Fate/counterfeit lyric   作:垂柳

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第一話

「……ここは? 」

 

 ふと目を開けると士郎は知らないベットに寝かされていた。気絶する前と違う場所に少し驚きはしたものの、気絶して知らない場所というのは今までの経験上何度かあったことであったため、軽い混乱のみで済む。すぐに現状を把握するため、周囲に目向ける。軽い薬品の匂いに、腕に付けられ点滴、肌にかかる清潔な白いシーツから病院のようで、その証拠のように士郎の服は、患者ふ……

 

「な、なんだこれは?! 」

 

 体に痛みがないことから後に回した肉体の確認であったが、自分の纏う患者服へと目を向けようやく自身の体の異常に気付く。記憶にあった筋肉質であった腕は、細くまるで幼児のもの。いや腕だけではない、身長180を超えるほどの背丈はかなり低く、子供の視点である。慌てて自身の体を確認すれば、

 

「……なんでさ」

 

 思わずここしばらく使っていなかった口癖がついて出ていた。肌は魔術の反動で焼け手とはいわず体全体褐色になっていたはずであった。それが元の肌色に戻っており、試しに髪を一本抜いてみればこれも当時のままである。

 

 現状に対する焦りにより正確に肉体を把握しようと、自身の使える数少ない魔術の一つである『解析』を使う。

 

 

「……? ――――――ヅッ?! 」

 

 途端、体に走る激痛。脊髄に熱い鉄の棒がぶっ刺さったような痛みに慌ててカット。途端に引く痛みと全身から吹き出す汗。それを拭うような余裕もなく、荒い息を吐き出しながら現状を把握する。

 

(魔術回路がないだと! )

 

 普段当たり前のように起動していた回路が全て固く閉じている。より正確にいえば、作り出してもいないために形をなしていない回路(パイプライン)に『炉心』から魔力を無理やり通そうとしたことで痛みが走った。あと一歩判断が遅かったら間違いなく死んでいた。その場合は全身から血が吹き出し、スプラッターな死体ができたことであろう。

 

 しばらく荒い息が止まらず起こしていた体をベットに横倒させる。

 

(肉体の年齢だけでなく、魔術回路までも振り出しになっているということか。なんだってこんなことになっているんだ? )

 

 さすがの士郎もこれにはしばし驚き、茫然とした。仮に魔術回路をはじめから作り直したとしても、さすがに簡単な『投影』、『強化』や『解析』などをはじめとした簡単な魔術程度ならある程度問題はないと思う。一度取得したものであるため、コツは分かっているはず。(流石にそこまでへっぽこではないとは思いたい。)しかしこれでは、宝具の投影は当分できないだろう。あれは自殺行為のような一見無意味とも思えるような回路の精製の鍛錬により魔術回路が人一倍丈夫であったためできた行使である。今やろうとすれば、もれなく体のあちこちから剣の群れをプレゼントされるだろう。もちろん奥の手などなおさら無理である。

 

(はぁ。とりあえずわかったことを簡単にまとめてみよう)

 

 魔術の後遺症で焼けた肌は当時の通りごく普通の黄色人種の色になり、鉄色になった髪はオレンジがかった茶髪に戻っている。おそらく記憶が確かならあの大火災にあった時と同じぐらいだろうか。おまけに魔術回路も当時に戻っており、狂った鍛錬で身に着けた魔術回路の頑丈さも落ちている。そして、体に感じる魔力も、雀の涙みたいなものになっていると。

 

 なんだこれ。

 

 心の中で結論を出したが、現状これ以上どうしようもない。何故こうなったのかもわからない以上、これ以上考えるのは無意味である。それにほかにも考えなければならないことは山積みだ。たとえばここにどうしているのかとか、ここがどこかなど。

 

 周りを観察しても、清潔で飾りつけひとつないこの部屋ではせいぜい病院かそれに準じた施設であるのは間違いないだろうことを察せられる程度だ。どんな施設、組織なのかといったことについては当たりをつけようもない。

 

