アラスカ州。雪原広がる広大な自然に囲まれた場所を居座る巨大な建造物。
まるで亀とも言える外見に先端にいくつものうねうねと動く触手のようなものが周りの木々を叩き潰している。そしてその一帯には千、二千のメカザウルスが周りにその建造物に取り巻くように護衛している――。
その近くに戦闘機形態と化したマウラー数機が上空から建造物に近づいている。彼らは第十一アラスカ空軍の偵察部隊である。
「暗号名『タートル』は未だ停滞中、周辺にメカザウルス多数が護衛についている」
“よし、基地に戻れ”
「了解」
状況報告し、引き返そうと旋回した時、地上から大玉のような巨大なマグマ弾数発が音速と思われる高速度でマウラー全機に直撃し、墜落していった――。
墜落現場に駆けつけたメカザウルスは、大破したマウラーに追い打ちをかけるようにマグマは吐きかけ、完全に跡形もなくした。
――第三恐竜大隊の本拠地である、トゥリア級移動攻撃基地『ドラグーン・タートル』。
全長約十キロ以上はあるこの小島のような巨大要塞は今、この雪原のアラスカに君臨する悪魔である。
その中枢にある司令部。大隊総司令官でありゴールの妹であるジャテーゴがいつものように、二人の側近であるラセツ、ヤシャを取り巻いている。
そして今、彼は部下からのとある報告を受けているも彼女は部下を見ようともせずにただモニターを眺めているだけであった。
「申し訳ありません……ゴーラ様の誘拐に失敗しました」
「…………」
「情報ではゴーラ様は保護され、マシーン・ランドでは警備を強化したとのこと……」
するとジャテーゴは振り向き、無表情のまま部下の元へ向かった。
「足はつかれてないのだな」
「おそらく……」
彼女はしゃがみ、部下の顔を両手で掴んだ。
「本来ならこのような失敗などはもってのほかだが私は心が広いからな――」
「ジャテーゴ様……」
しかし彼女は親指を眼部に当ててグッど力を加えた時、部下の眼部は無残に潰されて血が吹き出した。
聞くに堪えない悲鳴を上げながら、のた打ち回る彼は痛々しい姿だ。
「ヤシャ、この者の処刑場に連れて行き始末しろ。
だが心が広いといったからには、苦しませずに一思いにな」
「承知しました」
大男で屈強な体格をした爬虫人類の戦士、ヤシャは部下を強引に引きずるようにここから去っていった。
「ジャテーゴ様、これからいかがなさいましょう」
「とりあえずほてぼりが冷めるまでは静かにする以外はないだろう。
あの老いぼれのゴールは勘が鋭い、私に必ずや疑いをかけてくるだろうからな」
「しかし、何があろうともあの事件はジャテーゴ様だとは分かりません。
何故ならここの者はもちろんのこと、マシーン・ランドには我々が買収し味方につけた者は沢山いますから――まだチャンスはあります、焦ることはありません」
「しかし、海に落ちたゴーラが助かったことだけが惜しく思う。そのまま海に沈んでくれたら邪魔者がいなくなってよかったものを……」
彼女は舌打ちするほど、ゴーラを嫌っているようである。
「本来なら私が兄上に後に正当な王につくハズだった。
あの泣き虫娘が生まれるまでは……そもそも、兄上の亡き妻であるミュアンからして気にくわない女だったがその生き写しであるゴーラ、あの小娘なんぞに王位を奪われるなんぞ虫酸が走る。
兄上は、ゴーラが王位継承に相応しいなどとほざいていたが、私は絶対に思わぬ、認めぬ。
私こそが真の女王、恐竜帝国を、爬虫人類を統べるにふさわしいのだっ」
「さようでございます、だからこそ私達はジャテーゴ様一心に仕えるのです」
「……ただ、問題は第一恐竜大隊のリョド、第二恐竜大隊のバットだ。
奴らは兄上の忠実な家臣であり相当の実力者だ、流石に私一人では分が悪い。もしかしたら二人を味方につける必要も考えねば――」
「……では、二人をジャテーゴ様に取り入れますか?」
「できるか?」
「確実とはいいませぬが精一杯の努力はしてみましょう」
「……よし。ありとあらゆることを想定して慎重に事を進めろ、何か不具合があっても対処できるように」
「御意っ」
彼女は不気味な笑み、声を上げた。
「兄上、あなたを讃える時代はもうすぐで終わりですよ、ホホホ……」
異常な程の上昇思考と野心を持ち権力を握りたがるジャテーゴ――果たして。
……一方、マシーン・ランドの王の間ではゴールとゴーラの親子は口論していた。
「……ですからお父様、私達は地上人類と助け合うべきなのです!」
「ゴーラ、何度も言ったがそれは無理だ。我々爬虫人類は地上人類とどうしても相容れない存在なのだ。
おかしいぞ、どうしてお前にはそれが分からないのだ?」
次第に口論がヒートアップし、互いの声も外に丸聞こえになる程だった。
「お前は爬虫人類としての誇りがないのかっ!!」
「私だってそれは持っています、しかしだからといって地上人類を貶す気はないです!
私はこのまま戦争を続けて血で血を洗い、互いに疲弊するよりも彼らと協力していった方がこれからの利点がたくさんございましょう、お父様にはそれが分からないんですか?」
「いいや、地上人類とは絶対に協力などできん、何故か?それはヤツらは絶対悪だからだ」
「……ゲッター線ですか?地上人類はゲッター線で進化したから?ただそれだけのためならただの偏見、差別です!!
