ある人の墓標   作:素魔砲.

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粉塵と騒音のただなかにある。

 

 

その部屋はお世辞にも快適な環境ではなかった。

とうの昔に廃棄された地下鉄跡を拡張し、突貫工事で掘られた空間は全体的に埃っぽく蒸し暑さが付いてまわる。換気など望むべくもなく、濁った空気が室内を満たしていた。

 

簡易設計されたブロック型の建築構造は、単純であるぶん使用されている建材の割にそこそこ頑丈に出来ているようだが、地下空間に半ば無理やり詰め込んだ形で設置したため、部屋の四隅が奇妙な形で歪み天井の一部に穴が開いている。コンクリートと鉄骨で、ある程度の補強はしてあったが崩落の危険は常に付きまとっていた。

 

戯れに床を蹴ってみれば足元が砂埃で煙って見える。地鳴りのような衝撃が頭上を通り抜ける度、目深にかぶったフードの上に天井からパラパラと砂が零れ落ちてきた。電力を節約しているため、照明は常に薄暗く乏しい。光の届かない場所に幽霊でもいそうな影を落としていた。

 

それでも、これはかなり上等な部類だ。

後方とはいえ基地司令部から外れたこの場所に、研究設備を一通り用意出来ている時点で優遇されているとみるべきだろう。設営の際、工兵には随分と協力してもらったものだ。その分かなり嫌味も言われたが。彼らに言わせると、どうやら自分の頭はどうかしているらしい。研究員としての身分がありながら、何故こんな戦地にわざわざ出張してきたのか全く理解できないのだそうだ。その嘲笑を思い出し口の端を釣り上げる。彼らが被っている迷惑を考えれば、まぁ無理からぬところではあった。

 

砂塵から身を守るための防護用マスクの中でかすれた口笛を吹きつつ、ヘッドマウントディスプレイを兼ねたゴーグルに視線を走らせる。空間投影型のキーボードに切れ間なく指先を滑らせて、次々と移り変わっていく文字を目で追い続けた。集中しだすと周囲の騒音も室内全体を覆う微弱な振動も、なにもかもが気にならなくなっていく。まるで世界が数字と文字の羅列に変化していくようだった。

 

そんな錯覚の中にあると、時々自分の置かれている現状も忘れてしまいそうになる。誰もかれもが命を安売りしている戦場という名の現実をだ。それが単なる逃避だと思わなくもないが、いちいち気を張り続けても疲れるだけなので無視していた。

 

たが、そんな現実逃避も今回は長く続かなかったようだ。乾燥し、かさついている唇を舐めながらそう思う。どことなく砂の味が感じられる口内で唾を飲み込み、喉の渇きを誤魔化した。どうやらこの体は水分を欲しているらしい。集中が切れると汗のべたつきによる不快感も気になり始める。長時間部屋に閉じこもっていたため、時間の感覚もかなり曖昧だった。この機会に一度休息を取るべきか。コリをほぐすために肩を回しながら考えていると、立てつけの悪い扉を強引にこじ開けて、顔見知りの兵士が慌てた様子で飛び込んできた。

 

 

「ちっくしょう!!」

 

 

悪態をつきながらヘルメットと装備一式をかなぐり捨てている。ほこりまみれの頭をかき混ぜて首元を緩めていた。目の周りにクマの浮きあがった顔を向けて、わざとらしく足音を立てながらこちらに近づいてくる。

 

 

「奴らどうかしてやがる!!」

 

 

戦場特有のすえた臭いが、防塵マスク越しにこちらまで漂ってきそうだ。今の今まで戦っていたのだろう。脳内麻薬でハイになってますと言わんばかりに早口で罵倒してくる。うまく聞き取れないがどうせ敵方の悪口だと仮定しておざなりに相打ちを打っていると、そんな気配を敏感に察知したのか怒りの矛先をこちらに向けてきた。

 

 

「他人事みたいに言うな!!もうじきここも空爆で吹っ飛んじまう。そうなったらお前の研究室も丸ごとおしゃかなんだぜ!!」

 

 

唾を飛ばして喚き散らしてくる。いくら体が乾燥しているとはいえ、そんなもので潤したくはないので大げさに距離を取る。どうやら会話に付き合ってやらないと収まりがつきそうもない。仕方がないのでゴーグルとマスクを外し、何十時間ぶりに声を出した。

 

 

「あ~、という事はこっちの航空戦力は・・・」

 

 

「派手にやられてるし、ついでに言うと地上も押されてる!!トラップで足止めしてるがそれも長くは続かんだろう!!どういうつもりか知らねーが連中こっちに戦力を集中し始めやがった!!」

 

 

「そんなに大声出さなくても聞こえているよ。・・・でもまぁ、それも予想の範疇じゃないか。こっちの拠点構築を連中は見逃さない。所詮物量が違うんだ。あっちが本気になれば・・・」

 

 

「んな事は分かってるがな!!それでも勝算があるつって兵を呼び寄せたんだろう!!」

 

 

「市街地を要塞化するってあれは建前だよ。司令部の目論見としては補給線を確保するまでの時間稼ぎをしてほしかったって所かな?目的は概ね達成しているだろうし、上も兵を無駄死にさせるほど馬鹿ではないだろうから、たぶんすぐにでも基地放棄の命令が下るよ。」

 

 

それは配備されている兵たちを見ればよく分かる。もともと市街戦を想定していたため車両の類が少ないのはまだわかるとしても、歩兵や砲兵、魔法使い達も含めた戦闘に特化した部隊に比べ、工兵や支援兵科の部隊が少なすぎる。魔法が一般的になっている現在では、そういった築城の手間も大幅に軽減できてはいるが、それでも基本的に魔法使い達が得意とするのは純粋な破壊だ。本格的な陣地構築にはあまり向いていない。

 

それに百年ほど昔はどうだったか知らないが、もはや魔法使いの数もそれほど多くはなくなっている。うまく地球側に”適応”した一握りの者達を除けば、そのほとんどが長すぎる戦争の犠牲になっていた。

 

 

「こっちはあくまで囮なんだ。ある程度の足止めができればそれでいい。まぁ、末端の兵士には伝わってないのだろうけど」

 

 

「その口振り、お前は聞かされてたってのか?」

 

 

「まさか、現状から推察される単なる予測だよ。私も末端の研究者だからね」

 

 

「研究者ねぇ。戦場で夢物語を追い続ける大馬鹿だろ?或いは妄想狂か」

 

 

「ふふ、ひどい言われようだ。でも環境は劣悪だけど、一応ここにもメリットはあるんだよ。恒久的に物資が不足しているこの世界で、中央を除けば豊富な資材を獲得できる場所は戦場だけだ」

 

 

「資材ってのはぶっ壊れて使い物にならなくなった魔道兵器の残骸か?」

 

 

「私にとっては宝の山だがね」

 

 

「整備兵をこき使って訳の分からん装置を組み上げてはそれをぶっ壊してな。連中がノイローゼで倒れなかったのが不思議だぜ」

 

 

「彼らは私が連れてきたスタッフだし、君たちの迷惑にはならなかったろ?」

 

 

「連中の愚痴を聞かされるのが何故か俺だったって事を除けばな。何で俺が苦情係みたいな真似を・・・」

 

 

そのままブツブツとこぼし始める兵士にそっと微笑む。ここに送られてきてから仲良くなった彼は非常に面倒見のいい男だった。自分のような浮いた存在にも何かと気を配ってくれる。もともとの性格もあるのだろうが、生き死にのかかった戦場において、出会ったころのまま変わらずに接してくれる彼のような存在はとても貴重だった。このまま別れるのが残念におもえるくらいには。

 

 

「でもまぁ、私もそろそろ中央に戻らなければならないかな。ここも慣れてしまえばそれなりだったけど、研究設備に限界があるからね」

 

 

