「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です!」
「……どうしてこうなった」
「どうしてだろうね」
セシリアと俺の試合から一夜明けて。
SHRが始まるなり山田先生が高らかに言い放ったセリフに頭を抱える一夏がいた。
盛大に湧き上がるクラス内のテンションと比較すると、そこだけ井戸の底のようにどんよりと暗く淀んだ空気が見えるような気がするあたり、一夏の内心がどれほど沈んでいるかはわかろうというものだ。
物珍しい客寄せパンダが完全にこのクラスの看板へとクラスチェンジしたのだから、さもありなんだろう。
「俺が受けた試合でも、実際にセシリアに勝ったのは真宏じゃないか。なのになんで俺がクラス代表になるんだよ」
「俺はそもそも一夏の代理だったからな。セシリアが勝てばセシリアが、そして俺が勝てば一夏がクラス代表になるのは、当然のことだろう」
「……納得がいかねぇ。なんだそのそこはかとないジャイアニズムは」
そんな風にぶつくさと文句は言うものの、今さらクラスの流れが変わるなどということはあり得ない。人の力など儚いもんだ。
それに、世界で二人目の男性IS操縦者でありながら一夏と並べばほとんど声もかけられないほどのステルス性能を誇る俺がクラス代表になるなど、それこそありえない話。
……まあそんなわけだから、「さすがにロケットパンチは……」とか言った不届き者は気にしないでおいてやろう。
まったく、このクラスはロマンを解さない女たちばかりで困る。染め甲斐があるともいうが。
そんな経緯で一夏のクラス代表就任が決まったので、後のやりとりはまあ良いだろう。お約束通りにセシリアが一夏のコーチに名乗りを上げ、それを箒が阻み、ケンカになりかけたところで千冬さんがはたいて止めて、ついでに一夏もはたかれる、と。いつも通りで安心する。
ちなみに、今のやり取りでもわかっていただけると思うが一夏とセシリアのフラグは既に立っている。
昨日の試合が終わった後でセシリアに呼び出され、のこのこと指定された場所に出向いてみたら先日一夏に決闘を申し込んだときの一件を丁寧に謝られた。
しっかりと頭を下げた上で非礼を詫び、男だからと侮ったことその他諸々をしっかりと謝罪してくれた。
なるほどこれがノブリスオブリージュ、などと思いながらこちらからも口が悪かったことを謝って仲直りとなったのだが、それで終わらないのが一夏に惚れた女の子。
「と、ところで神上さん? も、ももももしよろしければ一夏さんのことを色々と教えていただけませんこと?」
「……なんですと?」
「かっ、勘違いしないでくださいませ!? た、ただあなたに謝ったからには一夏さんにも謝るべきで、その時不愉快な思いをさせるわけにはいきませんから、一夏さんの好きな食べ物とか趣味とか好きな女の子のタイプを知りたいと思っただけで……ッ!」
「……」
とのこと。
詳しく事情を聞いてみたら、試合の前日に一夏と話す機会があり、そのときに一夏の皆を守りたい宣言とか色々聞いたらしい。
それで惚れたか、セシリア・オルコット。
……あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!
