IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第19話「運命共同体」

 IS学園、文化祭の三つのあらすじ!

 

 一つ! 強羅が握手会を開いて大盛況!

 

 二つ! なんかちょっと目を離してる隙に模擬店がカオスなことに!

 

 そして三つ! 生徒会主催の観客参加型演劇がアンケート1位の見込み!!

 

 

「……と、いうわけなのよ」

「すげーわかりやすい説明ありがとうございます、会長」

「……それで納得して良いのか、真宏」

 

 文化祭の終わったその日の夜、一夏の部屋にて。

 元からの住人である一夏と、オータムとの交戦のどさくさ紛れに王冠をゲットして一夏との同室権を得た会長と、ついでにお呼ばれした俺の三人が集まり、今回の文化祭の結末とその他諸々についての話をしていた。

 勉強机の椅子やらベッドの端やらそれぞれ適当なところに腰を下ろし、俺が入れた緑茶と、会長が持ってきた羊羹の味を楽しんでいる光景はある種お茶会のようであるが、そのさなかに交わされる会話は、さすがにIS学園の中でも知る人のあまりいない裏事情だけあって、案外物騒だったりする。

 

 例えば、貰いものだというこの羊羹。

 口に入れた瞬間に小豆あんがさらりと儚く崩れるような、ひんやりした和三盆の甘味が広がる極上の一品であり、いくら会長と言えどもホイホイ手に入れられるような物とは思えない。

 多少時系列が前後しているような気もするが、おそらく用務員のふりをして時々学園で草むしりなどしている、轡木学園長あたりに文化祭の報告をしたときにもらったのだろう。

 ひょっとすると、ワカちゃんがファントム・タスクを相手に暴れかけたため、報告を速める必要があったのかもしれないな。……どうやらワカちゃん、市街地でグレネードを使ったらしい。あれほどワカちゃんのいう「小さいグレネード」は標準的に見れば大型だと説明したのに、やはり我慢できなかったようだ。

 

 ともあれ、俺としては美味いお菓子とそこそこのお茶があれば、深く詮索をする気はない。

 今回の文化祭はなんだかんだでそれはもう色々とあったはずなんだけど、こうしてまとめられると本当にあっという間だった気がしてくるなぁと、熱い茶をすすりながらのんきに考えていた。

 

 

 ……っつーか、やっぱり模擬店は自重しないことになってたのか。一夏や弾と別れた後、ワカちゃんと合流しようとしてうろついているときに見たいくつかの模擬店の様子から危惧を抱いてはいたのだが。

 その模擬店とは、たとえば機体の上側にしがみつくようにして水上を走る「ジェットスキー スティグロ」だとか、そこらじゅうを好き勝手に走り回りつつ開いた装甲の中からいつぞやIS学園に現れた無人IS型の人形を吐きだし続けて、子供達をハーメルン状態に引き連れていた「夢の多連装ガチャガチャ カブラカン」なんかである。

 正直、特に最後のカブラカンあたりには束さんあたりが関わっている気がしなくもない。それほどの物を作ってくるなんて、いくら舞台がIS学園だからとはいえ、気合入りすぎだろう生徒共。

 

 とまあそんなわけで、文化祭の後で別れのあいさつに来てくれたワカちゃんも、なんか色々と他ではありえないような模擬店を楽しんだと言っていたし、本当に油断ならない。ワカちゃんの頭上には骨組だけの傘みたいなものが浮いていたしね。

 せっかくだからと別れ際にまた高い高いをしてあげたら、ワカちゃんの頭とぶつからないように一定の距離を保つよう上下動するあたり、無駄に高性能すぎるだろ、アレ。

 

「まっ、真宏くん! こんなに人がいるところで高い高いはやめてください!」

「えー、でも今日はワカちゃんいろんなところですごく頑張ってくれたし?」

「真宏くんの感謝の表し方は高い高いしかないんですか!?」

 

 まあ、ワカちゃんからはその挨拶や文化祭について以外にも、色々きな臭い話しを聞かせてもらったんだけど、ね。そのせいで少し表情を曇らせてしまったのだから、無理矢理にでも笑顔になって貰いたかったんだよ。

 

 ……だから、決してワカちゃんを高い高いしたのは俺の趣味なんかではない。

 断じて。ワカちゃんだって満更でもなく、機嫌が良くなったのか鼻歌うたいながら帰っていったし。

 

「私は社長で小学生♪ ……って、しゃ、社長でも小学生でもないですからね!?」

 

 口ずさんだ直後にハッとして振り向いてそう叫ぶが、俺はどうしても生温かい笑みを浮かべてしまう。

 

 ちなみに、今の歌は通称「ワカちゃんのテーマ」。

 ワカちゃんの見た目やら何やらを元に蔵王重工の社員が作ったという替え歌であり、隙あらばワカちゃんをだまくらかして本人に歌わせ、レコーディングしようと社員一同企んでいるとか、いないとか。洗脳は順調に進んでいるようだ。

 俺の支援企業ながら、ときどき本格的に将来が不安になる会社である。

 

 

「それよりも、楯無さんは何者なんです?」

「通りすがりの生徒会長よ、覚えておきなさい!」

「じゃあ今すぐ俺の部屋からも通りすがってください」

「……なんだか最近一夏くんのツッコミが辛辣だわー」

 

 とか何とか物思いにふけっている間に、一夏はいいかげん会長の正体を知りたくなったらしい。まあ、いくらIS学園最強の座にある生徒会長とはいえ、謎の組織の刺客を平然と追い払ったのだから、気になるのも仕方ないことだろう。

 

「まあ言ってしまえば、更識家っていうのは裏工作とかを担当してきた家柄なのよ。しかも対象は、向こうもそういうことしてくる手合いという、対暗部用暗部。すごいでしょ」

「じゃあ忍んでください」

「生憎だけど、うちの家訓は『忍びなれども忍ばない』だから」

 

 セリフと共に開いた扇子に書かれていた文字は、「宇宙統一忍者流」。本当に忍ぶ気あんまりないだろあんた。

 まあ、会長のISを考えれば超忍法・水面走りくらいなら平然とやってのけそうだけど。

 

「なんにせよ、今回の一件で当面の危機は去ったと思っていいわ。いやー、私も肩の荷が下りたわよ」

 

 そう言って、本当にほっとしたように微笑む会長。さすがにIS学園に悪の秘密結社が本気で乗り込んで生徒を襲うなど、会長をしてすら緊張を強いられることだったのだろう。今回ろくに役に立てなかった身としては、心中察するに余りある。ホント、お疲れ様です。

 

「一夏も大変だったな、悪の秘密組織に襲われるとはさすがに驚いただろうよ。……えーと、組織の名前なんだっけ。SOS団?」

「どういう記憶の仕方したらそういう名前になるんだよ。亡国機業だっての」

 

 楯無さんと俺という、一夏にとってのボケ役である二人が揃っているからか、どこかツッコミに疲労が滲んで投げやりだ。実際俺のボケも軽く流されてしまったが、あながち間違ってもない気がするんだよなぁ。

 もしかしたら、あの組織も実質的には

 

S 世界を

O 大いに騒がせるための

S 篠ノ之束の団

 

 かもしれないじゃないか。あの人なら一枚噛んでいてもおかしくないし。

 ……さすがに、

 

S 世界を大いに騒がせるための

O 織斑千冬と

S 篠ノ之束の団

 

 なんてことはないと思うが。でも、ドイツに行った後しばらく行方をくらませてた時代の千冬さんはなんだかんだでちょっと怪しいんだよなー。

 

 だがまあ、いよいよもって本格的に襲撃された一夏の精神状態も心配ではあったのだが、会長が救援に駆け付けたことと、結果として相手を退却に追い込めたことが精神安定剤となってくれているのか、心配したほど不安定にはなっていないようだ。

