ある人の墓標   作:素魔砲.

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大きく息をついたのは気持ちを落ち着かせるためだった。汗ばんだ手のひらを上着で乱暴に拭って横島は葉加瀬聡美に尋ねた。

 

 

「ハカセちゃん。超ちゃんがいなくなったってのはどういうことだ?」

 

 

「私霧が出た後、すぐに超さんに連絡を取ってみたんです。でも電話に出てくれなくて。それで龍宮さんと一緒に研究室に向かったんですけど、超さんはどこにもいなくて」

 

 

「それって単に出かけてるってことじゃないんか?学祭なんだしどこか見学にでも行ってるんじゃ」

 

 

「それはないと思います。超さん言ってました。今は研究室を離れられないって。理由は教えてくれませんでしたけど」

 

 

どうやら超の失踪は本人の意思とは無関係であるらしい。となると彼女は何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いわけだが。

 

 

「・・・誘拐されたとか、そういうことか?」

 

 

「それは私にもわからないです。一応研究室にいた男の子に事情を聴いてみたんですけど」

 

 

「え?ちょ、ちょっと待ってくれ!ハカセちゃん今なんて言った!?男の子って言ったか!?」

 

 

「は、はい・・・言いましたけど」

 

 

突然のこちらの剣幕に驚いた様子で葉加瀬が短く息をのんだ。ためらいがちに肯定してくる。

 

 

「それってどんな感じのガキだった?ひょっとしてネギよりちょっと年上で、いけ好かん感じのイケメン面したガキだったか?」

 

 

「は、はぁ。えっと性格の方はどうか知りませんけど見た目は確かに横島さんが言っているような感じです。私もよくは知らないんですけど、少し前まで超さんの私的な助手みたいな事をしていた子で」

 

 

超に止められていたため葉加瀬自身は少年に直接関りを持っていなかったらしい。それでも面識はあったので一応超の行方を聞いてみたのだそうだ。

 

 

「私超さんがどこにいるか知ってるかって聞いたんです。そうしたら超は今はどこにもいないって」

 

 

「今は・・・どこにも?」

 

 

何かが引っ掛かって横島はそう聞き返した。訝しげな口調から正確に質問の意図を推し量ってくれたらしい。葉加瀬がすぐに同意した。

 

 

「何か妙な言い回しですよね。私も気になってどういう意味か聞いてみたんですけど、同じ事しか答えてくれませんでした。でも・・・そうしたら・・・」

 

 

そこまで言って葉加瀬は言葉を濁した。何か口に出そうとしてそれをためらうような息遣いが耳元から聞こえてくる。横島は続きを促すべきか一瞬迷ったが、彼女が何か言うまで辛抱強く待つことにした。急かしたところで彼女を困らせるだけだろうし頭の中を整理する時間は必要だ。それに情報は出来るだけ正確に欲しい。そうして一分ほど沈黙に付き合った後、若干上ずった声で葉加瀬が口を開いた。

 

 

「男の子が質問に答えてくれなくて私が困っていたら・・・そ、その、た、龍宮さんがいきなりその子を銃で撃って・・・」

 

 

電話越しでも緊張感が伝わってくるような声で葉加瀬はそう言った。真名は正確に手足を打ち抜き、少年は床に倒れたらしい。銃創から流れ出した血によって辺りは真っ赤に染まっていたそうだ。真名が普段使用している銃器は基本的に実弾を使用しないものばかりだったので葉加瀬は驚いたようだ。突然の凶行に葉加瀬の思考が完全に停止していたその時、真名が横島を呼べと言ったらしい。

 

 

「龍宮さんすごく怖い顔してて・・・。わ、私何が何だかわからないまま逃げるみたいに研究室を飛び出して・・・」

 

 

「い、いやもういいよ。よく分かった。真名ちゃんが撃ったガキもたぶん無事だからハカセちゃんは気にしなくても大丈夫だ」

 

 

たぶんどころかほぼ間違いなく無傷だろうが、事情を知らない葉加瀬には同級生が突然発砲事件を起こしたようにしか見えないだろう。横島はなんとか彼女を落ち着かせようと四苦八苦しながら、状況を確認した。

 

 

「ハカセちゃん。真名ちゃんは研究室に一人で残ったんだな?」

 

 

「は、はい、そうです」

 

 

こちらを名指しで呼びつけた以上、真名は少年の危険性に気付いているのだろう。だが同じ理由で彼女は少年の足止めをしようとしている可能性が高い。正直に言えばそれはあまり得策だとは思えなかった。真名には悪いがおそらくあの少年は彼女の手に余る。となれば一刻も早く真名を助けに行くべきだが・・・。そこまで考えて横島は研究室がある場所と葉加瀬が今いる現在地を尋ねた。すぐに合流するからその場で待つようにと告げて電話を切る。

 

 

(しかしよりによってこのタイミングか・・・いや、このタイミングだからこそか?)

 

 

今では横島にも美神の考えが何となくだが理解できていた。あの霧は閉塞していた状況を打開するために美神が仕掛けた作戦だったのだろう。まぁ、事態は好転せずにむしろその逆を行っているようではあるのだが・・・。携帯をしまい横島が小さくため息を付いていると固い声で名前を呼ばれた。

 

 

「・・・横島さん」

 

 

普段とは明らかに違う表情でネギがこちらを見ている。眉間に寄ったしわから深刻さが浮き彫りになっているようであった。

 

 

「今の電話・・・葉加瀬さんですよね。超さんが行方不明ってどういう意味ですか?誘拐って聞こえましたけど・・・」

 

 

「あ・・・い、いやそれはだな・・・」

 

 

あからさまに狼狽した横島が目を泳がせる。馬鹿か俺はと舌打ちしたくなる衝動をこらえながら、横島は引き攣った笑みを浮かべた。電話だったので断片的にしか情報は伝わっていないはずだが、それでも不穏な単語をいくつか口走っていたのは間違いない。超や葉加瀬の担任教師であるネギとしては看過できない話だろう。かといって詳しい状況を説明すればネギを巻き込むことになる。何とか彼をごまかすしかないわけだが、脳をフル活用しても煮立った頭ではうまい言い訳が何も思いつかなかった。時間が経過するごとに段々とネギの表情が厳しくなっていく。もはや半分のっぴきならない状況であることを自白したようなものだがそれでも何か言おうと横島が口を開きかけた時、ネギの後ろでこちらの様子を観察していたエヴァが口をはさんできた。

 

 

「答えろ横島。今の話・・・例の四人目が現れたんだな?」

 