「一夏がセシリアとのフラグの立つイベントを逃したと思ったら、それより前にフラグを立てていた」。何を言ってるのかわからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった以下略。
さすが一夏。ラブコメ主人公体質とか天然ジゴロとかチャチなもんじゃ断じてない。
とはいえ、強羅でロマンを体現することが目下最大の目標である俺にはあまり関係のない話。一夏にはせいぜい原作と同じようなハーレムを楽しんでもらうとしよう。
……もちろん、そのためなら俺も協力は惜しまないからね。くくくくくっ。
◇◆◇
「というわけで、織斑くんのISも届きました。対抗戦に間に会ってよかったですね~」
「おぉ……これが俺のISか!」
そんなこんなでその日の放課後、俺と箒、山田先生と千冬さんが立ち会う中でついに一夏のIS、白式が納入された。
セシリアとの対戦に一日遅れるだけとか、ますます千冬さんの陰謀臭いのだがその辺詮索するとヒドイことになりそうなのでもう気にしないことにした。
……ただまあ、やられっぱなしというのは性に合わないので一つネタは仕掛けてあるんだが。
「そ、それでは一夏さん。せっかくですから私と模擬戦をいたしませんこと?」
「おっ、いいな。真宏に任せっきりにするのも何だと思ってたところだし、よろしく頼むぜ」
そう、セシリアとの対戦カードセッティングだ。
いやなに、今後のためにもせっかくだからこの世界の一夏が原作と同じようなシチュエーションでどう戦うのかも見ておきたいと思ってね。
『ところでセシリア、今日の放課後一夏のISが納入される予定なんだが、一夏と模擬戦をする気はないか?』
『ええっ、い、一夏さんと!?』
『本来なら、昨日はセシリアと一夏の戦いになるはずだったから、そのリベンジマッチといったところだ。……一夏は負けて腐らず、勝って驕らずな性格だから心配はいらない。それに、もしここでセシリアの強さを示しておけば、一夏は「まず真っ先に乗り越える目標」としてセシリアを設定することだろう。……一夏の心にあなたの名前を刻みつける絶好のチャンスです。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?』
『や、やりますわ!』
とまあそんなやり取りの結果、ちょろっと対戦してくれることになった。
彼女の目に燃える炎を見れば、どれほど本気でこの試合に臨んでくれるかわかろうというものだ。
「むぅ……」
「……」
まあ、そんなセッティングをしたのが俺だということは箒と千冬さんには即座にバレているようで、後頭部に突き刺さる視線が痛いのだが。
「扱いづらいとかって話だが、最新型が負けるわけないだろ!」
「性格変わっていませんこと!? あとわたくしのブルーティアーズも立派に最新型ですわ!」
そして始まった二人の試合。基本的には特に語るべきこともなく、原作で見たような光景が連続していった。
例によってアリーナの使用時間が限られている関係でフォーマットもフィッティングもしていない白式で出撃した一夏が、慣れない機体――しかもブレオン――で苦戦しつつもなんとか踏ん張る、というのは変わっていない。
「……どういうことだ」
「なんかそのセリフ、俺が試合やってるときも言ってたらしいな」
「なぜ一夏はセシリアの攻撃をあれほど避けられない。あれでは真宏の方がまだ避けていたではないか」
俺のツッコミはスルー。
相変わらず一夏関係者による俺の扱いには泣けてくるものがあるよな箒。
ちなみに千冬さんのほうは沈黙。こっちはおそらく見当がついているのだろう。
「ふーむ。あの動きを見る限り、機体の性能が悪いってわけじゃないだろうから、単純に慣れてないんだろう」
「慣れだと?」
「俺はIS学園に入る前にも何度か強羅を使ったことがあるからな。多少は癖やら何やらを知っていた。それに対して一夏はほぼ今日が初めての起動で、しかも武器はブレードオンリー。……ブレオンは、射撃武器と比べて極端に射程の短いブレードの攻撃力を生かすためにどんなに素早く動く敵にも近づかなきゃいけない。その時必要なのは、相手の動きを読む未来予測と、そしてなにより機体性能の完全な把握だ」
そう、それが今の一夏にはできていない。
かつて千冬さんが完璧にやってのけて世界一の座を射止めたその能力を一夏が持っていないとは言わないが、それも機体の特性を認識していなければ活かせるはずもない。
