あたしと弱味と仮彼女:R   作:近衛龍一

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動き出したなにか

 

 

「あんたって普段からこんなことしてるの?」

 

「こんなことって?」

 

「その……ずっと手を握ってるじゃない……」

 

 

結局そのまま買い物は続行。

 

さっきと変わったことといえばこの繋がれた手くらいだろう。

 

しばらくの間は何も言えず黙っていたが、やっていることはただの買い物なので、沸騰していた頭もだいぶ冷めてきた。

 

 

「そんなわけないだろ。俺彼女とかいたことねーし。こんな風に手を繋いだもの初めてだよ」

 

「ふーん」

 

 

なんだかその割には手馴れてる気もするけど……。

 

って、あたしは何を気にしてるのよっ。

 

別にこいつが女の扱いに慣れていようが関係ないじゃない。

 

 

「っていうか、なんであんた彼女作らないの?この間みたいに告白だってされてるみたいだし、誰かと付き合えばいいじゃない」

 

「なんでどうでもいいやつにわざわざ時間割かなきゃいけないんだよ」

 

「今あたしはどうでもいいやつに時間を割いてるんだけど……」

 

「問題ない。近い内にこれが有意義だった思わせたらいいんだろ?」

 

「なんて自分本位な……」

 

 

前々から思ってたけど自己中心的というかワガママというか……。

 

愛子も言ってたけど俺様気質よねぇ。

 

 

「そういう木下は彼氏とか作ったことあるのかよ」

 

「ないわよ。残念ながらあたしはそんなに告白されないし」

 

「そんなに、ってことはされることもあるんだろ?」

 

「そうね。されないこともないわ。ただ秀吉の後にされるだけよ」

 

「おさがりってわけか」

 

「おさがり言うなっ!大体秀吉の方がモテることが間違ってるのよ。あいつは男であたしは女なのになんで……」

 

「モテたいのか?」

 

「モテたいって訳じゃないけど、秀吉に負けてるっていうが癪なのだけよ」

 

 

双子で見た目じゃほとんど見分けがつかない。

 

成績はあたしの方がいいし、優等生でクラスだとよく頼りにされる。

 

でも人気だけはあいつの方が上なのよね……。

 

世の中理不尽だわ。

 

 

「けど今はモテてるだろ」

 

「え?そうなの?」

 

「そりゃ、モテてる俺に好かれてるんだ。モテてるだろ」

 

「ちょっ、そういうこと軽々しく言うなっ。というかどういう理論よそれ!」

 

「本当に耐性ないのな。ゴリ押せばいけるか……?」

 

「変な計算するなぁ!」

 

「冗談だよ。正面からじっくりと行くから安心しろ」

 

 

先程から気になっていたのだが不意打ちの攻めは一体どこで覚えたのだろうか。

 

とてもじゃないが初めて人を好きなったやつの言葉とは思えないわね……。

 

実は嘘をついてやっぱりあたしを陥れようとしてるんじゃないだろうか。

 

もしこれを素でやっているのだとしたら天性のスケコマシである。

 

生かしておけない。

 

 

「うん、あんた殺すわ」

 

「なんで今の言葉に対する返答がそれなんだよ……」

 

 

イケメンのスケコマシなんて女の敵よ。

 

 

「いい?あたしはそういうキザな言葉は嫌いなの。だからやめて」

 

「はいはい。極力控えますよ」

 

「ゼロにしてって言ってるんだけど?」

 

「それは無理だ。勝手に出てる」

 

「やっぱり殺すしかないじゃない」

 

 

一体どんな生き方すればそうなるのよ……。

 

 

「……どうでもいいけど早くシャンプー選べよ。もう10分は待ってるぞ……」

 

「うるさいわね。髪は女の命なの。たかだか3泊程度とはいえ気を抜くわけにはいかないんだから」

 

「とはいえさっき俺が買ってただろ。その時に選んどけばまた戻って来ずに済んだってのに」

 

「あの時はまさか連れられて来た理由が合宿用の買い物だなんて思ってなかったから唖然としてたの」

 

「俺のせいかよ……」

 

 

何か後ろで言われてるけど無視。

 

向こうから誘ってきてるわけだしあたしは既に水谷君の買い物に付き合ってるんだ。

 

目的通り且つ順番的にも次は水谷君が待つべきだ。

 

うーん……。

 

こっちの右の方がいつも使ってるやつに近いんだけど、左の方も少し気になるわね……。

 

香りも何種類ずつかあるしどうしようかしら……。

 

 

「何で迷ってるんだよ。ちょっと見せろ」

 

「あ」

 

「ローズマリーとマンダリンオレンジ?……ちょっと嗅ぐぞ」

 

「え、嗅ぐってどういう…あ、バカ!何勝手に人の髪嗅いで……!」

 

「嗅ぐっていっただろ。暴れるな」

 

「いや、だったらまずは水谷君が離したら……!」

 

 

手を繋いだまま嗅ごうとしてあたしを拘束してるから抱きしめられてるみたいになってるのよ!

 

気が付きなさいよ!

 

ぐっと水谷君の胸元に押さえつけられて、つむじ辺りをスンスンと嗅がれている。

 

は、恥ずかしってレベルじゃないわよこれ!?

 

公衆の場でなんてことを……!

 

いや人がいなかったらいいって問題でもないんだけど!