「つーかお前さん、そもそもなんで戦場なんかに来たんだ?後方でロジスティクスにまわるならともかく・・・意味が分からん」

 

 

「簡単に言えば実戦データを取得するのが目的かな。本命のための資金集めに別の研究をしていてね。ここに来たのはそちらの成果を見るためだ」

 

 

「別の研究?そっちも夢物語の類か?」

 

 

「いいや、こちらはもっと即物的なものさ。低コストで良質な兵士を作るというプランでね。被験者に呪文処理を・・・」

 

 

そのまま言葉を続けようとしたその時、一際大きな轟音と共に部屋全体が大きく揺れた。天井から零れ落ちてくる砂の量が増加し、周囲に土煙を立てる。椅子に腰かけていたのは幸いだったろう。立ったまま会話していたら、研究資材に体をぶつけていたかもしれない。張りつめた空気が一瞬にして室内に満たされた。そのまま呼吸すら止めて経過を観察する。

 

 

「っち。まぐれあたりの砲弾が近くに落ちたか?」

 

 

「いや、射弾観測にしてもこんなに近くには落ちないだろう。いくら戦況が不利といっても早すぎる」

 

 

「じゃあ地震でもあったってのか?」

 

 

「それこそまさかだよ。たぶんこれは・・・」

 

 

眉根を寄せながら押し黙る。すると再び大きな衝撃が起こり、同時に基地全体に非常事態を告げる警告音が流れた。向かい合っていた兵士が素早い動きで放置してあった装備に飛びつき、無線機を取り出す。チャンネルを合わせ司令部に状況を確認した。しばらく険しい表情でのやり取りが行われ、それが終わるとこちらをクルリと振り返る。

 

 

「敵側が戦略兵器級の魔法使いを出しやがったらしい。こっちの部隊も応戦してはいるが・・・」

 

 

無意識の動作なのか顎に生えた無精ひげをしきりに撫でつつ、押し殺した声でそう言う。顔色が悪く見えるのは先行きの暗さを想像して血の気が引いているからだろうか。

 

戦略兵器級の魔法使いと一口にいってもその実力はピンきりだが、一つだけ確かなのは彼らが一個人で戦況を左右するほどの力を持っているという事だ。戦闘ヘリよりも小回りが利き、戦闘機並みの速度で飛び回り、その一撃は戦車の砲弾など比べ物にならないほどの威力を秘めている。酷いのになれば町一つ破壊してしまえるほどの力を持った魔法使いも存在する。今現在こちらを攻めてきているのがそんな化け物とは限らないが、ただでさえすり減ったこちらの戦力で対応するのは難しいだろう。

 

 

「あらかじめ航空戦力を削ったうえで、戦略兵器級を投入か。セオリーだね」

 

 

「んな事言ってる場合か!!このままじゃ全滅だぞ!!」

 

 

鋭く言いながらこちらを睨み付けてくる。すっかり余裕を無くしてしまったようだ。

やれやれと嘆息しながら兵士が握りしめている無線機を指さす。

 

 

「それを貸してくれないか?」

 

 

「なんでだ?」

 

 

「本当は部隊が撤退するまでの時間稼ぎに使うつもりだったが、こうなっては仕方がない。戦略兵器級の魔法使い相手に実戦データを取るのさ。基地内の対空装備と連携させて迎え撃つ」

 

 

本来の運用方法とはお世辞にも言えないが、逆に考えればこれはチャンスでもあった。もし戦略兵器級の魔法使いを撃退できれば、上層部に対してこれ以上ないくらいのアピールになる。呪文処理を施した兵士は活動時間と魔法の使用回数に限りがあったが、そこは数で補えばいい話だ。理論上、瞬間的な爆発力は戦略兵器級の魔法使いとほぼ変わらないスペックを引き出せるはずだった。

 

本命の研究が滞っている現在、せめて実験サンプルと研究資金確保のための捨石程度にはなってもらわなければならない。無線機で整備班を呼び出し”人型兵器”の出撃準備をさせる。口元に不敵な笑みをにじませ、部屋の主は速足で扉の向こうに消えていった。

 

その姿を唖然とした様子で眺めていた兵士も、このまま置いていかれてはたまらないと慌てて後を追いかける。途中先程の振動で床に落ちてしまったらしい研究レポートを拾い上げ、律儀に机の上に戻していった。

 

いまどき紙媒体のそのレポートは数字と文字とグラフで埋め尽くされている。

余白部分にも汚い文字で走り書きが記され、一見すると子供の落書きのようにも見えた。

 

部屋の主が行っているメイン研究のレポートだ。

それは誰もが一度は思い描くだろう夢の研究だった。

 

紙面の一枚目、表題の部分にはそっけなくこう書かれている。

 

 

時空震発生における時空間転移の可能性と。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「ってことは一応学校には連絡あったのか?」

 

 

「はい。親戚の法事で外に出ているという話です」

 

 

内緒話のように低い声で質問する横島に弱々しく夕映が答える。普段見回りの最中によく利用していた公園で二人は真剣に話し合っていた。木陰に設置してあるベンチは風通しも良く、日差しにさらされた体の火照りを程よく鎮めてくれる。隣にいる夕映が汗ばんだ額や首筋をハンカチで拭いながら、時折通り抜ける風を気持ちよさそうに受け止めていた。そんな彼女から視線を外し、今聞いた話を整理してみる。

 

数日前から超は行方が分からなくなっていた。担任教師であるネギに連絡だけはしていたようで表向き騒ぎにはなっていない。ただ彼女自身が相当な有名人であることに加え、失踪状況もかなり特殊だったらしくこちらに情報が流されていた。理由は聞かされていないが、超は自分達とは別件で魔法使い達に監視されていたようだ。そしてそこから突然姿を消してしまった。

 

失踪現場は日中の大通り。当時その場所は目前に控えた学園祭の準備に追われて大勢の人間がごった返していた。一見すればすぐに見失ってしまいそうな状況だが、担当者は幾人かで死角を潰し、魔法までつかって高所から追跡していたらしい。正直中学生の女の子一人に大げさすぎると思わなくもないが、結果的にみればそこまでしても超の尾行は失敗したわけだ。まるで神隠しにでもあったように突然視界から消えてしまったという話だった。しかも一人ではなく全員の目から一斉に。

 

 

(俺達と同じか・・・)

 

 

少し前に超をストーキングしていた時の事を思い出す。あの時も彼女はこちらが目を離したわけでもないのに、いつの間にか姿を消していた。今思い返してもあの消え方は妙だった。自分たちが尾行に関して素人であるという事実を考慮に入れたとしてもだ。だからてっきり何らかの魔法が使われているとばかり思っていたのだが。

 

 

「魔法が使われている形跡はなかったみたいです。現場にいた人たちにも何が何だかわからなかったと」

 

 

絶妙な距離感を保ったまま隣に座っている夕映が身動ぎする。お互い小声で話しているために離れる訳にもいかず、しかし近づきすぎるのは気恥ずかしいらしい。その様子に苦笑をこぼしてから、横島は自動販売機で買った缶コーヒーを口に含んだ。体温でぬるくなってしまったそれは苦味も合わさってもはや飲めたものではなかったが無理やり喉に流し込む。一瞬息が詰まってむせ返りそうになりつつ、何とかこらえて夕映の話に集中した。

 

超がそんな消え方をしたため現場付近は魔法使い達によって入念な捜索がされたらしい。たが結局手がかりの一つも見つけられずに超の足取りは完全に途絶えてしまった。その後一応本人から学校側に連絡があった事と、彼女だけに構っていられるほど魔法使い達も暇ではなかったようで捜索は打ち切られることになった。ただ横島たちの事情を知っていた学園長は何やら不穏な気配を感じたらしく、こうして夕映を通して情報を伝えてきたわけだが。

 

 

(魔法使いが調べても何も分からなかったって・・・つまり超ちゃんは魔法を使ってたわけじゃないって事だよな)

 

 

超を監視していた魔法使いたち全員が事前に何の兆候も感じられず、消えた直後の現場にも魔法が発動した痕跡を見つけられなかったのだ。専門家が言うならそういう事なのだろう。

 

 

(だとしたら・・・もしかして霊能力か?)

