――次の日。関東地区、東京都と埼玉県の境目にある陸上自衛隊、朝霞駐屯地。
そこにはベルクラス専用で増設されたドッグが唯一存在し、本艦は今そこに着陸し補給と整備を受けている最中である。
そして竜斗はというと艦内の座学室で早乙女と個人授業を受けていた。
「…………」
彼は眠たそうだ。元々学校での成績は悪くないが、授業は正直好きではない。
朝の九時から講座開始と、まるで高校の授業の延長上のようだ。
だが生徒は自分だけで早乙女が付きっきりで教えているものだから寝れそうに寝れない。
小休憩もあるが十分ほどしかない。
ましてや早乙女である、もし寝ればどんな恐ろしい仕打ちを受けるか分かったものではない。
この後にはマリアによる講義があるようだが、早乙女曰わく自分以上に厳しいらしいと聞く。彼はゾッとした。
「竜斗、ちゃんと聞いているのか?」
「は、はいっ!」
うたた寝していた竜斗はビクッと反応した。
やはり興味の持てない科目の授業は誰でも辛いものである。
だがこれは命に関わる大事な授業。早乙女やマリアも自分が生き残れるための授業を自分の時間を割いてしてくれているのだから――そう思うと意外と割り切れそうだ。
「これで今日の私の授業は終わりだ。マリアの座学は午後一からやる。それまでは昼食と休憩だ」
「はい……」
終わりを告げられて彼は、限界が訪れて崩れて机に顔面をつけた――。
食堂に行き、昼飯を盛る。今日の献立は日本の定番カレーライスだ。エミリアはどこかにいっているのか、今日は彼一人で昼食を食べていたが、
「イシカワっ♪」
「っ!?」
彼の手が止まる。彼の目の前に現れたのはそう、愛美である。
ご飯も盛らずにすぐに彼の隣に着く。
「アンタ、あの『げったあ☆』ってロボットについて頑張ってるみたいね♪どう、楽しい?」
「…………」
彼の顔が青くなる一方で、愛美はそんなことお構いなしの笑みを浮かべた。「恐がらないでよ、マナと石川の仲じゃん♪ね?」
端から見れば仲良さそうに、そして人懐こく話しかける彼女。
しかし彼は知っていた、これの裏側に潜むは悪意の塊である。
再び彼女はスマートフォンを取り出して、あの画像を彼に押し付けて見せつける。
「っ!!」
「ほら……マナに返事くらい返しなよ。またこんなことになりたくなかったら……ね?」
小声でそう囁く愛美。その時、幸いにもエミリアが食堂に訪れた、そして二人の姿を見た時彼女は仰天する。
「アンタ、リュウトになにしてんのよオ!!?」
「チッ……!」
愛美はすぐにエミリアの存在に気づき、その場から一目散に離れ、食堂から走り去っていった――。そしてエミリアは慌てて彼の元へ駆けつける。
「リュウト、顔色悪いけど大丈夫!?」
「……あ、うんっ……なんでも、ないよ……っ」
無理しての作り笑顔に彼女は、
「ミズキになにされたの?アタシにいってごらん!」
親身に気遣う彼女だが竜斗は、
「……気にしないで。いつもみたいに絡まれただけだから……っ」
竜斗は立ち上がると、ほとんど口にしていないカレーライスの皿を返却棚に戻し、暗い表情で去っていった――。
「…………」
竜斗はイヤなことがあっても吐き出さずに溜め込む傾向がある。それを察知して彼のために動こうとするのが彼女、エミリアである。いつもそうしてきた。
彼女はいつもの経験と勘から感じ取っていた、これは何かあると――。
――午後一時。竜斗はそのままマリアの講義へ入る。
内容が専門語ばかりの初歩的の戦術論がほとんどだった早乙女とは違い、初歩的な医学と応急処置についてがほとんどだ。
「――竜斗君、どうしたの?元気ないわねえ」
「い、いえ……っ」
それはそうだ。あんな吐き気を催す出来事に加えて、昼飯をほとんど食べなかった彼に快調に程遠い有り様であった。
そんな状態で授業が終わった頃には彼の体力、精神的にも限界になり自分の自室に入ると倒れ込むように自分のベッドに寝転んだ。
(疲れたし気持ち悪い……何もかも忘れてずっと寝ていたい…………)
その頃、エミリアは一人、通路を歩いていると、ちょうどマリアと出くわした。そして二人は並んで通路を歩く。
「エミリアちゃん、竜斗君どうかしたのかしら?」