フォーマットもフィッティングもできていない今の状態ではまともに機体性能を引き出すこともできないだろうし、そもそも初めて動かすのだから当然の成り行きだ。
とはいえ一夏が。
例のロボゲにおいてブレオン機を使わせたら「あ、確かにこいつ千冬さんの弟だ」と思わせるに十分な鬼神のごとき強さを発揮する一夏が。
これだけで終わるはずもない。
「……それに、そろそろ一夏も本気を出せるみたいだぞ」
「なに?」
会話をしているうちに、セシリアの放ったミサイルの直撃を受けた一夏が爆炎から姿を現す。
白式という名前に反して灰色の装甲を纏った姿から、その名に恥じない純白の装甲を羽のごとく広げた真の姿へと。
「ブレオンというだけでもロマンにあふれているというのに、この上初めての戦闘での変身までしてのけるとは、さすが一夏。……ただ、装甲が展開して赤い光を出したり角みたいなアンテナがあってV字に割れたりしたらなおよかったな」
「その感心の仕方と要望は確実に間違っていると思うぞ」
ともあれ、フォーマットとフィッティングを完了した一夏とセシリアの本当の戦いが始まるのであった。
◇◆◇
「よっ、は!」
「あ、当たりませんわ!?」
アリーナ上空。
IS学園の構造物とその向こうの海を視界に入れながら激しく交差して攻防入り乱れる一夏とセシリアの二人。
つい先日も真宏と模擬戦を行ったばかりのセシリアは今、「男のIS操縦者」という存在に対して自分が抱いていた認識を根本から改める必要を感じていた。
素人と呼んで差し支えない稼働時間ながらブルーティアーズの猛攻をしのぎ、果てはとんでもない技を使ってではあったものの第二世代型のISで自分に勝利した真宏。
あるいは、さっきまで初期設定だけの機体で自分と渡り合い、ファーストシフトを済ませてからはほとんど被弾がなくなった一夏。
これらの現実を前にして思う。
彼らは、強い。
「このくらいなら、なんとかなりそうだなっ!」
「そ、そう言っていられるのも今の内でしてよ!」
その叫びは自分に言い聞かせる意味の方が強かったかもしれない。
一夏の反応が最も遅い位置――すなわち、死角――へ回り込ませたビットからのレーザーが回避され、その回避運動を予測した本命の攻撃も一夏のISに当たることなく、紙一重で軌道を逸らされかわされた。
ブルーティアーズというISの特性を生かした、多角攻撃とレーザーによる狙撃。
強羅のような射撃型の機体相手ならばいざ知らず、近接格闘用のブレードしか装備していない一夏の白式のような相手には無類の強さを誇るはずのその戦術はしかし、まったくもってその持ち味を生かせずにいた。
「そろそろ、こっちからも行くぞ!」
「くっ、まだ近づけさせませんわ!」
それもこれも、フィッティング後の一夏の機動のせいだ。
フィッティング完了以前から、こちらが狙いをつけ終わったタイミングを見計らったように移動するなど嫌な動きを繰り返していたが、今はそれ以上。
一夏の動きを読み、未来位置への照準をつけ、トリガーに指をかけた瞬間に逆方向へと高速移動。あるいは、ビットを一夏の死角に配置し終わったと同時に高速で接近してきて、誤射の危険性を誘発し射撃を中断させられる。
まるで、未来予知か本当の意味での全方位への視覚を持っているかのような動きである。
「ぜぇいっ!」
「そうやすやすと攻撃を受けませんわ!」
「反撃っ!? この距離から!」
しかし、タイミングこそ良いものの動き自体は単調だ。
基本的に直線的な軌道しか取らない――あるいは、慣熟が足りず取れない――うえ、剣の間合いの外から踏み込んで来る時間があればセシリアの技量で十分に対応できる程度の攻撃ばかりが繰り返されている。
そこはやはり、今日初めて専用機を動かす一夏と代表候補生との違いなのだろう。
懐に入り込んだ一夏をかわし、脇腹にスターライトmkⅢの銃口をねじ込むようにして一射。白式の出力の高さに物を言わせた強引な回避と、無理な体勢からの射撃だったために直撃こそ逃したが、一夏の残り少ないシールドエネルギーを大幅に削った。
確かに素人とは思えない強敵ではあるが、それでも同じ第三世代ISを使っている以上、戦闘の優劣を決めるのは起動時間の差であるはずだ。
このままならば有利は揺るがず、昨日の経験から相手が男性であっても油断はしない。
ましてや相手は織斑一夏であるのだから、必ずや自分の実力と存在をその心に刻みつけねばならないのだ。
(そ、そうしたら一夏さんは私を乗り越えようとずっと私のことばかり考えて……きゃー!?)
