やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「どう思う?」
『ファウード』の体内に移動した俺は他の奴らと一緒に空中に映るモニターを見上げていると隣にいたサイが小さい声でそう問いかけてきた。
今、高嶺たちは『ファウード』の体を駆け回り、攻撃をやり過ごしている。『ファウード』を魔界へ帰す装置が作動するまで残り90分。その間、『ファウード』の足止めをしなければならないのだが、たとえ協力したとしてもあれでは10分と経たずにガス欠を起こす。どうやら、ビーム系統の兵器は上手く使えないように仕掛けを施したようだが、拳で殴られただけで大怪我は免れず、最悪の場合、死ぬだろう。ガス欠を起こせばそうなってもおかしくはない。
サイもそれがわかっているから俺の意見を聞きたかったのだろう。他の奴らはモニターを見て俺たちの会話を聞いていない。今なら声を抑えれば聞かれることもないだろう。
「何か狙いがあるんだろ」
「それが何かわかる?」
「そこまではわからん」
おそらく、時間経過で発動する何かでその時が来るまで時間を稼いでいると考えるのが妥当だ。リオウは『ファウード』の力を得て慢心してまだ気づいていないようだが。
「多分、『ファウード』の機能を使ったものだと思うけど……」
『……っ。『ファウード』よ、止まれ! 奴らを消すのは後だ! まずはお前の体に異常がないか調べる!』
その時、リオウがやっと『ファウード』に何か仕掛けられたことに気づいたらしく、異常を調べるために静止させる。だが、モニターに映った高嶺が勝ちを確信したように笑った。
「来る」
サイがそう呟いた瞬間、モニターの映像がブレて先ほどと違う映像――景色が映る。こちらから得られる情報はモニターに映るそれしかないため、何が起こったのかよくわからない。
「瞬間移動? でも、ニュージーランドは見えるからそこまで移動してないっぽい?」
ぶつぶつと状況を把握しようとしているサイだったが、瞬間移動の際に少しだけ宙に浮いたらしく、『ファウード』が着水。そして、そのまま――沈んでいく。
「っ!? 足が地面に着いてない!」
ゴボゴボと沈んでいく『ファウード』と気泡で真っ白になるモニターにサイが小さく叫んだ。地球には水深約1万メートルととても深い海溝がいくつかある。俺が知っているのはマリアナ海溝だが、もしかしたらニュージーランドの近くにも同じような海溝があったのかもしれない。もちろん、『ファウード』がいくら巨体だからといってそんな海溝に落とされたら泳げない限り、浮上するのは不可能だ。
あんな短時間でこれほどの足止めを用意した高嶺に脱帽しながら少しだけ冷や汗を流す。確かにこれなら90分後には『ファウード』は何もできずに魔界へ帰るだろう。そう、俺たちと一緒に。
「どうする? このままだと俺たち、『ファウード』と一緒に魔界に行っちゃうけど」
「その前にリオウが外へ飛ばしてくれるでしょ。こんなところで魔界に帰っちゃったら戦いから脱落しちゃうだろうし」
それもそうか。リオウを含め、ここにいる大半の奴らは魔界の王を決める戦いで勝つために『ファウード』
を手に入れようとした。しかし、『ファウード』と道連れになるのなら意味がない。そうなればリオウも『ファウード』を捨てるだろう。
「……でも、そう上手くはいかないみたい」
「は?」
サイはモニターを見上げながらため息交じりに言葉を漏らす。まさかと思いながらモニターを見ていると『ファウード』が海面に顔を出したところだった。そのままクロールやバタフライをして優雅に泳ぎ始める。
「この巨体で……泳げるのか……」
「そうみたい。残念だけどキヨマロの作戦は失敗だね。それに――」
『聞こえるか! ガッシュとそのパートナーよ!』
サイの言葉を遮るようにリオウが高嶺たちに話しかける。モニターも泳ぐ『ファウード』を見て驚愕している彼らを映した。
『ふざけたことを仕掛けやがって! ガッシュという魔物は日本で行動していた魔物だったな!? ならば、『ファウード』の目標を日本にする! その国を一番に滅ぼしてやる!!』
「へぇ?」
「ッ……」
リオウがそう宣言した瞬間、俺にかかる負荷が大きくなる。もちろん、その正体は俺の隣で魔力を爆発させたサイだ。慌てて『サジオ』の出力を上げた。
日本を狙うということは雪ノ下や由比ヶ浜も危険な目に遭うということになる。それがサイの逆鱗に触れたのだろう。他の奴らもサイの威圧に驚き、一斉にこちらを振り返った。
『ここから日本まで約1時間で着く。お前が本当に『ファウード』を魔界に帰す装置をセットできたとしても滅ぼす時間は十分にある! オレ様にたてついたらどうなるか、一番わかりやすい形で後悔させてやる!』
リオウはそう告げるとモニターに映る高嶺たちが顔を青くした。移動に1時間かかったとしても魔界に帰るまでに30分ほどある。『ファウード』ならビームが使えずとも陸地を歩くだけで被害が出るだろう。
『ゆけぇ、『ファウード』よ! 日本を滅ぼすぞ!』
そう言って通信を切るリオウ。それとほぼ同時にサイの威圧が消える。いや、外に漏らすのを止めたのだろう。そして、モニターに背中を見せた。
「ハチマン、そろそろ準備しよっか」
「……ああ」
心臓が潰されそうで返事をするのが遅れる。それでサイの後についていき、魔本を握りしめた。高峰の作戦が失敗した今、俺たちがどうにかしなければならない。そのためには準備が必要なのだが、可能であればリオウをコントロールルームから追い出したいところだ。
「追い出す方法とか考えてるのか?」
「ううん。でも、リオウがこのまま『ファウード』を魔界に帰す装置を放っておくとは思えないからどこかのタイミングで部屋から出るんじゃないかな」
『追い出せなくも最悪いいし』とサイはさほど気にした様子もなく、『ファウード』のコントロールルームへ繋がる廊下を歩く。確かに追い出せたら戦いが楽になるだけで必須ではない。きっと、今のサイならリオウ相手でも勝算はある。
「ザルチムはどうする? 魔力感知持ってるだろ」
「ハイル、よろしく」
「はーい!」
俺の質問に対してサイはハイルに丸投げした。ハイル自身も頼られたことが嬉しかったのか、楽しそうに返事をしながら上からバサバサと翼を羽ばたかせて降りてくる。お前、いつからついてきていたの? ちょっとビックリしちゃったけど。
「じゃあ、ハチマン。殺ろうか」
「……ああ」
まだ何も準備ができていないのにサイはまるですでに勝ったように笑いながら俺を見上げる。それに対してオレは曖昧に頷くことしかできなかった。