数日後。この戦時中なこともあり、駐屯地内における黒田の葬式は行われなかったものの、ゲッターチームや同僚達による小さな弔いは行われ、さらに彼の家族を呼び、遺品の引き取りをしてもらった。
そして一人の泣きはらした社会人女性が家族と共に立ち会っていた。
彼女は黒田の婚約者であり、気の毒すぎて誰も彼女に慰めの言葉などかけてやることは出来なかった。
竜斗も彼女を見かけただけだが、見るだけで物凄く虚しくなった、悲しみよりも。
戦争している以上は死ぬ確率が高くなるのは当たり前である。
それは外ればかりのくじ引きのようなモノで、黒田は……ただ外れを引いただけである――。
――ゲッターロボ専用のドックにて、早乙女はとあるメカを見上げていた。
「…………」
彼が見ていたのはゲッターロボではなく、前にも見ていた戦闘機のようなメカが三機。
早乙女曰く『ゲッター計画の完成系』というものらしいが。
彼はあの時のことを思い出していた――。
苦心して試作開発したゲッター炉心の出力テストをしていた時、それは起きた。エミリアの起こしたゲッター炉心の過剰出力、そして制御不能である。
遠隔操作による停止を受け付けず、炉心間近に移動して手動で止めようとしたがそれを阻止できずに爆発、早乙女は吹き飛ばされて、命に別状はなかったものの身体中が見るも痛々しいほどの大怪我を負ってしまったのである――。
「早乙女司令、ここにいたんですか」
そこにマリアが彼の元にやってくる――。
「なあマリア」
「どうしました?」
「私達は……もしかしたらとんでもないものに手を出したのかもしれんな」
「……ゲッター線ですか」
「……無害で微量で膨大な出力を生み出し、さらに爬虫類に有効なゲッター線は我々人類にとって恐竜帝国に対する絶対的な切り札と今でも思っているし、現状はこれに頼るしかないのも事実だ。
だが私やエミリアが起こした事故、未遂もそうだがそれ以前にもゲッター線の出力が勝手に上昇することが度々あった。
まるでゲッター線そのものに意思があるかのようにな」
「……まさか生きているとでも?」
「さあ。とにかくこれに関しては不可解なことだらけだ。
まあ私にすればさらに興味がそそられるがな。ところで竜斗達は?」
「三人とも訓練できるような状態ではないので休養させてます。疲れとなにより黒田一尉の件によるショックが大きいようで……特にマナミちゃんはそれで寝込んでいるようです」
「……そうか。しょうがないことか」
「……やはり私がふがいないばかりに……」
「黒田は元々覚悟の上で戦闘していた。君のせいでもなければ水樹でも誰のせいでもない。これは運命だったのさ」
淡々と返事を返す彼に対しマリアは、
「一尉が戦死したというのに司令は本当に冷静ですね、私も見習いたいものです……」
彼女の言葉には皮肉のようなものが混じっていた。しかし、
「私も黒田が死んだ時はさすがに動揺した。だからとてそれでどうなる?
『黒田が死んだ、悲しい』とメソメソしていれば彼は喜ぶと、それとも生き返るとでも言うのか?」
「い、いえ……そういうわけでは……」
「黒田の遺志を継いで一日でも早く人類の平和を取り戻すことが彼、いや今まで死んでいった者達に対する一番の供養だと私は思うがね」
「………………」
「……そうだ。明日、三人を司令室に集めてくれないか?水樹も頑張って来てもらおう」
……彼はそう言った。
次の日の午前中。三人は司令室に呼び出された。しかし三人の表情は暗い。
そんな三人を見て、早乙女は一呼吸置いてこう告げる。
「君達、一度地元へ帰るか?」
「えっ……」
「もうそろそろいいかと思ってな。友達や両親に会いたいと思うだろう」
三人はそのことなどすっかり忘れていた。
「今週の日曜日にしようかなと思うがいいか?」
三人は向き合いコクッと頷く。
「……はい。お願いします」
「竜斗、親とは連絡取れたか?ずいぶん前に許可をとったハズだが」
「……それが向こうに繋がらなくて……」
「そうか。もしかしたら向こうへの通信ネットワークが遮断されて使えないのかもしれんな。
あと、今からそのことについて重要な話になる、ちゃんと聞いておけ」
早乙女は真剣な顔をして三人を見つめる。彼からは並々ならぬ雰囲気を感じさせた。
「地元へ帰ってから三日後の夜の八時まで時間をやる。
だが君達は戻りたくなければそのまま戻ってこなくてもいい」
「え…………それはどういうことですか?」
「こちらへ戻りたくなければそのまま地元に残り家族と暮らすのもよし、だがゲッターロボのパイロットを続けるのもよし。強制はしない――」