 それに、なんだかんだで一夏を心配してくれている会長が今日もこの部屋に泊っていくわけだし、この様子なら大丈夫そうだ。

 

 ……本当に、よかったよ。安心した。

 

 

「亡国機業か……今回は白式を狙ってきたけど、あいつらの目的って一体何なんですか?」

「うーん、あの組織が確かに存在している、っていうのは分かってるんだけど、まだその行動理由なんかははっきりしてないのよね。現在調査中なんだけれど」

 

 そんな感慨にふけっているうちに、一夏と会長は少し難しげな顔をして亡国機業についての思考を巡らせている。

 まったく、この二人ときたら。せっかく事件がひと段落したのだからそれらしく気を抜けば良い物を、どうにもシリアスな方向に引っ張っていきたいらしい。

 

 ……よし、ならばその雰囲気に乗ってやろうじゃないか。

 

 

「やつらの目的は、宇宙の開放だ」

「……え?」

「……どういうこと?」

 

 ぽつり、とこぼした俺の言葉に真剣な表情を向けてくる一夏と会長。会長が手に持つ扇子には「続きを早く」と書いてあるからイマイチ本当にシリアスっぽい空気にしていいかは悩むところなのだが。

 でも会長の場合、既に俺が悪ノリし始めていることに気づいてわざとやってる可能性も高いから、気にする必要はないか。

 

「……おかしいと思ったことはないか、一夏。ISはそもそも宇宙空間で活動するために開発されたパワードスーツだが、現在そう言った用途で使われているという話は、少なくとも表向きにはとんと聞かない」

「確かにそうだけど、それはISが兵器として有用だからって話になったからじゃないのか?」

「それもある。あるが、全てじゃない。ISと通常兵器の戦力には決定的な差があるが、だからといって宇宙探査におけるISの有用性も、決して兵器としての力に劣るもんじゃない。だろう?」

「それは……そのはずよね。そもそもISは機能の全てが宇宙空間に適応するためのものだったのだから」

 

 俺は思案顔になって指先を唇にあてる会長から視線を逸らし窓の外を見る。するりと吹き込んでくる風は秋が近付く夜空を渡り、月の光と虫の奏でる音色を含んで、最高に涼しい。そんな風を頬に受けながら目をやったのは、すっかり暗くなった夜空に、輝く星を探すためだ。

 現代の日本では地上の明かりが空に映っているためにいくつも見つかるわけではないが、本来そこには数え切れないほどの多数の星があるはずだ。

 

 そして、当然それ以外の物も。

 

「現在ISが宇宙開発に使われない理由。それこそが、亡国機業の目的だ」

「いや、それだけじゃわからないって。理由ってのは一体何なんだよ?」

 

 肉眼では決して見えず、たとえISのハイパーセンサーを使ったとしても見えないものというのも、この世にはきっとあるのだろう。

 

 そう、例えば。

 

 

「……軌道上にバラまかれ、近づく者を全て無差別に攻撃する『攻撃衛星群』。その存在が、ISから宇宙というフィールドを奪った物の正体だ」

 

「攻撃……衛星群?」

「それこそ第二次大戦期から、オーバーテクノロジーじみた技術と執念で打ち上げられていった代物でな、現在もバリバリ稼働中だ。おかげで初期のISの宇宙空間での実働試験は、その存在が察知されると同時にほとんどが見送られ、この事実を隠すために白騎士事件が引き起こされ、ISはその兵器としての有用性のみが注目されるようになったわけだ」

「……」

 

 ついに無言になった一夏と楯無さんを前に、なおも俺は語り続ける。

 相変わらず見上げる夜空はどこか白けた暗さをたたえ、星の瞬きすら見えはしない。

 

「亡国機業は、第二次大戦中にその衛星群の排除を目的として設立された組織の末裔。……実のところ、かつて攻撃衛星群の作成には直接間接を問わず世界中の国家が関わっていた。その完成を見てより今まで、過ぎた時間と散逸した責任はもはや問う意味も失せたが、人類が宇宙へ進出するために決して看過できないこの巨大な壁を打ち壊すことは必要だ。そこで、奴らは近年類まれな攻撃力と宇宙空間での活動能力を持つISに目をつけて、色々暗躍してるというわけさ」

「真宏……」

 

 一通り話し終えて振り向くと、一夏がとても真剣な目で俺を見ていた。

 まっすぐに、まるで剣道の試合の時のようにこちらの目とその奥に揺れる心の動きを捕えて離すまいとするような、少しでもフラグの立っている女の子だったらときめいてしまいそうな眼差しだ。

 

「今の、その話」

「ああ」

 

 会長が「鯱旅団」と書かれた扇子を広げて俺達を見つめるさなか、一夏はわずかにためらう素振りを見せた後、意を決して口を開く。

 俺の伝えたこの話、その正体こそが。

 

 

「――あのロボゲのシナリオだよな?」

「当然」

「だと思ったわぁ!!!!」

 

 

 前振りから何からかなり壮大な、単なるボケだったのだから。

 

 

「……おかしいと思ったぞ、いきなり真宏があんなに詳しそうに語りだすんだからな」

「えぇまったく。でも迫真の演技よね、真宏くん。おねーさん途中まで更識家の当主としてお話聞いちゃったわ」

「いやははは、そんなに褒められると照れますな」

 

 この一件、種が割れてしまえばあとは単なる笑い話。部屋に満ちていた緊張と共に俺の独演会が弾けるように終わりを告げ、軽く緩みきった空気とともに今日の集まりも終わりの気配を滲みだしてきている。

 

 うん、やっぱりこのくらいのほうがいい。

 ISが存在するこの世界で、男のIS操縦者などという難儀な立場にある俺達は、どこぞの殺人鬼が望む植物のような生活ッはできないだろうが、だからといって年がら年中まともに受け止めてシリアスでいてやる理由もない。

 もし俺達をどうこうしようという奴らがいるのなら立ち向かい、そのあとは当たり前の日々を生きること。それが一番の戦いだ。

 

 強羅を使う俺のロマンは、ただ俺だけではなく、周りの皆が笑っていられるような、そんな世界でなければ実現できない。

 だから、負けはしないさ。

 

「それじゃあ一夏、会長。俺もそろそろ帰って寝ます」

「ん、もういい時間だしな。お休み真宏」

「おやすみなさい真宏くん。もし今度一人寝がさびしかったらおねーさんが一緒に寝てあげるわよん♪」

「ハッハッハ、一人寝が寂しくても一身上の都合で会長には頼めませんよ」

 

 最後にそんな軽口を交わして、部屋を出る。

 扉を閉める間際に見た一夏と会長が浮かべる表情は紛れもない笑顔で、それは俺も同じこと。うん、良い夢が見られそうだよ。

 

 

 ……だから、あんまり面倒は起きて欲しくないもんである。

 

 亡国機業。

 

 この字面の意味するところは、「滅びた国の織物業」。どっかの家と関係のありそうな名前になるのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「い、一夏の誕生日って今月なの!?」

「あ、ああそうだけど」

 

「「「な、なんだってー!?」」」

 

 文化祭を終えてから数日、今日も今日とて一年生専用機持ちでたむろっている夕食時の食堂にて。思わずとばかりに立ちあがったシャルロットの叫びと、その後にセシリアとラウラを加えての唱和が響き渡った。

 セシリアとラウラはキャラが崩壊しかけている気もするが、もはやこのIS学園ではそんなこと日常茶飯事である。誰も気にしやしない。

 

 そんな三人と、既にしてばつが悪そうに視線を逸らす箒と鈴の様子を眺めつつ、今日の夕食である麻婆定食を口に運ぶ俺。……あー、辛い。美味いけど辛い。

 ちなみに全くの余談だが、今日は珍しく俺と鈴とシャルロットの三人が揃って麻婆定食を選んでいる。鈴は中国出身だからある意味当然なのだが、シャルロットも最近麻婆豆腐を初めて食べて以来、気に入っているらしい。

