真・恋姫✝無双 狐来々   作:teymy

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見逃しておくんなせぇ…


プロローグ

山の中に、ひっそりと佇む小さな屋敷があった。

 

古い平屋の屋敷は所々破損している箇所があるものの、良く手入れの行き届いた暮らしやすい住まいが作られていた。

広い庭は青や白、紫といった芙蓉の花で埋め尽くされており、太陽の光を浴びて輝いている。

木々に囲まれたこの土地は、ある妖怪の住まいであった。唯の人間などには辿り着くことは愚か、技術の発展した現在でも発見することすらできない強固な結界で守られていた。

 

屋敷の縁側で、一匹の獣が静かに目を閉じていた。

太陽のように金色に輝く毛並に、尻尾や耳の先端だけが濃い茶色で染められたそれは、人間よりも一回りは大きな狐だった。

この屋敷の主であり、古の神々の時代から存在する"妖"の狐。

柔らかそうな尻尾は九本あり、その手の知識を持つ者ならば一目で『大妖怪』であることがわかる。

『芙蓉』の咲く土地に住む、『太陽』の如き毛並の美しい狐。

元より名など無かった狐だが、山に住む妖怪やこの狐に挑み敗れた大妖怪は、いつしかこう呼ばれるようになった。

 

『空狐、芙陽(ふよう)

 

空孤(くうこ)』とは狐の妖の階級のようなもので、最上位に当たる。

地上に住む空孤など、最早芙陽しか残っていない。同じ時期に生まれ、生き残った強き狐たちは皆天に仕えている。

芙陽はそれを良しとせず、ずっと野良の妖狐として生きてきた。

 

芙陽はずっとこの国で過ごして来た。それこそ三千年は軽く超える年月だろう。

己を討伐せんと軍を率いる人間や、倒して武勇を誇るために挑んできた神々や妖怪との戦いの日々であった。

芙陽はその全てに打ち勝ってきた。人間には妖は見えないが、今も生きる妖で芙陽の名を知らぬものはいないだろう。

しかし、今の時代となっては妖も減り、人間ではここを見つけることすら儘ならない。

ここを訪ねるのは周辺の山に住む、配下を自称する狐狸妖怪ばかり。

 

芙陽はいい加減、この暮らしに飽いていた。

 

最近思うのはこんなにも退屈な日々が続くのか、いっそ同年代の連中と同じように天に仕えるか、いっそこのまま消えてしまおうかとすら考えるようになった。

長い時を過ごす人外ならではの悩みであった。

 

その時、芙陽の耳がピクリと反応した。

 

「……誰か、来よるの」

 

声を出したのもいつ振りかと思ったが、その疑問が解消されることはなく、気付けば目の前に跪いている一人の少女の姿がそこにあった。

 

芙陽は片目だけを開けて周囲を確認する。

結界が破られた様子はない。それを理解した芙陽は、すぐに目の前の少女が『空間転移』の術を使って現れたのだと思い至った。

 

久々の来客に興味をそそられた芙陽は顔を上げる。

 

「こんな山奥にどうされた、御客人?」

 

相手をもてなす優しい声色に少女は目を丸くしていた。

芙陽は人間の姿になることができるが、今の姿は大きな化け狐。少女が驚くのも無理はなかった。

 

「突然の訪問、ご無礼をお許しください。空狐、芙陽様とお見受けいたします」

 

すぐさま我に返り、妙に丁寧な言葉で確認を取る少女。

 

「いかにも」

 

「私は天より"外史"の管理を任される者、今の名を管輅(かんろ)と申します」

 

管輅と名乗った少女は頭を下げたまま己の紹介を続けようとする。

 

「堅苦しい挨拶は面倒なだけじゃよ。頭を上げて本題に入りなさい」

 

「は、はい。芙蓉様におかれましては、ここ400年程行動された様子もなく、安否の確認だけでもと…」

 

管輅の言う通りであった。

芙陽はここ何百年も、この屋敷に引きこもり続けて、山の中から出ていない。

昔はそうではなかった。人や妖など息を吸うように喰い殺して来た。しかし戦いに明け暮れる日々の中で、ふと虚しさを感じ始めた。

戦うのは楽しい。しかし、その先が見えることは無い。

それに気付いた芙陽は、無闇矢鱈と喰うことをやめ、己に挑んできたものだけを喰った。

そして400年程前から、己に挑む者はぱったりと来なくなってしまった。

 

「そうじゃの。儂に挑んでくる大妖怪も、天の連中も来なくなり、人間など妖の存在すら知らぬ。

 出歩いても面白いことなど無いからの。隠居じゃ」

 

