ある人の墓標   作:素魔砲.

7 / 35
07

その日、近衛木乃香の機嫌はよかった。

少し前から、様子のおかしかった同居人の二人が、元気を取り戻したからだ。

正確には大停電があったあの日以降、なぜか明日菜とネギの二人で、難しい顔をしている事があったのだ。それでもネギの方は、修学旅行の行き先である京都に行ける事を楽しみにしているようだし、明日菜は昨日渡した誕生日プレゼントを気に入ってくれたようだった。

 

結局原因は分からなかったが、笑顔の二人を見ていると、別に聞かなくてもいいかとも思う。木乃香にとっては里帰りのようなものであったが、仲のいい友達との旅行はそれだけで楽しいものだ。

 

軽快な足取りで寮までの帰り道を歩く。

明日の準備は大方済んではいるが、今日は早めに眠りにつくつもりだった。

気持ち早足になり、歩きなれた道を進んでいると、ふと赤い光が目に止まった。

なんだろうと、注意深く歩道の脇に植えられている街路樹に近づく。どうやら木の根元あたりに何か光るものがあるらしい。

 

屈み込みながら光を放つそれを拾い上げてみる。

それは手のひらに収まるくらいの小さな水晶玉のようなものであった。

表面は見事に磨き上げられていて、凹凸のようなものは一切ない。通常のものと違うのは鈍く赤い光を放っている事だろうか。よく見れば球体の中心に、何かの化石のようなものが収まっているのが見える。どことなく不気味に見えるそれは、普通の少女が見れば驚いて手を離してしまうだろう。しかしあいにくと彼女はこの手のものを収集している癖があった。端的に言えば木乃香にとっては、珍しいオカルトアイテムに見えていたのだ。

 

 

(なんやろ、変わった水晶やなぁ。中に何か見えるし)

 

 

自分が持っているコレクションの中には、存在しない類のものだ。

誰かの落し物だろうか?少なくとも自然物ではあるまい。少々惜しい気もするが、もしそうなら交番に届けなければならないだろう。でもその前にもう少しだけ覗いてみよう。

 

そう思い、彼女が目を凝らし赤い水晶玉の中心にある化石のようなものを見ようとしたその瞬間、化石の瞳が開いて、こちらを覗き込んでき・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のか、木・・・・香・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「木乃香っ!」

 

 

「えっ」

 

 

肩を強く揺すられ、自分の名前を呼ばれる。ハッとして顔を上げると、いつの間に現れたのだろうか、目の前で自分の親友である神楽坂明日菜が心配そうにこちらを見つめていた。

 

 

「明日菜?」

 

 

「明日菜?じゃないわよ。どうしたの?こんなところでボーっとして。呼んでも返事もしないしさ」

 

 

しばらく前に、歩道を外れた場所で立ち尽くしている木乃香を見つけ、声を掛けたのだが、一向に返事を返さない。様子がおかしいので、近づいてもう一度、今度は若干大きめで声を掛けなおしたのだが、それでも何の反応も示さない。

 

いよいよ心配になり、肩を揺さぶって何度も名前を呼んでいた所でようやく明日菜に気付いたようだった。

 

 

「えーと、なにしてんのやろ・・・」

 

 

自分でもなぜ道から外れてまでこんな場所にいるのか、よく思い出せない。

ただ普通に寮に帰るところだったのだ。それから・・・・・・それから?

何があったのかを思い出そうとして、頭に鈍い痛みを感じる。おもわず額を押さえる様にしてうつむいてしまった。

 

 

「木乃香、ちょっと本当に大丈夫?」

 

 

今朝はいつものように元気な姿を見せていたというのに、今は具合が悪そうだ。

体調が悪いようなら、明日からの修学旅行も休ませなければならないだろう。

 

 

「うん、ちょっと頭がぼんやりしてるだけ」

 

 

大した事はないというように、明日菜に笑顔を向ける。実際体の具合が悪いというわけではないのだ。

 

 

「そう?それならいいけど・・・」

 

 

まだ心配そうにこちらを見ている明日菜に大丈夫だと告げて、歩道に戻る。

柵をまたいで、今度は明日菜と一緒に帰り道を歩こうとしたそのとき、高校生くらいの青年が息を切らせながら、走ってこちらに近づいてくるのが見えた。

どれもこれもくたびれて見えるGジャンにジーンズ姿の中肉中背の青年だ。ワイシャツはよれよれで早急にアイロンがけが必要に思われた。頭にはバンダナを巻いていて、決して洒落ては見えない格好なのに、なぜかよく似合ってもいる。

 

よほど急いでいたのだろう、こちらにたどり着いても肩で息をしていた。

もっとも数秒で息を整えたあたり、走りなれているのかもしれないが。

青年は膝についていた手を離し、体起こして、木乃香たちに声を掛けてきた。

 

 

「あのーちょっとすまんけど、なんかここら辺で変わった事なかった?」

 

 

ひどく漠然とした質問だ。要点が定かではないので答えようがない。

 

 

「変わった事?」

 

 