 

 

ふと頭の中でひらめいた単語に眉をしかめる。例えば超が何らかの霊能を使って、監視から逃れていたという可能性はないだろうか。状況的に見て彼女が普通の方法で尾行をまいていたとは考えがたい。もっと非常識な手段を持っているはずだ。そしてそれが魔法ではないのだとしたら、もはや思いつくのは霊能力くらいしかない。実際、横島自身も文珠を使えば似たような真似ができてしまう。ただ、もしそうなのだとすれば別の疑念が浮かんでくる。

 

 

(つまり・・・あのガキが超ちゃんに協力してる?)

 

 

こちらの世界に霊力という概念が存在しない以上、超が単独で霊能力を扱える訳がない。自分たちのような異世界人の協力が不可欠なはずだった。そしてそう考えた場合、彼女の近くにはもっとも疑わしい人物が存在している。横島に思わせぶりな台詞を吐き、超の存在を匂わせた例の少年が。そこまで考えて横島は手に持った空き缶を無意識に握りしめた。

 

あの少年が超と何らかの関わりを持っている事は想定していたが、もし二人が積極的な協力関係を築いているのだとすれば事態は少々厄介になる。思わず心の中で舌打ちしながら、横島は夕映に話しかけた。

 

 

「念のために聞くけど、ほんとにただ親戚の家に行ってるだけじゃねーよな」

 

 

「それならいきなり消えたりせずに一般の交通機関を使うでしょう」

 

 

「う・・・まぁそれもそうか」

 

 

「そもそも超さんに親戚がいるかどうかも怪しいですし・・・」

 

 

「どういう事?」

 

 

片眉を上げて尋ねる横島に、小さく首を振って夕映が答えた。

彼女によると超は自分の経歴を操作している疑いがあるのだとか。

 

 

「年齢、経歴、国籍、その他諸々ほとんど不詳って・・・なんじゃそりゃ」

 

 

「前々からいろんな意味で普通の人じゃないとは思ってましたけど、でも超さんなら納得できなくもないというか」

 

 

呆れた声で呟くこちらからあからさまに視線を逸らしつつ夕映が言った。超に関しては優秀だけど変な人という認識があるためなのか、いまさらそんな事実を知った所でそれほど驚いてはいないようだ。文字通り世界が異なる場所から来た自分が言える立場ではないのだが、何故そんな正体不明な人物が学園に入学できたのだろうか。横島が疑問を口に出すと。

 

 

「いえ、ですから魔法先生たちも超さんを要注意生徒として特に警戒していたそうなんです。今回の件も彼女の妙な動きを牽制するつもりだったみたいですし」

 

 

「妙な動き?」

 

 

「ええと、私も詳しくは知らないんですが、魔法先生たちの会合を盗み見てたとか」

 

 

「なんでそんな事したんだ?」

 

 

「・・・さぁ」

 

 

互いに首を捻りつつ黙り込む。

超については殆ど何も知らないに等しいので、彼女の思惑が全く見えてこなかった。

 

 

(たぶんエヴァちゃんが言ってた”計画”とやらが関係してるんだろうけど・・・)

 

 

超が学園祭で何かするつもりだという事はエヴァも言っていた。もっとも具体的な内容までは把握していないそうなのだが。

 

 

(まぁ本人がいないんじゃ考えてもしゃーないか)

 

 

そこらも含めて色々と話を聞いておきたかったのだが、それも今さらだった。嘆息しながら近くにあったゴミ箱に向かって飲み終わったコーヒー缶を放り投げる。何度か縁にぶつかった後、カランと音を立てて缶が箱の中に収まった。それと同時に公園のスピーカーからチャイム音が鳴り時刻を知らせてくる。どうも知らない間に結構な時間話し込んでいたようだった。

 

 

「そういや夕映ちゃん、まだここにいても大丈夫なのか?これからエヴァちゃんの所で魔法の練習だろ?」

 

 

先程までエヴァの事を考えていたからなのか、ふとその事を思い出した。

確か今日からネギ達と合流するという話を聞いていた気がする。

 

 

「え、あ、はい。でもその、超さんの事もありますし、行ってもいいのかなって」

 

 

モゴモゴと口ごもりながら上目づかいでこちらを見てくる。どうも超の事を放っておくことに気が引けている様子だった。名称からして明らかに微妙そうな紙パックジュースを、飲むでもなく手の中で弄んでいる。何となくその動きを目で追っていた横島は、とりあえず何か言ってやろうと口を開いた。

 

 

「つってもネギ達と一緒に練習するの今日が初めてなんだろ?行かなくていいんか?」

 

 

「それは・・・そうなんですけど、でもやっぱり心配ですし」

 

 

「まぁ、気持ちは分からなくもないけどさ。でも聞いた話じゃ超ちゃんは自分からいなくなったんだろ?誰かに誘拐されたとかじゃなくて」

 

 

状況からみて超が誰かに操られているとか脅されているというのは考え難いように思える。おそらくは自らの意思で姿を消したのだろう。たしかにどうしてそんな真似をしたのか理由が判明していない以上、出来るだけ早く見つけるべきだとは思うが、夕映が考えているほど深刻な事態にはなっていないのではないかと横島は考えていた。

 

 

「一応俺もこれから現場に行ってみるからさ。超ちゃんの事は俺に任せてエヴァちゃんとこに行ってきな」

 

 

なるべく明るい口調を心掛けながら表情を和らげる。夕映は先の魔族が起こした一件を唯一記憶している人物だ。失踪したクラスメイトを心配して必要以上に神経を張りつめているのかもしれない。そう思い、気になって横目で確認すると、案の定どこか硬い雰囲気を漂わせている。強張って見える彼女に何か励ます言葉を言ってやるべきかと横島が迷っていると、ジッと押し黙っていた夕映が小さく呟いた。

 

 

「確かに超さんの事も心配なんですが・・・それより私が目を離したすきに横島さんが何をしでかすか分からないと言いますか」

 

 

「そっちかい!!」

 

 

思わず全力で突っ込む。自分が想像していた事の斜め上を心配していた夕映に横島は口元を引きつらせた。椅子からずり落ちたままブツブツと独りごちる。

 

 

「べつにそんな心配せんでもこんな時くらい真面目に仕事するっつの」

 

 

「じゃあ言っときますけど、一人になるからって絶対羽目を外したりしないでくださいよ。ナンパとか覗きとか公然わいせつとか」

 

 

「やるかっ!!いくら俺でも人前でチ○コ出したりせんわ!!」

 

 

「・・・・・・・ナンパと覗きは否定しなかったですね」

 

 

そう言いつつ夕映が半眼で見つめてくる。横島は目が合わないように顔を背けた。そのまましばらくの間無言の時間が流れたが、やがてバカバカしくなったのか背中越しに圧力をかけ続けていた夕映が諦めたように嘆息した。

 

 

「ハァ、まぁいいです。確かに合同練習の初日からサボるわけにもいかないですし」

 

 

「そうそう。それに向こうとこっちじゃ時間の流れが違うし、後で待ち合わせればいいだけだって」

 

 

向こうが根負けした気配を察して、横島は話を切り上げようとした。そんなこちらの思惑を見透かしているのか、夕映ががじっとりとした目を向けてくる。もちろん気付かないふりをして白々しい笑顔を向ける。これ以上こじれるのは勘弁してほしかった。そんな風に心の中で冷や汗をかいていると、夕映はベンチから立ち上がりスカートのすそを手で払った。一度姿勢を正し表情を引き締めて念を押すように言ってくる。