 

「う、いやまぁそのなんだ」

 

 

「マスター?四人目って何です?何か知ってるんですか?」

 

 

「・・・後にしろ。今はお前にかまっている暇はない」

 

 

「マスター!!」

 

 

詰め寄ってくるネギを鬱陶し気に押しやりながらエヴァが瞳を細めた。ゾクリと背筋に冷たいものが流れる。横島がどないしようと心の中で頭を抱えていると突然強い力で腕をつかまれた。

 

 

「何やってんのよ横島君!とっとと行くわよ!!」

 

 

「わっ!み、美神さん?何すか突然」

 

 

「何すかじゃないっての。一旦アパートに帰るわよ。ちょっとまずい事になってるかもしれないから確認しないと」

 

 

そう言って美神は軽く唇をかんだ。その仕草から焦燥感が見て取れる。

 

 

「何かあったんですか?」

 

 

横島が周りに聞かれないように小声で尋ねると、美神は横島にヘッドロックしながら道路の端っこに引っ張っていった。仲良くその場にしゃがみ込み、内緒話をするように耳元に口を近づけて話し始める。

 

 

「さっき小竜姫とジークの通話が同じタイミングで切れたでしょ?それと同時に霧も晴れ始めた。あれって例の扉使ってこっち側に力だけ流してもらってたのよ。その二つが同時に切断されたってことは扉自体に何かあったか、下手したら空間の接続の方に問題があるのかもしれない」

 

 

「それってつまり?」

 

 

「最悪向こうの世界に帰れなくなるかもしれないってこと」

 

 

「んなっ!?ま、まずいじゃないっすか!!」

 

 

「だから焦ってんでしょうが!!とにかく早くアパートに戻って扉が無事か確認しないと・・・」

 

 

「い、いや待ってください!こっちもこっちで厄介なことになってんすよ!」

 

 

「何よ?」

 

 

不審そうに尋ねてくる美神に横島は先程かかってきた電話の内容を伝えた。超の所に四人目が現れたこと、超に何かがあったこと。そして今真名がその少年の足止めをしているらしい事も。

 

 

「~~~~~~~っ!!んぁぁ面倒くさいことになった!!」

 

 

「たぶんタイミング的にあの霧が原因だと思うっすけど」

 

 

「わ、分かってるわよ。でもいきなりこんな急展開になるなんて思わないじゃん!!」

 

 

さすがにこの状況は予想していなかったのか、美神が思わず頭を掻きむしりそうになり、ギリギリのところで自制したらしい。単純に髪が傷むのを嫌がったのかもしれないが。

 

 

「まぁなるようになっちゃったもんはしょうがないわ。こうなったら二手に分かれるしかないわね。戦力の分散は避けたいところだけど、さすがに退路の確保はしておきたいし」

 

 

「しゃあないっすね。振り分けは?」

 

 

「扉の方は私が行かなきゃダメでしょ。何か不具合があったとしても私以外じゃ対処できない」

 

 

「まぁそっすね。俺は?」

 

 

「あんたは四人目の方!ハカセって子と面識あんのあんただけでしょ?」

 

 

「いや確かにそうなんすけど、せっかく久しぶりに美神さんと一緒だってのにまた離れ離れになんのもなぁ」

 

 

「甘ったれたこと言ってんじゃない!・・・ったくどうせだったら私に成長したところを見せてやるくらいは言えないの?」

 

 

「因みに成長したところを見せられた場合、何かご褒美的なものはあるんでしょうか?内容によっちゃ俺のやる気も急上昇するんですが」

 

 

「・・・時給二百五十円にしたげる」

 

 

「下がってんじゃないっすか!!」

 

 

そんなあほなやり取りをしている二人の背中に声が掛かった。

 

 

「おい横島、私を無視するとは言い度胸だな」

 

 

腰のあたりに手を置いたエヴァがこちらを見下ろしている。高圧的な態度は彼女の常ではあったが今は多少の苛立ちも感じさせた。エヴァが視線を横島の隣に移し、美神に向けて不機嫌そうに言ってくる。

 

 

「それとそこの貴様、横島は私と大事な話があるんだ。誰だか知らんが引っ込んでろ」

 

 

「は?」

 

 

そのセリフを聞いた美神が瞬間的に臨戦態勢を取る。空に浮かびあがるのではないかと錯覚するほど急に立ち上がると、エヴァに負けない位の女王様的な不雰囲気を身に纏った。

 

 

「私が私の所のバイトと何話そうがあんたに関係ないでしょ。そっちこそ子供は子供らしく公園でままごとでもしてれば?」

 

 

ピクリとエヴァの頬が痙攣する。あからさまな侮蔑に対しエヴァが反射的に怒鳴りつけようとして・・・ふと何かに気付いたように眉をあげた。

 

 

「バイトだと?ということはお前が噂の美神令子か。横島から話だけは聞いているぞ。なんでも労働基準法という言葉を知っているのか疑わしいほどの低賃金で部下をこき使い、自分は夜な夜な金を数えて不気味に笑っている浅ましい性根のいけ好かないくそ女だと」

 

 

ビキィッと音を立てるような見事な青筋が美神のこめかみに発生する。おどろおどろしい怨念じみた殺意の波動が横島へと向けられた。身震いするほどビビった横島が折れよとばかりに全力で首を横に振る。確かにエヴァには給料の話をしたような気がするが、美神に対して浅ましいだのいけ好かないくそ女だの間違っても言った覚えはない。しばし復活した魔王のような恐ろしいオーラを発しながら横島を睨みつけていた美神だったが、今は眼前の敵を殲滅するほうが先だと思ったのか鋭い舌打ちをしてエヴァに向き直った。

 

 

「・・・そういえば私も横島君から報告を受けてたわね。なんでもここには人間風情に呪いを掛けられて、うん十年だか小学生やらされてる間抜けな吸血鬼がいるって。五百年近く生きてるらしいけど、何百年もサバ呼んで小学生のコスプレしてるって恥ずかしくないのかしら」

 

 

ブシィッとあらゆる血管から血を噴き出しそうなほど、エヴァの体に力みが増していく。逆鱗を大根おろしで丹念に削られたような凶相が横島に向けられた。小便を漏らして部屋の隅でガタガタ震えそうになるほど総毛だった横島が周囲に風を起こしそうな勢いで首を横に振る。これまた確かにエヴァの事を多少は報告した気がするが、間抜けな吸血鬼だの小学生のコスプレだの言った覚えは断じてない。バチバチと青白い燐光を放ちそうなほど憤怒していたエヴァだったが、やはり直接敵対している者への対処を優先したのか、尖り過ぎて大型の肉食獣のようになっている犬歯を光らせながら美神に向き直った。

