ある人の墓標   作:素魔砲.

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「今・・・何と言った?」

 

 

「あの剣を作ったのは僕だと言ったのさ」

 

 

室内の気温が下がったように感じるのは、単に自分の血の気が引いているからかもしれない。ガシャンと派手な音を立ててデスクの上に置いてあったマグカップが床に落ちた。無意識のうちに立ち眩みを覚えて肘か何かが当たってしまったようだ。カーペットでも敷いておけばマグカップは無事だったかもしれない。クラスメイトの四葉五月からもらって大事に使っていたものだったのだが。体を支えるためにさり気なくデスクの上に手を置く。ゆっくりと息をして超鈴音は気持ちを落ち着けた。

 

 

「何を馬鹿なことを」

 

 

「信じられないかな?」

 

 

「当たり前ネ。あれは私が未来からこの時代に持ってきたものだヨ。それがどうしてお前が作ったなんて話に・・・」

 

 

「そう。いつどこで誰が作ったのか、来歴はおろか構成要素すら不明なオーパーツ・・・だったか」

 

 

そう言いながら少年はどこか座れる場所を探しているようだった。もともと整理されているとは言い難かったこの研究室は先程の戦闘(殆どこちらが一方的に暴れただけだが)のせいで足の踏み場にも困るようになっている。壊れてバラバラになったパイプ椅子に名残惜し気な目線を向けてから、少年は結局立っていることに決めたらしい。残念そうにしている姿には同情よりもいい気味だとしか感想が浮かばなかったが。

 

 

「まぁ、分からないのも無理はないんだ。そもそもあれはこの世界の技術で作られたものではないからね」

 

 

肩をすくめながら少年はそう言った。どうやらどうしても『剣』を作ったのは自分だと言いたいらしい。超はとりあえずそのまま彼の説明を聞いてやることにした。

 

 

「君はあれが何故剣の形をしているのか不思議に思っていただろう?」

 

 

確かにそんな話をしたような記憶はある。時空震を発生させる素体が剣の形をしている事に超は前々から疑問を感じていた。自然物ではなく人工物として形を持っている以上、製作者の何らかの意図があるはずだが、それが何故剣なのか理解できなかったからだ。

 

剣とは武具であり武具は主に戦闘で用いられるものである。一部、祭祀などで使われるような例外も存在するがそれにしてはあの剣には何の装飾も施されていなかった。デザインは武骨で実戦的であるように思える。つまり製作者は戦うためにあれを作ったのだろう。

 

だがそうだとすると、なぜわざわざ素体を剣に加工したのか意味が分からなかった。時空転移を実戦で使用するなら剣である必要はないからだ。剣での戦闘方法はそれこそ色々あるだろうが、ただの道具として考えた場合その利用法はそれほど多くない。せいぜい叩くか切るか突くか相手の攻撃を受けるかその程度だろう。だがどの方法にしても敵に向かってそれを行う限り道具は必ず摩耗していく。刃が欠けるか折れるかあるいは戦闘中に紛失してしまう可能性だってある。そんなリスクを負うくらいなら、初めから単純に使用者が身に着けられるような形にすればいいのだ。それこそカシオペアのように。

 

そこまで思い出して超は少年にこくりと頷いた。確かその時は結局製作者は本来の用途に気付かないまま素体を剣に加工したのだという無難な結論に落ち着いたのだったか。

 

 

「実を言えばあれが剣の形をしている事に大した意味はないんだ。たまたま僕の記憶の中にいる魔族の一人が、時空に関して似たような技を使っていてね。あの剣は彼女たちの一族が使う武具を模倣したものだ。まぁ本来は韋駄天の技なんだが、さすがにタンクトップやらTシャツやらをオーパーツにするわけにはいかなかったし・・・」

 

 

言い訳のようにそう言って少年は乾いた笑みを浮かべた。その笑いにどんな意味があるのか分からなかったが、別に知りたくもなかったので超は続きを促した。

 

 

「要するにお前はこう言いたいのか?あの剣はお前がこの時代で作ったもので、それが私の時代で世に出たのだと」

 

 

「概ねその理解で間違いないかな」

 

 

「ありえないネ」

 

 

超は即座に否定した。

 

 

「なぜだい?」

 

 

「簡単だヨ。もしお前の言う事が本当だったとしたら、あの剣はたまたま私のいた時代で発見され、それがたまたま科学者の手に渡り、その科学者がたまたま利用法を思いついて、たまたま私と出会い一緒にタイムマシンを開発し、たまたまこの時代に持ち帰ってきたことになる。そんな偶然が何度も重なるものか!!」

 

 

早口でそう言い切って超は少年を威圧した。何故かはわからないが息が切れたように呼吸が荒くなっている。感情を自制しきれない。目の前の少年に対して怒りがあふれそうになる。それが何故なのか超は自分を分析しようとは思わなかった。冷静になろうとも思えない。

 

あるいは・・・その時にはすでにある可能性に気付いていたのかもしれない。本人にとっては絶対に認められない真実に。

 

