真・恋姫✝無双 狐来々   作:teymy

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ヤクシミズ!(ウイグル)

さて、随分とまた間が空いてしまいました。待っていて下さる皆さんには感謝感謝です。
この前久しぶりにこの小説の情報を見てみたんですよ。
そしたら!なんと!

お気に入りが900件越えてました。

…え?…(ゴシゴシ)。……え!?
ってマジでビックリしました。
だ、大丈夫ですか?作者はちゃんとした文章が書けていますか…!?心配です。
なかなかのプレッシャーを感じながらも、より良い小説を書きたいと思いますので、これからもよろしくお願いいたします。


今回、遂に…!


第十三話 それぞれの決意

『暇です』

 

「仕方ないのぉ。儂が出てもお主に出番があるわけでもあるまいし」

 

ある晴れた日。二つの声は世間話を続ける。

 

『たまには散歩にくらい連れてってください』

 

「勝手に遠出すると桂花が煩いんじゃよ」

 

『一緒に連れて行ってあげればいいじゃないですか』

 

「何言っとるか。置いてかれた後の涙目が可愛いんじゃろ」

 

『可愛そうに…』

 

馬小屋に立っているのは白い着物に桃色の羽織、金髪の男。芙陽である。現在馬小屋には人間は一人しかいない。

芙陽と話しているのは桂花の愛馬、万里である。

 

彼女は孫策の城に来てから殆ど馬小屋から出ていない。先日の黄巾賊討伐で荀彧を乗せたくらいで、あとは世話役の兵が時折散歩をさせるくらいしか出歩く時間は無いのだと言う。

 

『そういえば』

 

「なんじゃ?」

 

『私って馬じゃないですか』

 

「当たり前だが、話の意図が全くわからん」

 

『全力で走ってるときに芙陽様に追い抜かれると自己嫌悪が凄いんですけど』

 

「結構余裕じゃないか」

 

『なんだか存在意義が危ぶまれますよ?』

 

「疑問形…まるで他人事のように言うのぅ」

 

そこへ一つの足音が近づいて来る。芙陽と万里はそれに気付き、万里は会話を止めた。

 

「ここにいたの、芙陽?」

 

声の主は孫策。いつものように煌びやかな装飾をいくつも身に着け、今日は手に大きな酒瓶を持っていた。これもいつも通りと言えばいつも通りである。

 

「ウム。ちと万里の様子を見にな」

 

「そう。大事にしてるのね」

 

「旅を共にする仲間じゃ。当然じゃな」

 

「この前は荀彧が来てたわよ。ちょっと意外だったけど」

 

「万里に乗っているのは主に奴じゃからな。もう長い間になる。情も湧くのだろう」

 

万里に乗って間もない頃は他の馬と変わらない扱いで、それこそ移動の足としてしか見ていなかっただろう。しかし、芙陽と共に名を授け、芙陽が万里の言葉を伝えるなどしていた結果、少なくとも他の馬とは区別して接するようになった。自然に名前を呼ぶようになったのもその影響だろう。

万里が黙っているので芙陽は知らないことではあるが、実は桂花はもっと万里を信頼していたりする。芙陽のいないときには万里に芙陽の愚痴を零すくらいには心を開いているのだ。空気の読める万里はそのことを秘密にしているが。

 

「まあ荀彧の話は良いのよ。少し付き合わない?」

 

酒瓶を掲げながら言う孫策に、芙陽はため息をついた。

 

「お主から振って来たくせに…まあ良い。どこでやる?」

 

「そうねぇ…どこか静かに飲める場所は無いかしら?」

 

「真昼間じゃしなぁ…」

 

『少し遠くで飲めばいいじゃないですか。私も外に出れて皆満足です』

 

「おぉ…そうじゃの。孫策、近くの川まで馬で行かんか?」

 

「どうしたの急に?まあいいけど」

 

「良し、行くぞ万里」

 

「ヒヒィイッ!(計画通り…)」

 

「なんかその馬ドヤ顔してない?」

 

「久しぶりに外に出れて嬉しいんじゃろ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

万里に二人乗りをしてやってきたのは孫家の城近くにある小川だ。少し上流には森があり、その手前までには草原が広がっている。

 

