――北極圏、マシーン・ランド。ゴーラはガレリーのいる開発エリアに訪れていた。
「ゴーラ様、貴女のご注文の通り翻訳機を開発致しました――」
「ありがとうございます、あなたのご協力に感謝します」
まるで米粒のような黒い金属の粒を一粒渡された。
「使用方法は簡単、これを飲み込むだけです。
自動的に声帯に張り付いて地上人類の言語を我々の言語であるシュオノアーダに解し、逆に向こうの言語に変換することも出来ます。
ただ約一ヶ月ほど経つと翻訳機は体液に溶けて効果はなくなります」
「承知しました。ではさっそく――」
彼女は口に入れてゴクンと飲み込む。
「しかしゴーラ様、あなたのようなお方がなぜこのようなものを?」
「それは……地上人類の知識を知ることも重要かと思いまして。王女たるもの敵側の情報を掴むことも大切です」
「ほう、そうでございましたか。さすがゴーラ様のこ賢明な考えに頭が下がります」
実際は、向こうと平和への解決のための話し合いたいのが目的でこれは嘘である。もっともらしい適当な理由を付けてガレリーを納得させようとした。
「効果の継続時間などの改良も望めるなら検討するようお願いします。そして完成次第、全兵士に行き渡るようにしてください。
これからは常に敵側の情報を掴むことが重要になりましょう、ただ何も考えずに戦うような野蛮行為はもはや時代遅れです」
「了解致しました、助言、誠に感謝いたします」
彼女はもう一度頭を下げてここから去っていった。見送るガレリーはなぜか腑に落ちない表情だった。
(しかしゴーラ様に翻訳機を使用する必要は本当にあるのか。使うには地上人類と接触する必要があるのにどうやって……)
一方で彼女は自室に着くなり鍵を締めてベッドに座り込む。
(ここからどうしようかしら……)
どうやってこのマシーン・ランドの外部を抜け出し地上人類と接触、話し合いに持ちかけるにはどうするか色々考える。
警備をかいくぐって抜け出す方法、ラドラなどの信用できる者を使って手引きしてもらう方法……しかし何とかして抜け出した後どうするか。
敵側には誰も知る人間などいないし、別種族である我々に向こうが快く応じるとは考えにくい。
それに、自分のやろうとしている行為は爬虫人類にとって間違いなく売国、反逆罪だ。いくら王女とて売国奴扱いにされれば確実にここに帰ってこれなくなる……メリットよりもデメリットが多いことが分かり頭が悩まされる。
はっきり言って無謀しか言いようがない。
しかし自分のような、互いのために和平を望むことを、そして地球人同士で共存したいという人間も少なからずいることを、何としてでも地上人類に伝えたいという気持ち、何とかしたい思いが確かにある。
(いつまでも立ち止まっているワケにはいかない……私自ら行動を起こさないと――)
彼女は今、人生最大の決意と行動に移そうとしている――。
その数時間後……それは突然起こった。マシーン・ランドは激震した。区域内の至る所に小爆発が起こり、内部にいる全員は大混乱を起こした。
寝室で休んでいたゴールは上着を羽織り、王の間に出て側近を呼び出した。
「何事かっ!?」
「各区域で爆発物が仕組まれていた模様、被害はまだ分かりませんがテロの可能性があります」
「犯人は!?」
「そこまではっ」
「ええい、すぐに捜し出し拿捕して連れてこい、抵抗するなら容赦はするな。他の者も消火、及びけが人の救助にいけっ!」
内部は大混乱を起こす中、就寝中のゴーラもその騒ぎに飛び起きて何が起こったか部屋から出ようとした時、鍵を閉めていた扉から強引に叩く音が聞こえ、一発、二発と打撃音が流れた後、三発目でドアを突き破られてそこから黒装束と黒頭巾を着た謎の人間が数人現れて彼女を包囲した。
「あ、あなた達は……」
怯える彼女にその中の一人が近づきナイフを取り出して彼女の顔の頬になで当てる。
「すいませんがゴーラ様、少し眠ってもらいましょうか」
――正体は分からないがシュオノアーダを話すことから間違いなく爬虫人類の男だ。
瞬間、男は彼女の腹部に強烈な膝蹴りを入れた。
「ぐえっ」とうめいて気を失いそのまま男の腕にもたれるように倒れ込んだ。
彼女を肩に抱えると仲間に相づちを打ち、部屋からすぐに出て行った。
「陽動が効いたようだな…………」
内部の混乱と兵士の殆どが消火活動や人命救助に当たっているために警備が疎かになっており、この男達がマシーン・ランドを速やかに移動するには容易かった。
向かう先はメカザウルスの格納庫、ここの兵士に気づかれないように周囲を警戒しながら慎重に目的地に進んでいく謎の男達――。
途中で陽動作戦で別行動を取っていた仲間と合流し、格納庫にたどり着くと待機していた警備兵達と対面した。
「何者だ!」
対峙するも中の一人の肩に彼女が抱えられていることに気づいた警備兵の一人は仰天した。
「ゴーラ様っ!?」
しかしその者は対峙する黒装束の男によって殴り飛ばされて地面に倒れ伏せた。隙ができたこの場、すぐさま自分達の乗ってきた男達はメカザウルスに乗り込み、未だ気絶する彼女も一緒に乗せる。
「いくぞっ!」
外部ハッチを開放し、男達の乗った各メカザウルスはカタパルトによって海底に飛び出して海面へ浮上。そのまま空へ飛び出すとすぐさまとある方向へ発進していく――。
一方、妙な胸騒ぎをしたラドラは当たっていた消火活動を他の者に任せて、急いでゴーラの部屋へ向かう。
本来は王族区域に平民は立ち入り禁止なのだが彼だけは特別に許されており、そして騒ぎからか許可を取らずとも容易に辿り着くも、部屋の扉が強引に破られているのがすぐに分かった。そして中に入ると彼女の姿がない――危険な予感に駆られた彼はすぐさま彼女を探しに向かう、どこにもいない。
(ゴーラ様、一体どこにっ!)
