――勝ったはずなのに僕の心の中に穴が空いている。
耐え難い現実なのになぜか悲しむ気にもなれない――そんな自分が気持ち悪い。
一体僕はどうしてしまったんだ。
あやふやな気持ちに翻弄されて時間は過ぎていくだけだ――。
……ステルヴァーチーム率いる米軍部隊は今作戦が終結して休む間もなく本国に戻っていった。
ちなみにニールセンは戦闘開始前に本国に戻っており、本当にゲッターロボを見にきただけであったようだ。
……ゲッターチーム、ステルヴァーチームは勝利の祝いとこれからの健闘、そして友情を誓っての意味を込めて握手する。
しかし彼らの表情は造り笑顔でかなり無理をしていた――しかしステルヴァーチームも彼らの心情を考えれば仕方がないと――三人も気を使う。
そして彼らはエンジン音が鳴り響く各ステルヴァー機に乗り込もうとした時、ジョナサンは振り向き右手を高らかに突き上げ、英語でこう叫んだ。
「……本国(アメリカ)で待ってるからなっ!!」
――エミリアから彼らが帰っていった後で訳してもらった。
「アメリカで待ってる」
それは僕らへのこれからの道標を示してくれているのか、それとも更なる地獄への招待か――。
……数日後。しばらくの休養を与えられた三人だったが、ほとんど無気力となっており部屋から外に出ることが少なくなっていた。
「リュウト……前に二人で言ってたよね、「恐竜と仲良く暮らせたらいいな」って――。
けど……アタシもうそれがわからなくなったよ」
竜斗はエミリアのことが心配で部屋へ訪れた時、彼女はイスに座りながらこちらも見ずに頭を押さえていた。
「エミリア……」
「アタシ……もう許さない……アイリやミキ、お父さん達、日本の人々をあんな惨いことをしたアイツらを……絶対に許さない、許すもんか!!」
彼女はデスクに怒りを拳に乗せて叩きつけ、そのまま崩れるように顔を伏せて静かに泣き出した――。
「ゴメン、悪いけど今は一人にさせて……っ」
……彼女の心は爬虫人類に対する憎しみで染まっており、もう『共存』という甘い理想はもはや消えかかっていた。
竜斗は静かに部屋を出るとちょうどそこに愛美と出会う。
「水樹……」
「…………」
――二人は一緒に通路をあてもなく歩いていく。
「……水樹は大丈夫?」
「まあめっちゃ泣いたし、現実を受け入れたからなんとかね――」
あれだけ慟哭していた愛美は、あれから落ち込んでいると思っていたが意外にもしっかり気を持ち毅然としていた。
「それよりもイシカワ自身はどうなのよ?」
「お、俺……?」
「アンタさ、友達や親を亡くしたのに全然泣いたりしてなくない?」
「うん……確かに悲しいのになぜか泣けないんだ。どうしようもないくらいに無気力だけど……なんだか素直に悲しめない俺自身がなんか気持ち悪い……」
――すると、
「石川はえらいね」
「えっ?」
「エミリアとマナはあの戦いの最中、結構取り乱して泣いたのにアンタだけは最後まで冷静だった――イシカワってそんなにココロ強かったっけ?」
「う……ん……なんでだろう、けどリーダーの俺が取り乱したらダメだと思ってたから……」
それを聞いた彼女はクスッと笑った。
「やっぱりアンタはリーダーに向いてるかもね。これからもちゃんとよろしくね、頼りにしてるから」
「水樹……」
――頼りにしている。前まで僕をいじめていたあの水樹からそう言われるなんて、嬉しいと素直に感じるし本人も変わったなと感心する。
だが本当に僕はチームリーダーとして向いているのか、リーダーとしてやっていけるのか……不安なこともある。
しかし、なったからには、と使命、責任感もちゃんとある。
……リーダーなんて面倒な役は昔の自分なら絶対に嫌だと拒否していたと思う。知らない間に自身が成長していた、ということだろうか――。
「あの子達、どうするんですかね……っ」
――司令室では休む暇もなく、平然と仕事用パソコンで今戦闘における報告書の作成をしている早乙女に対し、マリアは三人について心配で仕事が全く手につかない。
「どうするにも何も、ツラくても生きていかなくてはならないんだ。戦争が終わった後は三人については国が保障してくれるし、彼らには地元に友達がいる。心配ないよ。
今はそんなことよりも今戦闘の報告書の作成や機体の修理、失った水樹の新機体の開発設計……溜まった仕事を終わらせることが大事だ」
彼らの事よりも仕事優先で淡々と語る早乙女。だが、マリアは彼の『態度』に今回は我慢ならなくなっていた。
「……司令は本当に冷血そのものですね。あなたには思いやる気持ちなど微塵もないということですか……?」
瞬間、早乙女の手が止まりギロッとした睨みの視線が彼女に向けられる。
「マリア……」
「両親や友人を助けられなかったんですよ……彼らは今、どんな状態か分かりますか?
