あたしと弱味と仮彼女:R   作:近衛龍一

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『日常』ではありませんw

許してヒヤシンス


神のイタズラか、悪魔の罠か

 

あたしは今、歯ブラシコーナーの前にいる。

 

 

「……これはなに?」

 

「何って歯ブラシだろ」

 

「そうじゃないでしょ!あんた出掛けるって強化合宿で必要なものを買いにきたたけだったの!?」

 

 

あの後水谷君についてやって来たのは近所のショッピングモールだった。

 

ここは映画館が併設されているため、最初は映画でも観るのかと思っていたのだが大ハズレ。

 

日用品を売っているショップに入り、何をするのかと思えば下着やタオル、袋入りのシャンプーなどを買い始めたのだ。

 

そのレパートリーを見れば何をしているのかは分かる。

 

分かるけども。

 

怒っている人を連れてすることじゃないでしょ。

 

 

「言わなかったか?」

 

「言ってないわよ!」

 

「じゃあ今言う。まだ準備してないから今日買い揃えるつもりできた」

 

 

何とも悪気の声で平然と言い放ちやがったわこいつ……!

 

とりあえずその歯ブラシを置け!

 

 

「あんたねぇ……!だったらあたしは必要ないじゃない!」

 

「いや、いるけど」

 

 

頭に血が昇るのを感じながら怒鳴ると、水谷君は選んでいた歯ブラシから目を離し、スッと立ち上がってあたしを見つめる。

 

何を考えているのか分からない。

 

ただあたしを見つめるその深藍色の瞳に吸い込まれそうになり、少し冷静になって彼に再び問いかけた。

 

 

「ねぇ、昨日のあたしの話聞いたでしょ?あたしはあんたのオモチャじゃないの。あんたの思い通りになんてならない。約束だから彼女のフリはしてあげる。でもそれは学校だけで十分でしょ?ここまで連れくる意味は?嫌がらせ?」

 

「別に、俺はお前のことオモチャだなんて思ってない」

 

「嘘。楽しませてくれるって言ってた癖に。それのどこがオモチャじゃないって?」

 

 

秀吉は水谷君をいい奴だと言った。

 

確かにあいつはバカだけど、人を見る目はある。

 

そしてあたしは水谷君のことなんてほんの一部しか知らない。

 

でもほんの一部だけだとしても、水谷君は苦手だ。

 

何を考えているか分からないし、これまで出会っていいことなんてありもしない。

 

おまけに手のひらで踊らされてるみたいに遊ばれてる。

 

だからもういいじゃないか。

 

ここではっきりさせよう。

 

 

「確かに俺を楽しませてくれるとは言ったさ」

 

 

なんであたしなんだって。

 

もっといるじゃないか。

 

水谷君と一緒に過ごしたがっている人達が。

 

こんな扱いでも喜ぶ人はいるだろう。

 

その役目があたしである必要性がないじゃない。

 

 

「何せお前は俺が初めて惚れた女だからな」

 

「ふーん。あんたが初めて惚れた………へ?」

 

 

自然と、さも日常会話の一部であるかように口した言葉。

 

あまりにも自然に出たそれは、危うくスルーしてしまいそうになるくらいだ。

 

今、こいつはなんて言った?

 

 

「こんなに楽しめることは初めてだ。恋愛なんてロクなもんじゃねぇって思ってたが、こんなにも本気になれるなんて知らなかった」

 

「ちょっ、あんた、だってあれは演技で……!」

 

 

スラスラと出てくる言葉は聞いているだけで恥ずかしい。

 

しかもそれがあたしに向けられている言葉だなんて信じられなかった。

 

 

「あの時キスをしたことは謝る。でもお前を落とすって言ったあの言葉は、俺にとって遊びでもなんでもない。本気なんだよ」

 

「なによ、それ……そんな、ムードもへったくれもないこんなところで……!」

 

 

薮をつついたら蛇が出てきた。

 

それくらいあたしは余計なことを聞いてしまったと思う。

 

冗談だって、また弄ばれてるんだって思いたい。

 

でも、もしこれが本当だとしたら。

 

そんな期待が心のどこかであったりする。

 

多分そう思ってしまった時点であたしの負けなんだろう。

 

だけど仕方がないじゃない。

 

こういうの耐性ないのよあたし。

 

好きだと真っ直ぐに告げられて、今度は別の意味で頭が沸騰しそうだった。

 

顔が熱い。

 

多分、真っ赤になってるんだろうな。

 

別にこんなので惚れるとか、落ちるとか、そんなチョロくはないわよ。

 

でもそんなの抜きで、こういうのはズルイじゃない。

 

なによそれ。

 

じゃあこいつが本当に本気だっていうの?

 

あたしに?

 

なんで?

 

 

「その顔を察するに色々と思うところはあるみたいだが、質問は受け付けないぞ」

 

「んなっ!?人の心を読むんじゃないわよ!」

 

「お前が分かりやすいんだよ。まぁそうだな。聞きたいことはお前が俺に惚れた時に教えてやる」

 

 

それはいつか絶対に言ってやると言わんばかりに自信に満ち溢れていて、とても悔しかった。

 

 

「別に理由なんてどうてもいいんだよ。ただ木下と一緒に居たかった。だから誘った。これでいいか?」

 

 

やっと返ってきた最初の質問への返答。

 

それは反吐が出るくらいにキザな言葉。

 

普段のあたしなら唾を吐いてお断りだ。

 

でも今日は無理。

 

普段勉学に割いている頭のキャパは既に容量オーバーで、見たことのない水谷君の優しい表情でそんなことを言われて正常な判断なんて出来るわけない。

 

気がついた時にはあたしは頷いて、同時に差し出されていた手を握ってしまう。

 

もはやそこには借りてきた猫のように大人しいあたししかいなかった。

 

 




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