IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

27 / 95
第27話「一筋」

 静かだった。

 

 無人機との戦闘の中心地と化したアリーナにて、向かい合って立つよく似た二機のISの間を流れる空気は、彼方で激闘を繰り広げる一夏達とは裏腹に、とても静かだった。

 

 簪から見て向こう側に、ダーク強羅。

 ついさっきまでピットで真宏と戦っていたはずなのにダメージがほとんど見られないのは、きっとあの機体の強さが圧倒的であったからで、その想像が正しいだろうことはアリーナに現れた直後の強羅の惨状が証明している。

 簪でもなんとか戦って、コアを露出させるには至り、さきほど一体が箒によって真っ二つに切り裂かれて爆散した無人機とは比較にもなるまい。

 

 そんな相手に今再びたった一人で立ち向かうのは、強羅。

 

 ……いや、強羅・白鐡(しろがね)

 それが、この機体の新たな名前だった。

 

 

 打鉄弐式のハイパーセンサーと、簪自身の目がその姿を心に直接刻み込む。

 先ほどの超変身(セカンド・シフト)を見せてくれた後、装甲のダメージは一瞬でほぼ全て回復し、さらには外見自体も大きく変化した、強羅の姿を。

 

 フルスキンの装甲を持つことは変わらない。重厚長大を地で行く腕や足の装甲、勇気の証とばかりに雄々しいブレストアーマーがあることも、これまでの強羅と同じだ。

 しかし、それだけではない。脚部には装甲に隠れるようにして機動力を上昇させる制動用スラスターがあり、腕部装甲の表面をよく見れば回路にも似た精緻な文様が浮かびあがっていて、何らかの機能を有していることがうかがえる。

 

 そして、各部に取り付けられた増加装甲。ブレストアーマー中央部を飾り、その端部にきらめく金色の装甲、肘や肩、足など要所要所にもこれまでは無かった鋭くも頑丈な装甲が付いており……機能性はもちろんあるのだろうが、それよりなによりよりカッコよくしようという意思がひしひしと伝わってくる。事実、数多くのヒーローやロボットを見てきた簪でも見惚れるほどにカッコいい。

 

 

 だが新しい強羅の何より大きな特徴は、その背に背負ったユニットだろう。

 

 これまで強羅用の大出力スラスターの他は装備を接合するためのハードポイントしかなかった背中に、全く見たことのないものがある。

 

 一言で表すならば、鋼の翼。

 機体全体にわたってはこれまでと配色の変わらない、白や赤、アクセントとして黄色に青といった、いかにも勇者的な色をした強羅の背に宿る白い翼だ。

 背面のハードポイントの全てを占有し、両腰の上部分に大きく口を開けたスラスターを備え、肩装甲のラインに沿うようにして幾枚もの羽を張り合わせたような形をした翼が浅いV字を描いて伸びている。

 それらを繋ぐ中央の構造物も複雑な機構をしているようで、単なる機動力を上げるためのユニットでないことは、明らかだ。

 

 そんな強羅が、目の前で生まれてくれたのだ。

 

『……それじゃ、行ってくる。よく見ててくれ、簪』

「……っ! う、うん!」

 

 かけられた声は、いつもと変わらぬマスク越しの物。さっきまでの、マスクが割れていたせいかどこか違った響きを持ったものとは違う聞き慣れた――ヒーローの声。

 

 そうして声をかけられたせいだろうか。簪は反射的に返事をして、同時にある情景を幻視した。

 

 

◇◆◇

 

 

 夢のような視界の中の簪は、今より少し成長した姿だった。

 長く伸ばした髪を首の後ろでくくり、エプロンを身につけ優しく微笑みながら、自分に懐いてくる少年の相手をしている。

 簪の言葉の一つ一つに笑顔をこぼすその少年は、簪のことを「お母さん」と呼んでいた。

 

 目を輝かせ、希望に満ちあふれた笑顔で胸の奥に暖かい熱を与えてくれるその少年に、簪はいつものように話して聞かせる。その少年が大好きな、簪の思い出を。

 

 

『お母さんはね、昔本物のウルトラの父……じゃなかった、ヒーローを見たことがあるの』

 

 

 すげー、と。呟く声がする。

 

 簪の言葉と、ヒーローがいることを信じて疑わないその少年の顔は、簪の知る誰かにとてもよく似ていたのだが……後に、このことを思い出すたびに顔が赤くなる簪が、誰を少年の父と思ったか。

 

 将来現実にこの子が生まれる時まで、簪が語ることはないだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

 ズシリ、と重みのある一歩を踏み出す。

 強羅の機体重量はセカンド・シフトに伴って現れた増加装甲と背中のユニットのお陰でこれまで以上の物となり、踏みしめた足に押しのけられる砂の量がいつもよりも多い。

 だが、だからこそ秘めたる力はより強大になったと、ダーク強羅にもわかるのだろう。睨みあった顔がわずかにたじろぎ、しかしその事実を否定しようと猛る気配が感じられる。

 ……いいぜ、また戦おうじゃないか。

 

――ヴォオオオっ!!

 

 俺の足を止めるため、ダーク強羅が選んだのはマシンガン。強羅のものとよく似てはいるが、それでも弾速・口径・装弾数いずれも上回る、どこか歪なデザインをした悪っぽいそれを二丁、両手に展開して容赦なく射撃を開始した。

 

『……』

 

 さっきまでであったならば直撃を避けたいところだが……今の俺と強羅には必要ない。

 

――!?

『無駄だ、その程度じゃあもう痛くもかゆくもない』

 

 そう、強羅が強羅たるゆえんの絶大な防御力は、セカンド・シフトによって更なる進化を遂げた。難攻不落の重装甲はどれほどの弾丸を叩きつけられようとも怯みすらせず、自分に、あるいはその足元に当たって弾けるマシンガンの弾幕をモノともせず、一歩一歩着実に距離を詰めていく。

 

 ズシン、ズシンと重厚な歩みに、周囲で弾ける着弾の火花。それでも強羅は気にも留めずに進撃する。

 ……その様はまるで、スーパー戦隊の合体ロボが初登場したときのよう。ますます心が燃え上がるじゃないか。

 

 だから、俺は徐々に速度を上げる。

 ただまっすぐ歩いていただけから、体を倒して速度を上げ、より強く地面を蹴りつけて走り出す。

 

『おおおおおおおおおおおっ!』

――!!!

 

 それでもなお射撃をやめないダーク強羅。……俺の後ろに簪達がいるから避けられないと知ってやっているのか、それとも気付かずそのうえで他にできることがないのか、いずれにせよこんなもの、早く止めないと簪達が危ないだろうが!

 

『銃なぞ使ってんじゃねえ! 来いよダーク強羅! 銃なんか捨ててかかってこい!』

 

 だから、最後の踏み込みには背中に新しく現れたユニット<白鐡>のスラスターも使って加速し、一気に間合いへと入って両手のマシンガンを掴み、銃口を逸らす。

 これまでの強羅を知っていたダーク強羅であればこそ、その跳躍がありえないほどの速度を叩きだしたことに反応が一瞬遅れたのだろう。俺自身今の強羅がどんな状態であるかわかっているはずだったのに驚いたのだから、当然のこと。

 

――!

 

 驚く隙も与えず、さらに握力を高めて掴んだ銃身の中ほどから一気に二丁とも握りつぶす。今の強羅は当然パワーも上がっている。マシンガンはめきりと音を立て、すぐにただの鉄くずと化した。

 良し、これで後ろの心配はもういらないだろう。

 

 

『せっかくだ、ゴングの一つも鳴らそう……かっ!』

――っ!?

 

 そしてそのまま、ついでに頭突きをかます。

 さっき折られたブレードアンテナも復活し、それどころかまるで王冠の飾りのような派手さを得ていて、おかげで頭突きの威力も上がった気がする。他のISはどうだか知らないが、強羅の場合は「前よりカッコ良くなる=強くなる」の公式が当たり前のように成り立つ。

 

 頭突きによってひびの入ったモノアイセンサーの破片がキラキラと舞い散る中、今度は逆に傷一つつかない強羅の顔が日の光の輝きを受けていた。

 

――!

『おっと、危ない』

 

 そして、そこからは近距離間合いでの格闘戦。

 ダーク強羅の巨腕が唸りを上げて迫り、対する俺は片手を上げて「ただそれだけ」で受けきった。

 

――!?

『悪いが、防御力もパワーも上がってるんだ。まして腕にはこの<強羅ガードナー>があるからな』

 

 パンチを受けとめた強羅の腕部装甲を砕こうとして、まったくできないダーク強羅の拳。それは、新たに強羅の腕に現れたシールドバリアジェネレーター搭載型腕部装甲<強羅ガードナー>があるためだ。

 セカンド・シフトの恩恵たるこの装備は、通常のシールドバリアジェネレーターのように全身をカバーするシールドは展開できない。その代わり、腕を覆う程度の範囲で強力なシールドを展開し、腕部装甲の強度をこれまでの物よりはるかに強化することができ、パワーアップした強羅の近接戦闘における攻防を支えるものとなってくれている。

 気合を入れれば零落白夜を握りつぶすことだってできるかもしれない。

 

『どうした、これで終わりか?』

――!