……油断はしない。
しないはずなのだが、だからといって火のついた乙女心まで冷静に制御できるかというとそれはまた別の話なのである。
「くっ、エネルギーが足りない。少しだけ足りない。このままじゃ……っ!」
一方、一夏は焦っていた。
白式の姿が変わり、動かしやすくなったはいいがそれまでに蓄積したダメージといまだ慣れ切らない機体の扱いに難儀し、すでにシールドエネルギーが尽きかけている。
どうやらブレードを使うだけでもシールドが減るらしく、セシリアの鋭い反応も考えれば攻撃はできてあと一度が限度だろうというのが、一夏の見立てだ。
昨日真宏はセシリアに勝利していたが、決して彼女が弱いというわけではなく、むしろ現時点では確実に自分よりも強いだろう。
実力が劣っているのは構わない。
どうあがいてもまだまだ未熟なこの身では敵わない相手がいるのは認めざるを得ず、重要なのはそれを認めたうえでなお修練に励むことだと思うからだ。
だが、このまま一太刀も浴びせることなく負けることだけは許されない。
それは昨日自分の代わりに戦い、あれほど漢らしい技まで見せて勝ってくれた友と、世界最強の称号を持つ姉の名に泥を塗ることになる。
それだけは、できない。
セシリアとて、イギリスの代表候補生。
昨日の戦いの最中で言っていた通り、国家の威信と期待を背負った彼女にも負けられない理由はあるだろうが、それに自分の負けられない理由が劣っているなどとは思わない。ただの模擬戦とはいえ、互いに譲れない物を持つ戦いなのだ。
ならば勝敗を決するのは思いの強さに違いない。
それが、ロマンというものだ。
昨日の真宏のセリフに感化されつつあるのは感じているが、それは決して不快な感情ではなかった。
「行くぞ、セシリア! これが俺の最後の攻撃だ!」
「……ええ、よろしくてよ一夏さん。ならばこちらも次の一撃で決めて差し上げますわ!」
昨日真宏が見せた戦いとロケットパンチは、一夏の心にも強く焼き付いている。
ISというものに対する興味はほとんどなかったが、あんなものを見せられて平然としていられるほど、一夏の男心は枯れていない。
白式の武装が雪片弐型一本のみであり、ビームも二刀流もロケットパンチもできないのはそれはもう本気で残念なことではあるが、それはそれ。
元々ゲームでもブレード使いな一夏にしてみれば、刀一本と己の技量のみであらゆる敵と渡り合うというのも悪くないロマンであったから。
返事は期待していなかった叫びにノリのいい答えを返してくれたセシリアに感謝を。
そして、これから出す技が昨日の真宏のロケットパンチと同じくらいカッコよく決まってくれるように祈りを。
一夏の攻撃を回避し、カウンターの一撃で勝負を決めるつもりだろうセシリアがライフルで正確に狙いをつけてくる。
その狙いは一夏に絡みついたかのごとく張り付き、白式の出しうる最大の推力で垂直上昇している間もぴたりと追随してくる。
「雪片弐型、展開!」
掲げたブレードの名を叫び、エネルギーを込める。
一夏は確信している。
かつて姉が使っていたのと同じ名前を持つこのブレードならば、どんな敵でも一刀のもとに斬り伏せてくれるに違いないと。
不敵につり上がる口元を隠す気にもならず、本来の姿を取り戻した雪片を構え、眼下のセシリアへと重力の加速も合わせた最大速度で駆け下りる。
