秘めたその流れは真正面から弾道ミサイル数発を飲みこみ、跡形もなく消し飛ばしてのけたのだった。

 

 

「ホントすごいわね、あなたの彼氏。……いやホントに」

「え、ええ……」

『すまん、さすがにあんな威力になるのは俺にとっても予想外だった』

 

 パカリと開けたままの白鐡の嘴の端からしゅうしゅうと煙が上がっている。空にはさっきまで見えていたミサイルの航跡すら見えず、綺麗な青空だけがあった。

 ……うん、まあ白鐡だって強羅の装備なんだ、過剰な火力は当然持ってるはずだよね!

 

 そんな感じで、無理矢理納得しておくことにしました。勢いで使えるもんじゃねーな、これは。

 

 

「迎撃率98%。……やったね真宏、下の町に被害はないよ」

『ああ、簪のお陰だ。助かった』

 

 ともあれ、このミサイル迎撃作戦、なんとか成功裏に終われたようだった。実際ハイパーセンサーによって知覚できる範囲では人的被害がなく、ほとんどすべてのミサイルは迎撃に成功。

 撃ち落とし損ねたのは大きく軌道が逸れていた数発くらいだが、残念なことにあった。折悪しく都市中心部へのミサイルが迫っていたこともあって見逃さざるを得なかったのだ。

 

『……それにしても、ファントム・タスクの狙いがわからんな。なんか、違和感がある』

「真宏も、そう思う?」

 

 その外れミサイルが、なーんかきな臭い。

 あのミサイルを見逃したのは、飽和攻撃状態になって手が回らなかったことと、都市部への落下コースから外れていたことが重なったからだ。

だがそういうこっちが逃さざるを得ないタイミングとか、わざわざそういうのに限ってさりげなく単発のバンカーバスタータイプだったこととか、根拠は特にないのだが怪しく思えて仕方がない。

 弾道ミサイルってものは基本的に命中精度がそこまで高い物じゃあないらしいが、それでもモノによっては狙ったところへ落とすことも可能なんだとか。あれがそうではなかったという可能性もないんだが……。

 

 強羅と打鉄弐式が、今回の攻撃の情報をまとめてくれている。それだけではミサイルの発射地点すら特定することはできなかったようだが、それでも得られた情報は多い。

 意図の読めない犯行声明を出した以外には何を企んでいるのかわからないファントム・タスク。

 その尻尾を掴むのは一体いつになるのやら。

 もうミサイルが飛んでこない、さっきまでの激闘が嘘のように感じられる青が深い空を見上げ、胸の内に沈む形容しがたい感情に悩む。

 

 この戦い、いったいどんな終わりを迎えることになるのだろうか。

 それが、今の俺に取って二番目に頭を悩ます問題だった。

 

 

 ちなみに一番悩んでいるのは、お仕事とはいえせっかく海外まで来たんだから、このあと簪をちょっとデートに誘うべきか否か、であったりするのだが。


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