 

 だが、ダーク強羅とてその身に秘めたる力は決して小さなものではない。ましてどこか人間臭いこの無人機は、ちょっと挑発するとすぐに激してくる。

 

 拳を打ち込んだ状態から身を翻して距離を取り、次なる一手を繰り出そうとするダーク強羅。

 ハイパーセンサーが告げるのを聞くまでもなく、ダーク強羅がモノアイにエネルギーを込めているのは分かっている。さっきの頭突きで受けたダメージでモノアイのビーム機構が完全に使えなくなる前に、損傷覚悟でフルパワーのビームを放つ気か。

 モノアイから迸る電撃の火花は、おそらく過剰なほどのエネルギーがつぎ込まれているという証。その威力は紛れもなくこれまでの内で最強の物となり……もし回避してしまえば、やはり後ろにいる簪達が危険だ。

 そしてそもそも、強羅に避けるなどと言うことは似合わない。

 ならば、やるべきことは一つ。

 

『さあ来い……お前の全力で!!』

 

 まだ動けない簪と会長のため、そんな二人を守りたい俺のため、……そして、なりふり構わず全力を振り絞ろうとする、ダーク強羅のため。

 俺はここから一歩も引かず、受けとめてやろうじゃないか。

 

「あ、危ないっ!」

『大丈夫だ、任せろ』

 

 俺の身を案じた声をかけてくれる簪には、振り向いて応じるだけで良しとしよう。

 なにせ今はダーク強羅の相手をする時間。既にチャージを完了させたらしく、首を突き出して発射態勢になっているあっちは、もはや待ってもくれないだろうから。

 

――ヴォオオオオオっ!!

『はああああああっ!』

 

 一瞬の閃光の後、瀑布となって迫る光の奔流。正直予想していた以上のエネルギー量とビームの直径であり、一瞬肝が冷えてしまう。

 だがそれだけで済んだ、とも言える。

 

 今の、強羅であるならば。

 

 ガチン、と音を立てて打ち当てられたのは、左右の腕部装甲。ボクシングのガードのように手を揃え、肘から拳までをぴたりとつなげることにより、本来二つで一つであった強羅ガードナーの真の力が、解放される。

 

――!?

『強羅がこれだけパワーアップしてるんだ。防御力はどんなことになってるかなんて、推して知るべきだろう?』

 

 両腕から強羅の前面へと展開されたのは、強力なシールドバリア<強羅シールデュオ>。両手の強羅ガードナーを合わせることで、両腕部に内蔵された回路が接続され、双方のシールドバリアジェネレーターを繋ぎ合わせ、還流するエネルギーが形成する強固なシールドだ。

 その力は、御覧の通り。ダーク強羅が放つビームにすらびくともせず、周囲に散らして受けきるほど。

 視界がビームの赤い閃光に染まり、跳ね飛ばされたビームが莫大な熱量で周囲の地面を沸騰させかねないほどに荒れ狂っているが、強羅にも、そしてその後ろの簪達にもビームの一粒子たりとて行かせはしなかった。

 

『はあああああ、ふん!』

――!!

 

 そして腕を振り切るときには、ダーク強羅もエネルギーが尽きてビームが消えている。

 モノアイセンサーは予想通り無茶な使用でますますボロボロになり、機体自体のエネルギーも残り少なくなったらしく、追撃には移らずにこちらを警戒している様子がうかがえる。

 対する強羅は、未だ無傷。強羅シールデュオによるシールドバリアを展開してもなお有り余るエネルギーが機体に満ちて、さらにはそれでも溜めきれないほどのエネルギーが機体の周囲に滲みでて、全身を包んでいるのがハイパーセンサーを通してわかっているはずだ。

 

 渾身のビームをすら耐えきるほどのシールドを展開し、なお余裕のあるエネルギー総量。

 ダーク強羅も、疑問を感じているのだろう。

 

 そう、これはただのエネルギーではない。

 

 

『気付いたようだな……教えてやろう。これが強羅のワンオフ・アビリティ……<ロマン魂>だ!!』

 

 

 これまで戦い抜いたダーク強羅に敬意を表し、全身全霊で宣言する。

 

 このワンオフ・アビリティは、機体に際限なくエネルギーを供給できるという点では紅椿の絢爛舞踏に似ているが、その実はかなり違う。

 絢爛舞踏のエネルギー源がどこにあるのかは現時点では不明だが、このロマン魂のエネルギーは、ずばり「俺の精神」だ。

 

 「あの」強羅のワンオフ・アビリティらしく、俺がロマンに燃える心をどういうメカニズムでかエネルギー化し、さらにはそのエネルギーを使って強羅の全スペックを大幅にアップさせるということを成し遂げる、搭乗者の俺をしてもわけのわからない能力だ。

 唯一欠点があるとすれば、こんな能力持ってると大統領を目指さなきゃいけないんじゃないかなーという気になってしまうことくらいだろうか。

 

 ともあれさらに詳しく言うならば、強羅のコアを通さなければISが使えるエネルギーの形にはできない、強羅専用といえるもの。エネルギー源はほぼ無尽蔵であり、相手に奪われる心配もないという、至れり尽くせりのワンオフ・アビリティだ。

 

 これがあるからこそ強羅のパワーも防御力も実際の機体性能よりさらに上がり、強羅シールデュオの大出力展開をしても戦闘を継続することができる。

 そして、そんな機体になってくれた強羅への愛とロマンが湧き上がり、強羅はそれをエネルギーに変換するという循環。なにこれ、永久機関じゃね?

 

『ここからが本番だ、ダーク強羅。雪辱を果たすっ!』

――!!

 

 そんな俺の叫びとワンオフ・アビリティの力を否定するように、猛るダーク強羅は再びの突撃を仕掛けてくる。一瞬でロケットモジュールとドリルモジュールを展開しての、ロケットドリルキック。さっきはこちらのドリルアームで挑んでも敵わなかった強力な攻撃だ。

 

 ましてや今回はピット内と違い、どこまででも飛びあがれるアリーナ内。さっきモノアイセンサーからのビームでエネルギーを使いきったとは思えないほどに勢いよく飛び上がり、出力の限界まで回転するドリルの切っ先がただ俺のみを貫かんと迫ってくる。

 

 

 ただの強羅ならば、なす術はなかっただろう。あれだけの速度を出されては回避も難しく、だからといってこちらのドリルで対抗できないことは示されたばかりで、いかに強羅の装甲でも耐えきれまい。

 

 そう、さっきまで、ならば。

 

『ハッ!』

――!?

 

 ダーク強羅は、驚かせてばかりで悪いと思う。

 だがお前のお陰で今の強羅があるのもまた事実。だからこそ全力を持って相手をしてやらねばならない。

 

 ダーク強羅の必殺技ともいえるこの蹴りも、ロマン魂の力でハイパーセンサーの感度すら強化され、それに見合った動きができるようになった今の強羅ならば反応できる。

 顔面を貫く軌道で迫ったドリルは、デュアルアイセンサーの手前数センチまで近づいたところで……ドリルを右手に掴まれ、止められていた。

 腕一本でダーク強羅の重量とロケットモジュールの推進力を受けとめ、さらには握りしめる握力だけでドリルの回転を抑えついには止めるだけの力は、実際にその力を行使する俺ですら驚きを禁じ得ない。ダーク強羅はドリルを止められたのを感知して咄嗟に動力を切ったらしいから本体が逆に回転することこそないが、それでも目の前の光景は信じ難く映っていることだろう。

 

『強羅は生まれ変わったんだ。これまでと同じ技が通じるなんて、思わない方がいいぞ』

 

 ギリギリ、と握力を高める。

 一度敗れた技に再び挑み、今度は勝利できるのならばそれは紛れもないロマン。必然的に俺の心は奮い立ち、それに反応した強羅のコアが莫大なエネルギーを生み出して、その恩恵を受けた強羅のパワーは天井知らずに上昇する。

 機体から噴き上がるエネルギーもますます増えて、体をオーラが包み込む。

 

 その力は余すことなく強羅の腕にも伝えられ、さっきこちらのドリルを砕いてのけたドリルモジュールを、今度はこっちが握りつぶしてやる番だった。

 

――!

『おっと、逃げるなよ!』

 

 このままではマズイと思ったのだろうが、距離を取ろうとすることなど許すものか。

 しかしそれでもダーク強羅は元の強羅を越えるほどの防御力を有しながら、普通のIS並みの機動力を持った機体。いかにセカンド・シフトをしたとはいえ、逃げに徹されれば強羅では追いきれない。

 そう判断した俺は、強羅・白鐡のもう一つの武装を使うことにした。

 

 

『行って来い、白鐡!!』

 

 

 俺の叫びに応えたのは、強羅の背中にマウントされていた翼とスラスターの一つになった機動力強化ユニット……のように見えていた、自律型機動ユニット<白鐡>だ。

 

 ガキンと硬質な音がしてロックが外れ、強羅の背中から解き放たれた白鐡がスラスターの出力を自身の加速のためだけに利用して、圧倒的な速度でダーク強羅へと向かって飛んでいった。

 

 白鐡は通常、強羅の背部で機動力を底上げするためのユニットとしての役割を果たしてくれているが、その正体は独立しての飛行と戦闘が可能な、ある意味無人機に近い能力を持った自律型のユニット。

 強羅という重量物を搬送する役目を解いてやればその機動力は高機動型のISにも迫る物があり、逃げるダーク強羅にもすぐさま追いつくことが可能なほど。

 

――キュイィィィッ!

 

 その時響いた叫びは、当然白鐡のもの。

 飛行の最中、翼をしならせてから機体中央構造物を変形させ、強羅の一ユニットとなっていた時は格納されていた首を伸ばし、白鐡本来の鳥に似た頭部を展開したことで自由に叫べるようになったらしい。

 鋼の怪鳥となった白鐡は、そのままダーク強羅へと突き進んで体当たりをぶちかます。

 強羅のユニットでもあるために、どれほどの機動力を持とうとも前提として機体強度は折り紙つき。ダーク強羅もろともアリーナの壁に体当たりをかましてもダメージはほとんどなく、まだまだ戦えると示すようにすぐさまダーク強羅から離れて空中でくるりと旋回して見せた。

 

――ガアアアアアッ!

