IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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番外編 その一「がんばれシャルロット K.K道中~僕がとっつきらーになったわけ~

 「あの」夜から一夜が明けた。

 

 ……ちなみにここでいう「あの」とはあくまで専用機持ちタッグトーナメントがかつてない規模で襲撃され、それに伴う戒厳令が解けなかったために生徒達が寮から一歩も出ることのできなかった不安な夜のことを指しているのであり、ISのコアネットワークに匹敵すると一部で噂されるほどの情報拡散力を誇る女子ネットワークにより、その日のうちに学園全土へ噂が広まったとある少年少女の起こした別の大事件とは特に関係が無い。無いったら無い。

 

 

 いずれにせよ、あんな事件があったというのにIS学園は今日からすでに平常運転となっている。

 襲撃されたアリーナこそ厳戒態勢で閉鎖されているが、そこで行われるはずだった授業と訓練を他のアリーナに割り振ることによって授業運営上の問題もクリアし、取り急ぎ授業再開とあいなったのだ。

 

「昨日の事件、すごかった……のかな?」

「ごめん、わかんない。例によってなんかわけわからないうちに終わったし、多分専用機持ちの人たちが片付けたんじゃない?」

「そんなことはどうでもいいのよ! むしろ昨日一番の大事件は真宏くんのほうでしょ!?」

「「あたぼうよ!!」」

 

 そんな朝の教室では、少女達が不安など微塵もなしにさっそく噂話に花を咲かせていた。

 おそらくアリーナや職員室、さらには生徒の知らない秘密施設ではIS学園職員達――というか主に山田先生――が事態の収拾と各国や国際IS委員会への説明のことで頭を抱えているのだろうが、知ったことではないとばかりの喧騒であった。

 

 無理もないことだ。

 大多数の生徒にとって事件に居合わせてしまい生きた心地をしなかったのは紛れもない事実だが、その直後一年生寮にて神上真宏と更識簪の間で「あんなこと」があったのだから。年頃の乙女にしてみれば、それ以上に優先することなどなにもない。

 ましてIS学園ではそうそうお目にかかれないと半ば諦めていたような超グッドイベント。一夏の方がそういう噂が多かったのに、まさか真宏の方が先だとは。

 口々に語られる言葉は否応なしに熱を帯びる。

 

 

「……おはよう」

「「「――っ!」」」

 

 そんなざわめきが、教室に響いた一人の声で瞬時に静まった。

 

 基本的なデザインは共通のはずなのに、スカートではなくズボンを履いているというだけでとても珍しく見える、制服姿。改造に改造を重ねた末ボンタンに行きついた制服すらあるなかで、シルエットだけなら普通の学校の制服のように見えなくもないそれは、IS学園で二人しか――一時期は三人だったが――袖を通す者のいない栄光の男子用制服。

 

 それを身に纏う者のうち、今日このときに周囲からの期待と緊張がはちきれんばかりに詰め込まれた沈黙を作り出せるのは、一人しかいない。

 

「おはよう真宏」

「……ぉー、おはよう一夏」

 

 そう、他ならぬ神上真宏である。

 

 さっそく一夏と挨拶をかわして席に着く姿は、いつもの無駄にテンションが高かったり自信がありそうだったりな姿とは違い、どこかすすけて見える。

 おそらくそれは登校の途上にも昨日の一件について抑えきれない好奇の視線にさらされたからに違いないと、IS学園一年一組の女子生徒一同は思う。思うだけで自分達も同じことをする気満々なあたりが抑えきれない花の十代の衝動なのだが。誰だってそーする。クラスメートだってそーする。

 

 ……ちなみにごく一部、「ゆうべは おたのしみ でしたか?」など囁く手合いもいたりしたのだが、まあそれも仕方のないことだろう。実際のところどうだったかは、当人達しか知らないのだからして。

 

 誰もが真宏に注目している。

 一人寡黙に席に着く箒も、級友と談笑していたセシリアも、一部の女子に熱い視線で詰め寄られているシャルロットも、黙々とナイフを磨いているラウラも今は真宏に視線を注いでいた。

 あの真宏が一夜明けてどんな行動に出るのか。楽しみでしょうがないと全ての瞳が語っている。らんらんと、各員の瞳の輝きは増すばかりだ。

 

「どうしたんだ真宏、元気ないな。あんなことがあって、さすがにロマンも尽きたか?」

 

 ……そんな「いつもの真宏」に対する想像は、しかし。

 

 

「いや……ロマンとかどうでもいいし」

 

 

 砕かれた。

 

 

「……。…………。……………………え?」

 

 沈黙が訪れる。

 だが今度はさっきまでと違い、身じろぎの音すらない冷たい、それでいて完全な静寂だった。

 

 真宏の言葉が放った言葉は小さい声だったにもかかわらず不思議と教室中に広がり、クラスメート全員に、ただならぬ衝撃を、与えた。

 

「ま……真、宏……?」

「ん~……?」

 

 真宏との付き合いが誰より長く、その人となりを熟知し、そして今この言葉を最も近くで聞いた一夏の受けた驚きは、いかほどのものであったか。

 普段ならば千冬にも負けないほどにまっすぐ伸びた背筋をぐにゃりと曲げて机に突っ伏す真宏に対し、一夏が伸ばす指先は憐れなほどに震えている。

 唇はこの一瞬で血の気を失って青くなり、見開かれた瞳はガクガクと揺れ動きながら涙を失い乾いて行く。

 

 しかしそれも無理からぬこと。友のこんな変わり果てた姿を見れば、そうもなろうというものだ。

 

「……はっ!? 一夏、大丈夫か!? 真宏も、しっかりしろ!」

 

 いち早く立ち直ったのは、箒。

 血相を変えて二人の元へ駆け寄り、一夏に声をかけ、真宏の胸倉を掴んで無理矢理ひっ立たせる。カツアゲでもするかのような行動ではあるが、一夏に次いで長く真宏を見てきた箒なれば、この心配と動揺も仕方のないことだ。真宏がロマンをどうでもいいと言う、この事態の異常さは、真宏に釣られて精神を破壊されかけている一夏以上に把握している。

 

「ま、真宏さんどうしたんですの!? 一体何が……っ!」

「バカな……真宏だぞ、あの真宏が……ロマンをどうでもいいと言うなど!」

 

 その驚きは、徐々に意識を取り戻しつつある教室内にも広がっていった。

 水面に生じた波紋が広がるように、ざわめきと驚きが教室内を走る。セシリアは震えだした級友を抱きかかえ、ラウラはナイフを取り落としてついでに机の中からもじゃらじゃらと銃弾やら拳銃やらナイフやらナイフやらナイフやらをこぼしてしまう。

 

 そして。

 

 

「真宏が……真宏が死んじゃったーーーーー!!!」

 

 

 教室はおろか校舎全体にまで響きそうなシャルロットのその叫び。

 それこそが疑いなく、クラス全員の心の声の代弁だった。

 

「シャルロット! 縁起でもないことを言うんじゃないっ!!」

「だって……だって、真宏からロマンを取ったら何が残るのさ!?」

「うっ」

 

 はらはらと涙すらこぼして叫んだシャルロットに、返す言葉は誰も持たない。

 それは、むしろ真宏という人間のことを知れば知るほどフォローのしようの無い叫びだった。いまだ虚脱したように無気力な様子で箒に吊りあげられたままの真宏からは、確かに隙あらばロマンロマンと言い続け、行動でも示し、最近IS学園にも色々と感染させつつあった普段の真宏の面影は確かにないのだから。

 

「びっくりするほどなにもないなぁ……」

 

 それはもう、こんなことを口走るくらい。

 

「ほらぁ!!」

「ほらじゃない! 真宏も、貴様案外余裕があるのではないかっ!?」

 

「……はっ!? 俺はいったい何を……?」

 

 そのまま真宏が即座に保健室へと叩きこまれたのは、言うまでもあるまい。

 

 

◇◆◇

 

 

「ワンオフ・アビリティの……副作用?」

「らしいな」

 

 その日、真宏は一つも授業を受けることなく検査に次ぐ検査へと学園中をたらいまわしにされた。

 医学的な身体データの採取に始まり、脳波測定に精神鑑定、IS適性から強羅の機体チェックなど思いつく限り手当たり次第とばかりに検査漬けの一日を過ごし、こうして放課後になってようやく保健室へと戻ってきたのだった。