 

おうコラ?やんのか?上等だよ。てめぇどこ中だよ?・・・とでも聞こえてきそうなほど互いにメンチを切り合っている二人から離れて、横島はおキヌや夕映がいる場所に避難した。美神たちの様子を見て、半ば呆然としているおキヌの名前を呼ぶ。

 

 

「おキヌちゃん」

 

 

「え?よ、横島さん?なんですか?」

 

 

「いや、美神さんもエヴァちゃんもああなっちまったら暫くどうにもならんだろ。だから俺ちょっと行ってくる」

 

 

「行く・・・って何処にですか?美神さんがアパートに帰らなきゃって」

 

 

「まぁそれはそうなんだが、実はちょっと事情があってさ」

 

 

そう言って横島はおキヌに手早く現在の状況を説明した。おキヌの隣で聞いていた夕映が目を丸くする。

 

 

「超さんが行方不明って本当なんですか?」

 

 

「ああ、ハカセちゃんの話じゃどうもそうらしい。たぶん四人目が関係してると思う」

 

 

息をのむように夕映が硬直する。いやなことを思い出したのかもしれない。横島はそんな夕映の頭をポンポンと軽くたたき安心させるように頷いた。

 

 

「だから今からハカセちゃんの所に行ってくるよ。大丈夫何とかなるって」

 

 

そう言って横島が笑いかけると夕映は何故か顔を赤くして視線をそらした。感触が気持ちよかったのでそのまま頭を撫でていたのが気に入らなかったのかもしれない。若干ばつが悪くなって横島が手をどかすと横で見ていたシロがうらやましそうにしながら口を開いた。

 

 

「先生。ならば拙者も連れて行ってほしいでござるよ」

 

 

「お前とタマモはここに残んの。んでいざとなったら体張ってあの二人を止めろ」

 

 

いまだ眼を付け合っている美神とエヴァの両者を指し示し横島はそう言った。その言葉を聞いた瞬間、シロの顔が露骨に引き攣りタマモが猛抗議してくる。

 

 

「何サラッと無理難題を押し付けようとしてんのよ!できるわけないでしょそんなの!」

 

 

「んなこと言ったってしゃあないだろが!つうか揉めてる時間もないんだっての!悪いが聞き分けてくれ」

 

 

そんな横島の説得に納得は出来ずとも妥当だと感じたのか、ものすごくいやそうな顔でタマモが了承した。

 

 

「グギギギギ、わ、分かったわよ!でもあんた今度絶対きつねうどんおごんなさいよ!あと、いなり寿司百個!!」

 

 

「拙者は牛丼と・・・あと、いっぱい散歩に付き合ってほしいでござる!!」

 

 

「うぐ、お前らこんな時だからって足元見やがって。わあったよ、ったく」

 

 

今持っているものではなく、向こうの世界にある己の財布の中身を心配しながら横島はため息を付いた。そんな横島の服を掴みながらおキヌが心配そうに言ってくる。

 

 

「横島さん。一人で大丈夫ですか?私も一緒に・・・」

 

 

「いやおキヌちゃんはここに残ってくれないと困る。いざとなったら美神さんを止められそうなのはおキヌちゃんくらいだし」

 

 

ある意味においておキヌは美神に対する最終兵器だと言える。美神もおキヌを本気で悲しませるようなことはしないだろう・・・まぁ、そう判断できる理性が残っていればの話だが。信頼しながらおキヌの肩を叩くと彼女は真剣な眼差しでこくりと頷いた。横島はおキヌに頷き返し心の中で安堵した。とりあえずこれで何とかこの場は収まった。・・・収まった事にして次に進める。

 

 

「夕映ちゃん」

 

 

「ふぇ!?な、なんですか?」

 

 

自分の髪を手で梳きながら夕映が素っ頓狂な声をあげる。不意打ちを食らった猫のような仕草でその場に飛びあがった。どうも声を掛けられて驚いたらしい。そんな彼女の態度を不思議に思いながら横島は言葉を続けた。

 

 

「電話してる時ネギの奴が俺の話を聞いてたらしいんだ。んで超ちゃんが行方不明だってことがバレちまってさ。俺に事情を聴きたがってるみたいだから夕映ちゃんは何とかしてネギの奴をごまかしてくれないか?」

 

 

「え!?そ、それはその、かなり難しいと思います。・・・あのネギ先生ですよ?」

 

 

「うんまぁ分かっちゃいるんだが、それでも何とか頼めんか?できればこれ以上あいつらを巻き込みたくないんだよ」

 

 

「横島さん・・・」

 

 

夕映にそう言って横島はネギがいる方向に視線を送った。するといつの間に来ていたのかネギと一緒にアスナや刹那がいた。おとなしいと思っていたら二人と何か話していたようだ。どうも霧が晴れてきたことで武道大会の方に何か進展があったらしい。ネギもエヴァも連絡手段を持たずにここまで来ていたようで、アスナ達がわざわざ追いかけてきたようだ。横島はこれぞ好機とほくそ笑んだ。あの様子ならこの場をいなくなってもすぐには気付かれないはずだ。横島はおキヌたちにもう一度よろしく頼むと告げてから、素早く周りの群衆に溶け込んだ。そのまま狭い方の路地を使って一気に駆け出す。葉加瀬から告げられた場所はここからそこそこ距離があったが、全力で走ればすぐにたどり着けるだろう。今もあの少年を足止めしている真名に向かって無理はしないでくれよと心中で話しかけながら横島は足を速めた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「だああぁもうめんどくさい!!こうなったら拳で決着付けようじゃない!!」

 

 

「上等だっ!!無様に地面を這わせてやるっ!!」

 

 

「はっ!!笑わせんじゃないわよ!!言っとくけど私は見た目がガキでも一切容赦しないからね!!」

 

 

「それはこっちのセリフだっ!!そのすました面をケチョンケチョンにしてくれるっ!!」

 

 

上から下から相手の顔を嘗め回すように睨みつけて互いに牽制し合っていた美神とエヴァだったが、いい加減らちが明かないと思ったのか直接的な手段をとることにしたらしい。一触即発の空気が流れ今まさに決戦の火蓋が切られようとしていた。その様子をハラハラしながら見ていたシロとタマモが慌てたように騒ぎ出す。

 

 

「こ、これはいかん!タマモっ!こうなったらもう覚悟を決めるでござる!!」

 