一見大丈夫そうに見えて、実際は無気力状態でこれから戦うこともままならなくなる可能性もあります」
「人間そんなにヤワじゃないし、現に彼らは今回の戦い、いや今まで色々あったがちゃんと乗り越えてきたじゃないか。
そんな彼らならこれからも心配ないさ、そうじゃなければそれ以前の戦闘でとっくの間に死んでる」
「そうやって毎回自分サイドで物事を決めつけないで下さい!」
自論、反論ばかりが飛び交い如何せん水掛け理論状態に陥る二人。
「こんなに感情的になるなんて、カウンセラーの君にしては心外だな。
では君は彼らに何をどうしてあげたいんだ?」
彼女は思い詰めた表情だった。その真剣そのものの眼で早乙女を見据える。
「私が……あの子達の母親になることだって出来ます」
「……気持ちだけ母親代わりということか?」
「いえ、正真正銘の母親……義母になるということです。あの子達を養子として取ることになりますが……」
「なに……?」
彼女がとんでもない発言をして彼は呆気をとられる。
「……マリア、バカなことを言うな。君らしくないぞ」
「私は本気です、日本国籍を取って帰化することも辞さない覚悟でいます。
彼らに今必要なのは心の拠り所なんです、でないと彼らはいずれ支えを失って崩れてしまいかねません」
「バカな……君は簡単に母親になると言うが、いきなり彼らに「母親になる」と言って、幼い子供ならともかくあの年頃の三人は君を義母として受け入れられると思うか?
そもそも君は子供を育てたことはあるのか?親については友人や知人に任せたほうが――」
「今までカウンセリングを行ってきた私が一番彼らを知っていますし、今は無理でも、これからは今まで以上に積極的に接して少しずつでも親交を深めていきます……もし叶うならこれからはどんな苦難があろうと神に誓って耐えて、乗り越えます。
いずれにしても、ここまで関わってしまった彼らを絶対に放っておきたくありません、救いたいんです!
こんな酷い運命に乗せられた彼らをいっぱい甘えさせてあげたい、心から慰めて抱いてあげたい――私の母性がそう叫んでいるんです!」
「………………」
全てをぶちまけて息切れしている彼女に彼はため息をついた。
「……マリア、私の非常識な面が少しうつったか?」
「おそらく……あなたのせいで私まで被害を受けてます、責任とってくれますか?」
「イヤだね」
――二人はクスッと笑った。
「マリア、いつからそんな考えが?」
「彼らと過ごすうちに……」
前に黒田も言っていた、彼女には母性があるとは言っていたがまさかここまで強いとは……彼自身も驚いていた。
「もしも拒絶されたらどうするんだ?」
「その時はどうしようもないことだと割り切ります、そもそもこんな考え自体が異端ですから」
「……確かに君は人の痛みが分かるし、何でも出来る才女だから手続きやそれからのことは特に心配はしていない。
だがもしも仮に義母になれたとしよう、そうなれば君は自分のこれから歩むはずだった人生を捨てることになるんだぞ。いいのか?」
「いいんです、私はもしそれが叶えば三人と共に喜びと楽しみ、怒り悲しみを背負いそして味わっていきます――それが私の出来る彼らへの最大の救済ですし、彼らが元気で生きていくことが私の最大の幸せです」
……竜斗の義母になるということはこれからは赤の他人でなくなり、三人の事情に全て関係を持つことになるためこれほど重いことはない。
正直、正気の沙汰とは思えないがそこまで覚悟を決めているなら彼はもう何も言えなかった。
「では私はもう君に何も言うまい。いけるところまでやってみるがいい」
「ありがとうございます。すいませんが外で少し頭の熱を冷ましてきます」
彼女は出て行くと……彼はイスにもたれかかりもう一度溜め息をつく。
(マリアがまさかあんなことを口走るとはな……)
彼はふとあの人物を思い出す