三人はその言葉に衝撃を受けた。これから先ゲッターロボに乗り続けるかそれとも降りるか、選択肢を突きつけてきたのだった。
「集合場所は君達を降ろした場所にしよう、私はそこで待っている。
戻らなかった場合もゲッターパイロットの補充や退職手続きは私達がなんとかしておく。心配しないでほしい。行く日まで考えておいてくれ。
だが思い詰めず気を楽にして、自分の正直な気持ちに従ってほしい」
「早乙女司令……」
「以上だが最後にこれだけは言っておく。
黒田に関しては、君達は未だに信じられないと思うが彼もすでに覚悟は出来ていた。
戦場では常に全員が無事に戻れるという保証はまず有り得ない。
これから先、君達はまだゲッターロボに乗りたいなら、そういう場面をイヤほど見ることになるし、下手をすれば君達自身がそうなる。
もし君達がこちらへ戻ってきたい意思があるのなら、全てを捨てる覚悟で戻ってこい。
中途半端な気持ちで戻ってこられては君達にも、そして私達にも迷惑だ」
「…………」
「酷いと思うが、それが現実だ――」
……三人は司令室から出て行った後、早乙女は中央のソファーに座り一息つく。
「すまないがコーヒーを頼む」
「はい、ただいま」
……彼女が入れてきたコーヒーのマグカップをもらい、少しすする。
彼女も対面する形でソファーに座る。
「司令、なぜ今になってあの子達にあんなことを……?」
「……私の中にある小さい良心なのかもな。
どのみち、この先はさらに失うモノが沢山出てくるのは確実だ。
前の戦闘のようにいちいちうろたえて、それを受け入れる覚悟がなければやっていけんからな」
「……あの子達は戻ってくると思いますか?」
「さあな。戻ってこなくても、それも運命だったってことだ――」
……そして竜斗達は相変わらず暗い表情で通路を歩いていた。
途中、愛美はヒクヒク泣き出してしまう。
「水樹……っ」
あの愛美が本当に悲しんでいる。二人はそんな彼女を見て、胸が締めつけられた思いをする。
「……ミズキのせいじゃないわよ。だからそんな悲しい顔しないで……」
エミリアが慰めようと優しく頭を撫でるが、愛美はそれを振りほどき走り去っていった――。
「……今はそっとしておこうよ」
「けど……っ、ミズキがあんなに悲しんでいる姿なんて見たことないから余計に可哀相になって……っ」
「……仕方ないよ。まさか黒田一尉が戦死だなんて俺でも思わなかったし今でも全然信じられないんだよ。
ましてや水樹は目の当たりにしたんだから……」
「……」
二人は落ち込んだまま並んで歩き出す――。
「……ねえ、リュウトはどうする?サオトメ司令の言ってたアレ……」
「アレねえ……」
……正直、早乙女の口からあんなことを言ってくるのは予想すらしてなかったことだ。
このままゲッターロボから降りて、友達や家族のいる地元に戻れるのは恐らくは戦争が終わるまではこれっきりになるだろう。
それに全てを捨てる覚悟という意味はつまり、『いつでも死んでもいいという極限の覚悟』という意味である。
海上戦争で割り切れずに散々狼狽えていたことを考えると、本当にそんな覚悟を持てるか凄く不安であった。
だが彼の心の中にはその考えを邪魔する思いがあった。
黒田の対する悲しみ、そして無念を晴らしたい気持ち、なにより前に決心した世界を救う、そのために強くなりたい思い、それらがぶつかり合って――彼の頭の中が破裂しそうであった――。
「……そういうエミリアこそどうするんだよ?」
「ワタシ?ええっと………………っ」
……当然、彼女も言えずに迷っていた。結局、答えが出ないまま当日を迎え、午前中から着替え、荷物の支度をしてから早乙女の自家用車で向かう。
その道中、三人は無言であった。
普通であれば帰ったらどうするとかの何気ない会話が少しは出てきそうな気がするが、それが全くなくはっきり言って雰囲気が無機質のようである。
早乙女も運転の途中で何度も三人をチラ見する。盛り上げる雰囲気でもないし、何より乗らないだろうと彼も無言のまま運転していった。
「よし、着いたぞ」
郊外の広い場所に車を止めて、全員車から降り立ち、外の空気をいっぱい吸い込む。
メカザウルスの蹂躙によって、前のような街らしさは見る影もないが、それ以外は確かに見慣れた光景が三人の目に入る。地元に帰ってきたのだと再認識する。
「では三日後の夜八時に私はここで待っている。本当に戻ってくる覚悟があるならそれまでにここへ集合だ、いいな?」
竜斗とエミリアは頷くが、愛美は無反応だ……。
「……よし。では行ってきなさい」
……早乙女と別れて三人は足を踏み出し、今は街の人々、そして家族の所在地について探し始めた。