マシーン・ランドより約一万メートル直下の地底。
専用エレベーターのみで行ける、爬虫人類の王族とごく限られた者にしか行けない不可侵区域、あるいは聖地と呼ばれる場所。
広大な空間と奥には祭壇のような妖しげな設備と巨大な神像が奉られており、そこにゴールがただ一人、像へ向けて黙祷している。
「ゴール様っ」
側近が駆けつけるが彼は振り向かず、その神像を見続けている。
「どうした?」
「第十三海竜中隊の者が報告することがあるので至急にとのこと」
「わかった、だが少し待ってくれ。祈祷がまだ終わっておらんのだ……」
待つ間、側近もその像を見上げる。
「『ユイラ』に登場する全神『ゼオ=ランディーグ』……天地、生物、そして我々爬虫人類を創造し、我々に力と知性を与えたと言われる我々爬虫人類の信仰の対象……いつ見ても神々しい……」
爬虫類とも霊長類とも違う変わった、地球には存在しない、まるで宇宙人……エイリアンとも言える姿をした像である。
「――よし、行こう」
祈祷を終えたゴール達は自分の玉座へ戻っていった――。
一方、王族区域の書物庫でゴーラは『シュオノ神話』と呼ばれる書物を黙読していた。
(……太古、主神が天地を造り、様々な物質、生命、動物、我々爬虫人類の始祖である二人の男女、力のロイフと知性のギュルネイを創造した。二人は神が造り上げた地上の楽園で、感謝しながら長い間幸せに暮らすもある日、偶然楽園を訪れた悪しき猿が二人をそそのかし――神の怒りに触れ、楽園から追放された――)
『シュオノペメル』
爬虫人類が信仰する一大宗教で聖典は『ユイラ』。
教義は『神の啓示を受け、契約そして十戒を授かった爬虫人類こそが万物の頂点にあるもの』とし、細部は異なるが現在の地上人類の様々な宗教と酷似した部分を沢山併せ持つ。
王族で現帝王であるゴールが法王の役割も果たしている。
彼女の読んでいる書物はユイラに書かれた神話を読みやすくしたものである。
(ロイフとギュルネイは永遠の命を奪われて――そしてそれからは霊長類とは互いに相容れない存在となった。……昔、お父様がよくこの本を読んでくれたけど……)
……今、彼女なりに何とか戦争をやめさせる解決策を模索中であったのが未だにいい方法がなかった。
(お父様には話を取り合ってもらえずラドラ様はまだ投獄中……私一人が皆に訴えても意味はない……ラドラ様の言っていた例の地上人類の人に会えれば……)
一ヶ月前、ラドラから聞かされた地上人類……すなわち竜斗の話を聞いて『会って共存について、戦争を止める解決策について話したい』という思いはずっと募るばかり……だがどうしようもできずモヤモヤして大きなため息をつく。
「ゴーラ様、よかったらこれをどうぞ」
「ありがとう」
そんな時、専属の女性召使いであるアリムが飲み物の入ったコップを差し出した。彼女はコップの水をすすり飲む。
「ねえアリムさん、私達爬虫人類と地上人類がどうにか争わずに済むいい方法はないかしら……?」
アリムはまたかと呆れた顔をした。
「もう……あなた様はいつもそのような話ばかりですね。
私達と霊長類が合わないのは太古の昔からですよ、それはどうしようもないことなのです。
ゴーラ様の今お読みになっている書物の通り、私達の祖は地上人類の祖である猿にそそのかされてしまったために、神様に怒りを触れられたのですよ」
「あなたはこんな書物に書かれていることを信じるのですか!
こういうのは作者の都合で大幅な脚色が入っているのがほとんどではありませんか!
そもそもこの話が真実かどうかも分からないのに!」
「ゴーラ様、どうか落ち着いてください!」
「落ち着いていられますか!こうしている間に地上では多くの爬虫人類や地上人類が傷つき、死んでいるのですよ!」
だが手を滑らせてコップを床に落とし、割れてしまい、そして水をこぼしてしまった。
「ああ、ごめんなさい……っ」
ゴーラは申し訳なさそうに割れたコップのかけらを拾い、アリムも急いで手伝う。
「ゴーラ様は本当に変わったお方です。
お父上のゴール様がお耳になされたらさぞかし悲しむでしょうに……」
「……」
「ゴーラ様はそうおっしゃっても何も咎められませんが、私どもが言おうものならそれこそ非国民扱いされ、最悪国家反逆罪で私はおろか、家族や関係する者共々根絶やしにされますよ」
……恐らくは自分と同じ考えの人間は少なからずともいると思う、だがアリムの言うとおり、その先にある最悪の末路を考えると恐怖が絡んで言えないのであろう――。
「とにかく、お願いですからそんなことは二度と口に出さないで下さい。
さもなければ、いずれあなたにまで罰が下るかもしれませんよ」
忠告する彼女はコップの破片を持って去っていく。
ゴーラは何とも言えぬ複雑な顔をしていた――その時、玉座の間からゴールの巨大な怒号がこちらにまで聞こえ、彼女は怯んだ。
「お、お父様……っ」
玉座の間では、逃げ帰ってきたアウネラの部下達が怒りに怒るゴールにひれ伏せている。
「それで貴様らはアウネラを見捨てておめおめと逃げ帰ってきたというのか!!」
「滅相もございません!私達も本当はアウネラ様と共に……」
「ええい、言い訳なぞ聞きたくないわ!!