「昼間から野原で飲む酒のなんと旨い事か」

 

「これだからやめらんないのよねー♪」

 

二人は早速盃を満たし、そしてすぐさまそれを口に含んだ。万里は小川の水を飲んで小休憩を取っている。

 

「貴方の後ろに乗って、久しぶりに母様を思い出したわ…」

 

孫策は懐かし気に微笑んで語り出した。

 

「江東の虎、孫堅か」

 

「えぇ。一番古い思い出は母様の腰に抱き付いて馬に乗っていることかしらね?他の思い出が衝撃的すぎてよく思い出せないけど」

 

「遠乗りか何かにでも行ったのかの?」

 

「いいえ、新兵の訓練だったかしら?母様が兵たちの間を駆け抜けて、母様に立ち向かってくる兵の怒号と母様に返り討ちに遭った兵の悲鳴で泣きそうになった記憶があるわ…」

 

「カカカッ。お主も幼き頃は人並みの子であったか!」

 

「今がおかしいみたいな言い方やめてくれる!?」

 

「自覚は?」

 

「…あるけど」

 

盃に口を付けながら気まずそうに答えた孫策。

それからもポツポツと母、孫堅との思い出を語る。芙陽は孫策の話を静かに聞いていて、時折相づちをうつくらいであった。

 

「私がこんな性格になったのも母様がきっかけだったかもしれないわねぇ…」

 

「ほう。心当たりが?」

 

「私と冥琳を馬に括りつけて単騎で敵に突っ込んだのよ」

 

「周瑜もか。その割には毒されているようには見えんがの」

 

「早々に気絶しちゃったからね。私は最後まで見てたけど。懐かしいわね、あの時はなんだか途中から恐怖心が爽快感に変わってねぇ」

 

「壊れとるな」

 

「笑ってただけなんだけど冥琳には随分心配されたわ…」

 

「当然じゃの」

 

そんな風に思い出話を語っていたが、段々と孫策は遠くを見るようになり、口調も静けさを持ち始めた。

 

「母様が死んで、仲間たちはバラバラになって……私はちゃんとやれてるのかしらね…」

 

不意の呟きはとても小さな声で、独り言の様であった。

 

「冥琳や祭なんかは私が母様に似てきたって言うけれど…私は母様に追いついてる気がしないわ」

 

「……」

 

「勿論母様には母様のやり方があって、私には私のやり方があるのはわかる。理解はしてるの。

 でもね…やっぱり時々思っちゃうのよ。…私のやり方は正しいのか?どこかで致命的な間違いをしていないか?って」

 

盃を傾け中身を飲み干した孫策は、膝を抱えて目線を落とした。

弱音が始まってからは、芙陽は静かに耳を傾けるのみだった。瞼は閉じられ、時折舐めるように酒を口にする。

 

「冥琳の言う通り、今は雌伏の時。決して焦っては駄目。……でも、やっぱり心の底では焦ってるの。

 今回の作戦だってそう。もっと戦果は挙げられた。もっと積極的に行っても良かった。そんな考えが絶え間なく湧きあがる」

 

膝を抱える手に力が入る。

 

「状況を聞いた妹たちは大丈夫かな…。蓮華は焦りすぎてないかな…。シャオは不安に思ってないかな…。

 私は……ちゃんと"王"をやれているかな…」

 

一度溢れ出た弱音は次から次へと流れていった。

そこにいたのは"王"ではなく、母の、一族の、そして自らの夢に突き進み、簸た隠してきた不安に怯える"少女"であった。

 

芙陽は最後まで目を開くことはなかった。彼女の不安に答えることも、頷くこともしなかった。

 

彼女がここまで弱音を吐くのは初めての事であった。

自分の夢を一途に支えてくれる周瑜にも、母の意思を直接受け継いだ黄蓋にも、勿論妹たちにもこんな姿を見せたことはなかった。

自分が彼女らの"王"であったため。唯その一点で、この姿は見せられなかった。

 

一人で吐き出すには、この不安はあまりにも大きく、重い。

しかし、唯の旅人であってもこの姿を見られるわけにはいかない。外の人間であるからこそ、王としての自分を見せなければならない。

 

