ある人の墓標   作:素魔砲.

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23 夕映と横島 後編

 

 

 

 

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの別荘。

 

 

城・・・と呼ぶには些か不自然な形をしているが、広大さはそう呼ぶにふさわしい規模を持っている。円筒形の基本構造は塔のように縦に長く伸びていて無駄に眺めがいい。周囲一帯が海で囲まれ、微かな波音が遠くから聞こえてくる。気候は常に一定であり、一足早く訪れた夏日のように暖かく、さんさんと降り注ぐ太陽光が海に反射してキラキラと輝いている。頂上に立っている建造物は白を基調とした宮殿のような外観で、プールやスパまで完備しているらしく、もはやセレブが利用する高級リゾートと言っても差支えない。

 

もっとも、それらはあくまで表層的な物の見方でしかなく、この場所の本質は別に存在している。本来の持ち主がどのような意図をもって作成したのか定かではないが、すくなくとも自分にとってはもっとストイックな意味を持っていた。

 

 

即ち、魔法の修業場である。

 

 

魔法とは何か・・・現代においてその答えはほぼ解明されていると言っていい。ごく一部の人間だけが持っていた魔道の知識や儀式は簡略化されて、実戦的な運用に耐えうる術式や魔法具として実用化されている。魔力を込め、杖を振り、呪文を唱える。それだけで魔法は発動する。難解な知識も、複雑な手順も、膨大な時間も、生贄や供物も必要としない。もはやそこには神秘や奇跡が入り込む余地などなく、理はあまねく詳らかにされていた。マスターである彼女も魔法を単なる技術だと称した。世界の根源に干渉する術を人の理論で法則化し、行使しているにすぎないと。

 

だが、自分はその話を聞いた時、まったく別の感想を抱いていた。

少し子供っぽいなと我ながら赤面しそうになるほど単純な思いつき。

 

 

 

 

 

魔法とは・・・・・まるで世界からの贈り物みたいだな、と。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「プラクテ、ビギ・ナル、アールデスカット(火よ灯れ)!!」

 

 

空間に溶け込んでいるエネルギーを体内に取り込み、練り上げ、自らの力とする。魔力の流れを一極に集中し、魔法発動体に注ぎ込む。呪文の末尾に思いを込め、己の内に秘められた理想を現実のものとする。

 

熟練の魔法使いならばそれこそ一呼吸の間に実行出来るプロセスだ。その工程にたっぷりと時間をかけて、綾瀬夕映は呪文を唱えた。いつの間にか目を閉じてしまっていたらしい。暗闇の中で杖の重みが指先に引っかかるのを感じる。緊張によって震えている先端を見るために、夕映はおそるおそる目を開けた。

 

 

結果は・・・。

 

 

「また・・・失敗ですか・・・」

 

 

杖には何の変化も起こっていなかった。炎どころか僅かな光も熱も発していない。がっくりと肩を落とし、スポーツバックに入れてあったタオルで汗を拭う。浅く唇を噛んで、そのまま近くにある大理石製のベンチに腰を下ろした。

 

この場所を使わせてもらうようになってから、もう数えるのも面倒なほど同じ魔法を練習しているというのに一向に成果が得られていない。成功する兆しもなく、ただ失敗を繰り返していた。夕映自身そう簡単に魔法が使えるようになるとは思っていなかったが、努力が徒労に終わるのはなかなかにこたえる。通常は成功までに何か月もかかる場合もあるそうだし、順当な結果と言えるのかもしれないが、それでも悔しいものは悔しい。手に持ったおもちゃのような魔法の杖を恨めしげに睨む。

 

少し前から夕映はエヴァに魔法を習い始めていた。名の通った大魔法使いである彼女に師事するなど通常なら無理な話だったのだが、横島の世話係を交代するという条件で弟子入りを許されたのだ。

 

若干面倒くさそうな彼女に手渡されたのが初心者用の杖と一冊の魔道書だった。ごく初歩的な練習用魔法の呪文を教えられ、それができたら本格的に修業をつけてやると言われた。以来、延々とチャレンジし続けている。一応コツのようなものを教わっていたが、あまり理解できているとは言い難い。魔法の発動には魔力が不可欠だが、そもそもその魔力自体が何なのかさっぱり分からないのだ。大小の違いはあれど、どんな人間にも魔力は宿っていると聞いているので自分にもあるはずなのだが・・・。

 

 

(正直・・・成功するイメージがわかないです)

 

 

どれだけ精神を集中しても、座禅や瞑想の真似事をしても魔力を認識する切っ掛けすらつかめない。ほんの僅かでもいい、何かしらの希望さえあれば頑張れるのだが・・・。夕映は膝に額を押し付けて渋面を作った。

 

 

(それでも、諦める訳にはいかないです。何としても魔法を使えるようにならなければ)

 

 

懇切丁寧にアドバイスしてくれるような優しい師匠ではないが、自分には強力な魔法使いが付いていて、修行に適した場所まで与えられている。少々の失敗でへこたれるようでは申し訳ない。夕映は心の中で気合を入れ直し、椅子から立ち上がった。すると室内へ続く階段から誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「おーい、夕映ちゃん。ちょっと休憩にしないか?」

 

 

そんな事を言いながらお盆の上にケーキとティーセットを乗せた横島忠夫がのっそりと現われた。慣れないていないのか、カチャカチャと食器同士を接触させながら危なっかしい手つきでこちらまで歩いてくる。

 

 

「いえ、結構です」

 

 

チラリと目を向けて、彼の顔を確認すると夕映はつれなくその提案を断った。せっかく誘ってもらったのに悪い気もするが今は練習を続けておきたかったのだ。精神を集中するために神経を尖らせていく。何もない空間を睨み付け、杖を握った手に力を込める。

腕力がどうという問題ではないがこれも気合の表れだ。何度か深呼吸を繰り返し、夕映は意を決して呪文を唱えようとした。

 

 

・・・・・のだが。

 

 

いつのまにか目の前に美味しそうなショートケーキが突き出されていた。新雪を思わせる純白のクリームに、ふわふわとした柔らかなスポンジ生地。みずみずしく熟れた苺が何層にも重なり、黄色と白と赤のコントラストを描いている。出来立てなのだろう。甘い香りがほのかに漂ってきていた。三時のおやつを目前にして、魅惑のスイーツが鼻先でゆらゆらと揺れている。

 

 

ごくりと・・・夕映の喉が音を立てた。

 

 

「ほんとにいらんのか?茶々丸ちゃんが作ってくれたケーキ、滅茶苦茶うまいんだが」

 

 

そう言いながら銀製のフォークを摘み上げ、横島が自分のケーキを凄い勢いで平らげている。口周りをクリームまみれにして、頬を膨らませていた。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

まるで見せつけてくるようにケーキを食べている。その姿を見ていた夕映の眉がピクリと吊り上った。いろいろのっぴきならないものを堪えるように体を震わせ始める。何というか、ここで簡単に前言を撤回しては、あきらかにこちらの負けのような気がする。だがしかし、あの光景を目の前にして集中力を持続させるだけの自信が、今の自分にあるとは思えない。

 

 

(な、なんという卑劣な・・・)

 

 

茶々丸はどうやらかなりの量を作ってくれたらしい。綺麗にカットされたホールケーキがテーブルの上に鎮座している。横島は早くも一つ目を攻略し、二つ目を自分の皿に乗せていた。まさかとは思うが、もしこのペースで彼が食べ続けたとしたら・・・・・・・。最悪が脳裏をよぎった。

 

 

 

そして。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

「ハッ!!」

 

 

突然、どこか遠くに行っていた意識が戻ってきた。気が付けば杖の代わりにフォークを握っている。夕映が我を取り戻した時、ケーキが置いてあった皿の上はすっかり空になっていた。