 

 

「それじゃ私は行きますけど、くれぐれも面倒を起こさないでくださいよ」

 

 

「わかってるって、大丈夫大丈夫」

 

 

まったく真剣みが感じられないまま気軽に請け負う横島に不安を感じたのか、夕映が表情を曇らせる。しかしネギ達との待ち合わせの時間が迫っていたのもたしかなようで、結局何度もこちらを振り返りつつ公園を出て行った。横島はそんな彼女を見送った後、こっそりと嘆息した。

 

何と言うか、できればもう少しこちらの事を信用してくれてもいいのにと思わなくもない。はたから見れば今の自分は過保護の母親に心配されている子供のようなものだ。というか既に2‐A組の一部の生徒はそう思っている節がある。自分の方が夕映よりも年上だというのに。

 

僅かに口をとがらせながら、座っているベンチの背もたれに両手を投げ出す。そのまま体重をかけつつ横島はそっと目を閉じた。気分を変えるつもりで頭の中を空にする。リラックスしようと体の力を抜いて耳を澄ませた。

 

涼やかな風と共に、頭上にある木の葉がさわさわとした心地よい音を奏でている。少し離れた所から聞こえてくるのはどこかの部活動の掛け声だろうか。遊具で遊ぶ子供たちのはしゃぎ声とは別に誰かの声援がこちらまで届いていた。学園都市内の公園だけあって年齢層はかなり低いようだ。特に放課後の時間帯は学校終わりに遊びに来る子供たちや、設備の行き届いた陸上トラックやテニスコートを利用する体育会系の連中も増える。横島も薄着の陸上選手目当てにここにはよく来ていた。もっとも最近はご無沙汰だったが。

 

 

(まぁ、ここんとこ忙しかったもんな)

 

 

少し前まではいろいろと暇を持て余していた気がするが、今は一応やらなければならない事がある。

 

 

そう・・・やらなければならない事があるにはあるのだが・・・。

 

 

(何なんだろな・・・この感じは)

 

 

口に出さずに呟き、呆けた表情のまま目を開ける。視界に入ってくるのは抜けるような青さ・・・ではなく、そこかしこに雲がかかった中途半端な空模様だ。何となくそれが今の自分の心境を表しているようで、横島は皮肉に頬が引き攣った。もやもやとしたまま小さく頭を振る。

 

 

(超ちゃんを探しにいかねーとだよな)

 

 

夕映にああ言った手前、何もせずにいるという訳にもいかないだろう。正直な話、自分が現場に行ったところでそんなに都合よく手掛かりが見つかるとは思えなかったが、夕映が帰ってきたときに備えて言い訳の材料くらいは集めておくべきかもしれない。

 

 

(頭では分かってんだけどな・・・)

 

 

空中に半眼を向けたままボンヤリと雲が流れる様を見続ける。どうにもやる気が起きないのだ。超の事は心配だし、あの少年にはもう一度会う必要があると分かっているのに、どうしても自分から動く気になれない。例えるなら全く宿題に手を付けていないまま、夏休みの終了を目前に控えた小学生の気分だろうか。放っておけば余計に面倒なことになるというのに、頑張ろうという気力がわいてこないのだ。

 

 

(いっそのこと見つからない方がいいのかね)

 

 

そんな事を考える。もし仮に超も少年も見つからなかったらどうなるだろう。何事もなく時が過ぎて学園祭が終わり、結局全てが自分の勘違いだったという事になったら、元の世界に帰れるだろうか。また美神に理不尽な目にあわされたり、おキヌちゃんに慰められたり、シロに振り回されたり、タマモにおごらされたり・・・とにかくそんな元の日常に戻れるのではないか。

 

 

「誰も見つからなかったら・・・か」

 

 

憂鬱といえるほど暗澹とした気分ではなく、さりとていつも通りというわけでもない微妙な心境のままポツリと呟く。意図して口に出したその声は、心中を表したかのようにあまりにも力ないものだった。言葉を発した本人にさえ虚ろにしか聞こえないような。

 

 

だから次の瞬間横島は心底驚いた。まさかこんな意味のない独り言に返事があるとは思わなかったからだ。

 

 

 

 

「誰かお探し中カナ?」

 

 

 

 

からかうように問われる。にこやかな笑みを口元に浮かべ、片目でウインクをしてくる。背中に後ろ手を組み、こちらを見下ろしていた。中華服とエプロンドレスを掛け合わせたような服装の中央には、超包子という刺繍が施されている。両サイドをシニョン風にまとめた髪型は綺麗に結い上げられていて、髪飾りの間から短い三つ編みが風に揺れていた。身長はそれほど高くない。体格も一般的な少女のそれだ。彼女のクラスメイトには同年代の娘たちに比べ規格外な者もちらほら見かけるので、そう言った意味ではあまり目立っていないかもしれない。

 

ただ、彼女が纏う雰囲気は独特なものがあると横島は思っていた。聞けばそれなりに変わりものの多いクラスの中でもトップレベルの変人だそうだ。天才的な頭脳の持ち主であり、行動力も並はずれていて、なぜか屋台のオーナーをやっていたりする。そして、今は絶賛行方不明中の人物だった。魔法使い達の監視からまんまと逃げうせ、どこかに消えてしまったはずの・・・。

 

 

「・・・・・・超ちゃん?」

 

 

ポカンと口を開けたまま少女を見やる。前に教室で見かけたままの姿だ。どこもおかしなところなどなく全くの健康体。自分が探し求めていたはずの人物が目の前で笑っていた。

 

 

「どうしてここに?」

 

 

「どうしてもなにもただの散歩ネ。くら~い研究室にこもってばかりだと美容にもよくないしネ。横島さんも散歩カナ?」

 

 

「い、いや、俺は・・・」

 

 

まさかあなたを探していましたなどと本人に言うわけにもいかず、横島はしどろもどろになった。いろいろと聴くべき事も言うべき事もあったはずなのだが、咄嗟に言葉が出てこない。

 

 

「隣、座ってもいいカ?」

 

 

「あ、ああ、もちろん」

 

 

自分が座っているベンチを指さしてそう言ってくる彼女に慌てて場所をあける。必要以上にかしこまったままこくこくと頷いた。そんな横島の様子を可笑しそうに見ながら超が隣に座る。そのまま伸びをするように体を仰け反らせた。

 

 

「う~む、やっぱり体が凝ってるネ。今度マッサージ器でも開発するカナ。どう思う横島さん?」

 

 

「へ?えっと、急にそんな事言われても・・・好きにすればいいんじゃないか?」

 

 

「ん~駄目だよ横島さん。そこは、だったら自分がマッサージする!!って言って襲い掛かってくる場面だヨ」

 

 

「な、なんじゃそりゃ。君は俺をどーゆー風に見とるんだ?」

 

 

「う~ん・・・・・・痴漢?」

 

 

「ストレートすぎるわ!!せめてもうちょっとオブラートに包んでくれ!!」

 

 

「ちぇっ、残念だヨ。せっかく作ったはいいけど試す機会がなかった痴漢撃退用の防犯グッズが使えると思ったのに」

 

 

「・・・まさかとは思うが、今ちょっとだけ見えた違法改造っぽいスタンガンを使うつもりだったんじゃなかろーな」

 

 

何処から取り出したのか、何やら怪しい道具をガサゴソと弄っている超に脅威を覚えながら距離を取る。まさかそんな物騒なものを本気で使うとは思わないが、それでもこちらが対応を間違えれば何となくノリで使ってきそうな気配もする。いまいち考えが読めない少女なのだ。チラリと横目で確認すると悪戯っぽく僅かに舌を出していた。

 

 

「ったく。だいたい散歩っていうけど、外に行ってたんじゃないんか?親戚の法事がどうとか聞いてたぞ」

 

 