「えっ?」
「私が講義している中、元気がなかったように見えたの。あの子、見た目活発ってわけじゃないし、普段からあんな感じなの?」
「…………」
するとエミリアは彼女にこう話す。
「実はリュウト、昼食中にミズキに絡まれていたんです……」
「ミズキってあの……あなたたちと仲の悪い、あの派手な女の子?」
「はい。リュウト、学校内であのコとその友達によく絡まれて、いじめられてたんです。リュウトが気の弱いことをいいことに……」
「……聞いたわ。やっぱりイジメってこんなご時世になってもなくならないのね……」
「ミズキのヤツ……今度はリュウトに何したのかしら……っ、何かあったら絶対にユルさないんだから――」
するとマリアは彼女にふと疑問を聞いた。
「エミリアちゃんはなんでそこまで竜斗君を守ろうとするの?あなた達は恋人として付き合ってるってワケじゃないでしょ?」
「えっ……それは……」
「もし差し支えがないのなら教えてくれないかしら?誰にも喋らないから安心して」
エミリアは顔を赤めらせてもじもじしながら話し出した。
「リュウトはアタシが日本に引っ越してきた時に初めて友達になってくれた男の子なんです……」
彼女は幼い頃のことを追憶し、語る。
「ワタシ、小学生になる前にアメリカのオハイオ州から両親の仕事でここに引っ越して来たんですが、来てしばらくは友達がいなかったんです。
文化の違いもありますけど最大の原因は日本の子と言葉が通じなかったことですね。
その時はもちろん英語で日本語は全く知らず……その頃のアタシって結構人見知りで、日本の子と遊ぼうとしても馴染めずに毎日家で寂しく泣いてた覚えがあります。
あれは、もう小学生に入る寸前の三月ですね、一人寂しく家の庭で遊んでいたら笑顔でサッカーボールを持ったリュウトが現れたんです。
その時、彼を見たのは初めてじゃなくて引っ越して間もない時に近くの公園で触れ合った子達の中にポツンといた近所の子だったんですけど。
そこからアタシはリュウトと仲良くなりました。
リュウトは運動神経はあまりなかったんですが、人一倍優しくて器用で要領がよく、日本語が分からないアタシにジェスチャーとかで教えてくれたり、ワタシを外に連れて他の子と仲良くなるための架け橋にもなってくれたりしてくれました。
アタシはこれほど嬉しく思ったことは今までにありません。リュウトと出会なかったら多分、日本好きになってませんでしたから。リュウトと出会ってからワタシはもっと日本のことを知りたい、リュウトと日本語でいろいろ話したいと強く思いました。
アタシ、不器用で要領の悪いから凄く苦労しましたけど独学で頑張って小学四年生くらいにはほとんど日本語で話せるようになって、日本の知る限りのことを学んだんです。おかげで両親より日本語が上手になってしまいましたが。
その上でワタシは両親と同じく日本が大好きになりました。人種と出身は違いますが心は日本人です。そして死ぬまでこの信念は変わらないと思います」
日本語をここまで上手に話せるのは並大抵のことではいかない。
それに外国人の彼女が胸を張って自分は日本人だと言えるのは、彼女はそれほど努力家であること、そして彼の存在が彼女にそれほど影響を与えているのだろう――と。
「だからワタシにとってのリュウトは、友達以上の特別な人です。
彼氏、いやお嫁さんになりたいくらいです。
だからアタシは、何があってもリュウトの味方でいたいんですっ……て、キャっ、いっちゃったっ!」
赤裸々にそう言うエミリアにマリアの心は暖かくなった――。
一方、早乙女は駐屯地内にある、とある格納庫へ来ていた。
「…………」
彼は黙って見上げる先にあるのは、全体が銀色一色で施された、各フォルムの違う戦闘機が三機の乗るカタパルト……これは一体……。
「『ゲッター計画(プロジェクト)』の完成型……だが、今の私の技術では完成は不可能だ。いつ完成の日を迎えることやら……だがやらねば――」
『ゲッター計画(プロジェクト)』。ゲッターの名を冠するということはこれもゲッターロボに分類されるのか。
しかしどう見ても人型ではなく、戦闘機だ。これでもゲッターロボと言えるのだろうか――?