 食堂で出てくるかなり辛めのものですら平然と食べるあたり、シャルロットマジ天使と思わざるを得ない。

 

 しかし、なるほど。海外組が一夏の誕生日を知るこのイベントが起きるということは、そろそろアレが近付いてきたということか。いやはや、ついこの間文化祭が終わったばかりだと思ったのに、時間が過ぎるのは早いもんだ。

 

 ……うん、文化祭の後始末もあれはあれでヒドイもんだったからね。

 あんまり詳しく描写するとIS学園に所属する全ての女子の尊厳に係わりかねないので、ごくあっさりとした表現で紹介させてもらうと、大体こんな感じ。

 

 

◇◆◇

 

 

『文化祭投票結果の一位は、生徒会主催の観客参加型演劇「シンデレライダー箒鬼」です!』

 

『ひ、卑怯者! イカサマじゃない! ノーカウントよ、ノーカウント!』

『こんなの絶対おかしいよ!』

 

 このセリフが聞こえた瞬間、IS学園にファントムタスクの刺客が生徒として紛れ込んでいるのではないかと疑った俺は決して間違っていないと思う。

 

『あら、これは異なことを。劇への参加条件たる「生徒会に投票すること」は事前に公表してあったし、参加を強制したわけでもないわ。私達はお互いにお互いの欲望を満たしただけよ。……ええ、だからこそ言わせてもらうわ』

 

 そう言って、ばさりと開いた扇子には「究極生物」の文字が墨痕たくましく閃き。

 

『勝てばよかろうなのだぁーーーーーっ!!!』

 

 

◇◆◇

 

 

 ……本当にこんな感じの怒号が飛び交う集会だったから困る。

 しかしここにおわすのは、どこぞの欲望大好きなあの人と同じく会長を名乗り、以前の簪とのお茶会で気合の入ったケーキを作ってきた人。さすがというべきか、欲望の操り方を知り尽くしている。

 騒動が暴発するその寸前に、各部活動への一夏貸し出しを宣言。一夏一人の――色んな意味で――尊い犠牲の元、事件が起きたことなど知りもしない大多数の生徒にとっての文化祭は盛況のまま終わりを迎えたのだった。

 

 あ、ちなみに俺は生徒会所属になったり、どこぞの部活に所属になったりしなかったこと追記しておこう。

 いやね、俺は文化祭前から自分で撮った一夏の写真の販ば……げふんげふんっ、趣味の写真に時間を使っていてね? その写真のファンである生徒一同やら、誰とは言わないけれど俺が撮る人物写真を気に入ってくれている某鬼教師様が口添えしてくれた結果、現状維持となったわけだ。

 

 その話とは全く関係ないけれど、最近また一夏の写真が溜まってきたことだし、ここらで一つ千冬さんにもおすそわけしに行くとしようかね。さっきの話とは全く関係ないけれど。

 

 

「一夏の誕生日は、9月27日……うん、覚えたよ。……あれ、そういえば真宏の誕生日って聞いてたっけ?」

「なぬ?」

 

 そうやって阿鼻叫喚の文化祭翌日を回想しながら黙々と箸とレンゲを動かしていたら、どうやら一夏の誕生日騒動は一息ついたらしい。らしいのだが、どういうわけだかその話題が俺の方にまで飛び火してきたようだ。

 

「真宏の誕生日。ひょっとして、もう過ぎちゃった?」

「……いや、まだだ。俺の誕生日は1月1日だからな」

「新年一日目か。真宏にしては随分とわかりやすいな」

「それでは、その時になったらわたくしからもプレゼントをお贈りしますわ」

 

 おぉう、とんとん拍子で話が進んでいった。本当に友達甲斐のある奴らだよ。

 ……でも、もうちょっと深いところまで知っている一夏と箒と鈴が微妙な表情を浮かべているのもまた、視界の隅に入っている。

 ふむ、ここはやはりそっちの理由も説明しておくべきか。

 

「ありがとうセシリア。正月とぶつかって忙しいからこの日にしたのは失敗かとも思ったが、祝って貰えるのはうれしいぞ」

「……? 『この日にした』ってどういうこと? 誕生日って選べるものじゃないと思うけど」

 

 俺の発言に違和感を感じたシャルロットが、当然のごとく疑問を挟んでくる。まあ仕方のないことだろう。その辺、ちょっと面倒な理由があるのだからして。

 

「まあ、確かにその通りなんだがな。俺は自分の誕生日を知らないから、その辺適当に決めてあるんだよ」

「……どういうことだ、真宏」

 

 おっと、今度はラウラか。いつぞや、ラウラはIS学園に入学するに際して俺のことも多少調べたと言っていたから、そのことで気になるところでもあるのかもしれん。

 

「いやな、俺は昔じーちゃんに育てられてたんだけど、そのじーちゃんというのがとんでもない無口でな。しかも割と早くに亡くなったから、じーちゃんがそもそも何者なのかとか、血がつながってないらしい俺をどうして育ててたのかとか、一切わからずじまいだったんだ。誕生日も、その中の一環というだけのことさ」

「そ、そんなことがあったんですの……」

 

 軽々と俺が口にした内容に、セシリアが絶句する。だがそれも仕方のないことだろう。当事者たる俺自身ですら時々信じられなくなるようなこの境遇、傍から聞かされたのであればその驚愕もうなずける。

 

 まあ確かに、俺自身の正体は何者なのだろうと考えることもある。

 生前、というか俺を育てるようになる前に何をしていたのかはわからないが、いまだに普通に生きていく分には困らないほどの遺産を残してくれたじーちゃん。

 当時、結局名前すら聞く機会が無いままぽっくり逝ってしまったと思ったら、死んだ時のことをじーちゃんに頼まれていたと嘯く胡散臭い葬儀屋がどこからともなく現れてつつましやかな葬式を上げ、また何事もなかったかのように去っていった。

 まるで、じーちゃんがこの世に存在していた痕跡を一刻も早く消し去ろうとするかのようなその作業。疑問に思うなと言うのが無理な話だ。

 

 ちらり、と視線をラウラに向ける。

 彼女の出自は、ドイツ軍によって生み出された、戦闘のみを目的とした試験管ベビー。正直なところ、俺も似たようなものだと言われてもあまり驚けないような気もしている。

 

 ま、でも結局のところそういうのは割とどうでもいい話なのだ。

 たとえ俺の生まれがどんなもので、じーちゃんが何者であったとしても、じーちゃんが俺にとってのじーちゃんであることに変わりはない。案外不器用ながらも毎日用意してくれた料理の味は忘れてないし、風邪を引いたときにつきっきりで看病してくれたことも覚えている。

 

 この記憶があるんだから、他にはなにもいらないさ。

 

「……うん、それじゃあその日は盛大にお祝いしようよ。ねっ、一夏!」

「あ、ああ。そうだな、最近真宏の誕生日に騒ぐっていうのも御無沙汰してたし、正月は遊び倒そうぜ!」

 

 まして、こんな風に愉快な仲間達もいるんだ。

 他に望むものなんて、せいぜいロマンくらいのものだよ。

 

 

「まあそれはそれとして、次のイベントについて話そうじゃないか。えーとなんだっけ。スティール・ボール・ラン?」

「もう真宏は一人でアメリカ横断してろ。正しくはキャノンボール・ファストだ。……明日から高機動調整を始めるらしいけど、一体何するんだ?」

「基本的には、それぞれのISに用意されている高機動パッケージのインストールと微調整になる」

「でも、一夏の白式にはそういうのが無いから、その場合には各スラスターの出力調整になるね」

 

 そんなこんなで誕生日談義がひと段落して、話の内容は一夏の誕生日当日に行われる次のイベント、キャノンボール・ファストに移っていった。

 シールドバリアや絶対防御などの搭乗者保護機能を持つISなればこその超高速バトルレース。市の特別イベントとして行われるこのレースは、一般人の観戦も可能というだけあって外部からの注目度も高く、動員観客数はかなりの物となる。

 国際大会ほどの規模はさすがにないが、それでもテレビ中継などは当然されることになるし、そのため各国から代表候補生や目をつけている生徒への支援なども有形無形様々なものとなる。

 結果、キャノンボール・ファストはIS学園生が関わるイベントの中でも屈指の知名度を誇る物となり、それはもう俺だってここぞとばかりにロマン溢れる装備を……。

 

「ところで、真宏」

「ん、なんだ鈴?」

 

「あんたが使う予定の高機動パッケージ、教えなさい」

 

 使おうと思っていたのに、なんだか雲行きが怪しくなってきた!