少年は一つ頷き返すと超の言葉を認めた。こちらが拍子抜けするくらいにあっさりと同意してくる。

 

 

「そうだね。確かにそんな偶然はない」

 

 

「お前!!からかっているのか!?」

 

 

激高しそうになり、超は寄りかかっていたデスクに拳を叩きつけた。強化スーツの人工筋肉によって威力が倍増されたその一撃はあっさりとデスクを粉砕した。少年はそんな超の怒りを受け流すと小さく肩をすくめた。

 

 

「だからちゃんといたじゃないか。案内人が」

 

 

「案内人だと!?」

 

 

癇癪を起こした子供を宥めるようなその口調が腹立たしかった。もういい。話を聞くまでもない。どのみちこいつは敵なのだ。敵の言う事を真に受けるほうがどうかしている。そう思い、超は少年に掴みかかろうとした。打撃ではこの少年にダメージを与えることはできなかったが、絞め技などで意識を失わせれば横島たちが到着するまでの時間を稼げるかもしれない。カシオペアでの時空転移が使用できなくとも強化スーツによる踏み込みにこの少年は対応できないだろう。

 

超がつま先に力を込め、一歩目を踏みだそうとしたその瞬間。少年が僅かに瞳を細めた。唇を吊り上げ酷薄に笑う。鏡のように澄まされた悪意がそこにはあった。ただ一つだけ・・・相手を崖から突き落とすような。人を破滅へと導く悪魔が問いかける。

 

 

 

 

 

「最初に・・・あの剣を持っていたのは誰だ?」

 

 

 

 

 

ピタリと動きが止まる。

 

 

「時空転移理論を考案したのは?」

 

 

肌が粟立つような冷気がざわりと首筋を撫でていく。

 

 

「君とともにタイムマシンを開発したのは誰だ?」

 

 

目が見開かれる。思考が止まり、空白の中にいる。

 

 

「君にこの時代に戻るように言ったのは?」

 

 

衝動が殺されればそれまでだった。あるいは意志の力が。心の声すら沈黙し・・・。

 

 

「君に・・・」

 

 

心臓に刃を突き付けられたように一切の動きを止めた超に少年は最後の一押しをした。

 

 

 

 

 

「君に完成したタイムマシンを渡し、まるでそれこそが目的だったかのように、ある日突然姿を消したのは・・・いったい誰だ?」

 

 

 

 

 

逃げてはならなかった。

立ち向かわなければならなかった。

それができないなら、せめて認めなければならなかった。

 

 

だからこんな風に引き攣った表情で悲鳴のような叫びをあげるべきではなかった。

 

 

「嘘だっ!!!!!」

 

 

瞳が血走ったように赤くなる。肺の中の空気が一息でなくなるほど言葉を強く叩きつける。

 

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!うそをつくなああああああああああああぁぁ!!!!!!あの人はっ!!あの人はっ!!!!!」

 

 

「あれは僕が作った人形だ」

 

 

「にっ!!?」

 

 

「君に『僕のタイムマシン』を作らせるために僕が作った人形なんだ」

 

 

嗚咽に似た声がこぼれた。銃で撃たれたように体が一瞬硬直する。そしてすぐに脱力し、立っていられなくなる。超は床に膝をついた。眼球が固定されたように呆然と前を見続ける。瞳に色はなかった。少なくとも何かを思う意識のようなものは。呼吸は続く機械的に。胸が膨らみしぼむだけの簡単な動作がただ繰り返されていた。

 

少年はそんなこちらの反応などとるに足らないものであるかのように超を見下ろしていた。

口元を歪め深い声で告げる。

 

 

「二年前・・・この麻帆良の地に大きな時空震が派生した」

 

 

カシオペア零号機・・・いや自らが作り上げた『剣』に歩み寄り少年は大型のシリンダーに手をついた。表面を撫でながら語り始める。

 

 

「もちろんそんなものが自然発生するわけがないから人為的なものだったんだが・・・その時ね僕はこう思ったんだ。あぁこれは使えるかもしれないなと」

 

 

鉄の冷たさを、あるいは滑らかさを確かめるようにシリンダーに触れていた手を止め、少年は超に向き直った。

 

 

「発生した時空震を解析した結果、その何者かは今から百年ほど先の未来からきていることが分かった。でも残念なことにその何者かが発生させた時空震は僕が思っていたより周囲の時空間にあまり影響を与えるものではなかったんだ。これでは利用するにしてもこちらに大した利点がない。そこで僕は特定の条件下で強大な時空震を発生させる『剣』とそれを正しく運用できる『人形』を作った。もちろん僕の要求を満たすだけの性能を備えた物をね」

 

 

淡々と語る解説は一切のよどみがない。言葉に詰まることなく続いていく。

 

 

「僕は剣と人形を百年先で目覚めるようにセットして眠りにつかせた。あとは君の方がよく知っているんじゃないか?人形は百年後に君と出会って『僕のタイムマシン』を作り上げた。そして君が剣を持ってこの時代に戻ってくるように誘導した」

 

 