 

 真宏のこの体調不良――と呼ぶべきなのか友人たちは迷ったのだが――の原因としては昨日の事件が関わっている可能性が高いため、保健室に入っての面会を許されたのは事件の当事者となった専用機持ちの一年生のみ。

 箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、そして一夏と簪が真宏の口から語られる検査結果を神妙に聞いていた。

 

 ちなみに、今の真宏はすっかり元通りの様子になっている。さすがにあちらこちらで検査検査検査とこれまでの人生で調べられたことなど一度もないような項目の検査も多々あったらしくそれなりに疲れている様子だったが、むしろ面白い物を見られたとそれなりに楽しんでいるのはいかにもらしいといえた。

 

 そんな友の様子を見て、一同はほんの少しだけ安心する。

 別のクラスから集まってきた鈴と簪のうち、鈴はまだしも真宏の惨状を聞かされた簪は朝のHRすらすっぽかしてそれはもう顔を青くし、こけつまろびつ見るからに動転した様子で保健室まで駆けつけて来たらしい。

 今は無事な真宏の様子を見て落ち着いているようだが、簪もまたまともに授業を受けられる状態にはなく、ずっと保健室で待っていたのだから、実は尋常な事態ではない。

 

 そんな真宏の症状の原因が、ワンオフ・アビリティだという。

 

「まあ、まだ確定とは言えないから、しばらく色々検査が続くらしいんだけど。蔵王重工のスタッフも呼ばなきゃいけないらしい」

「それは……大変ですわね」

 

 体は至って健康で、なんら問題は見当たらない。

 精神状態もロマンにステータス極振りしたかのような傾向がみられていたが、それは真宏にとっては平常の証なので無視するとなると、原因として考えられるものは、先ごろ覚醒したワンオフ・アビリティだろうというのが結論だった。

 

 

「強羅のロマン魂は、簡単に言えば精神をエネルギーに変えるものだ」

「ということは、エネルギーに変えた分だけ、真宏の精神が削られる……?」

「そこまで御大層なもんじゃないさ。昨日のアレだと、体感としてはMP8割持って行かれた感じだけど。まあでも、しばらく休めば回復するみたいだ。……あー、でもなんか2000年くらい前の中国の刀匠の幻を見たような」

「簪、この櫛を持っておけ。篠ノ之神社に伝わっていたものだ。いざとなったら私達も手伝うが……わかるな?」

「ありがとう、箒」

 

 その数値的な表し方が適切かどうかは、生憎と日本製RPGをたしなむ一夏や簪であってもよくはわからない。

 だが精神に影響を与えるというこの仮説が正しいだろうことは朝の真宏の様子からして明らかであり、それが不可逆なものでないこともまた、すぐに元通りになったことから真実だろうと知れる。真宏が見たという幻だけが凄まじい不安を煽るのだが、それはそれだ。

 

 

 だがそれでも仲間達の不安の顔はどうしても晴れず、簪は無言で真宏の顔を見つめながら強く手を握る。

 

 常のごとく底の知れない真宏のこの笑みは、自分たちを心配させないための演技ではないのか。

 あっさりと復活しそうでもあるし、無理して笑っていそうでもある神上真宏という人間の本心は、やはりどうしても透けて見えそうにはないのだった。

 

「――そんな不安におびえる皆に、朗報ですっ!」

 

 ……という空気を一息に爆砕してのけたのは、勢いよく保健室の扉をぶち開けて入ってきた小柄な成人女性、みんな大好きワカちゃんであった。

 

「わ、ワカちゃん?」

「はいっ、蔵王重工のワカです! 今日は真宏くんが一大事と聞いて、仕事ほっぽって飛んできました!」

 

 びしりと敬礼する姿も可愛らしく、口走るのはダメ上司の典型のようなこと。それでも可愛いから許そうと思えるあたりが、ワカの生まれついて得なところだった。

 

 もちろん、真宏の置かれた状況を至急調査しなければならないのは間違いないことであるし、強羅のことも調査対象になるならば蔵王重工のテストパイロットとして誰より強羅を熟知するワカならば最適任なのは間違いない。言い方がアレすぎるのは、さすがに少々問題だがそれも緊張と不安を和らげるためのジョークだったのだろう……多分。

 

「真宏くんのことですが、あの症状なら命に別状はありません。はっきりとしたことは後日セカンドシフトした強羅も含めてより詳しい調査の上で結論する必要がありますが、大丈夫です!」

「そう……なの? でもどうして?」

 

 スタスタと長い髪をなびかせて保健室を横切り、真宏の手を取る簪に暖かい微笑みを向けながら語るワカの言葉に嘘が無いだろうことは、この場の誰もがわかっていた。最近ちょくちょくIS学園に訪れることがあるワカは、企業の人間ということが信じられないくらい見た目相応に素直な人格を持っているからだ。

 

「簡単なことです。……まず第一に、真宏くんがロマンを失くしたら、どうなりますか?」

 

「死ぬ」

「死にます」

「死んでしまいますわ」

「死ぬじゃない」

「死ぬがよい」

「だから、死んじゃうって!」

 

「お前らなあ……。否定できないけどさ。あと簪は泣くな。大丈夫だから」

 

 約一名ラウラの発言にはおかしな言い回しが混じり、簪は青ざめて目に涙をため始めていたが、実際そうとしか思えないのだから仕方のないところだ。

 

 何せ真宏といえば、神上真宏。

 妖怪ロマン男の名をほしいままにする強羅の操縦者なのだから、生きるために必須な栄養素としてロマンの名を挙げても何ら不思議はなく、事実そんな謎の生態を裏付けるかのように今朝の異常な様子があったのだから。

 

「その通りです。事実、ロマン魂の影響でロマンが枯渇しかけた真宏くんは、今朝方精神虚脱状態にあった、という話です。……ですが、それはおかしいんですよ」

「……どういうこと、ですか?」

 

 疑問に応えて、ワカは言う。

 確かに真宏はワンオフ・アビリティによって精神に変調をきたしていたはずだが、それならば本来、戦闘の直後にその状態が来ていたはずなのだ、と。

 

「い、言われてみれば……!」

「もちろん、戦闘による精神の高揚やセカンド・シフトを成し遂げたことによる興奮状態がロマン枯渇状態を隠していたこともあり得ます。それでも、普通に考えれば夜になって落ち着けば症状は出たはずです。……何か別のことで精神が妙に高ぶってでも、いなければ」

「……あー」

「――ぁうっ!?」

 

 語りながら、ワカの目はちらりと横を向く。

 その先にいるのは、真宏の隣で今も手を握ったままでいて、視線が集中するや一瞬で首まで赤くなった、更識簪。

 今IS学園で最もホットな話題の中心にある男女の、片割れである。

 

「なるほど、だから今日になってからああなったわけか」

「えっ、あっ」

 

「それならしかたありませんわね。……うふふ、馬に蹴られて死にたくはありませんわ」

「や、ちょっ」

 

「あーあ。なんか急にバカらしくなってきたわね」

「そんな、待ってっ!」

 

「なるほど、これが『リア充は死ね!』という気持ちか」

「う、うぅ~」

 

「みんな、それ以上言うと多分簪さん泣いちゃうよ?」

「……ぐすっ」

 

 一年生専用機持ちの女子達にとってみれば、自分達の友人たる真宏と「仲が良く」、なおかつ専用機持ちの仲間に加わった簪に対して精一杯の生温かさを眼差しに込めて簪を見ているだけだ。

 見られた方は、明らかに精神の均衡を欠くほどに色々と揺さぶられているのだが。

 

「とまあ、こういうことです。精神がすり減るのなら、その分を回復させてあげればいいということ。真宏くんがこうなった時は、何か別の形でロマンを補給してあげればいいんですよ!」

「なるほど、手っ取り早くていいや」

 

 なおも続くワカの説明を聞き、ほむほむ……ならぬふむふむとどこか他人ごとのように平然と頷いているのは、誰あろう真宏である。

 簪に対する仲間達の仕打ちも愛情表現だろうとスルーするあたり、こいつは案外ヒドイ奴だとその場の誰もが思った。……もっとも、いまだ手は簪としっかりつないでやったままなので、そんな態度はただのツンデレにしか見えないのだが。

