IS学園の中心で「ロマン」を叫んだ男   作:葉川柚介

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第11話「不知火」

――……

 

 遥か遠く、かすむほどの距離にわずかな陸地が見えるだけの、静かな海上。

 夕方の凪いだ海面より200メートルほど上空に、シルバリオ・ゴスペルはいた。

 ウィングスラスターを閉じ、昼間の高機動は嘘のように空中の一点に静止して先の戦いで負った傷と損失したエネルギーの回復に努めるための待機状態だ。

 

 時折夢見るように身じろぎする他には動くこともなくウィングスラスターで体を包み込んだ姿は、まるでまどろむ天使のように安らかですらあった。

 ただでさえ海の上でしかも高空であるため、それなりの強さの風が吹いているはずだが、福音は見掛け上そんなことを少しも感じさせずにただじっとうずくまっている。

 

――?

 

 そんな福音が、何かに気付いたように顔を上げた。

 きょろきょろとあたりを見回すどこか幼い仕草はハイパーセンサーを搭載したISにとってどれほどの意味がある行為なのかはわからないが、どこか不思議そうに目覚めを促した違和感の正体を探ろうとする。

 だが全方位上下どこを見渡してもただ海と空と風ばかりしか感じられない。

 何が原因かは分からず、ただ遥かな距離を見渡すハイパーセンサーにざわつく気配を感じ取り。

 

 正確に頭部を狙い撃った砲撃の爆炎に、眠りの時間は荒々しく終わりを告げられた。

 

「初弾、命中! 続けていくぞ!!」

 

 福音が感じた違和感の正体にして、5キロ離れた海面すれすれの低空から福音を狙撃したのは、ラウラであった。

 右肩に大口径レールガンを積んだ通常の装備とは異なるシルエットを持ち、大口径グレネードの直撃を受けながらほとんどダメージを感じさせない機動で黒煙を突き破った福音の予測機動に再度照準。

 ハイパーセンサーで確認した最初の着弾の音がようやく届くのを聞きながら、次のグレネードを矢継ぎ早に放っていく。

 

 とはいえさすがに高機動型である福音に対し、狙撃地点が知られた状態では当てられるはずもない。

 だがそれでもラウラが撃っているのは、射出された後目標への接近と同時にIS全長の3倍以上に迫る直径の爆発を引き起こす巨大グレネード。

 迎撃されるにせよ回避されるにせよ、先の一夏達との戦いで見せたような紙一重の回避機動など取ることを許さず、その機動に大周りを強いることに成功している。

 

「真宏との戦いで、私も学んだのだ! 大口径グレネードの威力と有効性を思い知れ!!」

 

 ラウラが装備しているのは、両肩に大口径レールカノン<エルルケーニヒ>と、機動力の低下を防御力で補うため正面及び左右に4枚の物理シールドを備えた砲戦パッケージ<パンツァー・カノニーア>。

 かつてドイツに実在したという伝説の戦車破壊王の異名を授かったこのレールカノンは、ISの装備としても大口径すぎる。

 そのため必ず左右同時発射を行わなければバランスを崩してしまうほどのものであるが、その分威力は折り紙付き。

 予想以上の速度で接近してくるシルバリオ・ゴスペルとしても、近づいた直後空に巨大な二つの爆炎を咲かせられてはまっすぐに近づくことなどできず、蛇行せざるをえなかった。

 

 そうして初弾以降は一発の命中も許さなかった福音であるがその道程は順調であったとは言えず、ウィングスラスターがなければその空間制圧力に捕えられていたことは間違いない。

 だがそれでもなお最初から比べればあとわずかといっていいところまで距離をつめたのはさすがであり、その速さにラウラは驚愕の表情を浮かべる。

 

 福音は、相手の装備から機動性が低いと判断。

 ラウラには対応不可能と思える速度で迫り。

 

「――計画通りだ、福音」

 

 表情を新世界の神のような笑い顔に改めたラウラをバイザーに映した福音の直後、真上から高出力レーザーの光に突き刺された。

 

――!?

「さあ、振り切りますわ!」

 

 正確に撃ち抜かれた手を福音が引き戻すよりはやく、そのすぐそばを蒼い影の起こした衝撃波がかすめて飛び抜ける。

 その正体は、4機のBTビットを腰部にスラスターとして搭載することによって推力を上げ、それに伴う火力低下を携行武装である大型二連装BTレーザーライフル<シューティング・ソニック>で補ったブルーティアーズの強襲高速戦闘パッケージ<ストライクガンナー>を装備したセシリアである。

 

 ラウラが福音の注意を引きつけている間に、ステルスモードで上空に待機していたセシリアは当初の作戦通り福音の接近と攻撃態勢への移行を待って落下軌道に入り、ラウラを狙っていた福音を狙撃。

 速度を殺すことなく距離を取りつつ反転して再度の迎撃へと向かう。

 

 だが、その一撃目も致命打には至らず、福音はすぐさま空中で体勢を立て直し、ラウラへも注意を払いながらトップスピードの自分に追いつくことも可能だろう高速巡航状態にあるセシリアにシルバー・ベルの狙いをつける。

 

――敵機Bを認識。行動選択、排除。

「僕を無視するのはひどいんじゃないかな」

 

 しかしその対応は、突如背中に感じた異音に遮られる。

 ゴツ、ゴツと二つ。人間でいう肩甲骨の位置から発生した、硬い何かをねじ込まれるような感触に、福音は咄嗟にハイパーセンサーによる確認だけでなく、首自体を振り向けて後ろを見る。

 

 そこには、ステルスモードでセシリアの背に乗り、落下途中で分離することにより時間差で福音の元へと迫ったシャルロットがいた。

 しかも、両手にはショットガン。

 福音の背中に両足を突いて、ショットガンの砲口を白い装甲の隙間に突きつけている。

 

「零距離ショットガンっていうのも、ロマンだよね?」

――!?