旅人であり、彼女よりも強く、真正面から彼女を見ることが出来る芙陽だからこそ、彼女は己の弱さを見せることが出来た。

芙陽ならば見せられる。そう思わせる何かを感じた。

 

しばしの沈黙があり、孫策は顔を上げる。

 

「…よっし、大分すっきりした!」

 

立ち上がり、寝起きのように背伸びをすると、顔つきは普段の孫策に戻っていた。

 

 

孫策は芙陽に深く感謝する。

 

 

芙陽が目を閉じていてくれて良かった。

相づちも、頷きも、反応もしてくれなくて良かった。

見られていたら、何か言葉を返されていたら。

 

孫策は芙陽に縋ってしまいそうだった。

 

迷子の子供の様に、怪我をした子供の様に、芙陽に縋り、泣きついてしまいそうだった。

 

それは、許されない。

芙陽は客将、旅人である。近いうちにまた旅に戻ることになるだろう。

そんな芙陽に縋ることは出来ない。

芙陽という縋ることのできる存在を失えば、自分は"王"として振舞うことが難しくなっていただろう。

 

「さぁ!お酒も無くなっちゃったし、帰りましょ?」

 

「…そうじゃの」

 

芙陽はゆっくりと立ち上がり、少し離れた場所で草を食んでいた万里の下へ歩いていく。

 

「………ありがと…」

 

その後ろ姿に、聞こえないような小さな声で言う。

盃と空の酒瓶を片付け、万里を引く芙陽に近づくと、不意に芙陽が孫策の頭を撫でた。

 

いきなりの出来事で何も反応できなかった孫策に、芙陽は微笑んだ。

 

「お主が夢を叶え、全てが片付いた時は……また誘ってくれ、伯符」

 

そう言うとさっさと万里に跨ってしまい、前を向いたまま孫策を待つ芙陽。

 

孫策の夢。国と民を取り戻し、大陸に平和を取り戻す。

それを叶えた時には、今度は受けてめてやると。

縋っても良いぞと言われたのだ。

 

それも、呼び方をより親しいものに変えて。

 

「あのさぁ…折角我慢したのに、揺さぶらないでよね…」

 

孫策は俯き、撫でられた頭に手を置いて、赤くなった顔を隠した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

その日の夜、芙陽は桂花と自室でお茶を飲んでいた。

 

普段は夜の散歩などに出かける芙陽が部屋にいたことは桂花にとって幸運なことであった。

というのも、彼女にはある思惑があった。

 

(今日こそ…今日こそ芙陽様に夜伽を…!)

 

割と不純な思惑だが。

 

芙陽に想いを伝え、臣下の礼を取ってから暫く。主従の関係であり、同時に告白し、受け入れた恋人同士という関係となった芙陽と桂花であるが、その実二人は中々次の段階へ進めずにいた。

 

と言うのも、桂花が告白した際芙陽は女の姿を取っており、桂花も曹操の下を去るまでは全力で芙陽に甘えていた。しかし、旅に出ると男の姿になったり狐の姿になったりと何かと気まぐれに姿を変える芙陽である。

元来から大の男嫌いであった桂花は、愛する者が相手とはいえ男に対して苦手意識を振り払うことが出来なかった。

芙陽がそれとなく二人の距離を調整することで徐々に緊張も薄れ、男の芙陽に対しても甘えられるようになった。

そこで桂花は覚悟を決め、更に距離を縮めて最愛の人とのやり取りをしたいと思いはしたのだが、この旅路にはもう一つ無視できない……いや、無視できなくなってしまった存在がある。

 

万里だ。

 

たかが馬。されど馬である。芙陽と共に名を授け、更には芙陽と会話を交わし、それを桂花に伝えることで"唯の馬"という存在では収まりきらない存在感を放つ旅の仲間となった万里。

桂花としても万里の事は"意志のある存在"として受け入れてしまったがために、『芙陽と二人きり』という雰囲気が出せなくなってしまったのだ。

旅の途中で芙陽に甘えようとも、万里を完全に無視することなど出来なかった。

それ故に今の今まで芙陽と桂花の関係は、事実はともかく『仲の良い主従』で止まってしまっているのだ。

 