 

 

「いやあ……思い出しますねえ。ワンオフ・アビリティに覚醒したてのころはやりすぎちゃうものなんですよ。私も、昔ついつい勢いで蔵王重工の訓練所をまっ平らにしちゃいそうになりましたし」

「「「「「「「……」」」」」」」

 

 ちなみに、蔵王重工の訓練所とは山脈一帯を丸ごと使った大規模かつ起伏に富んだ地形の一帯であることはかつて語った通り。

 この場にいる者はみな真宏からそのことを聞かされており、だからこそワカの言葉がどれほど異常な破壊力を内包しているのかがわかる。

 普通ならばバカげた冗談と笑う話。しかし、目の前でかつての思い出に目を細める小さなレディは、実際そのくらい平然とやってのけそうなお人であり、本当にそうかも知れないと思えてしまうことが恐ろしくてならなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 真宏の新たな生態と、強羅のワンオフ・アビリティの真実が明らかになった日から、数日が過ぎる。

 

 その間は、至って何事もなかった。

 日々着実に証拠隠滅の進むアリーナは不気味なほど静かに閉鎖されていたが、それを除けばIS学園の日常はいつも通りのものに戻っている。

 

 

 とはいえ真宏の一件はまだ完全に決着したわけではない。ワカが明らかにした推論が本当のことなのか、裏付けを取るための調査は繰り返し行われていたし、真宏のことを心配した仲間達が何かと気にかけていた。

 

 できることと言えば真宏のロマンが尽きないようにすることのみ。だからこそ、そのためのネタはあらん限りに持ちだされた。

 

 例えば、アニメ観賞会を開いてみたり。現時点において最も新しい宇宙世紀のロボットアニメを見て一夏と似た声がするなあという感想を抱いたり、タイトルに「魔法少女」と冠しているくせにその実熱血魔法バトルアクションなアニメを見て主人公の声が束さんに似ているなあと思ったり、などなど。

 

 いつも通りに行われた訓練で真宏が勢い余ってロマン魂を使い、その後しばらくナマケモノのようにだらけたりもしたが、それも真宏という人間の新たな一部として受け入れられつつある日々。

 

 

 今回の幕間はそんなある日の、一人の少女の出来事だ。

 

 

◇◆◇

 

 

「う~……ん」

 

 その日は、日曜日。IS学園もめでたく休日となり、ひたすらスポ根的特訓を繰り広げる生徒や年相応に町に繰り出して青春を謳歌する生徒、部屋から一歩も出ずにモニタの光の中に恍惚とした顔を浮かび上がらせる生徒など、数多の過ごし方が学園中で繰り広げられていることだろう。

 

 

 しかしここに、それらのどれにも合わない悩みの声をあげている少女がいる。

 ベッドにジャージ姿の肢体を横たえ、お気に入りのとっつき抱き枕をかかえこみ、右に、左に体を振りながら唸っている。

 悩ましげなその仕草にはどことなく色っぽさが漂い、もしこの部屋に一夏が居合わせたのならば言い知れぬ感情に戸惑うことになるのだろうが、残念ながらシャルロットとラウラの部屋たるこの室内には、壁に貼られた等身大一夏ポスター以外男の目はない。

 ちなみにラウラがいつぞや真宏から貰ったこのポスター、時々ラウラが真正面に立ってはニヤけている姿を目撃することができる。シャルロットは友のよしみで見ないようにしているが、あの表情をドイツにいるラウラの部下たちが見たらどうなるのだろうと常々思う。……実際は、彼女達がますますラウラ萌えになるだけなのだろうが。

 

 さておき、今のシャルロットは誰が見てもわかるだろうほどに、悩んでいた。

 普段ならばシャルロットとて休みの日には学生らしい勉強や遊び、代表候補生としての訓練などの責務もあるし、あるいは一夏のところに押しかけることもある。

 だが今の彼女はそのどれにも当てはまらない。同室のラウラが訓練に出かけた部屋の中で、一人答えの出ない悩みを持て余しているのだ。

 

 その悩みとは、なんなのか。それこそは。

 

「なんとか……なんとか真宏を元気づけてあげたいなぁ……」

 

 と、いうことなのであった。

 

 

 シャルロットは真宏がロマン魂の副作用を初めて発症したあの日から、ずっとそのことを考えていた。

 

 シャルロット・デュノアという人物にとって、真宏は紛れもなくとても大切な友人だ。

 

 IS学園に転入してすぐ、当時は性別を男と偽ってこそいたが一夏同様仲良くしてくれ、自分の境遇を打ち明けても変わらぬ友情を示してくれた男。

 しかも、彼は使うISもかっこよく、とっつきという普通のIS操縦者ならば扱いをためらうような装備にも深い深い理解を示し、福音戦では中でも飛びきりの威力を持つ物を使って見せてくれた、同士でもある。

 

 そんな真宏があんな惨状をさらしたのだ。気にならないはずもなく、何か力になれないかと常々考えていた。

 

 無論、今日まで何もしなかったわけではない。

 シャルロットは真宏を含めた仲間内一行と共にボトムズを見て、ビッグオーを見て、簪と真宏を二人きりにして真宏にロマンやら何やら高ぶる心を供給できるようにしてきた。……まあ、一部自分達の楽しみが混じっていたことは否定できないのだが。

 

 とにかく、そういうわけでシャルロットは真宏になんとかロマンを与えたい。それも、特大の物を。

 それがシャルロットを悩ませていたのだ。シャルロットにとってのロマンといえばとっつき一択であるし、真宏もまた大好きだ。特に一夏にとっつきを決めたときなどはひと際大きな歓声を上げてくれるほどなのだからして。

 

 しかし、それはすなわち既に真宏にとってシャルロットのとっつきは見慣れてしまったということでもあり、いまさら繰り返しても大きな効果は得られないだろう。

 それでも、それでも何かをしてあげたい。そのためには一体どうしたらいいのだろうか。

 深い深い悩みはどれほどとっつき抱き枕を抱きしめても答えが見えず、シャルロットは今日一日でもベッドの上で煩悶の勢いそのままに転げまわる。

 

 だからこそ、そんな状況を打ち砕くのは常に外からの使者だと決まっている。

 

――コンコン

 

「あれ……お客さんかな。はーい、いま行きまーす」

 

 シャルロットの鋭敏な感覚は、控えめに為されたノックの音をはっきりと捉えた。

 IS学園の生徒達は表向きそれなりに教養もある少女たちであるため来訪を告げるノックの音が上品なのはよくあることであり、今のノックもそのうちであるのだろうと思った。

 だが、生徒のノックにしては妙に音が低いところから発せられたような気もする。

 

 とはいえ扉を開ければわかること。

 誰かが遊びに誘いにでも来たのだろうかと、扉に向かいざま少しだけ前髪を直してドアを開け……。

 

 

「おはようございます、シャルロットちゃん! お届け物にあがりました!」

 

 そこに、元気いっぱいの挨拶をするワカがいた。

 

 

「……あ、ワカちゃん。お届け物って、僕に? ありがとう」

 

 しかし、シャルロットは驚かない。何故なら、これまでにもこういったことは何度かあったからだ。

 

「ワカちゃんが来てくれたってことは、ISの装備かなにかだよね」

「はい、そうです。受け取り準備をお願いします。今回のは、えーと……どこから預かってきたんでしたっけ」

 

 ワカが現れたのは言葉の通りに届け物のためだが、彼女の場合運ぶ荷物は「ISの装備」に他ならない。

 

 それというのも実は、ワカは各企業や国、研究機関からIS学園に装備品やパーツを送り届ける役目を授けられていたりするのだ。

 実際のところ、専用機を持ちIS学園にも出入りが可能な立場にある彼女は、学園に通う専用機持ちの生徒達に装備を届けるのにこれ以上ないほど適している。

 ただ輸送するだけですら危険なことも多々あるISの装備であったとしても、あらゆる火器を含めた装備の扱いに精通したワカならば万一のことも起こりづらく、かさばる装備であろうともワカの専用機たる強羅の拡張領域は異様に大きいため、大抵の物なら楽々収めて身一つで輸送ができるという規格外の便利さがあり、最近よく運び屋役を頼まれているのだという。

 