「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおっ!!!!」
「迎え撃ちますわ!」
セシリアは強い。
いくら白式の最大速度が速いとは言っても、こんな直線的な動きでは絶対に避けられるだろう。
そして今度こそ無防備を晒した体にライフルが直撃し、残り少ないシールドエネルギーを削りきられることになる。
だが、だからこそこの技が映えるのだ。
子供の頃にその存在を知り、いつか実現したいと千冬や箒や真宏にも秘密で特訓を重ねていたが、いまだ実現できなかった古の剣豪の技。
ISがあれば、実現可能なはずだ。
「これがっ、男のロマン!!!」
「……今!」
一夏の突撃は回避された。
超高速で落下する白式に怯まず、ブルーティアーズの機動性で回避可能な限界まで冷静に引きつけたセシリアは、一夏の斬り下ろしを横方向へのスライドによって回避し、同時にライフルの銃口を再照準。
勢い余って通りすぎ、背を向けた一夏を至近距離から狙い、
「燕返し!!!」
「なっ!?」
落下そのままの速度で向きを変え、跳ね返るように雪片を振り上げた一夏の顔を驚愕と共に見つめた。
ISを装着していてすら視認しがたい速度で、叫びと共に斬り返された刃がセシリアの腹部を切り裂く。
一夏もセシリアもその予想を同時に抱き、
『Battle Ended! 勝者、セシリア・オルコット』
「……は?」
「……へ?」
零落白夜の光刃はブルーティアーズを斬り裂く一瞬前にその名のごとく儚く消えて、代わりにセシリアの勝利を告げるアナウンスが響き渡った。
◇◆◇
「……」
「……」
「…………うぅ」
現状を説明しよう。
一夏とセシリアの試合が終わった直後、一夏側のピットにて。
白式を解除してインナースーツのまま硬いピットの床に正座した一夏を、むっすりと腕を組んだ俺と千冬さんが見下ろしている。
その後ろでは呆れたような表情の箒と、何とも言えない微妙な苦笑いを浮かべるセシリアと、いつものごとくおろおろしている山田先生が控えている。
普段ならば俺と千冬さんが並んで一夏を見下ろすなどというシチュエーションはあり得ないのだが、さっきあった出来事が出来事なだけに千冬さんから無言のお許しを得ることができたらしい。
「……一夏」
「はっ、はい!」
俺が呼び掛けただけでびくりと体をすくませる一夏。
千冬さんに見下ろされていることによる恐怖もあるだろうが、この場合はちょっと違うはずだ。
「……人のセリフ真似ておいて、見事に負けた今の感想をどうぞ」
「それは聞かないでくれえええええええぇぇ!?」
そんな一言で精神が崩壊したのか、頭を抱えてのたうちまわり始めた。
……まあ、気持ちはわかる。
昨日の俺の戦いで感じ入るところがあったのか、残り少ないエネルギーを振り絞っての最後の攻撃のときに俺のセリフを真似て叫び、しかもその攻撃が届く直前にエネルギー切れとなって敗北したのだからして。
こうなると、恥ずかしい。
あれだけ大見得切っておいてこのザマなのだから、それはもう中二病の古傷抉られた時のような苦しみだろう。
正直俺も昨日一歩間違えればこうなっていたのかと思うとうすら寒い気分になってくるのだが、まあ俺は成功したのだから気にしない。
じたばたと転げまわる一夏に冷たい目線を注いでおく。
