真・恋姫✝無双 狐来々   作:teymy

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閑話です。

ようやっと仕事が終わって正月休みに入りました。
今回の閑話はちょっと毛色を変えてみました。


閑話 時には武器を置いて 其の六

ある山の、ある所に、一匹の子狐がいました。

 

子狐はまだ体も小さく、臆病でしたが、今は亡き母を思い出しながら一生懸命に生きています。

小さな生き物を見つけては捕まえて食べたり、食べられそうな木の実を見つけてはそれを採って食べたりと、その日その日を精一杯に過ごしていました。

 

子狐は今日も森の中を歩き、食べられるものを探します。

 

しかし、今日はまだ一回も食べ物を見つけることは出来ていませんでした。

鼠を見つけても逃げられ、木の実を見つけても木が高すぎて子狐にはまだ登れません。

お腹が空いて気を落としながらも、子狐は歩き続けました。

 

すると、今までは来たことが無い場所で、立派な李が生っている木を見つけました。

 

子狐はその時初めて李の実を見ましたが、すぐに『あれは美味しそうだ』と思いました。

喜んで木に飛びつき、李を落とそうと爪を立てて登ろうとしますが、子狐が登れる位置よりも少しだけ高い場所にある李にはなかなか届きません。

何度も何度も失敗し、時に地面に体を打ち付ける様に落ちてしまうこともありましたが、子狐は諦めませんでした。

 

届きそうで届かない。

その状況が、子狐に『もう少し頑張れば』と思わせました。

 

しかし、何度やっても李に届くことはありませんでした。

子狐はお腹が空き過ぎて、と言うよりも小さな体の少ない体力を使いすぎて、やがて疲れ果ててしまいました。

 

『少しだけ休もう』

 

そう思ってその場で体を丸めて目を閉じます。

子狐は休みながら大好きな母親の事を思い浮かべました。

 

いつも食べ物を持ってきてくれた優しい母親。

眠るときに体をくっつけると、とても暖かくて安心できました。

 

今は眠るときも怖くて安心して眠ることなど出来ません。

食べ物も、現に苦労しています。

 

子狐は寂しくなって、目を閉じたまま小さく、悲し気に鳴きました。

 

 

その時。

 

 

子狐の背後から、ガサガサッと草木を掻き分ける音が聞こえて、子狐は慌てて飛び起きました。

逃げようと四本の足に力を入れたその瞬間、木の間から現れたのは大きな狐でした。

 

子狐が今まで見たことも無いような大きな狐。

記憶に残る母親とは比べ物にならないほどの大きさです。

 

子狐は恐怖でその場を動くことが出来なくなってしまいました。

 

大きな狐は子狐を見ると、見た目の怖さとは逆に優しそうな声で喋りました。

 

「悲し気な声を頼りに来てみれば、なんとまあ小さき同族か」

 

大きな狐は子狐を怖がらせないよう、その場で腰を下ろして語りかけます。

子狐も、大きな狐が自分の事を『同族』と言った事が驚きで、逃げることなど忘れてしまいました。

 

大きな狐をよく見てみれば、その毛並みは太陽のように綺麗に輝いていて、尻尾も大きくてフサフサでした。

子狐は最初ほど怖がりはしませんでしたが、それでも近づくことはせずに大きな狐を警戒しながらジッと観察していました。

 

しかし、大きな狐は子狐の反応を気にもせず、チラリと周りを見ると李の生る木を見つけました。

 

「あの李が欲しかったのか。お主の小さな身では難しかろう」

 

李の木に爪の跡が幾重にも重なっていることを見つけた大きな狐は、ゆっくりと立ち上がると李の木に近づきました。

子狐は立ち上がった大きな狐に警戒を強めますが、大きな狐は木に近づくと、その大きな体で器用に李を二つ採り、一つを子狐の前に置きました。

 

子狐は目の前に置かれた美味しそうな李に飛びつきそうになりますが、大きな狐が近くに居るためなかなか動こうとはしませんでした。

 

しかし、やがて我慢の限界が訪れて、子狐は恐る恐る李の匂いを嗅ぐと、それからは一心不乱に齧り付き、夢中になって食べ始めました。

 

「クフフ…慌てずとも良い」

 

大きな狐はそんな子狐を見て優しそうに言いながら、自分もゆっくりと李を食べ始めます。

 

「ウム、甘いのぉ」

 

大きな狐は満足げにそう言い、李を食べていましたが、不意に視線を感じて振り返りました。

そこには、尻尾を振り回しながら此方を見つめる子狐がいました。

 

「もう喰ってしまったのか。もう一つ喰うか?」

 