劇の役者と言えば大袈裟だった。大仰な身振り手振りや表情の変化があるわけではない。感情をこめた台詞回しもない。ただ妙にその仕草も言葉も印象深い。言葉を語るその姿がこちらの頭に入り込んでくる。

 

 

「けどまぁ、さっきから偉そうに『君のカシオペア』だの『僕のタイムマシン』だの言ってるけど、実はそれほど確信があるわけじゃないんだけどね。少なくとも二年前の時点では、僕は麻帆良に時空転移してきたのが誰なのか、どうやって時空転移してきたのかその方法さえ知らなかったわけだし。まぁあえて調べなかったからだけど。なぜかわかる?」

 

 

「・・・・・・・観察者効果」

 

 

「正解だ。君という存在を観測した結果、未来が確定してしまう可能性があった。実際は二年前時空震の発生を僕が観測した時点で、ある程度未来は変わっていたんだろうけど」

 

 

少年はそう言って剣が設置されているシリンダーに背中を預けた。砕けて散乱している機材の破片を蹴飛ばしながら満足げに頷く。超は何かを言おうとして自分の唇が震えていることに気付いた。喉が詰まったように言葉が出てこない。気力は萎えて立ち上がることができなかった。それでも何とか声を絞り出す。

 

 

「お、お前は・・・未来を変えることで・・・過去を・・・」

 

 

「改変された未来に君自身は絶対に気付くことができない。なぜなら改変された未来こそが君にとっての過去と地続きになるからだ」

 

 

目をそらすことはできなかった。息が荒くなり額から汗がにじみだす。心臓の鼓動は早鐘を打つようだ。自分の体に起こる変化に対処しきれない。

 

 

「百年先の未来で僕の人形は目覚める。時空転移を可能にする剣とともに。その情報は特定の人間だけに伝わるように一定のバイアスを掛けられ世界中に伝播する。そしてたどり着くわけだ。心の底から過去を変えたいと願う人間だけが僕の人形のもとに・・・」

 

 

刺すような冷気があった。それが錯覚だとしてもそう感じた。吹雪の中で聞こえる寒風のように空虚で頼りない己の心がか細い悲鳴を上げているようだった。

 

 

「あれに初めに接触したのは君の方からだったんじゃないか?」

 

 

「・・・う・・・うぅ・・・」

 

 

少年が笑みを浮かべている。常人とは一線を画す超越者の笑みを。超はここに来てようやく本当の意味でこの少年を不気味に思った。奇妙で奇怪でこちらの理解など遠く及ばない別次元の存在。

 

 

「な、なぜこんな事を・・・」

 

 

「ん?」

 

 

「なぜだ?お前が剣を作ったのなら当然タイムマシンだって自分で作れたはずだ。未来に干渉するなんてそんな回りくどい事をする必要は・・・」

 

 

「僕自身が動くわけにはいかなかったんだよ。あくまでこの世界の人間が自発的に行動を起こさなければならなかったんだ。そうでなければ・・・気付かれてしまう」

 

 

「き、気付かれる?誰に?」

 

 

「君には関係ない話だ。知る必要はない」

 

 

そう言って少年は寄りかかっていたシリンダーから体を起こした。そして一歩一歩足元を確かめるようにゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

 

「く、来るなっ!!」

 

 

尻もちをついたまま必死に少年から遠ざかる。バタバタとうまく動かせない手足で懸命に後ろに下がろうとする。

 

 

「何を怯えているんだ?超・・・」

 

 

少年が優しい声音で語りかけてくる。怯える・・・そう問われて超は自分がこの少年に恐怖を抱いていることに気付いた。その事を恥じ入るだけのプライドさえ粉々になっている。全てが否定された気分だった。生きてきたことの全てが。始まりから今に至るまで自分の人生はこの少年に操作されていたようなものだった。釈迦の手のひらで踊らされる孫悟空のように。自分がどんな思いで何を成してきたか、それすらも手の届かない場所で予め何もかも決められていた。

 

運命を・・・弄ばれていた。

 

その事が何より恐ろしい。

 

ドンと背中が壁にぶつかる。無様に逃げ続け、それも限界に来たようだ。

 

少年が近づいてくる。いまだに名前すら知らない。未知の怪物が・・・。

 

 

 

 

 

「お前は・・・いったいなんだ?」

 

 

 

 

 

少年は唇を吊り上げた。

言葉もなく、しばし見つめ合う。

 

 

「超・・・最後にいい事を教えてあげよう」

 

 

耳元まで顔を近づけて彼は囁いた。恋人達の睦言のように甘く・・・そして絶望的な言葉を。

 

 

「君が命を懸けてでも避けようとしていた未来は決して訪れない。なぜなら・・・」

 

 

その言葉が聞こえた瞬間、痛みに反応したように超の体がビクリと震えた。

容赦のない盛大な恐れに彼女の顔が歪む。

 

 

 

 

 

瞳に絶望を宿したまま・・・超鈴音は消失した。

 

 

 

 

 

 







今更と言えば今更何ですが、原作ありきの作品にここまで色々とオリジナル要素を入れると、これ本当に面白くなってるのかとちょっと不安になっちゃいますね。




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