 

 そのとき福音が暴走状態らしからぬ動揺したかのような動きを見せたのは、二丁ショットガン突きつけて蕩けるように笑ったシャルロットにビビったからに違いないと、ラウラとセシリアは事件後の事情聴取にて証言している。

 

 いずれにせよ福音に回避の間を与えずに引き金を引かれたショットガンから放たれた数十発の弾丸は全てが命中し、少なからぬ衝撃とダメージを福音に与えることに成功した。

 

 だがそれでもなお墜ちないのは、福音の軍用ISたるゆえんか。

 即座に反転、迎撃に移り、さっきのお返しとばかりに至近距離から放たれたシルバー・ベルの無数の弾丸がシャルロットへと殺到し、爆裂した。

 

「甘いよ、そんな程度じゃあ、この<ガーデン・カーテン>は破れない!!」

 

 しかしその光弾はほとんどがラファール・リヴァイヴの防御特化パッケージが誇る二枚の物理シールドと、同じく二枚のエネルギーシールドに阻まれる。

 豊富な防御兵装によって実弾、エネルギー双方に対して高い抵抗力を誇るこの装備であれば、いかに福音の光弾を連続で受けようと十分に耐え抜くことができる。

 

 当然、それでもなお連射し続けていれば貫くことはできただろうし、福音自身そうすべきだと判断していたようたが、しかし反撃準備の途中で即座に射撃を中止して反転。

 その場を急速離脱した。

 

 そして直後、つい数瞬前まで福音のいた位置にグレネードの爆炎が再び広がるのをギリギリのタイミングで回避する。

 

「ちっ、避けられたか!」

 

 今の援護はシャルロットが注意を引きつけている間に再度距離を取り、狙いを定めたラウラからの狙撃である。

 回避こそされたものの、それによってシャルロットへの攻撃は中断させることができたため、ラピッドスイッチによる装備転換を促すことにもなった絶妙のタイミングの一射である。

 

 福音はこれまでに現れた三機の敵ISを改めて戦力評価。

 

 一撃の攻撃力に秀で、射程距離もシルバー・ベルを遥かに超える敵。

 高機動性においては自機に匹敵し、仲間との連携でこちらを抑える敵。

 機動力と攻撃力はさほどの脅威でないが、仲間のサポートに絶妙な位置で強固な防壁を発揮する敵。

 

 いずれもがただならぬ実力を秘め、今も互いを射線に重ねないように遷移し続けながら正確にこちらを狙い撃ってくる三者はコンビネーションの点も合わせて紛れもない脅威であり、このままでは消耗していく一方となってしまうのは間違いない。

 

 福音のコアを戦闘面でサポートする戦術コンピュータはその時点で作戦の変更を提案し、その議題は即座に人ならざる電子の速度で検討され、可決。現地点からの緊急離脱を試みる。

 

――作戦変更。現空域からの離脱を最優先

 

 その声がラウラ達の知覚に届いたわけではないが、行動として現れればそこから福音の戦術が変わったことを推測するのは難しくない。

 

 イグニッション・ブーストを控え、特にセシリアから慎重に距離を取り、一方でラウラとシャルロットには挑発するような機動を見せて射撃の無駄撃ちを誘う。

 これまでの積極姿勢は俄かになりを潜め、どこか機を窺う気配を感じさせられてはいたが、時に侵攻予測方向への射撃も交えて攻撃されれば早々気にする余裕などあるはずもない。

 

 そしてセシリアとの距離が離れ、ラウラとシャルロットが同時に放った弾丸が空中で交差し、爆風と豪火が福音の姿を覆い隠した一瞬。

 

 狙いすましたこの瞬間に福音はイグニッション・ブーストを発動。

 ラウラ達三機による包囲網を半ば無理やりに突破した。

 

 そして。

 

「待ってたわよ、シルバリオ・ゴスペル。歓迎するわ、盛大にね!!」

 

 海面を割って現れた紅椿と、その背に掴まった鈴に正面からその進路を塞がれた。

 

――!!

「くらえええええええええっ!!」

 

 いかにウィングスラスターの出力があるとはいえ、イグニッション・ブーストを使った直後に軌道を変えることは難しく、ほんの一拍の隙が生まれる。

 軍用ISであるためにつぎ込まれた技術は伊達ではなく、隙とはいっても民間の高機動仕様機にも迫る反応速度で消えてなくなるものだが、それでも今は遅い。

 

 機能増幅パッケージ<崩山>を装備した鈴の甲龍が、普段から両肩に備えた2門の衝撃砲と、拡散放射仕様になっている増設衝撃砲<玄武>で空間ごと周辺の酸素を圧縮し、エネルギーと融合させて作り出したプラズマ火球を放つ。

 通常ならば可視化すら困難な衝撃砲が光学的に観測できてしまうことなど無視できるだけの威力を持ち、必中の距離を取った火球は真正面から福音へと肉薄し、爆ぜた。

 

――!?!?

 

 先のラウラによる砲撃に匹敵する大きさの炎がいくつも上がる。

 福音の白い装甲を焼き、数瞬ながら時間差をつけて膨れ上がる爆風がフルスキンのその身を躍らせて翻弄し、推力を失った機体が海へと真っ逆さまに落ちて行く。

 

「やったか!?」

「フラグ立てんじゃないわよラウラぁ!」

 

 鈴達の叫びが聞こえたか、海面に激突する寸前に福音はウィングスラスターを再起動。

 機体姿勢の修正とピッチアップで再び高度を上げ、健在であることを示した。

 

 装甲に一部焼け焦げたような痕跡は見られるが、福音最大の武器であるウィングスラスターは今の機動からも健在であることは確実。

 そしてそれは、まだこの戦闘が終わっていないことを意味する。

 

 今度先手を取ったのは、福音。

 両腕を広げ、ウィングスラスターを広げ、全方位に問答無用で破壊の光を弾けさせた。

 

「くっ!」

「箒! みんなも僕の後ろに!」

 

 福音が放った光弾は数が多く、密度も高い。

 到底避けきれるような攻撃ではなく、今回はエネルギー切れを防ぐために展開装甲の自動防御・迎撃機能をオフに設定した箒や、ラウラ、鈴といった回避しきれない仲間が防御特化パッケージを装備したシャルロットの後ろへと入る。

 そもそもこういった攻撃への対処を想定して選ばれたシャルロットの装備であるだけに動きはスムーズで、被弾によるダメージは最小限に抑えられている。

 

 しかしそうなったことで、今度は福音の攻撃がシャルロットへと集中する。

 一部の光弾を、速度維持のため止まることなく飛び続けているセシリアへの牽制に放ちながらもなお圧倒的な量の光弾がガーデン・カーテンのエネルギーシールドと物理シールドに絶え間なく直撃し、すぐに物理シールドが一枚破壊された。

 

「このままじゃまずい……! セシリア、お願い!」

「お任せくださいまし!!」

 

 福音の攻撃にくぎ付けにされたシャルロット達には、残念ながら積極的な事態打開の策はない。

 勝利のための道標、あと少しの所まで迫ったそのゴールへの一手へ至るためにはこの局面を何としても乗り越えなければならない。

 その思いは仲間達全てに共通するものであり、だからこそセシリアも応えて見せた。

 

 ISの搭乗者保護機能でも減衰しきれないGが体にかかるのも構わず、加速しつつロールとピッチアップを同時に行うマニューバ、バレルロールを敢行。

 機首の向きを変えつつ福音の牽制弾を振り切り、Gの強さに表情を歪めながらも機を見て瞬時に進行方向へと据えられたレーザーライフルを、わずかに逸らして福音に向け、放つ。

 

「お受けなさいっ!」

――!