 

 追撃のため振り払われたダーク強羅の腕にも、捕まりはしない。

 ひらりひらりと、スラスターのベクタードノズルを巧みに使ってかわす様はまさしく鳥のごとく。それにダーク強羅が焦れるのも当然であったろう。

 よくよく見れば、ダーク強羅の二の腕の位置に切れ目が見えるのだ。ヒビにしては深すぎるその傷跡はまさしく白鐡の翼が当たった部分であり、陽光の中に翻る白鐡の翼端が閃かせる刃の煌めきを見れば、下手人は明白だ。

 

 鬱陶しい機動力のみならず、装甲にダメージを与えるほどの武器まである相手、捨て置くことはできない。そう判断したダーク強羅は、すぐさま武装を展開。

 目の前を飛翔する的に対するには範囲攻撃が有効との判断により、ショットガンを選択。二丁持ちともなればその制圧力は無類であり、回避など許すはずもない。

 

――!!

 

 鋭い弧を描きながら再び接近してくる白鐡を、ダーク強羅はロックオン。後方の強羅は戦況を見守っているのか動くそぶりは見せず、つまり反撃には絶好の好機。優秀な火器管制の導きのまま、ダーク強羅は白鐡が接近する軌道上を余すところなく埋め尽くす散弾を、撃ち放つ。

 

 ガオッ、と獣の咆哮にも似た二つの銃声は一つに重なっていた。

 

 吐き出された弾丸は白鐡の機体投影面積では決して回避できないだけの密度と範囲を持って降り注ぐ。

 

 そして、白鐡の首を、胴を、羽を無数の弾丸が貫いた。

 

 

……かに、見えた。

 

――キュイ!

――!?

 

 敵機撃墜と判断しかけたダーク強羅の電脳は、目の前で光の粒子となってかき消えた白鐡の姿と、背後から聞こえたその声に混乱を余儀なくされた。

 

 しかし、状況を理解するよりも衝撃が届く方が早い。

 肩の装甲を切り裂きつつ白鐡の体当たりが再び炸裂し、振り向く間もなく全身に光を纏った白鐡が離れていく。

 

 ダーク強羅は知るまいが、これが白鐡の持つ幻惑機動(ファンタム・アビエイション)

 全身から吹き出る光を残像としてその場に残し、自身は常識外れの高機動によって既にその位置から脱しているという、白鐡単体のときのみ可能な超絶マニューバ。初見で見抜ける道理はなく、事実ダーク強羅はこの動きに翻弄され、まともな反撃すらおぼつかない有様へと持ち込まれていた。

 甘く見てはいけない。白鐡もまた、強羅の一部なのだから。

 

『さて、白鐡だけに任せるのもなんだし、俺も行くとするかね』

 

 強羅の新たな力として生まれた、自律型ユニットたる白鐡。なんとなく任せて欲しがっている気配を感じたので行って貰ったのだが、思った以上に、やる。

 正面きっての戦いを得意とするのだろうダーク強羅に対して変則的な機動を見せていることもあるが、翼のエッジに刻まれた刃のみで格闘戦を挑む鳥だなんて、あまりにも思いきりが良すぎて惚れそうになる。

 だからこそ、そんな白鐡一機に活躍させるわけにはいかない。いかに白鐡が優勢とはいえ、あいつは普通のISと違い、防御力こそ強羅譲りだがどうしても打たれ弱い。一度でも直撃を受ければその後は体勢を立て直せずにたたみかけられる、などということも十分にあり得る。

 そうである以上、そろそろ俺も再び参戦せねばなるまいて。

 

 

 目指すは白鐡の機動にも徐々に追従し始めているダーク強羅との戦場。白鐡も、新しく生まれ変わった強羅もいるんだ。今度こそ、負けてなんてやらないぞっ!

 

 

◇◆◇

 

 

「すご……い」

 

 簪の口からは、ただその言葉だけがこぼれた。

 

 目の前で繰り広げられる、強羅と白鐡、そしてダーク強羅との戦い、あるいはアリーナの他方で無人機に挑む一夏の姿。いずれもが簪の目には余りに眩しく映り、そして……憧れた。

 

 

 あんな風になりたい。

 あの人たちの隣に立ちたい。

 

 

 そんな思いが、胸の奥から溢れだしてくる。

 

 随分と、懐かしい感情だ。かつて生まれて初めてその思いを抱いてから今まで、どんなに努力を重ねても、かくありたいと思った人には――姉には――敵わないと思い知らされ、以来こんな風に思ったことなどなかった……はずだった。

 だがそれでも、今の簪は心から願う。自分も、彼らの仲間なのだと胸を張って言える存在になりたいと。それだけが、今の簪の欲望だ。

 

 いまだ腕の中に抱きしめた姉の様子を見る。幸いにもISの生命維持機能が追いついてきたらしく血は止まり、意識こそ失っているもののその表情は穏やかになっている。

 

――大丈夫、行ってらっしゃい

「……うん、行ってくるね、お姉ちゃん」

 

 だからだろうか。簪の背をそっと押してくれたように感じられたのは。

 ゆっくりとやさしく楯無の体を地面に下ろし、簪は震えることなく立ち上がる。

 

 目の前には敵。そして敵と戦う仲間達。

 自分は今ISを身に付け、残りたった一つながら武装もある。

 

 ならば戦おう。

 

 真宏が言ったように、もしヒーロー達から貰った勇気が本物ならば、この胸の中にも戦う勇気は必ずあるはずだから。

 

「待ってて……みんな、助けるから!」

 

 

「……いや、その必要はない」

「えっ?」

 

 しかし、残念ながらその決意は隣から聞こえた声に止められる。

 楯無でもなく、まさに今戦っている最中の一夏でも真宏でもありえない声は一体誰の物なのかと、一瞬だけわからなくなる。が、振り向きざますぐに気付く。

 それは、この場にいるもう一人の戦士。ボロボロになりながらも無人機を真っ二つに両断してのけた紅椿の操縦者、箒だ。

 

 さきほどもう一機の無人機の猛攻にさらされた箒であったが、一夏のサポートもあって一端ここまで下がってきたらしい。

 箒もまたさっきまでの真宏や今の一夏と変わらずダメージは小さくなく、見た目だけではまともに戦えるとは思えない。

 だがそれでも簪を制止する声は力強く、その言葉を確かに裏打ちする明瞭な思考があることを感じさせた。

 

「ど、どうして……!」

「心配するな、お前を信じていないわけではない。だが……『みんな』などと気負う必要もない。一夏は私が守る」

 

 その目に宿るのは、紛れもない決意。

 何があろうと一夏を守ってみせるという、強い強い心だ。

 

 いつもの簪ならばたじろいでいただろう。

 だが今は、負けないくらい強い思いがある。だから、簪はまっすぐにその目を見返していた。

 

「……っ」

「だから……お前は真宏を、私達の友を頼む。……あるいはこれからも、な」

「なっ!?」

「頼んだぞっ!」

 

 かすかに笑って捨て台詞を残し、背中の展開装甲をスラスターとして使って一夏と無人機の戦闘に割り込んでいく箒は素早く、文句を言う暇もありはしない。

 取り残された簪は瞬く間に顔を赤くするが……今は、それどころではないと必死に自分に言い聞かせる。

 心拍数が異様に上がっている、と空気も読まずに伝えてくる打鉄弐式の警告にも今だけは耳を貸さず、首を振って無理矢理冷静さを取り戻した。

 

 あの篠ノ之箒という少女とは後々しっかりとした話し合いが必要かもしれないが、そのためにも今は真宏の手助けをしなければならない。

 新生した強羅にとってみれば助けなど必要ないかもしれない。だがそんなことは関係なく、今、簪が、真宏を助けたいのだ。それに真宏ならばきっと邪魔とは思わず、この援護を生かしてくれるに違いないという信頼も持てる。だから、大丈夫なはずだ。

 

 覚悟を決めて、戦場へと意識を向ける。距離はそれなりに離れているが、それでも再び白鐡を背に負った強羅とダーク強羅の激闘の衝撃はアリーナ全体に響きわたり、流れ弾が飛んできもする。

 

 そんな中で、簪ができること。

 近接戦闘用の薙刀を失い、荷電粒子砲もエネルギーが切れた今、残された武装はミサイルのみ。

 ただしそれも現在のジャミングが濃い状況下では通常のロックオンシステムでの誘導が不可能に近く、命中率は0に等しい。

 

 だが、それがなんだというのだ。

 

 打鉄に装備された八連装ミサイル、山嵐。

 本来ならば倉持技研製のマイクロミサイルが詰まっているはずだが、簪は荷電粒子砲に続いてこのミサイルも蔵王重工を通して換装している。

 ミサイルを収めるユニットこそ倉持技研製のままだが、その中身は蔵王重工が開発した新型爆薬<ポルヴォーラ>を詰めた特別製。ワカに相談したところ、突貫作業で作り上げてくれた高威力高機動の逸品だ。

 

 それをこの状況で生かすための手段はたった一つ、全弾頭のマニュアル操縦のみ。

 

「……」

 

 簪は無言でメガネを外す。

 普段の簪ならば考えもしないほどに大それたことを思いついた自分への驚きを鎮め、さらにはこうして今戦場へと飛び込む勇気を、確かな形にする。

 

 メガネを眼前に掲げ、真宏が思い出させえてくれた、あの方法で。

 

 

「――デュワッ!」

 

 

 元より視力が良い簪は、この携帯ディスプレイをかけていても外していてもさほど視界に変化はない。

 ないはずなのに、今は違った。

 普段は感じない光が、世界を照らしているような、そんな気持ちが湧いてくる。

 

 そんな心のまま、簪は手足の装甲を解除。自由になった20の指に神経を行きわたらせ、動きを確かめる。

 

 全48発のミサイルをリアルタイムに制御するなど、人間業ではないかもしれない。

 だが、自分ならできるはずだと、簪は信じる。システム構築の速度は、真宏も認めてくれていたのだから、できるに決まっている。

 

 たとえミサイルの命中率が0%であろうとも、一発あたり2%ずつ上げてやれば96%。やってやれないことはない。

 そして残りの4%は、きっとこれが埋めてくれる。

 

 真宏がくれた、このおまもりが。

 

「力を……貸して、くれるよね……?」

 

 そう信じて、どこからともなく手の中へと呼び出したその小さなスイッチを、押した。

 

 

<<レェーダァー、オン!>>

 

 

――!?