それだけの理由で殲滅するのなら、悪なのは私達爬虫人類の方ではありませんか!!」
「…………」
一呼吸ついてゴーラはこう告げた。
「まだ話していない真実を言います。私は……誘拐された後、海に落ちて……とある地上人類の方々に保護されました。
異種族の私を治療してくれ、優しく接してくれたのです。そして私はその方々と色々話をし、短い間でしたが互いを知り友好を深めました――お父様は昔、私に地上人類は野蛮で自分のことしか考えない、救いようのない種族だと言いましたが嘘ではありませんか!
そして仲良くなった地上人類の方が私とラドラ様にこう言いました。
『あなた達ともう戦いたくない、僕達は平凡に生きたい』と。お父様はその方の思いを踏みにじるつもりなのですか!」
それを聞いたゴールは頭を押さえて深いため息をついた。
「なんてことだ……ゴーラよ、もしや地上人類に毒されたな……っ」
「お父様!!」
「側近。直ちにゴーラを下がらせ、頭を冷やすようにしてやれ」
近くにいた側近は彼女を取り押さえて出て行こうとするも彼女は暴れに暴れる。
「お父様の分からず屋ーーっっ!!」
彼女から悲鳴のような声を上げて、そのまま王の間から追い出されるように出て行った――その後、彼女はまるで独房のような真っ暗の部屋に入れられて鍵を締められるのであった。
「ゴーラ様、悪く思わないで下さい。これもあなたの為です」
側近はそう告げて去っていく。
そしてここは王族の懲罰房のような、頭に血が上って失態した者を頭の冷やし反省させる場所である。
彼女も初めて入れられる房で、石室であり灯りなど一切ない真っ暗闇でひんやりした場所で以外と心地はいい――。
彼女はどうすることも出来ず、ただ座っているとカチャッと扉が開き、誰かが立っている――果たして誰なのか。
「ゴーラ様っ」
聞き覚えのあるどころか自分がよく知り、そして自分が最も好く人物、ラドラだった。
「ラドラっ!」
彼女は立ち上がり、彼に抱きつく。
「ゴーラ様、大丈夫ですか?」
「ええ。しかしラドラ、あなたまた私に様をつけていますね、二人きりなのに」
「す、すいません。どうも慣れないもので……」
「……まあこれはいきなりこうしろと言われても難しいでしょうから。しかしどうしてここに……?」
「あなたがここに入れられた後に、側近の者にここの鍵を拝借したのです。寂しいと思いまして。
最も私があなたに言い聞かせますと、勿論ウソですが……」
「あなたも段々と頭が柔軟になってきてよろしいことです、ちょうどあなたと話がしたかったことですから」
「ハハっ……お褒めの言葉として受け取ります、ゴーラ」
「あ、ちゃんと言えましたね。これからもその調子でお願いします」
――二人はこの中で先ほどについて話をする。
「私はまだまだ諦めません、リュウトさんの思いを無駄にするワケにはいきません」
「しかし、しまいにはあなたに何か良からぬ事が起こるのでは……」
「例えば……?」
「あなたから王位継承を奪われるのではと……」
「……そうなっても私は一向に構いません。本来なら叔母上であるジャテーゴ様が継ぐはずなのにお父様は私を溺愛するあまりに私に継がせると……」
「……それに対してジャテーゴ様はどうと?」
「はっきり言ってジャテーゴ様からしてみればこれほど屈辱的なことはないでしょう。
私もなぜジャテーゴ様ではなく私なのかとお父様にお聞きしました。すると「ジャテーゴ様には王に必要な徳が備わってない」ということを言ってました」
「……その徳とは?」
「君主になるための要素には、
誰からも信頼、尊敬されるような知恵を持つ『知性』、
国にとって正しき行いを選び、民を導く『正義』、
自己犠牲を重んじ、それを信念として貫き通す『忍耐』、
私欲や感情に流されない『自制』、
この四つの要素が必要だとおっしゃってました。
そして私は小さい頃から帝王学を学び、自身もそれに応えるべく懸命に努力してきました――私自身は本当にそれらが備わっているのかわかりませんが」
……所謂『四元徳』と言われる要素である。しかしゴーラにはまさにこれらの要素を備わっていると言え、主君に相応しいとラドラでも思う。
「対してジャテーゴ様の持つ徳は『野心』、『謀略』、『勇敢』、『自尊』……倫理に欠ける部分を持ちすぎて決して支配者にさせてはならないと言われます。
お父様も、実は『知性』と『忍耐』しか備わっていないらしく、だから苦労してるらしいのです」
「…………」
「しかしながら、ジャテーゴ様の持つ要素も、帝国の表裏一体の立場として国を支えるために必要な要素であるため私が王位に継ぎジャテーゴ様は摂政、二人で力を合わせて帝国を繁栄させてくれと言われてましたが……ジャテーゴ様は決して快くは思わないでしょう、私のような娘に継承権を奪われたのですから……」
「なるほど……」
「それで私はこう思うのです、もしかしたら私を誘拐しようとした者達の正体が……」
「まさか……ジャテーゴ様が差し向けたと?」
「真実かどうか分かりませんが、これからはあの人の動向に対して警戒しなければならないと思います。
今度は私だけでなく、今度はお父様自身の命だって脅かされることも……」
ラドラはとんでもないことになってきたと、思わず息を呑む。
「そこでラドラ、あなたにお願いがあります。
あなたはこれからお父様の身の周りに対してに十分警戒するようにしてください。
私もあなたに負担がかからないように自分の身は自分で守るよう注意し、そしてこれから向こうの動きを掴もうと思います」
「…………」
「ラドラだからこそ頼めることです、お願い出来ますか?」
「承知しましたっ」
「ありがとう。この話は今は私達だけの秘密にしましょう。定かかどうかも不明な時点でいたずらに広めて周りを混乱させないためです、頼みますよラドラ――」
二人はこの暗闇の中で静かにそう決め合うのであった――帝国がかき回されないためにも。