 

 直撃こそ逃したものの、福音の装甲を削った光条は注意を逸らせてセシリアに引きつけることに成功。

 福音はシャルロットへの射撃を一時中断してセシリアへと向き直ろうとし。

 

「せやあああああ!」

「はああああああ!」

 

 ――それが愚行であったとすぐに知る。

 

 叫びを上げたのは、さっきまでシャルロットのシールドに隠れていた鈴と箒。

 二人はいまだ完全には降りやまぬ光弾の中を突っ切り、福音へと一気に攻め寄せたのだ。

 

 当初より減ったとはいえ、いまだ光弾の雨は二人に降り注いでいる。

 ISの装甲表面で次々と着弾の爆発は起こっているというのに、二人はわずかに顔面を腕で隠すだけで構わず直進してくる。

 

 それはどこまでいっても機械である福音に――自己の保存と、自身以外全てとの敵対を宿命づけられてしまった福音に――とっては全く理解できない行動であり、だからこそ現状に対する最適の戦闘行動を取るより他になかった。

 

 それはすなわち二人への迎撃であり、二人のISのシールドエネルギーを削る光弾を放ち続ける。

 そのさなか、甲龍の装甲が削れ、箒のリボンが燃えちぎれて髪がばさりと広がるが、それでもなお二人は止まらない。

 

 しかし、それも長く続くことではない。

 被弾とダメージの量は増える一方であり、ある程度まで接近した被弾に耐えきれなくなったか、二人は左右に軌道を分けさせる。

 優秀な射撃管制機能を持つ福音は小癪な二人になおそれぞれにシルバー・ベルの光弾を差し向け。

 

「懐ががら空きだっ!」

 

 ぽっかりと開いた自分の正面空間に、再びラウラの大口径グレネード二発を放りこまれてしまったのだ。

 

 再びグレネードの業火にその身を焼かれた福音の内心には大きな疑問が渦を巻く。

 

 自分の体をすら囮として射線を隠すなど、福音からすれば甚だ非効率で理解できない行動なのである。

 一歩間違えば仲間に後ろから撃たれることにもなりかねない、極めて危険な行為である以上、たとえ危険であってもするべきではない。

 

 しかもグレネードとはいえ今の福音にとっては単なる一兵装。

 影響といえばシルバー・ベルの射撃が中断され、爆風によって後方へと少し吹き飛ばされた程度のものでダメージは少ない。

 相手に与えたダメージと自分が負ったダメージ。

 それらを天秤にかけて計算し、たったこれだけの戦果のために相手が被った損害を思って福音は自分の勝利と生存への確信をますます強くした。

 

 がし、と。

 

 左右のウィングスラスターに箒と鈴が組みつく、その瞬間までは。

 

――!?

「今だ!」

「いっけええええええ!!」

 

「「真宏ぉ!!!」」

 

 そして。

 

 

『おっしゃああああああああああああああああああああ!!!!!!』

 

 

 一撃決殺パッケージ<不知火>を装備した強羅が自身直上方向から迫ってくるのを発見するまで、福音は自分がこの戦闘の脅威を正確に判断できていなかったのだと理解した。

 

 

◇◆◇

 

 

 俺の出番がくるまでは、随分長かった。

 福音との戦闘が始まる前から予想戦闘空域のさらに上空でステルスモードを起動してずっと待機していた俺は、箒と鈴が福音左右のウィングスラスターへ体ごと組みつくようにして固定するこの瞬間を、ずっと待っていたのだ。

 

 俺は二人が組みつくのを確認した瞬間にステルスモードを解除して重力方向へと最大加速。

 普段の強羅では絶対に出せないような凄まじい速度で迫る俺の姿を、おそらく福音も捕えているだろう。

 福音を倒すためのパッケージを装備した、強羅の姿を。

 

 両手が常とは姿を変えた、どこか異形にも見えるこの装備は確かに少々歪な性能を持っているが、それでも攻撃力だけならば誰にも負けない自信があるのだ。

 

 だから、福音へのお披露目は短めでいくとしよう。

 

『うおおおおおおおおおおおおっ!』

 

 ラウラの砲撃でのけぞったまま、バイザーに覆われた顔面を向けたまさにその真正面に、俺がいる。

 強羅のPICと背中に追加で装備したエクストラブースター<空我>を最大出力で吹かして福音のイグニッション・ブーストにも迫る速度でまっすぐに下降しながら、俺は強羅の左腕を突きだした。

 いつの間に近づいたのか、一瞬自分でもわからなくなるほどの迅さで接近し、無防備にさらされたその腹部へと左腕の前腕を全て覆い尽くす武器をねじ込むようにまっすぐ叩きつけ、脳内に存在する仮想的な引き金をガチンッ。

 

『頂きィ!!』

 

 太陽が目の前に現れたのかと錯覚するほどの光が、俺の左腕から生まれた。

 その原因は、バジジッとおそらく福音のシールドを剥がしているだろう音を響かせながら、福音の胴体ド真ん中に直撃したビーム。

 左手に装備した大出力拡散ビーム「岩窟砲」の全力射撃である。

 

 岩窟砲はIS自身に直接装着し、本体側からエネルギーを供給されて放つビーム砲。

 そのため手持ち装備単体では実現不可能なほどのエネルギーをつぎ込んだビームを放つことができ、こうしてほぼ零距離で本来ならば拡散する分のビームも直撃させればその威力は計り知れないものがある。

 ましてやいまは箒と鈴が直接福音に組みついて動きを制限してくれているのだから当てられないはずはない。

 二人を巻き込まないためにも密着状態で撃つ必要があったのだが、いざ直撃に成功させることができれば強力なのは御覧の通り。

 

