ある人の墓標   作:素魔砲.

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その夜行われた死闘は、横島が負った名誉の負傷(コタツに弁慶の泣き所をぶつける)により突然終わりを告げた。

 

 

「なかなかやるじゃねぇか。さすがだぜ、戦友」

 

 

横島は脛をさすりながら、勝負の相手であるジークに向けてサムズアップした。

 

 

「いや、君が勝手に自爆しただけだろう・・・」

 

 

勝負も何も、自分は横島が振り回していた腕から逃れ続けていただけだ。

もっとも、正気を失い、魔族である自分などよりもはるかに悪魔らしい表情をした横島に、身の危険を感じたため、全力で逃げ回っていたが。

 

 

「とにかく、君の上司である美神令子が依頼を受けた以上、横島君にはしっかり働いてもらわなければならない」

 

 

ジークにしても軍から直接指令を受けた身だ。任務失敗は許されない。

異世界という特異な地で、直接的な戦闘能力を失っている以上、横島にどうしても納得してもらう必要がある。

 

 

「冗談じゃねぇ、そりゃ美神さんは金貰って満足だろうが、俺に命まで賭ける理由はねーぞ」

 

 

いつものように事務所のメンバー全員で行う仕事ならまだしも、横島一人で魔族と戦うなど絶対ごめんだ。というか無理だ。聞けばものすごく恐ろしい連中らしい、月に行った時のように横島好みの美女が絡んでいるのならばともかく。

今回はそんなおいしいおもいはできそうにないし・・・。

いや、考えてみれば月に行った時もろくでもない目にあっていたような・・・。

 

 

「どうかしたのか横島君?」

 

 

急にうつむき気味でなにやらぶつぶつとこぼし始めた横島に、ジークが尋ねた。

 

 

「いや、目茶苦茶思い出したくもないことを思い出しそうになっただけだ・・・地球の青さなんかクソ食らえや」

 

 

横島はシクシクと涙を零しつつ、ひざを抱えていじけていた。

結局月の女の子達にも、なんもできんかったしなぁーと微かに聞こえてきていたが。因みに某魔族とのディープなキスは除く。その後に、したくもないのに人類史上初の高度から、強制的にスカイダイビングをさせられたから色々帳消しである。

横島は、はぁ、と溜息を一つついて気を取り直し、ジークにもう一度任務を拒否する旨を伝えた。

 

 

「なにか勘違いをしているようだが、君一人で任務を遂行するわけではないぞ?」

 

 

横島の話を聞いていたジークは、横島が自分一人で、逃亡した魔族と戦わなければならないと、勘違いしている事に気がつき、冷静な声で訂正した。

 

 

「そ、そうなんか?」

 

 

てっきり自分一人でやらなければならないと思い込んでいたが、ジークの話によると事務所のメンバーが助っ人に来てくれるらしい。

もちろん向こうの世界でも仕事がある以上、それほどの人手をこちらに割くことはできないだろうが、それでも一人よりは、はるかにましだろう。

 

 

「標的に関しても誤解がある、確かに逃亡した魔族はかなりの実力者ではあるが、こちらの世界に逃亡した際、かなりの霊力を失っているはずだ。おそらく今はどこかに休眠状態で潜伏しているのだろう。こっちに来た直後に設置した霊力探査装置にも何の反応もないしな」

 

 

話を聞くと、横島が来る以前から、異世界の調査を進めていた土偶羅と協力して、迅速な任務遂行のために準備をしていたらしい。どうやら逃亡犯は失った霊力を補完する為に、こちらの世界の”魔力”を必要としているらしいのだが、現在は今いる土地の神木から魔力を得ているのではないかと、考えられている。

 

 

「仮にこちらの世界の魔力により、復活したとしても本調子とはいかないはずだ。勝てない相手ではない」

 

 

自信ありげにそう言って、ジークは横島を見た。

 

 

「でもなぁ、別に俺がなんかして貰える訳でもねぇし。やっぱり怖いしなぁ」

 

 