ふと開発エリアに立ち寄るとガレリー含む開発陣達が外部モニターを見ていた。
「メカザウルスと思わしき反応多数がマシーン・ランドから離れていきます」
「格納庫エリアの詰所に連絡をまわせ」
格納庫エリアの警備兵詰所に通信するとモニターには青ざめた警備兵が映る。
“ガレリー様、謎の黒装束を着た者達が格納庫を襲撃しメカザウルスを奪われて逃亡しました、同時にゴーラ様まで誘拐した模様でございます……”
「なんだとおっ!?」
そこに駆けつけたラドラもそれを知り、激しい怒りを顕わにした。
「ガレリー様っ」
「ラドラよ、どうしてここに?」
「先ほどゴーラ様の部屋に向かいましたがすでにもぬけのからでした。
彼女をあちこち探してここに辿り着つと今の通信の通りこのようなことが……」
「もしゴール様が知られたら……恐らく大変なことになるだろう……」
するとラドラは彼にこう告げる。
「ガレリー様、私はこれよりゴーラ様を誘拐した謎の者達から救出しに行きます。ゼクゥシヴはどこに」
「……すでに修理済みだが誰にも扱えられずこのエリアの片隅に放置されておるがラドラよ、そなたは行ってくれるか?」
「もちろんです、すぐさま発進準備をお願いします」
「よし、では頼むぞ!」
すぐさまガレリー達はゼクゥシヴを応急的の調整を施して、格納庫へ運搬する。
一方でパイロットスーツを着込んだラドラは格納庫に現れてカタパルトに載せられたかつての愛機であるゼクゥシヴを見上げた。
「こんな状況とは言え再びお前に乗ることができるとはな。頼むぞ――」
急いでコックピットに乗り込み、各システム起動。
アルケオ・ドライヴシステムによってリアクター内の大量のマグマが急激に活発化しそれが機体に循環する。
まるでそれは人間の血液のようであり、体温のように機体全体が温まり、筋肉繊維をほぐして動きやすくなる効果を果たしている。
マグマ熱により、コックピット内はまるでサウナのような、人間では長時間耐えられない高温状態になっているが熱に強い爬虫人類にとってこれが常温である。
ラドラ自身は各操縦レバーの感触、空気、音……ゼクゥシヴの操縦する時の感覚を少しずつ思い出していく。
その時、開発エリアから通信が入り開くとガレリーからだった。
“ラドラよ、ゴーラ様を誘拐していった奴らは攪乱目的か蛇行しているが、どうやらアメリカへ向かっていると思われる”
「アメリカ……第三恐竜大隊の担当する大陸ですね。しかし、ゴーラ様を誘拐した者達は、メカザウルスを操縦していることから爬虫人類以外に考えられせんが――まさかクーデターでは……?」
「まだ断定したわけではないが……もし捕らえることができれば連れてかえってこい。奴らからどんな手を使っても正体と情報を聞き出すつもりだ、ただ第一目的はゴーラ様の救出だ、今はそれだけに集中せよ」
「了解。キャプテン・ラドラ、メカザウルス・ゼクゥシヴ発進する!」
カタパルトが射出されて海中に飛び出したゼクゥシヴは海面へ浮上していく。
海上へ飛び上がり、翼を展開、謎の男達の方向へ進路を取る。
(ゴーラ様、どうかご無事で……)
レバーをいっぱいに押し出すと二基のブースターを点火し急発進、音速レベルの速度でぐんぐん空を駆けていった。
「ぐう……」
久し振りの操縦とその圧倒的のスピードで、苦悶の表情を浮かべているが目的のために必死に耐えて、そして慣れようとするラドラ。
甲斐あってか次第にそのスピードでもちゃんと前を見れるようになっていき、ついにはいつも通りの平然さを取り戻した。
(一体何のためにゴーラ様をさらったか分からぬが絶対に取り戻してみせるっ!)