「ごめんね……回避なんて、させてあげないから」

 

 本来ならばスイッチ単体では声が出ないはずなのに、どうしてか叫んだアストロスイッチナンバー4<レーダースイッチ>。左腕にパラボラ状のレーダーが展開されたりということはないが、きっと助けとなってくれるに違いない。

 

 両手と両足の上下に展開される投影型のキーボード。眼前を覆い隠すかのように浮かび上がる数十枚のディスプレイ。

 それらはみな、山嵐のミサイルを一つ一つ制御するための物。一般人であれば……いや、たとえIS操縦者であろうとも処理しきれないほどの情報量を叩きつけるように浴びせられ、それでも簪は怯まない。

 これならば、これだけならば、簪は誰にも負けないという自負がある。

 かつて真宏が頼ってくれた、これだけならば。

 

 眼球は無駄に動くことなく、視界の全てを俯瞰する。

 指は一本一本が完全に独立した動きを可能とし、激発の時を待つ。

 

 そして、ウィングスラスターに備えられたミサイルポッドの装甲がスライドし、48の弾頭をあらわにする。

 

 

「行こう……打鉄弐式!」

 

 

 叫ぶと同時、簪の全身は次々と飛び立つミサイルの噴煙の中へと隠された。

 

 打鉄弐式のマイクロミサイル達は、射出後ほんのわずかだけ直進した後、急激に軌道を変えてほとんど直角にダーク強羅へと向かって行った。

 強羅とダーク強羅の戦闘は激しく、ただの誘導弾であればその余波だけで爆裂しかねないその空域へと、しかし簪に操られたミサイル達は果敢に飛びこんでいく。

 

 ひたむきに敵を目指すもの、相手の動きを読んで先回りするもの、ひたすら派手な軌跡を描いて敵の目を引き付けるもの、それぞれに役割を課せられたミサイルの描く軌道は芸術の域にも達するほどだ。

 噴射煙が糸を引き、描く立体図形は精緻にして大胆な絵画のように、ただ敵を撃滅するため、指揮者たる簪の意のままに。

 

 しかもこのミサイルはマニュアル駆動。

 どれほどダーク強羅が逃げようとも追いすがることができ……さらに。

 

『むっ!?』

 

 今まさにダーク強羅と戦っている最中の強羅がミサイルの軌道上に誘い出されたとしても。

 

 

「真宏――避けないでっ!」

『わかったぁ!!』

 

 

 二人の間に絶対の信頼があれば、何の苦もなく乗りきれる。

 

 簪の声に即答した真宏は、背後から高性能爆薬をぎっしり詰めた紛れもない蔵王重工製品のプレッシャーを放つミサイルが迫るのを、意識の中から放り出す。

 

 そのまま、これまでと変わらずただ目の前のダーク強羅の動きだけに意識を集中し。

 

 

 簪制御によるミサイルたちは、顔と言わず腕と言わず、強羅を隠れ蓑に使って全身の装甲表面を舐めるように走り、もはや避けることも引くこともかなわなくなったダーク強羅が、ゴーレムⅢと違って可変シールドユニットも持たないがゆえに48発のミサイル全てをその身に受け、吹き飛ばされるのを見た。

 

 

◇◆◇

 

 

『……今だっ!』

 

 恐怖を押して立ち上がってくれた簪がマニュアル制御でミサイルを誘導し、ダーク強羅へと一矢報いたのをこれ以上ないほどの至近距離で見届け、着弾したミサイルの余波を軽く受けながらも、俺はこれを好機と捉えた。

 

 強羅に全身を覆われているからミサイルが押しのけた空気の圧力こそ感じなかったものの、体から生えてきたかのように覚えのないミサイルがすりぬけていく感覚というのは、なんとも言語にし難いものがある。

 

 だがそれほどの難行をしてのけてまで簪が作ったこの状況、生かさなければロマンがすたる。

 

 

『白鐡ぇ! 超咆剣モード!』

――キュィィイッ!

 

 

 だからこそ、俺は強羅・白鐡の「必殺技」を使う決意を固めた。

 強羅の背に戻っていた白鐡は、俺の声に応えて自らに秘められたさらなる力を開放する。

 

 怪鳥の叫びを上げた白鐡は、強羅の背に「スラスターを残して」分離。身軽な翼と中央構造物のみの姿となって、宙へと泳いだ。

 同時、強羅の両腰上部に位置していたスラスターの噴射口が位置を変え、直接強羅の機体に接合して、エネルギー供給源を強羅側からのものに変更。これで白鐡単独のときよりも、出力だけならば大規模に使うことができるようになる。

 

 そして、分離した白鐡本体。

 

 ――白鐡は、強羅のセカンドシフトに伴って新たに生まれたユニットだ。

 

 まだ誰も知る物がいないが、白鐡が生まれた理由を辿っていくと、実はかつて強羅が白式と合体した頃にまでさかのぼる。

 

 その名に冠する「白」の文字。

 かつて、強羅と一つになって戦った白式から拝命したその一字は、伊達ではない。

 

 白鐡は空中にふわりと浮きあがるや、翼を鳥型の機首方向へと「折りたたんだ」。

 基部は元の角度のままに残して鍔とし、幾枚もの羽状装甲が折り重なっていた翼が各羽をスライドしながら前方へと伸びていけば、そこに現れるのは翼のエッジの刃先を揃え、尾翼部分が重なって柄となった、全長3mに及ぶ長大な剣。

 

 そう、これこそが白鐡の持つ「変形能力」の一端だ。

 

 白鐡は、かつて強羅が白式と合体した時に混じり合ったデータが原因で生まれたものであり、そのため展開装甲と似た作用としてこの変形能力を得たらしいというのが、強羅から感覚的に伝わってくる事実だった。

 

『ふっ……!』

 

 その剣を強羅の腕がつかみ取り、腰だめに構えて切っ先を上げる独特の構えをとる。

 切っ先の向こうにはいまだミサイルの余波によろめくダーク強羅がいるが、致命傷には至っていない。あの機体を倒すには、もっと完膚なく叩きつぶせる威力が必要だ。

 

 そう、例えば今この手の中にある、剣のような。

 

『さあ……行くぞっ!』

 

 相手に逃げる隙など与えない。

 白鐡が背に残していったスラスターに全力のエネルギーを叩きこみ、慣性で後ろへ流れようとする白鐡の剣を肩に担いで最大加速。

 視野の中心に見据えたダーク強羅以外全ての景色が吹き飛ぶほどの世界の中で、俺は強羅の突進が生み出す衝撃波で地面を削りながら距離を詰める。

 

 

 剣の勝負に必要なのは、間合いとよく聞く。

 だが今の強羅に必要なのはそれではなく、ただひたすらに相手を斬り伏せるという意思と、速さと、力と……そして、こんなにも心が躍る技を俺にくれた強羅と白鐡への感謝とロマン。

 

 それら全てを込めればこそ、ワンオフ・アビリティ<ロマン魂>はますます猛って強羅の機体と剣となった白鐡を金色の光で包み、絶対の勝利を約束してくれる。

 

『はああああああああああああああああああああああああっ!!!』

――!!?

 

 ようやく体勢を戻したダーク強羅が逃げられなかったのは、己の末路を確信したからか、はたまたこの技の余りの素晴らしさに心を奪われたか。

 

 ……もし後者ならば、お前はきっと俺たちとだって友達になれるだろう。

 

 

『チェエストオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!!!』

 

 

 真っ向からの斬撃はダーク強羅の肩口から胸部、わき腹と、ほとんど抵抗らしい抵抗も感じさせずに斬り抜けた。

 しかしそれも一瞬のこと。交差した強羅の背後でわずかに斬られた装甲がズレる音を響かせ。

 

 そして。

 

――ヴォ、ヴォアアアアアアアアアッ!!!

 

 天まで響く断末魔の叫びと共に、どんなグレネードにも負けない熱量と烈風を撒き散らし、ダーク強羅は――爆散した。

 

 

「や……やったね!」

『簪……。ありがとう、簪のお陰だ』

 

 ダーク強羅を斬った体勢のまま、背中に燃え盛る爆炎の熱を感じていた俺の元に、簪がやってきた。ウィングスラスターに備えられたミサイルポッドのハッチは開いたままで、さっきまでの無人機との戦いと合わせてミサイルを使いきったのだろうということがわかる。

 

 どうやら、簪も本当にぎりぎりのところで戦っていたらしい。

 

「こ、こっちこそ……って、な、撫でないで……っ!」

『まあ、そう言うな』

 

 そんなになってもサポートしてくれた簪への感謝の気持ちが湧き上がり、強羅の大きな手で頭をなでりなでりとしてやったのだが、どうやらあまりお気に召さなかったらしい。関節なんかに髪の毛を巻き込まないように気をつけていたのに、なにが悪いのだろう。

 ワカちゃんを相手にした場合は問答無用で高い高いまで行くんだから、むしろ遠慮しているほうなんだぞ。

 

「うぅ。……あ、そ、そうだ! 織斑くん達の方は……ッ!」

『ああ、そっちは大丈夫だ。……見てみろ、もう決着がつく』

 

 ひとしきり撫でまわされた簪は、一夏達のことを思い出したらしく真剣な表情を見せた。

 

 だが、心配はいらない。今の強羅は仲間に危機が迫ればすぐに気付くくらいハイパーセンサーの性能も向上しているし、なにより戦っているのは一夏と箒。あの二人が組んだのならば、いかにISがボロボロになっていようとも、ただの無人機に後れをとるはずがない。

 

 

「その左腕、もらい受けるッ!」

 

 ちょうど振り向いたその瞬間、紅椿の肩が変形して新たに現れた出力可変型ブラスター・ライフル<穿千>を撃ち放ち、ゴーレムⅢの左腕を抉り取っていた。

 

 そしてそれをもって、もはや勝負は決した。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 受けたダメージの大きさにぐらつくゴーレムⅢへと、一夏がイグニッション・ブーストで肉薄する。途中それでも反応したブレードが零落白夜の軌道に立ち塞がるが、今の一夏を止めるには、どうにも役者が足りていない。

 

 ブレードは雪片弐型の刃によって激突の瞬間に砕かれ、そのまま一夏は素早く刃を返して真横に一閃。これまでの苦戦が嘘のように綺麗に斬り裂かれた装甲の奥に輝くゴーレムⅢのコアである金色のキューブを、思いきり殴りつけた。

 

 本来ならば、その程度のことでISコアは砕けない。

 もしコアを破壊したいのならば、もっと圧倒的な攻撃力が必要だ。

 

 例えば、ワカちゃんの大好きなグレネード乱れ撃ち。

 あるいは、零落白夜でめった斬り。

 

 さもなければ。

 

 

――っ!?