孫策の城に来てからは互いに部屋を用意され、万里も馬小屋へ移された。

これは好機と時間を作ろうにも、人手不足の孫家ではそれも難しく、暇になっても肝心の芙陽は気まぐれにふら付いて姿は見えず。

 

完全に生殺しの状態でここまで来た桂花も、今まさに絶好の好機に恵まれ意気込んでいた。

 

「あ、あの…芙陽様…?」

 

覚悟はとうの昔にできている。高鳴る鼓動を悟られないように桂花は切り出した。

 

「ん?どうした?」

 

一方の芙陽は今夜は静かにお茶をして過ごすと決めたらしく、落ち着いて返事を返す。

 

「きょ、今日は…」

 

『今日は一緒に寝ませんか?』

 

まずは第一関門。夜を共にする誘いをしなければならない。

だがその言葉がなかなか出ない。しかし、ここまで来て後戻りをするなど明日以降絶対に後悔することになる。

 

(行け…!行くのよ桂花!勇気を出して!)

 

桂花の鼓動は既に最高潮に達している。顔も赤く染まり、ぎゅっと目をつむって、膝に置かれた両手は強く握られていた。

 

「今日、一緒…!」

 

コンコン

 

「芙陽殿、夜分に済まないが少し良いか?」

 

「に…寝…」

 

「その声は周瑜か?入ると良い」

 

「失礼する」

 

「……ませんか…」

 

「うん?荀彧、何を言っている?」

 

「っ!お茶を飲みませんか!?」

 

「!?……い、頂こう…(何故敬語…?そして何を怒っている…!?)」

 

「カカカッ!」

 

勿論この狐、ワザとである。桂花を可愛がっている積りなのだが、どこからどう見ても最低である。

 

桂花は歯を食いしばり、先程とは別の意味で顔を赤くしながら周瑜にお茶を入れた。

 

「あ、有難う…。その、荀彧。今は公務ではないため、一緒に座らないか…?

 何があったかは知らないが、お茶を飲んで落ち着いてほしい…」

 

周瑜の本心からの言葉であった。

 

「えぇ…。…えぇ、そうさせてもらうわ…」

 

己を宥める様に胸に手を当て一つ二つと深く深呼吸をしてから、桂花は椅子に座った。

 

「それで周瑜。何か話があったのか?」

 

ニヤニヤとそれを見ながら芙陽が訪ねる。

 

「あぁ、周辺の黄巾賊も数を減らし、袁家への対応も落ち着いてきた。そろそろ芙陽殿も旅に戻るのではないかと思ってな」

 

芙陽は桂花から視線を外し、今度はしっかりと周瑜を見て頷いた。

 

「うむ。短い間ではあったが、孫策も袁術も見られて収穫はあった。そろそろ次へ進もうと思っておる」

 

「やはり…孫家に入る気はないのだな…」

 

「そういう事になるの」

 

「雪蓮が随分と芙陽殿を気に入っていたからな。もしかしたらと期待していたんだが…」

 

「……むぅ」

 

周瑜の言葉に桂花が不機嫌そうにむくれてしまった。芙陽はそれを苦笑いで見ている。

 

「儂も伯符は気に入っておる。じゃが、まだまだ見たいものがあるのでな」

 

桂花と周瑜は芙陽が孫策を字で呼んだことに目を見開いた。

周瑜はすぐにその眼を微笑みに変え、桂花は更にむくれている。

 

「…芙陽様ぁ」

 

とうとう我慢できなくなったのか、周瑜がいるにもかかわらず桂花が甘えてきた。

恐らく芙陽が孫策と仲を深めたことで不安に思ったのだろう。

今度は微笑んで軽く頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めて大人しく元の体勢に戻る。

今度は周瑜がそれを苦笑いで見ていた。

 

「芙陽殿、貴方は孫家と袁家の兵力差についてどう見ている…?」

 

穏やかな空気になりかけたが、周瑜は苦笑いを消して聞いて来る。

 

「ふむ…現状ではまだ勝ち目は薄いな。"無い"と言っても良いくらいじゃ」

 