「え?あ、ああ、なるほどそういう理由になてたカ。ウンウンソダヨ、ホウジオワタネ」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・何でカタコトなんだ?」

 

 

唇を尖らせながら棒読みで話す超に対して、胡乱なものを見る目付きで訝しむ。あからさまに嘘をついている様子だったが、詳しく追及するべきなのだろうか。もっとも、彼女が真面目に話してくれるかどうかは怪しいものだったが。

 

 

「まま、そんな事はどうでもいいネ。気にしちゃ駄目ヨ」

 

 

「いやまぁ、突然学校サボりたくなる気持ちは分からんでもないけどさ。なにも学園祭の準備で人手がほしい時に休まんでもいいんじゃないか?」

 

 

説教臭くならないように気を付けながら探りを入れてみる。失踪時の状況からして特殊だったし、彼女が率先してクラスメイトに迷惑をかけるようにも見えないので何か特別な事情があるのは明白だったのだが・・・。もはやサボっていた事を断定して話す横島に、超は反論してこなかった。ただ乾いた笑みを浮かべながら気まずそうに頬を掻いている。

 

 

「う~ん。たしかにクラスの皆には結果的に悪い事をしたネ。準備終わりそうカ?」

 

 

「ん、ああ、だいたい終わってる。すくなくとも徹夜でやんなきゃいけないって事にはならないんじゃねーかな」

 

 

「そうか、それは良かた。後で何かお詫びをしなけれならないネ。超包子の料理全品半額っていうのはどうカナ」

 

 

「そいつは喜ばれると思うけど、それ俺も半額でいいんか?」

 

 

「ふふ、もちろん・・・といいたい所だが、横島さんには別のお詫びを用意しようカナ」

 

 

「別のお詫び?」

 

 

聞き返す横島に超は意味ありげな視線を向けてこう言った。

 

 

「横島さんの質問に答えてあげよう。何か私に聞きたいことがあるのではないカ?数日前から熱烈なアプローチをしてくれているみたいだしネ」

 

 

薄く目を閉じた超が口角を釣り上げる。その言葉は鋭いナイフのようなものだった。油断していたこちらを貫くように突き刺さってくる。彼女は口をパクパクとさせて硬直している横島に冷たい笑みを向けてきた。

 

 

「ん?どしたネ」

 

 

言葉と共に首を傾げた超がわざとらしく促してくる。獲物を前に舌なめずりしているライオンのようだ・・・とは言い過ぎだが、蜘蛛が巣にとらえた標的を狙ってじわじわと近づいてくるようには見えた。短く嘆息し呼吸を整える。もはや弁解の余地もなく横島は白旗を上げた。

 

 

「やっぱり、尾行してんのバレてたって訳か」

 

 

ニヒルな笑みと本人は信じているそれを浮かべながら、映画俳優のように含みを持たせて大物ぶってみる。そんな横島に超は面倒なものを見る様子で半眼を向けてきた。

 

 

「まぁ、それはそうだヨ・・・というかそれ以前の問題ネ。尾行中に何回もナンパして、その度に騒ぎを起こしてたし、あれじゃ気付かない方がどうかしてるネ」

 

 

「だってしゃーないやんか。あのねーちゃん、めっちゃ美人やってんもん!!」

 

 

僅か十秒ほどしかもたなかった演技をかなぐり捨てつつ理解を求める。

それをあっさりとスルーして超は呆れた声で嘆息した。

 

 

「それ言い訳になってないヨ。あれじゃ相棒が可哀想ネ」

 

 

「た、たしかに夕映ちゃんには悪い事したけども・・・」

 

 

「途中から他人のふりしてたしネ~。一回警察に追われてた時なんか、よく逃げおおせたとは思たが」

 

 

「あ~、あん時か。暴徒鎮圧用装備で追いかけられた時はさすがに死ぬかと思ったな」

 

 

驚異的なチームワークでもって包囲を狭めてくる特殊部隊に、何とか対抗して逃げ回った時の事を思い出す。当たると塗料が付くカラーボールなど可愛いもので、ゴム弾を発射する重火器や、何を勘違いしたのか投網漁の真似事までしてくる奴もいた。というか途中から明らかに警察とは無関係な者達にまで追いかけられていた気がする。賞金首がどうとか言っていたあれは何かの冗談だったのだろうか・・・。

 

いやな記憶を思い出して気分が悪くなってきたので脱線していた話題を元に戻す事にする。超もいろいろと理解してくれたのか異存はない様子だった。

 

 

「で、何が聞きたい?」

 

 

仕切り直すように真面目な声音で超が話し掛けてくる。横島は少しだけ緊張しながら何を聞くべきかを思い浮かべた。関心事は大きく分けて二つある。一つは超が学園祭でやろうとしている”計画”についてだ。エヴァから聞いた話では、彼女が企てている計画はかなり大規模なものらしい。以前から秘密裏に準備を進めていたようなのだ。それがどんなものなのかは分からないが、もしその計画とやらに例の少年が関わっているようなら、場合によっては自分が止めなくてはならない。

 

そしてもう一つは少年の正体についてだ。明確な根拠はないが、あの子供が横島と同じ異世界人である事はほぼ決定事項のように思える。だとしたら、超は奴の正体についてどこまで知っているのだろうか。全てを知ったうえで互いに協力関係を結んでいるのならば、その事について言及しておかなければならない。無言のまま心の中で箇条書きにしていた疑問を彼女に確認する。

 

 

「超ちゃんはあの子供を知ってるか?」

 

 

「子供・・・とはどの子供の事カナ?」

 

 

内容が漠然としすぎていたためか、首を捻った超が質問に質問で返してくる。とぼけているのか、それとも本当に知らないのか、見ただけでは相手の考えを読むことができない。どうにも自分一人では荷が勝ちすぎている気がした。これは勘に過ぎないが、こういった心理の駆け引きにおいて、超は自分よりも遥かに優れているのではないだろうか。とにかく慎重に質問するべきだと、気分的には大金のかかったポーカーでもするつもりで言葉を選んでいく。

 

 

「超ちゃんの屋台で働いてたガキだ。なんか妙に偉そうでむかつく感じの」

 

 

「超包子で?それは古や五月ではなく?」

 

 

「ああ。ちゅーかそもそも男だしな。なんか黒っぽい服着て、髪も真っ黒で、ネギよりちょっと年上くらいだったかな」

 

 

「ふぅむ」

 

 

口元を隠しながら小さく唸り、彼女はそのまま黙り込んでしまった。俯き加減の前髪が大きな瞳を隠している。思い出している・・・というよりは情報を出し渋っているように見えるのは、こちらの穿った見解だろうか。しばらくはその静寂に付き合っていた横島だったが、いい加減痺れを切らして口を開いた。

 

 

「超ちゃん?」

 

 

短く呼びかけると、超はそれを待っていたかのようにゆっくりと顔を上げた。

こちらと目を合わせながら答えてくる。

 

 

「そうネ。もし横島さんが言っているその子供が、今私の考えているアレと同一人物だとしたなら・・・まぁ、知ってはいる」

 

 

「なんか随分と回りくどい言い方だな」

 

 

「う~ん、そこは大目に見てほしいヨ。例えば横島さん、アレの名前を知ってるカナ?」

 

 

「へ、名前?・・・そういや聞いてねーな」

 

 

そう問われて、横島は自分が追っている者の名前も知らない事を思い出した。あの子供とは何回か会っていたが、互いに名乗りもしていなかった気がする。まぁ、イケメン予備軍の生意気なガキの名前など、たとえ教えられていたとしても覚えられたか怪しいものだったが。そんな事を胸中で考えていると、こちらの顔色から何となく察したのか超が投げやりに両手を広げた。

 

 

「私も似たようなものだヨ。アレに関してはほとんど何も知らないのと同じネ。ある日突然訪ねてきてそのまま居ついてるだけだからネ。有用である内は追い出す必要もないから放置しているが・・・」