 

「ど、どどどどどどういうことだ鈴。デュエル前に相手のデッキを盗み見るような真似、貴様それでもデュエリストか!?」

「リアリストよ。……っつーか、セシリアやシャルロットだってどんな方針の調整するか言ってたじゃない。それに、あんたの場合気をつけておかないと本気でろくでもないパッケージ使いそうだから注意しておけって、千冬さんに言われてるのよ」

 

 なんということでしょう、ついに千冬さんに目をつけられるなんて。

 

「ほら、絶望があんたのゴールなのはわかったからさっさと教えなさい。どうせ携帯端末かなにかにデータ入れてあるんでしょ?」

「うぅぅ……」

「あら、わたくしも興味ありますわ」

「真宏の、強羅の高機動パッケージかー。……きっとすごいよね!」

「強羅の重装甲に機動力を持たせるためにどのような装備を使うのか、参考になりそうだな」

 

 しかも、セシリアやシャルロット、ラウラまでもが興味を示してくる始末。千冬さんからの指示が出ていた時点で当日のサプライズとして隠し通すことなどできないのは確実だし、こんな状況になってしまえばむしろ自分から自慢したい気にすらなってくる。くっ、抗えん。狙ったか、ホワイト……じゃなくて、鈴!

 

「わかった、わかったよ。……まあでも、強羅は第二世代型だから装備に対する汎用性が高くてな。今の時点だといくつか候補があるんだよ」

「へぇ、どれどれ」

 

 とはいえ、実際自慢のISとその装備をお披露目できるとなればちょっと楽しくなってしまうのも当然のこと。強羅のデータを詰めてある携帯端末を操作して画面を呼び出せば、そこにはキャノンボール・ファストに合わせて俺とワカちゃんで選んだ高機動パッケージ達が一面に映し出される。

 

 まず最初に現れたのが、現在第一候補となっている高機動パッケージ。

 強羅の背部ハードポイントから後方に伸びるように接続されている、強羅の身長よりもなお長いロケットブースター四本+α。見た目からして既にスピード重視というかスピード以外何も考えていないようなデザインであり、事実これを使った場合の平均時速は、2000km/hは硬い。おそらく、ブルー・ティアーズのストライク・ガンナーですらちぎれるだろうほどの最高速度を誇るのだ。

 

「どうだすごいだろう。今のところ第一候補に挙げられている超加速パッケージ『VOB』だ」

「確かに……すごいスペックだ、これ」

「うむ、あるいは大気圏突破すらできそうな加速力だが……」

 

 だからこそ、一夏も箒もそれはもう感心したような呆れたような表情を浮かべ。

 

「……曲がれるの、コレ?」

 

 鈴の冴え渡るツッコミが、他の全員の声なき声を代弁した。

 

「曲が……る?」

「頭の中から曲がるって概念自体すっ飛ばしてるんじゃないわよ!!」

「うごげら!?」

 

 そして脳天に突き刺さる鈴の容赦ない手刀。

 とりあえず、そんなわけでVOBは早速却下されてしまった。ちぇー。

 

「しょうがないな……。それじゃあ次はこれだ」

「平然とパッケージを複数用意するあたり、さすがは真宏さんですわね……」

「まあ、真宏のバックについてるの蔵王重工だからなあ……」

 

 とはいえまだまだ弾はある。セシリアと一夏の苦笑いにもめげず、第二候補とか出してみよう。

 

 

「今度の装備は、さすがに速度的にはVOBに劣るが、それでもむしろバトルレースとしてのキャノンボール・ファストには向いてるかもしれないな……ほれ」

「わ、結構装備が多いね。速度もまあまあだし……確かに向いてるかも」

「えーと、なになに。装備されているのは、無誘導高速直射弾<グリーンシェル>。前方誘導ミサイル<レッドシェル>。後方射出式ハイパーセンサージャマー<B-77>。それに、使い捨て緊急ブースト<ファンガス>が三つ……」

「どうだ、これなら速度控えめな分曲がれるし、色々装備もあるから……」

「却下」

 

 しかし、あっけなく今度も却下の憂き目にあった。

 何故にWhy!?

 

「あったり前でしょうが! 色々ヤバ過ぎるのよこの装備は!! ……ちなみに、このパッケージの名前は?」

「うむ、多目的レース仕様パッケージ<プランバー>だ」

 

 ちなみに、プランバーとは英語で「配管工」を意味する。

 その名を聞いた一夏達が、まるで脳内でヒゲ面の配管工が「ヒーウィゴー!」とでも叫んだかのような微妙な表情になる。

 

「……真宏、この装備使ったら色々敵に回すってことわかってるでしょ?」

「うっ」

 

 そんなわけで、またしても却下されてしまった。畜生っ。

 

 

「うーん、この二つが却下されるか。まあ他の装備も当然使ってみたい奴ではあったんだけどさ。例えば、ロケットモジュールは右手にしか付けられないからレースで使うにはイマイチバランス悪いけど、本気で大気圏突破できるぞ。ぶっちゃけ月までならいける」

「へぇ、このロケットモジュール全体がとっつきだったらすごいだろうなぁ……」

「シャルロット、お前はせめてもう少し現実に戻ってきた方が良いと思うぞ」

 

 などなど、他にもいくつか出していくのだがことごとく却下される強羅の高機動モジュール。まあそれでもいくつか許可して貰えたのはあるから大丈夫だろうとは思うのだが、VOBが使えないのは残念でしょうがない。

 

「……よく見たら、このロケットモジュールの最高速度とんでもないことになっているみたいなのですけれど」

「うわっ、ホントじゃない! 何よこれ、どっから持ってきたの!?」

「ああ、うん。それは、謎のスイッチと月面基地を持っている同級生――の、姉――から貰ったんだよ」

「……またあの人かああああああああああああああああああ!!!」

 

 などという、月まで届きそうな箒の絶叫が響いたりもしたのだが。まあ、自分の姉まで俺にこんな装備を渡していると知ればさもありなんだろう。

 ちなみに束さんからもらった装備だという事実以外はほぼその場のノリで言ったことに過ぎないが、あの人なら普通に謎のスイッチと月面基地くらい持っていそうなところが恐ろしい。

 

「ふぅ……まあ、これだけ潰せば大丈夫でしょ。真宏の高機動パッケージはこの中から選びなさい」

「了解だ。まあそんな感じで俺のは良いとして、みんなはどうするんだ?」

「セシリアは高機動パッケージがあるんだよな確か。鈴のも開発中なんだっけ」

 

 一夏の言葉に自慢げに頷くセシリアと、本当に開発が間に合うのか懐疑的な鈴。

 いかに妨害ありとはいえ、そもそも速度に劣る強羅にとって、今回のレースは誰もが飛びきりのライバルだ。たとえまともなパッケージを選んだとしても、油断の余地はどこにもない。

 