 炎や煙を伴わないためすぐさまかき消えた光のあとに再び見えた福音の装甲には目立った損傷がないが、それでも強羅のハイパーセンサーが岩窟砲の射撃によって流し込まれた莫大なエネルギーが、福音のシールドとコアの思考に負荷を与えるのに成功したことを伝えてくる。

 

 しかし、これだけではまだ勝利ではない。

 軍用ISである以上シールドや思考をすぐさま復帰させるバックアップ機能は当然備えてあるはずで、すぐにも復活してくるに違いない。

 

 だが、そんなこたぁわかってる。

 

 シルバリオ・ゴスペルが桁外れのエネルギー量を誇るのは始めから知っていた。

 そこらのISなら一発当てれば即撃墜可能な岩窟砲であろうともシールドを剥がす程度が限界だろうと予想できた。

 

 だからこれは牽制で、次に控えた右腕の弐の太刀こそが本命だ。

 

『エネルギー充填完了! いくぜええええええええ!!』

 

 空手の突きでも放つがごとく、岩窟砲を引くのと同時に突きだした右手。その前腕甲側に、<不知火>が誇るもう一つの武器が装備されている。

 それこそが、さっきから大量につぎ込まれたエネルギーでバチバチとスパークの火花を散らす杭。

 

 直径80ミリメートル、長さ1メートルに及ぶ超重硬金属杭をレールガンの要領で加速して相手に叩きつける電磁加速式射突型ブレード<古鉄>だ。

 

 とはいっても前腕に固定されているのは射出ユニットだけで、本体たる杭は後方に向かって長く突き出ている。

 だがその長さこそが重要であり、古鉄は射出ユニットに尋常ならざる電力を送り込むことによって杭の長さを有効利用して加速し、相手に重量・速度・硬度全てがそろった強羅の持つ物理武装最大の威力を叩きつけるのが目的だ。

 

 杭が長いことも電磁加速式であることも一撃の威力を上げるための方策であるのだが、その増加した威力の分通常のパイルバンカーよりもさらに扱いが難しい。

 最大威力を発揮するためにはただ単に近づけばいいというものではないし、最高のタイミングで相手に叩きつけるのはなお難易度が高い。

 

 だからその威力の全てを完全に生かせるとしたら、こうして仲間が力を合わせてくれたときしかない。

 

『どんな装甲でも、撃ち貫くのみ!!!』

 

 岩窟砲によって一時的にシールドをはぎ取られた福音にそんな物を叩きつければどうなるか。

 答えはシャルロットにでも聞いてみるといい。

 

 福音は古鉄による衝撃をほとんど受け流すこともできずに叩きこまれ、確かに装甲を砕いた感触を俺の手に伝える。

 そして、箒と鈴が抱えていたウィングスラスターのみを根元からもぎ取られてその場に残し、海へと墜落。

 高さ数十メートルに及ぶ巨大な水柱を上げた。

 ……やりすぎたか? 中の人、死んでないといいけど。

 

『はぁ……はぁ……』

「やったね、真宏!」

 

 福音の落ちた海を油断なく見ながら荒い息を吐く俺に、同じとっつき使いとして古鉄を相手に当てることがどれほど難しいことなのかを誰より理解しているシャルロットが寄ってくる。

 ロマンあふれる超絶威力のとっつきを使ったせいか、その表情にはいまだかつて向けられたことがないほどに尊敬の念が垣間見えているが、それでも福音の落ちた地点への注意は変わらず注いでいるのがさすがである。

 

 今回俺が用意した<不知火>は、強羅が装備することのできる武装の中でも特に一撃の威力に特化したものばかりを身につけるパッケージだ。

 零落白夜を使える一夏が抜けた穴を埋めるために選んだこの装備。右手の古鉄も左手の岩窟砲も、ほぼ零距離まで近づかなければ使えない代わりに威力は高い。

 ただ、少なからず代償を必要とするのが難儀なところでもある。

 

「っ!? 真宏、その腕は!」

『……ああ、気にするな。岩窟砲と古鉄は元々こういうものなんだ』

 

 シャルロットに続いて集まってきたラウラが、俺の両腕の異常に気付いた。

 今現在、強羅の両手に最大出力でのビームを放った岩窟砲と最高のタイミングでの一撃を成し遂げた古鉄は「どこにもない」。

 焦げて装甲表面が黒くなってしまった左腕と、表面装甲が引きはがされて内部機構を晒す右腕が俺の肩から力なく垂れているのを見て、そのことに気付いたシャルロット達がさすがに血相を変えている。

 

『岩窟砲は一度使えば砲身が焼き切れるからすぐにパージしなけりゃならない。古鉄はそもそも直撃した場合の反動が大きすぎて強羅の装甲でも耐えきれないから、当たれば自然に装甲ごと引きはがれて行くんだ。いやあ、威力とロマンがありすぎる装備ってのも考えもんだな』

「……よくそんなものを引っ張り出してきたな」

『これなら勝てそうだったからな。不知火に落ち度でも?』

「装備にはなくてもあんたには山ほどあるでしょーが」

 

 それが、<不知火>の宿命でもある。

 「ISに最大の威力を」という言葉をキャッチフレーズにいくつかの企業が作ったはいいが、火力という名のロマンを求め過ぎてまともに武器の体を成していないこれらをなんとか使えるようにするためのパッケージ、それが不知火だ。

 そのため継戦能力は無いに等しく、ただ一度の交差で全ての力を叩きこむことばかりで、あと先のことなど何も考えていない。

 

 だが、だからこその威力であり、福音に大ダメージを与えたのは間違いない。

 

『それより、油断するな。あれで終わるとは思えない』

「あ、あれでまだ終わりませんの……? わたくしとしましては、むしろ搭乗者の命が不安なのですが」

 

 ストライク・ガンナー装着による速度を維持するため一点に止まることはせず、俺たちの周囲を旋回しているセシリアの危惧に、箒達が同意の首肯を示す。

 確かに<不知火>の各武装は、通常ならば絶対防御を有するISに対して使うときでさえ搭乗者への深刻な影響が出かねない超威力だ。

 だが今俺達が相手をしているのは軍用ISであり、なおかつ福音。

 

 古鉄で装甲を砕いた感触があったとはいえ、それでも強羅はハイパーセンサーの感度を落とそうとせず、周囲へ警戒の意思を強く放っている。

 その思いはしかし、強羅だけのものではないのだろう。

 俺の周りに集まってきたとは言ってもそれなりの距離を取って密集せず、武器を手放しもしない箒達もまた無意識のうちに理解しているのだろう。

 