普段仕事で戦っている悪霊程度ならまだしも、上級魔族と呼ばれる輩は人間などよりはるかに強力な力の持ち主である事が多い。

大抵人間をなめてかかっているので、そこをついて渡り合う事はできるかもしれないが、それでも基本的に美神のサポート役に回る事が多い横島には、美神抜きで彼らとまともに戦う自信はない。ちょっと前に頑張った事もあったかもしれないが、それは例外中の例外だ。横島がそんな事を考えていると・・・。

 

 

「ふむ、まあ君の心配もわかるが、もう少し自分を信用したらどうだ?君だって歴戦の戦士だ、今まで生き延びてきたのがその証拠だろう」

 

 

ジークにしてみれば、横島は人の身でありながら、幾度も各上の相手と戦い勝利してきた男だ。その彼がなぜこんなにも自分に自信を持てないのか不思議に思うのだ。

 

 

「ふん、この世で自分以上に信じられんもんがほかにあるかっつーの・・・」

 

 

なにやら褒められた気がするが、過大評価だと横島は思う。自分の弟子を自称する人狼のシロと同じだ。ジークから顔を背け、例の扉に目を向ける。

だが、正直このままここでジーク相手に駄々をこねても意味などないだろう。

学校にまで根回しが済んでいる以上、あのクソ女は依頼をこなすまで自分を元の世界に帰す気など更々ないとみた。

 

 

(くっ、まじか・・・まじでよーわからん異世界なんかで魔族と戦わなけりゃーならんのか。)

 

 

しかも今回は美神がいない上に、いつ帰れるかもわからない長期出張ときた。

何故にこんな目にあわなければならないのか・・・何か美神に恨まれるような事をしたのか・・・心当たりは山のようにあるにはあるが、納得がいかない。

うんうんと横島が唸り声を上げているその時。直視すると怖いので微妙に目線をずらしていた扉のドクロがカタカタと鳴り出した。

 

 

「む、誰か来たようだな」

 

 

扉の変化に気がつきジークは横島に言った。

不気味に震えていたドクロと連動するかのようにギギギと音を立てながら扉が開いていく。しばらくすると無意味そうに発光現象を起こしていた扉が、完全に開いた。

そして中から現れたのは・・・。

 

 

「せっ、せんせーいっ!!」

 

 

ぼーっとその様子を眺めていた横島に衝撃が走る。何かがすごい勢いでこちらにぶつかってきたようだ。横島は体当たりをしてきた何者かと一緒に、ろくに受身も取れないまま、ごろごろと部屋の隅まで転がっていった。

ごつんっと盛大な音を立て壁に後頭部を打ち付ける。

 

 

「う、うおーっ!!」

 

 

衝撃に目をチカチカさせ、少しでも痛みを和らげるように後頭部をさすっていた横島は、自分の胸元に顔をすりすりと押し付けている銀髪の少女を見つけた。

 

 

「シロっ!おまえ少しは手加減しろと何度も・・・」

 

 

「だって先生がどこぞの外国人に連れられて、遠い異国の地に旅立っていったと聞かされたでござるから、拙者心配で心配で・・・」

 

 

大きな瞳に涙をためて横島を見つめながら、銀髪の少女、自称横島の弟子である犬塚シロはそう言った。どこをどう勘違いすればそうなるのか、まあ、ある意味間違ってはいないのかもしれないが・・・。

横島は自分から離れようとしないシロの頭を撫でてやりながら、美神さんはこいつになんと説明したのかと考えていた。

 

 

「助っ人てのはおまえなのか?シロ」

 

 

こんなに早く現れるとは思わなかったが、案外美神も自分を心配してくれているのかと、少しうれしくなる。

 

 

「助っ人?なんのことでござるか?」

 

 

きょとんとした顔で横島を見て、シロは横島に聞き返した。何の事だがさっぱりわからない様子で人狼の証である尻尾をふりふりと振っている。

 

 

「拙者はただ、先生に散歩に連れて行ってもらおうとしたら、美神殿から先生はどこか遠いところへ出張中だと聞かされて、あわてて何処に行ったのかと尋ねた所、なにやら怪しげな扉の向こうにいると教えてもらったので、取りも直さず駆けつけた次第でござる」

 

 

