ゲッターロボ―A EoD―   作:はならむ

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第七話「本音」②

――数時間後、竜斗はふと目を覚ます。彼は上半身を起こし、周りを確認する。

 

「あれ……っ」

 

薬品独特の臭い、白くフカフカなベッドに周りには白いカーテンで囲んである。医務室のベッド上だと彼は分かった。

 

「俺は……なにしてたっけ……?」

 

あの後キリキリと胃の痛みだし気持ち悪すぎて全く寝れず、部屋内の洗面台で胃液を吐いて、また吐いての繰り返し。

今にも狂いそうな嫌悪感と悪寒、胃の痛みが最高潮に達した時……そこから記憶などなかった。

多分、あの後エミリアか誰かが倒れた自分を見つけて、医務室に運んでくれたんだと。

右腕を見ると未だに点滴針が刺さって、液体薬がカテーテルを通り、投与されていた。

「…………」

 

彼は天井を見ながらハアとため息をつく

(俺はどうやっても強くなれないのかな……これからもアイツの、水樹の手のひらに踊らされるのかな……。

けどエミリアにはもう迷惑、苦労をかけたくない。自分で何とかしなくちゃ……けどどうすれば……)

 

彼も悩んでいた。一刻も早く愛美の呪縛から脱出しなければ、弱さを乗り越えねば自分のためにもならないし、そしてこれからメカザウルスとも戦っていけない。

またいつ襲ってくるか分からないのに、何をしているんだろうと……恐らく今のままでは数日前に戦ったあの『強敵』を打ち倒すのは到底不可能だ。

ゲッターロボの操縦技術ばかり向上しても意味はない、精神力も鍛えないと、と。

 

(黒田一尉なら……こんなときどうするんだろ?)

 

……解決策を色々練るもなかなかいい案が思いつかず。

彼なりに一応頭に浮かんだのは一度、勇気を出して本気で怒ってみるということである――。

 

(まあ……それが出来てたら苦労はしてないんだけどなあ……っいざという時に退いちゃうからな、俺……)

 

悩んでいた時、医務室の入り口ドアが開き、誰かが入ってきた。

そしてこっちへ向かってくる。

誰だろうと少し身体を起こす――が。

 

「ダイジョーブ、イシカワァ?」

 

「ひい、み……水樹……っ」

 

 

動けない時に限って最悪の事態である。満面の笑みをした愛美が彼の元にやってきたのだった――。

 

「なんかエミリアちゃんが石川が倒れて医務室に運ばれたって言ってたからお見舞いにきたよ♪」

 

「………………」

 

嘘だ、ウソに決まってる。彼女は動けない俺をまた苦しめるためにきたに違いない――彼は確信した。

 

「イシカワ、お薬の時間よ。あーんしてっ♪」

 

突然、彼女はポケットから青く、ひし形の謎の錠剤を取り出した。

 

「な……なんだよそれ……っ」

 

すると、彼女の口から出たのはとんでもない答えであった。

 

「コレ?『バ〇アグラ』よ」

 

「ば、バ〇アグラっっ!!?」

 

「アンタもさすがに知ってるでしょ?

これを飲めばどんなイ〇ポなヤツもたちまちオチ〇チ〇が元気になる素晴らしいお薬よ」

 

「なんでそんなもんを持ってんだよ……!!」

 

「実はこういうのって裏で結構流通してるもんなのよ。

そんでもってマナの友達に安く譲ってくれたの、スゴいでしょ?」

 

「お前……まさか……っ」

 

彼女は彼の元に立ち、一緒に持ってきた水の入ったコップ一杯と共に差し出す。

「さあコレを飲んで今から昨日の続きしましょうね、イシカワ♪医務室でエッチ、一度やってみたかったのよねえ♪」

 

本当に狂ってる……彼は真っ先にそう思い浮かんだのはそれだった。

 

「心配しなくていいのよ、今はエミリアちゃん達は用事なのかこの艦から降りてったし十分時間はあるよ♪」

 

「ふ、ふざけるなあ!!お前、本当に頭がおかしいよ!!」

 

「ほら、あ~~ん♪」

 

ニコニコのかわいい顔で口に近づける彼女。点滴針の刺さっていない方の手で彼女の腕を掴み止め、そして頑なに口を閉ざした。

 

「ほら、ご主人様の命令よ、飲みなさい!」

 

「!!!」

 

口を固く閉ざす竜斗に、彼女は彼の上にのしかかり彼の口に無理やり押し込もうとした――。

 

(もういやだ、もうコイツの言いなりになるもんか――!)