「僕のリヴァイヴは第二世代だから、真宏と同じように既存のパーツから増設ブースターを付けることになるだろうね。『疾風』の名前は伊達じゃないよ」\サイクロン!/

「ちなみに私は、姉妹機であるシュヴァルツェア・ツヴァイクの高機動パッケージを調整して使うことになるだろう」\ジョォーカァー!/

 

 一方、普段の実戦からして侮れない二人は、IS学園の購買で買ったらしいガイアメモリを懐から取り出し、当たり前のようにポーズを決めていた。とりあえず、疾風つながりなのはわかるけど色が違うだろシャルロット。

 Wが一番好きなシャルロットの部屋にはダブルドライバーが常備されているという話だが、どうやらそれは間違いない事実らしい。今度ラウラと二人でサイクロンジョーカーへの変身ごっこを披露してもらいたいもんである。

 

 

 とまあ、そんな感じで明日から始まる調整に向け、それぞれの装備について語り合ったり、一夏の部活貸出の話題から箒達が所属する部活についての話になったりと、他愛のない話が続いて行く。

 ……うん、やっぱりこういう日常というのはいいものだ。文化祭は表面上つつがなく終わったとはいえ、一夏とセシリアとラウラはファントムタスクの存在を既に知っている。

 正体不明にして、ISを強奪するほどの力を持った謎の組織。そんな奴らが近くにいると知っていてなお平常心を保てること。

 それを、俺はなによりも貴いものだと思う。

 

 次に奴らが現れるときは、俺だって黙ってはいない。

 文化祭での一夏の危機に駆けつけられなかったときに、そう決めたんだ。

 

 

「へぇ、ラウラ今度着物買うのか。……それじゃあ、今年の正月はみんなも一緒に遊ぼうぜ。除夜の鐘を聞いて、出店を冷やかして、そのまま真宏の誕生祝いになだれ込もう」

「うん、そういうのもいいね」

 

 とかなんとか俺が内心シリアスしているうちに、どうやら誰がどの部活に所属しているかと言う話も終わったらしい。これから一夏は方々の部活に貸し出されるわけだから、そのあたり知っていても損にはなるまいよ。

 ……例えば、料理部で他の学園生以上の主夫っぷりを示す一夏の姿が今から目に浮かぶようだ。

 

「あぁでも、やっぱり箒は神社の手伝いするのか? もしそうだったらまた夏休みみたいに、終わった後一緒に……」

「ばっ、バカやめろ一夏!」

「へ?」

 

 あーあ、これまで順調に進んでいたのに、またやらかしたよ一夏の奴。顔を赤くして慌てだした箒に気を取られて気付いていないようだが、既にセシリア達がドス黒いオーラを放ち始めている。恋する乙女というのは劇薬と同じだということを、まだ理解していないようだ。

 

「一夏……、『また』ってどういうことかしら?」

「神社……手伝い……この二つから導かれる結論。すなわち、一夏を巫女服で誘惑したということかっ!?」

「な、なんですって!?」

「そんな……ずるいよ箒!」

「え……え?」

「……ふん!」

 

 そして、何が何やらわからないとばかりにうろたえる一夏と、そんな態度に自分の誘惑の効果があんまりなかったと改めて自覚して機嫌を悪くしたまま部屋へと帰る箒の姿があった。一夏、ご愁傷様だな。

 

「お、おっといけない。俺もそろそろ部屋に戻らないと……ッ!」

「待て、逃がさんぞ一夏!」

「今一夏さんの部屋は満員ですわ。入れねーですわよっ!」

「そんなわけあるか!?」

「答えなさい一夏。質問はすでに……『拷問』に変わっているのよ」

「やっ、やめ……ぎゃああああ!?」

 

 いやはや、ここでISを展開しないようになっただけ、鈴達も成長したもんだねぇ。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、夕食後の一夏の部屋にて。

 

「いくわよ、リフティングターン!」

「それはただのジャンプからのドリフトですわよ!?」

 

「シャルロット、貴様このコースやりこんでいるなっ!」

「答える必要はないよ!」

 

 そこでは、一足早くキャノンボール・ファストのための訓練が行われていた。

 箒にも声をかけたのだが、「一夏が父親並に良い男だったら」という妄想にでもふけっているのか返事がなかったため、しかたなしに残りのメンバーで取り行っているこの訓練。なかなかどうしてためになるものだと自負する次第だ。

 

 さすがにISを展開して行うわけにはいかないからシミュレーションとなっているが、4人それぞれのマシンがコース狭しと入り乱れ、己のラインを確保し、時に邪魔な相手を妨害してと激しいレースが繰り広げられている。

 速度こそ本物には至らぬながら、十分にキャノンボール・ファストに近いバトルレースの空気を味わえるそのシミュレーション。人それを……。

 

「ミニターボ、成功ですわ!」

「なぁっ、抜かれた!?」

 

「赤甲羅で吹き飛べ!」

「甘いよ! そんな物、バナナでガードすればいいだけなんだからね!」

 

 

 マ○オカートと呼ぶのだが。

 

 

 いやだって、キャノンボール・ファストってまさにこれみたいなもんでしょう? 速度的にはF-ZER○にこそ近い気もするが、妨害ありというルールを考えればねえ? ぶっちゃけさっき俺が挙げた高機動パッケージ候補の一つを使ったらレース当日にこんなことが起きる気がしなくもないのだが。

 もはや一夏の部屋に集まってゲームをすることなどなんとも思わない代表候補生4人が、ISで鍛えに鍛えた技量の全てをつぎ込むゲームと言うのは毎度のことながらすさまじいことになっている。

 鈴は鋭いライン取りで前を走る相手を脅かし、セシリアの放つ緑甲羅は華麗な偏差射撃で前後の相手を狙い撃ち、シャルロットのばらまくバナナは絶妙に嫌なラインに配置され、ラウラはなぜかサンダーやスターを当てる確率が高い。

 

 

 一夏が拷問まがいの尋問を受けるようになってしばらくして、俺に助けを求めてきたのがこのゲーム大会の発端だ。

 確かに常々一夏は爆発するべきだと思っている俺であるが、さすがに何度となく見捨てるのは良心がとがめる。

 

 というわけで、怒れるヒロインズに提案したわけだ。

 

「まあ待ちたまえ、諸君」

「何よ真宏、邪魔するならあんたも同罪とみなすわよ」

「ヒドイ理論だなオイ。……だがそんな君達に俺から素敵な提案がある」

「……どういうことよ?」

「なぁに、簡単なこと。箒とだけデートしたと考えるんじゃない、次は自分達の番だと考えるんだ」

 

「「「「!?」」」」

 

「ちょっと待て、なんで『その手があったか!』みたいな顔するんだよ!?」

 

 

 ……という俺の口車によって、さっそく次の休みに一夏とデートする相手を決めることこそが、この訓練――の名を借りたゲーム大会――の真の目的なのだった。

 

「悪いけど、僕の前は誰も走らせないよ!」

「ちょ、ゴール前の三連赤甲羅なんて最悪すぎじゃない!」

 

 おっと、どうやら今回の勝者が決まったらしい。

 ちょっと気を抜いただけですぐに奈落の底へと落ちて行く星の道と名付けられたコースを一つのミスもすることなく駆け抜けたのは、やはりというべきかシャルロット。単純なドライビングテクニックに優れているのはもちろんのこと、やはりラファールで慣れているせいか、アイテムの使いどころが上手すぎたのが勝因だろうか。バナナやら甲羅やらを駆使した鉄壁の守りにより、一度のクラッシュもしなかったことが大きいと俺は見るね。

 

「やった! やったよ一夏!」

「あ、ああそうだな。おめでとう、シャル」

「えへへ~」

 

 一夏よ、勝者を労うのもいいけどその辺にしておけ。鈴以下シャルロットに敗れた三名が部屋を出て行く際の視線が恐ろしいことになってるから。

 