 

 

「って事はやっぱりあいつ超ちゃんのとこにいるのか!?」

 

 

「いいや、今はいないネ。ちょっと前に出て行ったきり姿も見せていないヨ」

 

 

自分はアレの保護者ではないからと、そう言いながら小さく首を振っている。どうも超はあの少年をそれほど重要視していないようだ。というよりもまったく興味がないと言った方がいいか。あれだけ特異な雰囲気を持った子供がいなくなったというのに、飼い猫が家出した程度にも感じていない様子だった。だが、それは逆に言えば超が彼に関して全く警戒心を持っていないという事でもなる。彼女が本心を語っていないだけなのかもしれないが、それでもこれはかなり危険な状態だと横島の目には映った。脅すつもりもないが注意するようにと忠告する。

 

 

「超ちゃん。君たちがどういう関係なんだか知らんが、とにかくもうこれ以上あのガキに関わらない方がいい」

 

 

難しい顔のままジッと超の顔を見つめる。不安を煽るような形にはしたくないが、それでも万が一のことがあってからでは遅すぎる。低く押し殺した声で言う横島に彼女は簡潔な言葉で尋ねてきた。

 

 

「なぜカナ?」

 

 

可愛らしい仕草でそう問うてくる。その忠告を純粋に不思議だと感じている様子だった。だがそれは横島にとって、なかなかに答え難い疑問でもある。ある程度少年についての推測は立っているものの、それをそのまま彼女に話すわけにもいかない。超が異世界についてどれだけの情報を持っているかは見当がつかないし、もし何も知らないのだとしたら藪蛇になりかねないからだ。言葉に詰まりながらなんとか声を絞り出す。

 

 

「いや、なぜって、えっと・・・理由は説明しづらいんだが、とにかくあのガキは危険なんだ。その何と言うか」

 

 

しどろもどろになりながら言葉に窮していると、彼女は片手をあげ横島を遮った。全てわかっているとでも言いたげにゆっくりと頷く。そして、こちらの顔色をうかがいながらこう言った。

 

 

「それは、あれが異世界の人間だから・・・カナ?」

 

 

まるで品定めをするように見てくる。そんな視線にさらされて横島は再び息をのんだ。別にその言葉が全くの想定外だったというわけではない。だが、実際に彼女の口から異世界という単語を聞くと、自分の考えが正しかったのだと嫌でも認めざるを得なくなる。超が異世界について知っている時点で、少年の正体がほぼ確定したという事になるからだ。それはつまり自分が漠然と感じていた不安が、だんだんと形になってきているという事の証明でもあった。ごくりと生唾を飲み込み、首筋に流れてくる嫌な汗を袖口で乱暴に拭う。言いようのない気持ち悪さを感じて横島は唇を噛んだ。

 

隣でジッと黙ったままこちらを待っている超が恐ろしい。いまさら無駄かもしれないが、一応否定はしておくべきかと横島が振り返ると、そこには意外な表情を浮かべた彼女がいた。

 

愕然としている・・・といった表現が的確だろう。目を見開き、僅かに唇を震わせ、身動き一つせずに硬直している。瞬きもしていないので瞳も乾き始めているだろうに、それすらも忘れているのではないかと思われた。まるで命のない彫像のようだ。表情筋に一つのひび割れさえなく呼吸を止めている。絵に描いたような驚愕の表情だ。そのまま卒倒して倒れてしまうのではないかと心配になるくらいの・・・。

 

だが、言わせてもらえるなら、むしろ驚いたのは横島の方だった。彼女から言い出した事だというのに、まるでこちらの反応が全くの予想外だったとでもいうような態度だ。不気味なほど静まり返っている超を訝しんでいると彼女はようやく動きを見せ始めた。感覚を確かめる様子で何度も両手を開閉している。

 

 

「あは、ははははは、まさかまさか、本当だたのカ!?アレの冗談とかではなく!?」

 

 

喉に詰まった余分な酸素を無理やり吐き出すかのように、一気にまくし立ててくる。こちらの胸ぐらを掴みとる寸前まで接近しながら身を乗り出してきた。その勢いにのまれながら、自然とベンチの端の方まで追い込まれる。尻の半分が空中にはみ出すまで詰め寄られて、ようやく超の動きは止まった。つんのめりつつ無言で頷く。ほかにどうしようもなかった。今の彼女にうまく嘘をつく自信が欠片もなかったからだ。そんな横島の様子に満足したのか彼女は鷹揚に構えると、人を食った笑みを浮かべて質問してきた。

 

 

「という事はあなたも異世界人なのカ。横島忠夫さん」

 

 

すっかりいつもの余裕を取り戻したようだ。声の調子に張りが出ている。

 

 

「くすくすくす。そうかそうか、なるほどなるほど。ならば、私が横島さんに会う事もアレにとっては予定調和なのカ?くっくっく、いやはやまったく・・・これだから油断できない」

 

 

低い声で言いながら瞳に真剣な色を宿している。それだけで彼女の笑みが、ひどく物騒に見えてくるほどだった。

 

 

「でも、そうネ。ということは、あの話も全くの嘘という訳ではないのか。う~ん、アレに踊らされるのは業腹だが・・・それでも横島さんには聞いておくべきなんだろうネ」

 

 

彼女はそう言い終えると、あまりの事態に付いて行けないまま停止状態であった横島に向き直った。そのまま体を摺り寄せて、耳元でささやいてくる。蛇の如く瞳を細め、まるで誘惑するような甘い吐息を唇から零しながら告げる。横島にとって重要な意味を持つその一言を。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ横島さん・・・過去を変えてみたいと思わないカ?」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

すっかり遅くなってしまったと、携帯電話で時刻を確認しながら綾瀬夕映は待ち合わせ場所に向かっていた。速足で歩道を進み、目的地の公園へと急ぐ。別に待ち合わせの時間を決めていたわけではないし、遅くなった理由を話せば横島はそれほど怒らないと分かってはいたが、それでもゆっくり歩いていく気にはなれなかった。横島の事が心配で仕方がないからだ。いや、正確に言えば彼が何をしでかすか気が気でないというだけなのだが。

 

確かにあの時横島は真面目に仕事をするというような事を言ってはいた。だがそれを鵜呑みにして信用する気には到底なれなかった。そんな儚い幻想は遥か昔にぶち壊されている。また何か面倒事を起こしているような気がして、夕映は両足に力を込めた。心に感じている不安に後押しされるようにして進んでいく。前傾姿勢をとりながら横断歩道を渡った。最後には、もはや走っているのと変わらない速度で公園の入り口へと滑り込む。キョロキョロと周りを見渡し、横島の姿を確認する。

 

意外な事に彼はあっさりと見つかった。夕映にとっては昨日の出来事だが、別れた時と同じベンチに一人で座っている。荒くなった呼吸を整え、手櫛で髪を梳きながら横島の元へと向かう。日も落ち始めた黄昏の時間帯。公園内はすっかり人気も消えて、そろそろ街灯がつき始める頃合いだった。何となく寂しさを覚える光景だ。あるいは逆に美しさを感じる情景かもしれない。赤い光が誰もいなくなった遊具を照らし、お日様が本日最後の暖かさを届けてくれている。砂場に刺さった小さなスコップは誰かの忘れ物だろう。鎖の部分が妙に捻じ曲がっているブランコは利用者のいたずらか。それらの脇を通り過ぎ、夕映は横島のすぐそばまで近づいた。しぜんとその姿が鮮明になる。彼はいつも以上に呆けた表情を浮かべ空を見上げていた。

 

 

「横島さん」

 

 

