やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
ガッシュが地面を殴ったことで舞った破片がパラパラと落ちる。しかし、その微かな音を掻き消すように彼は涙を流しながら声を張り上げた。
「この選択は間違っておる。間違っておるではないか! どちらかが死ぬのではない、全てを助けるのだ!」
「ッ……甘えるな、どちらかしか選べないんだぞ!」
ガッシュの答えにアリシエは顔を歪ませ、対抗するように声を荒げる。『全てを助ける』、と口で言うのは簡単だ。しかし、今回の場合、『全てを助ける』などと無責任な発言をするにはあまりに敵は強大であり、
「いいや、この選択にはまだ時間がある。残り二日という時間があるではないか!」
それでもなお、ガッシュは一歩も引かずにアリシエに叫び返した。その言葉にアリシエは目を丸くし、キヨマロはニヤリと笑う。
確かに『ファウード』は巨大な魔物で、封印を解けば人間界は滅亡の危機に晒されるだろう。しかし、『ファウード』の封印を解かなければリィエンは死んでしまう。
そう、私たちが知っていることはそれだけなのだ。『ファウード』の封印を解こうとしている魔物の数。具体的な封印の解き方。そもそも、どうやって『ファウード』はこちらの世界に来たのか。
私たちは何も知らない。何も知らないのなら考えて予測するしかない。だが、そうして導き出した答えは“解答”ではなく、“仮説”に過ぎない。
もちろん、何も知らないからと言って答えを出さないわけにもいかない。しかし、答えを出すには早すぎる。ガッシュの言うとおり、まだ
「この時間を使い、リィエンと世界の人々、両方助ける道を探す!」
「……どうやってだ?」
「みなの力を借りる! もちろん、アリシエ、お主の力も!」
「僕の力? 今会ったばかりの僕がどんな力を持っているかわかるのかい?」
「アリシエは色々なことを知っておる。『ファウード』の呪い、敵の魔物、知ってることを教えてもらう!」
アリシエの問いに正々堂々と答えるガッシュ。それを聞いた彼は嘲笑を浮かべ、肩を竦めた。アリシエと出会ったのはたった数分前だ。本来であれば協力はおろか私たちを騙そうとしているのでは、と疑ってもおかしくない状況である。
それなのにガッシュは一切、疑わず、アリシエなら協力してくれると信じていた。信じて疑わなかった。そんなガッシュの態度にアリシエは嘲笑を消す。
「知って、どうする?」
「『ファウード』を復活させてから……リィエンの呪いを解いてから『ファウード』を魔界へ帰す。その方法を探す!」
「そんな方法があるのか!?」
「『帰す方法』はきっとある! 『ファウード』が魔界から人間界に来たならば元の魔界へ帰す方法もきっとあるはず!」
それは飛行機の中でキヨマロが僅かな情報の中から絞り出した微かな希望だった。
「それを残りの二日で探し出す! そのためにお主や、みんなの力を借りる!」
いつしかガッシュの目から涙は零れていなかった。そうだ、私たちはこれから仲間を、世界の人々を殺すために動くのではない。全てを救うために前に進むのだ。ならば、必要なのは涙ではなく、小さな希望。僅かな可能性。それだけで私たちは前に進める。進むだけの、足掻くだけの時間はまだ残されているのだから。
「頼む、力を貸してくれ、アリシエ、清麿、みんな! 私1人ではできぬ。リィエンも、世界も、両方とも救うにはみんなの力がいる。だから、頼む!!」
ガッシュの言葉にしばらくの間、みんなは言葉を失っていたが次第に笑顔を浮かべ、ほぼ同時に頷いた。
「あ、当たり前じゃない! 私たちが協力しないわけがないわ!」
「頑張ろうぜ、リィエンも世界のみんなも助けるんだ!」
「メルメルメ~!」
どうやら、沈んでいた士気はガッシュの演説で回復したらしい。ここでは答えを出さず、答えを出すために残された時間を使う。それは悪い言い方をするのなら『先延ばし』だが、答えを出すにはあまりに私たちは無知すぎる。とにかく、今は『ファウード』や呪いについて情報を集めるしかない。
(それよりも……)
ガッシュを中心にわいわいと盛り上がる中、私はこちらに背中を向けるアリシエを見つめる。ガッシュは彼らをすでに受け入れているようだが、やはりどこか怪しい。別に私たちを陥れようとしているわけではないようだが、何か隠している。