 

 

「い、いつのまに・・・」

 

 

驚愕に声が震える。指先からフォークが滑り落ちていった。眼前にある現実を信じる事が出来ない。まるで時間でも消し飛ばされたかのように、”美味しかった”という結果だけがその場に残って・・・。

 

 

「なんちゅーか・・・夕映ちゃんがそういうボケをするのは新鮮なんだが、とりあえず口は拭いた方がいいんと違うか?」

 

 

「そうですね」

 

 

頷きながら、わりとあっさりいつもの表情に戻った夕映が口周りをナプキンで拭う。ティーポットから紅茶を注ぎ喉を潤した。向かい側の椅子に座っている横島に言い訳がましく弁解する。

 

 

「すみません。なんかいろいろとうまくいかなくって・・・」

 

 

「いや、別にいいけどさ。うまくいかないって魔法の事か?」

 

 

紅茶にミルクを入れるかレモンを添えるかで若干悩んでいた様子の横島が軽い口調で尋ねてくる。

 

 

「ええまぁ。でも、どこが悪いのか原因が分からないので、改善のしようがないんです」

 

 

「エヴァちゃんは教えてくんないの?」

 

 

「・・・これができないようなら才能がないと思ってスッパリと諦めろって言われました」

 

 

魔法の発動自体が感覚的なものなので、他人が教えるにも限度があるのだそうだ。初めて自転車を操縦する時のように、失敗しながら徐々に慣れていくしかない。それに今練習しているのは魔法を初めて習う者が扱うごく初級の呪文だ。これ以上難易度の低い魔法はないのだから、他の呪文を試してもおそらく無駄になるだろう。結局、魔力を扱う感覚を体が覚えるまで愚直に何度も試行錯誤していくしかないという事だ。

 

 

「ふーん。魔法ってそんなに難しいのか?エヴァちゃんやネギなんか結構簡単そうに使ってるけど」

 

 

「あの二人と一緒にしてほしくないです。横島さんも習ってみればわかると思いますよ」

 

 

「うーん。まったく興味がないってわけでもないけど・・・面倒くさいしなぁ」

 

 

「現在進行形でその面倒な事を頑張ってる私に、そういう事言わないでほしいです」

 

 

横島にとってはしょせん他人事なのだろうが、もう少し空気を読んだ発言をしてもらいたいものだ。ただでさえちょっとだけ落ち込んでいるというのに。夕映はティーカップで口元を隠しながら、横島に向けてほんの僅かに舌を出した。すると・・・。

 

 

「・・・ん、でも待てよ・・・魔法・・・魔力・・・」

 

 

不意に何かに気付いたように横島がブツブツと独り言を言い始めた。何もない空中に視線を向けて、バンダナを巻いているこめかみを指先でこすっている。様子が気になって夕映は素直に聞いてみる事にした。

 

 

「どうかしたんですか?」

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

こちらの声が耳に入っていないのか横島は何も答えてこなかった。眉間に皺をよせ目を細めて宙を睨み付けている。この会話相手が突拍子もないのはよく知っているが、どうにも様子が変だ。たいていは女性がらみで素っ頓狂な事を始めるのがセオリーなので、いつもと違って反応が読めなかった。何も言葉が出ないまま夕映が見守っていると、横島がクルリと振り返った。

 

 

「なぁ夕映ちゃん。その魔力ってのはさ、そこら中にいっぱいあるんだよな?」

 

 

「へ?あ、はい。厳密に言えば空気や水とか万物に宿るエネルギーが・・・」

 

 

「いやいや、別にそこまで詳しく聞きたいわけじゃないからさ。でも大体そんな解釈でいいんだろ?」

 

 

「ええ、まぁそうですけど・・・何が言いたいですか?」

 

 

「う~ん。正直自信があるわけじゃないから断言できんのだが、ちょっと試してみたいことがあって」

 

 

そう言いながら横島は意識を集中するように目を閉じた。すると彼の手が急に光を放ち、真正面にいた夕映は眩しさに目がくらんで慌てて顔を隠した。目蓋越しにも眩しい光はあっという間に収まって、一つの形を作り出していく。手のひらにすっぽりと隠れてしまうくらい小さな球体にまで収縮し、美しい宝石のように緑色に輝いていた。

 

 

「あ!それってたしかピートさん達が持っていた」

 

 

「ん?ああ、そういや夕映ちゃんは知ってんだっけ、これ」

 

 

のどか達の記憶を書き換える際にピートから借りたものだ。確か名前は・・・。

 

 

「文珠・・・でしたっけ。記憶の上書きができる魔法の道具」

 

 

「いや、べつに記憶をどうにかするための道具じゃないんだけどな」

 

 

言葉尻を濁しながら横島は手に持った宝石・・・文珠を握りしめた。そして再び綺麗な光が溢れだしていく。思わず見とれてしまうような美しい輝きだ。

 

 

「よ、横島さんいったいなにを・・・」

 

 

「ん、ちょっとまって・・・お!ああ、やっぱり・・・」

 

 

横島が一人で納得したように頷きながら、きょろきょろと周りを見渡している。時々何かに触れるような仕草で指先を動かしていた。

 

 

「いやぁ、本格的な”解析”はこっちでやったのが初めてだったからただの勘違いかと思ってたんだが、これがそうなのか」

 

 

「だ、だから何を言って・・・」

 

 

「はい、夕映ちゃん。これ持ってみな」

 

 

こちらの言葉を無視して横島が手を差し出す。何が何だが分からずにおろおろとしていた夕映は素直に彼の手元を覗きこんだ。突き出された右手に先程の文珠が置かれている。ただひとつだけ違っていたのは玉の中央部分に何か文字が刻まれている事だ。漢字で一文字”視”ると書かれている。

 

 

「あの、これは?」

 

 

「魔力が何なのか分からないって言ってたろ。だったら”視”えるようになればいいんじゃないかと思ってさ」

 

 

そんな事を言いながら横島は躊躇している夕映の手を取り、持っていた文珠をヒョイと乗せた。その瞬間・・・夕映の身に劇的な変化が起きた。一瞬、眩暈を起こしたように意識がブラックアウトし、それが戻ると同時に目に映る情景が彩りを増した。

 

例えるなら、さっきまでが原色のクレヨンで描かれた絵なのだとしたら、今は美術館に飾られるような極彩色の絵画になっている。眼球そのものを洗浄液に浸したかのように、一切の濁りが消えうせていた。視界に入るものすべてが輝いて見える。比喩的な表現ではなく実際に光を放っていた。噴水から流れ落ちていく水や、観葉植物を揺らしている風、踏みしめた下草の間からキラキラとした何かが現われ夕映の周りで踊っている。

 

 

「う、わ・・あぁ」

 

 

吐息が口からこぼれていく。呆然とした表情のまま一切の思考が急停止した。それは幻想的な光景だった。ファンタジー小説に出てくる精霊のようなものが実際に見えて、そして触れられる。粉雪よりも頼りない輝きが夕映の肩に落ちてふっと消えていった。

 

 

「な・・・なん・・・なんで・・すか・・・これは?」

 

 

あまりの驚愕に呼吸が整わず、途切れ途切れの声しか出ない。体が完全に硬直したまま、目だけを横島の方に向ける。彼はあっさりと言ってきた。

 

 

「だからそれが魔力なんだろ。たぶん」

 

 

「ま、魔力・・・なんですか?・・・これが?」

 

 

「いや、”解析”中は俺も他に気を配る余裕がないから気付かなかったけど、今思うと訳分からんのがちらちら見えてた気がしてさ。夕映ちゃんの話でそうなんじゃないかと思って・・・」

 

 