 あの福音が、これで終わるわけはない。

 

 もしもセカンド・シフトされる前に倒すことができればと思って<不知火>を装備し、その最大威力の一撃を叩きこむことができたが、それでも本当にあれで倒せたのか、という疑念に答えは出ない。

 

 その答えが出るのは。

 福音の落ちた海面が、凄まじい光と共に膨れ上がり、吹き飛んだあとのこと。

 

「なっ、なんだ!?」

 

 突然の現象に俺達6人は急いで散開し、距離を取る。

 何が起きたかはわからなければ、ラウラの叫びも当然のこと。

 だがこの現象を引き起こした犯人だけははっきりしている。

 

 岩窟砲と古鉄の連続攻撃を受けてなお機能停止していなかった、福音だ。

 

「あれは、まさか!」

「間違いない……、セカンド・シフトよ!」

「再起動だと……ありえるのか、こんなISが!」

 

 装甲表面から放出される大量のエネルギーが、熱へと変わっているのだろう。

福音から一定距離内の海水が全て蒸発してしまうため、海面はすり鉢状にへこんでいる。

 

 その中心で福音はこの地点での戦闘が始まる前と同じように膝を抱えてうずくまる姿をしていたが、俺達が受けるイメージはそのときとは全く違う。

 

 あのときは、母の胎内で眠る赤子のように安らかな印象を感じていたが、今の福音からそんな穏やかな気配は感じられない。

 羽をもがれ、腹部に大きな亀裂を走らせ、それでも体内では巨大なエネルギーを蠢かせている福音を見た俺達はそこに、蛹の姿を幻視した。

 

 空を舞う翼を得る過程。

 劇的な変化。

 それまでとの決別。

 

 羽化へと至るそんな何かを思わせるほど今の福音には秘めたるものがあるのだと、意識するまでもなく伝わってくるのだ。

 

 福音がゆっくりと顔を上げ、羽化したばかりの羽虫が展翅するように四肢を伸ばす。

 搭乗者の顔を覆うバイザーはこれまでと変わりなく、のっぺりとこちらに向けられている。

 腕と脚は付着した海水が蒸発したことでこびりついた塩を弾けさせているだけならばまだしも、古鉄を受けたことによって腹部に開いた大穴はエネルギーの光に包まれ、段々と修復されていく光景は俺達にとって悪夢以外のなにものでもなかった。

 

 だがなによりの変化は、さっきまでウィングスラスターの突いていた部分から新たに生まれた、純白色をしたエネルギーの翼である。

 

――福音がラウラを見る。

 

『ラウラ! 逃げろ!!』

 

 ガンガンと脳裏に響き渡る声なき声はきっと、強羅が俺に脅威を訴えているからに違いない。

 福音が最初の獲物としてラウラを選んだことに気付き、叫んだときにはもう遅い。

 イグニッション・ブーストとしても規格外の速度でラウラへと接近した福音はラウラの足を掴み、驚く暇すら与えずに頭部から現れたエネルギーの翼でラウラの体を包み込む。

 

「ラウラァ!」

「くっ、離れん!! ……がはっ!?」

 

 あまりの機動性に驚き強張った体では、いかにラウラと言えど福音の腕を振り払えるはずもなく、すぐさま炸裂したエネルギー光弾が全方位から体を打ち据える。

 結果、シュヴァルツェア・レーゲンのあちこちから白煙を吹き上げ、福音の手より開放されたラウラが海面へと墜ちて行った。

 

 俺は、さっき福音への突撃の際に<空我>を最大出力で使ってしまったため、エネルギーのチャージが足りずにラウラを助けることができなかった。

 俺のようにIS適性が低く、特殊な操縦技能を持たない人間でもイグニッション・ブーストに匹敵する出力を発揮することこそできるものの、チャージ時間の長さは実戦において致命的なものがある。

 

 だがラウラの元へ駆けつけようとしながらも間に合わなかった自分への怒りは兜の中だけに収める。

 今は可能な限り被害を出さないためにも、早く福音を機能停止させなければならない。

 

『福音はさっきより速いぞ!』

「だからって、逃げてばかりもいられないよねっ!」

 

 福音へ向かって飛び出したのは、両手にショットガンを持ったシャルロット。

 箒と鈴とセシリアの援護射撃を掻い潜って冷静に死角側へと回り込み、イグニッション・ブーストで瞬時に接近して二丁のショットガンを再び福音へと突きつける。

 

 しかし。

 

「なっ、背中からも羽が!?」

「シャルロット!!」

 

 福音は振り向くことすらなく背中からもエネルギーの翼を生やして光弾を発射し、ショットガン諸共シャルロットを吹き飛ばした。

 

 ラウラに続き、シャルロットまでもが意識を失い落ちる。

 

「これ以上はさせませんわ!」

『セシリア!?』

 

 次々と仲間が落ちていく戦況の流れを止めようと、セシリアが動く。

 周囲を旋回していた軌道から外れ、福音斜め上方からシューティング・ソニックの狙撃を行う。

 第一射は福音に回避されたが、巡航速度にあるブルーティアーズならば一度交差してから再びの攻撃チャンスが得られると考えての行動だろう。

 セシリアはますます加速してひとまず福音との距離を取ろうとした。

 

 だが、福音はその予想を上回る。

 

 レーザーの射線を追うようにして海面へと向かって行ったセシリアを、くるりと体を捻ってかわした福音はすぐさまイグニッション・ブーストを起動。

 しかも、両手足先端全てからエネルギーを噴き出す四点同時着火によりすぐさまトップスピードへと至り、海面すれすれで機首を起こしつつあったブルーティアーズに覆いかぶさるような軌道を取る。

 

「なっ、なんですのこの速度は!?」

――!