 

 まさに今、一夏がいつの間にやら受け取り、ついさっきゴーレムⅢのコアを殴りつけるついでにコアと装甲の間に差し挟ませた、ミステリアス・レイディのアクア・ナノマシン製造プラントである『アクア・クリスタル』自体の爆発であるとか。

 

 

 そんな物騒なものがいつの間にか自身の中枢近くに据えられていることを知った無人機は、慌てたように顔を上げ、楯無に顔を向ける。バイザーのみしかないその表情を読み取ることはできないが、それでも言わんとすることはわかる。

 

 ゴーレムⅢは、意識が朦朧としながらもミステリアス・レイディ右手人差し指の側面にいつの間にやら現れたスイッチを押すのを、止めようとしているのだ。

 

 だが残念ながら、そんなとき我らが楯無会長が言うべきセリフは、決まっている。

 

 

「いいや! 限界だ、押すね!!」

 

 

 この中でもひときわダメージが深いのにアリーナ中へと響き渡る声で叫び、5mの射程距離に入っていなかったせいもあってか見事スイッチを押し、ゴーレムⅢを身の内から膨れ上がる爆発の中に消滅させた。

 

「いえーい……」

 

 これがホントの最後の力、とばかりに揺れながら掲げられた手の形は、サムズアップ。

 

 それを見た一夏は、箒は、そして簪と俺は。

 色んな意味で満足できる、納得できることをしてくれた会長に、笑顔のサムズアップを返すのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 とまあ、俺はいまさら一夏達の戦いにしゃしゃり出て邪魔するつもりなどは無く、その顛末を見届けていたわけだ。

 

 簪は既に会長の元へと駆け寄っている。ジャミングも弱まってきているし、ハイパーセンサーにも戦闘の音や振動は届いていないことからして、おそらく他のところでの戦闘も終わっているのだろう。

 きっと、もうすぐ怪我はしていても誰ひとり欠けることのないいつもの仲間達と再び会えるはずだと、俺は静かに確信していた。

 

 

 白鐡は既に背中へと戻し、強羅・白鐡の普段の姿へと戻っている。

 

 ……うん、セカンド・シフトをしたばかりだけど、実によくなじむ。まるで俺という人間の体のつくりから癖から趣味嗜好まで全てを考えて作り上げられたかのように、これまでの強羅よりもさらに一段と一体感を感じられる。

 色々と「わかっている」機能を多数持っているらしい白鐡といい、何とも至れり尽くせり。本当にいいISになってくれたもんだ。

 

『……ん?』

 

 そんな強羅の在り様に心はほっこりと満足していたのだが、ふとしたことに気が付いた。

 強羅の足元に、きらりと光る何かが見えたのだ。

 

 今さら警戒するようなこともないからと、ハイパーセンサーで走査するまでもなくアリーナの土に埋まりかけていたそれを指でつまんで、拾い上げてみる。

 それは、多少砂やほこりが付いているがそれでも眩いきらめきを放つキューブ。

 

 ……いや、これって。

 

『まさか……ダーク強羅のコア、か?』

 

 そうとしか思えない。

 さっきの必殺剣はダーク強羅を倒そうという以外の意思は一筋も込めていなかったが、だからといってコアの位置などは特に考えず真正面からぶった斬っただけのことだから、ダーク強羅のコアが無事であってもおかしくはない。

 しかし、そうであったとしても直後の爆発にも砕かれずこうして生き残るとは、案外こいつも悪運の強い奴なのかもしれないな。

 

 

 ダーク強羅は既に機体を失ったから、そんな呑気なことを考えていたのだろう。

 自分の近くにこそ、最も警戒するべき相手がいるということを、その時はまだ知らないで。

 

――きゅい

『ん、どうした白鐡。……ってーか、お前背中にくっついたままでも首伸ばせるんだな』

 

 戦闘中より幾分可愛らしい響きの声と共に、強羅の顔のとなりからにゅっと首を伸ばしてきたのは、白鐡。

 こいつ、鳥型メカみたいな形の首を伸ばすのは自律型ユニットとして空を飛ぶときだけかと思っていたら、どうやら普通に強羅の背にくっついているときでも伸ばせたらしく、不思議そうな顔――に、俺には見えた――で強羅の掌にのったダーク強羅のコアをじっと見ていた。

 

 

 ――このとき止めときゃよかったと、後になって割と本気で思ったのだが、後悔先に立たずという奴だ。

 

 

『気になるのか? でもダメだぞ、これは千冬さんあたりに……』

――きゅ……ぱくっ

 

 さらにさらににゅーっと首を伸ばした白鐡が。

 俺の言葉にも耳を貸さず。

 パクリと開けたくちばしで。

 ダーク強羅のコアをくわえ。

 

 

――きゅうぅ。……ごくん

『……………………は?』

 

 そのまま、呑み込んでしまいましたとさ。

 

『はああああっ!?』

――きゅいっ!?

 

 事態の一部始終を目にしていたのは俺一人。

 だから驚きの声を上げたのも俺だけだったが、その声は遠くで会長を保健室へ担ぎ込もうとしていた一夏達にもとどくほどで、驚きのあまり会長の体を取り落とすほどだった。

 

『こ、こらなにしてるんだ白鐡! そんなの食べたら腹壊すだろ! ぺっしなさいぺっ!!』

――きゅ……きゅきゅぃぃぃいい!

 

 首を引っ掴んで呑み込むのを阻止しようとする俺であったが、背中側にいる白鐡の首はさすがに掴みづらく、いやいやと首を振られてしまえば捕まえてもいられず振りほどかれ、『ごっくん!』と音がしそうに喉部分が何故か動き、強羅のハイパーセンサーが捉えていたダーク強羅のコアの反応が、白鐡の中に溶けて消えた。

 

『……』

「あ……あの、今ひょっとして、コアが……」

 

 背中から鳥のような細い首を伸ばす白鐡と、そんな白鐡の首を掴んで暴れる強羅という珍妙な光景に驚いて近づいてきた簪は、大体の状況を察しているようだった。

 まあ、確かにむき出しのISコアなどというものはハイパーセンサーを使えば一発で所在がわかるわけだし、当然のことだ。

 

 が。

 

『そんなものはなかった』

「えっ」

『ダーク強羅のコアは、さっきの俺の必殺技で機体ともども爆散した。……いいな?』

「えー、あー……うん、わかった」

 

 ……こういうときは、なにもなかったことにしよう。

 どうせ他の無人機だって何機かはコアごと吹っ飛んだりしてるのだろうし、それが世界的にも一番平和なんだよ、うん。

 

――きゅぃぃ……

『満足そうな声だしてるんじゃねぇよ』

 

 もっとも、ISのコアを食べる自律型ユニットを背負う俺の運命まで平和なものなのかは、さっぱり見通せないのであったが。

 

 

◇◆◇

 

 

 神上真宏が、ダーク強羅のコアを食べた白鐡の行状と、そんな新しい相棒の今後のしつけに頭を抱えていたのと、ちょうど同じころ。

 

「ダーク強羅を含む無人機ーズ、全シグナルロストかー。……思ったより、早かったかな?」

 

 意図的に照明を落とし、ディスプレイからの光のみに照らされるという雰囲気抜群の薄暗い部屋の中に、一人の美女がいる。

 益体もない独り言をつぶやきながらその実、世に二つとない水準の知性を秘めたる頭脳の中ではいまも並の人間では理解すら及ばぬ高度な思考を働かせている、現時点で地球最高の天才、篠ノ之束だ。

 

「強羅もそろそろセカンド・シフトをするだろうとは思ってたけど、まさかコアを食べる子まで出てくるとはねー。……この束さんの予想を上回ることをするのなんて、本当にまーくん達くらいだよ」

 

 真宏の前にぬいぐるみ型通信機を介して現れた今回の事件の首謀者たる束はいま、世界中の諜報機関が血眼になって捜しながら今だ片鱗すら見いだせていない自身の根城にて、無人機達の情報をモニターしていた。

 

 無人機達の戦闘状態は全てデータとして採取できたし、IS学園の専用機持ち達が予想外に強くもあったが、箒のパーソナルデータを得るという最大の目的は遂行できた。

 これならば紅椿をさらなる高みへ導けるだろうと、普段から笑っているように見える朗らかな表情をさらに緩ませる。

 

 もちろんこれは束が「身内」と認識している人間の前で、あるいは身内のことを考えているときにしか見せない表情であるのだが、束にとってその事実は当たり前すぎて気にするほどのことでもなくなっている。

 ISのコアを製造し、これだけの数の無人化したISを投入するという大事件を起こしてなお、彼女の表情が常と変わらないのはそのためで、常人がこの精神の動きを知れば怖気の一つも感じるかもしれない。

 

「うーん、でもこれだけの大騒ぎなんだから、ちーちゃんが『暮桜』で出てくるかと思ったんだけどな。……蔵王のアレは足止めしたからいいとして」

 

 そんな束の関心事は、既に次の物へと移っていた。

 