 

「ああぁっ!分かったわよぅ!やってやるわよっ!くうぅ後で絶対横島に油揚げのフルコースおごらせてやるぅぅぅ!!」

 

 

顔色を悪くしたシロと半泣きになったタマモが決死の覚悟で特攻を仕掛けようとしたその瞬間、待ったを掛けるようにネギが叫んだ。

 

 

「マ、マスター!横島さんがいません!!」

 

 

「なにっ!?」

 

 

ネギの呼びかけに反応してエヴァが周囲を見渡す。人がそこそこ戻ってきている大通りに横島の姿はなかった。

 

 

「ど、どこに消えた!?」

 

 

「わ、わかりません。僕も今アスナさんたちと話してて・・・」

 

 

焦った様子で横島を探しているネギがそう答えた。エヴァが癇癪を起こしたように地団駄を踏む。

 

 

「あ、あいつめどさくさに紛れて逃げるとは・・・」

 

 

普段のエヴァなら感知できたのかもしれないが、よほど美神とのやり取りに集中していたようだ。憤懣やるかたないその表情を見ながら綾瀬夕映はホッと胸をなでおろしていた。エヴァの注意が横島に向けられたことで、どうやらいい感じに場の空気が弛緩したらしい。先程のような剣呑な雰囲気からは解放されていた。美神もエヴァの様子にしらけたような顔でこちらに戻ってきた。

 

 

「はぁ、なんか馬鹿らしくなったわ。帰りましょおキヌちゃん」

 

 

「美神さん。横島さんがどこに行ったか気にならないんですか?」

 

 

「どうせハカセって子の所でしょ。さっきチラッと今後の予定について話してたのよ」

 

 

「横島さん大丈夫でしょうか・・・」

 

 

「ま、あいつも素人じゃないんだし一人で無茶はしないでしょ。こっちはこっちで例の扉を確認しに戻らなきゃならないけどシロとタマモはあっちに送るから」

 

 

横島を心配しているおキヌを慰めるように美神はそう言った。その言葉にタマモが顔を歪め、シロが力強く頷く。

 

 

「うげ、私嫌よ。絶対めんどくさい事になるし」

 

 

「拙者は望むところでござるよ。臆病風に吹かれた狐など頼らなくても先生と拙者がいれば何も問題ないでござる!」

 

 

「むっ、誰が臆病だってのよ」

 

 

「お前以外に誰かいるでござるか?」

 

 

そんな言い合いをしながら美神たちが何事もなかったかのように歩き出す。夕映もその背中に付いて行こうとしたその時、一行の行く手を遮るようにエヴァが立ち塞がった。

 

 

「ちょっと待て」

 

 

ネギの首根っこを掴んで無理やり引っ張ってきながら美神を睨みつけている。美神は真正面からエヴァの瞳を見返した。

 

 

「何よ。まだなんかあんの?」

 

 

「横島はどこに行った?」

 

 

「なんでそんな事あんたに教えなきゃならないのよ」

 

 

「教えられないという事は・・・つまり行き先を知ってはいるんだな?」

 

 

「・・・まぁね」

 

 

それから暫くの間二人は視線を交錯させながら沈黙を守っていた。お互いの思考を読み合おうとするような緊張感が先程とは違った重苦しい空気を漂わせている。夕映は息苦しさを感じて制服の襟を緩めた。すると背後から何者かに手首を掴まれた。

 

 

「ユエちゃんユエちゃんちょっといい?」

 

 

「あ、アスナさん?」

 

 

耳打ちされながら手を引かれる。美神たちから少し離れたところまで誘導されるとそこには刹那が待っていた。明日菜と刹那は互いに頷き合うと夕映を囲むように移動した。

 

 

「な、何か用ですか?」

 

 

「ユエちゃんて超さんがどこにいるか知ってるの?」

 

 

唐突にそう聞かれた。明日菜にしては珍しく表情が強張っている。

 

 

「な、なんですか急に・・・」

 

 

「ネギのやつが言ってたの。ハカセが横島さんに電話してきてその内容がどうも超さんの事らしいって。急にいなくなったとか、誘拐されたとかそんなこと言ってた」

 

 

「だ、だからってなんで私に聞くですか?」

 

 

どことなく妙な雰囲気だ。いやな汗が首筋を伝っていく。

 

 

「夕映さんは今日本当はのどかさん達と武道会に行く予定だったんですよね。でも今朝になって急にその予定をキャンセルしてここに来た。つまり今までずっと横島さんと・・・あそこにいる人達と一緒に行動していたという事になる。何か情報を持っていませんか?」

 

 

夕映の上ずった質問に明日菜ではなく刹那が答えた。鋭い刃のようだ・・・とは彼女の愛刀から連想される印象だが、質問の内容は実にいい所をついている。もはや追及を受ける犯人ような心境で夕映が口ごもっていると刹那は幾分声の調子を柔らかくしながら質問を続けた。

 

 

「何でもいいんです。例えば・・・四人目の事とか」

 

 

目をそらした瞬間まずいと思った。先程から刹那は質問しながらこちらの表情をうかがっていた。これでは半ば自白したようなものだ。刹那もそう判断したのだろう。こちらが情報を持っていると確信を強めたようだった。どうするべきかと夕映は迷った。本音を言えばネギや明日菜たちに隠し事はしたくない。彼らの心情は理解できるつもりだし横島の言葉がなければ今すぐに自分が持っている情報を話してしまいたいところだ。だがそうもいかない。

 

 

(あああぁぁこれが板挟みというやつですか。あちらを立てればこちらが立たず)

 

 

笑ってごまかせるような雰囲気ではもちろんない。それでも進退窮まった夕映の口から乾いた笑いが洩れそうになったその時、美神と睨み合っていたエヴァが明日菜たちに呼びかけた。

 

 

「おいお前たちこっちに来い!こいつらを拘束する!」

 

 

どうやら膠着状態にしびれを切らしたらしい。若干目が据わっているエヴァに対してネギがたどたどしく反論した。

 

 

「マ、マスター落ち着いてください。拘束するって言われても僕たちには何の権限もないですし、横島さんの知り合いにそんなことできませんよ」

 

 

「何を甘っちょろい事を言っている!こいつらが超の情報を持っていることは間違いない!横島に逃げられた以上、こいつらから情報を聞きださなければ取り返しのつかないことになりかねんぞ!」

 

 

「それは・・・」

 

 

「横島ならともかくこいつらに気を使う必要などないだろう。この機会に春先から起こっていた一連の騒動に関しても、情報をはかせるべきだ」

 

 

断定的にそう言ってエヴァは明日菜達を手招きした。もはや実力行使も辞さないとその瞳が言っている。ネギ達はためらいながらもエヴァの周りに集まっていった。まさか問答無用で暴力に訴えるような真似はしないだろうが、エヴァの言葉に若干引きずられているようだ。自然と両陣営が向き合う形となる。期せずして夕映はその真ん中にポツンと取り残されていた。皆の視線が一斉に集まってくる。

 

 

(ああぁまたしても板挟みが!!)

