……僕は、夢を見た。それは不可思議な夢であった。
紅蓮の炎に染まる自分の町中で恐竜達に追い回される夢である。
僕は必死に逃げた。誰かに助けを求めた。だが、誰も助けてくれないどころか人一人も見当たらない。まるで自分だけが生き残ったかのようだ。
泣きそうになる。このまま踏みつぶされてしまうか、もしくは喰い殺されてしまうのか、自分の最期のシーンが鮮明に思い浮かばれる。
だがその時、何かによって恐竜は横に吹き飛ばされた。僕は振り返り見ると、そこにはな赤鬼の姿をした正義の巨人が立っていた。
……僕は口を大きく開けたまま立ち止まった。徐々にそれが興奮として胸の鼓動が高まった。
……これなら、やれる。僕の平和な日常を破壊したあの恐竜達に……復讐できる、と――。
「……あれっ?」
竜斗は目覚めた。真っ暗で何も見えないが、ここは自分の部屋ではない。
それは自分のいつも寝るベッドの感触と、匂いですぐ分かる。
体を起こしてベッドから立とうとした時、突然扉が開くと同時に部屋の照明がパッとつく。
「リュウト、やっと起きた?」
「エミリア?」
扉に立っていたのは彼女だった。どうやら自分を起こしにきたらしい。
「ここは……どこ?」
「覚えてないの?ここはサオトメさんの造った空飛ぶ戦艦『ベルクラス』よ」
……彼は徐々に思い出していく。そう言えばあの戦闘の後、そのまま自分が操縦したゲッターロボをこの艦に搬入して、借りた部屋で泥のように寝てしまったことを。寝癖だらけの頭を掻いて、大きくあくびをする。
「外で待ってるから早く身支度しなさい。今からサオトメさんが話があるから来いって」
「早乙女さんが……で、ところで身体大丈夫だったのあの人!?」
「治療を受けて今はピンピンしてるわ、あの人」
「…………」
彼はすぐに部屋に都合よくあったシャワールームで髪を洗い、乾かす。
なぜか着ていたはずの私服が見当たらないので、部屋内のクローゼットを見ると誰の物か分からない男性用の私服を見つけ、とりあえずそれに着替える。エミリアも今まで見たことのない服を着ていたのだから自分と同じくそうしたのだろう。
そして部屋から出ると、エミリアが笑顔で出迎えた。
「じゃあ、行こっか」
二人は艦内の通路を歩いていく。床にはほぼホコリなどがなく、ギラッと金属光りのする壁、そして特有の青臭い匂いから、この艦は新品であることを表している。
「……俺達の町はどうなったのかな……?」
「サオトメさんが言うには壊滅状態だって……アタシ達の家も破壊されてもうないかも……」
「父さん達は……」
「探したけど、ここに非難した人々の中にはいなかったわ。それに、ワタシのお父さんもお母さんも……っ」
「ウソだろ……まさか……」
深刻そうな表情の二人。それはそうだ、自分の両親の安否が不明だなんて……最悪の場合も十分に考えられる。
今はともかくあの男、早乙女に会って色々聞くべきだと考えて彼のいる場所へ、彼女に連れられて向かう。
それにしても彼女、エミリアはよくここの位置や通路を把握していると彼は思った。
おそらく自分より早く起きて、艦内を歩き回ったに違いない。
「なあエミリア」
「ん?どうしたのリュウト?」
「俺、あのゲッターロボっていうSMBを操縦したんだよな……」
「うん。あんなロボットを造ったサオトメさんもスゴいけど、あれを難なく乗りこなしたリュウトもものすごくカッコ良かったよ、ハートがキュンときちゃった」
「……それはどうも」
あの時緊張していて、どうやって操縦して、行動して、攻撃したかは全く覚えていない。
だが、感触はあった。ゲッターロボの操縦レバーを握ったあの感触が今でもリアルに残っているほどだった。
彼はずっと手のひらを見つめながらしきりに握り開いたりしていた。
「……リュウト?」
「いや、なんでもないよ」
……そして彼女に連れられて向かった先は艦橋(ブリッジ)と呼ばれる場所。
自動ドアで中に入ると、沢山の最新式管制コンピューターに囲まれた広い指揮所。窓から見える景色は大空が見える。どうやら飛行中のようだ。その中央に早乙女とその横に、白衣を着込んだ謎の女性がこちらを向いて立っていた。二人は彼らの元へ向かい、対面する。
「やあ竜斗、やっと起きたか。気分はどうだ?」
「……まあそこそこです。早乙女さん……あの……」
「質問はあとだ。まず紹介しよう。私の助手であるマリアだ」
彼は横の女性を注目させる。ポニーテールの金髪、長身でスリムな体型をした何とも知的な雰囲気を漂わせる麗人である。
だがその顔から分かるのは、エミリアと同じく日本人ではないことだ。