短く名前を呼ぶ。とにもかくにも無事合流する事が出来てよかったと夕映は安堵した。特に断りを入れることなく隣に座る。少しだけ疲労を感じる体を落ち着けて、とりあえず遅れたことを謝ろうと口を開きかけて・・・ふと違和感を覚えた。隣が妙に静かすぎる。こちらの呼びかけに全く答えようとしていない事もそうだが、それよりも何と言うか気配がおかしかった。

 

何故か言葉が出てこない。周囲が重い空気に包まれている気がする。

あらゆる会話を拒絶するような雰囲気がその場を支配していた。

 

 

(や、やっぱり遅くなってしまったことを怒っているのでしょうか)

 

 

そんな事が心に引っかかり、夕映は顔を俯けた。零れ落ちた長い髪が横島と自分をうまい具合に隔ててくれている。髪でできた黒い壁をジッと見つめながら考えてみる。こちらの勝手な想像で許してくれるものだとばかり思っていたが、本当は待ちぼうけを食わされてイラついていたのだろうか。だとしたら早目に謝ってしまうべきだろう。夕映はゴクリと喉を鳴らしつつ言葉を発しようとして・・・。

 

 

「なぁ、夕映ちゃん」

 

 

「は、はひ!」

 

 

唐突に名前を呼ばれ、全身がビクリと上下した。妙な所から声が出て思わず赤面する。胸元を押さえつけると心臓が嫌になるくらいドキドキしていた。深呼吸しながら心の中で何度も落ち着けと命令し、何とか自分を制御する。少しはましな状態になったのを確認してから、夕映は声の主に顔を向けた。横島はそんな夕映の姿など目に入っていない様子で前を見続けている。そして相変わらずぼんやりとしたまま、ぽつりと言った。

 

 

「変な事聞いていいか?」

 

 

「え?」

 

 

唐突に尋ねてくる彼の様子はどこかおかしかった。夕日に照らされて眩しそうに顔をしかめるでもなく、ただやる気のない無表情を貫いている。夕映はそんな横島を訝しく思いながら無言で頷いた。とりあえずどんな事を聞かれてもいいように心の準備だけはしておく。だが、そうやって身構えていても、彼はなかなか続きを話そうとはしなかった。ひょっとして目を開けたまま眠っているのかと夕映が疑い始めたその時、横島はようやく口を開いた。

 

 

「もし・・・もし仮にさ、夕映ちゃんが自分で選んだ事で、大切な何かを無くしちまったとして・・・」

 

 

顎の関節を無理やり動かしているように、その言葉はぎこちない。声音だけに限って言えば、言い辛い事を無理やり話しているようにも聞こえる。しかし彼の顔からは、その声に反して何の緊張も感じられなかった。妙にアンバランスな印象のまま言葉を続けてくる。

 

 

「もし、もしさ、その選択をやり直す事が出来るんだとしたら・・・君ならどうする?」

 

 

突拍子もない事を尋ねてくるわりに、初めから返答など期待してないとでも言いたげに夕映の方を見向きもしない。言いたい事だけを告げて、白昼夢を見ているように放心している。そのまま黙り込んでしまった横島に、夕映は何となく苛立ちを覚えた。せめてこちらを振り返る位はしてもいいのにと少しだけ頬を膨らましつつ、一応答える事にする。

 

 

「えっと、よく分かりませんけど・・・もう一回選べるならそうすればいいんじゃないでしょうか?」

 

 

質問の意味は理解できるが、そんな事を聞いてくる横島の意図は不明だった。だから深く考えずに思ったことを口にした。するとそのセリフが意外だったのか横島は目をパチクリとさせて、ようやくこちらに顔を向けてきた。そして妙に納得した様子で顎の下を押さえ何度か頷くと、椅子の上でズルズル体を滑らせる。

 

 

「はは、たしかにそうだよなぁ。気に入らねーならやり直しちまえばいいって話か。・・・つってもなぁ」

 

 

そのまま小さな声でブツブツと独り言を言い始める。夕映はいい加減腹が立って少しだけ棘のある視線を向けた。

 

 

「というか、なんでいきなりそんな事聞くですか?」

 

 

「ん~~。あ~~ごめん。ちょっと聞いてみたくなってさ。考えてみりゃ他人にこんな話したことなかったかなって」

 

 

「意味分かんないです」

 

 

「うん。まぁ、そだな。そう・・・だよな」

 

 

くぐもった声でそう言い、横島は無理のある体勢から腕力だけで上体を起こした。

座ったままの夕映に視線を送り、力の抜けた笑みを浮かべる。

 

 

「わりぃ夕映ちゃん。俺今日帰るわ」

 

 

肺にたまった空気を吐き出してそんな事を一方的に告げてくる。そしてこちらの返事も待たずに椅子から立ち上がると、本当に歩き出してしまった。

 

 

「へ?い、いやちょっと待ってください!!」

 

 

唐突に帰宅しようとする横島を慌てて呼び止める。速足で駆け寄り、うつむき気味で猫背になって歩いている彼の前に回り込んだ。鋭い視線を向けると、横島はこちらの剣幕に戸惑っているように見えた。しかし困惑しているのは夕映も同じだった。あきらかにおかしな態度で妙な質問をしてきたと思ったら、突然こちら都合などお構いなしに立ち去ろうとしているのだから。そもそもこれから超を捜しに行くという話ではなかったのか。夕映がそう問いただすと、横島は若干腹が立つほどお気楽な調子で言った。

 

 

「ああ、超ちゃんなら見つかったぞ」

 

 

「は?・・・って、見つかったんですか彼女!?」

 

 

「うん、さっき会った。明日から学校にも顔出すってさ」

 

 

「あ、会ったって・・・なんでそんな急に」

 

 

「さぁ?なんかわざわざ俺に訪ねて来たみたいやったけど・・・ひょっとしたらワイに惚れてるのかもしれんな」

 

 

「いや、そんなんあるわけねーです」

 

 

バッサリと切り捨てながら低く唸る。超の型破りな性格は百も承知だったが、行方をくらませた人間が真っ先に横島に会いに来るというのは、何か意味深な気がする。惚れてる云々の戯言は置いておくにしても、何らかの思惑があったのではないだろうか。

 

そう考えれば横島の態度が妙だった事にも説明がつくように思えた。態度や言動はいつもと変わらない様子だったが、夕映には彼が無理をしてそうふるまっているように見えていた。自分がいない間に何があったのか・・・できれば直接問いただしておきたい所だが、話を早急に切り上げようとした態度から見るに、おそらく素直に答えてはくれないだろう。心の中で考えつつ、それでも一応問いかけてみることする。

 

 

「それで、ちゃんと話を聞き出せたですか?」

 

 

「ん?あぁ、まぁな。こっちの予想は当たってたみたいだ。例のガキは超ちゃんの所にいたんだってさ」

 

 

「いた・・・って事は、つまり今はいないってことですか?」

 

 

「うん。超ちゃんにも居場所はわからないんだって」

 

 

「彼女が嘘をついている可能性は?」

 

 

「そりゃ疑おうと思えばいくらでも疑えるけどさ。ぶっちゃけかなり胡散臭いし。あのガキとつるんでたのは本人も認めてたから、かくまってても不思議じゃない」

 

 

だが、少なくとも自分には本当の事を言っているように見えたと横島は言った。夕映も超が嘘をついたのだとして、それを見破る自信はなかったので、横島を責めようとは思わなかった。だだ、成果を期待していた分落胆が大きいのも事実だ。横島と二人で顔を見合わせながら同時に嘆息する。ある程度予想していたことだが、やはり彼女を相手にするのは一筋縄ではいかないようだ。

 

 

「でも、これからどうします?正直、もう超さんからは情報を引き出せないと思うですが」

 

 

「それなんだよなぁ。つっても今更あてもなくあのガキ探した所で見つかるとは思えねーし。どうしようか」

 

 