 

 

別にやましい所などないが、それでも向けられてくる視線に心が痛みを感じている。どっちつかずの蝙蝠という単語が頭に浮かんできて、夕映は慌ててその思考を振り払った。そんな夕映を哀れに思ったのかは知らないが、美神が挑発的な笑みを浮かべて言ってくる。

 

 

「別にそっちがそのつもりなら付き合ってやってもいいけど。ホントにいいの?一度始まったらとことんまでやるわよこっちは。・・・たとえ衆人環視の中だろうとね」

 

 

最期にそう付け加えながら美神は周囲を見渡した。それは明確な脅しだった。霧がなくなったことで人通りはすっかり回復している。美神を筆頭に一風変わった面々が揃っているこの集団は、何もせずとも人目を引いているようだ。そんな中で仮に本気の戦闘が行われたとしたら被害もさることながら魔法の秘匿性にも問題が生じる恐れがある。美神の一言にはそういった意味も含まれているのだろう。そして当然エヴァにその事が理解できないはずがない。

 

エヴァのいる方向からギリギリと歯噛みする音が聞こえてくる・・・と思いきや意外にも彼女は冷静さを保っているようだった。激高していた今までの態度は全て演技だと言わんばかりに冷めた表情を浮かべている。美神もその事に気付いたようだ。

 

 

「やめましょ。本気とは思えない」

 

 

「だとしても、私はこのまま貴様らを黙って行かせる気はないのだがな」

 

 

「でしょうね。でもそう言われてもこっちはあんたたちに話すことなんか何もないのよねぇ。さてどうしようか・・・」

 

 

美神は悩むようなそぶりを見せつつ(あからさまに演技臭かったが)やがて何かに思い至ったかのようにポンと手を打った。

 

 

「だったらさ、こういうのはどう?互いの望みを賭けて一勝負するってのは」

 

 

「賭けだと?」

 

 

「そう。お互い引くに引けない状況でしょ?でもちんたら時間をかけている暇もない。だったら手っ取り早く白黒はっきりさせましょ」

 

 

相手を騙す前の詐欺師・・・というには些か愛想が足りなかったが自社製品を勧めるセールス並みのにこやかさで美神はそんなことを提案した。エヴァが胡散臭いものを見るような目付きで美神にじっとりとした視線を送っている。

 

 

「賭けの内容は?」

 

 

「できるだけシンプルな方がいいわ。勝敗がはっきりと分かるように」

 

 

「具体的には?」

 

 

「そうねぇ賭けを持ち出したのはこっちなんだし、あんたたちの得意分野でいいわよ」

 

 

「なに?」

 

 

「魔法を使って賭けるってのはどう?例えば・・・夕映ちゃんこっち来て!」

 

 

急に名前を呼ばれて夕映はビクリと体を震わせた。見た目だけはさわやかに笑っている美神にひしひしと嫌な予感を感じる。ドナドナと売られていく子牛の気分を味わいながら夕映は美神のもとまで歩いて行った。

 

 

「な、なんです?」

 

 

「魔法の中で一番簡単なやつって何?」

 

 

「か、簡単なやつ・・です?えっと杖の先に火を灯す呪文がありますけど、初心者が魔法を習う時に初めて教わる魔法なんですが」

 

 

「ふぅん、いいじゃん。じゃあそれでいきましょ」

 

 

美神は小さく頷くと成り行きを見守っていた面々を見渡しながら説明を始めた。

 

 

「今夕映ちゃんが言ってた魔法を十回連続で成功させられたらあんたたちの勝ち。私が持ってる情報をあんたたちに渡す。けど一度でも失敗したら私たちの勝ち。あんたたちは私たちを黙って行かせる。こんなのはどう?」

 

 

美神の話を聞いていた皆が一様に困惑した表情を浮かべた。何か話がトントン拍子に進み過ぎている気がするし、それに賭けの内容自体にも少々疑問が残る。確かに美神が提示した賭けはシンプルであり勝敗の結果も分かりやすいだろうが、実際にそれを行う人物によって難易度が著しく変動する。熟練者ならばほぼ間違いなく成功するだろうし、初心者ならば全く逆の結果になるだろう。誰を選ぶにせよ公平性を維持するのは難しいしそれにもう一つ問題がある。

 

 

「仮に我々が勝ったとして貴様らが正しい情報を話すという保証は?」

 

 

エヴァのその指摘に美神は落ち着いてこう言い返した。

 

 

「私たちが勝った場合あなたたちが後を追ってこないという保証は?」

 

 

無言のままエヴァと美神が見つめ合う。そう結局のところ両者ともに不信感を払拭することなどできない。

 

 

「・・・なるほど。お互いを信用しなければ成立しない賭けなわけだ」

 

 

「そういうことね。で、どうすんの?やるの?やらないの?」

 

 

決断を迫るように美神がそう言った。しかしエヴァは内容を検討するためか即答を避けたようだ。美神もこれ以上追及する気はないのかしばらく時間を与えるつもりのようだった。会話を主導していた二人が沈黙したために何となく気まずい空気が流れ始める。夕映がもじもじしながら何か話すべきかと迷っていたその時、傍らで静かに話を聞いていたネギが意を決したように口を開いた。

 

 

「ちょっと待ってください。そもそもそんな賭けとかそういうことをしている場合じゃないんですよ!超さんの行方が分からなくなってて、何か危険な目にあってるんだとしたら急いで助けに行かないと!だからお願いします、知っていることがあるなら教えてください!超さんは僕の大切な生徒なんです!」

 

 

ネギが美神に対して丁寧に頭を下げた。真摯に語り掛けるその姿勢は見る者の同情心を刺激せずにはいられない。特に夕映の場合は事情を知っているだけに罪悪感も後押しして彼の事を直視できない程だった。しかし頭を下げられている当人はどこかしらけた様子で小さくため息を付いた。

 

 

「なによ、要するにタダで情報を貰おうってわけ?」

 

 