 とはいえ、本来ならばISに関わる物は実際の部品はもとより設計段階の資料や技術者の脳内の情報に至るまで機密の塊であるため、輸送には細心の注意を払うことが常識であり、外部の人間に委託するなどはありえない。

 事実これまでIS学園に納入される専用機のための装備などは、どこの世界のVIPにも負けないほど厳重な警戒とともに運び込まれていたわけであり、たとえワカであっても自社製品以外を運ぶなどということは起こり得ないはずだった。

 ……だがそうも言っていられない理由が、今の世界にはある。

 

 IS関係者の頭を悩ませるその理由こそ、秘密結社ファントム・タスク。

 一般人には見えぬ世界の裏の闇の底で暗躍を続け、近年ではISにすらその魔の手を伸ばす、謎の組織。ファントム・タスクが戦力としてISを保有していることは既にIS業界上層部の知るところとなり、特にイギリスのBT二号機サイレント・ゼフィルスが機体ごと強奪されたという事件は、重く受け止められた。

 

 

 サイレント・ゼフィルスは試験機体であったとはいえ、現時点で世界最強の兵器たるISが丸ごと強奪されるなどと言う事態は、どうあってもこれ以上引き起こされるわけにはいかない。

 そしてそれはISにまつわる装備その他全てにも言えることなのだが、相手はいまだ実態を捕えきれない神出鬼没の組織であり、もしそれらを奪おうとISをも持ちだされた場合、有効な防衛手段はほとんどない。

 

 では「ほとんどない」、つまり裏返せばわずかながらある防衛策とは、なにか。

 

「……あれ? どこ製の物なのか……書いてませんね? シャルロットちゃん宛てっていうことは確認して来たんですけど、差出人の名前しか書いてないです」

 

 そのソリューションこそが、眼前に呼び出した投影型ディスプレイを前に眉根を寄せている、ワカである。

 

 彼女がこの状況を打破する答えとなった理由は、いたって簡単だ。

 ISに対抗できるのは、ISだけだからである。

 

 ISやその他装備の輸送に、ISを護衛として使う。それは確かに最も確実な方法であるが、その貴重さから実現は難しいとされていた。しかしワカは第一に企業人であるため、先に述べたように世界中のIS関係機関とのつながりを地味に持っていたりする。

 さらに加えて言うならば、彼女はテストパイロットと言う立場上一般的な知名度はさほどでもないが、逆に業界内でワカの名を破壊と爆撃に結び付けない者はいない。平然と公共の交通機関を使ったとしても一般人に騒がれるようなことはなく、しかして下手につつけば手痛いでは済まない損害を被ることが確実な相手。それが、ワカなのだ。

 

 だからこそワカは時折こうしてIS装備の輸送を頼まれ、本人は子供のおつかいの延長のような気持ちでその依頼を受け、蔵王重工の社員たちははじめてのおつかいを見守るようにして楽しんでいる。

 ある意味平和であり、当人達の頭の中はもっと平和という、世の中の複雑にして情けないところをひしひしと感じる運び屋がここにいた。

 

 ともあれ、そうしてシャルロットに届けられた新たな装備。

 それこそが、此度の物語の中心にある。

 

 

 ワカが自身の強羅の拡張領域からラファール・リヴァイヴの拡張領域へと転送したのを確認し、シャルロットはその装備の情報を確かめる。詳細なスペックに関してはワカがいないところで見るにしても、発送元がどこなのかわからないというのは奇妙なことだ。

 

「差出人の名前……だけ? ISの装備なのに、名前だけなんて初めてだけど……って、この名前は!?」

「ひぅっ!? ど、どうしたんですかシャルロットちゃん?」

 

 そして何より奇妙なのは、差出人。

 シャルロットが目を見開いて驚いたその、名前とは。

 

「こ、これは……っ! 『あしながお父さん』!!」

「……え。知ってるんですか、それ?」

 

 シャルロットが叫んだのは、差出人の欄に書かれてはいるがワカにとっては聞き覚えのない名前だった。

 しかし大きな目をいっぱいに開いたままのシャルロットは当然知っている。それも、驚くべきものとして。

 

「ご存知、ないのですか!? オンライン対戦からチャンスを掴み、ランカーの座を駆け上がっている超とっつきリンクス、あしながお父さんです!」

「とっつきらーですか。私オン対戦はグレオン部屋にしかいかないから知らないんですよねー」

 

 シャルロットは、語る。

 数ヶ月前突如真宏オススメの例のロボゲのオンライン対戦に現れた、謎のとっつきらーのことを。

 

 「あしながお父さん」とは、登場以来軽量逆関節の超高速仕様機体にとっつきのみを装備し、ガチタンから穴まで被弾して削りきられなければ必ずとっつきを当てる――というか当てられる前に沈めなければ終わり――と伝えられる、既にして伝説になりつつあるとっつきらーの名前であるのだ。

 シャルロットと一夏と真宏はそれぞれ対戦したことがあるのだが、真宏はガチタンであったこともあり開始直後数秒で瞬殺され、ブレオンで挑んだ一夏ですら捕えられ、シャルロットは同じとっつきらーとして隔絶した実力差を見せつけられ真正面からとっつきの一撃で粉砕された。

 

 全てのとっつきらーの憧れにして、シャルロットが心の中で師匠と奉じるプレイヤーこそが、このあしながお父さんなのである。

 

 明らかに何かトチ狂ったレベルのとっつきらーであるのは間違いないが、そんな人物本人、あるいはその名を使う何者かがどうしてシャルロットにISの装備を送ってきた。名前は無論のこと、そのことが何よりの驚きであった。

 

「なるほど……。シャルロットちゃん、どうします? もしも怪しいから受け取りを拒否するのならそれもアリですよ」

「う~……ん。いや、もうちょっとだけ調べてみるよ。やっぱり、気になるし」

「そうですか。……それがいいですね。私は今日一日真宏くんと強羅の調査をしてますんで、もし気が変わったら声をかけてください。……さあ、待ってて下さい白鐡! 今日こそ背中に乗せてもらいますから!」

 

 ちなみに余談であるが、ワカは初めて実物の白鐡(分離時)を見たその瞬間に気に入り、思いきり抱きついて白鐡を困惑させたのだという。以来、白鐡の首にしがみついて飛んでもらうのが夢なのだとかなんとか。

 

 

 ともあれそんなワカを見送り、自室に折り返したシャルロットは改めて新しい装備の詳細スペックファイルを開いた。

 ベッドに体重を預け、機密保持のための暗号が解析されるのを待ちながら、同時に思考も巡らせる。

 

 この装備を送ってきたあしながお父さんは、おそらくシャルロットの知る最強のとっつきらーと同一人物だろう。

 とくに根拠があるわけではないのだが、シャルロットの乙女としての――あるいはとっつきらーとしての――勘がそう告げている。

 であるならば、そもそものあしながお父さんは何者なのか。シャルロットの居所を知り、ISの装備を送りつけてくるなど、並大抵の人間にできることではありえないのだから。少なくとも、一日中オンライン対戦に張り付いているような廃人の類でないことだけは確実だ。あるいは、その正体を考察した者がいないかをネットで調べてみるのもいいかもしれない。

 

「……ん、開いたかな」

 

 だが、ひとまずその考えはあとだ。

 差出人は確かに無視できない重要な情報ではあるが、実のところ内心シャルロットはこの新しい装備にワクワクしてもいるのだ。

 なにせ相手はあのあしながお父さん。一体どんな装備を送ってくれたのだろうかと、はやる心の促すままに装備の詳細データを開き……。

 

「――! こっ、これはああああああ!?」

 

 誰もいない自室に、どこか嬉しげな悲鳴を響かせるのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「え……模擬戦? 俺とシャルが?」

「うん! やろう一夏、すぐやろう! 多分これを見てもらえば、真宏も元気が出ると思うから!」

 

 シャルロットが自室にて謎の装備を受領して、しばらくの後。剣道場にて箒と訓練に励んでいた一夏の元に、やたら目をキラキラさせたシャルロットがやってきた。

 

 一夏も箒も、そろそろ剣道は切り上げてISの訓練がてら、アリーナで行われている強羅の調査会と真宏の様子を見に行こうと思ってはいた。そのことは既にワカに許可を取ってあるし、その後の流れによってはワカちゃんの要望で対戦会とかになるんじゃないかなーなどと思っていたので、ちょうどいいと言えばちょうどいい。