それにしても、これがいわゆる原作補正という奴なのだろうか。あるいは技自体がフラグだったのか。
一夏が仕掛けた最後の攻撃、タイミングも技のキレも完璧の一言で、本当にあと一秒シールドエネルギーが持っていれば一夏が勝っていただろうに、現実は御覧のあり様である。
傍から見ている俺も思わず「やったか!?」とか言ってしまうほどの状況だったというのに、いやはや原作的な運命というのは恐ろしいものだね。「あっやべ、フラグ立てた?」とか思ったが、別にそんなことなんてまったく関係ない。ないったらない。
そんなわけで、明日は我が身かもしれない俺としてはあまり説教をする気はないのだが、しかし問題は一夏である。
人の真似をしてカッコつけながら結局敗北。しかも使っていた武装は千冬さんの物とほぼ同じとくれば……。
ちらり。
「……織斑」
「はっ、はいぃぃぃいい!?」
さっき俺に声をかけられた時以上の怯えようで、跳ね起きるようにして再び正座に戻る一夏。
横目に見た千冬さんの表情と低すぎる声に隣で腕を組んでいる俺すら震えあがってしまう。後ろでは箒達が後ずさった気配もあるし、俺もちょっとじりじりと距離を取ったり。
「武器の特性を考えないからああなる。雪片のバリア無効化攻撃はシールドエネルギーをすら攻撃力に転化する能力だ。明日から訓練に励め。ヒマがあればISを起動しろ。いいな」
「はいっ!」
的確にして簡潔なアドバイス。
一夏が調子に乗ったことなどなかったかのような振る舞いではあるが、それが逆に気を遣われているような気分にさせ、一夏の魂を抉る攻撃になっている。
これならば一夏は今後より一層の精進をすることになるだろう。
千冬さんなりの思いやりなのか、それとも弟のアレっぷりを嘆いているのか。
イマイチ判断のつきづらい話ではあったが、まあそれはそれ。
今後の一夏の活躍に期待するとしよう。
――ただこの後で寮へと帰る道すがら、歩きながら「刀を振り下ろし、すぐさま切り上げる」という動きをこっそり練習している千冬さんを見かけたので、単純にああいうのもいいと思っただけかもしれない。
まあ、千冬さんも一夏と姉弟だということで納得しておこう。
そんなわけで、その翌日からは一夏と箒とセシリアと俺とで放課後の自主訓練をするようになった。
一夏の雪片はエネルギー管理が重要とかいう次元ではなくシールドエネルギーをバカ食いするため、被弾を回避することによりシールド減少を可能な限り減らすことと、一撃必中の攻撃が必要となる。
しかもISはたいてい一つは遠距離攻撃手段を持っている。となれば射撃戦主体の相手との戦闘経験は何物にも代え難く可能な限り多く経験すべきであり、箒との近接格闘訓練も含めて長時間の練習を行っていくことになるのだった。
その後も、色々と楽しく学園生活を過ごしていった。
一夏が地面に激突した例のIS飛行操縦実践で「蒸着ッ!」と叫んでISを展開して千冬さんに呆れられ、「ビームマグナム!」と叫びながらも十分素早く武装を展開しては呆れられるなどなど。
……いやね、どうにも待機状態の強羅を装着したまま特撮見ていたらコアが変な学習したようでして。
ISや武装の展開時には何がしか叫んだ方が展開しやすくなってしまったのだったり。
まあ、その方がロマンに溢れているので俺としては望むところなんだけどな!