今はただ彼女を助ける、その思いのために彼は『鬼』と化した。
……行き先を掴まれぬようにしているのか、進路を蛇行しながら進んでいるメカザウルス。
「もう少しでマシーン・ランドのレーダー範囲外に出るが油断はできん、アメリカ南西部から入って迂回していくぞ」
“待て、我々の後方から凄まじいスピードで近づいてくる反応を確認した”
すぐさま全員がモニターを映す。その反応とはラドラの駆るゼクゥシヴであった。
「あれは確かキャプテン・ラドラの機体、ゼクゥシヴ。気づくとは思ってはいたが、こんなに速くくるとは」
“直ちに妨害、迎撃し時間稼ぎせよ”
そしてすぐに追いつき、海上上空でついに対面するラドラとメカザウルス。
「貴様達、ゴーラ様をどこへ連れて行く気だ!」
彼の問いを返さず、なんと攻撃を仕掛けてくるメカザウルス。ゼクゥシヴはすぐに身を翻して回避する。
メカザウルスを操縦できるのは爬虫人類だけだ、しかし同胞であるならなぜ攻撃してくるのか……しかし、今は、
「なんとしてでもゴーラ様を奪い返す!」
背中に掛けられた長剣マグマ・ヒートブレードを取り出して両手持ちし、腰をぐっと構える。
刃が燃えたぎるほどに真っ赤に熱せられた長剣はまるで魔剣のようだ。
「ん……っ」
操縦席の後部に眠るゴーラがちょうど目が覚めて、辺りを見渡すと見慣れない景色ばかり見えた。
すぐにそこがメカザウルスのコックピット内だと理解した。
(わ、私は確か謎の者達に囲まれて……)
ぼんやりする記憶を辿ると、徐々に今おかれている立場に気づく。
(そう言えばここはっ!)
気づかれないように静かにのそっと前を見るとモニターには、自分を誘拐した者達のメカザウルスと一戦を交えているラドラのゼクゥシヴの姿が。
(あれはラドラ様っ!)
集団で挑んでいるが、相手はラドラの駆るゼクゥシヴ。
その高性能なメカザウルス、そしてそれに追従できるラドラに対し、自分達のは従来型のメカザウルスではいくら複数だろうが全く歯が立たず。
その機敏な機動力で瞬く間に懐に入られて赤く熱せられた剣刃によって次々と胴体や翼を真っ二つにされていき、海面に墜ちていく――今のラドラはまさに戦鬼と化していた。
だが、そうしている間に仲間を囮にして本土に接近する彼女を連れたメカザウルス。
「くそっ!やはりただのメカザウルスでは勝ち目ないか……んっ?」
なんと座席の後ろからゴーラが飛び出して決死の覚悟で操縦を妨害しだしたのだ。
「この無礼者、あなた達は一体なんの目的で私をっ!!」
「ちい、目を覚ましやがったなっ!」
男の両腕にのしかかり、暴れる彼女を男はどかそうとするも意地でも離れず、コックピット内はまさに。
二人の乗るメカザウルスの動きはおかしくなり、暴走しまるでハエのように無造作でブラブラと飛び交うように飛行しだす。
暴れに暴れて操縦を妨害し続けるゴーラは周りのボタンやパネルを不本意で押しまくり、なんとモニター画面が消失しコックピットハッチが開いてしまった。
「きゃあああっ!」
強烈な風が内部に入り込み、二人はそれに抗うこともできず翻弄されてコントロール失い、落下を始めた。一方、ほとんど邪魔者を落としたラドラもモニター越しでそのメカザウルスの異変に気づく、
(こいつらはただの時間稼ぎ……ということはあのメカザウルスにはゴーラ様がっ!)
急いで向かおうとするが残りのメカザウルスがまだ抵抗を行ってくる。
そんな中で、落下するメカザウルスのコックピット内は何とかして閉めようとする男だったが……、
「しまったっ!」
再び気を失ったゴーラは逆流する風によって外に吸い出されてそのまま海へ落ちていった――それと同時に開閉ボタンを押し、ハッチを閉まり飛行を立て直すメカザウルス。
「ゴーラ様っっ!!!?」
モニターを拡大して落ちていくものが彼女だと分かったラドラは血眼になって彼女の元へ行こうとしたが、奴らに頑なに邪魔される。
「くそおっ!!」
彼女が海に落ちたことを全員が気づき、動きが止まった。
“ゴーラ様は!?”
「分からん……どこに落ちたのかも……」
“あの方の元に生きて連れていかなければならないのになんてことをっ!”
“ちょっと待て、本土方向から多数の反応がこちらへ近づいてくるぞ”
その方向にモニターを拡大すると本土から多数の戦闘機やマウラー、そして竜斗の乗るアルヴァインが。
どうやら自分達の存在に気づいて出動してきたらしい――。
“ヤバい、この状況では全滅は免れん、ここから離れるんだ!”
“おい、ゴーラ様はどうするんだっ!”
“今はとりあえず逃げんだ、奴らがいなくなってからいくらでも探せばいい!”
メカザウルス達は本土から海上へ離れるように去っていく。ラドラもやむを得ず一旦そこから去っていく。
彼もこのままだと自分までやられると気づき、今はただ機会を待つことに決めたのであった――。