 

 ……だが、一夏はそこはかとなく不安を感じてもいた。

 なぜなら、今のシャルロットの、この目。

 まっすぐに見つめられると吸い込まれそうにすら思える、とても綺麗な紫の瞳が、なんだか妙にらんらんと輝いているような。

 

 

 一夏の勘は囁く。シャルロットがここまで嬉しそうにするネタなど、とっつき以外にはありえない。

 れっきとした乙女たる本人に知られれば激怒されること請け合いの失礼な想像ではあるが、まぎれもなく事実なのでシャルロットの自業自得でもある。

 そして、おそらくシャルロットは新しく手に入れたとっつきを見せて自慢したいのだろう。確かにシャルロットの使うとっつきの威力はどれもこれも強力で、当たりさえすれば強羅も一撃でダウンしかねない凶悪な代物だ。

 ……普段からそんな物を使っているのに、このはしゃぎよう。もはや彼女の左腕から繰り出されるとっつきの威力がどれほどの物になったか一夏には想像もつかず、そんなもんと対戦させられる我が身の不幸を思えば途方に暮れる。

 

「ねえ一夏……ダメ、かな?」

「……」

「むぅ……」

 

 だがそれでも、こうして涙目上目遣いでおねだりしてくるシャルロットの頼みは断れないのだろうと、後頭部に箒の視線が突き刺さるのを感じながら思うのであった。

 

 

「シャルロットちゃんと一夏くんの模擬戦? ……いいでしょう、思いっきりやってください!」

「ありがとう、ワカちゃん!」

 

 思った通りと言うべきか、事態はとんとん拍子で進んでいった。

 一夏の手を取り半ば引きずるようにして蔵王重工のスタッフ一同が強羅のデータを改めて採取し、白鐡と戯れているという真面目なのだろうがどうしても納得のいきかねる光景の繰り広げられているアリーナへ着いてすぐ、シャルロットがワカと交渉を行った。

 ちなみに上記のやり取りがその交渉の全文である。隣で調査を監督していた千冬がその様子を見て呆れの溜息をついたのは言うまでもあるまい。

 シャルロットと手に手を取ってくるくる回っている姿を見れば、むべなるかな。

 

 アリーナにいたのは、強羅を装着して各種データ採取に付き合っていた真宏と、当たり前のように蔵王重工スタッフに混じって手伝っていた簪。そして、ヒマだったのか様子を見に来ていたセシリア、鈴、ラウラの三人であった。

 

「みんなもいるし……ちょうどいいね。真宏、僕の新しい装備を見せてあげるよ!」

『マジで? シャルロットがこんな自信満々に言うってことは確実にとっつきだし……楽しみだ!』

「もう……少し、落ちついて」

 

 一時はロマン魂の副作用を本気で心配された真宏であったが、ここ数日の訓練時にワンオフ・アビリティを使っても、あの戦いのときほどには精神を消耗しないのか多少の疲労を感じる程度で済んでいるらしく、普通にアニメやらマンガやらゲームやらをしてロマンを補給するとすぐにいつも通りになっている。

 とはいえさすがに心配らしい簪はよく真宏のそばにいるのを見かけるが、それが本当に心配のみによる付き添いだとは、IS学園の生徒誰ひとりとして思っていなかったりする。

 簪自身は、常に全方位から向けられる生温かい視線に気づいているのか否か、真宏の身を案じる様子を、いまでは蔵王重工のスタッフにまで微笑ましく見守られているようなのだが……まあ本人達が幸せならばいいのだろう。

 

「さっきのあの装備……さっそくどんなものか見られる何てラッキーです! さあ一夏くん、シャルロットちゃん、準備をお願いします! ……私はここで白鐡と一緒に観戦してますから!」

――きゅー

「いや、それはいいんだけど……ワカちゃんが抱えてるのって白鐡……か? なんかちっちゃくない?」

 

 アリーナ一番前の席では、既に準備万端に陣取ったワカが興奮気味に足をばたつかせている。……いるのだが、その胸元にはなぜか、手のひらサイズの白鐡的な何かが抱きかかえられていた。

 デザインは白鐡によく似ているし、白鐡のような鳴き声も出しているのだが、明らかにサイズが違ううえに、目が大きかったりくちばしが丸っこかったり羽をぱたぱた動かしていたりと、デフォルメされている。

 

『ああ、それは確かに白鐡だ。……なんかよくわからんが、白鐡を部分展開したらそうなった』

「部分展開っていうか、マスコットモードとでも言うべきか……?」

 

 ひらひらと、速度こそ頼りなさげなもののしっかり飛び回ることのできる白鐡は、あの日見せた力や行動からしても、どうやらかなりフリーダムな存在らしかった。

 

「それより一夏、早く模擬戦しようっ。早く早くっ」

「あ、ああ……わかった。いま行くよシャル」

「頑張ってこいよ、一夏。……風穴開けられないようにな」

「……真宏に言われると不安になるなぁ」

 

 半ば現実逃避ぎみに白鐡を観察していた一夏はしかし、すぐにシャルロットに引きずられていく。強羅を格納して観戦体勢に入った真宏がそんな一夏にかける言葉はあまりにも無情であったが、一夏自身シャルロットの新たな武装に大きな期待を抱くとともに、それを使われることになる我が身に対する果てしない不安を抱えているのだから、無理からぬこと。

 

 その時の一夏の姿はまるでドナドナされる子牛のようだったと、その場に居合わせた者達は思ったと言う。

 

「……ふむ、今日の夕飯はシュニッツェルにしよう」

「それ、子牛のカツじゃない。やめたげなさいよ」

「ラウラさん……」

 

 ……一部、遠回しに口に出している者もいたようだが。

 

 

◇◆◇

 

 

 いくつか強羅の調査のために展開されていた機材が引きはらわれたアリーナは、静寂に包まれている。いままさにIS同士の模擬戦が行われるはずだというのに白式とラファール・リヴァイヴどちらの姿もないのは、今回の試合形式が特殊であるためだ。

 

 特殊とはいっても、さして通常と違う方式なわけではない。試合開始の合図を受けるのがアリーナで対峙した状態から、ピット内へと変わっただけだ。

 強羅と白式のように最高速度や旋回力に違いがありすぎる機体同士の戦いであればカタパルトから発進した時の速度をそのままに戦闘が開始されるこの方法は高機動タイプのISが有利になりすぎてしまうが、白式とラファール・リヴァイヴであればむしろ見ごたえのある戦闘になるだろうと、ワカが熱望したのである。

 当人は機動力など火力で封殺すればいいと心の底から信じ抜き、事実何度となく実践してきた手合いであるが、だからと言って高機動型のISが嫌いなわけではない。せっかくバラエティ豊かな専用機を見られるIS学園に来たのだから目の保養をしたいという願いが、受け入れられた形だ。

 

 

 そして、戦闘開始の時が刻々と迫りくる。アリーナ両端のピットの中で闘志を高める一夏とシャルロットの心の高ぶりは観客席に居並ぶ客となった真宏達でも感じ取れるほどのものとなり、固唾を飲んでその時を待つ。

 

「それでは、不肖このワカが試合開始の合図をさせていただきます。二人とも、よろしいですね?」

『はい!』

『いつでも!』

 

 すっくと立ち上がったワカへと、オープン・チャネルでの返事が届く。ワカは相変わらず胸元に白鐡を抱きかかえたままその返事に満足そうに頷き、上げた顔にはとてもうれしそうな表情を浮かべて見せる。

 開幕の音頭をとれるのが楽しくて仕方がないのだと、見る者すべてに納得させる笑みだ。

 白鐡はするすると浮かんで肩にとまり、ワカは両手を水平に上げた。……その手になぜか、赤と青の旗を握って。

 

 そのまま息を吸い込み、高らかに。

 勝負の火ぶたを切って落とす。

 

 

「……一夏くんの白式、VS! シャルロットちゃんのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ! バトルモード0982! レディ――――――ッ! ファイッ!!」

 

 

 そしてバトルモードってなんなのかとツッコミが入るより早く、ピットを飛び出た一夏とシャルロットが剣戟の音高く最初の交差を繰り広げたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

(くっ……! いきなりショットガンの牽制とブレードの斬りつけって……相変わらず手数が多いな!)