「私はマリア=C=フェニクスと言います。あなた達のことは早乙女司令から話を聞いているわ、よろしくお願いします」
エミリアと同じく日本語が流暢、アクセントも完璧であると。おそらく並みの日本人よりも綺麗な発音をしていると思う。
「彼女はイギリス人なんだが日本語についてはエミリアと同じく堪能だから安心してくれ。
それにエミリア、もし君が英会話などもしたかったらマリアはもちろん対応できるから安心してくれ。
彼女はそんじょそこらの人間よりも優秀な人物だ」
彼のどこか冷たい言い方に引っかかる。
「まあ、とりあえず私も自己紹介しておくか。
私は早乙女。下の名を呼ばないのに引っかかるかもしれないが気にしないでくれ。
私の身分や詳細も国家機密なんでね。
表上の身分は日本防衛省、自衛隊所属で階級は一佐だ。
そしてあの時話した通りゲッターロボとこのベルクラスの開発主任及び艦長を務めている男だ」
……二人にとって何を言っているのかちんぷんかんぷんだ。ただ分かることは、彼は自衛隊側の人間であることだ。
「……さてと、私の話はそれくらいにして、質疑応答タイムといこうか。
君が聞きたいことがたくさんあるだろうし、なあ竜斗」
相づちをうつ竜斗は一呼吸置いて、こう聞いた。
「僕らの町は……」
「壊滅状態だ。メカザウルス共が暴れまわったおかげであれではしばらく人は住めないね」
「メカザウルス……?」
「あの恐竜共のことだ。我々は暗号名でそう呼称する」
機械化された恐竜。まさにそのままの、分かりやすい名称である。
「エミリアから助かった人々はここに避難したと聞きましたが、どこに……」
ここに来る途中で避難してきた人はおろか誰一人とも会ってはいない。
「避難民はすでに自衛隊の管理下に任せて降ろした。だからこの艦内にはもういない」
「え……っ、ならなぜ僕達がここに残ってるんですか?」
すると早乙女は何か物言いたそうな目をして彼を見る。
「そのことなんだが竜斗。君に折り入って頼みがある」
「え?頼み……とは」
「単刀直入に言おう。ゲッターロボの専属パイロットになれ」
――突然の不可解な頼みに最初は理解できなかった。この人の存在自体すら否定しようとしたほどだ。僕は混乱した――
当然の如く、竜斗達の目が点になり呆れかえった。
『何を言い出すんだこの人は』と、二人の考えがシンクロした。
「サオトメさん……アナタは本気で言ってるんですか?」
「ああ、本気だよ。それ以外になにがある?」
最初に口出したのはエミリアだった。
「なんでリュウトなんですか!バカなことを言わないで下さい!」
「私は常識というものは大嫌いでね。それにエミリア、私は君に言っているのではない、竜斗に言っているんだ。口出さないでもらいたい」
エミリアは苦虫を噛み潰したような表情を取る。
「……僕は、あんなのに乗る気は全然ありません。僕らも安全な場所に降ろしてください……」
断固拒否する竜斗。当たり前である。
なんで平凡な生活をしてきた高校生の自分が突然、あんな軍事兵器に乗らないといけないのか、言われないといけないのか。
「高待遇で迎えよう。私の権限を使って君に自衛官として階級を与えることもできるし給料も当たる。
艦内を自由に使用するといい、自室も与える。
困ったことがあればマリアに聞いてくれ。彼女はカウンセリングもできるから悩み相談にも対応できる。
それにエミリア、竜斗と一緒にいたいなら君も同じ扱いだ。君らは凄く仲が良さそうだから、気持ちは軽くなるハズだ――」
竜斗の訴えをことごとく無視する早乙女。次第に苛立ちを募らせていく彼は……。
「……嘘つきじゃないですか。あの時ゲッターの操縦は今だけでいいと言ったじゃないですか……なのに……っ!」
「ああっ、始めはそのつもりだったよ。君がゲッターロボを上手く操れると知るまでは」
「……」
「あんな状況下で、しかも簡単な口述指導をしただけでメカザウルスを二機撃破するとは恐れいったよ。
君にはパイロットとしての素質は凄まじいものがある。私は決めたね、君以外に考えられないと」
「な、なんで自衛官の人を乗せようしないんですか!その方が僕なんかより確実じゃないですか、正規のパイロットがいるんじゃ――」
「いや、まだ決めてなかったんだ。造るのに時間をかけ過ぎたこともあったが、何よりゲッター線という謎のエネルギーを使用したこのSMBを皆気味悪がってな、誰も乗ろうとしないんだ。ナンセンスなヤツらだよ全く――」
「……だからそんな代物をいきなり扱えた僕に、これからあの恐竜達と戦えというんですか……死ぬかもしれないんですよ!