互いにどうするか意見を求めても、いい考えは浮かびそうになかった。そもそも麻帆良全体を統括している学園長の捜索から逃れ続けているような奴が相手だ。手がかりだった超から所在が聞き出せなかった以上、闇雲に探し回っても到底見つかるとは思えなかった。そのまま黙り込み夕映が難しい顔で考えていると、横島が小声で何かを呟いた。

 

 

「こうなったらいっその事、誘いに乗ってみるのも手かもしれねーな」

 

 

「何か言ったですか?」

 

 

「へ?あ、いや、こっちの話」

 

 

尋ねるこちらの言葉を下手な笑いで誤魔化して横島が顔を背けた。わざとらしく空を仰ぎ、話を切り上げようとしている。どれだけ追及してものらりくらりと言い逃れて真面目に答えてはくれない。そうこうしているうちに日も暮れはじめ、結局その日は解散することになった。どこか様子のおかしい横島の態度を気にしながら、夕映は落ち着かない気持ちのまま家路についた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

自分は未来人だと彼女は言った。

タイムマシンを使って未来からやってきたのだと。

 

過去に遡って歴史を改変し、都合の悪い未来を書き換えるのだそうだ。例の計画とやらも、要するにそれを実行するための手段であるらしい。それがどんなものなのか具体的な内容を教えてはくれなかったが、準備は既に終わっているのだそうだ。楽し気に語っていた彼女の姿を思い出す。瞳に不敵な色を浮かべ、こちらを試すかのように覗き込んでいた。

 

なぜそんな話を自分にするのかと尋ねた時、彼女は口元の笑みを消し優しい声で答えた。貴方になら私の気持ちがわかるかもしれないと思ったからと。

 

何のことか分からず困惑していると、彼女はベンチから立ち上がり自分に向けて仲間にならないかと誘ってきた。もし協力してくれるならタイムマシンを提供してもいいとまで言ってきた。あまりのことに何の返事もできないまま固まっていると、そんな自分に悪戯っぽく微笑んで彼女はその場を去っていった。最後に、私の話を信じるかどうかは貴方に任せると言い残して。

 

 

(どこまで本気なんだろうな)

 

 

自宅に帰る道の途中、横島は憂鬱な気分を引きずったまま機械的に両足を動かしていた。大通りから狭い路地に入り、一定間隔で並ぶ街灯の光を見つめながら何度目かもわからない溜息をつく。あれから超の提案についてかなり頭を悩ませていたのだが、彼女の話をどこまで信用するべきか決めあぐねていた。あんな荒唐無稽な話、普通なら語った相手の頭を心配するところだったが、残念なことにその手の話に耐性がある横島は、彼女を一笑に付す気にはなれなかった。

 

 

(過去を変えるか。できんのかねそんなの)

 

 

自分も何度か時間移動を経験した手前、未来人だという超の主張を頭から否定するつもりはないが、だからといって好きなように歴史を改変することが可能かと問われれば、正直疑問を覚える。あの娘の事だ。勝算は十分にあるのだろう。だがそうだとしても心のどこかで懐疑的にならざるを得ない。

 

 

(う~ん。やっぱあんまり首突っ込まないほうがいいかもな)

 

 

タイムマシンが実在したとして、それが手に入るのなら十分魅力的な話なのだが、どうにも気分が乗らない。

 

 

(タイムスリップにあんまいい思い出ねーからなぁ)

 

 

中世では魔女狩りにあい、平安時代では危うく死ぬところだった。

どうしてもそれらが頭に残ってよいイメージが浮かばない。

 

 

(まぁ、超ちゃんの事はジークの奴にも相談してみるか・・・こっち帰ってきてっか分からんけど)

 

 

しばらく前から向こうの世界に帰還している小さな同居人の姿を思い出す。今現在、彼は向こうの世界とこちらの世界を忙しそうに行き来していた。どうも急にあわただしくなったらしく、最近ではまともに顔も合わせていない。

 

 

(そういや近頃あいつもどっかおかしいよな。最初は四人目の話なんて全然信じてくれなかったってのに)

 

 

彼が忙しくなったのは横島が四人目の話をした後からだった。それ以来捜索を横島に任せて世界間を飛び回っている。だが当初、ジークはその話を一顧だにしなかったのだ。四人目など存在するわけがないだとか、君の見間違いだろうとか、取りつく島がないありさまだった。

 

にも拘らず、しばらくしてからどういうわけか急に手のひらを返して、四人目捜索の依頼が美神除霊事務所に正式に提出された。それについてジークに問いただしてみても、彼にも事情がさっぱりのみ込めていないらしい。どうも依頼を出したのはジークでもワルキューレでもなく、彼らの上司なのだそうだ。自分達を飛び越し、情報部の室長が美神に直接依頼したことについてはジーク本人も不信感を抱いているようだった。ただ彼も軍人であるため、あからさまな態度には見せなかったが。

 

最近どうにも自分の周りがきな臭くなっているような気がして横島は力なくうなだれた。路面の状態を確認しつつ欝々としたまま歩いていると、考え事に没頭していたせいか、気が付けば自宅の前まで到着していた。ジーパンの尻ポケットから家のカギを取り出し、ドアを開ける。そのまま誰もいないであろう空間に向かって、ただいまと気のない挨拶をしたところでふと違和感に気付いた。

 

居間の電気が点灯している。アパートを出る前、ちゃんと消灯を確認していたので誰かが部屋にいるのは明白だった。一瞬泥棒の存在を疑ったが、直後にジークが帰ってきている可能性を思いつき強張った体の力を抜く。そのまま彼に声を掛けつつ居間に入ろうとドアを開けた瞬間、猛烈な勢いで何かが自分に向かって飛びかかってきた。体勢を維持できずに狭い廊下をゴロゴロと転がる。そのまま玄関の扉に強かに頭を打ち付け、横島は悲鳴を上げた。

 

 

「いっっっっっってぇぇぇぇ!!な、なんだ!?敵か!?特殊部隊か!?賞金稼ぎがとうとうワイの自宅まで!?」

 

 

痛みを誤魔化すためにぶつけた箇所を高速で摩りつつ、混乱した頭で何とか状況を理解しようとする。すると自分の胸元から甘えるようにのどを鳴らす見知った人物の頭が見えた。

 

 

「せ、せんせ~い。お久しぶりでござる!!」

 

 

心の底からうれしそうな声をあげて銀髪の頭が揺れる。自らの匂いを擦り付けるように横島に顔をぐりぐりと押し付けていた。

 

 

「お、お前、シロッ!!何だってここに!!」

 

 

慌てて少しだけ懐かしく感じられる弟子の名前を呼ぶ。すると彼女は元気いっぱいの笑顔を返してきた。予告もなく現れたシロに横島が戸惑っていると、そんな彼女をたしなめる声とともに今度は優し気な顔立ちの少女が小走りで駆け寄ってくる。

 

 

「し、シロちゃん、いきなり飛びかかったりしたら駄目だよ」

 

 

パタパタとスリッパの音を立てて、同僚の氷室キヌが心配そうにこちらを見つめていた。

 

 

「まぁ、仕方ないんじゃない。シロのやつずっと横島に会いたがってたし」

 

 

居間に続くドアのむこうでは、あきれた様子のタマモがどんぶり片手にきつねうどんを啜っている。横島は仕事仲間が三人そろって異世界にいることに言葉が出ないまま呆然とした。突然現れた彼女たちにただ目を丸くする。

 

するとそんな彼のもとに事務所メンバー最後の人物、リーダーである彼女がスラリとした美脚を見せつけて近づいてきた。倒れたまま起き上がれないでいる横島に、若干照れくさそうな様子で声を掛けてくる。

 

 

 

 

「久しぶりね。その・・・元気してた?」

 

 

 

 

完成された美貌。非の打ちどころのないプロポーション。名は体を表すを文字通り体現している美の女神が、相変わらずの美しさでこちらを見下ろしていた。

 

 

 

 

 


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