 どこかの魔術協会に捕まり、この体も改造されたためでしたといわれれば納得の一言だ。自身の幸運ランクを考えればありえないことでもない。それなら今どこかから観察しているかもしれない輩は、こちらが頭を抱え呻いているさまはさぞや見ものだろう。またはどこかのアカイアクマが俺の体を人形師の作った入れ物に移し替えたというのもあり得る。…いやそれは流石にないか。

 

 なんて、一見ありえなさそうでしかし自身の身を考えればありうるとつい考えてしまっていた。そんな現実に思わず士郎は頭を抱えながらもそれを脇におく。とりあえずこの停滞から抜け出すべく、ベットのわきにあったナースコールらしきものを押した。

 

(鬼が出るか蛇が出るか)

 

 暫くしてこちらに向けて歩いてくる複数の足音が聞きながら何が起きてもおかしくないように、傍からは分からない程度に体に力と気合を入れるのであった。

 

 

 

 

 しかし、そんな士郎の最悪の予想は自身の幸運ランクを裏切り外れてくれた。入ってきた人たちからの話では、どうやらここは一般の病院であったらしい。士郎の考えは妄想が過ぎたようだった。

 

 医者を名乗る男が話すには、公園でうつぶせに倒れていたところをたまたま朝散歩にでていた男性たちによってご親切にも運ばれてきたとのこと。ブカブカのサイズが合っていない服を着て倒れている不審な子供にここまでしてくれたことに感謝を禁じ得ない。免疫力の低下したこの体では体調を崩していた可能性もある。その男性たちに会う機会があればぜひお礼を言わなければならない。

 

 

 さて、不審な格好をしていた子供に、当然彼ら医者は思うところがあるようで表情を強張らせながら、何故あそこにいたのかを聞いてくる。

 

 もちろんそんなことを聞かれても、分かるはずもなく、寧ろ士郎としては、この体のことも含めて聞き返したいところである。

 

 士郎の記憶では、確か中東の奥地にいたはずであった。しかし気づけば、少し型遅れな気もするがとてもあの周辺では望むことも出来ないだろう設備がある病院にいる。それも体が小さくなってである。さらに入ってきた男たちの見た目や話す言語からか推測するに、おそらくここはドイツだと予想できた。なぜこんなところにいるか、これを何の説明もなく、先ほど起きたばかりで頭の整理もつかない状況でこたえられるはずがない。

 

 とにかく自分の置かれてる状況をはっきりさせるまでは迂闊のことはできないと、士郎は流れに任せることにした。

 

「それが、申し訳ないことにまったくわからないんです。というか自分の名前と後はほとんど思い出せなくて。寧ろこちらが聞きたいぐらいなんですけど……」

 

 ということで記憶喪失ということで通した。

 

 そんな士郎の様子に医師たちは顔を見合わせ、何事かささやきあった。

 

 これからどうなっていくのだろうか、周りの大人の話を聞きながら士郎は遠い目になるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 この後地元の警察なども来てだいぶ揉めることになった。見つかった当時の様子から事件性を疑われたが、何から手を付けてもいいか全くわからない。外傷もなく性的な暴行も見られず、健康状態も異常なしと来れば戸籍もなく行方不明リストにも載っていない。何ヵ月かその処遇はつかなかったが、結局行方不明者として扱われることになり、結局士郎は孤児院に入れられることになった。

 

「シロウ! 一緒にサッカーしようぜ! 」

 

「駄目よ!士郎は私たちと今日士郎はおままごとしてくれるって約束したんだか! 」

 

「お腹すいたよ~」

 

 まるで幼稚園の保母かのようにいろんな子供に声をかけられ、服を引っ張られる。士郎はそれに苦笑しながらも優しく対応していた。孤児院もピンからキリまであるが、士郎の入ることになった施設はまともな場所であったようだ。

 

 もともと面倒見の良かった士郎は、当たり前のように子供になつかれ子供たちに兄と慕われることになった。院の大人も士郎の年齢不相応の動きに首をかしげながらも、子供の面倒だけでなく家事などを積極的に取り組んでくれる士郎の動きは好ましく映っていた。何よりも料理がものすごくうまい。

 