「はぁ…」

 

今一つ人間の年寄臭い芙陽の発言に、管路は要領を得ていないようだった。

 

「まぁ、唯引きこもるのも飽いて来たしの。天に仕えるか、このまま消えゆくかと考えておった」

 

「えっ、消えちゃうんですか?」

 

"消える"とは即ち人間や動物における"死"と同様である。

簡単にその選択をしようとしている目の前の狐に、管路は一瞬素の反応をしてしまった。

 

「儂らのような寿命を持たん者には退屈は一番の苦痛での。

 しかし天に仕えるのも神々(ヤツラ)に尻尾を振ることになるのは嫌じゃ。

 ならば、このまま消えてしまったほうがマシ、というものよ」

 

「あの、小耳に挟んだんですけど、一度天からの誘いを蹴ったって…」

 

「おぉ、懐かしいの。稲荷の所の狐が『いい加減働け』と煩くての。

 『ババアによろしく言っとけ』と追い返したことはあるの」

 

「狐のトップに立つ神をババアって、芙陽様スゲェ…」

 

先程の厳格な空気はどこへ行ったのか。最早管輅は素を出すことに躊躇いはなかった。

 

「ところで、なんで儂の安否をお主のような"管理官"が見に来るんじゃ。管轄外じゃろ?」

 

「下っ端ですし…丁度暇になったところを捕まりまして…」

 

「カカカッ。じゃから組織に入るのは嫌なんじゃ。儂は自由に生きてきた」

 

ケラケラと笑う芙陽に、苦笑いを返す管輅。緊張は解け、多くを知らない少女のように微笑みながら様々なことを話す。

管輅自身の話題も、芙陽にとっては新鮮な話題であった。

 

曰く、自分が担当していた外史は元々一つの物語しかなかったこと。

召喚された主人公と、主人公と出会った登場人物の思いが強すぎて新たな外史が誕生したこと。しかもその外史は可能性が乱立しており、様々な結末を迎えていること。

本来自分と一緒に管理するはずの部下の筋肉達磨二人が現場主義すぎて仕事をしてくれないことなど。

管輅の話や愚痴を、芙陽はケラケラと笑いながら静かに聞いていた。狐の表情は読み取りづらかったが、なんだか近所のご老人と話しているような気分になる管輅だった。

管輅の話が終わると、今度は芙陽についての話となった。芙陽が生まれたころの話、多くの大妖怪と闘った話、人間の軍勢と戦争になった話など。

和やかな空気の中、しばし雑談を交わしていた。

 

「じゃあ玉藻の前が封印された時近くにいたんですか?」

 

「あ奴が封印を解いたら更に力が付くと思っての。…しかしそのまま石として砕けおったわ。

 小娘が調子に乗るからじゃ。坊主一人に殺されおって。あの時ほど同類にガッカリしたことは無かったの」

 

「あはは…あ!玉藻の前って中国から来たんですよね?」

 

「そうじゃの。大陸で悪さしとったら追い出されてこっちに来たとか言っておった。

 結局こっちでも悪さして殺されとるんじゃ。阿保としか言えんの」

 

「いえいえ、玉藻様の話じゃなくてですね」

 

「どうしたんじゃ?」

 

「芙陽様、中国の歴史とか興味あります?」

 

何を突然、と思いはしたが、話している中で管輅が無意味な質問をしないことはわかっていた。

真意を探りながら質問に答える。

 

「儂の持っている書物では良くある題材じゃな」

 

芙陽は読書を趣味としていた。それこそ屋敷の中には数えきれないほどの書物が溢れ返っている。

それもこれも、暇つぶしのための手段でしかないのだが。

 

「芙陽様の知っている歴史ではないですけど、行ってみます?三国時代」

 

「ほう?」

 

また興味の尽きない誘いである。行ってみるとはどういうことなのか。

 

「私が管理している"外史"が、三国時代のものなんですよ。まぁちょっと違う部分もありますけど」

 

実際は"ちょっと"どころではないのだが、管輅は芙陽が拒否しないように慎重に誘う。

唯でさえこのまま死のうと考えていた芙陽である。興味がなければ本当に消えることを選ぶだろう。

本人が納得しているとはいえ、流石に管輅も後味が悪いと思った。

ならば最高の『暇つぶし』を与えようと考えたのだ。丁度自分の管理している外史に、主人公となる『北郷一刀』が登場しない物語があり、そこへ芙陽を召喚すれば良いと思い立った。

 