「え?いえその、ぼ、僕はそんなつもりじゃ」

 

 

「あのねぇ、あんたにはあんたの都合があるんでしょうけど、こっちにはこっちの都合があんのよ。別に私たちはあんたらのお仲間でも友達ってわけでもないんだし、無条件で協力してやる義理も義務もないでしょ?ところがそれでも納得できないってそっちの吸血鬼が駄々こねるから仕方なくこんなことしてんじゃない。いちいち話をまぜっかえさないでくれる?」

 

 

「あ・・・うぅ・・・」

 

 

バッサリと切られ、ろくに反論出来ずにネギが口ごもった。情に訴えるその行動も美神には全く通用しなかったらしい。まぁネギの場合、打算ではなく本心だったのだろうがどちらにしても結果は同じだ。狼狽えながらもなんとか言い返そうとしているネギだったが、そんな彼に対して美神は何かを思いついたようだった。

 

 

「ちょうどいいわ。だったらあんたがやんなさいよ」

 

 

「へ?」

 

 

「だから賭けよ賭け。そんな杖持ってるってことはあんたも魔法使いなんでしょ?」

 

 

「えっと・・・それは・・・そうですけど」

 

 

「なによ、まさか自信ないわけ?だったらしょうがないけど」

 

 

「べ、べつにそんなことありません」

 

 

美神の挑発を反射的に否定したネギがどうするべきかとエヴァを見やった。そんな弟子に対してエヴァはプイっとそっぽを向いた。まるで自分の知った事かと見捨てるような態度だったが、見方を変えれば好きにしろと言っているようにも思える。結局暫く迷った後ネギは賭けを受けることに決めたようだ。勝算は・・・もちろんあるだろう。ネギは初心者とは程遠い、あの年にして一線級の魔法使いなのだから。

 

 

「分かりました。お受けします」

 

 

「おっけ。じゃそういう事でいいのね。あとになっていちゃもんつけんじゃないわよ。特にそこの吸血鬼」

 

 

後半部分はエヴァに向けて美神はそう言った。それからなるべく人目につかないように全員で大通りから離れた場所に移動し、ネギを囲むようにして人の壁を作ってから賭けは始まった。皆の注目を一身に受けながらネギが意識を集中している。目を閉じ息を整えて魔力を体内で循環させ精神を制御する。本来ならそんな事をする必要などないだろう。何しろ初級の魔法だ。ネギならば片手間でやったとしても容易に成功させられるはずだった。

 

 

「・・・行きます」

 

 

若干の緊張をにじませネギが開始の宣言をした。小さな声で短い呪文を唱え一度目の魔法が成功する。杖の先に火が灯されあたりを照らしている。当たり前と言えば当たり前の結果だ。それでもホッとしたのかネギは安堵しているようだった。それからは早かった。一度成功して緊張もほぐれたのかネギは次々と魔法を成功させていく。夕映は複雑な感情を抱えたままその光景を見続けていた。このまま行けばネギが勝つだろう。その事が不満なわけではない。祝福したい気持ちもある。それでもその場合横島との約束が果たせなくなる。

 

 

(仕方ないです・・・ね。こうなったら私にはもうどうしようもできないですし)

 

 

横島は許してくれるだろうか。それが気掛かりだった。おそらくきちんと謝罪すれば気にするなと笑ってくれるだろう。元々かなり無理のある要望ではあったから。それでもふがいない結果になってしまった事には変わりないので失望させてしまうかもしれない。

 

夕映が思わずため息を付きそうになっていると、ふともう一つ気掛かりがあったことを思い出した。美神の事だ。彼女は何故賭けの相手にネギを選んだのだろうか。自分ならまずネギを相手には選ばない。理由は当然彼が優れた魔法使いだからだ。つまり素直に見れば美神はネギの事をよく知らなかった可能性が高い。だがそう考えると疑問が出てくる。先程の会話から察するに美神はエヴァの情報をある程度持っているようだった。横島が近況を報告していたからかだろうが、しかしそれならそれでネギの事だけ報告しなかったなんてことがあり得るのか。

 

 

(美神さんがあらかじめネギ先生の実力を把握していたのなら、この賭けには彼女なりの勝算があるということになる。でもどうやって・・・)

 

 

もうすでにネギは八回目の呪文を成功させ九回目に差し掛かっている。夕映が気になって美神の方を見てみると、彼女の唇は薄く笑みの形を作っていた。九回目。ネギが呪文を唱え杖を振る。その先端には今までのように小さな炎が点灯して・・・いなかった。

 

 

「え!?」

 

 

「は!?」

 

 

「な!?」

 

 

ネギと彼を見守っていた明日菜と刹那が同時に声をあげる。ありえないものを見たとでもいうように全員がポカンと口を開けていた。結果に頭が付いて行かない様子の彼らに向かって美神が落ち着いた声で告げる。

 

 

「私の勝ちね」

 

 

あっさりとした勝利宣言の後、美神は仲間たちとともにゆっくりとその場を去っていった。夕映は呆然と佇んでいるネギに後ろ髪をひかれながらも速足で美神のあとを追った。

 

 

「美神さん!」

 

 

美神の背中に追いつき声を掛ける。小走りで彼女に並びながら端的に尋ねた。

 

 

「何をしたですか?」

 

 

「何って?」

 

 

「とぼけないでください。最後何かしたですよね。じゃなかったらネギ先生が魔法を失敗するなんてありえないです」

 

 

「・・・まぁね。さすがに何も打つ手がなかったらあの子を指名したりなんかしないわよ」

 

 

 

「やっぱり・・・」

 

 

苦笑する美神に向かって夕映は再度何をしたのかと質問した。美神は思いのほか素直に種明かしをしてくれるようだった。

 

 

「切っ掛けは京都で横島君が戦った魔族の報告書を読んでた時の事よ。その魔族が魔法を使ったって書いてあったのよね」

 

 

「魔法・・・です?」

 

 

「そ。もちろんそんなもの成功するはずがないから盛大に自爆したみたいなんだけど。一応発動だけはしたみたいなのよ。ねぇ夕映ちゃん。魔法が失敗した時ってなんか起こったりする?」

 

 

「うぅん。私も初心者ですから断言はできないですが失敗の種類によるとしか。少なくとも私の場合は何も起きませんでしたけど」

 

 

「ふうん。まぁそれはそうか。術式の構築に失敗したかエネルギーの制御を誤ったかでも内容は変わってくるでしょうし」

 

 

腕を組みながら美神は納得したようにこくりと頷いた。そのまま講義でもするように解説を続ける。

 