待機状態の強羅がベルト型なのは、もはや言うまでもないことだろう。
そしてもう一つ見逃せないのが、鈴の転校だ。
一夏のセカンド幼馴染、凰鈴音。ファースト幼馴染である箒との見分け方は括った髪の数です。
現在すでに箒とセシリアが一夏をめぐって火花を散らしていると言うのに、この上さらなる幼馴染の登場。本当に、面白くなってきた。
◇◆◇
「で、鈴の約束のことを俺に聞きに来た、と?」
「ああ」
鈴の転校と宣戦布告が為され、箒が打鉄の使用許可を瞬く間にゲットして放課後の訓練に参戦してきたその日の夜、一夏が顔に真っ赤なもみじを張り付けて俺の部屋を訪ねてきた。
そろそろ説明しておこう。
ここIS学園の学生寮において、俺は一夏と違って一人部屋を拝領している。
とはいっても特別な事情があるわけではない。ただ単に、部屋数が足りなかったことによる緊急措置だ。
元々、一夏一人が入るだけでも女子と同室にしたりといったことが平然と起きるほど現在の学生寮はキャパシティいっぱいいっぱいであったため、そこにイレギュラーたる俺が加わった結果、急きょ部屋を一つ増やさなければもう物理的にどうしようもないことになってしまったのだった。
そこで白羽の矢が立ったのが、そう長くないIS学園とその学生寮の歴史の中でも当初からほとんど使われてこなかったこの部屋。
おそらく、IS学園設立当初に特別な境遇の学生を受け入れなければならなかった時を想定して作られたのだろうこの一人部屋、他と比べれば部屋の広さ自体は狭めだが、水道やガス、シャワーにトイレといった一通りのインフラは整っているので特に問題なく生活することができている。
……まあ、入寮当日はそれまで倉庫として使われていたこの部屋の掃除に一日費やす羽目になったのだが。
ともあれ、そんな境遇であるために一夏は俺の部屋を羨み時々こうして遊びに来る……というか避難所扱いするのであった。
「あのなぁ……鈴と一夏の間の約束を俺が知ってるわけないだろうが」
「や、確かにそうだと思うんだけど、もう他に頼れる奴もいなくてさ……」
今日の放課後訓練でのやり取りが原因で鈴に箒との同室が知られ、鈴と箒の間で部屋を代われだの代わらないだのの話があったのだそうな。
まるっきり男の取り合いです本当にありがとうございました。
箒にセシリア、鈴といった可愛いどころに好かれて大変結構なことなのだが、どうしてこうも羨ましく思えないんだろうね。
五反田さんちの弾くんあたりは一夏のこの境遇を見てもなお「羨ましい」とか「代われ」とか言えるあたりある意味すごいと思うよ、うん。
「でもおかしいんだよなぁ……。鈴との約束は『料理がうまくなったら毎日酢豚をおごってくれる』って奴だったんだよ。これで間違ってないはずなのになぁ……」
「……」
まさか毎日味噌汁をって話じゃないだろうし、とかぶつくさ言っている一夏。
……本当にこいつの鈍さは筋金入りだな。俺は付き合いが長いからもはやスルーできるようになっているが、箒や鈴はよくまあ子供のころからずっと思い続けていられるもんだ。
俺としては特定の誰かが一夏とくっつけるようにサポートする、ということはしたことがない。……というか、できない。
なにせ俺は一夏の友人であり、特にこのIS学園においては唯一の男友達だ。
将を射んとすらばのたとえではないが、そう言った目的で俺と接触しようとする女子は数多く、もしその中の誰かに肩入れするようなことがあれば別の誰かに刺されかねない。女の子に刺される可能性があるのなんて、一夏だけで十分だっての。
ちなみに、そうやって近づいてくる子の中に一人として俺を狙う子がいないのはもはや一夏と知り合って以来のデフォルトとなっているので諦めている。
多分一夏と付き合いがあるうちは彼女なんてできないね!