「だろうな……まだ道のりは遠いか」

 

「慌てるなって孫策に言ったのはアンタでしょ」

 

「全くその通りだ。やはり私も焦ってしまっているな」

 

「期を見極めることに集中した方が良いの。今、策を練ったとしても兵力差が覆るわけでは無い。差を縮めるための根回しが先決じゃ」

 

「期を見極める、か…。いつになるやら」

 

「ま、そんなに先の話ではないわね」

 

「そうじゃの」

 

不安になる周瑜の言葉に、芙陽と桂花はあっさりと返す。

 

「やけに自身があるな、二人とも」

 

「大陸の情勢を見ればわかるでしょ。黄巾賊の割拠に、それを駆除する力の無い朝廷」

 

「然り。前に言ったじゃろ?」

 

「黄巾賊と片を付けた後、必ず朝廷への反乱が起きる…か?

 しかし、反乱となれば我等も袁術と共に参戦することになるだろう。どちらに付くにせよ、な」

 

「その後は?」

 

「何?」

 

周瑜が訝し気に芙陽を見た。

 

「反乱の後……成程…群雄割拠の時代か!」

 

周瑜が立ち上がらんばかりの勢いで身を乗り出した。

 

「それが確実なら…いや、確実だろう…ならば、反乱の最中に仕込みを行うことが出来れば…!」

 

一気に考えを巡らせる周瑜。

少々ブツブツと顎に手を当てながら考え込んでいたが、居ても立っても居られなくなったのか立ち上がった。

 

「芙陽殿、有益な話を聞かせて頂き、感謝する。

 私はこの考えを纏めるため、今日はこれで失礼させて頂く」

 

そう言って足早に部屋を出ようとする周瑜に、芙陽は引き留めるように声を掛けた。

 

「周瑜よ」

 

「……何か」

 

引き留められたことが歯痒いのだろう。若干ではあるが表情に出てしまっている。

 

「カカカッ、そう邪険にするな。年寄りから一つ進言だ。

 …あまり自分を追い詰めるようなことはするな。いくら己の夢に奔走していると言っても、身体の方はキチンと限界を理解しているものだ。

 根を詰めて倒れたとあれば、お主悔やんでも悔やみきれぬだろう?」

 

「お気遣いは有難く思いますが、心配はご無用。自分の身体です」

 

「焦るなと言ったのを忘れたか?」

 

「……いえ…」

 

「ならば休む時は休め。儂の国には『過労死』という言葉がある。働き過ぎて身体を壊し、そのまま死んでしまうことじゃ。

 お主が倒れて悔やんでいるとき、本当に困っているのはお主の周りだ」

 

「……」

 

「『全てが終わっているならそれでも良い』などと抜かすなよ?

 孫策が、黄蓋が、責を感じないと思っているのか?」

 

「そう…ですね。芙陽殿お言葉、『過労死』という物。今の私には耳が痛い」

 

「なに、働くなと言っているわけでは無い。これから長く激動の時代となる。最初から全力で走っては疲れるからの」

 

「フフ……そうですな。

 今日は少し考えを纏めるだけにして、もう休むとしましょう」

 

「あぁ、お休み」

 

「えぇ、失礼します」

 

先程とは違う落ち着いた足取りで、周瑜は部屋を出て行った。

 

「意外と素直に聞き入れましたね」

 

「まぁ、奴も仲間に責任を感じさせたくはなかったんじゃろ」

 

芙陽は残ったお茶を飲み干した。

 

「芙陽様はもうお休みになられますか?」

 

茶器を片付けながら何気なく桂花が問う。

 

「そうじゃの……のう、桂花」

 

「はい?」

 

「お主、儂が男であっても素直になったのぉ」

 

「っ…それは…まぁ」

 

突然の話題に顔を赤くする桂花だが、芙陽の言葉通り素直に頷いた。

 

「私は……"男"とか、"女"ではなく…"芙陽様"に恋をしたのですから…」

 

「フフ、そうか…」

 

赤い顔を更に赤くした桂花の言葉に、芙陽は嬉しそうに笑った。

その笑顔は桂花が今まで見たことが無いものだった。

 

