――カリフォルニア州、サンフランシスコ近海。穏やかな波の音が響くとある一帯。
何も変哲もなさそうな場所から突然水が湧き上がったのだ。
海中の遥か下から何かが海面に出ようとしている。近づくにつれてそれが巨大な物体だと分かる。
クジラか、サメか、いやそんなものではなく水しぶきを上げて飛び出したのは兜をつけた大トカゲ……メカザウルス・ゼクゥシヴだ。
(ゴーラ様はどこだ……)
……竜斗達の部隊が過ぎ去ってすぐに戻ってきて数時間、ラドラは必死になって彼女を探しているが見つからない。
レーダーを駆使しても姿はおろか生体反応すら感知しない。
離れてから少ししか経っていないはずなのに、まるで神隠しにでもあったかのようで、彼は難儀する。
(何としてでも見つけなければ――)
彼は焦りを隠せなかった。彼女を置いてこのままマシーン・ランドへ帰れない、例えどれだけ時間をかけようとも、そして願ってない場合で発見されようと――彼は見つかるまでひたすら探すつもりだった。
…にしても、彼女を連れ去った謎の者達はあれから全く姿を現さないのが不思議だ。
捕らえたかった気持ちもあり残念にも思うが、今はそれよりもゴーラを探すことに集中するラドラであった。
『すいませんが私の答えられる範囲はここまでです……』
「…………」
医務室で竜斗とエミリア、マリア、そしてそれを知り駆けつけてきた早乙女は、初めて接触した爬虫人類の女の子であるゴーラから、彼女の答えられる範囲で自分達爬虫人類について教えてもらった。
流石に彼女の身分は告げられないために、爬虫人類の平民だと装っていたが爬虫人類の素性、歴史、宗教、情勢、体制など、話しても差し支えのない事を知ると、細部については確かに違う部分も多いが、どことなく自分達の歩んできたモノ全てに同一性を持つことに気づく。
「司令、彼女達の宗教の教義や神話についてですがこれはまさか……」
「……ユダヤ教、そして旧約聖書とほとんど構成が同じだ。しかしそれ以外にも地上人類と呼ばれる私達の要素と同一性を持つのはどういうことだろうか?」
彼の疑問を聞き、ゴーラはおもむろにこう答えてみた。
『あのう、もしかしたら遥か太古、私達爬虫人類がとある理由で地下に逃げ潜っていった時に地上に置いていった遺物などに、あなた達地上人類が触れたのでは……』
全員が「オオッ」と納得し感心した。
「なるほど、それら爬虫人類の文明物を私達人類が、彼女達の言語などは理解できないながらも想像を働かして、自分達なりにアレンジしたと思えば辻褄が合うな」
「じゃあ今の僕達の文明は爬虫人類のおかげってことか。けど、地下に逃げ込んだのはどうして?そのまま地上にいれば……」
『それは……』
彼女は前にラドラから聞かされた事を話す。
「その時代からゲッター線がすでに……」
早乙女は自分だけのエネルギーかと思ったのにすでに太古から降り注いでいたということに一番驚き、そして一番乗りではなかった事実に悔しい思いが混ざり合っていた――。
「てことは、ゴーラちゃんの祖先が地下に逃げ込んだ後、そのゲッター線で進化したのが……僕達ってこと?」
『という風に聞きましたが、定かではありません……ただゲッター線という宇宙線は私達爬虫人類を絶滅寸前に追いやったのは事実です』
竜斗はそれを聞いて、ゲッター線を扱い戦う自分達は罪深き存在なのかとも思えて罪悪感に駆られる。
「……なんかアタシ達はあなた達爬虫人類にはた迷惑なことをしているのかも……」
『いえ、私はそんなことなど少したりとも思ってません。むしろ、同じ地球に育ったもの同士仲良くし、協力しあうべきなのです、なのに他の人は……』
彼女の悲痛な本音を聞き、全員は自分達も人のことは言えないなと沈黙してしまう。
「ところでゴーラちゃんはこれからどうするの?」
それを聞かれると彼女はどうすればいいか分からず、口ごもってしまう。
「迎え……というか誰か親や知り合いとかこないの?」
『……分かりません、今ここはどこなのかも分からないですし――』
すると早乙女はこう言った。
「君を向こうに明け渡すには恐らく戦闘として接触するしか方法はないだろうが、そのど真ん中で身を晒すのはあまりにも危険すぎる」
『…………』
「それにいつまでもここにいるワケにいかんな。外部に確実にバレるしそうなれば君はおろか、それを匿った私達も色々面倒なことになる」
やはり、色々と不具合が多くあまり長い間いられないことを知らされる。
「誰かもう一人話の分かる人がいれば……」
すると彼女は何か思い立ったのか『あっ』と声を上げた。
『もしかしたらラドラ様が……』
「ラドラ様……知っている人?」
『私の大切な人です、あの人なら私を探しに来てくれるかも――』
なら大丈夫かなと全員は安心する。どの道彼女の体力を回復させるのが先決で、無理に歩かせるわけにいかない。
「司令、ゴーラちゃんが回復するまでここにいさせてもいいですか?」
「ああ。君は我々に危害を加えるどころか寧ろ友好的で良識的、我々に少なからず貴重な情報を提供してくれたことに感謝する。よって君を今は客人として歓迎しよう、帰れるまで外部にはバレさないようになんとかするから安心しろ、そしてみんなも『口は固く閉じておけ』、いいな」
「「「はいっ!」」」
歓喜する竜斗とエミリア。そしてゴーラも嬉しさでいっぱいだった。