それに、この戦艦は凄く強いじゃないですか、ならなんでこれで戦わないんですか?」
「いっておくがベルクラスは戦闘艦ではない、あくまで『ゲッターロボの運用、支援目的』で開発したものだ。
それにいくら武装しようと小回りが利かなければ要所要所では役に立たない。ベルクラスではなく、ゲッターロボが戦闘の主体となる。
我々も全力でサポートするし、君もパイロットとして経験を積めば生き残れる可能性はぐっと高くなる」
「…………だけど、ただの高校生の自分が軍用機に乗り込んで戦うなんて……非現実的です……」
すると早乙女はフゥと息を吐き、背を向けた。
「石川竜斗。十七歳、〇〇高校二年生。だが学校は恐竜帝国の侵略で無期学校閉鎖中――」
「なっ……」
二人は唖然となった。この男、自分の詳細をペラペラと話出したのである。
「学校成績は中間より少し上。部活動は帰宅部で学校では地味で目立たないらしいな。
読書、ゲーム、パソコンについて詳しいらしく運動は得意じゃない……今流行りの草食系男子か。
あと、とある女子生徒からイジメを受けていたみたいだね」
「…………っ!」
「なんで……っ」
竜斗の顔が引きつり、エミリアは思わず口に手を押さえた。
「そしてエミリア、君は同じ高校に通いその度によく彼を助けようと仲介に入っていたらしいな。
そしていつもの如くその女子生徒と殴り合いの喧嘩ばかりしていたとあるね、君は竜斗と違ってなかなかの行動派だ」
「な、なんでそこまで……っ」
「竜斗、私は思うんだ。君には世界を救う才能があると。
だがその気弱な性格がその才能を殺すのだ。
まったくこの日本には、『草食系男子』などという柔い男が増えたものだ」
「…………!」
彼の発言に神経が逆なでされた竜斗だが、ブチキレるという一線を越えることはなかった。
理不尽なことを言われても結局、そういう感情を抑え込んでしまう彼もある意味悪いのかもしれない。
「そうそう、なぜ私が君達について知っているか?
理由はとある人物から情報を提供してもらったんだよ。
誰かは秘密だがこの艦内にいるのですぐに分かるだろう、ククク」
不敵に笑う早乙女。一体何を考えているか全く予想つかない。
「……とにかく僕は、ゲッターロボのパイロットになる気はこれっぽっちもないですからっ!」
「リュウトっ!」
彼は不機嫌そうな表情をしてこの場から出て行く。エミリアも彼を追っていった。
その後マリアは彼の方をじっと見る。それも軽蔑するような冷たい目で。
「あなたって人は最低ですね。
出会ったばかりの男の子にゲッターパイロットを強要させるなんて……」
「最低……ね。それでも構わん。
人類存亡がかかっているんだ、目的のためには、良心などとっくの前に捨ててるよ」
「…………」
そう平然と言い切る彼であった。
「それに思うんだ。彼はどうあがこうとゲッターロボに乗ることになるとな」
「……それは司令お得意の勘ですか?」
「ああ、昔からよく当たるんだよこれが」
……そして竜斗達は、通路をただ歩いていた。どこに行くかも分からないまま。
「なんて自分勝手な人かしらまったく、リュウトの気持ちを考えなさいよもう……」
プンプンするエミリアに不安からか俯く竜斗。そんな彼を見てエミリアは優しく励ます。
「リュウト大丈夫よ、あんな人の言いなりになっちゃダメ。
サオトメさんより横にいたマリアさんって人に相談すれば、きっとここから降ろしてもらえるわよ」
「…………」
「もしリュウトに何かあったらアタシは絶対に許さない。たとえサオトメさんであっても真っ向から立ち向かってみせるんだからっ!」
彼女の竜斗に対する接し方はまるで友達以上だ。まるで彼のことを分かっているみたいだ。
この二人の場合は小学校前からの付き合いだからかもしれないが……。
「……それにしても、アタシ達のことを教えた人って誰かしら?ここにいるって聞いたけど……」
その疑問を持ちながら、ブラブラ歩いていた。
その時、前の通路から誰かが歩いてくる。二人はよく見ると……。
「げえっ、ミズキっっ!?」
なんと、街で両親を探していたハズの同級生、愛美がそこにいたのであった。
「……なによ、マナをまるで汚物みたいな言い方して」
「な、なんで水樹がここに……っ」
竜斗は怯えていた。それもそのハズ、学校で彼をイジメていたという女子生徒というのが、何を隠そう彼女だからである。
「どうだっていいでしょう……今はマナは傷心中なんだから……」
「えっ……なにがあったの?」
「アンタ達には関係ないでしょ、どっかいけ!」
「なによ、人が親切にしようとしてんのに。本当は聞いてほしくてたまんないんじゃないの?」
「相変わらずムカつくヤツね、この外人女!!」
「なんですってエっっ!!もういっぺん言ってみなさいよオ!!」
……一方、その頃早乙女とマリアはこんなことを話していた。
「今、竜斗達が彼女と出くわしたらどうなると思う?」
「……高確率で大喧嘩になると思います」
「私はあえて無視するにしよう。百円賭けないか?」
「……イヤです」
その予想結果は……。
「オラアふざけんじゃねえよ、このケバすぎファ〇クオンナァァァっ!!」
「ブス外人のくせに生意気なクチゆうんじゃねえクソオンナァァァっっ!!」
「ひいいいいいいっっ、だれか止めてくれーーーーっっ!!」
……マリアの予想が的中していた。
二話終わりです。