 

 

「スンスン……うし、マンダリンオレンジだな。お前柑橘系の香りするし」

 

「うし、じゃないわよ!」バキッ

 

「いってぇ!何すんだ!」

 

「こっちのセリフよ!大体柑橘系の香りがするのは当たり前なの!普段あたしが使ってるのがそうなんだから!」

 

「じゃあ迷わずそっちにすればいいだろ」

 

「こういう時くらい香りを変えたいなとかあるのよ!というかまずは嗅いだことを謝れ!」

 

「女ってのは分からねぇな本当に。悪かったよ。でも俺は絶対オレンジの方がいいと思うね。お前のイメージに合ってるし」

 

「水谷君のイメージとかどうでもいいのっ!まったく……油断も隙もあったもんじゃないわ……」

 

「お前はずっと隙だらけだけどな」

 

「何か言ったかしら」

 

「いいや何にも」

 

 

そんなことは自分が1番分かってるわよ。

 

でも水谷君がいつも斜め上の行動をするのが悪いんじゃない!

 

あーもうこれ以上ここに居られないわ!

 

適当に選んで早く行きましょう……。

 

 

「なんだかんだで俺の選んだやつを買ってくれる優子ちゃんマジ天使」

 

「次余計なこと言ったらその舌切るわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

買い物を終えて帰り道。

 

どこに寄るでもなく、その足はあたしの家へと向かっていた。

 

 

「…………なぁ木下」

 

「なによ」

 

「昨日は悪かったな」

 

 

家も近くなってきた頃、突然水谷君が口を開く。

 

何を言うかと思えば悪かったなって。

 

ずっとタイミングを伺っていたのだろうか?

 

 

「……悪いとは思ってたのね」

 

「まぁ、泣いてたからな」

 

「でもあたしとしてはそれ以外にも謝って欲しいことがたくさんあるんだけど」

 

「……すまん」

 

「素直ななのはいいことよ」

 

 

やっぱり気にはしてたのね。

 

あれから全然触れてこないから無かったことにしようとしてるんじゃないかって思ったけど。

 

本当なら許すはずもないんだけど、まぁ仕方がない。

 

ちょっとしょんぼりしてて可哀想だし、少しだけ仕返しして許してあげようじゃないか。

 

 

「ちなみにあたし、水谷君のせいで昨日一晩中泣いたわ」

 

「だから悪かったって」

 

「あら、乙女を泣かせた罪がそんな謝罪で許されると思ってるのかしら?」

 

「何をしろって言うんだよ」

 

「……何でも聞いてくれる?」

 

「何カワイイ子ぶってるんだ。そんなもの俺には効かないぞ」

 

「チッ」

 

 

おかしい。

 

確かこれでシンジはユウイチの言うことを聞いていたはずなのに。

 

 

「とはいえ、できる範囲でのことならしてやるよ。特別だからな?」

 

「偉そうに。そうね……」

 

 

出来る範囲なら、ねぇ。

 

折角のチャンスなんだし有意義に使いたい。

 

ただでさえ普段の鬱憤が溜まってるんだから。

 

うーん…………あ、そうだ。

 

 

「今度、あんたの写真を頂戴」

 

「俺の写真?何に使うんだよ」

 

「取引材料に。需要ある癖に中々許可を貰えないって人がいるのよねぇ」

 

「ムッツリーニか……」

 

 

さて、誰でしょう。

 

あたしとしてはそことの取引は割と利用させてもらってる訳だし、これでまた新作(何のとは言わない)が入荷した時の交換材料として使えるのならお金も出さずに済むわけで。

 

たかだか数枚写真を撮られる程度で昨日のことをチャラにするって言ってるんだから、こんなに美味しい話はないわよ?

 

 

「まぁいいか。写真だな。ムッツリーニと直接話をつけるか……。でも、ちょっと安心したよ」

 

「安心?何が?」

 

「条件。別れるとかじゃなくて。これは意外と脈アリってことでいいんですかね」

 

「ち、違うわよ!だってあたしは弱みを握られてるわけだし!」

 

「それごと取り消しとかでも良かったんだぞ?何なら今からそうするか?」

 

 

グイッと手を引っ張られ、二人の足がその場に留まる。

 

その瞬間、今までの雰囲気とは打って変わって、二人の間で緊張が走った。

 

 

「それは……その……」

 

 

水谷君にさっきみたいな巫山戯た口調なんかなくて、とても真剣で真っ直ぐとした視線だけがあたしに向けられる。

 

これはきっと、彼のくれた最後のチャンスだ。

 

言う事を聞く、なんてのは建前で、最初からこれを狙ってたんじゃないだろうか。

 

水谷君の脅迫から始まったこの関係を続けるか否か。

 

間違った形で始まって、あたしを傷つけたことに対する彼なりのケジメなのかもしれない。

 

 

「…………」

 

「どうする?」

 

 

今握られているこの手を振り解けば全てが終わる。

 

交わることのない直線になって、ただのクラスメイトの関係に戻る。

 

それは今朝まであたしが願っていたことだ。

 

……でも、何故だろう。

 

今握られている手はとても熱く感じられて、それを逃すのが惜しいと思うあたしがいる。

 

この熱は、きっとただの体温なんかじゃない。

 

だけど体温以外のその熱さの正体をあたしは知らなくて。

 

振りほどいたらもう二度と知ることが出来ないんじゃないかと思わせるこの熱の先には一体何があるのだろうかって。

 

そんな好奇心が脳を支配しているのだ。

 

 

「………やめておくわ」

 

「いいんだな?」

 

「か、勘違いしないでよね!今ここで引けばなんだか逃げたみたいじゃない!あたしはあんたなんかに負けない!だから取り消す必要がないだけよ!」

 

「そういうことにしておきますか。じゃあここまでだな。また明日な、『仮彼女』さん」

 

 

少し安心したみたいに水谷君は微笑んで、あたしの頭を強めに撫でる。

 

やられたい放題なのにそれをあたしは受け入れて、口では何か言い訳をしていて。

 

あたしと水谷君の関係がまた少し変わったこの日。

 

もう元に戻ることはなく、簡単には止まらない何かが、あたしの心の中で動き出していた。

 

 

 

 




あえて何も言うまい

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