 

 そしてそのままエネルギー翼を大きく広げ、海面との間でセシリアを挟んで光弾を乱射し、数十メートルにわたる海面を沸き立たせる。

 絶対防御が働いて命に別状こそないだろうが、セシリアが意識を喪失したことで制御できなくなったブルーティアーズは、水面でニ、三度跳ねて海中へと沈んでいった。

 

「私の仲間を、よくもっ!」

「あっ、箒! 仕方ない、あたしも行くわ! ……悪いけどまた頼むわね、真宏」

『……ああ、任せておけ』

 

 箒が紅椿の装甲の一部を展開し、通常よりも推力の増したブーストで福音へと急接近して格闘戦を挑んでいく。

 ラウラ、シャルロット、セシリアの三人を落とされるのを間近に見せつけられて、冷静でいられるはずもないのだから当然だ。

 

 ……もちろん、俺も。

 

 俺の知る限り箒達専用機持ち5人の力を合わせてもなお厳しいこの戦いであったが、そこに加えてもう一人俺もいるということがみんなにとって少しでも安心できる要素となったか、この戦闘は既に随分続いている。

 

 福音がセカンド・シフトをするにあたり、そろそろ一夏が復活してくれてもよさそうだと思っていたのだが、その様子は無い。

 あるいは、箒を助けるためにイグニッション・ブーストだけでなく限定的ながら零落白夜を起動したことがたたって、白式のエネルギー回復が遅れているのかもしれない。

 

 いや、理由はどうでもいいか。

 一夏が来るにせよ来ないにせよ、俺は仲間を守るためにも福音と戦うだけだ。

 

 それぞれニ刀を持って福音の左右から襲いかかる箒と鈴。

 幾度も交差しては両手の剣で切りつけるも、福音の機動力の前では直撃を狙うことすら難しい。

 衝撃砲や展開装甲からの射撃も、シールドエネルギーを大分削られた今の状態で使うのは厳しく、継戦能力を維持しながら攻撃を続けるためには格闘戦を挑むしかない。

 

 このままならば、じきに機動力と光弾射撃による攻撃力を併せ持った福音に、二人が倒されることになるだろう。

 

 二人が、ただのIS使いならば。

 

「その程度で!」

「あたしたちが!」

 

「「止められるかぁ!!!」」

 

 だが今の二人は、仲間のために戦う戦士。

 倒れた友の無念を晴らし、彼女らの無事を祈る心と限りない気合に守られた体には、十や二十の光弾など響かない。

 

 言葉もなしに完璧な連携が為され、箒が薙いだニ刀を回避した福音を鈴が蹴りつける。

 福音はよろめいたところに箒が真下から突きを放たれるが、必死に身をよじると同時に背骨を蹴り折ろうと迫る鈴に無数の光弾を放つ。

 

「きゃああああ!?」

 

 間近で直撃を受けた鈴はそれまでの三人と同様意識を失って落下し、海中へと没するがしかし、その手に双天牙月がないことに福音はすぐに気がついた。

 

――!?

 

 既に投擲されていた連結状態の双天牙月は、鈴が自身の体を盾として切り開いた血路を通って福音へと迫り、直撃。

 

 わずかな隙が、生まれた。

 

 ――今だ!!

 

『今度こそ落ちろっ、シルバリオ・ゴスペル!!!』

 

 俺はこの時を、待っていた。

 福音への最初の攻撃が終わった直後から溜めに溜め、ようやく再使用可能となった空我のエネルギーを半分放出し、瞬時に彼我の距離を詰める。

 

 エネルギー効率は目を覆いたくなるほど悪いが、その代わりに最大速度がイグニッション・ブースト並であることは先にも語った通り。

 そして今の俺はそれが欲しい。

 

 ブースト点火された空我はISの搭乗者保護機能で減衰できるギリギリのGを体にかけながら俺を福音のもとへと弾き飛ばし、まるで視界の中央に収めていた福音が巨大化したかのような印象を与えてくれる。

 

 これだ。

 

『この距離が、欲しかったぁ!!』

 

 鈴の攻撃は福音の体勢こそ崩した物の威力は弱い。

 さっきまでの攻防の中でも何度か受けた程度の衝撃しか感じていなかっただろう福音は俺の接近に驚きはしたようだが、それでもすぐに体勢を立て直そうとする。

 だが、せっかく鈴が作ってくれたこの好機。

 そんなことを許すわけがないだろう。

 

 俺は岩窟砲の余剰エネルギーで焦げた左と、古鉄に装甲を剥がされた右、強羅の両手でがしりと福音の両腕を掴んだ。

 

 至近距離、真正面から向き合う白亜の第三世代型ISシルバリオ・ゴスペルと、自分の攻撃の反動でボロボロになった腕を持つ第二世代型IS強羅。

 

 本来ならばどちらが勝者となるかなど考えるまでもないだろう比較だが、今だけは俺の勝ちだぜ、福音。

 

――!!

『ぐおおっ!!?』

 

 至近距離、腹部と胸部から湧いて出た小さな翼が光弾へと変わり、強羅の前面装甲に満遍なく突き刺さって爆発する。

 実は、この状況でエネルギー切れとなるわけにはいかないから、絶対防御を遮断してシールドバリアの出力も限界まで絞っている。

 そのため、光弾着弾による衝撃のほとんどは装甲を通して、俺の体にも伝わってくる。

 

 骨に響き、内臓を揺さぶり、肺を叩かれ中の空気を絞り出される感触は想像を絶する激痛となって俺の体を走り抜ける。

 そのダメージで意識は何度か飛んだかもしれないが、その度に次なる衝撃が叩き起こしてくれたようだから、むしろ願ったりかなったり。

 たとえ気を失っていたとしても最後の一発で目を覚ませば俺の勝ちであり、事実光弾の連続射撃が止んだときは、目の前に変わらず福音の姿があったのだ。

 

 誰にも見えない仮面の中で、俺は唇の端を吊り上げる。

 

 賭けに、勝ったぞ。

 

 最後の攻撃を強羅に命じると、すぐさま背後でバチンと音がする。

 空我を背中に取りつけていたハードポイントが外れた音であり、その事実はすぐに福音にも伝わったことだろう。

 

 なぜなら、俺の背中側に接合されていた空我が肩を中心に90°回転し、その前頂部を両肩から福音に向けたのだから。

 PICによるサポートがあるとはいえ、ISの中でも重量級に相当する強羅をイグニッションブースト並の速度で飛ばすことのできる、強力ではあるがごくごく単純な構造を持ったブースター。

 

 それがもし機体から分離し、独立して飛行することができたらそれはミサイルと何が違うだろうか。

 これだけの至近距離で、肩からせり出して自分の腕の付け根にごつりと突きつけられたこのブースターが点火したらどうなるだろうか。

 

 答えは、簡単。

 

『ブゥゥーストッ! ミサイィィィィィィルッ!!!』

 