 自身の盟友にして、世界最強の名をその身に背負う千冬。これだけの規模の事件であり、なおかつ最近色々と出しゃばってきているワカが関われないようにしていたのだから、千冬が愛機たる暮桜を駆って出撃してくるに違いないと思っていた。

 だが、今回千冬はジャミングと掌握されたシステムによる影響を受けながらも現場の指揮にとどまり、自ら打って出ようとはしなかったのだ。

 

 一体どういうことなのだろう、と束の脳裏に疑問の種が芽吹く。

 そして、気になったことは解明しなければ収まらない。どんなときでも明瞭な思考はその疑問を細かに検分し、限りなく事実に近いだろう推測を導いて行く。

 

 ほんの数秒、ぼんやりとどこにも焦点を合わせない瞳を宙に向ける。

 

「あ……そうか、ひょっとして」

 

 ただそれだけのことで、束は答えを得る。これまでも、そうしてきたように。

 事実予想した通りの現実が待っているかは知らないが、そんな物は確かめてみればいいだけのこと。天才という称号を得るまでも、得てからもずっと、束は今と同じに考えては試してきたのだから。

 

 さて、今度は一体どんな手を使おうかと、ある種悪役のような手段の検討に移った、そのとき。

 

「束さま」

「んっ、やあやあくーちゃん! スモークチーズはあるかい?」

「ありません。……ですが、パンを焼きました」

 

 束しかいなかった部屋の中に、一人の少女が姿を現した。

 今だ幼さを色濃く残す顔つきに、腰まで届く銀の髪。束が戯れかつ不器用に編んだ太い三つ編みの髪を垂らし、何故か瞼を閉じながら、それでも正確に束のいる位置に顔を向けている少女である。

 

 束の根城たる不可思議なこの空間に溶け込むような、あるいはひと際違和感を生むようなその少女の手はトレーを持ち、その上には半分かた炭化した物体が乗っている。束がノリと勢いでリクエストしたスモークチーズとやらではないが、束の奇行はむしろ平常の証であると少女は理解しているからバッサリと切り捨てるだけであるし、束もまた少女が作ってくれた物を無碍になどするはずがない。

 

「わあ、ありがとう! むぐむぐ……っ! んー! うーまーいーぞー!!」

「……そんなわけが、ないでしょう」

 

 座っていた椅子から飛び下りてパンを受け取り、はしたなくも大口を開けてかぶりつく。そして咀嚼の後、天を仰いで叫び声を上げると共に口から星をも軽くぶっ壊スターライトブレイカーしそうな桃色の閃光を吐いた。

 ちなみにこの口から出るビーム、空中投影ディスプレイのちょっとした応用で、束の横にいるハンバーガーの開きのような形をした小型メカ<バガミール>がカメラからの投影光線でリアルタイム3D合成しているだけの非殺傷設定のものであり、人体に被害はありません。

 束が誇る技術の無駄遣いのうちの一つである。

 

「マズイに決まっています。……私自身、味見もできなかったくらいですから」

「あれ、そんなレベルのものだったの!? そこに愛はあるのくーちゃん!?」

 

 束のリアクションはとどまるところを知らず、勢い余ってどこからともなく取り出した太く茶色い尻尾を腰に装着し、先日いくらでも転がっているガラクタを組んで暇つぶしに作り上げた、人間の身長ほどのサイズの大阪城の模型を尻尾アタックで砕き、「超振動波だ!」などといいながら頭につけたウサギの耳を突き刺して粉砕している束に、くーちゃんと呼ばれている少女はどこか冷ややかな言葉を返す。

 

 少女にとって束は何物にも代えがたい大切な人なのだが、それでもちょっと拗ねたいお年頃なのだ。

 

「ま、まあいいや……。それよりくーちゃん、ちょっとおつかいに行って来てくれるかな?」

「はい、なんなりと。どこへ行けばいいのでしょうか」

「もー、相変わらず堅いなあくーちゃんは。無駄に硬いのなんて強羅だけで十分なんだから。ほらほら、オッドアイな目で『たばねママ』って言ってごらん?」

「……」

 

 束のことは大切なのだが……時々言っていることがわからなくなる。噂によれば、束の口から名前が出ることもある「まーくん」なる者は昔からこのノリについてこれていたらしいが、そのことを思い出すたびに少女の心には小さな嫉妬の炎が宿るのだった。

 

「まあいいや、それは今度の機会に取っておくとして、届け物をお願いね。――IS学園、地下特別区画まで」

 

 だが、束のことを全肯定する少女は、また新たな事件のカギとなろうとしていることを、まったく気にしていなかった。

 

「……あっ、でも強羅とまーくんと蔵王の連中には気をつけないとダメだよ、色々感染りかねないから!」

「ハイ、気をつけます」

 

 そしてその気にしていないことが吉と出るか凶と出るか。

 こればっかりは、出会ってみなければわからない。

 

 

◇◆◇

 

 

「さて……次は会長の見舞いにでも……いててて」

 

 夕日が差し込むIS学園の廊下を、きりきり痛むわき腹を押さえながら歩く。

 今口に出した通り、保健室で絶対安静を言い渡されている会長の様子でも見に行くかと思って出てきたのだが、さすがに俺も結構ダメージが残っているらしい。

 

 

 無人機襲撃事件が終結してから、まださほどの時間がたっていない。

 アリーナは当然立ち入り禁止になって調査と修復、あるいは証拠隠滅が急ピッチで進められているし、そういった仕事に忙しいからか、取り調べやらなにやらはまだ行われず、明日になる予定らしい。

 だからこそ、あんな事件があってなお明日蘭の学校の文化祭に行こうとしている一夏は出発間際になって取調室に連行されたりするのだろうが、俺にそれを止める術はないから、気にしないことにした。

 強く生きろ、蘭。

 

 ともあれそんなわけで降ってわいた期限付きの自由時間。さっきまで一夏の部屋で一年生専用機持ち一同集まっていたのだが、なんかヒロインズが「タッグを組まなかったことをダシに一夏に言うこと聞かせる権利争奪大貧民大会」を始めてしまったので、そこで繰り広げられるあまりに激しい戦いの余波に追い立てられるようにして逃げてきたのだ。

 

 ……ちなみに、その戦いはこんな感じ。

 

 

◇◆◇

 

 

「いくわよ、シークエンス! スペード10! スペードJ! スペードQ! スペードK! スペードA! ロイヤルストレートフラァッシュ!!」

「大貧民でロイヤルストレートフラッシュをすることに何の意味が!?」

 

「やるね、鈴! でも僕だって負けないよ! ……キングを四枚、キングで革命エボリューション・キングだよ!」

「……念のため言っておきますけれど、Evolutionは『進化』という意味ですわよ」

「しかも足りないキングはジョーカーで補っているな」

 

 

◇◆◇

 

 

 なんか、今にもトランプ取り込みそうな感じだったんで逃げてきた。相変わらず逃げられない一夏から情けない悲鳴が投げかけられたけど、すまんな一夏。これはお前の自業自得なんだ。

 

 というわけで、一夏の部屋に居場所が無くなったから会長のところなど訪ねてみようと思い立ったわけだ。

 本当ならば俺も保健室に即座に叩きこまれかねない怪我ではあったのだが、強羅がセカンド・シフトをしたことで少しは搭乗者にも恩恵が降り注いだらしく、当初想定していたよりも大分マシな状況になっているようだった。肋骨2、3本折れたくらいで済んでいるのだから、僥倖と言っていい。

 

 ……ちなみに、ついうっかり忘れかけていたワカちゃんからは、ついさっき連絡があった。

 

『大変だったみたいですね、真宏くん』

『ワカちゃんこそ、無事で何よりだよ』

『はい、本当はすぐにもIS学園に行こうと思ったんですけど……あんまり無理をすると、それこそ大変なことになりそうだったので』

『……良い判断だと思うよ、それ。心配掛けてごめんね、ワカちゃん』

『いえ、いいんですよ。……それより、強羅がセカンドシフトしたらしいじゃないですか! それに白鐡なんていう自律型のユニットまで付いて! さすがに今日はIS学園に行けませんけど、今度遊びに行きますから新しい強羅と白鐡を見せてくださいね!』

 

 とまあ、電話でこんな感じのやり取りをした。調査ではなく遊びに、と断言するあたりがさすがである。

 どうやらワカちゃんは自分が足止めをされていると気付いて、その上で敢えてIS学園への到着を遅らせたらしい。それで正解だったろうと、俺は思う。もし無理に押し通ろうとすれば、今回の事件の首謀者たる束さんがそれこそワカちゃんのところにも無人機を投入しかねなかったし。

 ……ちなみにその際心配するべきは運悪くワカちゃんと無人機の戦場となってしまった場所付近の住民の皆様だ。もし戦闘となってなおかつ大量の無人機が投入された場合、周辺一帯は確実に焼け野原になっていただろうから。もちろん、最後に立っているのはワカちゃんで。

 

 そんな裏事情があったりはしつつも、とにかくこの事件は解決。あとはいつもの愉快な仲間達の無事を見届けて、一件落着としたいところだ。

 会長も会長でISを展開していたおかげか命に別条はなく、簪が付きっきりで看病してもいるのだから心配はあるまい。多分そろそろ目を覚ましているだろうからちょっと顔くらい見ておこうかと思って、ハイ到着しました保健室。

 

「おじゃましまーす……」

 

 今回の事件の関係者である会長を収容している以上他の生徒が寝込んでいることもなかろうが、それでも念のためそっと扉を開ける俺。

 保健室の中を覗き込んで見ると、夕陽の光でオレンジ色に見えるシーツとカーテンが消毒液の匂いに混じって清潔な洗剤の匂いをさせている。

 

「あら、真宏くん」

「会長。起きてましたか」

 

 そしてそんなベッドのうちの一つに、体中あちこちに包帯やらガーゼやらをつけた会長がいた。

 動くだけでも痛いのか、こちらに首を向けるだけではあったが顔の血色はよく、……ついでに、どことなく表情も晴れやかだ。これは、よっぽどいいことがあったらしい。

 