「お許しください、真宏さん。わたくしはご信頼に背きましたわ……」

「いや、別にセシリアが必ず勝つと思ってたわけじゃないから」

 

「勝って、勝って、最後に負ける運命ね……。シャルロットも同じよ。それまで精々浮かれてるがいいわっ」

「まあ確かに序盤は優勢だったけど、負け惜しみのセリフとしては堂に入ってるな、鈴」

 

「雌伏の内に果てるとは……。これもレースを甘く見た報いか……」

「あー、元気出せラウラ。本番では頑張れ、な?」

 

 ほら、一人の例外もなくネタセリフ口走ってるし。どういう基準でセリフ選んでるんだお前ら。

 

 

 しかし、そんな雰囲気に一々気付けるような一夏ではない。あやつときたら、のんきにシャルロットと指切りなどしていやがった。

 

「それじゃあ一夏、今度の週末のお出かけの約束だよ。指きりげんまん、嘘付いたらクラスター爆弾のーますっ」

「お、おう」

 

 まあ、その文言自体はとんでもないのだが。

 

「……ちなみに、デュノア社製クラスター爆弾は威力・価格・信頼性と三拍子そろった代物で、クラスター爆弾禁止条約の制定を10年速めたと言われているぞ」

「……………………」

 

 一夏に曰く、「毎度宣言内容が怖すぎる」という噂のシャルロット指切りをこの目に見れたのは貴重な経験だったが、目が笑ってないシャルロットというのは、俺から見ても本気で怖かったということを、ここに追記しておこう。

 

 

「真宏……俺は常々お前に感謝するべきなのか、それとも恨み節を叩きつけるべきなのか悩むぞ」

「お前が自分の行動を客観的に振り返れるようになれば感謝一択だ、とだけ言っておこう」

 

 その後、シャルロットも含めた全員が帰った一夏の部屋。

 俺と一夏二人だけという、女子率99.9%(多分)を誇るIS学園においてはあり得ないくらいむさい空間がそこにはあった。

 勉強机にドカリと座り込み、恨みがましい上目遣いでこっちを睨んでくる一夏と、その視線を平然と受け流してワカちゃんが送ってくれたIS武装カタログに目を通す俺という、珍妙な構図だ。

 

 普段から一夏の部屋には誰かしら女子が訪れていることも多いため、なんだかんだでIS学園に入ってからはあまりなかったが、それでも中学時代にはこういうシチュエーションもよくあった。一夏の家に行って奴の主夫っぷりを眺めたり、俺の家に呼んで桃太○電鉄やらド○ポンやらで友情を深めたりなどなど。

 

 さすがに今の一夏にゲームを楽しむ気力は残っていないだろうが、それでも常日頃から女子に囲まれていることによる、楽しいながらも落ち着かない空気から開放された、気楽な時間。こう言うのも、本当に久しぶりだ。

 

「まあでも……平和だな、真宏」

「そうだな」

 

 だからこそリラックスできるのはいいのだが、一夏よ。その色々疲れた年寄りのような物言いはどうなんだろう。世の男どもからすればこれ以上ないほど羨ましい境遇にありつつも、持ち前のフラグ建て折り体質でその全てを面倒に変えているのは、ほぼすべてお前の自業自得であろうに。

 

「……なんだかんだで色々あったけど、みんなの文化祭が無事に終わってくれて、本当によかったよ」

「……みんなの、文化祭ね」

 

 ただ、それでも奴のこの心根の強さだけは、どうしても嫌いになれない。

 心底安心したとばかりに表情を緩ませる一夏に、俺もくすりと、しかし僅かの苦みを滲ませて吐息をこぼす。

 

 一夏は、今まで幾度も危険な戦いを経験してきた。

 無人機しかり、VTシステムしかり、福音しかり。だがそれらはいずれもが、少なくとも表面上は偶発的な事件であり、明確に誰かを害しようという意志はなかった。

 だが今回は、違う。はっきりと確実に一夏と白式を狙った犯行であり、ましてや相手は全貌不明の秘密結社。その脅威のほどは計り知れない。

 

 しかし一夏は、そんな事件に巻き込まれてなお、自分以外の誰かを思うことのできる奴だ。

 「みんなの文化祭」だなんてな……。その「みんな」の中に、自分は入っていないだろうに。

 

 一夏にそんな風に思わせてしまった自分に少しだけ無力感を感じて、手に持ったカタログの端を握りしめて少しだけ歪ませる。

 いかに相手が巨大な組織とはいえ、やってることは基本的にテロリストまがいの実力行使。聞かされるだけでも寂しすぎる一夏のその言葉。たとえ相手が悪の秘密結社だったとしても、二度と言わせてなるものか。

 

 そう、決意を新たにした。

 

 

「ほぼ女子校なIS学園の中で、男二人っきりというすごく不健全な部屋に絶世の美少女である私、参上!」

「美少女なのは認めますけど、そこで空気読まないあたりは流石会長ですよね」

 

 そして、辛気臭い空気を嫌うことにかけては俺以上であるかもしれない会長が、出待ちでもしていたかのようなタイミングで部屋に乱入してきたのでしたとさ。

 

 しかも、裸ワイシャツ姿で。

 

「う、うわああああ!? 楯無さんなんてカッコしてるんですか!?」

「え、それはもちろん文化祭で色々頑張ってくれた一夏くんへのご褒美よ。……好きなんでしょ、こういうの。リクエストにお応えしたわ。ほーら、見ていいのよー? ちらっ」

「真宏! お、おまえのせいだろこれぇえええ!?」

「ああ、そういえば前にそんなことも言ったっけなあ。いやはや、会長ほどのスタイルだと裸ワイシャツも映えますね」

「あー、真宏くんはあんまり見ちゃダメよ。……もしそれが原因であの子に嫌われたら、本気で呪うから」

 

 最後に耳元へ口を寄せて囁かれた言葉は心底恐ろしいが、流石は会長、ロマンをわかっていらっしゃる。

 思わず両手を合わせて拝んでしまう俺と、手で顔を隠しながらもばっちり指の隙間からちらちらとみている一夏の二人がそこにはいた。

 何だ、この状況。

 

「いやー、一夏くんの慌てる姿も堪能したし、それじゃあ本題に入りましょうか。……例の組織について、ちょっと動きがあったのよ」

「シリアスな空気を出すのは良いですが、裸ワイシャツの女の子がベッドの上で三角座りしながらだとすげー違和感ですよ」

「ギャップ萌えと呼んで頂戴」

「もうやだ、こいつら……っ!」

 

 会長がひとしきり一夏の慌てっぷりを堪能してから、ベッドに陣取って語りだした。

 登場こそいつもの会長らしかったが、そもそもはこの話をするのが目的だったのだろう。なにせ、時期的に考えてそろそろアメリカで封印されているシルバリオ・ゴスペルが狙われるころだ。おそらくここ数日のうちに、地図にない米軍基地が襲撃を受けていたに違いない。

 

「非公式な情報と、それからこちらの推測も混じってるんだけど、ファントム・タスクと思しき組織にアメリカのIS保有基地が襲撃されたらしいわ。おそらく狙いはIS本体なんでしょうけど……この基地、シルバリオ・ゴスペルのコアが保管されていたみたいね」

「福音が……っ!?」

 

 この情報は更識家から入ってきたのかIS学園から入ってきたのかわからないが、いくら派手にどんぱちやったとはいえ、アメリカの軍事機密にあたる基地とそこに保管されているものすら割り出すとか、本格的にすごいな会長。

 IS操縦者としての実力ももちろんだが、こう言ったところも本当に油断がならないよ。

 

「そんなわけで、一夏くんも気をつけてね。あなたの場合、また狙われる可能性だってあるんだから」

「大丈夫ですよ。同じ手は二度と食いませんから」

「あらカッコいい。……それから、もちろん真宏くんもね?」

「ヘ、俺ですか?」

 