「まあ、女の子の考えることを男が理解しようと言うのも無茶な話。向こうがちゃんと覚えてないと主張するからには実際その通りなんだろうよ。せいぜい思い出すように頑張りな」
「ううっ、相変わらずこの手の話題だと真宏は冷たいなぁ……」
「当たり前だ。いつまでも付き合えるかっての」
こんな風に時々は一夏と他愛のない話しをしたり、持ち込んだマンガやらゲームやらを楽しんだりしている。
今はまだ大丈夫だが、そのうち本格的に部屋を追い出されて転がり込んでくることもあるんじゃないかと不安で不安でしょうがない俺なのであった。
「こうやってゆっくり話すのは久しぶりね、真宏」
「そうだな、鈴」
そして一夏を送り出してすぐ、今度は入れ替わりに鈴が部屋を訪ねてきた。
……まただよ。
この間はセシリアが訪ねてきて例の謝罪の一件で約束した一夏の趣味嗜好その他諸々を根掘り葉掘り聞かれたし、さらにその前は箒がやってきて箒が転校した後の一夏の様子を事細かに聞きだされた。
そのうち部屋の扉に「神上相談所」とか屋号を掲げてやろうかという気分になってくるほどである。後々一夏ハーレムのメンバーが増えたらどうなることやら、今から不安でしょうがない。
「聞いてよ! 一夏ったらひどいんだよあたしとの約束忘れてて!」
「ふーん、へえー」
しかし、鈴の相手はまだしも楽だ。
なにせ、一夏に対する不平不満をぶちまけるだけなのだからして、適当に聞き流していれば勝手に満足してくれる。
問題があるとするならば、
「はぁ……でも一夏、ちょっと見ない間にたくましくなっちゃって……えへへ、ちゃんとあたしのことも覚えててくれたしね!」
「……ほぉー、はぁー」
……これこのように、油断するとすぐさま惚気に走ることである。
正直聞かされる方にしてみれば鬱陶しいことこの上ない。しかも、ついさっき一夏の相談も受けた身としてみれば、鈴の溢れる思いが一方通行過ぎて泣けてくる。
一応これでも、幼馴染のよしみで箒と鈴には言ったことがあるのだ。
一夏に対してアプローチは一切の無意味。そんなことする暇があるのならば一切の勘違いができないほど直球の告白をするか押し倒せ、と。言った直後に殴られたけど。
しかしこの様子だとその真理を受け入れるにはまだまだ時間が必要だろう。
本当に、手のかかる子達だよまったく。
そこはかとなく娘を見守る父親のような気分になってしまった。
こういうときに、自分が二度目の人生を生きてるんだと実感せざるをえない。
誰がこの状況を作ってくれたのかは知らないけど、俺は強羅でロマンを求められるのならばそれだけで満足だし、その上こんな愉快なイベントも用意してくれているのだから、毎日が楽しくてしょうがないよ、まったく。
◇◆◇
そして数週間が過ぎ、五月。
ついにクラス代表対抗戦の日がやってきた。
アリーナの観客席には、専用機同士の対戦、しかも片方は一夏とあって満員の観衆が押し寄せ、試合が始まる瞬間を今か今かと待っている。
空中で向かい合う一夏と鈴の顔には緊張と高揚の色が見られ、きっと良い試合を見せてくれることだろうと思えた。
ただしそれも、無粋な邪魔が入らなければの話。
クラス代表を決めるための、本来ならば不要だったはずの俺VSセシリアの模擬戦。
その後一夏とセシリアが行った模擬戦での、原作を彷彿とさせる結末。
鈴の転校タイミングと、一夏との約束の内容。
どこか原作と外れているようで外れていないこの世界での出来事。
俺の存在程度は物語の流れを変えるイレギュラーにならないという証明なのかどうかは判断がつきかねるが、いずれにせよ今日も面倒な事件が起こりそうな気がしてならない。
念のため調整の上用意してきた強羅の待機状態であるベルトを撫でて、アリーナの空を見上げる。
青い空に散らばる綿のような雲が海風に流れるのどかな光景。
正体不明機の襲来どころか、これから始まる激しいISの戦闘すら別世界の出来事に思えるほどに綺麗な空。
こんなに空が青い日に、このアリーナに詰めかけた女の子たちを泣かせようとする不届き者。しかも、そいつは下手をすると命の危険すらあるような戦いを仕掛け、俺の友達を襲う。
もしそんな奴が現れたのならば、必ず叩きのめすとしよう。
徐々に興奮が高まるアリーナの観客席で一人震える拳を握りながら、そう誓って目を上げる。
試合が、始まる。