 例えば、長年すれ違っていた妹と和解する、とか。

 

「怪我は大丈夫みたいですね。元気そうで安心しましたよ……色々と」

「ええ。ありがとう、本当に。……真宏くんには、お世話になりっぱなしだった気がするわ。……もっとも、今後はもっと簪ちゃんがお世話になるかもしれないけど」

「……! ……こ、今回の一件だけなら、そうかもしれませんねえ。ま、その分普段は会長に頼ってばかりなんだからおあいこでしょう」

「あら、簪ちゃんの話題はスルー?」

 

 ニヤニヤと、いつもよくするチェシャ猫のような憎たらしい会長の笑顔は健在。

 妙にムカつくのだが……まあ、今だけは許すとしよう。

 

 会長の看病を買って出た簪はずっと会長のすぐそばにいたはずで、会長は晴れやかな表情で目覚めていて、簪はいない。

 ということは、きっと簪とも仲直りができたんだろう。当の簪は、あるいは飲み物でも買いに行っているのかもしれない。この保健室、さすがにそういうものはないからな。

 

 

「はぁ……なんだか、色々と肩の荷が下りた気がするわ」

「何言ってるんです、まだまだこれからでしょうに。会長としても、簪の姉としても」

「――そう、ね。今度は、私のケーキも食べてくれるかしら」

「食べてもらえますよ。……ちゃんと空気を読んで出せば」

「もう、そこは茶化すところじゃないでしょっ」

 

 さすがに怪我人の会長と長話をするつもりもない。軽くひと段落したらすぐにも出て行こうと思っていたのだが、それでも簪と仲直りできたことはよほどうれしかったらしい。

 傷だらけでありながらも会長の浮かべる笑みはあまりに眩しく、思わずこっちも笑顔が浮かんでくる。

 

 夕陽の射す保健室の中で、くすくすと笑い合う男女。

 そこにいるのが自分だというのが信じられないくらい、仲睦まじい光景に見えたことだろう。

 

 それはもう、間の悪いことに定評のある、幸薄そうなあの子の目からしたら、なおのこと。

 

 

 ――ドガラガシャーン

 

 

 そのとき保健室の入り口から聞こえてきたのは、そんな音。

 何事かと振り返ったのは、俺と会長。

 

 そして、未開封の缶ジュースでも落としたかのような音をさせた犯人は。

 

「あ……う、あ……っ!」

 

 呆然と俺達二人を見る目を見開く、更識簪その人だった。

 

「ご、ごめん……なさいっ!」

「簪ちゃん!?」

 

 何がごめんなさいなのか、と問い詰める間もない脱兎のごとき逃げっぷり、昨日までのネガティブ簪が今もしっかり健在だと思わせる、マイナス方向の行動の速さであった。

 

 しかし、走り去り際に見えた瞳に涙が宿っていたのは間違いないし、アレは確実に何かを勘違いしてる。それも、致命的な感じで。

 簪を泣かせるようなことは絶対にしていないと断言できるのだが、そこは簪クオリティ。姉を恐れることこそなくなったものの、未だ自分が敵うはずがないとは思っているようだ。

 

「……って! 呑気にしてる場合じゃない! 会長、簪を追いかけてきます!」

「ぅ……ぁ……、簪ちゃ~ん……」

 

 しかし、今はそれどころではない。

 会長は怪我で動けない上にいつぞやお茶会でペケやらかした時と同じように死後硬直じみた固まりっぷりで、扉に向かって手を伸ばしたままだーだー涙を流しているし、あの状態の簪を放っておいたら、本気で引きこもりになるかもしれない。

 

 だから、あの手を掴まなきゃ。

 

「簪ぃっ!!」

 

 保健室を飛び出て、簪が逃げていった方に視線を走らせる。

 ……よかった、まだ見える!

 

 どうやら全力で突っ走っているらしく、既に廊下の角を曲がろうとしていたがなんとかその背を捕えることはできた。良し、これなら追いかけられる!

 

「待て簪……って、既に横腹が痛い!?」

 

 一歩走り出した瞬間に折れたあばらが痛み出したが、無視だ無視! 今は簪を追いかけてとっ捕まえて誤解を解かなければ、多分一生後悔してもしきれない!

 

 

 そんなわけで、簪との追いかけっこが始まった。

 

「おい、簪!」

「こ……来ないでっ!」

 

 校舎を出るなりスピードを上げた簪を、横腹の痛みで涙目になりながら追いかけたり。

 

「人が多いのになんでそんなにするする走れるんだよ!?」

「……更識家の、家庭の事情っ!」

 

 生徒の多く残る寮の廊下で、人の間を縫うように走ったり、そのとき誰かの肘がちょうど横腹に当たって悶絶しかけたり。

 

「……捕まえたぁぁぁああああっ!」

「や……、いやっ!」

 

 俺も簪もぜぇぜぇと息を切らせながら、ようやくのことでその腕を、つかみ取ったり。

 

 

「いやじゃ……っ、ぜぇ。……ない! はぁっ……話を聞け!」

「……っ! 聞きたくないっ! お姉ちゃんのところに行けばいいでしょっ!!」

 

 しかしながら、簪も頑固だ。腕と言わず頭と言わずに振りたくり、必死に俺の手から逃れようとする。

 

 ……まったく、一体なんだっていうんだ。

 

 これまで俺はずっと簪の友達だったつもりだし……ただそれだけってつもりでも、ない。だというのに、この態度。

 こうして近くで見れば今も大粒の涙をこぼし続けて、こんなに悲しんでいるじゃないか。

 

 それなのに簪という奴は、また誰にも頼らず……俺にすら頼ってくれず、一人で泣こうとしているんだ。

 

 ……そう考えたら、なんか腹が立ってきた。

 

 何なんだこんにゃろう。これだけ人を心配させて、これか。

 確かに会長と話をしていたが、やましいことはないどころか、むしろ簪の話題だったんだぞ。

 

 だというのに、こいつは……っ!

 

「聞け、簪!」

「やだ、やだやだやだっ!」

 

 もはや「やだ」と連呼するしかしなくなった簪の手を軽く引いて、くるりと向きを変えさせざまに両肩を掴む。これで、もう逃げられまい。

 

「いいか簪、多分もう二度と言えないぞ! ……俺はっ!」

 

 

 どうしても、簪の涙を止めてやりたい。

 

 ――そんなこと「しか」考えていなかったから、このとき俺の口はなにも考えずに言ってしまったのだろうと、後にしみじみと述懐することになる。

 

 俺の声が紛れもない本気のものだと気付いたからだろうか。虚をつかれたように目を丸くしてまっすぐに俺の目を覗き込む簪の目だけを見て、たとえ簪でも誤解などできないくらいまっすぐに、大声で、言った

 

 

 

 

 

 

「俺は……簪一筋だっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 しん、と静まり返った。

 

 目の前の簪は時を止められたかのように目を見開いたまま微動だにせず、しかし首のあたりから徐々に朱が昇っていくのがわかる。

 白い肌に初めて血が通って行くようで、それでもなお驚きに開かれた唇は濡れたように紅い。

 

 綺麗だ、と思ってしまったのは少々場違いに過ぎただろうか。

 

 

 そして経過したのは、多分ほんの数秒のこと。

 

 ……何故かって?

 俺と簪しかいないならそのまま何時間でも固まっていておかしくなかったんだが、事情は少々違ったからだ。

 

「「「「きゃあああああああああああああああっ!!!?」」」」

「ひっ!?」

「うおっ!?」

 

 突如、俺と簪の耳に爆音のような悲鳴が轟いた。

 

 びくーん、と揃って体を震え上がらせた俺達が声のした方を見たのは完全に同時。

 そして、何事かと思うよりも早く、状況はわかった。

 

「なにいまの、告白!?」

「初めて見た!」

「ていうかIS学園で見られると思ってなかった!」

「しかも今のは恥ずかしい! 世界4大恥ずかしい告白にノミネートしていいんじゃない!?」

「あ、でも告白したの神上君だよ」

「なら納得だわ」

「ちなみに今の録画してあるんだけど、なにかコメントは?」

 

「「「あなた天才じゃない!?」」」

 

 みんなの こえをきいて はじめてきがついた。

 

 ……ここ、寮の食堂じゃないか!? しかも、無人機襲撃事件でヒマを持て余した生徒達の大半が集ってるみたいだし! 人口密度が半端じゃない!

 

 つまり、なにか。

 俺はこんな衆人環視の真っ只中で、簪に……あんなことを……?

 

 なにがなにやらわからないほどに混乱した頭で、それでもちらりと横目に簪を見てみる。

 

「……」

「っ!?」

 

 するとばっちり眼が合う俺達。簪は挙動不審な様子でびくびくと震え、顔は上から下まで真っ赤になっている。

 多分、俺も大差あるまいよ。

 

 その目に移る感情は複雑すぎて読み取りきれない。

 混乱と、羞恥と、不安が渦を巻き……だが、それでも喜んでくれてもいるようで。

 

「う、うわああああああああああああああっ!!!?」

 

「ああっ、神上君が逃げた!」

「この状況で更識さんを放っておいて!?」

「意外とこういう場合には打たれ弱いのねー」

 

 などという言葉が背中に届くより速く逃げようと、俺の脚はかつてない速度を記録して食堂の出口までを突っ走る。

 

 こんなことをしても根本的な解決にはなりませんよね、と脳内で異星人が囁くが、それでもせめて今は時間を置きたい……っ!