 そんな風に適当に聞き流しつつ一夏の決意表明するイケメンな横顔をこっそり撮影していたら、俺まで会長に声をかけられた。

 

「当然でしょう。あなただって男性IS操縦者っていうすごく希少な存在なんだから、ファントム・タスクに限らず狙われる可能性は常にあるわよ」

「……あー、言われてみれば。割と本気で忘れてましたけど」

「真宏はこういうところのんきだよな、ホント」

 

 会長の言葉に、そらっとぼけた口調で返す俺と、それに呆れ混じりの溜息をかぶせてくる一夏。

 だが、俺を見る会長の目はほんの少しだけ鋭くなり、俺もまたそんな会長の目をまっすぐに見返している。

 

 会長が感じている危惧は、俺の身の安全ももちろんのこと、そもそも俺という人間の立場に関するものだろう。

 

 何せ、俺は会長の言う通り世界で二人しかいない男性IS操縦者の片割れであり、世界に冠たるIS関連企業、蔵王重工の製造した数少ないIS強羅を専用機に持ち、束さんともある程度の親交がある。

 

 ちなみにその親交がどの程度かというと、この間適当な住所に箒のシンデレラドレスの写真を送ってみたら、数日後にビキニの水着を着て海で遊ぶ束さんの写真が送られてくるくらいのものだ。何せ束さんはあのスタイル。大変うれしゅうございます。

 まあ、その写真は写真で撮影者の指が写っていたり、一面にラウラの髪の毛とよく似た銀色の線が走っていたりと、あまりよく取れている写真は多くなかったんだけどね。いやはや、束さんは一体誰と海に行って、写真を撮らせたのだか。

 ……なんつーか、後々また面倒なことが起こると予告されているようで落ち着かないことこの上ないわ。

 

 

 話が逸れた。

 なんにせよ俺もまた色々と面倒な立場にあるのは間違いなく、ひょっとすると俺すら知らない生まれに関することが原因で、騒動に巻き込まれる可能性だって十分にある。会長が言っているのは、そういうことなのだろう。

 

「まあでも、俺は強羅を誰かに譲る気はありませんからね。一夏以上に気をつけますよ」

「俺だって、白式も遠隔転送できるようになったわけだし心配はいりません」

「うん、いいわねー。やっぱり男の子はそうでなくっちゃ。カッコいいわよ。……ひょっとすると、惚れちゃいそうなくらい」

 

 半ば強がりに近いとはいえ、強大な組織力を感じさせるファントム・タスクの存在にも立ち向かうことを選択した俺と一夏に対し、会長は柔らかく細めた眼差しを向けてくる。

 最後のセリフには本心が込められているのか、はたまた単なるいつもの冗談か。生憎と俺達は会長の本心を見通せるほどに悟ってはいないが、それでも言えることはある。

 

 一夏と俺で、心を全く同じくし、しかも同時に述べる、その言葉は。

 

「「またまた、御冗談を」」

 

 まるでどこぞの猫のような、このセリフである。

 

 いや、これまでの会長の行動を見てるとそうとしか思えないでしょ。そもそもそういう方向の話は一夏の役割だし、俺はほら……その、ね? か、簪が……。って、言わせんな恥ずかしい!

 

「その反応、おねーさんもさすがにちょっと傷つくわー。……軽くキレそうなくらい」

 

 ふんっ、どうせ常々一夏を手玉に取っているんだから、会長だってたまにはそういう気分を味わうが良いわ。

 

 

 その後、逆ギレした会長が女豹のような動きで一夏に飛びかかり、八つ当たりのくすぐり地獄攻撃をかましていたが、俺はその光景を観賞しながら茶をすすっていた。

 会長は今回もそつなくお茶受けを持ってきてくれていたので、ありがたく頂くとしよう。

 ちなみに今回のお菓子はきんつば。周りの衣と中のあんこの味が本当に絶妙でした。

 

 俺はISが好きで、強羅が大好きで、ロマンのために生きているような男であるが、それと同じくらいこういう平和な日々も大好きだ。

 

 俺達の平和、世界の平和。

 ファントム・タスクにどんな目的があるのかは知らないけれど、少なくとも俺達の周りで事件を起こすのならば、その間は紛れもない敵だ。

 この大切な時間を守るため、俺だって次のキャノンボール・ファストでは油断なんかしないからな。

 

「あはははははははっ! ま、真宏! くふはあはははは! 相変わらずのんきに見てないで助けてくれ!」

「うーん、相変わらず一夏くんはくすぐり甲斐があるわねぇ。……これは、ランプ肉も調査する必要ありと見た」

「ら、ランプ肉?」

「お尻肉」

「……いやああああああああ!?」

 

 そして、最後のセリフを妙に早口で囁く会長と一夏が相変わらずベッドの上ではくんずほぐれつ、性犯罪一歩手前な光景が繰り広げられているのでありましたとさ。

 

「……まあ、ランプ肉云々はお前だってマッサージのとき触ってるんだから、あきらメロン」

「飼いならされやがってえええええええええ!?」

 

 会長から譲ってもらった2つ目のきんつばと緑茶の組み合わせの妙を楽しむ俺を呪う、一夏の悲痛な叫びが寮の一室に木霊するのでありましたとさ。

 

 

◇◆◇

 

 

 そうして、一夏が自室で何か大切な物を散らされてから、しばらくして。

 

(んふふふ、日曜日は一夏とデートかぁ……)

 

 人気の絶えた学生寮の廊下を、るんたったとばかりに足取りも軽く歩く一人の少女がいる。食事も風呂も済ませ、ふんわりとした上品な笑みを浮かべ、天にも昇って行きそうなほど幸せそのものといった表情がとてもまぶしい。

 そう、彼女こそ第一回一夏とのデート権争奪マ○カー大会にてトップでチェッカーフラッグを受けた、シャルロットである。

 先ほど一夏の部屋を出てからしばらく、日曜に決まったデートへの期待でふわふわとした心を落ち着けるため夜風に当たり、あたりを歩きまわって心を静めていたのだ。

 

 もっとも、今にもスキップを始めそうな様子からするにさほどの効果は無かったようだが、それでもシャルロットは満足げであった。

 

 なにせ、一夏とのデートだ。以前臨海学校前に買い物に出かけたことはあったが、あのときは一夏から誘って貰えたこと。それはそれで嬉しかったのだが、今回は経緯こそ少々ムードに欠けていたが、自分から誘った。

 しかも指切りまでして約束できたのだから、シャルロットの上機嫌さはもはや青天井。一面白い牌が並ぶ天地創世レベルに届きそうなほどにもなろうというものだ。

 

「あー、当日は何着て行こうかな。一夏に、可愛いって言って貰えるのがいいかな。……きゃー!」

 

 実はれっきとした女の子であると正体を明かしてからもボーイッシュなところのあるシャルロットの黄色い悲鳴。彼女をよく知る者であれば何事かと思うだろうが、仕方のないことだろう。一夏とのデートというのは、シャルロットにとってそれだけ楽しみなことなのだからして。

 

「……ふぅ、いけないいけない、落ち着かなきゃ。あんまり遅くなるとラウラも寝付いちゃってるかもしれないし、そろそろ戻らないと」

 

 しかしそれほど浮かれていてもなお、ルームメイトへの気遣いを忘れないのがシャルロットのシャルロットたる所以。

 いかに一夏とのデート権を賭けた真剣勝負であったとはいえ、今回はラウラへの妨害が少々きつかったようにも、今にして思う。お詫びの意味も込めて、おいしいココアの一つも用意してあげようと思いながら、既にラウラが帰っているだろう自室の扉を開き。

 

 

