その周りには彼を守る者がいる。
では、どうぞ。
19 彼ら彼女らの舞台は厳かに幕を閉じる
6月24日 火曜日 21時57分
倉庫内。
「…てめえら。ちょっと調子に乗り過ぎなんじゃないか!?」
長尺のナイフを拾い上げた丹沢は、目が完全に飛んでいた。
ふらふらと、ナイフを無意味に振り回しながら近寄ってくる。
長い刃物を振り回すその様に、俺を庇うように立つ四人が緊張する。俺はその四人の間を抜けて再び矢面に立とうとした。その瞬間。
空気を切って破裂音が倉庫の床から弾け飛んだ。
一瞬、静寂が空間を支配する。そして全ての動きが止まった。
「いい加減になさい!」
澄み切った凛とした声。雪ノ下雪乃だった。
先程の音は雪ノ下が自身の拘束に使われていたロープで地面を鞭のように叩いた音だった。
俺のすぐ隣で、雪ノ下がロープを構える。似合い過ぎていてちょっと怖い。
「あなたに忠告するわ」
丹沢は、呆然と雪ノ下雪乃を見ている。それは俺も同様だ。
雪ノ下雪乃から目が離せなかった。
「きゃー、雪乃ちゃんカッコいい~!」
陽乃さんが無邪気にはしゃいでいる。実の姉に茶々を入れられた雪ノ下は少し目を伏せ、そして丹沢に向け言霊を放つ。
「これ以上彼を傷つけることは私が許さない。それから」
彼女の携えるその眼差しは、怒りと覚悟の表れだった。
「目の腐ったヒーロー気取りさん」
矛先は俺に向けられた。雪ノ下は俺の横に立ち、言い放つ。
「あなた、自分を軽んじるのはもう止めなさい。あなたに何かあったら、私も生きてはいないのだから」
挨拶のような、日々聞かされる罵詈雑言のような、軽やかな声。
さも当然のことをさらっと述べただけ。
そんな声音だった。
微笑を浮かべながら雪ノ下が俺を見る。その目は悲しみと慈しみに満ちた目だった。
呆然としていると、俺の周囲には人の壁が出来ていた。
前面には葉山隼人、戸部翔、材木座義輝、戸塚彩加。
右には雪ノ下雪乃、雪ノ下陽乃、城廻めぐり。
左には由比ヶ浜結衣、川崎沙希、三浦優美子、海老名姫菜。
そして後方には平塚先生と妹、小町。
全員、大なり小なり『比企谷八幡』という人間に関わり、救われた者たち。
その全員が、一つの決意を持ってその場に立っていた。
『比企谷八幡を守る』
ただその為に。
「なんだよ、おまえら…」
元々俺の言うことを聞くような連中ではないし、そんな間柄ではない。
「うっさいヒキオ、あーしらのしたいようにやらせろ」
「そーそー。みんなあんたには世話になってるんだ。あ、あた、あたし、も、愛してるし…」
「ハヤハチに戸塚くんが…ぐふふふふ…」
何か違うのも混じっていたが、みんなが俺を囲んでいる。俺を蔑む為でなく守る為に。
そして、一番後ろに陣取っていた平塚先生が先頭へ歩み出て丹沢と対峙する。と同時に鳩尾に鉄拳を一発。その拳はまさにラストブリットとなり、丹沢は胃液を吐き散らしながら崩れ落ちた。
悶絶している丹沢を、雪ノ下と由比ヶ浜が見下ろす。
「あなた、八幡に何かしたら次は無いわよ」
「ヒッキーは絶対あたしが守るもん!」
そして輪の中心でその光景を見つめる俺は、未だに苦悶の表情で蹲る丹沢に声をかける。
「…だってさ。丹沢さん。女はこわいね」
すっかり毒気を抜かれた俺が丹沢に声をかけると、雪ノ下と由比ヶ浜に睨まれてしまった。反省。
「おい、そのくらいにしておけ」
平塚先生が長尺のナイフを踏みつけて立っていた。
「ようやく警察が到着したようだ。おまえらの仕事はここまでだ」
赤く煌く倉庫の外をサムズアップで指し、優しい笑顔をこちらに向ける。
「それから、そこのお前。丹沢とかいう奴」
平塚先生の周りに殺気が漂う。
「これ以上私の教え子達に手を出してみろ。地獄が生温いと思えるほどに追い詰めてやるからな」
強烈な寒気。
最後に大人の本気の迫力を見せ付けられた。
それは、ますます平塚先生の婚期が遠くなった瞬間でもあった。
「あ、それから比企谷。傷の手当と事情聴取が終わったら説教な」
正真正銘、これが本日最後の平塚先生の殺気だった。
「今日のヒキタニ君、超キレキレでヤバかったっしょ」
「そうだな。今回も自分を犠牲にしようとしてた節はあるけど、な」
「隼人ぉ~あーしお腹空いちゃった。つーかケーサツ来んのおせーし」
「でも、はちまんカッコよかったなぁ…」
「皆さん、小町のおにいちゃんがご迷惑をおかけして本当にすみませんっ」
「構わないさ。あんたの兄貴にはスカラシップの借りがあるからね」
「はるさん、比企谷君って意外と男らしいんですね~ちょっといいな。うんうん」
「あら、めぐりちゃん。今頃気づいたの~? 雪乃ちゃんや私はとっくに気づいてたわよ」
「ヒキタニ君を囲む男4人…ぐふふふふうふうっふ」
「我の出番が…」
それぞれに歩いていく後姿を見つめていると、由比ヶ浜に抱かれた雪ノ下が歩いてくる。
「比企谷くん…ありがとう」
「ヒッキー…お疲れさまっ」
そこで、完全に気が抜けてしまった。足はガクガクして身体を支えることが出来なくなり、冷や汗だか脂汗だかわからないものがどっと出てくる。
丹沢は警察官に連行され、由比ヶ浜に支えられた雪ノ下がへたり込む俺の側へ歩み寄る。
「さ、事情聴取受けてさっさと帰るぞ」
平塚先生の一言で、みんなが動き出す。
俺と雪ノ下は、それぞれ警察官二人に両脇を抱えられて倉庫を後にした。
「ヒッキー!」
後ろで由比ヶ浜が叫んでいる。
「さっきサキサキがいってた『あたしも愛してる』ってどーいうこと!?」
そのまた後方で、川崎沙希の慌てふためく声がした。
今回もお読みいただきありがとうございます。
第19話、いかがでしたか。
今回で事件編は終了し、後日談へと移ります。
ではまた次回。