要するに何の事情も聞かずに、とりあえずこっちに来たらしい・・・。シロらしいといえばそれまでだが、もう少し考えて行動しろと思わなくもない。

その時、遠慮がちにこちらに声をかけてきたのは、外国人こと魔族のシークフリート少尉であった。

 

 

「あー話し中のところすまないが、君は?美神令子除霊事務所の人間か?」

 

 

そういえばたしか、ジークとシロはお互い面識がなかったはずだ。シロと出会ったのはジークと知り合う前だったし、ジークと知り合ってからは、シロも故郷の人狼の里にいる事の方が多かった。その後シロが事務所に居候してからは、ジークがこちらを訪ねて来た事はなかった。

 

 

「えーと、その通りでござるけど、犬塚シロと申します。そちらは?」

 

 

声を掛けられ、はじめてそこに誰かがいた事に気がついたのか、自己紹介しつつもジークの姿に驚いているようだった。

 

 

「私は魔界正規軍仕官ジークフリート少尉、ジークと呼んでくれ。今回美神令子に仕事を依頼した者だ」

 

 

ジークはシロに簡潔に答えた。

 

 

「魔界って、ひょっとして魔族の方でござるか?美神殿のお知り合いに何人かいると聞かされていたでござるが」

 

 

「そうだ、どうやら美神令子に何も聞かされていないようだが、君が今回の助っ人ということでよいのだろうか?」

 

 

一応横島の居場所をシロに教えたのは美神だ。あわてんぼうのシロが勘違いして勢いのままこちらに来てしまった事で、美神から許可が出ているわけではないような気がするが、正式な助っ人かどうかは怪しいところだった。

 

 

「先程も先生が言っていたけど、助っ人って何のことでござる?ジーク殿が美神殿にした依頼とやらに関係が?」

 

 

ようやく横島から体を離し、居住まいを正して、シロはジークに質問した。

 

 

「ああ」

 

 

シロの言葉を肯定し、ジークは横島に話した内容をもう一度シロに説明した。

難しい顔をして真剣にジークの話を聞いていたシロは、話を聞き終わると、こぶしを握り締め、意思の宿った瞳で横島を見つめて、力いっぱい元気よく横島の力になる事を宣言した。

 

 

「いや、シロ、そんなやる気出さなくてもいいんだぞ。俺もまだやるとは言ってないんだし」

 

 

この期に及んでいまだに及び腰な横島は、シロにやる気を出されても困ってしまう。いつの間にかなし崩しに魔族と戦う事になりそうで、嫌な予感がする。

 

 

「何を言っているでござるか先生、聞けばこの地にいる人々に危険が迫っているとのこと、拙者たちにしかその魔族を倒せないのならば、

拙者たちがやるしかないでござるよ」

 

 

やる気のこもった声を上げ、シロは横島にそう言った。

そうだ、考えてみれば妙に正義感のあるやつだったよなこいつ・・・と横島はシロと出会った時の事を思い出していた。

仲間思いで、天真爛漫、好奇心旺盛で、少々やきもち焼きでもある。

そんな、自分を慕ってくれているシロを、如何にして騙くらかし、どうやら例の扉を自由に行き来できるシロを利用して、この世界を脱出できないかとナチュラルに黒いことを考えている横島だった。

 

 

「それでジーク殿、その魔族たちは今何処にいるのでござるか?とっとと成敗して先生と散歩に行くでござる」

 

 

魔族云々よりも、むしろ横島と散歩に行くことがメインなのではないかと疑うほど散歩を強調して、シロはジークに質問した。

 

 

「それなんだが、今現在ターゲットの正確な所在は確認できてはいない。なにぶんおそらく休眠状態で霊力を温存している状態だろうからな・・・

やつらがある程度回復し、こちらの世界の魔法使いを襲撃するために、休眠状態を解除しない限り、こちらから仕掛けることは難しい」

 

 

苦い表情でジークはシロに答えた。魔界正規軍で使用している霊力探査装置を、精度を高めるため土偶羅が改造を施して、もし仮に魔族が現地の人間を襲うか、横島達が今いる土地から逃亡した場合、すぐさま駆けつけられるように準備をしているらしいのだが。