(私の師匠であるニールセン博士なら……いや、あの人は法外な金額でなければ協力してもらえん。
ベルクラスとゲッターロボの開発、建造に多額の国資金を注ぎ込んでる私には無理な話だ、どうしようか……)
早乙女は珍しく頭を悩ませていた――。
……竜斗はふと起きた。部屋の時計を見ると、五時となっている。
夕時かと思い部屋の机上に設置されたディスプレイモニターで外を見ると、駐屯地内から綺麗な朝焼けが見える。
「……朝かよ……っ」
彼はモニター越しの外をボーッと眺める。
外の景色はこんなに明るいのに自分の気分は晴れない。
慣れないこの生活もあるのかもしれない。これから自分はどうなっていくのだろうかと言う不安。
そして――愛美に、あの写真で脅迫、何をされる
か分からない恐怖、あの写真以上な苦しみを味わうかもしれないということ――。
その時はエミリアが助けにきてくれる……いや、それじゃあいつまで経っても自分自身が成長しない、だけどその一歩が踏み出せない。
学校で散々イヤな思いをしてきた彼にとって、愛美の存在はまさに恐怖の対象だった――打ち勝つにはどうすれば……そもそもなんで自分ばかり狙ってくるのか――考えると頭が重くなった。彼は部屋を出て、食堂へ向かう。
早乙女の話には飲料は時間問わず食堂でただで飲めると聞いていた。
誰もいない食堂でコップを持って業務用ジュースサーバーからオレンジジュースを入れて味わいながら飲む。
彼はオレンジジュースが大好物であり、計三杯続けて飲み干す。
「朝から好きなだけジュース飲めるなんて贅沢だ……」
満足顔の竜斗はコップを近くの洗い場で洗ってから戻し、食堂から後にした。
その時――竜斗は固まるように立ち止まる。入り口から出た瞬間、出くわしたはあの女、愛美である。パジャマ姿の彼女は自分と同じくどうやら飲みにきたらしい。
「あら、オハヨー」
「あ、ああ……おはよ……っ」
ぎこちない返事を返す竜斗に愛美はフッと笑みを放つ。
「そうだイシカワァ。いまからマナがあんたに指令を出すね」
「え……シレイ……っ?」
「あんた軍人になったんなら指令は忠実に従うものよ?」
「……はあ?なんの指令だよ……?」
すると彼女はとんでもないことを言い出した。
「今からあんたはマナがいいと言うまでトイレ禁止ね?」
「なあっ!?何ふざけたことをゆうんだよ……っ」
こればかりは耳を疑ったが、彼女自身は本気の表情だ。
「マナにバレないようにトイレに行こうとしてもムダだから。ずっと暇だから見張っててあげる……もし無視して行くものなら……反逆者はどうなるか分かるわよね?」
彼は唾を飲み込んだ。しまった、さっきのオレンジジュース三杯飲んだことが仇になってしまった。
「フフフ、さあてあんた授業中どうなることやら楽しみだわ♪オシッコおもらししちゃうのかしら、それとも……ねえリュウトちゃん♪」
「…………」
竜斗は一気にどん底の堕ちたような絶望感を味わった――。