説明のほとんどが理解できない内容だったが、夕映は横島に聞き返すことなく目前の光景に目を凝らしていた。ただ漠然と眺めていた時には気が付かなかったが、この視点を得た今では全く印象が異なって見える。世界とはあまりに生気に満ちたものだったのだ。存在するというだけでこれほどのエネルギーを内包している。

 

指先で空気をかき混ぜるように動かす。すると微かな風が起こり、煌めきが指に絡みつきながら渦を巻いていく。天井から降り注いでいくる黄金の雪は、際限などない様子で大地に積り浸透していた。ブルリ、と体が震える。寒さを感じてではない。ただ圧倒されているだけだ。知らずにいただけで、自分はこんな世界で生きていたなんて・・・。

 

 

「おーい、夕映ちゃん。話聞いてるか?」

 

 

「え?」

 

 

名前を呼ばれてボンヤリとしていた意識が覚醒した。心配した様子の横島が自分の前で手を振っている。

 

 

「大丈夫か?なんかボーっとしてるけど」

 

 

「あ、あぁはい、大丈夫です・・・」

 

 

若干舌足らずな声でそう言いながら、少しでも正気を保とうと強く頭を振る。気をしっかり持っていないと再び我を失ってしまいそうだった。目を瞑り胸に手を当てて、心臓の鼓動に意識を集中する。闇の中で心拍数を数えながら夕映は心を落ち着けていった。

 

 

「もう平気です。ご心配をおかけしました」

 

 

「うん、それならいいんだけど。で、どんな感じだ?魔法使えそうか?」

 

 

「え?」

 

 

「いや、だから魔力が見えてんなら魔法も使いやすくなるんじゃないかなと思ったんだが」

 

 

「・・・あ」

 

 

言われて初めて気が付いた。空間内に充満するほど魔力が溢れていて、それを認識できている今なら、たしかに魔法が成功するかもしれない。どうやらさっきの文珠は夕映に魔法を使わせるための物だったようだ。なんでこんな真似ができるのかはさっぱり分からないし、それならそうとあらかじめ教えておいてほしいものだったが、今はそんな愚痴を言っている場合ではないのだろう。彼の言う通り魔法が使えるかどうか試してみるべきだ。傍らに置いてあった杖を握りしめる。落ち着けと心の中で念じながら、夕映は意識を集中していった。

 

目に映る光の粒子を、できる限り取り込めるように大きく深呼吸する。とはいっても呼吸運動とは違うので、あまり意味はないのかもしれなかったが。夕映は瞳を大きく見開き、呪文を唱えるために口を開いた。体内に魔力を循環させるイメージで、一言一言思いを込めていく。

 

するとこちらの言葉に反応するように、鼻先で踊っていた光がクルリと一回転した。肺を膨らませ、喉を動かし、口から声が発せられるたび、周囲に存在している魔力が一斉に反応していく。思わず笑みがこぼれてしまう。己の行動で世界が動いているような妙な高揚感がある。

 

それはたんなる気のせいというわけでもなかったらしい。夕映は自分の体に僅かな熱が生まれたことを実感した。肉体の中心、鼓動を打ち続けている心の臓。ひょっとしたらそれよりもさらに奥深くで何かの灯が生まれようとしている。

 

 

「火よ灯れ!!」

 

 

そして呪文が完成する。

力強い響きを伴った声は、その瞬間意味を持って世界に具現化された。

 

杖の先に炎が灯っている。魔法の効果が正しく発揮されて、温かな感触がこちらまで届いていた。周囲の魔力が自分の中に吸い寄せられ、腕を通り持っている杖の先端に導かれていく。まるで自分自身が魔力を通す管になっているようだった。

 

 

「で、できた・・・せ、成功しました・・・」

 

 

蚊の鳴くように小さな声が喉を震わせる。杖を握っている手にもその震えは伝染していた。嬉しいはずなのに、もっと喜んでいいはずなのに、心が現実についていかない。

 

 

「おー、おめっとさん」

 

 

向かいの席からお気楽な言葉が聞こえてくる。軽い拍手と共に横島が夕映を祝福していた。

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

惰性のように返礼をしながら、目だけは自分の初めての魔法に釘付けになっている。もともとが初心者向けの呪文だ。炎自体もたいした大きさではないし、こんなものコンビニに行って百円ライターを購入し、新聞紙でも丸めて火を付ければ同じような事が出来てしまう。だがたとえ結果が同じだとしても、その過程は全く異なっている。ライターに入っている燃料の代わりは魔力であり、可燃性の物質である新聞紙も必要としない。

 

実にクリーンなエネルギーだ。環境にも配慮し地球にやさしい。限りある資源は大切にしなければならないのだ。夕映は先日のどか達と一緒に駅前でエコバッグを購入していた。もともとバッグの表面に描かれていたキャラクターが気に入ったから買ったものだったが、なかなか具合がいい。今ではスーパーに買い物に行くとき、それを愛用している。自分ができる心がけなどそんな小さなものでしかないが、ちりも積もれば何とやらともいう。一人一人ができることをよく考えて行動すれば、それがいずれは大きな流れになって・・・。

 

 

(って、いやいやいや、違うです。そういう事じゃないです。環境問題は重要ですけど、今は考えてる場合じゃないです)

 

 

いつの間にか変な方向に行ってしまった思考を慌てて元に戻す。あれほど苦労していた魔法があっさりと成功したせいで、どうやら軽く混乱していたようだ。

 

 

(成功・・・したですよね・・・魔法・・・)

 

 

瞳を赤く照らしている火を見ながら、何度も確認する。今もまだ杖は燃え続けている。自分の魔力を消費し煌々とした明かりを灯し続けていた。あまり実感がわかないが難題をクリアする時など、そんなものなのかもしれない。何も言わずに呆けている夕映を横島が不思議そうに見ていた。彼と視線が交差する。二人はよく分からないまま見つめあって、やがて頬に嬉しそうな笑みを浮かべた夕映がポツリと呟いた。

 

 

「私・・・やったです」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「なぁ、夕映ちゃん。ちょっと聞いていいか?」

 

 

初めての成功に気をよくして魔法を使う感覚を忘れないため、反復練習を繰り返していた夕映に横島が声を掛けてきた。さっきまで眠そうに欠伸をしながらこちらの様子を見ていたのだが、いい加減退屈になったのかもしれない。彼の言葉に短く頷きながら向かいの席に腰を下ろす。高揚していた気分のまま魔法を使い続けたせいか、少しだけ体がだるい気がする。考えてみれば失敗も含めて半日も訓練を続けていたのだ。そろそろ限界なのかもしれない。

 

 

「なんですか?」

 

 

汗を拭いながら聞き返す。すると横島が肘をついていた姿勢からムクリと起き上がって尋ねてきた。

 

 

「夕映ちゃんはどうして一人で練習してるんだ?どうせだったらネギ達と一緒にやればいいんじゃないか?」

 

 

いまさら・・・と言えばいまさらの質問だった。だが彼にとってみれば当然の疑問だとも言える。おそらく前々から不思議に思っていたはずだ。なぜ夕映がネギ達と離れて魔法の修業をしているのかと。この場所を使うようになってから夕映は一度もネギ達と顔を合わせていない。理由は簡単だ。彼らと会わないように、わざと修業の時間をずらしているからだ。エヴァの別荘は元いた場所とは位相のずれた空間に設置された、いわば別世界のようなもので、通常の空間とは時間の流れすら異なっている。外の世界における一時間がこちら側では丸一日分に相当する。だからちょっと工夫すれば彼らと会わないようにすることも簡単な話だった。

 

 

「それは・・・ですね・・えっと・・・」

 

 

モゴモゴと要領の得ない言葉を口の中で転がしながら顔を俯ける。

そんなこちらの態度を訝しく思ったのか横島が僅かに首を傾げた。

 