 

「その魔族は魔法使いじゃないから、当然魔法のシステムに則して魔法を行使する事は出来ない。となると既存のシステムとは異なるやり方で同様の結果を導き出したと捉えるしかない。そう考えると、一つ思い当たることがあってね」

 

 

「思い当たる事?」

 

 

「この世界でいうところの魔力って、なんでか知らないけど私たちの世界の霊力と性質が似通ってるらしいのよ。実際逃亡犯の魔族はこっちの世界の魔力を使って失った霊力を補完してた。たぶん京都にいた魔族はこれの逆をやったんじゃないかと思うのよね」

 

 

「逆?」

 

 

「そう、魔力で霊力を補完したのではなく、霊力を使って魔力を偽装した・・・ってところかな。厳密に言えば違うかもしれないけど」

 

 

あくまで推測でしかないと美神は笑った。ただその報告を読んだ時ひらめくものがあったらしい。

 

 

「こっちの世界に来る前、私も色々と魔法について勉強してきたのよ。魔力、万物のエネルギー、術式、言霊・・・あぁこの場合呪文の事ね。とにかく魔法はそれらが連動することによって発動する。それならその中のうち何か一つでも妨害することができれば魔法は使えなくなるんじゃないかと」

 

 

「妨害って・・・それじゃさっきのは」

 

 

「自分の霊波を周囲に飛ばして、あのネギって子が魔力を使って術式通りにエネルギーを操作するのを妨害したって感じかな。私は魔法使いじゃないし術式を構築したりその術式に魔力を通す事もできないけど、霊力を使ってエネルギーに干渉することはできるみたい。魔法っていうシステムにとらわれずエネルギーに直接的に干渉できる点は魔法使い達にはない利点かもね」

 

 

「利点・・・って、つまり美神さんは術式も呪文も魔力すら必要とせず万物のエネルギーを操れるってことですか!?」

 

 

だとすればそれはとんでもない事だ。そんなことはエヴァンジェリンにだって不可能だ。魔法使いである以上、魔法のシステムから逸脱することはできない。仮にそれが可能だとして、似たような結果を生み出すことができたとしても、それはもはや魔法とは別の何かだろう。しかし夕映の驚愕に対して美神は肩をすくめるだけだった。

 

 

「そんな便利なもんじゃないわ。あくまでちょっと干渉できるってだけ。それに前提条件が割に合わないからあんまり使いたくない手段だし」

 

 

「どういう意味です?」

 

 

「遠距離からの狙撃を防げる位に霊波を広範囲に放射するとなると精霊石っていうかなり高価な霊具を触媒に使わなきゃならなくなる。だからそんな乱発できないのよ。それにあくまで魔力によるエネルギーへの干渉を断つってだけだから、体内で魔力を練り上げる強化系統の魔法は防ぎようがない。加えてこっちも延々と霊波を放出し続けるわけにはいかないから、効果的に妨害を行うなら相手の動きを見てタイミングを計らなきゃならない。正直戦闘に利用するにはあんまり実用的じゃないわ。さっきみたいによーいドンでだまし討ちを仕掛けるくらいにしか使い道がない」

 

 

「そ、そうなんです?」

 

 

「そうなの。それにさっきまで実際に試した事なんかなかったから所詮机上の空論だったし。まぁだから今回はいい機会だったのよね」

 

 

「はぁ、いい機会ですか。・・・ん?ち、ちょっと待ってください!試した事がないってさっきのが初めてだったですか!?」

 

 

「当り前じゃない。ついこの間こっちの世界に来たばっかなんだし試しようがないでしょ」

 

 

「そ、それはそうかもしれませんけど。じゃ、じゃあ美神さんはさっき妨害が成功するかもわからないのにぶっつけ本番であんな賭けをしたですか?」

 

 

「そだけど?」

 

 

「負けるかもって思わなかったですか!?」

 

 

「・・・変な事聞くのね。賭ける前から負けの心配なんかするわけないじゃん」

 

 

心底不思議そうにこちらを見てくる美神に夕映は絶句した。頭の中で以前に横島が言っていたことを思い出す。

 

 

「あの人のすごい所はな。どこまでも自分を信じて突っ走っていく所や。正直俺には到底真似できん」

 

 

そう言っていた横島は若干呆れつつもどこか誇らしげだった。当時はその言葉の意味もあまり理解できなかったが・・・。美神と並びながら歩いていた夕映が足を止めた。少し先まで行ってから美神が振り返る。夕映はしみじみとしながらポツリと呟いた。

 

 

「横島さんが美神さんはすごいって言ってた意味が何となく分かった気がします」

 

 

「あいつが夕映ちゃんに私の事をなんて説明したか確かめる必要があるかもね・・・今のあんたの顔を見るに」

 

 

お互いに半眼で顔を合わせてから、二人は再び一緒に歩き出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

消沈している弟子の横顔を見ながらエヴァは賭けが決着した瞬間を思い返していた。あの時ネギの魔法には何の不備もなかった。術式の精密さも魔力の練り具合も申し分なく言霊による事象変化の宣言も滞りなく行われた。失敗する要因がネギの側にない事は明白だった。つまり相手が何か仕掛けたとしか思えない。だがあの瞬間、エヴァの目から見ても美神令子には何の動きもなかった。少なくともこちらの警戒心を刺激するようなものは。

 

 

(得体の知れなさはさすがに横島の同類だな。そう簡単に尻尾は見せんか)

 

 

美神があの賭けを言い出した時点でこちらが敗北するだろうという事は予想できていた。一見すればこちらが有利すぎる条件だったが、あの女が何の対策もなくそんな条件を提示するわけがない。相手に勝てるかもと思わせてから罠にはめるのは詐欺師の常套手段だが、そういった意味では今回の美神の誘導はかなり強引だったと言える。エヴァが勝算のない賭けに反対しなかった理由は単純に美神の仕掛けに興味があったからだが、ひょっとしたら美神の側にも賭けの勝敗とは別に何らかの思惑があったのかもしれない。

 

 

「ネギ、失敗しちゃったのはしょうがないじゃん。落ち込んでないで元気出しなさいよ」

 

 

顔を俯かせている少年を何とか立ち直らせようと明日菜が懸命に励ましている。はたから見ても不器用としか言いようがない有様だったが本人は必死だ。その気持ちが伝わったのかネギがゆっくりと顔を上げた。力ない声で相槌を打つ。

 

 

「はい・・・」

 

 