「見事、合格だよ、ガッシュ。この思い問題から逃げずに、考え、苦悩し……正しい判断を下した。今の君ならば他のみんなもついてきてくれる。どんな危険な場所でもね」
仲間に囲まれているガッシュにアリシエは優しい声音で声をかけた。試した、ということだろうか。『ファウード』の封印を解くのは主にガッシュの『バオウ・ザケルガ』だ。もし、アリシエの問答がなければ最後の最後まで答えは出せず、そんな状態で『ファウード』の封印を解く、もしくはリィエンを見捨てた場合、絶対に私たちの仲に亀裂が生じる。
だが、今回のことで少なくとも今はみんなの意見は一致した。これならもし、『帰す方法』がなくとも私たちの仲に絶望的な亀裂が生じることはないだろう。
だからこそ、アリシエたちの目的がわからない。単純に世界の危機だから協力しに来た、というのは簡単だが、それならばわざわざリィエンと世界の人々を天秤にかけるような言い方はせず、リィエンを諦めるように説得するか。もしくは呪いについて教えず、リィエンを見殺しにするべきだった。
なんというか、アリシエの行動はどれも中途半端なのだ。彼の人となりを理解したわけではないのではっきりとは言えないが、ガッシュのように『全てを救う』ために動くほどのお人よしには見えない。ましては私たちは仲間であるリィエンを人質に取られているが、アリシエもそうだとは限らない。むしろ、知り合いが人質に取られていないのなら、アリシエは『見ず知らずの人』と『世界の人々』を天秤にかけていることになる。それこそあまりにお人よしすぎる。
やはり何か隠しているとしか思えない。その隠していることこそ彼の目的に繋がるのだろう。
「……」
それに、隠しているといえばハチマンもそうだ。私はこういったことには慣れているつもりだし、いざとなれば切り捨てられる非情さを持っていると自負している。キヨマロは仮説を吟味し、『帰す方法』は少なからずあると予想しているのだろう。ガッシュは今の演説通りだ。
じゃあ、ハチマンは? 彼はこの中で誰よりも早く『覚悟』を決めていた。だが、ハチマンは頭は悪くないがキヨマロほどの天才ではない。飛行機に乗り込んだ時点でキヨマロですら半信半疑だった『ファウード』の正体を断言し、あまつさえ『リィエン』と『世界の人々』を天秤にかけ、『両方救う』という答えを導き出している。
やっぱり、ハチマンは何か知っているのだろう。私たちよりも――下手するとアリシエ以上に情報を握っている。それを私たちに教えない理由は
今ならわかる、その情報の出処が。
だからこそ、私はそれが気に食わなかった。
「――イ? サイってば!」
「ッ……うん、何?」
その時、耳元でティオに呼ばれ、我に返った。ティオは私の様子がおかしいことに首を傾げていたがすぐに笑顔を浮かべ、気合を入れるようにグッと右手を胸の前で握りしめる。
「一緒に頑張ろう! 絶対にみんなを助けるわよ!」
「うん、そうだね」
怪しまれないように私は笑顔を浮かべ、頷く。上手く笑顔を作れたようでティオは嬉しそうに微笑み返してくれた。こんな醜い私には勿体ない親友。
ああ、イライラする。
もやもやする。
むかむかする。
今にも負の感情が乗った魔力が漏れ出てしまいそうになるほど私の中で醜い感情がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
何故、ハチマンは彼女の話を信じたのだろうか。
どうして、パートナーである私に何の相談もなかったのだろうか。
なんで、私よりもあいつを――ハイルを信じて行動しているのだろうか。
ああ、イライラする。イライラする。イライラする。
「えい、えい」
「ウ、ウヌ!?」
「えい、えい、お前、甘ったれだが見込みはあるな。協力してやるぞ」
「アハハ、リーヤが角でつっつくとはな。それはリーヤの友好の印だ、気に入られたもんだな」
先ほどの雰囲気とは打って変わって明るくなったアリシエやリーヤはすでにみんなに受け入れられ、仲間となっている。そんな光景を私は黙って見つめていた。
どうしてだろうか、別に喧嘩したわけでもないのに、なんだがみんなが遠く感じた。