 

 互いにカタパルト射出時の初速にイグニッション・ブーストまで加えるという超高速状態での一合目は、シャルロットの優勢となった。

 いかにアリーナの両端にあるピットと言えど、そこから飛び出した二機のISが真正面から最速で向かい合って飛んでいれば接敵までの時間は数秒となく、雪片弐型での接近戦を狙うのが基本の一夏に対し、シャルロットは持ち前の豊富な武装とラピッド・スイッチによっていかようにも戦法を選ぶことができる。

 

 事実散弾によるプレッシャーでわずかなりと体勢を崩し、彼我の相対速度の速さを利用して立て直されるより早く自らのペースでブレードの斬撃をまず一手見舞われた。

 無駄が無く、流れるような連携は熟練の域に達しつつあるシャルロットの器用さがあればこそだ。

 

「だけど、俺だって負けないぞ!」

 

 しかし、先手を取られこそした一夏であるが、ダメージは少ない。セカンドシフトした白式の機動力と、これまで散々仲間からの射撃に晒されまくって培われた勘は、その後の攻撃を考えなければたとえ12ゲージのバックショットを叩きこまれようとも避けきるほど。ショットガンは牽制以上の効果を与えることはできず、その後に待ち受けるブレード捌きを競う局面ではむしろ一夏にこそ得物と技の有利があった。

 結果として白式のシールドはわずかたりとも削られてはおらず、ターンとその後の再加速にも淀みは無い。

 

「やっぱり、速度じゃ敵いそうもないね」

「そりゃそうだ。白式はこれしか取り柄がないからな!」

 

 初速を保ったままのシャルロットは、既に一夏に向き合うように反転し、スラスターの噴射方向を変えてサークル・ロンドの態勢に入りつつある。一夏としてはいまだ機体のマニュアル制動においてはシャルロット達代表候補生に譲る部分があり、なおかつ射撃をメインとした戦闘スタイルであるサークル・ロンドに持ち込まれるのは避けたいところであったのだが、いつの間にやらシャルロットの手の中で持ちかえられていた大口径アサルトライフルの弾幕を回避するうち、自然とシャルロットと相対して円を描く軌道に入っていた。

 

 これが円環の理に導かれるという奴か、と場違いなことを頭の片隅で思いつつ、断続的にばらまかれる弾幕を加速して回避し、耳朶を叩く音速を越えた速度の弾丸が空気の壁を突き破る音と衝撃を感じ、その隙をついて急所を狙い澄ましてくるスナイパーライフルの弾丸を雪片で切り落としてISの腕部装甲越しにも染みわたる振動を無視しながら、一夏は意識を集中する。

 

「サークル・ロンドも上手くなったね、一夏!」

「優秀な先生が多いんでね! だけど白式相手に射撃一辺倒とは警戒しすぎじゃないか!?」

 

 これまでの模擬戦でも、こうしてサークル・ロンドの形に持ち込まれたことは何度となくある。そのままなす術なくやられたことも数え切れないほどあるが、わずかなりと勝ちを拾えたこともある。

 それら数少ない勝利は、雪羅のシールドによって相手の攻撃を無効化してからの突撃であったり、荷電粒子砲の火力によって逆にこちらがプレッシャーをかけることによる戦況の変化につけこんだものであったりもした。

 

 だが、シャルロットに対してそれらの戦法を取ることは不可能に近い。

 何故ならばシャルロットが持つ武装のほとんどは実弾火器であるために、白式の切り札たる零落白夜が防御面ではほとんど意味を成さないからだ。

 シールドで受けとめられる攻撃は無く、荷電粒子砲とてシャルロットほどの技量と今ほどの距離があれば、予兆を察知して牽制しつつ回避行動を取るなど容易いこと。

 

 そんなシャルロットに勝つ方法。

 それは唯一、それでも雪片弐型のみだった。

 

 

 ラファール・リヴァイヴと比較した場合、白式は武器の汎用性と燃費という点で圧倒的に劣っている。

 第三世代型の機体として性能面で勝る部分は多数ある……はずなのだが、どうしてか白式は性能ばかり追い求めて使い勝手という概念を忘れ去って作られた感が強い。最強たりうる可能性を秘めてはいると感じているが、それ以前に使いこなすことが絶望的に難しいじゃじゃ馬。それが一夏の愛機である。

 

 だが、だからこそこの状況を覆しうる一手を持っている。

 

「ふっ!」

「零落白夜を温存、か……やっぱり一夏は怖いね」

 

 ほんの一瞬でいい、シャルロットの隙をついてイグニッション・ブーストを敢行。間合いに捕えて雪片弐型なり雪羅のクローなりで零落白夜を一閃。ただ、それだけだ。それだけで勝利を手にすることができる。

 

 もちろん言うほど簡単なことではない。シャルロットが隙を見せることなどほとんどありはしないうえ、そこを見事捕えて遅滞なくイグニッション・ブーストを起動するなど匠の技と言って良い。

 それこそ、敵が次のエネルギーを吸い込むまでに0.1秒の間があることすら隙と捕える太陽の子レベルの実力がなければできないことだろう。

 

 

 しかし一夏は、それをやる。

 勝利の可能性がそれしかないのであれば、自らの全神経と全能力を駆使してその瞬間を見出だして、全身全霊を叩きこむ。それこそが織斑一夏の戦い方なのだから。

 まして今日の模擬戦は、ロマンが枯れかけて命すら危うくなりかけた真宏を励ますためのもの。ならば、友のためにも不様な姿などさらせはしない。

 この手の中の最強を見事操り、一撃逆転の勝利を収めて見せる。それこそが、友にしてやれる最大の手向けとなるだろう。

 

 やむことのない銃弾を半ば無意識のうちに回避しながら息を細く吐き、視界が狭まっていく錯覚を覚えるほどに集中する。

 シャルロットの一挙手一投足を見逃さず、その行動を予知すらできそうなほどにまで、心を細く細く研ぎ澄ましていく。

 その手に握った、刃のように。

 

 ――織斑一夏の勝利への道は、ここまで来なければ始まらない。

 

 

◇◆◇

 

 

(やっぱり、一筋縄じゃいかないよね)

 

 シャルロットは類稀な機体操縦技量と判断力によって一夏の行動をことごとく封殺し……ているように見えて、内心かなりの焦りを感じていた。

 

 左手に持ったアサルトライフルは使い切ると同時にマガジン交換の時間さえ惜しいので放り捨てて持ちかえ、既に三丁目。右へ右へと体を流して円を描きながら加速していくサークル・ロンドの速度はシャルロットとラファール・リヴァイヴをしてすら制動の限界へと近くなり、額に滲んだ汗を吸った前髪が風に揺れるのが鬱陶しい。

 

 そんな心の余計なざわめきを捕えたか、一夏がわずかに体をたわめた瞬間を逃さず右手に持ち替えたグレネードランチャーで牽制し、轟音と共に広がった爆炎の中にもアサルトライフルの弾丸を叩き込む。ここまでしなければ、一夏は止められない。多少の被弾を覚悟の上で接近された場合、むしろ不利なのはシャルロットのほうだからだ。

 

 が、アサルトライフルを撃ちこんだのとは全く見当はずれな位置にスラスターの噴射光がちらりと見える。

 

「……っ!」

 

 シャルロットは声を出す余裕すらなく、恐れにも似た本能の命ずるままその方向に向かって右手のグレネードランチャーを投げつける。

 爆炎を吹き散らしてちょうどその軌道上へと現れたのは、やはり一夏。グレネードの一撃を回避し、巧みにシャルロットの予測を外して一気に接近しようとしていたのだ。

 が、すんでのところで反応したシャルロットが目の前に放りだしたグレネードに驚き軌道を変えるべきか迷った瞬間、まだ弾の残っていたグレネードランチャーにアサルトライフルの射撃が着弾。誘爆して次々と新たな火球が生まれるが、一夏は超人的な反射によってそのことごとくを回避する。

 

 結局またしても二人は円環を描くサークル・ロンドの態勢へと戻り、この攻防は振り出しへと戻る。

 

「危ねえ!? 容赦ないなシャル!」

「一夏だって、どうやったらあの煙幕の中正確にこっちに向かって飛んでこれるのさ!?」

 

 軽口を返してこそいるが、こんなことを何度繰り返したか、シャルロットは数える余裕を持っていない。

 