「ほら、ちゃんと背筋伸ばして!あんたがそんなだとこっちの調子も狂っちゃうでしょ」

 

 

取り落としていたネギの杖を少年に手渡しながら曲がった背中をバンバンと威勢良く叩いている。その様子は完全に年下の弟を気遣う姉のそれだった。ネギが一度せき込みながら明日菜に向かって礼を言う。心なしか顔色もよくなったようだった。

 

 

「ありがとうございます。アスナさん」

 

 

「超さんの事は何か別の方法をみんなで考えましょ。大丈夫何とかなるって。っとその前に武道会に連絡入れないとまずいか。さすがにこの状況で参加するわけにはいかないし」

 

 

携帯を取り出した明日菜が電話を掛けようとして運営につながる番号など知らない事に気が付き慌てだす。その様子を見ていた刹那が落ち着くようにと苦笑を浮かべた。

 

 

「不参加の連絡は私の方で入れておきました。私たち以外もほとんどの人が欠場しちゃったみたいで運営の人に泣きつかれましたが」

 

 

「あ、やっぱりそうなの?高畑先生もどっか行っちゃたみたいだし」

 

 

「それとネギ先生は一度戻ってちゃんと説明した方がいいかもしれません。大会で戦うっていう男の約束忘れたんかって結構怒ってましたから・・・彼」

 

 

「コ、コタロー君ですか?どうしよう確かにこのままじゃ約束破ることになっちゃう」

 

 

「まぁ事情を話せばわかってくれるんじゃない?それでもグダグダ文句言うようなら私がぶっ飛ばしてやるわよ」

 

 

動揺しているネギを安心させるように明日菜が笑顔でそう言った。これ以上ネギに心労を掛けたくないと気遣っているのかもしれない。ネギはありがとうと感謝を伝え、アスナは些か照れくさそうにしていた。誤魔化すように話題をそらす。

 

 

「で、でもさぁ、別に責めるわけじゃないけどネギの魔法なんで失敗したんだろ?途中まではずっと成功してたじゃない?」

 

 

「確かにそうですね。やっていることもごく初級の呪文だったわけですし今更ネギ先生が失敗するとは思えないです」

 

 

「それは・・・そうなんです。言い訳をするつもりじゃありませんけど、集中はしていましたし成功の手応えもあったんです。それなのになぜか魔法が失敗して」

 

 

三人が顔を寄せ合いながら思い悩むように首をひねっている。それを見ていたエヴァがいい加減じれったくなって口をはさんだ。

 

 

「馬鹿かお前ら。そんなもの美神令子が何かしていたに決まっているだろう」

 

 

「何かって何よ?」

 

 

「そんなもの私が知るか。だが私から見てもぼーやの魔法には何の落ち度もなかった。となれば相手が何かしていたと考えるほかあるまい」

 

 

「それってつまりイカサマされてたってこと?」

 

 

「分かってるとは思うが今更何を言ったところで負け犬の遠吠えにしかならんぞ。イカサマを見破れなかった時点でこちらの負けだ」

 

 

難しい顔で唇を尖らせている明日菜にエヴァはそう忠告した。イカサマのネタが割れていない以上、追及をしたところで無駄なことだし証拠は何一つないのだ。証明する手段がない。それでも納得がいかないのかブツブツと文句を零す明日菜だったが、それを諭すようにネギが首を振った。

 

 

「その事はもういいんです。賭けを了承したのは僕ですし、何かされていたにせよ結果は結果として受け入れています。それより僕は超さんの事が心配で・・・」

 

 

ネギが顔を俯かせ悔恨の表情を浮かべている。責任を感じているのだろう。自分のせいで情報を得ることができなくなったと考えているに違いない。再び暗い雰囲気になりかけて明日菜が慌ただしく咳払いなどしている。横目で刹那に助けを求めているようだったが彼女にもどうしようもなかったのか無理だとジェスチャーを送っていた。エヴァは一つため息を付くと落ち込んでいるネギに声を掛けた。

 

 

「後悔してみたところで何もなるまい。顔を上げろぼーや。それと前々から思っていたことだがお前は真面目すぎる。まったく父親と息子でなぜこうも違うのか」

 

 

戦闘中には驚くほど柔軟な発想をするくせに、こういった状況では変に頭が固かったりする。律儀で融通が利かないのは生来の性格によるものか。それは見方によっては美徳ともとれるが欠点にもなりかねない。

 

 

「美神との賭けの条件は連中の後を追わないというだけだろう。ならば別の人間から話を聞けばいい」

 

 

「別の人・・・ですか?」

 

 

「そもそも横島は誰から超の情報を得ていた?」

 

 

「あっ!!」

 

 

そこまで言われてようやく気付いたのかネギは勢いよく顔を上げた。アスナや刹那もその手があったかと頷いている。

 

 

「いま超について一番詳しいのはハカセだろう。だったら当人から直接事情を聴けばいいだけの話だ。それに状況から考えて横島はハカセと合流している可能性が高い。ハカセの所に行けばあいつも見つけられるだろうよ」

 

 

「エヴァちゃん、ひょっとして最初から全部気付いてたのに美神って人に突っかかってたの?」

 

 

「連中から情報が欲しかったというのは本当だからな。素直に話すわけがないから様子を見ていたんだが、おかげで面白いものが見れた」

 

 

「面白い物って何よ」

 

 

「何でもない気にするな」

 

 

タネは分からなかったが手品は見れた。美神が何らかの方法で魔法を妨害できるという事実が分かっただけでも一応の収穫だ。明確に敵対していないとはいえその可能性がある以上、警戒はしておくべきだった。

 

 

「で、でもマスター、仮にハカセさんと連絡が取れて事情が聴けたとしても、このまま横島さんと鉢合わせしたら美神さんとの約束を破ることになってしまうんじゃ・・・」

 

 

「はぁ、だからお前は真面目過ぎると言ってるんだ。これくらいの駆け引きは当たり前のことだ。いちいち気にするんじゃない。まったく・・・」

 

 

弟子の頭の固さに内心辟易しながらエヴァは再びため息を付いた。やはりこの性格を強制的にでも修正した方が本人のためなのかもしれない。取り合えず泣いたり笑ったりできなくなるほど修行させれば少しは変わるかとエヴァが物騒なことを考えていると、その顔を見ていたネギが怯えたように後ずさった。

 

 

 

 

 

 

 

 







これも今更何ですが、この作品って一話の文章量が多すぎですかね。区切りのいい所まで書こうとすると、どうしてもそうなってしまうのですが。見苦しかったらすみません。



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