「ラウラちゃん、恐れることはないのよ。友達になりましょう」

「やかましいっ、出て行け!」

 

「……」

 

 そこには、エジプトに居を構える吸血鬼みたいなことを言う生徒会長と、警戒する猫さながらに威嚇するルームメイトが揃っていたのだからして。

 

「……シャルロット! 緊急事態だ、すぐにこいつを追い出してくれ!」

「はぁ……」

「あら、溜息つくと幸せが逃げるわよシャルロットちゃん。……ダメじゃない。一生徒に過ぎないラウラちゃんが、私の渇きを、私の行動を妨げてはいけないのよ。この私、更識楯無の行動をぉ!」

「くっ、正体を現したな独裁者!!」

 

 楯無の言葉に……というか、無駄に作画枚数を使ったアニメのワンシーンのごとく、わしゃわしゃと器用に素早く動くその両手の十指と、なぜか突然裏声じみた甲高い声を出した楯無の蛇っぽい雰囲気に怯えてか、ラウラが切羽詰まった声を出して、どこからともなくナイフを引き抜く。

 明らかに軍用の無骨さを誇示するその造形からは必要十分な切れ味と耐久性を兼ね備えていることがうかがえるのだが、ラウラ自身の手がぷるぷると小刻みに震えているため、チンピラが持ち出したナイフのようにしか見えない。そのうえ、さりげなく会長に退路を断たれてベッドの壁に背中を押しつけてしまっている。あれではもはや逃げられまい。

 

「あら、ナイフだなんてひどいわ。私がこんなに説得してるのに」

「それのどこが説得だ!? 警察かなにかで交渉人に弟子入りして出直してこい!!」

 

 言うまでもなく、ラウラは近接戦闘能力も高い。軍隊式のなんでもありな模擬戦においては一夏や真宏を含めて大抵の相手を圧倒し、その技量は間違いなく一年生でもトップクラスだ。

 なのだが、どうにもラウラは楯無のように苦手な相手を前にすると、時々このように豆腐メンタルになることがある。そうなれば、あとはもはや予定調和のオチが待っている。

 

 それなりに長くなりつつあるラウラとの付き合いでそのことを察したシャルロットは、相手が会長であることも手伝って早々にラウラの救出を断念。せめて事が終わった後、少しでも早くラウラが機嫌を直してくれるようにと、濃いめの美味しいココアを入れに台所へと引っ込んだ。

 

「それじゃあ、リクエスト通りネゴシエーターらしく。……ラウラちゃん! ショォーーータァーーーーーーーイム!!」

「そんな力技のネゴシエーターがいるかああああああああああああああああああああああ!!!?」

「ほぅら、私の美技に酔いなさい。ホワイトトリック! アーンド、ブラックジョーカー!」

 

 まるで住民総記憶喪失の町で響くようなその叫びに続くラウラの悲鳴が笑い声に変わるまで、10秒ともたなかったことをここに記しておこう。

 

 

◇◆◇

 

 

「まさか、手助けすらないとは思わなかったぞ、シャルロット! 戦友を見捨てることがどれだけ罪深いことかわからんのか!? 私のいた部隊ならばそんなことは絶対になかったぞ! いいか、部隊というものはだな……っ」

 

 ラウラの激しい笑い声は、あの瞬間から一切途切れることなく10分ほど続いた。

そして、ことを終え、妙につやつやした満足げな表情の会長が出て行ったあとには、ベッドの上で息も絶え絶えにぴくぴくと痙攣するラウラだけが残されていた。

 

 シャルロットはその騒動によってぐちゃぐちゃになったベッドにシーツを敷き直し、一夏には見せられないほど乱れたラウラの服装を整えた。そして、その頃になってようやく呼吸が整ってきたラウラにココアを手渡し、今はラウラを抱きかかえるように座り、後ろからその長い銀髪を梳きながら愚痴を聞いてやっているのだ。

 結果として見捨てることになってしまったわけだから、この程度は仕方がないだろうと考えるシャルロットは、自他共に認めるお人よしである。

 

「言うなれば運命共同体。互いに頼り、互いに庇い合い、互いに助け合う。一人が五人のために、五人が一人のために。だからこそ戦場で生きられる。部隊は姉妹、部隊は家族なのだ」

「…………………………………………そうだね」

 

 嘘を言うなっ! と叫ばないことに、かなりの努力を要した。

 日本に来る前……というより一夏に惚れる前のラウラの人格を考慮するに、本当にそんな部隊運営ができていたのかと、猜疑に歪んだ暗い瞳でせせら笑いそうになるのを必死に抑えた自分の精神力。我ながらすごい。誰か褒めて欲しいと思ってしまう、シャルロットである。

 

 普段は冷徹な軍人気質をしっかり残しているのに、なぜラウラは時々こうも無駄に隙を見せてくれるのだろうか。そこがラウラの可愛いところだとは思うし、だからこそ会長がああしてラウラに構いたくなる気持ちもわかるのだが、ラウラの髪から立ち上るシャンプーのにおいにむせそうになる今、シャルロットはそれはもう本気で叫びたかった。

 

「ラウラ、新しいシャンプーどうだった?」

「む……中々悪くない香りだ。嫌いではないぞ」

「そう、よかった」

 

 しかしそれを押さえ込んでこそ、1年生専用機持ちの良心たるシャルロット・デュノア。女神のように穏やかな笑みを浮かべてラウラの髪を丁寧にくしけずる姿はただそれだけで母性を感じさせ、だからこそラウラもまた安心しきってココアを味わうことができる。

 こうすることこそ、二人にとって他では得難い安息の時間だ。

 

「ん、終わったよラウラ。あとは歯を磨いて寝ちゃおうか」

「……わかった」

 

 そして、ココアの入ったカップを受け取って軽く洗い、その間に手早く歯磨きを済ませたラウラがもそもそと布団にもぐり込むのを微笑みと共に眺めて、電気を消す。

 

 そんな、母と娘とも、猫と飼い主とも見える光景が繰り返される、一年生寮の中で最も賑やかで、そして穏やかな部屋。こんな風に平和な光景が、物騒な話題ばかりが漂う昨今のIS学園にあるのも、全てはシャルロットの人格と少女らしさの功績であると言えるだろう。

 

 会長にくすぐり倒されて疲れたせいか、ラウラがすぐに寝息を立て始めたのを確認して安心したように肩の力を抜き、自身もまた布団の中にもぐりこみ、シャルロットは毎晩の儀式を行う。

 

(……おやすみ、一夏)

 

 その手にきらめく、かつて一夏からプレゼントされたブレスレットに小さく口付けし、彼への想いを確かめて眠りに着く。

 

 今夜も良い夢が見られそうだ。

 

 その穏やかな心のまま、シャルロットは布団の中をごそごそとまさぐる。

 部屋の明かりが消えているために見えはしないが、探り当てた指先のその感触が何なのか、当然シャルロットは知っている。

 

 それこそは、彼女が自作した直径80ミリメートル、長さ1メートルに及ぶ細い細い抱き枕。

 

 ぶっちゃけ、かつて真宏が使ったパッケージ<不知火>の射突型ブレード、<古鉄>型抱き枕である。

 

 にへら、と。

 夢の中でこの超巨大とっつきを振り回すことを期待して蕩けるシャルロットの顔は、もう決して人に見せられないほどたるみきっている。

 

 ……訂正しよう。やはりIS学園の良心と言えど、シャルロットはそれ以前に紛れもないとっつきらーであると。

 

 

 こうしてまた今日も一日が終わり、明日が来る。

 イベントの度に事件が起きている今年のIS学園の次なる行事、キャノンボール・ファストまでは、あと一カ月もない。

 

 つかの間の平和。

 

 誰ひとり口に出すことはなく、だがだからこそIS学園の関係者は例外なく、今の状況がそれでしかないと気付いているのであった。


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