女子寮への帰り道に突然現れた見知らぬ青年が、訳の分からない質問をしてきたのだ。

隣で見ていた明日菜の警戒心が刺激されていく。

 

 

「ああ、何でもいいんだけど・・・こう変わった事というか変わった物というか。変なものを見たりしない?」

 

 

自分でもへんなことを聞いていると自覚があるのか、頬を引きつらせ、無理やりな愛想笑いを浮かべている。すると、明日菜から警戒するような視線を向けられている事に気付いたのだろう。こちらをふりむいてきた。同時に、意外なものを見たというように、表情を変化させる。

 

 

「あれ?・・・きみは・・・・・」

 

 

「・・・なんですか?・・・」

 

 

明日菜が僅かに硬質的な声を返す。怪しい人を見る視線になるのも無理はないだろう。

 

 

「えーと、うちら二人とも何も見てへんけど・・・」

 

 

フォローのつもりなのか木乃香があわてたように青年の質問に答えた。

 

 

「あ、ああ、そう?見てないならいいんだけど・・・」

 

 

ちくしょうジークの野郎、無駄足踏ませやがって。何も起こってないじゃねーか。

青年は急にあさっての方向をにらみつけ、表情を険しくして悪態をついた。

 

 

「あの、もういいですか?」

 

 

聞きたいことだけ聞いて、ぶつぶつと愚痴を零し始めた青年に、確認を取る。

よくわからないが、声くらいは掛けておくべきだろう。

 

 

「へ?ああ、サンキュな」

 

 

間の抜けた声で一応礼を言いつつ、青年はもと来た道を戻っていった。

 

 

「なんだったんだろ?」

 

 

どうやら変質者やナンパの類ではないようであったが、結局何が聞きたかったのか、まるで分からない。なんというか、聞いている本人も質問の意図が掴めていなかったような・・・。首を捻りつつ隣にいる木乃香に向きなおる。

当然木乃香にも分からないのだろう。自分と同じように頭に疑問符をつけていた。

まぁいいか、と再び寮へと歩き出す。二人で明日からの修学旅行の話をしながら道を歩いていると、なにやら青年が去っていった方角から声が聞こえてきた。

 

 

そこのあなた、お嬢様にいったい何の用件が?へ?お嬢様ってなんだ?ワイはただちょっとあの子らに聞きたいことがあって・・・。聞きたいこと、それはなんです?いや別に大した事じゃー。言えないんですか?怪しいな・・・ちょっと一緒に来てくれませんか。いっ、なんか知らんけどすんませんっしたー!あっ、逃げた、待てー!待てといわれて待つ馬鹿がいるかー!

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・全力で聞こえない振りをした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「京都に行けだぁ?なんやっちゅーんだ突然」

 

 

見知らぬ女子中学生に因縁をつけられ、泣きながら家まで逃げ帰った日の二日後。

横島は買いだめした安売りのカップラーメンを啜りながら、珍妙な声を上げていた。

なにやら例の霊力探査装置とやらの前で、難しい顔をしながら延々と装置をいじくっていたジークが、突然顔を上げて、横島に京都に行って欲しいと告げたのだ。

 

 

「何で京都?」

 

 

器の底にたまったネギの残りを、器用に箸でつまみながらジークに尋ねる。

 

 

「二日前、君に調査してもらった付近を、もう一度徹底的に調べてみたんだ」

 

 

長時間モニターと格闘していた結果か、目頭を押さえつつ、ジークは探査装置のある方向を指差した。二日前、横島がエロ本を見ながらくつろいでいたところに、探査装置が霊力の反応を感知した。あわててジークが横島に、反応があった地点を調査に行かせたのだが、まるで手がかりが見つからない。いい加減馬鹿らしくなって帰ろうとした頃、二人の少女が肩を並べて歩いているのを見つけた。何か知っているかもと、聞くだけ聞いてみる事にした横島は、本人もなんだかなと思うような質問を少女達にしたのだった。

 

結局、二人とも何も知らない様子だったので、引き上げる事にしたのだが、その後が問題だった。一見して人目を引きそうな長い棒のようなものを持った少女が、横島に冷たい声で詰問し始めたのだ。どうやら、自分が声を掛けた少女の付き人か何かだったようで、やたらと横島に突っかかってきていた。お嬢様とやらに何を質問したのかと問われたのだが、はっきり言って横島にも答えようがない。なにしろ横島自身もなんと質問すればいいのかわかっていなかったのだから。曖昧な態度になるのも仕方がないといえるだろう。

 

しかしそんなこちらの態度がおきに召さなかったのか、おう、兄ちゃん、ちょっと事務所まで来てもらおうか、といった様子で横島をどこかへ連れて行こうとした。

あわててその場を逃げ出したのだが、横島の逃げ足をもってしても撒くのになかなか苦労したのだった。

 

 

「あんときか・・・、逃げんのに無茶苦茶苦労したぞ。なんかすげー足の速い子でなぁ。まぁシロほどではないにしても」

 

 