薬が閉じた唇に押し入っても、中の歯を閉じて意地でもシャットダウンする竜斗――。突然、彼女はコップの水を彼の顔にぶっかけて、彼の頬にビンタを浴びせた。

 

「飲めよ」

 

そして今、彼女の顔は悪鬼のような表情へ、まるで人格が変わったかのように変貌していた。

 

「飲めっていってんだよォーーーーーーっっ!!!!」

 

本性を顕した如く、気性を荒くなり凶暴と化した愛美。まるで何かに取り付かれたかのように往復ビンタを彼に浴びせた。

頬が真っ赤に腫れ上がるも、必死に耐える竜斗。しかしその心情は……。

 

(なんでそこまでして俺を……分からない……水樹の本質が分からない……)

 

彼は怒りを通り越してなぜか悲しくなったのだ、理由は分からないが。

しかし、少しずつだが彼女から感じられるのがあった。

……それは『嫉妬』のような歪んだ感情。彼に対してそれを向けているのを。

 

ちょうどその時、エミリアはなぜか艦内の医務室へ向かっていた。駐屯地内に降りたと言っていたが、途中でマリアが医務室のデスクに忘れ物したと言うので、優しい彼女は代わりに取ってくると言って戻ってきたのだった。

彼女は医務室の自動ドアを開けた時、表情が一変した。

 

「リュウト……?」

 

竜斗の寝ているベッドから何かを叩く音、愛美の怒号が響き渡るのを。

彼女は急いで白いカーテンを開けると愛美による恐ろしい惨劇が起こっていた。

エミリアは仰天して愛美をベッドから強く突き落とし、竜斗の元へ駆けつけた。

 

「リュウト!!」

 

「え、エミリア……!」

 

彼の両頬がひどく腫れ上がり鼻血も出ている。これは何度も強く叩かれたに違いない。

 

「ヒドい……ミズキ……アンタァ……っ!!」

 

もはや竜斗がやられたことに対する怒りだけではない、病人に対して行った暴力行為に対する彼女の人間性をも疑ったのだ。

 

 

 

そして突き落とされた彼女もゆっくり立ち上がると、その怒りの矛先をエミリアに向けた。

 

「またおまえか……いつもいつもマナのジャマばかり……許さない、もう絶対に許さない!!」

 

「!!!」

 

彼女はエミリアに襲いかかり押し倒したのだった。

 

「エミリア!!」

 

「ぐあ……っ!」

 

彼女の首を本気で締めはじめる愛美だった。

 

「……アンタたちばかり幸せになんかさせない、マナより幸せになるなんて許さない、マナの苦しみも知らないで……!!」

 

「…………!?」

 

……幸せ、苦しみ?いきなり何を言い出すのか、彼にさっぱり分からず。

苦しそうに悶えるエミリアに竜斗は立ち上がると、腕に刺さっていた点滴の針を無理やり引き抜き、痛みをこらえ意を決して愛美を押しとばし、彼女を抱き起こした。

「大丈夫かエミリア!!」

激しく咳き込み、悶絶するエミリア。

彼はすぐさま医務室にある緊急ボタンを押した。

 

「お前まで邪魔するのか……ならもういい」

 

愛美は倒れている彼女の元へ向かうと胸ぐらを掴み、空いた手でポケットから『スマートフォン』を取り出した。

 

「アンタにも見せてあげる。これ――」

 

「…………?」

 