 

「なんか深い理由でもあんのか?」

 

 

「別にそういうわけでもないんですが・・・」

 

 

横島と目を合わせる事ができずにテーブルの上に視線を落とす。言葉通り本当に大した理由などないし、少々後ろめたいというだけの話なのだが、なんとなく言い辛い。それでもずっと黙っているわけにはいかないので、夕映は観念して口を開いた。

 

 

「実はまだネギ先生に言ってないんです。マスター・・・エヴァンジェリンさんに魔法を習ってるって」

 

 

「そうなの?」

 

 

「はい」

 

 

横島からは見えない位置で組み合わせた両手の指をせわしなく動かす。

まるで叱られている子供のようだと頭の片隅で考えていた。

 

 

「何で言わんの?」

 

 

「いえ、その、あれだけ危険だかって魔法に関わるのを反対されたのに、ネギ先生を飛び越えて師匠であるエヴァンジェリンさんに修業を付けてもらっているのは・・・どうなのかなと思いまして」

 

 

「あー要するにそれが気まずいんか・・・」

 

 

「・・・です」

 

 

もともとはネギに魔法を習うつもりだったから夕映は何度も彼にその事をお願いしていた。だが京都で大変な目にあったらしいネギは自分の生徒が危険にさらされるのを恐れているようで、頑なな態度を崩さなかった。当時はそれを不満に思っていた夕映だったが、自身も命の危機に直面した経験から今では彼の気持ちが痛いほど理解できてしまっている。魔法を習っているのはそれなりの考えがあっての事だったが、ネギの気持ちを無視してしまっている事実は変わらない。だからまともに顔を合わせられないのだ。

 

 

「気にしすぎなんじゃないか?あいつもそんな事を根に持つタイプじゃないだろ」

 

 

「そう・・・ですね。私もそう思うですけど、こちらの気持ちの問題と言いますか、うまいこと整理できないと言いますか」

 

 

「うーん、だったら俺が一緒についてってやろうか?ちょっと会って話せば、元通りになるだろ」

 

 

「ま、まぁ別に喧嘩しているわけではないですから元通りも何もない気がしますが・・・そうですね、お願いできますか?」

 

 

「おっけーおっけー。そんじゃ、善は急げって言うし、あいつが来るまで待ってるか。どうせ今日も来るだろうし」

 

 

「え?あ、いえ、ひょっとしたら今日は無理かもしれないです」

 

 

「なんで?」

 

 

「木乃香さんからメールをもらったんですが、ネギ先生と明日菜さんが二人でお出かけしているらしいです。もしこっちに来るのが遅いようなら時間が合わないでしょうし」

 

 

今朝ここに来る前に届いたメールの内容を思い出す。何でも明日菜が思い人である高畑教諭をデートに誘うため、本番に向けてネギを相手に模擬練習を行っているらしい。それがたとえ真似事だったとしても経験しているのとそうでないのとでは大いに違ってくるはずだ。とりあえずやるだけやってみるかといった話らしいので、本当のデートと言うわけではないのだが・・・。

 

 

「な・・・なん・・だと・・?今なんて言ったんだ夕映ちゃん!?」

 

 

なぜか夕映の話を聞いていた横島が、かなり動揺した様子でこちらを食い入るように見つめてくる。何か驚愕の真実を知ってしまったとでもいうように、わなわなと唇を震わせていた。

 

 

 

結論から言おう。自分は相当迂闊だったらしい。もしくは、横島という人間を甘く見ていたのが原因か。いずれにせよ、ここでほんの少しでも慎重になっていれば、間違いなくのちの悲劇は避けられただろう。それを・・・・・夕映は三十秒後に知る事になる。

 

 

 

「え?ですから明日菜さんとネギ先生がデート・・・」

 

 

の練習を、と横島に伝えようとしたその瞬間、圧倒的な嫉妬力が彼を中心に吹き荒れた。

 

 

「デェェェァトォオオオゥだとおおおおおおおおお!?やっぱりできとったんかあの二人!!!」

 

 

そんな事を叫びながら固く握りしめた拳をテーブルに振りおろし、横島が勢いよく立ち上がる。ガチャンと食器が音を立てて、危うく地面に落っこちてしまいそうになった。反射的に手を動かしそれらを確保する。何とか事なきを得たようだ。安堵した夕映が、いきなり何をするんだと抗議しようとすると、横島は炭火のような暗い情念を燃やしつつ低いうなり声をあげていた。

 

 

「うぐぐぐぐぐ。今までガキだと思って大目に見てやっていたというのに、十歳にして彼女持ちだと!?しかもあんな可愛い子と!!お、俺が十歳の時なんて、スカートめくりやった女子に吊し上げ食らった思い出しかねーぞ!!!」

 

 

彼を取り巻いている空間が尋常でない緊迫感をはらんでいる。まるで導火線に火が付いた爆弾を火薬庫に放り投げたかのようだった。それはもはや破裂寸前までいっていたようだ。くわっと目を見開いた横島が咆哮を上げる。

 

 

「ゆゆゆ許さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!こうなったら最・終・手・段だ!!エミさんも認めた特大の呪いを!!!」

 

 

横島がもの凄まじく物騒な台詞を吐き出しつつ、血の涙を流している。

呆然とその様子を見ていた夕映は、慌てて彼を問いただした。

 

 

「ちょ、いきなり何を言ってるですか!?呪いってなんですか!!!」

 

 

勢いのあまりつんのめりそうになってしまったが、どうにか体を支える。

横島は瞳に危険な色を宿したまま夕映を振り返ると、ニヤリと笑いながら口を開いた。

 

 

「安心しろ夕映ちゃん。なにも殺すつもりはない。ただ・・・死ぬような目にはあってもらうがなぁぁぁ!!!」

 

 

「きっぱりと安心できねーです!!!なにをするつもりですか!!!」

 

 

「大丈夫だ。せいぜい十年ほどED(勃○不全)になってもらうくらいだからな、日常生活に支障はない」

 

 

「ぼ!?って、何が大丈夫なんですかぁぁぁ!!!お願いですからやめてください!!!」

 

 

「ふははははははは!!!やりたい盛りの思春期に一人遊びも出来ん苦しみを味わうとよいわぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

「ああああああ、やっぱり滅茶苦茶ですこの人!!!」

 

 

とうとう懐から藁人形を取り出しつつ近くの木に打ち付けようとした横島を止めるべく、夕映は何故かすぐそばに置いてあった強s・・・金属バットを彼目掛けてフルスイングした。中身が詰まっていないのではないかというほど軽い音がする。

 

 

気が付くと夕映は血まみれのバットを抱えながらその場に佇んでいた。足元に大の字になったまま動かない横島の姿がある。色彩を失った白黒の世界で、どこか遠くからひぐらしのなく声が聞こえた気がした。

 

 

カランと音を立てて、力を失った右手からバットが滑り落ちる。

 

全てが終わってしまったあと・・・空っぽの頭にある考えが浮かんでいた。

 

 

ああ、やっぱりバッティングセンターに行っておけばよかったと・・・。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「おいちちちちち。何もあそこまで殴らんでもいいんじゃないか夕映ちゃん」

 

 

「ぴんぴんしてる癖に何言ってるですか・・・あれだけやっても傷一つ付かないなんて」

 

 

慣れない武器(スポーツ用品)を振り回したせいか、掌からじんじんとした鈍い痛みが伝わってくる。軽い殺人現場のような有様から、僅か二分後に横島は復活を果たしていた。エヴァと彼のやり取りを散々見ていたのでこの結果は驚くようなものではないのだが、それでも本当に人間なのかという疑問が頭を離れない。まぁ、考えるだけ無駄なのだろうが。

 

 

