闇と淡い白が彩る深閑とした世界。何物にも侵されがたいそんな世界に色づいた二つの影は異物であるはずだったが、あまりにも自然に溶け込んでいた。
「……ここはやっぱり少し寒いね」
日本家屋の庭先に広がる景色のような色を持つ少女は、その壊れそうなほどの繊細な体をこちらに預けてぼうっという。俺はそれに何も言わず、その体を無言で引きよせた。ん、と少女はそんな動きにどうしようもなく嬉しそうに淡く微笑んだ。
―――そうして俺たちは二人で寄り添い空を見た。朝から降り続けていた雪は止んでおり、今は雲から朧げに漏れる月明かりが庭先を淡く照らす。幻想的な空間。いっそう神秘的ともいえる時間が流れている。しかし、そんな時の中で俺は
悲しくて、嘆きたくて、憤りたくて、今にも壊れてしまいそうだった。あと数瞬もこの状態が続けば、
それに白い少女はしょうがないなぁとばかり微笑み、俺の顔を優しく触れる。
その白い少女は髪も肌も白かった。血が通っていないのではないかと思えるほどに、余りにも作り物しみて、人形のようで、生きているように見えなかった。
「シロウ。ちょっとこっちを向いて」
なんだろうと首を向ける。それに少女は微笑みながら、ゆっくりとその細い腕で俺の頭を引き寄せ抱きしめた。いつもであれば、このようなことをされれば慌てふためくはずであったが今は不思議と安心していた。
「……シロウ」
その声に顔を少し上げる。少女は柔らかに微笑んでいる。
「私はあなたを通して世界を知った。こんなに人は、世界は暖かくて、楽しくて。こんなにも愛おしいと思える人ができて」
一つ一つその言葉をかみしめるように言う。
「大好きだよシロウ。あなたと会えて私は幸せでした」
違う。止めてくれ。傍にいれてやれなかった。何よりも大切であるはずの家族といれなかった。この少女はただ傍にいることだけを求めていたのに。
俺は助けられなかった。叶えてやれなかった。朝はおはようと言って微笑み。作った料理を美味しいなんて言われながら、みんなで騒ぎ。日がな一日一緒に話して。時には休みの日に二人で散歩にでも出かけて。そんなあまりにも些細なことであるはずの願いを。
だから
だから
そんな顔を
そんな声を
俺に向けないでくれ。
「ねぇ、シロウ……」
終わる。ノイズが走るその先の言葉はいったい何だっただろうか。
断末魔が響き渡る。
一つの町が終わりを告げていた。いや、ここを初めて来たものはここを町だったと認識できるだろうか。修復不能なほど壊された家屋。中には原型すら想起できないものもあれば、まだ燃えているものまである。空気は高温で息をするだけで肺が焼けそうになる。川は涸れ果て、草木は涸れている。またその地も地面はめくりあがり、無数のクレーターができている始末。そんな世界をさらに負のものと感じさせるのはそこかしこに見えるものだろう。
それはかつて人だったものであった。今は、老いも若きも男も女も例外なく地面に横たわるそれらは体がドロドロと溶解しているものやカラカラとなりミイラのようになっている死体。なかにはまだ生きてはいるものもある。ただ息するだけで思考もめぐらすことも出来ない壊れてしまっているそれを生きていると言ってよいのであればだが。
この世界は死だけがあった。
しかし、そんな世界にもまだ一つ、生きているといっていいものがあった。しかしそれは余りに儚い。
全身は傷を負っていないところを探すのも難しく、しかもその傷からはまだ血が止まっていない。一刻ごとに血は流れその命を減らしている。右腕はもはや動かすことも出来ず、垂れ下がっているだけ。もはや死に体。いつコト切れてもおかしくないと思わせる。しかし、それでもその男は両の足でその地に立っていた。
肌は浅黒く、髪は白い。その両の眼は鷹を思わせるほど鋭い。その男の前には黒い何かがその形を失い、その黒く澱んだ光を天に昇らせながら徐々にその姿を消していた。
その光につられるように、空を見上げてみれば、黒い太陽があった。見るものに怖気を誘うそれはこの世のあらゆる負を集めたかのようにみえる。
ようやく終わる
血よりも赤い外套を纏ったそこに立つ男、エミヤシロウは、自嘲をこぼす。
救えなかった。この町も、少女も。
「……すまない」