 これが、一夏との戦いだ。

 初手こそ有利の内に収めることができ、当初想定していた通りサークル・ロンドの形に持ち込んだものの、シャルロットは一瞬たりとて気が抜けない状況にあった。

 

 確かにこの状況は、使い勝手と燃費の双方が悪い荷電粒子砲以外に遠距離攻撃手段を持たない白式を相手にするのに適したものだ。相手の射程の外からこちらのペースを保ち一方的に攻撃を繰り出すというのは、誰もが望む理想的な戦況の一つであろう。

 だが、実のところその認識は正しくない。

 説明に正確を期するならば、シャルロットにはこれ以外に勝ち筋が無い、と評するべきだ。

 

 その理由は、まず第一に機体の性能差。

 シャルロットの専用機、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは第二世代の傑作量産機たるラファール・リヴァイヴを改造したものであるため安定性が高く、機動力や火力も大幅に強化されている。

 だがそれでも、第三世代機との間には最高速度や瞬発力など、ISの特徴の最たるものである機動力において開きがあるのは否めない。純粋に機体出力や性能のみを比較する戦いとなれば勝てる可能性が低い以上、搭乗者の技量に左右されるサークル・ロンドのようなテクニカルな戦いに相手を誘導しなければ、そもそも同じ土俵に立つことすらままならない。

 

 そしてもう一点。一夏は自分が仲間内で最も実力が低いと思いがちであり、勝敗を見ればその認識も正しいが、勝率のみで考えるのは間違っている。

 シャルロットだけではない。一夏と戦った物は誰しもが、戦績以上に一夏の実力を高い物として評価している。

 

 確かに、IS適性や操縦技能、訓練時間に関して言うならば一夏はまだまだ未熟の域を出ない。だが勝負はそれらのみで決するわけではなく、他にも数多の要素が複雑に絡み合う。

 例えば、直感。

 非科学的なことはなはだしい言葉ではあるが、戦いの場において確かにそれはある。

 そして一夏は、その第六感的な察知能力においてはズバ抜けた物を持っているのだ。相手の攻撃の予兆や間合い、呼吸。明確な形を持って伝えられるわけではない武術や剣術の精髄ともいうべきそういったものを、一夏は自然と体得している。

 

 体の一部となるほどに染みついたそれらこそが一夏の武器だ。

 一撃で勝負を決める零落白夜という刃を持つこともあり、たとえ自身に有利な状況を築き上げたとしても一瞬で勝敗が反転する。一夏と戦う者は、常にそれほどの決戦要素と相対さねばならない。

 

「はああああっ!」

「本当に、ラファールは弾切れとは無縁だな!」

 

 いい加減耳に痛いほどに連続するアサルトライフルとショットガンの発砲音が頭蓋の中まで反響し、ISにある全周知覚能力が意味を成さなくなるほど、シャルロットの意識は目の前の一夏に集中している。

 一夏もそれは同じこと。ただまっすぐにシャルロットを見つめるまなざしはその手に握った刃の切っ先にも似た鋭さで、普段ならばきゅんと来るだろうが今はその油断の無さに肝が冷える。

 

 高速で真横に流れていく視界の速度はラファール・リヴァイヴの限界に近く、これ以上速度を上げようとすれば無理が出て、まだ最高速度に余裕がある白式にこそ有利な展開になるだろう。

 

 

 一方の一夏も、そろそろ余裕が無いはずだ。

 いかに剣豪としての実力を備えていようとも、その体は人の物。極限の集中状態を持続させることはできず、被弾によってじわじわとシールドが削られ始めてもいる。

 

 

 シャルロットも一夏も、ここが勝負どころだと内心で覚悟を決める。

 

 一夏はこの状況を覆すチャンスを狙い。

 シャルロットは左腕に秘めた勝利への誓いを信じ。

 

 カチリカチリ、とシャルロットの両手に持ったアサルトライフルとサブマシンガンが同時に弾切れを起こす。

 

(今―――――ッ!!)

 

 その瞬間、これを好機と心が叫ぶより先に一夏の体とそれに付随する白式はイグニッション・ブーストを起動していた。

 タイムラグが半秒にも満たない発動速度は紛れもない超高機動型IS操縦者の証。正しく一夏は自分にとって最適の反応をしてのけ。

 

――それが罠であると気付いていても、自分と白式と零落白夜を信じるしかないと、覚悟を決めた。

 

 

◇◆◇

 

 

 シャルロットは、この戦闘を支配していた。

 

 試合開始直後の交差で先手を取った瞬間から、自分に有利なサークル・ロンドに一夏を巻き込み、この瞬間のために自分の左半身を晒して右へ右へと高速で移動を続け、今の一夏の状態ならば確実に踏み込んでくるだろうと、両手にもった火器の残弾数を調節してちょうど同時に弾が尽きるようにした。

 

 アリーナの地面に転がる使い捨てられたアサルトライフルサブマシンガンスナイパーライフルショットガンは累々と散らばり、空薬莢がその隙間を埋め尽くすように揺らめいている。それほどの武器弾薬を巧みに使いこなすシャルロットが犯すとは思えないほどの間抜けなミスであり、一夏も意図的なものだと気づいてはいるだろうが、そうであったとしても互いにここしか勝機は無い。

 

 今この瞬間こそ、シャルロットが一夏にこの模擬戦を挑んだ意味。

 ラファール・リヴァイヴではどれほどの加速距離があれば到達するのかわからないほどの速度域へと一瞬で駆け上がった白式の姿が、ISのサポートがあってすらぶれるように見えたのをわずかに感じ取る。

 

 ここまでくれば、あとはもう。

 

 自分の実力と、相棒たるラファール・リヴァイヴと、新たな力として手に入れたとっつきを信じ、賭けに出るだけだ。

 

 イグニッション・ブースト、起動。かつて一夏の動きを見て体得したその動きで、今度は一夏を打ち倒さんと突き進む。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

「はあああああああああああああっ!!!!」

 

 

 シャルロットを袈裟がけに斬り捨てようと振り上げた雪片弐型から、この瞬間まで温存されていた零落白夜の光が伸びる。

 超高速で迫りくるその白光は実際以上に大きく瞳に映り、心の中には真っ二つに叩き斬られる自分の姿が焼付くように刻まれる。これが、本当の剣士の威圧というものなのだろう。

 

 だが、だからなんだ。

 

 一撃必殺武装の真骨頂は、相手のシールドをすら切り裂く光の剣ではなく、ただひたすらに威力を求めたとっつきにこそふさわしい。そう信じるからこそのとっつきらーだ。

 シャルロットは向かい来る一夏に、その心情を込めた左腕を――何の捻りもなくまっすぐに、突き出した。

 

 

「シャルゥゥゥッ!」

「一夏ぁぁぁっ!」

 

 

 一瞬の交錯。その狭間の決着。

 

 結果として、一夏の持つ破滅の白刃は主の狙った軌道そのままに相手を切り裂くことは、できなかった。

 

 ストレートに突き出されたラファール・リヴァイヴの左腕が雪片弐型よりさらに下にもぐりこみ、それと同時にシールドに仕込まれた炸薬を爆裂させてパージ。ラファール・リヴァイヴの腕を激震させ、同時に放り出されたシールドが柄頭に激突してわずかにその軌道を逸らした。

 

 それによる遅れは半拍程度。しかしそれが致命的な隙となり、一夏の目に残る零落白夜の太刀筋が斬ったのはラファール・リヴァイヴの色をした残像だけだった。

 

 

(……俺、死ぬかもしれん)

 

 

 そして一夏が次に感じたのは、二機のISが正面から激突する衝撃と、白式の決して十分とは言えない装甲にゴツリと当たるズ太く硬い何かの感触。

 懐に潜り込んだシャルロットの体に隠れて見えないが、ゼロ距離にまで踏み込んだシャルロットが体の正中線に左手を突きつけてきたのなら、もうアレ以外は絶対にあり得ない。

 

「覚悟してね一夏、これが僕の新兵器、<フルコース>だよ!」

 

 ガチンガチンガチン。

 何かの音がシャルロットの左腕から響いてくる。

 引き金を引く音にも似て、しかしその度に覚悟した衝撃がこないのは一体どういうわけなのか。まさか命が終わるときまでを数える悪趣味なカウントダウンなのかと八つ当たり気味な思考が湧き上がる。

 

 シャルロットの体勢は見事なもので、イグニッション・ブーストを発動したIS同士が正面からぶつかった衝撃もあって体を動かせない状況でありながらとっつきの狙いはぶれもしない。

 ガチンガチン、ガチンッ。

 

 そして、最後にひと際甲高い金属音がしたのを感じ、一夏は敗北を噛み締め。

 

「くっそおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

「六連……釘パンチッ!!!」

 

 

 一瞬のうちにその身を襲う六度の衝撃と、同じ数の失神と覚醒を繰り返した。

 

 

◇◆◇

 

 

『試合終了。勝者――シャルロット・デュノア』

 

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 

「すっげー! シャルロットアレすっげー!」

「きゃー! とっつきだとは思ってましたけど、すっごいです!」

――きゅー!