それは逆を言えば相手が動き出すまで何もできないということだ。そんな受身の姿勢ではこの世界の住民に被害が出ることを防ぐのは困難だ。

最もそんなことは、シーク本人が一番わかっているのであろうが。

 

 

「ふむぅ、となるとその探査装置とやらの反応待ちでござるか・・・。でもいつになるかはわからないと」

 

 

あごに手を添え、さも真剣に考えているという姿勢をとっているが、あまり似合っているとは言いがたい。なにやら子供が考えた、頭のいい人がよくするポーズを懸命に演じているように見える。無理すんなといったところか。

 

 

「ならば、先生と散歩に行っても大丈夫でござるな」

 

 

すると、しばらく悩んでいる振りを続けていたシロが突然そんなことを言い出した。

 

 

「「は?」」

 

 

唐突なシロの発言に横島とジークは同じ反応を示した。つまり、こいつは何を言っているのだろうか?と唖然としたのだ。

 

 

「では、さっそく散歩に行くでござるよ先生、いやー拙者異世界など初めてでござるからして、どんな所なのかとっても楽しみでござる」

 

 

ぶんぶんと尻尾を揺らし、耳をぴくぴくと動かして、満面の笑みを浮かべて、固まったままの横島の腕を取り、部屋の外に向かって歩いていく。

 

 

「ちょっ、ちょっと待つんだシロ君!」

 

 

ジークはあわてて、今にも横島をつれて部屋を飛び出していきそうなシロを呼び止めた。

 

 

「何でござるか?ジーク殿」

 

 

シロは、ジークが何故自分を呼び止めたのかまるでわからないように、横島をつかんだまま後ろを振り返った。

 

 

「何がではない、さっきも説明した通り、ここは異世界で君達は異邦人だ、こっちの世界の常識をしっかりと理解できるまで、不用意に外に出るべきではない」

 

 

実はもといた世界と、そう大きな違いがあるわけではないのだが、それでもここは異世界で、少々特殊な土地柄なのだ。ろくに土地勘もない状態で外に出て行って、もしも迷子にでもなったら、横島あたりが要らぬ騒動を起こしそうな気がする。

その点に関しては横島をまったく信用していない。

 

 

「そんな事言われても、拙者今日は先生と散歩に行っていないし・・・」

 

 

今日は横島が学校に行く日だったので、朝の散歩は遠慮したのだ。その分放課後横島が帰ってきてから、思う存分散歩につれていってもらうつもりだったのである。

 

 

「そう言われても駄目なものは駄目だ。だいいち君達が出かけている途中に万が一敵の反応があったらどうす・・・」

 

 

るんだ、とジークが言葉を続けようとしたそのとき、突然部屋の明かりが消えた。

一瞬にして光が消えたことに驚いたのか、つかんでいた横島をシロが離してしまい、横島は本日二度目の顔面着陸を決めた。

 

 

「なんだっつーんだ、停電か?」

 

 

ブレーカーが落ちたのだろうか、そのわりには、急に電力を消費する様なことはしていないはずだが。横島が頬をさすりながらジークに尋ねる。

 

 

「いや・・・これは・・」

 

 

ジークが何かを話そうとしたその瞬間、警告音と共に部屋の隅に置かれていたダンボールが突然ばらばらと分解する。そして複雑な形に組みあがったかとおもうと、ホログラムのように浮き出た地図が表示され、地図上の一部に紅い円が描かれた。

 

 

「っ・・霊力反応だ、分散して配置していた探査機の一部から反応が出た」

 

 

ジークはあわてて表示された地図を覗き込んだ。それでも霊力反応が出たのは一瞬だったのか、かなりの広範囲が捜索対象だ。対象を絞り込むにはもう一度その周辺に捜索範囲を絞って探査装置を作動させなくてはならない。

もっとも相手がもう一度霊力を使わなければ、失敗に終わるだろうが。

 

 

「はっ?ちょっ、ちょっと待て、それって・・・」

 

 

横島が暗い室内に浮かび上がったジークの横顔を見ながら声を掛ける。

 

 

 

 

「ああ・・・敵が現れた・・・」

 

 

 

 

 


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