「とにかく、もう一度言いますがあくまで練習なんです。本当のデートではないですから呪いとかは絶対にしないでください」

 

 

瞳を物騒に光らせて横島を睨み付ける。今ここで煩いくらいに釘を刺しておかないと、彼は先ほど言った呪いをほんとうに実行しかねない。ネギ少年の青春は本人も知らないところで夕映の手にゆだねられていた。

 

 

「わ、わかってるって。だからそのバットしまってくれ」

 

 

ゴリゴリと先端を地面にこすり付けながら威嚇する夕映に、横島が怯えた視線を向けている。どうやら本気で反省したようなので、夕映は彼の懇願に従ってバットをケースの中にしまった。

 

 

「やっぱり最近性格変わってきたんと違うか?」

 

 

「誰のせいですか!!」

 

 

断言できるが、少なくとも自分のせいだけではないはずだ。もしこの先ストレスで胃の粘膜が傷つきでもしたら、真っ先に慰謝料を請求するつもりだった。ギヌロと彼を睨みつけると、横島がすぐさま目を逸らす。誤魔化すような愛想笑いを浮かべながら頬を掻いていた。

 

 

「で、でもあれやな。明日菜ちゃんも水臭いよなぁ。そういう事情ならあんなガキに頼らんでもここに適任者がいるのにさ」

 

 

そんな台詞が耳に入って、夕映は眉をしかめながら嘆息した。あからさまな話題転換だが仕方ないので乗ってやることにする。いつまでも怒ったままでいると自分のキャラを忘れてしまいそうだったからだ。

 

 

「何が適任者ですか。年齢差を考慮に入れたとしても、あなたよりネギ先生の方がデートの相手に相応しいはずです」

 

 

「む、見くびってもらっちゃ困るぞ夕映ちゃん。俺があんなガキに負けるはずないだろ」

 

 

僅かに気分を害した様子で横島が抗議してくる。あれだけ非常識な言動を見せておいて、今さらどこにどんな自信があるのか知らないが鼻息を荒くしていた。

 

 

「それじゃ聞きますけど、例えば明日菜さんとデートするとして、どんなエスコートをするつもりですか?」

 

 

疑わしい視線を向けながら夕映が尋ねると、その言葉を挑発と受け取ったのか横島はニヒルな笑みを張り付けて髪をかき上げた。正直さっぱり似合っていないのだが・・・。

 

 

「ふっ、そうか。どうしても聞きたいか。そういう事なら教えてあげよう。ワイのとっておきのデートプランを!!」

 

 

「い、いえ、べつにそこまで聞きたいわけじゃないですけど・・・」

 

 

大げさな態度で目を輝かせ始めた横島に、夕映は若干腰が引けた。うわぁ、これ面倒くさいやつだと心の中で後悔する。しかしそんなこちらの思いは伝わらなかったようだ。横島が懐からメモ帳を取りだし咳払いをする。そして彼曰く最高のデート計画とやらが開陳された。

 

 

「つっても初めてのデートだからな。遠出するのは避けて駅前で映画でも見るところから始めるべきだろ」

 

 

「たしかに緊張させないという意味でも、お互い見知った場所を選ぶのは都合が良いのかもしれませんが」

 

 

「だろ?あとここで重要になるのは見る映画のジャンルやな。相手に興味がないのを選ぶと気まずい思いをする事になりかねん」

 

 

「ふむふむ」

 

 

「明日菜ちゃんの場合は濃厚なラブシーンがありそうな恋愛ものと、頭使いそうなサスペンス系は除外した方がいいな。何も考えんでも見れる感じのアクションかコメディーがいいと思う」

 

 

「ふむぅなるほど」

 

 

「んでもって映画を見た後は昼飯だな。俺と明日菜ちゃんは学生同士だし普通にファミレスとかでもいいが、あーゆーとこは子供連れの団体客が多いからな。出来れば避けるべきだろう。和美ちゃん情報だが駅前にうまいパスタを出す店があるらしい。むかつくカップル共の巣窟らしいから雰囲気的にもあってるはずだ」

 

 

「色々と考えてるですね。ちょっとびっくりですが」

 

 

「ふっふっふ。まだまだ驚くのは早いぞ夕映ちゃん。飯の後は近場の公園を一緒に歩くかウインドウショッピングだな。そこでデート記念に何かプレゼントでも選んでやれば好感度も稼げて一石二鳥だ!!」

 

 

「へぇ」

 

 

「続いて三時のおやつ!!これまた和美ちゃんから聞いた話だが、何やらパンケーキがうまい店があるんだそうだ。ぶっちゃけた話うまいといってもホットケーキなんぞたかが知れとる気がするが、女子供には受けがいいだろう!!」

 

 

「ちょっと言い方が引っ掛かりますが、まぁいいでしょう。それで?」

 

 

「そのあとはカラオケかボーリングか・・・まぁ明日菜ちゃんは体動かすのが好きそうだし、ボーリングかな」

 

 

「あの、それならバッティングセンターなどは・・・」

 

 

「ん?なんか言ったか夕映ちゃん?」

 

 

「いえ、なにも」

 

 

こちらのさり気ない提案は横島に届かなかったらしい。その事をちょっとだけ残念に思いながら、小さく手を振って続きを促す。彼は僅かに戸惑った様子を見せながらそれでも素直に話を再開した。正直に言えば、何かアホな発言があったら即座に止めるべく身構えていた夕映だったが、今では横島の事を少しだけ見直していた。デートコース自体は特に変わったところなどない無難なもので、ありきたりと言ってしまえばそれまでなのだが、彼はちゃんと相手の・・・明日菜の事を考えて計画を立てている。相手の性格や好みを考慮に入れてエスコートするつもりなのだ。その一点だけ見ても評価に値すると夕映は思っていた。感心しながら耳を傾けていると、しだいに調子がのってきたのか横島の声が大きくなってきた。熱く拳を握りしめて力説してくる。

 

 

「よし!それじゃ最後にデートの締め、ちょっと豪華な晩飯だ!!ここで失敗したら今までの全てが水の泡になっちまうからな、気合入れてかからんと!!」

 

 

「おぉ」

 

 

彼の気合が伝染したのか聞いているだけの夕映にも熱い何かが込み上げてくる。

横島は機敏な動作で格好いいポーズを取りながら断言した。

 

 

 

 

 

 

 

「デートにおける最終段階!!その攻略に必須なのはズバリ夜景の綺麗なレストランや!!もちろんホテル付き!!飯食った後にさりげなくルームキーを出して口説き文句の一つも言うわけだ!!実はここに部屋をとってるんだ。よかったら一発やっていかないか、と!!!」

 

 

 

 

 

「アウトです!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

突き出した親指で首を掻き切るポーズをとりながら最高の笑顔で切って捨てる。もし持っていたならレッドカードを力の限り横島目掛けてぶん投げていただろう。するとこちらのジャッジが不満だったのか横島が驚愕の表情で振り返ってきた。

 

 

「な、なんだと!?どういうつもりや夕映ちゃん!!」

 

 

「どういうつもりも何も、ああもう、真面目に聞いて損したです!!なんだったですかこの無駄な時間は!!」

 

 

横島の問いには答えず机に突っ伏したまま頭を抱える。感心していた分、落差によっていろいろと心にダメージを負ってしまった。自分が言い出した話であったが、聞くんじゃなかったと夕映が項垂れていると、横島が拗ねた口調で抗議してきた。

 

 

「ちょっとまて、納得いかんぞ!!俺のデートプランは完璧だったはずや!!」

 

 

「ううぅ、途中まではそうだったかもしれませんが最後で全部台無しです。何なんですかあの口説き文句は。あれでおちる女性がいる訳ないじゃないですか」

 

 

「な、なぬ!?」

 

 