「た、立っちゃダメ! 落ちるよ!」

 

 アリーナに勝負が決したことを告げるアナウンスが響く中、観客席にて息詰まる攻防を見守っていた箒達ヒロインズ一同がはしたなくも口をあんぐりと開けて呆然たる表情を示し、一方で真宏とワカと白鐡が止めようとする簪の声も聞かずに座席の上に立ってやたらとテンションを上げていた。

 

 

 そんな彼らの眼前のアリーナ上には、見事シャルロットのとっつきをぶちかまされた一夏が吹き飛んでいく光景があった。

 

「ごっ! がっ! げっ! ふっ! ぐっ! かはぁっ!?」

 

 しかも、なぜか6回加速して。

 

「むぅ……アレはやはり『古攻主(ふるこうす)』!」

「……一応言っておくわね。――知っているのか雷電!?」

「はい、聞いたことがあります!」

「……叫ぶのは真宏さんでも返事をするのはワカさんなのですわね。なぜかやたらとぴったりな気がしますけれど」

 

 そんな一夏の不可解なダメージの受け方に反応したのは、やはり真宏とワカ。さっきまでの興奮がどこへやら、訳知り顔で驚いて見せるのは確実に楽しんでいる。

 真宏の生き生きとしまくった表情からするに、しばらくはロマン枯渇の心配がないのだろうと言う点は安心できるのだが、アリーナのシールドに叩きつけられてからピクリともせず地面に落ちた一夏のことが箒達としては心配でならない。

 我に返った教師陣が慌てて一夏の元に駆けつけているようだし、ISには絶対防御もある。シャルロットだってまさか本気で一夏の命を狙っての攻撃をしたはずは……ないだろう、多分。

 だからこそ、今はシャルロットが一体何をしたのか、それを聞くより他にない。

 ……いやだって、ワカちゃんとかすごく聞いて欲しそうにしてるし。

 

「アレはおそらく、現時点で世界最強のとっつき<フルコース>です。とっつきらしい一撃の威力はもちろんのこと、何よりの特徴はその連射力。使い手の力量次第ですが、撃って反動で戻った杭をそのまま射出し返すことによって一瞬のうちに何度もとっつきを叩きこむことができるんです。……どこの企業が作っているかまでは分かりませんでしたけど、開発中の噂は聞いてました。まさか、完成していたとは」

「今のは、おそらくシャルロット自身が言った通り六連発だったんだろう。ついに多段ヒットまで再現するようになるとは……さすがシャルロット、IS学園随一のとっつきらーだ。おそらくあの威力なら、捕獲レベル25くらいの猛獣なら一撃で倒せることだろう」

「いや待て、そもそもパイルバンカーを使うIS操縦者など真宏とシャルロットくらいだぞ。あと捕獲レベルとはなんだ」

 

 世にも珍しいラウラのツッコミも、今の真宏とワカには通じない。

 なんだかんだで簪も憧れを込めた熱い眼差しをシャルロットに注いでいるし、こいつらまとめてもうダメだ、という諦めがヒロインズには満ちてくる。

 

『真宏……やったよ!』

「おう、見事だったぞシャルロット!」

 

 ……いや、満面の笑みで真宏達とサムズアップを交わすシャルロットも、そのくくりに入れるべきだろうか。

 乙女の悩みは、尽きるところを知らないようだった。

 

 

 ともあれ、真宏を思いっきり元気づけられたのは事実。

 それに新しい装備はシャルロットのお気に召したようだし、それで良いということにしておくとしよう。

 ……でなければ、一夏も浮かばれまい。

 

 

◇◆◇

 

 

 カサリ、と音を立てて紙を広げる。

 

 窓から差し込む眩い光を背に受けて、逆光が作る影の中に顔を沈ませた男が自分専用の椅子に座り、届いたばかりの手紙を読んでいた。

 室内は照明が抑えられていて暗いが、皮張りの椅子に大きな木製の机、落ちついた色目の調度が並び、部屋の主の身分の高さとセンスの良さを反映していた。

 

 そんな部屋の中で広げるものとして、縁に花の模様が淑やかに描かれた上品な便箋は少々似合わないだろうかと、男は頭の隅で思いながら読んでいく。

 手紙には、丁寧な字と格式あるフランス語で感謝の気持ちがつづられている。とはいえ、幼いころから礼儀と作法と処世の術を刻みこまれて来た男の目からすれば多少のあらが見えるのは、それらが手紙の差出人にとって近年急に詰め込まれたものだからだろうか。

 

 

 男はゆっくりと時間をかけ、言葉の一つ一つとその狭間に感じ取れる書き手の感情の全てを受けとめようと何度も読み返す。

 手紙からは鮮やかな喜びの感情と、それを与えてくれた手紙を読む男に対する心からの感謝がひしひしと伝わってくる。思わず、読んでいる者まで笑顔を浮かべてしまいそうなほどに。

 

「……」

 

 男はじっくりと読んだ手紙を脇に寄せ、今度は封筒の中に同封されていた写真を手に取る。

 写真の中には、数人の少年少女の姿がある。皆仲が良さそうに身を寄せ合っているその中央には、手紙の送り主たる少女の姿があった。

 しかし、たおやかな指先が心をこめて書いたであろうその手紙の主は無骨な甲冑を纏っている。ISという、今の世界で最強の甲冑だ。

 

 だが浮かべる笑顔はまぶしく、汗を吸ってもなお煌めく金髪がフラッシュの光に冴え、彼女が回りを取り囲む仲間達と楽しい日々を送っていることは一目瞭然であった。……まあ、そんな青春真っただ中の乙女が顔の横に「使用直後」と雄弁に主張する蒸気を漂わせる野太い鉄杭を備えたとっつきを掲げているあたり、常人ならばむしろ頭が痛くなりそうなのだが。写真の隅でこれもまた友人だろう少年に肩を支えられている少年の顔が青いのは、憐れにもこのとっつきの餌食となったからであろうか。

 

 男は写真をじっくりと眺めている。

 声にならない何かを身の内に秘め、影に沈んだ目に優しい光を宿して。

 

 

 飽くことなく写真と手紙を何度も見返していたその男はしかし、ふいに腕の時計を見る。

 そしてわずかに眉をしかめたような空気を発し、ポケットから取り出した小さな鍵で重厚な机の引き出しの鍵を開ける。

 その中には、整然と分別された封筒がいくつも収められている。

 男はさっきまで読んでいた手紙と写真を封筒に戻し、机の中へとしまい込む。

 

 その一連の動きの淀みなさは男がこういった書簡のやり取りに慣れていることを示し、封筒に便箋と写真をしまう手つきの丁寧さからは、中でもこの手紙を特に大事に思っていることがうかがえた。

 

 手紙を引き出しの奥へと収め、再び鍵をかける。

 それと同時に、部屋の扉がノックされた。控えめでありながらもしっかりと部屋の主の耳に届く音量である。

 

「社長、そろそろお客様がお見えになる時間です。お支度はよろしいでしょうか?」

「……む」

 

 そろそろその時間だということは分かっていた。だからこそ、あの手紙を読むという至福の一時を終わらせたのだ。

 

 客を待たせるわけにもいかない男はすっくと椅子から立ち上がり、秘書の声が響いてきた扉へと向かう。

 

 

 窓から見える太陽の位置は低く、部屋の中にその男の影は長く伸びている。そのせいだろうか。

 

 

 男の足は、とてもとても長く床に映って見えるのだった。


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