『ありがとうございます……出会ったのがあなた達で本当によかった……』
喜ぶ竜斗だったが、何かに気づき笑顔が消えた。
「思い出した……水樹はどうする……?」
「あ……そうだ」
エミリアも彼女に気づき、笑顔が消えた。
爬虫人類に憎しみを抱く彼女は絶対に嫌がるだろう。
「大丈夫よ、さすがにあのコも彼女に何か危害を加えたりしないだろうし」
マリアはそう言うが安心はできない。
『すいません、ミズキとは一体……』
「もう一人仲間の女の子がいるんだけどちょっとあってね――」
……そしてしばらくゴーラをここに居させることに決まった後解散し、すぐに竜斗は熱々のホットミルクの入ったマグカップを持ってきた。
「これ君の口に合うかどうか分からないけどよかったら……」
『ありがとうございます』
彼は隣のイスに座り込む。口をつけてすするゴーラを見て、肌の色を除けば自分達となんら変わりない姿だと再認識する。
……にしてもこんな幼いのに落ち着きのあり、上品さがにじみ出ている彼女に凄く興味を持つ。
『ここの方々は優しいけど……リュウトさん、あなたは本当に優しいお人ですね』
「え……いやあ、そんなことは……」
――なんだかんだで彼は照れている。二人は色々な話をした。
どういう風に育ったか、どういう遊びをしたか、周りの環境や学んだこと……互いに異なる文化の情報を交換しあい、知らず知らずに二人の間の『異種族』の溝はなくなり、距離は縮まった。
『あなたならラドラ様と仲良くなれるかもしれません』
「ラドラ……さっき言っていた大切な人だっけ……」
『はい。恐竜帝国内における『キャプテン』と呼ばれるエリート戦士の一人なのですが、昔から私の遊び相手になってくれた人なんです……友達などいなかった私に』
「え……っ」
もしかして彼女も自分と同じく元はいじめられっ子なのかなとも思うが、もしそうなら聞きづらい、彼女の心を傷めてしまいそうだからだ。にしても、話を聞くとそのラドラと言う人は彼女にとっての白馬の王子様なのかなと。
「そのラドラって人はよほどいい人なんだね……」
『はい……あ、そういえば思い出しました。あの人が前に言っていた地上人類のとある人のことを』
「え……?」
『ラドラ様から聞いたのですが、ずっと前の戦闘中、そのゲッター線を使う機体のパイロットが突然中から身を晒して何かを叫んでいたと――あの方は一体どこに……』
「あ……………っ」
彼はハッと気づいた。彼女の語るその地上人類に覚えがある、というより忘れるハズがない。なぜなら……。
『リュウトさん……?』
「ゴーラちゃん、その人間について特徴は?」
『ええっと……私と近い歳の男性のように見えたと』
――偶然か必然か、僕はスゴく驚いた。ゴーラの言うシーンとは、あの栃木での戦いで瀕死のメカザウルスに戦いたくないと訴えたあの場面だと分かった。
あのメカザウルスに乗っていたのはそのラドラという彼女の大切な人……つくづく破壊しなくてよかったなと痛烈に思った――。
『リュウトさん……どうしましたか?』
「実はね、そのゲッター線の機体のパイロットっていうのは俺だったりして……」
『ええ……っ?』
恥ずかしそうに言うと当然彼女も驚き、疑うような声を上げる。
「それ、多分俺で間違いないと思う……」
彼の様子からは嘘をついてるとも思えないし、事実だと彼女は疑いの気持ちなどなくそう思い込む。
『……まさかラドラ様の言っていたその人はリュウトさんだったのですか……』
「うん。あの時『あなた達と戦いたくない』と叫んだんだ。そしたらそのメカザウルスは通じたかどうか分からないけどそのまま抵抗せず去っていったんだ……まさかそのメカザウルスのパイロットがゴーラちゃんの言うラドラって人だったとは……」
しかし二人は次第に嬉しさでたまらなくなる。
ゴーラにとっては会いたかったその地上人類が目の前にいる彼だったこと、竜斗にとっては自分と分かり合える敵側の人間がいたと言う事実と謎が解け……まさに奇跡としか言いようのない事実にこれ以上のない希望が生まれていた。
『私は……あなたと出会えたことが、こんな世の中での唯一の光だと信じたいです……本当によかった……』
「ゴーラちゃん……」
嬉し泣きする彼女を見て、優しく微笑んだ――。
――僕もこの瞬間に立ち会えたことに唯一、神に感謝した。
自分の思いを分かってくれる、敵側である爬虫人類が一人でもいたことを。
だが、それだけでは戦いを終わらすことが出来ないだろうが、それでも解決に向かう足掛かりは出来たはず。
そして、彼女と同じく出会えたことがこんなきな臭く暗い世の中で唯一の光明だと信じたい、そして、そのラドラという人にも対面したい気持ちが一層に高まり、次に出会える日が楽しみだ。だが、この後――。
その夜、医務室のベッドで就寝しているゴーラの元に、何かが近づく音が……。
明かりが付き、彼女も光の眩しさから起きる。目をこすり、前を見ると……。
『あ、あなたは……』
そこにいたのは昼間にいた人達ではない、腕組みをしてこちらにギラッとした目つきの初めて見る女性。
竜斗と同じくらいの歳のようにも思え、自分と同じサラッとした金髪で自分くらいの身長ほどの……しかしその顔からは能面のような表情だが、感じるは憎しみのような何か危険な匂いのする、どんとした面構え――その人物とは愛美であった……。