「いえ、何でびっくりしてるのか、こっちの方が驚きなんですが・・・あと明日菜さんが相手だってこと忘れてましたよね」

 

 

よほど自信を持っていたのか動揺して口を大きく開いている横島を見ながら嘆息する。まったく・・・中学生をホテルに連れ込んで何をするつもりだというのか。おそらく調子に乗って言い出した事で本心ではないのだろうが、どちらにしても最低な発言であることは確かだ。

 

夕映は机の表面に頬を擦りつけて小さく喉を鳴らした。まだ起き上がるまでには精神的な疲労が回復できていない。疲れから、いっそこのまま意識を手放してしまいたくなったが何とか抵抗する。脱力した姿勢から顔だけを傾けて夕映は言った。

 

 

「まぁ、よくよく考えたらまともに恋人もいた事がなさそうな人に、完璧なデートを期待したこちらも悪いのかもしれませんが」

 

 

自分も彼氏などできた事がないのはこの際おいておくとして、今までの言動から察するに、横島も彼女いない歴と実年齢が符合するタイプのはずだ。やはり何事も初めからうまくいくことの方が少ないのだろう。男女交際もしかりだ。まぁ、彼の場合はそんな次元の話ではないのかもしれないが・・・。瞳を半分だけ閉じたまま、ぶつぶつと頭の中で考えていると横島が弱々しく反論してきた。

 

 

「い、いや、ワイにも彼女くらいいた事あるぞ」

 

 

気まずそうにしながらそんな事を言ってくる。

 

 

「別に私相手に見栄を張る必要はないですが」

 

 

「み、見栄とちゃうわい。俺にもちゃんと・・・」

 

 

「脳内彼女が?」

 

 

「な、なんだ脳内彼女って!?ちゃんと実在しとったわ!!」

 

 

「二次元にですか?」

 

 

「三次元じゃああああああああ!!!」

 

 

最初は控えめに抗議していた横島が、焦れた様子で叫び声をあげている。

興奮しながらいちいち体全体でこちらの言葉に反応していた。

 

 

「はぁはぁ、ちょっと前に実体を持った生身の彼女がちゃんといたっちゅーねん」

 

 

荒く息をつきながらほんの少し涙目になっている。最初はただこちらにいい恰好をしようとしているだけなのかとも思えたが、彼が自分相手にここまで虚勢を張る意味などおそらくないはずだ。理解が追い付くと同時に瞳をパチクリとさせる。意外な事実が脳に行きわたり、夕映は勢いのまま体を起こした。

 

 

「え・・・?本当にいたんですか、彼女?」

 

 

「だ、だからいたと言っとるだろーが」

 

 

眉をへの字に傾けながら夕映を見返してくる。基本的に横島は嘘がうまくない。いや正確に言えば嘘が発覚した時の言い訳がものすごく下手だ。こちらが強く詰め寄ればたいてい根負けして謝ってくるので、今回のように動揺せずに真っ直ぐ視線が合うという事は・・・本当に付き合っている女性がいたのかもしれない。俄かには信じがたい話ではあるが・・・。何となく腑に落ちない心境のまま横島を見ていた夕映だったが、ふとある事に気が付いた。

 

 

「あれ?でも、いたってことはその、過去形・・なんですね」

 

 

「ま、まぁそれは・・・」

 

 

「あの、こういった事を私が言うのもなんですが、ふられたからといってあまり落ち込まない方が・・・」

 

 

「何で俺がふられたって前提で話が進んどるんだ?」

 

 

「え?まさか身の程知らずにも相手をふったと?」

 

 

「・・・夕映ちゃん。ひょっとしてなんだが、俺のこと嫌いだろ」

 

 

「ごめんなさい。さっきの仕返しに調子に乗ったです」

 

 

若干の計算と共にぺこりと頭を下げつつ上目づかいで相手を見る。最近気が付いたことなのだが、横島はこちらかが下手に出るとあまり強く出られないようなのだ。もっとも、からかい過ぎたという自覚はあるので本心ではあるのだが。夕映が謝罪すると、横島はかぶりを振りながら別にいいと苦笑していた。そのまま体を椅子の背もたれに預けて空を見上げる。

 

 

「べつにふったとかふられたとかじゃないんだ。ただ、その、なんちゅーか・・・」

 

 

そう言いながら答え難い様子で頬を掻いている。ボンヤリと遠くを見て言葉を探しているようだった。何か話しかけるべきだろうかという考えが頭をよぎる。話の流れで偶発的に発覚した事実だったが、ここで会話を終了させるにはあまりにも惜しい話題だった。一般的な乙女の例にもれず、夕映自身もこういった他人の色恋沙汰に興味がないというわけでもない。それにこれは予想もしていなかった横島忠夫の恋バナだ。いやが上にも好奇心を刺激される。こちらから無理やり聞き出す気は毛頭ないが、相槌を打ってむこうが話しやすくなるように会話を誘導するくらいなら許される気がする。そんな考えに押されて夕映は口を開いた。

 

 

「その・・・ふったわけでも、ふられたわけでもないなら自然消滅というやつでしょうか」

 

 

言ってしまった後で少し突っ込み過ぎたかと後悔したが、気になるものは仕方がない。もし気分を害しているようなら、すぐに謝ろうと夕映が横島を観察していると、彼は特に怒っている様子もなく、ただ何とも言えない曖昧な表情を浮かべていた。

 

 

「んーと、まぁそういうのでもないんだけどな。なんというか、あれも一応別れたって事になるんかな・・・」

 

 

・・・に別れとも言うしなと、無理のある笑顔のまま、かすれた声で呟いている。何を言ったのかよく聞き取れず、もう一度尋ねるべきかと夕映が迷っていると、その間に横島は椅子から立ち上がり体をほぐすようにググッと背伸びをした。

 

 

「うーん。もうそろそろ茶々丸ちゃんが飯の支度するころだな。食ってばかりってのもなんだし、何か手伝ってくるか」

 

 

「え?あ、それなら私も」

 

 

「いいっていいって、夕映ちゃんは疲れてるだろうし、ここは俺がやっておくからさ」

 

 

「で、でもその」

 

 

夕映が口ごもっているうちに、背中越しに手を振りつつ横島が去っていく。さーて今日の晩飯は何かなぁと軽い口調で言いながら、廊下の向こうに消えてしまった。その場に一人残された夕映は、上げかけた手を所在なさげにぶらつかせたまま、深く椅子に座りなおした。ずるずると体を滑らせ、三つ編みに縛った髪を弄ぶ。何かを失敗した気分だった。地雷を踏んだというか、他人が触れてはならない部分に触れてしまったというか。そんな後悔が心を重くさせている。

 

横島が見た事もないような表情をしていたからなのかもしれない。苦い思い出を飲み込んでいるような・・・でもそれをとても大切に思っているような・・・そんな複雑な顔で空を仰いでいた。頭の中で先程の横島の姿が浮かんでくる。夕映は彼と同じようにぼんやり遠くを眺めてみた。いつの間にか日が陰りを見せている。眩しいくらいに目をやく西日が海の向こうに沈もうとしていた。

 

 

(・・・綺麗ですね)

 

 

口には出さずに囁く。ここはいわばエヴァが造った偽物の世界だ。空も海も太陽も本物ではない。だが、それが分かっていても、夕日の赤と夜の黒が交じり合うこの瞬間はとても美しい。呆けたまま薄闇に覆われていく景色に目を細める。夕映は段々と弱くなっていく日の光を最後まで見届けてから、その場をあとにした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ぺたぺたと音を立てて石造りの床を歩いていく。辺りを見回しながら横島は茶々丸がいるであろう厨房に向かっていた。足の裏に感じるひんやりとした冷たさが心地いい。日中は石畳を裸足で歩くことなどできないが、日が落ちた今はサンダルなど必要なかった。鼻歌を歌いながら目的地へと続く階段を下りていく。