 古鉄による一撃の焼き直しのごとく、ブースターによって超高速で飛ばされる福音の姿が瞬く間に遠ざかり、こちらへの衝撃が届かない安全圏まで離れてから自爆した空我の爆炎が、福音の全身を容赦なく炎で煽った。

 

 数秒と経たず何百メートルもの距離を離れた福音が爆発の中に姿を隠し、わずかに2秒ほど遅れて轟音と衝撃波が響いてくる。

 

 ラウラの使った大グレネードとすら比較にならないほど大規模な爆発であったが、海面に落ちた影は無い。

 海上を渡る風がすぐにも黒煙を流してくれれば、おそらくその後には福音の姿がしっかりと残っているだろう。

 

「まだ、ダメなのか……?」

『考えたくはないが、な。装備は全部使い切ったから、あとは強羅でどれだけ戦えるか……』

 

 とはいえ、強羅にはもうほとんど戦闘能力が残っていない。

 戦闘装備は全て使い切り、各武装へのエネルギー供給を担っていた背中のサブジェネレータもすっからかん。

 装甲はあちこち焼け焦げスパークして使い物にならず、稼働率も大分落ちている。

 福音にもかなりのダメージを与えられたことは間違いないが、こちらも既にボロボロだ。

 これまでの戦闘に使ったエネルギーは主にサブジェネレータから供給されていたため強羅本体のエネルギーはまだだいぶ残っているが、それもこの状況ではあまり救いにならないだろう。

 

 そしてなにより嫌なのは、その不安が的中してしまうことだ。

 

――ブースト出力最大。対象を殲滅する

「がはっ!」

『箒!?』

 

 福音を覆い隠していた煙が風に消えるより早く、その中心部から外側へと向かって破裂し、福音が飛び出してきた。

 いや、飛び出してきたところを俺は見ていない。

 イグニッション・ブーストどころではない、俺の反応速度を遥かに超えるスピードで接近した福音が一直線に箒へと迫り、その首を掴んだのだ。

 

 すぐそばにいた俺は衝撃波に煽られて吹き飛ばされ、体勢を立て直そうにもさっきからかかり続けた負荷の連続でPICすら出力が不安定になった今の俺では、空中でまともに体勢を維持することすら難しい。

 

 ぎりぎりと箒の首を締めあげ続ける福音をせめて引きはがそうと近づこうにも、気付いたときにはこちらを見もせずに光弾がいくつも放たれ、距離を詰められなくなっていた。

 

『くっ!』

「やめろ、無理はするな! ……ぐっ」

 

 箒はじたばたともがいているが、それでも福音の腕力からは逃れられない。

 あちこちで展開装甲が閉じ初めているところからするに、おそらくエネルギーが尽きかけているのだろう。

 

 このままではまずい。

 さっきまでの戦闘で倒れて行ったラウラ達も勿論危険だが、福音に確保された状態にある箒の場合、このままでは本当に命にかかわる。

 

 なんとか、この身に代えてもせめて箒を取り戻さなくては。

 そう思って何度挑んでも、機動力も防御力も低下した強羅では福音の弾幕を掻い潜ることも、無視して突撃することも適わず。

 

『ぐああああっ!?』

「真宏っ!」

 

 着弾時に動きを止められてしまったところへと殺到した無数の光弾に、今度こそ浮力を失って強羅は海へと落ちて行く。

 

 超高感度ハイパーセンサーを使ったわけでもないのに、妙にスローモーションに見える視界の中、空と福音と箒の姿が段々と遠くなっていった。

 相変わらず福音の腕は箒の首を掴んだままで、苦しげに表情を歪める箒の姿を、俺という邪魔ものをようやく排除した福音の頭部からじわじわと伸びて行く光の翼が覆い隠していく。

 

 一重、二重、三重と徐々に増えて行く翼によって箒が完全に見えなくなるが、もしあの翼が全て光弾となって箒に突き刺さったらどうなるか。

 その想像が俺の指を震わせるが、たとえ今さらどんなに伸ばしたところで箒に届いてくれるはずもない。

 

 だが諦めきれず、なんとか止めなければと伸ばす手はしかし体と共に落ちていき、PICも一時的にフリーズ状態に陥った強羅では再び飛び上がることももはや不可能。

 

 動けない体に喝を入れ、必死に伸ばした指先すら止まることなく遠ざかり、誰一人守ることができないのか。

 

 強羅の力を借りても、仲間と力を合わせてそれでも勝てないのだろうか。

 

 否、そんなことはない。

 あってはならない。

 

 なぜならば。

 

 

「俺の仲間は! 誰一人としてやらせねえ!!」

 

 

 福音を吹き飛ばす荷電粒子砲の光と共に、あと一人、頼れる仲間が来てくれたのだから。

 

 

◇◆◇

 

 

「一……夏? 一夏ぁ……っ! 無事なのか? 怪我は大丈夫なのか、一夏!?」

「ああ、心配掛けた。箒も、それにみんなも。遅れて済まない」

「まったくだ、馬鹿者……!」

 

 福音の腕から助け出された箒は、目の前に一夏がいるという事実をどこか呆然としながら受け入れていた。

 あれだけの怪我を負いながら、今こうして再び常と変わらぬ様子でいてくれるなど常識ではありえないと思う心がわずかにある中で、それでも自分たちの危機に駆けつけてくれたことに、箒の心には抑えきれない喜びの感情が湧きあがるのだ。

 

 本当に怪我が無いか、頭から足先まで視線を走らせ、箒は違和感に気付く。

 一夏を包む白式の姿が変わっているのだ。

 大型化したスラスターや装甲形状などがより洗練されたように見え、左腕にはこれまで存在しなかった大型の篭手。

 

 福音との戦闘を経た今ならわかる。

 これは、セカンド・シフトによる形状の変化であるに違いない。

 

 自分たちのピンチに駆けつけてくれるだけでなく、あまつさえパワーアップまでしてくれるとは。

 箒の心は、さっきまでとは違う理由で暖かく震え始めた。

 

「あれ、箒。髪は……」

「む、さっきの戦闘でリボンが燃えてしまってな。だが問題は無い」

「うん、そっか。……でも、ちょうどよかったよ」

「何?」

 

 一夏の言葉に疑問気な声を上げ、顔を上げた箒の眼前に白式の腕が差し出される。

 その手に乗せられていたものは。

 

「リボン……か?」

「今日は七月七日、箒の誕生日だろ。おめでとう」

「……っ」

 

 箒は震えそうになる手を必死に抑えながら、無言でリボンを受け取る。

 これまで箒が使っていたのと似たデザインであるが、色は白。

 

 紅椿の装甲の色に、きっと良く映えるだろう。

 

「せっかくだし、使ってくれよ。多分、似合うと思うから」

「あ、ああ……。ありがとう」

「よし。――それじゃ、ちょっと行ってくる」

 

 その言葉だけを残した一夏はくるりと振り向いてイグニッション・ブーストを起動し、迫りくる福音へと風のように立ち向かって行く。

 

「一夏……良かった。本当に……」

 

 一夏が駆けつけてくれた。

 プレゼントされたばかりのリボンをそっと握りしめ、歓喜に打ち震える箒と、そして今も眼下の海上で復帰に努めているだろう仲間たちを、守るために。

 こんなに嬉しいことはない。

 

「せぇえええええいっ!」

――!!