 そんな子供たちの相手をする傍ら、時間が見つかれば誰にも見られぬように魔術や肉体の鍛錬を欠かさず行った。以前調べたとおり、自身の体はその頃の自分の性能そのものであったが、身に着けた技術はそのままである。子供のうちから筋肉をつけすぎるわけにはいかないので専ら肉体についてはシャドーによる反復が主であった。魔術の訓練は回路を鍛えるため、いちいち一回一回魔術回路を生成してから魔術を使うという、死を隣に置いた常人からすれば発狂ものの修行をしていた。

 

 また、士郎は鍛錬以外にもできる限りこの世界について調べていた。そして、自分で導きながらも到底信じられない結論を出した。

 

 

 この世界は士郎のもといた世界ではない。

 

 

 当初、士郎はカレンダーを見て、そして慌てて人づてに確認したところどうやら今の時代が、自分がいた世界と比較して前であることが分かった。この時、士郎は自分の世界にある『時間旅行』の魔法を受けたと考えていた。自身の体が若返っていることからの発想である。しかし、その後自身の名前から日本人であるという周りの認識(実際その通りだが)を使い、自分の記憶を思い出すきっかけになるかもしれないと言って借りた日本の地図に冬木の名前がなかった。他にもいくつか見知らぬ地名を見て、ここが平衡世界の一つであると考えた。

 

 何故このような出来事が自分に降りかかったかは一切わからないが、遠坂に魔術を教わっていた時期もあったことで第2魔法についての知識はある程度あった。

 

 そうなると第一に気にしなければ、魔術の有無である。以前ドイツにいた際の主な魔術組織がいたところや、まず魔術師がいればほっとくことがないだろうと思われる近くの霊地まで、院での頼まれごとで外に出た際や夜抜け出すなどして調べた。しかし、魔術を使われた気配や士郎の特性から人一倍過敏な世界の異常の気配を感じることはなかった。もちろんこれだけで断定できることではない。痕跡を残さない一流の魔術師がいて士郎が気付かなかっただとか可能性を挙げればそれこそきりがない。そうでなくても自分の世界とは異なる法則の魔があるかもしれないのである。それでも士郎は今のところ自身の把握する限りにおいて、この世界には「魔術」がないものとして仮定した。

 

 魔術がないことに対し奇妙な喪失感を抱いていた。それは形を多少変えながらも今も士郎はそれを抱えている。

 

孤児院で子供に囲まれながら過ごす穏やかな日々。

助けられなかった小さな手、時にはそれに自分が手をかけなければならなかったあの時。

 

大人からも一定の信頼を得られ頼りにされている。

争いの張本人であるとされ周りから恐怖の視線と石を投げられた。

 

 あの世界とは考えられないほどの充足がそこにはあるはずなのに士郎は現状に対しどうしようもない焦燥感を覚えていた。

 

 今この時に複雑な気持ちを抱きながらも数か月過ごしたある日。

 

「シロウ。少しいいかね」

 

「はい。院長先生どうしました? 」

 

 子供を昼寝させ一段落つけたとき、この孤児院の院長である初老の男が話しかけてきた。良い人と一目でわかる柔らかな笑顔を向けてくるが、昔はこれで軍人として敵味方から恐れられたとのことらしい。今のこの様子だけを見ると、とても信じられないが士郎には、確かに幾多の戦場を超えてきたのだろう残り香を感じることができた。

 

「いつもすまないね。面倒ばかりかけてしまっていて。シロウもやりたいことがあるだろうに」

 

「いえ。好きでさせてもらっていることです。気になさらないでください。それに俺も十分に楽しんでいますから」

 

 心の底から言っているだろうその言葉に、院長は頼もしさと遣る瀬無さを同時に感じた。

 

「そういってくれると助かる。……と思わず話が違う方向に行っちまうところだった。実は君に会わせたい人がおってな。君をぜひ引き取りたいと言っておるのだ」

 

「俺をですか? なんで俺なんかを……」

 

 自分なんかより、よっぽど子供らしく良い子が大勢いるのにわざわざその中で自分を選ぶのかわからない。

と本気で首をかしげる士郎に院長は思わず苦笑を漏らす。

 