 

妙に高い天井と似たような扉が延々と並んでいる建物の内部はかなり道に迷いやすい。ここに来てからまだ日が浅い事もあって、何も考えずに歩いていると、どこにたどり着くか分かったものではないだろう。もっとも、初日に案内されたトイレと食堂の位置だけは覚えているのだが。

 

 

(ほんと無駄に広いよな。いったい俺のアパート何戸分になるんだか)

 

 

空しい思いを噛みしめつつ目印にしていた赤色の絨毯が敷かれた道を歩いていく。ゆっくりとした足取りで進んでいると、やがて目的地である食堂の前にたどり着いた。観音開きの扉を開けて中に入る。まず目に入ってくるのは部屋の奥まで続いているほどの長テーブルだ。厚手のテーブルクロスの上に品のいい調度品と季節の花が飾られている。来客用を含めたとしても明らかに大げさな数の椅子が並び、数えるのも億劫な程だった。部屋は全体的に薄暗く、照明は燭台に刺さっているろうそくの火に頼っている。主の趣味かあるいは生態的な意味でそうなのか、どこかあやしい雰囲気を持っている場所だった。

 

食堂とつながっている扉から調理された食材の芳香が漂ってくる。どうやらタイミング的には当たっていたらしい。夕映相手に咄嗟に出てきた言葉ではあったが、料理が出来上がるまでの間、茶々丸を手伝うというのもいいだろう。食器を並べるくらいはできるしなと、そんな事を考えながら厨房に向かって歩き出した横島の背後から誰かが声を掛けてきた。

 

 

「おい」

 

 

短く呼ばれる。声の質にあっているとはいえない尊大な物言いは、この別荘にあってただ一人しかいない。背中を向けたままでも、誰かを言い当てる事が容易にできる。

 

 

「エヴァちゃんか?」

 

 

振り返りつつ名前を呼ぶ。そこには予想通りの人物が立っていた。昼間見た時は外見年齢的にあまり嬉しいとは言えない水着姿の彼女だったが、今は胸が開いた黒色のドレスを纏っている。白い肌によく映える高級感のある様相で、やや険のある目付きをこちらに向けていた。正直子供のおしゃれにしては露出度が高すぎる気がする。面と向かって言えば、恐怖のお仕置きが待っているので黙っていたが。横島がそんな失礼な事を考えながら口を開いた。

 

 

「なんか用?」

 

 

「いや、書斎から帰るついでに寄っただけだ。今夜はテラスで食事をすると伝えにな。お前はこれから食事か?」

 

 

「ああ。たまには茶々丸ちゃんの手伝いでもしようと思ってさ。いろいろ世話になってるし」

 

 

「ふん。いい心がけだと言いたい所だが、やめておけ。邪魔になるだけだ」

 

 

エヴァが手に持っていた本を軽く振りながら忠告してきた。たしかに言われてみれば料理している茶々丸の手伝いなど難易度が高いのかもしれない。自分ができることなど芋の皮むきがせいぜいだし彼女の事だ、その程度の仕込みはとうに終わらせているだろう。納得して頷き返す。

 

 

「だな。おとなしく待ってるか」

 

 

「そうしろ。・・・ん?そういえば綾瀬夕映は一緒じゃないのか?」

 

 

エヴァが何かに気付いた様子で尋ねてくる。

 

 

「夕映ちゃんならまだ上にいるんじゃないかな。なんか疲れてたみたいだし」

 

 

「ふ、おおかた魔道書片手に奮闘しているのだろうな。一週間かそこらで魔法を使えるようになる訳がないし、しばらくは私も楽できそうだ」

 

 

横島の言葉にエヴァが皮肉を交えた笑みを投げかけた。昼間夕映からそんな話を聞いていたが、それならもう少し優しく教えてあげればいいのにと思わなくもない。まぁ、やっぱり口には出さないが。

 

 

「どうかな。ひょっとしたらもう魔法使えるようになってるかもしれないぞ」

 

 

文珠による補正ありきとはいえ、夕映は魔法を成功させている。あれはたんに周囲に存在する自然エネルギーを使用者のイメージによって視覚化しているに過ぎないので、夕映自身は既に魔力を扱う感覚を掴んでいるのではないだろうか。

 

 

「随分自信ありげに言うじゃないか・・・貴様何かしたんじゃあるまいな」

 

 

エヴァが訝しげに覗き込んでくる。どうもこちらの態度をあやしく思ったらしい。

 

 

「い、いや別に何もしとらんけどさ」

 

 

答えながらさり気なく目を逸らして横島は言った。焦りから額に汗が滲んできたが無視する事にする。身長差のせいで顎のあたりに突き刺さってくる無言の圧力を出来る限り避けながら横島は話題転換を試みた。

 

 

「そ、そういえばエヴァちゃんに聞きたいことがあったんだけど」

 

 

口に出しながら必死になって言葉を探す。よくよく考えてみれば別に誤魔化す必要もなかったのかもしれないが、それも今さらだ。心の中にある棚を引っ掻き回して、エヴァが興味を引きそうな話題を選んでいたその時、ふと本当に気になっていた事があったのを思い出して横島はエヴァに質問した。

 

 

「なぁ、エヴァちゃんは何で夕映ちゃんを弟子にしたんだ?」

 

 

「なんだ突然」

 

 

「いや、確かネギの時は条件付けたんだろ?でも夕映ちゃんの時はそういうのなかったみたいだし、なんか特別な理由でもあるのかと思ってさ」

 

 

ネギのクラスにいる佐々木まき絵から聞いた話なのだが、ネギがエヴァに弟子入りする際には何か試験のようなものがあったらしい。なんでも茶々丸と壮絶な殴り合いをしたのだとか。魔法の修業を受けるための試験なのに何で殴りあう必要があるのかいまいち理解できないが、それが異世界の常識というやつなのかもしれない。横島がそんな風に考えていると、彼女は呆れた視線をこちらに向けつつ気の抜けた声で返答した。

 

 

「お前がそれを言うのか?そもそも綾瀬夕映を巻き込んだのはお前の指揮官だろうが」

 

 

「へ?」

 

 

「お前に綾瀬夕映を付けたのはおそらく監視の意味合いもあるのだろうがな。おかげで私は面倒事から解放されたが、その代りに弟子がまた一人増えたというわけだ」

 

 

「えっと、ごめん。つまりどういう事なんだ?」

 

 

言っている意味が分からず困惑している横島に、エヴァは若干不機嫌そうにしながら説明してくれた。もともと自分の監視役に選ばれていたのはエヴァだったのだが、それに横槍を入れて夕映を推薦したのがジークらしい。秘密を知っている人間を協力者と言う名目で監視しておきたかった・・・というのが真相なようだ。それでも本来無関係の夕映に手伝わせる道理もないものだが、なぜか当の本人が拒否しなかったという事情もあって、今の状態に落ち着いたようだった。ただしっかりと見返りは要求されたらしいが・・・。

 

 

「協力の条件は綾瀬夕映に魔法を教える事。とはいっても貴様らの事情を知っている魔法関係者は私とじじいを除けばタカミチくらいのものだ。じじいが直弟子を取れば他の教師連中が煩いし、タカミチは魔法自体が使えん。それに麻帆良を離れている事も多いしな。結局私がやるしかないわけだ」

 

 

やれやれと首を左右に振ってエヴァが小さく嘆息した。それを眺めつつ横島は何となく釈然としない心地で眉根を寄せた。

 

 

「うーん、話は分かったけど。でもそれって断ろうと思えば断れたんじゃないか?例えば俺らの事は何も話さずに、夕映ちゃんをただの魔法を習いたがってる生徒として他の先生に任せちまえば・・・」

