そこで依頼を待ち続ける雪ノ下雪乃。
雪ノ下のために行動する由比ヶ浜結衣。
今回は、そんなお話。
ではどうぞ。
5 彼女の独白は彼と彼女には届かない
6月5日 金曜日
彼がこの部室に姿を現さなくなって11日が経った。由比ヶ浜さんは相変わらず来てくれるのだけれど。そういえば一昨日は用事で休んでいたわ。
通常時、私が奉仕部の部室に着いてから彼が来るまでおよそ15分。それから10分ほどで由比ヶ浜さんはやってくる。普段ならば。
でも、今日も比企谷くんは部活に来なかった。
ひとりで今まで集めたアザレアの亡霊に関する情報を整理する。由比ヶ浜さんはしきりにその情報を聞いてくる。そして私には無いふくよかな膨らみを押し付けてくる。
そんな由比ヶ浜さんのスキンシップも、最初は暑苦しかったけれど今では心地良い。
元々独りだった奉仕部。
それが二人になり、三人になった。
それは私にとって大きな変化だった。
駄目だ。
集中できない。
思考が色々な方向に飛んでしまう。
資料を置き、窓の外を眺めながら物思いに耽る。
私は、頭が悪くなったのかも知れない。
ぶっきらぼうで、一見すると世の中を疎んでいるようで、その実誰よりも状況を考える彼。
変な呼び名を勝手につけて、ややスキンシップが過剰で、誰よりも気を遣う彼女。
そして、彼の顔を見るといつも罵詈雑言を言ってしまう、素直ではない私。
私の中での奉仕部は、いつからか三人の集合体として位置づけられていた。
由比ヶ浜さんが居てくれなければ、或いは私は泣いていたのかも知れない。彼女は私にとって確実に、強固な支えになっていた。
とはいえ由比ヶ浜さんもどこか寂しそうに見える。その原因は、彼が此処に居ないこと。
私は別に良いのだけれども、由比ヶ浜さんのために少しは顔を見せて欲しい。
そうやって、彼女の気持ちを利用してしまいそうになる自分。
素直になれない、私。
嫌い。
彼は、いつも『みんな』が上手く収まるように行動していた。残念なのは、その『みんな』に彼自身が含まれていないこと。
だから彼は、自分を犠牲にする方法を選択してしまう。そして助けられた人は彼を恨み、疎み、後に気がつく。
あの時の自分は、彼の自己犠牲のおかげで助かったのだと。
そんな彼が私は嫌い。
彼自身を大事に出来ない、彼自身を軽んじる、彼自身を傷つける彼が嫌い。
そんな彼を救えなかった私自身も、嫌い。
今週も、彼がいないままの部活動が終わる。
☆ ☆ ☆
6月7日 日曜日
俺、比企谷八幡は由比ヶ浜と会う約束をしていた。
それはいい。仕方の無いことだ。
問題は、何故それを小町が知ってるかということ。そしてなぜ小町がデートプランを立てるのか。
「別にデートって訳じゃねえって」
これは本当だ。今日の目的は、雪ノ下が調べた情報を由比ヶ浜から聞き、こちらが持っている情報を由比ヶ浜経由で雪ノ下に伝えてもらう、というものだ。
小町に決められた店で、小町がコーディネートをした服装で由比ヶ浜と待ち合わせる。
小町、ダメダメなおにいちゃんでごめんな。これからもよろしく、末永く。
「やっはろ~、ヒッキー」
朝から元気だなおい。ま、元気なのはいいことだ。
店内をきょろきょろと見渡しながら満面の笑みを咲かせているのだから、きっと小町チョイスは功を奏したのだろう。
「ヒッキー、よくこんなお店知ってたね」
素直に小町の知恵を借りたとぶっちゃける。
「あはは…さすが小町ちゃん」
小町よ、どうやらおまえの株は急上昇だ。俺の株はストップ安。
「で、雪ノ下はどこまで調べたんだ」
早速本題に入る。
由比ヶ浜の話をまとめると…
・事件は毎週火曜日に起きている。
・犯行現場には必ずアザレアの花が残されている。
・犯行現場は、公園、総武高校などの公共施設である。
・犯行は少しずつエスカレートしている。
など、俺が調べたのと大して変わらない内容だっだ。
「で、ここで行き詰っている訳だな」
現状確認を終えた俺は、持参した地図を広げる。
「この印が犯行現場の場所だ」
由比ヶ浜が地図に顔を近づける。おい近いぞ。俺の顔も地図の上空にあることを忘れるな。でないと俺が我を忘れそうになる。
「なんで印が2箇所に集中してるのかな」
俺が煩悩と互角の戦いを繰り広げている間に、由比ヶ浜は地図から情報を読み取ろうとしていた。そうだ。犯行現場の分布を見ると、県庁付近と総武高校付近に大別できる。そしてそこから導き出される『仮定』は。
「そーいえば、ゆきのんのお父さんって県会議員さんだよね」
的確だ。こいつ、勉強は出来ないしアホだが頭は良いんだな。
「よく気がついたな。県庁と総武高校。その二つが関連するのは、俺たちが知り得る限り…」
「ゆきのん!」
言い方はアホっぽいがほぼ正解だ。
「うん。正確には雪ノ下家だな。しかし、これで雪ノ下が躍起になっている理由が少し解ったな」
「自分の家が関わってるかも知れない事件だもんね」
腕を組み、うんうんと頷く由比ヶ浜。揺れる前髪がちょっと可愛い。
「それでだ」
「今回おまえの依頼を受けたときのこと、覚えてるか?」
何故モジモジする必要があるの由比ヶ浜さん。
「え、えーと、ヒッキーがあたしの背中を…抱いてくれたこと?」
あー、そりゃモジモジするよねー、何だか俺まで赤くなっちゃう。
「そうじゃないって。俺が言ったことだ」
「んー、あ。危ないと判断したら手を引くってこと?」
ちょっとした寄り道がありましたがやっと正解がでた。
「ああ、本来ならもうとっくにストップをかけたいところだ。が…」
「…もし本当に雪ノ下の家が事件に関係しているのなら、早急に解決する必要が出てくる」
「しかしそれは、おまえや雪ノ下を危険に曝すことになりかねない」
「だから、協力者を求めることにした」
「由比ヶ浜、葉山に連絡を取ってくれ」
「あ、もしもし、うん……」
しかし葉山に協力を求めることになるとは。でもこれしかない。俺の数少なくて薄い人脈の中では適任者は葉山しか居ないのだから。
「葉山くん、すぐ来るって」
「そうか、悪いな」
「い、いいよ、そんなの。本当はもうちょっと二人で居たかったけど」
馬鹿、そんなこと言われたら、女子に耐性が無いヤツなら惚れてるぞ。俺の場合は耐性は無いが、まず度胸が無いから安心。
程なくして、葉山が現れた。
テーブルを挟んで正面に葉山、横に由比ヶ浜。
「おい、なぜ俺の横に移動したんだ」
「べ、別に意味なんてないし」
それを見て微笑ましそうに笑うな葉山。こっち見んなリア充め。
「葉山、悪いな。おまえの力を借りたい」
俺は、葉山に状況の説明を始める。
お読みいただきありがとうございます。
第5話、いかがでしたか?
最近つくづく自分の文才の無さ、ボキャブラリーの貧困さを感じています。
もっと磨かなければ。もっと詰め込まなければ。
ではまた次回。