「聖母マリア」。
もしかしたら彼女の生まれ変わりなのかもしれない――もちろん冗談でそう思った。
(……冷血ね)
彼は最初に言われた指摘を思い出す。
普段ならこんな屁でもない、気にしない言葉なのだが今回は何故か頭に残っていたのだ――。
――その夜、ベルクラスの右甲板上端の手すりで一人黄昏ている竜斗の元に早乙女がやってくる。
彼は暗い顔を落としてただ先の見える無機質な金属で出来た空間をずっと見続けていた。
「司令……」
彼は隣に行き、背を手すりへもたれ、疲れからかのんきに欠伸をかく。
「気分はどうだ?」
「……それがよく分からないんです。
両親がもういないのが全然現実的じゃなくて……正直受け入れようとしているんですが……」
「そういえば君は全く泣かなかったな、キツくないのか?」
「なんか……もうワケがわかりません。確かにすごく悲しい、けど泣けないんです……リーダーの僕が泣いたらダメだとずっと思っていたら――なんか泣けなくなっていました……」
「そうか。確かにエラいにはエラいが、正直心の中ははちきれそうでたまらないだろう」
「…………」
……すると早乙女は竜斗の方へ向き、こう言った。
「……胸貸してやろうか?」
「え……?」
「今私達以外ここには誰もいないし、もし泣きたい気持ちがあるなら私の胸を貸してやる。男ですまんがな」
「………………」
彼は一時悩むも、考えた末頷く。
「……胸、貸して下さい――」
……竜斗はメガネを外して早乙女のそばに詰め寄り、彼の胸におでこをつけるが全然涙が込みあがってこない――すると。
「辛かっただろ竜斗……」
早乙女は右手で竜斗の頭を優しく撫でてやる。早乙女からは信じられない行動だが、その頭を撫でられる感触は……自分の父親のようにも思えてくるのだった。すると、彼の知らず知らずの内に大粒の涙が込みあがっており、すぐにポタポタと床に落ちていく――。
(と、父さん……母さん……っっ)
彼が嗚咽し出すのはすぐであった。今まで溜まりに溜まった悲しみが決壊して溢れかえり、全く止まらない――だが、それも無くなっていき心が軽くなっていく――。
早乙女の黒色スーツに彼の涙がいっぱいつき、吸っていくも彼は嫌がらず竜斗に思う存分泣かせるのであった――。
――いっぱい泣いた竜斗は、泣きはらした顔だが笑顔を取り戻す。
「司令……ありがとうございます。あとスーツを汚してしまってどうもすいません」
「別にいいよ、安物だし。それに――」
「それに?」
「このスーツ、最近洗ってなかったからクリーニング出すとこだったし――」
――そう言えばなんか臭かったような気がする……それを聞いた竜斗は一気に興ざめした。
「ハハハ、すまんなっ!」
全く反省すらしていない早乙女だが、竜斗は「まあ司令らしい」と納得、安心した。
「なあ竜斗、君達はもしこの戦争が終わったらどうする?」
「……どうする……とは?」
「誰か君達を引き取ってくれる人はいるのか、ということだ。
君達は戦争が終われば国から生活を保障されるが、もし誰か親戚など引き取り主がいるのならそれを選んでもかまわない――」
「………………」
そう言えば彼はそれを考えたことなどなかった。
親戚……自分の親と親戚の仲は、結構摩擦が起こっていて良いとは言えないし、エミリアは親戚の元へ行くなら日本を離れることになるが、彼女の性格なら絶対に日本に残ると言い張るだろう――愛美は……どうするんだろうか?
ともかく、まだそれについては全く決まってないのは確かである。
「……君の悩みようを見ると決まってないようだな」
「はい……っ」
「そうか分かった、それを聞きたかったんだ」
早乙女はそれを聞いて、まるで嬉しがるように口笛を軽く吹きながら竜斗から去っていった――。
「…………?」
彼はそんな早乙女に不思議がって頭を傾げるのであった。