 

 

詳しいことは知らないが、この麻帆良という土地には、それなりに大勢の魔法使いがいるようなのだ。中には夕映と同じ年頃の学生もいるらしい。確かに自分達の事や夕映が関わった事件について説明するわけにはいかないのだろうが、それでもこちらには学園長が味方に付いている。いくらでもやりようはある気がするのだが・・・。横島がそう言うと、エヴァは鼻を鳴らしながらそっけなく答えた。

 

 

「ふん。私が誰を弟子にしようがお前には関係ないだろうに」

 

 

「いや、まぁそう言われるとそうだけどさ」

 

 

頭を掻きつつ近くにあった椅子に座る。何となく気まずくなって横島は目を伏せた。もともとどうしても聞きださなければならない類の話でもなかったし、拒否されればそれだけで終わってしまう程度の話題だ。言葉に詰まって黙りこんでいると、そっぽを向いたままのエヴァが独り言のように小さく呟いた。

 

 

「なにも特別な理由があったわけじゃない。正直、綾瀬夕映にはたいして興味もないしな」

 

 

「なんちゅーか、こう・・・・・随分とはっきり言うんだな」

 

 

「事実なのだから仕方ないだろう。奴は父親が英雄というわけでも、生まれつき強大な魔力容量を持っているわけでもない。専門的な訓練を受けている戦闘者でもなければ、魔法無効化能力といった特殊スキルがあるわけでもない。吸血鬼や妖怪のハーフでもないし、氏素性はごく普通の人間だろう。一般人に過ぎないただの素人にどんな魅力があるというんだ?」

 

 

「いや、そんなの真顔で聞かれても困るんだが・・・今の話聞いてたら夕映ちゃん泣いちまうんじゃねーかな」

 

 

「ふっ、そんな事は知らんな」

 

 

エヴァがサディスティックな笑みを浮かべている。もう少し優しくしてやればいいのにと横島は夕映に同情した。ここを出たらなにか奢ってやろうと考えつつ口を開く。

 

 

「でもさ、だったら余計に他の奴に任せちまえばよかったじゃんか。何で断らなかったんだ?」

 

 

口では色々と文句を言いながらもエヴァは意外と面倒見がいい所がある。一度弟子にしたからには最後まで責任を持つつもりなのだろう。だからこそ気になってしまうのだ。

興味がないと断言した夕映を何で弟子にしたのかと。横島がジッと返事を待っていると、やがて彼女は淡々とした口調で話し始めた。

 

 

「別に・・・ただ危なっかしくて見ていられなかっただけだ」

 

 

「危なっかしいって・・・夕映ちゃんが?」

 

 

「ああ。弟子にしてくれと言ってきたときのあいつの目がな、馬鹿みたいに真剣だった。あれだけの事があった後だ。思い知ったんだろうさ。のほほんとした日常なんてものには、何の保証もありはしないんだとな。要するに自分の無力をこれ以上ないくらいに味わって危機感を持ったんだ。その点、魔法は実にわかりやすい力の象徴だからな、小学校も卒業していないガキが生身で兵器のような破壊を生み出したりする」

 

 

そう言いながらこちらを見つめる彼女の眼差しは大人びていた。一つの心理を語る学者のように落ち着いた雰囲気を漂わせている。愛らしい姿をしているせいでいまいち忘れがちになっているのだが、彼女は何百年と生き続けている吸血鬼なのだ。外見に騙されていては本質を見失う。

 

 

「ただそんな理由で力を求めるような輩は、大抵周りが見えずに暴走するものだ。己が振るう力の危険性を・・・一歩間違えば他人の命をあっさり踏みにじってしまえるものだと理解しないで禁忌に手を出したりもする。誰かが手綱を引いてやらんとな」

 

 

そのままエヴァは億劫そうにしながら口を噤んだ。喋りすぎたとでも言いたげに渋面を作っている。そんな彼女の様子に横島は小さく笑みを浮かべた。つまりエヴァは夕映を心配しているのだろう。少なくとも他人任せにしないで自分で面倒を見ようと思うくらいには。何となく微笑ましい気分になって吐息交じりに呟いた。

 

 

「エヴァちゃん・・・ツンデレやったんか」

 

 

「誰がツンデレか!!」

 

 

即座にエヴァが顔を赤くさせながらツッコミを入れた。反射的に何か物を掴んで投げつけようとしている。しかし手に持っているのが自分が書斎から持ち出した書物だと気付いたらしく、憮然とした表情を浮かべた。小さく毒ずくと横島から顔を逸らす。落ち着かない様子で苦々しげに唇を歪めて話を切り上げようとした。

 

 

「ふ、ふん。私はもう行くぞ」

 

 

そう言い残し不機嫌そうに足音を立ててエヴァが去っていく。ドアを背にしていたからかあっという間に姿が見えなくなった。咄嗟に呼び止めようと手を伸ばした姿勢のまま小さく嘆息する。別にからかうつもりもなかったのだが、どうやら怒らせてしまったらしい。少し迂闊だったと口が滑ってしまった事を後悔した。慌てていたせいでさっきは別の事を聞いたのだが、本題は他にあったのを思い出したのだ。

 

 

(うーん、こりゃ後で謝った方がいいかもしれん)

 

 

協力を断られている手前なかなか言い出せなかったが、エヴァには超の事を相談するつもりでいた。夕映に付き合ってこの別荘にいるのもそれが理由だ。もっとも夕映に言わせれば目を離している隙に自分が何をするのか気が気でないので、一緒に引っ張り込んだらしいのだが・・・・・まぁそれは置いておくとして。

 

実を言えば首尾よく超のクラスに入り込んだはいいものの、いまだに彼女とまともな話が出来ていなかった。作業中は何かと周りに人がいるし、聞かなければならない話の性質上、あまり人目には付きたくない。そうなってくると超本人を呼び出さなければならないのだが、女子中学生がひしめく教室内で男の自分が面と向かって彼女を呼び出せばろくな展開になりそうもなかった。

 

 

(やっぱり夕映ちゃんに頼むしかないか)

 

 

夕映から超を呼び出してもらえば、スムーズに話を聞くことができるだろう。本当は先日の悪魔の件もある。出来ればあまり彼女を巻き込みたくはなかったのだが。

 

 

(そうも言ってられないかもな・・・)

 

 

学園祭当日までにはまだいくらか日にちがあったが、それでも余裕があるわけではない。学園祭中に超が何かを計画していて、それにあの少年が関わっているのなら早めに対処しておくべきだった。それに超自身がのどかの時のように脅されている可能性もある。普段の様子からそういった気配はないように見えたが、それでも用心するに越したことはない。ただそうだとすると不用意に話を聞くだけでも、少年を刺激する事になりかねないわけだが。

 

 

(やっぱり俺一人が悩んでてもいい考えなんて浮かばねーか)

 

 

軽く頭を振って座っていた椅子から立ち上がる。やはりエヴァの意見を聞いてみたかった。超との間に何があるのかは知らないが、彼女に危険が迫っている可能性がある事を話せば協力してくれるだろう。

 

そう考えて遅ればせながらエヴァを追いかける事にする。テラスで食事をとると言っていたのでそちらの方にいるはずだった。ついでに夕映や茶々丸を誘って、皆で食事をとるというのもいいかもしれない。奇妙な縁と言ってしまえばそれまでだが、せっかくこうして知り合いになれたのだ。親睦を深めてみるのも悪くない。横島は無意識に頬を緩ませながら、先ずは厨房にいるはずの茶々丸に声を掛けようと歩き出した。

 

 

結局その日の夕食はなんやかんやと騒がしいものになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日・・・超鈴音が麻帆良から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 


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