「ふむ。やはり自分のことがあまり見えていないようだな。君は他の子たちと変わりなく十分に良い子であるし、将来が楽しみな子じゃよ」

 

 それを聞いて、はいそうですかとはやはり素直にうなずけるものではなかった。しかし、そんな感想は置いといて、士郎は今回の見受けは正直乗り気にはなれなかった。士郎としてはここである程度自立できる歳までいた後、世界を旅して回るつもりであった。簡単に調べた程度では、魔術がないとは言い切れない。そのためそちらを調べ見切りをつける必要がある。もしかすれば家族を持ってしまえば自由に行動することは難しくなる可能性もある。確とした身元保証は有難いが正直そのデメリットを享受するほどのメリットというわけではない。

 

(それにどちらにしても、この身は救いに走り続けなければならないんだ。でなければ●●●を救えなかった俺は……)

 

 そんな士郎の内心までは見通せないものの、あまり乗り気でない様子は院長も感じ取った。

 

「私としては非常に寂しく残念な気持ちであるが、君のことを考えればこれはチャンスだ。それに今回の人は私が非常にお世話になったこともある人でね。いい人だ。前向きに考えてほしい。せめて一度会ってみてはくれないかね? 」

 

 世話になっている院長のメンツもある。どうするかは別として会うだけならと頷くのであった。

 

 

 

 

「……え? 」

 

 そして対談の日。院にある応接間に院長と現れたその男に士郎は頭を強烈に殴られたような気がした。それほどの衝撃であった。

 

 皺くちゃになったコートを着て、ぼさぼさの髪に無精ひげ。その辿ってきた苦労がそうさせているのか、実際の年齢以上に老けて見える顔。

 

 その男に士郎は見覚えがあった。いや見覚えるなんてものではない。その顔は士郎にとって大切で、衛宮士郎が形作られるきかっけになった人物。

 

「こんにちは。君が衛宮士郎君だね」

 

 衛宮切嗣。士郎の義父親がいた。

 

 

 士郎が切嗣を呆然としていた間に、切嗣と一緒に入ってきた院長は気を使ったのか、シロウのことを頼むと切嗣に言い部屋から出って行った。

 

 なんといえばいいか分からず声も出せない。そんな士郎をみて、緊張しているのだろうとでも思ったのだろうか。

 

「まさか僕と同じ苗字とは思わなかったよ。僕の名前は衛宮切嗣というんだ。…もしかしたら君は生き別れた僕の息子かもしれないね」

 

 なんて笑えないジョーク(?)を言う。それに士郎は何だか毒気がとられ、しばし目を閉じ切り替えるように首を振る。顔を上げれば困ったように笑う切嗣の姿。それを見て士郎はまだ自分が挨拶もしていないことを思い出した。

 

「はじめまして。切嗣さん。もう名前をご存知のようですが、衛宮士郎と言います。よろしくお願いします」

 

 とりあえず無難な挨拶を返す。正直まだ頭は混乱したままであった。先にも述べたが、士郎は遠坂の家の影響である程度平行世界の理論について知識としてある。このようにしてあちらでの知り合いと会う可能性があることも覚悟していた。そのため、ここにいる切嗣が元の世界の切嗣によく似た誰かというのもわかっている。しかしわかっていても

 

(―――これは……)

 

「初めましてか。その様子だと士郎君はあの時のことを覚えていないし、聞いてもいないみたいだね」

 

 そりゃぁそうか。と一人納得して頷く。

 

「すみません。どこかでお会いしていたでしょうか? 」

 

「いやぁ。気絶していた君を病院まで運んだのは僕なんだよ。連れが公園で倒れていた君を見つけたんだ」

 

 それに士郎は驚きに目を瞠目させ、慌ててお礼の言葉を口にする。

 

「礼はいらないよ。あの時から君のことが気になってね。ちょっと昔の伝手であの時の君がどうなったのか聞いてみたんだ。無事に家族のもとに帰っていれば気にしていなかったんだけど、どうやら君が記憶喪失でその処遇で揉めていると聞いてね。ここを僕が紹介したんだよ」

 