側近、何をしている。直ちにこいつらを囚人牢へ連れていけ。
近い内に処刑台に立たせてくれる!」
側近達を呼び寄せ、彼らを強引に連行していく。ちょうどその時、ゴーラがここに駆けつけてきた。
「お父様、どうされましたか!?」
「……ゴーラか」
「あ、あの人達は一体……」
「ゴーラ、お前には関係のないことだ。下がってくれ」
「しかし……っ」
「下がれと言っているのがわからんのかあ!!」
彼女はムッとなり、思い切ってこう言い出した。
「最近のお父様はおかしい!
地上へ上がってきてからいつも機嫌が悪くて怒ってばかり、私や皆の話などちっとも聞いてくれない!
昔のように優しかったお父様は一体どこに行ってしまったのですか!」
「…………」
「わたしは今のお父様が怖くて近寄りづらいんです……お願いだから昔の優しいお父様に戻ってください……っ」
本音をぶちまけ泣き出す彼女を見て、ゴールも気持ちが冷めて玉座へドサッと座り込む。
「怒鳴って悪かったゴーラ。すまないが今は一人にさせてくれ……」
ゴーラはしくしく泣きながらこの場を後にし、ひとりになった彼は頭を押さえて深いため息を吐いた――。
……そして連行されたアウネラの部下全員は囚人牢にぶち込まれる。
そしてこの牢の隅に先客がいることにすぐ気づく。
「……もしかしてキャプテン・ラドラ様では?」
彼は隅で静かに座っていた。しかし手錠や足枷はされていない。
「……あなた達は確かアウネラ様の……どうしてここに?」
……彼らはその理由を話すとラドラは静かに目を瞑り黙祷する。
「……そうか。アウネラ様だけでなくアウロ殿も。惜しい人を亡くしたものだ」
「爬虫人類として誇らしい見事な最期でした……それにしてもラドラ様は……?」
「私はあれからずっと投獄されたままだ。処遇がまだ決まってないらしくてな。
一応手、足枷は外されたが一体どうなるのやら。
身体がなまっていて、且つ外の情報が全くわからないのが辛い。
よかったら答えられる範囲で教えてくれないか」
ラドラに知る限りの情報を伝える。その中にはニオンという地竜族が彼の代わりに第十二恐竜中隊司令官に着任したことも。
「……日本地区も大変だな。やはりゲッター線の力は我々にとって危険だな……」
「ゴール様の怒りに触れてしまい……やはりアウネラ様と運命を共にすればよかった……っ」
落ち込む部下達にラドラは、
「そう言うな。アウネラ様は自ら命を捨ててあなた達部下を優先で助けたんだ。それを無駄にしてはいけない」
「しかし……私達はいずれ近い内に処刑される、それでは助かった意味が……」
「いや、私の方が大失態を犯したのにあれから一ヶ月以上も保留されているのだ。
あなた達の方がまだ助かるチャンスはある、希望を持て」
「…………」
……ラドラはひと息ついて彼らにこう質問した。
「私達は……一体何をやってるんだろうな」
「何を、とは?」
「私達は地上人類から地球を奪い返すために戦っている。
だが地上人類も負けじと当然に抵抗し、結果どちらかが滅びるまでの生存競争を繰り広げている……本当にそれが正しいのか?」
「ラドラ様、何を言われるのです。地上人類は我らが天敵ゲッター線に恩恵を受けた種族なのですよ、悪なのは奴らではありませんか。あなたは地上人類の味方をするつもりなのですか?」
「……私も爬虫人類としての誇りはもちろんある。しかし、地上人類はただゲッター線で進化しただけで我々に対して何か罪を犯したのか、危害を加えてきたのか?」
「そ、それは……っ」
「……私が言いたいのは、地上人類と協力する選択肢があってもいいような気がするのだ。
彼らの文明は凄まじいものがある。
彼らと共に協力すればゲッター線、いや地球にもし危機があった時も乗り越えられる可能性があるなどの利点がある。その可能性を潰してまでの我々の勝利とは……」
「それは……我々にそう申されても……」