悪戯を思いついた時の顔ではなく、冗談を言っているときの顔でもなく、子供たちを見るときの優しい笑顔でもなく。

 

愛しき者を見る笑顔である。

 

「桂花よ、今一度聞く」

 

「は、はい」

 

「お主も知っている通り、儂は人外じゃ。人とは異なる思考で動き、人とは異なる生を生きる。

 それでもお主は、儂に付いてきてくれるか?」

 

以前、曹操の前で桂花が切り出したこと。

今度は芙陽から、『付いてきてほしい』と、そう言った。

 

桂花は一度目を閉じて深く息を吸った。

目を開けると、一点の曇りも、迷いもない瞳が見えた。

 

 

「はい、この荀文若。身も、心も、一生をも芙陽様に捧げ、生の尽きるまでお慕いいたします」

 

 

微笑んでそう言う桂花に近づいて、小さな体を抱きしめた。

 

「感謝する、桂花……ならば儂も、返事を返さねばならぬな…」

 

言いながら、桂花に唇を落としていく。

 

「あ…ん…」

 

触れるだけの優しい接吻。

ほんの短い時間だけ接触し、芙陽はその言葉を桂花に渡した。

 

 

「儂も、桂花が好きだよ」

 

 

言うと同時に、桂花の目に涙が浮かんだ。

 

「随分と、待たせてしまったな」

 

「いいえ……いいえ芙陽様。私は今、とても幸せなのです…」

 

「そうか…」

 

優しい手つきで頭を撫でながら、指先で桂花の涙を掬っていく。

 

「桂花…」

 

「芙陽様…」

 

名前を呼ばれ反射的に呼び返して芙陽の目を見つめる桂花。

顔を赤くして芙陽の言葉を待つ。

 

数瞬見つめ合い、芙陽がその口を開いた。

 

 

「先程言いかけたのはなんじゃったかな?」

 

 

「なっ!?はっ、え!?ふ、芙陽様!」

 

もう少し恋人気分を味わえる気でいた桂花だが、芙陽は既にいつもの悪戯好きな表情に戻っている。

 

「確か…一緒に?」

 

「あー!あー!芙陽様!?」

 

恥ずかしさのあまり暴れようとする桂花だが、そこは芙陽がガッチリと抱きしめたままなので精々もぞもぞとうごめくことしか出来ない。

 

「言葉の途中で周瑜が入ってきてしまったが、さて思い出してみるか」

 

「イヤー!?やめてー!?芙陽様の意地悪!!」

 

「『一緒に、寝、ませんか』だったかの?」

 

「違う!違うんです!」

 

「何がじゃ。違わんぞ」

 

「え!?」

 

そっちが決めるの!?と驚愕する桂花だが、既に全てが手遅れになっていた。

 

「さて、桂花の望み通り、一緒に寝てやろうかの…。ま、悪戯はするが」

 

「あ、あの!芙陽様!芙陽様!一つだけ言わせてください!」

 

「フム、言ってみよ」

 

「……は、初めてなので、優しく…してください…」

 

抱きしめられながらも抱き返し、赤くなった顔を芙陽の胸に押し付けながら言う桂花に、芙陽は優しく微笑みかけた。

 

「安心せい」

 

「あ…」

 

 

 

「たっぷり苛めてやる」

 

 

 

「……!」

 

桂花が最後に見た芙陽の顔は、抱きしめたくなるような優しさと、逃げ出したくなるような危険な匂いを感じた。

 

 

 

次の日、桂花は寝台から起きられず仕事を休んだ。




とうとう子猫ちゃんが食べられちゃいましたね。我々はこの時を待っていたのだ…!
最後の『……!』の時の桂花の表情は皆さん自由に想像してください。台詞を入れるのもアリです(笑)
そうやって皆桂花を好きになっていけばいいんだ…!

それと何気に孫策にフラグ建ってました。あれ?こんなつもりじゃなかったんだが…?
あの人は作者には制御できそうにないです(笑)
そろそろ呉からも出発できそうでね。
さて、次の勢力はどこかなー?南蛮かな?(すっとぼけ)


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