 

 福音との交差の瞬間、右手のみで持った雪片弐型を左脇に構え、体を開くように旋回して切り裂く。

 相対速度は音速以上でありながら、福音の反応速度と機動性はわずかに身を捻るだけで回避を成功させる。

 

 ついさっきまで数に勝る相手の弾幕すら掻い潜って経験とスキルを蓄積した今の福音にとって、一度戦った相手の斬撃を避けることなどたとえ高速機動中であろうと造作もない。

 

 ただしそれもまた、相手がかつて戦った時と変わっていなければの話である。

 

「舐めるな!!」

――!?

 

 雪片の通った機動をより深く踏み込みなぞるようにして、セカンド・シフトに伴い発現した左腕の新装備、雪羅が変形。

 零落白夜のエネルギー刃が三本、1メートル以上の長さとなって振り抜かれ、福音が伸ばしていたエネルギー翼の片方を抉り取ってみせた。

 

「へっ、俺をさっきまでと同じと思うなよ!」

――戦闘情報更新。危険度A。掃討する

「出来るもんならやってみろ!!」

 

 新たに一夏が見せた装備の脅威を感じ取り、福音はセシリアを捕えた時と同じく四点同時発火によるイグニッション・ブーストで距離を取り、復活させたエネルギー翼から無数の光弾を一夏に向かって放つ。

 

「効かねえっ!」

 

 だがその全ては再び変形した雪羅の展開する、零落白夜のシールドに阻まれる。

 

 エネルギー消耗が激しく実体弾に対する防御力は皆無に近い機能であるが、それでもシルバー・ベルによるエネルギー弾を主な攻撃手段としている福音に対してはこれ以上ない防壁であり、事実一夏は自分に迫りくる光弾を一発残らずかき消した。

 

 光弾が収まり、零落白夜のシールドを解除した一夏は掲げていた雪羅を下ろす。

 それまで隠れていた顔が露わになると、そこには不敵な表情が浮かんでいる。

 

 一度は倒された。

 だが今の自分はこうして、敵を倒し、仲間を助け、そして敵すらも救える力を持って復活できた。

 

 

 この、シチュエーション。

 男心が燃え上がる。

 

「仲間を守るは戦士の使命。悪いな、福音。――ここからは、俺のターンだ!!」

 

 左右の手に持つ雪片と雪羅から零落白夜の刃を伸ばし、一夏は決戦の空を舞った。

 

 

◇◆◇

 

 

 シルバリオ・ゴスペルと、白式・雪羅。

 双方ともに白い装甲を持つ高機動型の機体であり、沈みかけた陽の茜色に染まりゆく空のなか、夏の飛行機雲よりなお白く鋭い軌跡を幾度も交わらせながら戦う一夏と福音を、箒はじっと見つめている。

 

 紅椿のハイパーセンサーが感じて伝える二機の戦いは一見互角のようであるが、福音の機動力はセカンド・シフトした白式をしてすら容易には捕えがたく、攻防いずれも零落白夜を使用している一夏の消耗の方が速い。

 

 このまま一夏一人で戦い続ければ、遠からず先の一戦の焼き直しとなってしまうことだろう。

 一夏の力は強大で、さっきは自分たちのピンチに颯爽と、昔真宏や一夏と共に熱中したヒーローのように駆けつけてくれはしたが、それでもまだ足りない。

 

 

 そう、ヒーローには彼を理解し、助け、支える誰かが必要だ。

 

 力を持つがゆえに孤独にならないために。

 辛い戦いへと一人で赴かせないために。

 

 そしてなにより、一夏の隣を一緒に歩むために。

 

 

(私は……一夏を守りたいっ!!)

 

 

 それは、箒の中に生じた純粋なる願い。

 紅椿という専用機を得たことや、ISを開発した篠ノ之束という姉を持つといった経緯とは関係ない。

 凪いだ水面のごとく、穏やかに広がる心の水面に落ちた水の一滴から静かに、しかし広く広く同心円を描いて隅々まで広がって行く意志。

 

 その心、まさしく明鏡止水<クリアマインド>のそれである。

 

「……これは?」

 

 ぽう、と紅椿の装甲に金色の光が灯る。

 紅椿の展開装甲から漏れ出る赤い光に混じってこぼれ出る金色の粒子が、箒の全身を金に染めているのだ。

 そしてそれに伴ってハイパーセンサーがエネルギーの急速な回復を告げ、眼前に機体情報を示すディスプレイが投影。

 

 ただ一言、こう書かれている。

 

――「絢爛舞踏」発動

 

「これが……紅椿のワンオフ・アビリティー! ……コジマ粒子の一種じゃなかろうな」

 

 理解が染みわたるとともに、箒は自分がまだ戦えるということを直感する。

 仲間達が助けてくれていたから機体へのダメージは少なく、エネルギーも回復した。

 雨月と空裂はまた展開可能であり、身につけた篠ノ之流の技はこんな時にこそ使うものだと体が叫んでいるようで、ぶるりと武者震いが体を揺らす。

 

 そして、一夏からもらったリボンで髪を括れば、いくらでも勇気が湧いてくる。

 

「今行くぞ、一夏!!」

 

 こうして箒は再び勇気を取り戻し、激闘の空へと舞い戻ることを、決意した。

 

 茜の空に銀と白と紅の軌跡が踊る。

 描き出された光が複雑に絡み合う、いっそ幻想的で美しくすらあるこの戦い。

 

 だが決着の時は、もうすぐそこまで迫っている。

 勝利のカギは全て、もう彼らの手の中に揃っているのだから。


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