大きな狐は問いかけながらも既に李を採ろうと体を起こしていました。

そして先程と同じように二つ採り、今度は両方とも子狐の前に置きました。

子狐は先程とは違い、今度はすぐに勢いよく食べ始めます。

 

「李が気に入ったか。なら、早く自分で採れるようにならなければの」

 

優しい声でそう言った大きな狐は、ゆっくりと立ち上がると子狐に背を向けました。

 

それに気付いた子狐は、去ってしまう大きな狐に一つ、キャンと鳴きました。

大きな狐は一度子狐を振り返ります。

 

「強く生きよ」

 

それだけ言って、大きな狐は今度こそ森の中に姿を消してしまいました。

子狐は、大きな狐が去った方向をジッと見つめていました。

 

 

それから、子狐はこれまでのように日々を精一杯生きながら、時折あの李の木へ向かっては李を採ろうと挑戦をしていました。

何度も何度も挑戦し、やがてとうとう李を採ることに成功して、他の小さな生き物を捕まえることも簡単に出来るようになっても、子狐は李の木へ通いました。

 

ある日、いつものように李の木へ向かい、いつものように李を二つ採りました。

一つ食べて、少し休み、もう一つも食べて帰る。子狐は毎回そうしていました。

 

しかし、その日は違いました。

 

一つ食べて、少し休み、もう一つも食べて帰ろうとすると、子狐の背後からガサガサッと草木を掻き分ける音が聞こえてきました。

 

『もしかして』

 

子狐はそう思って音のした方向をジッと見つめます。

仄かな期待が高まり、音が近づいて来るのを待ちました。

 

 

しかし、そこに現れたのは太陽のような金色ではなく、真っ黒い大きな獣でした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

葵はその日、芙陽と一緒に森の中へ散歩に出かけていました。

芙陽と一緒に居ることに何よりの喜びを感じる葵は、ともに歩くだけで唯々幸せでした。

 

今日は珍しく、芙陽も葵も狐の姿で森の中を歩いています。

太陽のような金色の大きな狐と、綿毛のような白く小さな子狐が、森の中を進みます。

 

二人…と言っても狐の姿なので正確には二匹ですが、二人は言葉を交わすことも無く黙々と進みます。

しかし、二人の間には険悪な雰囲気などありません。

芙陽はゆっくりと歩きながら、辺りを見回して生い茂る草木や点々と咲く花々を見つけては微笑んでいます。

葵はそんな芙陽を見つめながら、自分も同じように見回して芙陽が何を見て喜んでいるのかを感じながら歩きます。

 

これ以上ない程穏やかな時間が、二人の間には流れていました。

 

ふと、芙陽が立ち止まりある方向を見ました。

 

「李じゃの」

 

葵も同じ方向を見ます。確かに立派な李がなっている木を見つけました。

葵は最近人間の作るお菓子が大好物になっていましたが、すぐに『あれは美味しそうだ』と思いました。

 

芙陽はゆっくりと立ち上がると李の木に近づきました。

葵は何も思うことなく芙陽に付いて行きますが、芙陽は木に近づくと、その大きな体で器用に李を二つ採り、一つを葵の前に置きました。

 

「有難うございます」

 

そう言う葵ですが、次に芙陽が言った言葉に首を傾げることになりました。

 

「お主は李が好きじゃったの」

 

「……?」

 

葵は少し考えましたが、芙陽が言っていることの意味を理解することは出来ませんでした。

 

「私は、『李が好きだ』と芙陽様に言った事があったでしょうか…?」

 

芙陽の言葉を理解できなかったことに少し悔しさを感じながら、葵は正直に疑問を口にしました。

 

「……覚えておらんか…」

 

芙陽は苦笑いでそう言いながら、ゆっくりと李を食べ始めます。

 

「ウム、酸っぱいのぉ」

 

まだ少し早い李に、芙陽はそう言って笑いました。




ちょっと切ない気持ちの芙陽さんでした。

今日起きてふと思いついた話です。なので葵誕生回を見直すと違和感があるかもしれませんが、ご了承下さい。
後、狐の生態などに詳しい方が読めばツッコミ所もあるとは思います。そこも気にしないで頂ければと思います。

さて、本編は現在半分ほど進んでおりますが、投稿は年明けになりそうです。お待ちいただいている方には本当に申し訳ないです。
年内に完成しても年明けに回そうと考えてますので、今回が今年最後の投稿になります。

来年もよろしくお願いいたします。良いお年を!


高校の時、学校の廊下を歩いていると聞こえてきた大声。
「馬鹿野郎!これは『袖の下』って言ってな!?」
もっと隠せ。

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