 この世界の切嗣もどうやら士郎にとっての正義の味方であったらしい。そんなことに少しうれしさを感じた。

 

「院長から聞いているかな? 彼と僕は昔馴染みでね。よく連絡を取ったり時にはお互いに助け合っているんだよ」

 

 切嗣は少し昔を懐かしむような遠い目をする。

 

「こっちでうまくやっているという話だったから、僕も安心していたんだけどね。……あまり君には言わないほうがいいんだろうけど」

 

 そう前置きして少し声を潜める。

 

「院長は君をどうにも心配しているみたいなんだよ。どうにも昔見た男の姿に重なるってね。自分では真の意味で彼の家族になることはできないのではないかってさ」

 

 誰のことなんだが。そんなことを言いながらも切嗣は本当は分かっているのではないかと思えるような苦笑をする。

 

「近々日本に引っ越す予定もあってね。君が日本人のようだということも聞いていたから、ちょうどいいと思ったんだよ」

 

「しかし、俺なんかを引き取っても切嗣さんにはご迷惑では……」

 

 言いつくろうとする士郎に切嗣は不器用なウインクをしながら言う。

 

「それに院長から話を聞いているうちに君が家事万能だなんて話を聞かせてもらってね。恥ずかしい話、僕も料理ができないことはないんだけど、いささか機能的に過ぎてね。君はしっかりしてそうだし、連れ合いを亡くしたこともあって寂しがっていることもあるんだ。正直なところ、さっきのは言い訳でこっちが本音かな」

 

 冗談交じりに言うが、ある程度本当にそう思っているんだろう。こちらを見る切嗣の眼は少し本気の色が見て取れる。

 

「日本に行くことで、もしかしたら記憶を戻す切掛けになるかもしれない。もちろん記憶が戻っても君が望むなら僕と家族になってもらいたい」

 

「さて、いろいろとこちらの言いたいことばかり言ってしまったけど、士郎はどうしたい? 今回の話を忘れてこのまま孤児院に残るのと、さっき会ったばかりのおじさんと家族になるか。もちろん、大切なことだから時間がほしければ少しは待てるよ? 」

 

 

 

 

 結局士郎はその場で切嗣の家族になることを了承した。直前まで渋っていた彼が頷いたのは、やはり引き取ろうとしたのが切嗣であったことだろう。憧れの男のもとでまた過ごしたいというのもあったであろうし、前の世界の心残りがあった。もちろん姿がよく似た別人だということは分かっていたが、やはり捨てきれない思いがあった。それに士郎は気づいて自嘲した。

 

 孤児院から出ることを伝えた時、院の皆は残念がり子供たちは淋しさに泣くことになった。院長は少し驚いた顔をしていたが嬉しそうにうなずいた。1年もたっていないできことであったが皆士郎のことを家族としてみていた。士郎は真の意味で家族として見れていなかったかもしれないが、それでも彼らと過ごした時間は楽しいものであった。別れの会は盛大に行われ、またいずれ再開する約束をした。

 

 そうしてあっという間に切嗣の家に引き取られる日となった。タクシーに乗って着いたのは1件のアパートだった。日本に行くまでの間の借宿ということらしい。さて、と切嗣はすぐに扉を開かず玄関の前で立ち止まる。それにわずかに士郎は首を傾げた。

 

「おっと、大切なことを言い忘れた。うちに入る前に、一つだけ教えなくちゃいけないことがあるんだ」

 

 いいかな、と。そういって切嗣はそこで少しいたずらっぽく子供のような笑顔で振り向いて、

 

「―――――うん。実は僕のもとには、小さな妖精さんがいてね。今日から君の家族になるんだ」

 

「……」

 

 ぽかんとする士郎の顔を横目に切嗣は笑いながら玄関の扉を開いた。そこには

 

「こ、こんにちは!い、いりやっていいます。よろしくおねがいします。……え、えっと。お……お、おにいちゃん」

 

 雪の妖精を思わせるかわいらしい少女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

どこかで白い少女の声がする。

 

「―――シロウ。ほんとうは……」




切嗣に拾われる 士郎9歳 イリヤ4歳

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