あらゆる手段を駆使してなんとか逃げ延びたのだが、平安京エイリアンの術(穴掘って埋める)を力技で返されたときには、冗談かと思った。

直後に、服を汚された怒りからか、追跡の様子が容疑者を捕らえるから、狼藉者を成敗いたすに変わったので、本気で身の危険を覚えたのだが。

 

 

「君の苦労話もまったく興味がないというわけではないが、今は別の話だ」

 

 

ジークが疲れた様子で力なく声をあげる。

 

 

「調査の結果、あの地点にはもう何の反応もなかった。だが二日前、君が興味深いことを言っていたのを思い出したんだ」

 

 

「興味深い事?なんか言ったっけか?」

 

 

あの日は確か何も言う気力がなくて、シャワーも浴びずに熟睡したような気がするのだが。

 

 

「ほら、君が声を掛けたうちの一人が、あの停電の日、魔族に襲われた少女だったと」

 

 

「あぁ、確かに言ったかもなそんなこと」

 

 

ジークに言われて思い出した。自分が質問した少女の顔に見覚えがあったのだ。

例の影野郎をやっつけたあと、呆然としていたメンバーの中に髪をツインテールにした少女がいた。横島の好みからは些か年齢が足りていないが、それでもめったな事では忘れられないような美少女ではある。あの時、あれ、と思ったのは顔を覚えていたからだ。

 

 

「で、その子がなんだってんだ?」

 

 

いまいち話の関連性がよめない。少女と京都に何の関係があるのだろう。

 

 

「土偶羅にこちらのシステムをハッキングしてもらっていたんだ。彼女の名前は神楽坂明日菜。麻帆良学園の中等部に在籍している。二回続けて霊力反応があった場所にいた少女だ。しばらくの間探査装置を彼女の周辺で重点的に起動していたんだが、昨日駅前付近でわずかな反応が見つかった。ほとんど誤差の範囲内なので、くわしく解析してみたんだが、どうやらビンゴだったらしい」

 

 

「駅前か・・・」

 

 

「そう、昨日から修学旅行で京都に出かけているらしいな」

 

 

モニターに視線を移し、ジークは横島に告げた。

 

 

「その子に魔族がとり憑いて京都に行ったつーんだな」

 

 

「どうかな?そもそも彼女が魔法使いだという確証もないし、本当のところは分からない。何しろ反応があったとはいっても、ごく僅かだったんだ。見当違いの可能性も十分ある」

 

 

実際間違いの可能性のほうが高いかもしれない。しかし本当に神楽坂明日菜という少女に魔族がとり憑いていた場合、取り返しのつかなくなる可能性もあるのだ。それに、仮に間違いで、こちらに魔族が現れたとしても、横島の霊能力であれば一瞬で京都からここへ戻ってこられる。

 

 

「”帰””還”の文珠か・・・まぁどっちかこっちに置いておけばなんとかなるかな」

 

 

さすがにそれほどの長距離を試した事はないが、おそらく大丈夫だろう。

 

 

「しかし、京都か・・・・・、京都なぁ」

 

 

横島が難しい顔をして腕を組みながら黙り込んでしまう。

 

 

「京都に何かあるのか?」

 

 

「いや、この時代には何もないんだけど・・・・・」

 

 

少々前の時代にお世話になった事がある。最後はなんか死に掛けた気がするのだが。

ふぅ、と長いため息をついた横島をジークは不思議そうに見つめた。

 

 

「まぁいいや、それで京都に行って、その明日菜って子を見張ってりゃーいいんだな?」

 

 

いちいち唸っていても仕方ないので、話を切り上げる。どうせ今から向かうとしても着くのは夜になってからだろう。彼女が行っている修学旅行の詳しい行動予定表をジークから渡され見てみる。大体どこかの寺を観光しているのだろうが、団体行動ではなく、自由行動にはいっているならば、探すのに苦労するかもしれない。

 

そう考えれば、生徒達が必ず帰ってくるホテルを張り込むのが確実か。横島が京都に到着する時間的にはちょうどいいかもしれない。仕事柄出張には慣れているので、てきぱきと準備を進めていく。もっとも大して日数もないのだし、着替えも少なくて済むだろうが。横島の準備など簡単なものだった。もう一度だけ手に取った予定表を見直したとき、何かに気がついた。

 

 

「あれ、麻帆良学園の中等部って、楓ちゃんがいるとこか?」

 

 

中学生とは思えない姿を思い出す。たしかあの娘もそこに在籍しているはずだ。

ま、ただの偶然か・・・。あっさりと準備に戻っていく。

 

 

「そういえば、今回助っ人っていないんか?」

 

 

シロはこの前帰ってしまったし、今回は急な話でもあるので、横島一人でやらなければならないかもしれない。

 

 

「いや、昨日の段階で美神令子には事情を伝えてある。まだしばらく掛かるかもしれないが」

 

 

「誰だ?シロか?おキヌちゃんは学校あるしな・・・」

 

 

自分も学生なのだが、いまさらではある。言ってて悲しくなるが・・・。

 

 

「わたしよ」

 

 

聞きなれた声が横島の問いかけに答える。

そこには、いつのまに例のギロチン扉から現れたのか、タマモが仁王立ちで佇んでいた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。