 

 そう渇望しての全力疾走。

 多分人生でも一番早く走れていただろうその時間は、しかし長くは続かない。

 

「うわあああああああ、へぶぅっ!?」

 

 何かが足に絡みついたような感触がするが早いか、慣性に従おうとする体とその場に縫い付けられたように動かない足の速度差が体を縛り、びたーんとすごくいい音を立てて床に叩きつけられたのだからして。

 

「なっ……、シュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーだと!?」

 

 ひりひりする鼻を押さえながら、さっぱり動かない足を振りかえる俺は、そこで見た。

 きっちりと俺の両足に巻きつき、その動きを見事なまでに拘束しているシュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードを。

 

「ぬ、ぬおおおおおおおっ!!」

 

「振りほどこうとしても無駄だ。シュヴァルツェア・レーゲンの自重を保持できる特殊鋼のワイヤーだぞ。簡単に切れるものか」ずーりずーり

「らしいですわ。それに、この状況で逃げるなど紳士ではありません」ずーりずーり

「そうよ。真宏がこんなことするなんて珍しい状況、楽しまなくちゃ」ずーりずーり

「そ、そういうわけらしいから……ごめんね、真宏?」ずーりずーり

「む……」ずーりずーり

 

「なに人を引きずってんだお前らああああああ!?」

 

 そして、さっきまで一夏の部屋で大貧民をやっていたヒロインズが、逃げる俺を捕まえるため部分展開したラウラのワイヤーを掴み、手繰り寄せていた。

 

「と、通して……っ!」

「逃げちゃダメよ、逃げちゃダメよ、逃げちゃダメよ……っ!」

「知らなかったの? 告白イベントからは逃げられない……っ!」

 

 一方、簪の方も俺の惨状を見てずらかろうとしたようだが、食堂にいた女子達が身を呈して出入り口を塞いでいるために逃げられないようだった。

 普通の出入り口から非常口、果ては窓に調理場への通路まで瞬時に封じるこの行動力、さすがはIS学園の生徒達だ。……発揮するべきところを盛大に間違えているが。

 

「……どうしてこうなったっ!」

「勢い任せであんなことを言うからだ、馬鹿者め」

 

 もはや諦めずりずりと引きずられている俺に、箒の言葉はとても深く突き刺さったのでありましたとさ。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後の顛末を微に入り細を穿ち語るのは、野暮というものだろう。

 

 ゆえに、ここはIS学園新聞部のこの一件に対する調査結果を公表することをもって、代えさせていただきたい。

 

 

 ワイヤーで簀巻きにされた真宏と、人垣に押されるようにして対面させられた簪。

 この二人はしばし無言で見つめ合ったのち、真宏から一言提案があった。

 

「……すまん、続きはまたあとででいいか」

「うんっ、それで!」

 

 この反応をヘタレと言うなかれ。

 さすがに当時あの人口密度の中心で告白の続きをできる者がいたら、それは勇者どころではないとその場にいた生徒達は後に口をそろえて語っている。

 

 告白がどうなったか、真宏がいつ「続き」をするのかはその日寮中の生徒が密かに気にしていたのだが……実のところ、新聞部が後日全寮生に聞き取りを行ってもわからなかった。

 

 真宏と簪はずっと部屋にいたことがルームメイトや近くの部屋の生徒から確認が取れている。だがそれでも一度、監視の目をかいくぐって二人共30分ほど部屋を出ていた時間があったということがわかっている。

 

 その間、二人はどこにいたのだろうか。

 

 寮内はくまなく生徒達の眼が光っていたからどこにも場所は無いはずで、「続き」が始まれば即座に女子のネットワークによって情報が広まっていただろうに、その時二人がどこにいたかはどれほど調査をしても判明しなかった。

 

 しかし、より詳しく証言を集めて検証してみたところ、その時間に寮の屋上だけは、様子を見た生徒が一人もいなかったのだという。

 

 不思議なこともあるものだ、と報告書にはある。

 

 

 二人の結論がいかようなものであったかは、この後の真宏と簪の様子を見れば、容易に想像がつくであろう。

 

 時に微笑みあい、たまには手を繋いでいる姿が目撃されたといういくつかの端的な事実がここより先には記され……そして最後に、新聞部の報告はこんな一節で締めくくられている。

 

 

『その日の夜は、見事な快晴。雲は無く、星は輝く。――寮の屋上からなら、きっと月が綺麗に見えただろう』と。

 

 

 門出に祝福を。新たな二人の誕生に、ハッピーバースデー。

 

 

◇◆◇

 

 

 おまけ

 

――君達に、最新情報を公開しよう!

 

 

 ダーク強羅――ダークごうら――

 

 篠ノ之束博士が開発し、専用機持ちタッグトーナメント襲撃事件時に襲来した無人機のうちの一機。

 ISの常識から逸脱した機体特性や、白式との合体など篠ノ之博士の想定から外れた部分の多い強羅をよく知ろうと考えた結果作り上げられた、特別製の機体。

 

 そのコンセプトは「あらゆるスペックにおいて強羅を上回ること」であり、公開されているスペックや篠ノ之博士独自のルートで調べ上げた強羅のデータを元に、独自の解釈を適用して全ての面で実際に上回って見せた。装甲強度、パワー、搭載武装数など完全に凌駕している。

 そのため無人機であるという以外にはゴーレムシリーズとの技術的なつながりはあまりなく、ゴーレムⅢのような量産をされていないワンオフ機であることもあって、篠ノ之博士の開発した機体の中でも特に異彩を放っている。ちなみに、デザインは完全に趣味。

 また、ロケットモジュールやドリルモジュールなどは拡張領域から展開するという従来の方法ではなく、宇宙のエネルギーであるコズミックエナジーを実体化させる方式を取っている。このコズミックエナジーは紅椿が絢爛舞踏を発動させた際にエネルギーを得る源であるため、むしろ技術的にはゴーレムシリーズよりも紅椿に近い。箒がその事実を知ったら多分軽く泣く。

 

 コア自体の性格も強羅にかなり近く、自分の元となった機体である強羅と雌雄を決したいと考えていたらしく、おそらく今回の襲撃事件に出撃が許されなかった場合、自分が保管されていた篠ノ之博士の秘密基地を破壊してでも出撃していただろう。

 

 ダーク強羅の機体は「とある理由」により機体・コアともに回収できなかったため詳しいことは分かっていないが、蔵王重工関係者はある意味強羅の力と存在がIS開発者公認になったのだと喜んだらしい。

 

 

 強羅・白鐡――ごうら・しろがね――

 

 強羅がダーク強羅との戦いの中でセカンド・シフトして得た新たな形態。

 元々強羅に備わっていた装甲・機能などはほとんど変わりがないが、全身各部に増加装甲が付加されたためにシルエットが変わり、より鋭い雰囲気になるとともに防御力が向上している。肩やブレストアーマーの縁などには金色に輝くパーツが付けられており、公表されたこの形態を見た強羅のファンや、強羅のフィギュアなどを作っているおもちゃメーカーには大層好評であったらしい。

 強羅本体に追加された機能は腕の防御兵装<強羅ガードナー>程度であるが、その背に接続された自律型機動ユニット<白鐡>がこの形態最大の特徴となっている。

 

 白鐡は通常時は強羅の背中にマウントされた翼として大出力スラスターとウィングによる強羅の機動をサポートする役目を担っているが、強羅あるいは白鐡自身の意思によって分離が可能。分離時は中央部から鳥のような頭部を持つ首が伸びて自律飛行形態となる。

 白鐡自身の武装は目からのビームと翼端の刃による斬撃程度だが、強羅の武装を翼下にマウントすることでそれらを使うこともできるという、とても健気な子。多分そのうち仲間に武装のデリバリーとかさせられる。

 また白鐡は変形機能も有しており、現時点ではスラスターを強羅の背中に残し、本体は翼を首側へと折り曲げて羽をスライド、巨大な剣形態となる機能が確認されている。この機能は展開装甲の技術に一部相当するもので、強羅の世代分類がとてもややこしくなった。

 

 白鐡の正体は、かつて強羅が白式と合体し白式・荒神となったとき、白式側から混じり込んだデータが寄り集まってきた物の成長した姿。合体直後はただのバグとして強羅のフラグメントマップの中に入っていたが、強羅は仲の良い白式から貰ったものなので大事に大事に育てて、自律ユニットの核になるまでのものとなった。ただしそれだけではまだ不安定であったためか、これまた放置しておけばどうなったかわからないダーク強羅のコアに対して「あんなこと」をしてしまう。

 

 今後どのように成長するか、取りこんだコアがどうなるかは、まだわからない。

 

 「白鐡」という名前は、白式がセカンドシフトで現れた装備に「雪羅」というそこはかとなく強羅っぽい名前をつけてくれたので、強羅も白式から一字をもらってこう名付けた。

 

 

 ロマン魂――ロマンだましい――

 

 強羅がセカンド・シフトをするに伴って獲得したワンオフ・アビリティ。

 搭乗者たる真宏の感じるロマンや勇気、気力や激気や燃えるレスキュー魂やあらぶるダイノガッツや果てなき冒険スピリッツやらなにやら、とにかくそういう精神論的なものを現時点では強羅のコアしか扱えないエネルギーに変換する能力。そして、同時にそのエネルギーを利用した全ステータスの大幅アップをしている。

 エネルギーは強羅の機体内を循環するのはもちろんのこと、溜めこみきれないものは機体の周りをオーラのように漂い、見た目はドラゴンボ○ルのよう。

 

 エネルギー総量は真宏のロマンに依存するため理論上限界はなく、真宏は常々自分のロマンは無限だと公言しているため、事実上エネルギー枯渇の心配はない。

 さらにこのエネルギーは強羅のコアによって様々な形へと変換されるため、荷電粒子砲のエネルギーにもなれば、シールドバリアの強度上昇、単純なパワーアシストの出力向上などにも寄与することができる。

 

 これまでもこの無駄に便利なエネルギーを生成する能力の片鱗は見えており、白式との合体や、その後火力バカな白式が望むがままに巨大零落白夜を発動させるなどという無茶苦茶なことを成し遂げられたのも、このエネルギーによるところがあったりする。

 ただし、精神に強く影響され、また影響する能力であるため副作用もあるのだが、初めての使用であることも相まって発症が遅れているらしい。今後の経過の観察は慎重に為されるべきだろうと、調査の結果は語っていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。