「まあ所詮、私の理想ばかりのきれい事に過ぎんがな、種族間に色々な問題が出てくるだろうし。
第一それを今のゴール様に言ったところで話を聞いてもらえないどころか、最悪裏切り者か狂人扱いされるのがオチだ」
……彼らは返答に困るものの、中の一人がこう言い出した。
「なあ、最近のゴール様はやけに機嫌悪くないか?」
その質問に全員が相槌を打つ。
「……実は私もそう思っていた。マントル層から上がって来てからあの方は変わった。
それまでは我々兵士や民をいつも気遣う正に名君と言っても過言ではなかったのに今や暴君になりつつある……」
「そして地上制圧を急いでいるようにも見える。
我々の優れた科学力と軍事力なら、焦らず慎重にいけば制圧はより確実なのだがな――」
「それは我々に冬眠期が近づいているからだろう」
ラドラは彼らの疑問に間を入れずに答えた。
「我々は一定の周期に入ると長い冬眠期に入る。
爬虫類と同じだが我々の方がその期間はかなり長い上に今まで地中にいたから地上の爬虫類と比べてかなりずれている。途中で冬眠期が来て地上制圧を一時中断している間に彼ら地上人類は戦力を蓄え、より強化するのは目に見えている。
そうなれば地上制圧はより至難となるのが理由だろう」
「しかし、それならなぜ今の時期に?」
「前にゴール様から聞いたが、今の地上人類の現文明の内に叩きたいとのことだ。
次の活動時期だと地上人類の文明がより発達し、伴って戦力が強化されている可能性がある。
彼らがまだ力をつけてない内に攻略したいのだろう。
あと我々が一応、微力限定だがゲッター線耐性技術を開発したのもごく最近、それらと時期を重ね合わせて一番都合がいいのが、今のこの時期というわけだ」
「なるほど……」
「だが我々の大きな誤算は彼らがそのゲッター線を味方につけてしまったことだがな――」
「おい、うるさいぞ!静かにしないか!!」
……ひそひそ話をしている内に、近くにいた看守に聞こえ、甲高く怒鳴られてしまう。
「……では話はこれまでにして、今は大人しくするしかないな」
……大人しく静まりかえるラドラ達だったが、次の日。
突然、一人の半魚人女性がこの囚人牢に現れる。
「アウネラを、あの人を見捨てたのは本当なの!!?」
「ユウシェ様……っ!」
彼女はユウシェ=ニ=アークェイル。
アウネラ夫人である。
彼らがアウネラを見捨てて帰ってきたという良からぬ噂を聞きつけ、ここに飛んできたのである。
当然、アウネラの部下全員が仰天する。
「よくも夫を見捨てて逃げ帰ってこれたわねえ!!
爬虫人類としての誇りはないのかこの裏切り者共!!」
ヒステリックになったように喚き、彼らへ恨み節と罵言を吐きまくる。
それらが強烈に応え、彼らの顔色はどんどん悪くなっていく――。
「あの人は冷たい海底で一人ぼっちなのよ…………いくらなんでも可哀想よォ……」
号泣し、崩れ落ちる彼女――。するとラドラは立ち上がり、鉄格子越しに彼女と対面する。
「アウネラ夫人、気持ちはすごく分かりますがどうか聞いてください。
アウネラ様は自ら囮になって彼らを逃がしたんだ。決して見捨てたわけではない」
「…………」
「敗戦が続き、そしてその戦闘も敗北は確実……あのままアウネラ様も帰ってきても恐らくゴール様によって全員処刑されるのは避けられなかったと思います。
だからこそ、あの方はせめて部下だけでも助けようと、自ら犠牲になったんです……彼らをどうか責めないでください。アウネラ様は笑顔で彼らを見送ったそうですから――」
……ラドラのお陰で彼女も一応落ち着き、彼らに頭を下げて去っていった。
だが部下達はその屈辱と後悔に押しつぶされてしまいそうになり、ガチガチに震え、そして大粒の涙を流しながら床にひれ伏せて嗚咽した――。
(こんな戦争が続く限り、このような場面が何度も起こるのか……恐らく地上人類側も……)
ラドラはこの地上人類と爬虫人類の存亡をかけた戦争に憂いていた。