「儂としては断る理由が無いが、可能なのか?」

 

「えぇ。申請も準備も私がしておきますよ。だけど、私からのお願いもあります」

 

『釣れた!』と内心で万歳をしておきながら、管輅は続ける。

 

「なんじゃ?」

 

「出来るだけ人と関わるようにしてください。観測者的な立場…要するに見守るだけでは詰まらない物語しか生まれないんです」

 

「戦国の世に介入してしまっても良いのかの?それに儂はそこまで人の進む道を曲げようとは思わんよ?」

 

「いえ、芙陽様の意見を通すとか、歴史を曲げることは問題にはならないんです。"人との繋がりを持つこと"が大事なんです」

 

「フム、外から見守るのではなく、中から見守るのならばあり、ということかの?」

 

「その通りです」

 

ニッコリと両手でマルを作る管輅。

 

「それに、介入してもある程度は大筋の物語に沿った出来事が起きますよ?強制力ってやつですね」

 

「ほう、最終的な着地点はどうなる?」

 

「大まかな結果は変わりませんが、細かな点は変わりますよ。主人公からしたらその"細かな部分"のために奔走することもあり得ますし、その場合は変化は大きく感じる筈ですね」

 

「相対的に見ればそうじゃな」

 

「あと、その外史をずっと続けたいなら未来を思い描くことが大事になります。以前に外史の主人公が『将来自分がいない可能性』に大きく影響され、そのまま外史から強制退去させられたことがあります。

 これは、主人公は『ずっと外史にいたい』と思っていたものの、途中で『自分がいない可能性』に向けて行動してしまったことが原因です。その外史にずっといたければ、『自分がいる未来』を当然のものとして受け入れる必要があります」

 

「なるほどの。まあ、どうするかは追々考えれば良いかの」

 

「そうですね。それより、人間の姿ってどうします?なにか希望があれば器を用意しますけど…」

 

「人間の姿なら儂自身の能力じゃ。妖力も使わないし楽じゃよ」

 

「あ、そうなんですか?見せて頂いても?」

 

一つ頷いて立ち上がると、芙陽の黄金色の毛並からポンッと煙のようなものが一瞬吹き出し、瞬く間に金色の髪をした美しい女性が現れた。

白い着物の上から、袖や裾が薄い桃色の羽織を着て、腰まで伸びる金髪が眩しい。

 

「……あの、女性だったんですか?」

 

唖然とした管輅が失礼ともとられかねない質問をする。彼女は喋り方や経験談からすっかり芙陽が男性であると思い込んでいた。

 

「いや、儂らくらいの妖なら性別など無いようなものじゃろ。あったとしても忘れてしまったの。男の姿はこっちじゃ」

 

再び煙が上がり、一瞬の後に女性が男性に変わる。しかし、特徴である金髪や服装は変わらず、先程の美女をそのまま男性に置き換えただけの容姿だ。

 

「あー、男性でも女性でもお美しいですねー」

 

「いいじゃろ?」

 

「羨ましい限りですよ」

 

そんなやり取りの後、管輅が最後の説明をする。

 

「なにかこちらで用意するものがあれば今なら用意できますよ?」

 

「そうじゃな、刀が欲しい。

 絶対に折れず、刃こぼれせず、切れ味が変わらないものじゃ。形はできれば野太刀じゃな」

 

「フムフム。多少重くなってもいいですか?」

 

「牛の10頭ほどの重さなら余裕で振り回せるんじゃが」

 

「あ、聞いた私が馬鹿みたいに見えるほど大丈夫でした」

 

「そうか」

 

「それでは向こうへ送りますね。そうしたら私と話すことはできませんので…良い人生を(・・・・・)

 

「感謝する、管輅。……達者での」

 

 

管輅が腕を振ると、空間が捻じれて穴があいた。その先は光っており見えないが、芙陽は構わず光の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『蒼天を切り裂く星が落ちた時、天の御使いが現れる。

 

 

 その者は黄金に輝く獣。しかし恐れることはない。

 

 

 邪悪な巨竜を討ち果たし、暗雲に包まれた世を導くだろう』

 

 




さて皆さんこんにちは。
息抜きと称して書き始めたこの作品ですが、興が乗ってしまいましたので日の目を見ることになりました。別作品と並行しての執筆となるため、更新速度は極めて不安定です。
設定に関しましても突き詰めたわけではないので、矛盾や疑問点など多々あるかと思われますが、どうか暖かく見守って下さりますよう…
よろしくお願いいたします。

誤字、脱字報告、感想などお待ちしております。

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