竜斗は彼女のしようとしていることに気づき激しく狼狽した。

 

「や、やめろーーーーっ!!」

 

しかし時すでに遅し、エミリアの目に入ったその写メは彼女の心を深く抉った。

「……な、なに……これえ……リュウト……なにして……?」

 

「マナねえ、実は一昨日アンタの『すごく大事』なイシカワとエッチしちゃったの♪

気持ちよかったよ、アイツ思った通り『初めて』だったけどね、キャハッ♪」

 

「ウソ……ウソでしょ……っ」

 

エミリアの顔は一気に青ざめて取り乱し始め――。

 

「ウソじゃないわ、これが証拠よ。よく映ってるでしょ。

ゴメンネ、マナがイシカワのドーテー奪っちゃった♪」

 

「イヤ……イヤ、イヤァァァァァァーーっっ!!!」

 

エミリアは顔を酷く歪めて錯乱した。

悲痛の叫びを上げる彼女は、そのままおもちゃの電池が切れたかのように力なくゴロンと倒れてしまった。

 

「エミリアァァァァ!!」

 

彼の叫びはもはや彼女に届いておらず、涙を止まらず流れたまま自失していた。

 

「キャハハハハハハ、ザマーみやがれ!!イシカワごときがマナに反抗(さから)うからこうなるのよ!

あ~あっ、エミリアちゃんカワイソウ。ショックでもしかしたら自殺しちゃうかもね~~♪」

 

だがそれが起爆剤となり彼の堪忍袋の緒が切れ、愛美に襲いかかり、押し倒し、彼女の首を全力で締めはじめたのだった。

 

「ぐ……えっ!」

 

悶え苦しむ彼女の見た彼の顔は今まで見たことのないような怖ろしい怒りの表情。

例えるならそれは地獄の閻魔大王か――。

 

「お前……そんなに人を陥れるのが好きか……そんなに人を傷つけるのが好きなのかよォ!!」

 

「………………!!」

 

「お前だけはゼッタイに許さない、殺してやる……今すぐブッ殺してやる!!」

 

彼とは思えない恐ろしい言葉を吐きながらさらに握力を強める竜斗。

そして泡を吹き出して苦悶の愛美、今までの立場が逆転した瞬間だった。

 

その時、早乙女とマリアが駆けつけ今にも愛美を殺そうとしている竜斗を目撃し、一目散に二人を引き離した。

 

「落ち着け竜斗っ!」

 

早乙女に取り押さえられるが顔を真っ赤にして怒り狂い、もがき暴れる竜斗。

今まで我慢するうちに彼の中に溜まりにに溜まった怒りと悲しみなど負の感情が今ので引き金となり、暴発したのだろう。

そしてマリアに保護されて苦しそうに咳き込み愛美は……。

 

「ふ……ふざけんじゃないわよ。なんでアンタ達は……そんなに、そんなに愛しているの……マナはそこまで愛されたことないのに……ふざけんじゃないわよーーーー!!」

 

あの愛美が、大粒の涙をポロポロ流して子供のように泣きじゃくったのだった。その姿にこの場の全員が呆然となる。

 

――実は、愛美はこれまでに多数の男と付き合ってきたが、すぐに振られていたのだった。

 

その理由は『最初はかわいらしいしエッチも上手い、お金持ちでいいがだんだん途中で飽きてくる、ウザくなる』

 

『ぶりっ子すぎて本心が見えない』

 

『態度が高圧的でセフレとしてならいいが、本気で付き合うのには向いていない』――など。

 

そして『最初はピュアなように振る舞いながら、後から友人や知り合いの情報で所謂、ヤリマンだとバレてしまうこと』も言われている。

 

これらはすべて彼女の性格が仇となっている。しかし彼氏にまともに愛されていない彼女は竜斗達の関係を嫉んでおり、竜斗をいじめていた理由も実はこれである――。

 

『嫉妬と憧れ』。愛美はこの表裏一体の感情がまるで泥のようにグチャグチャに混ざり合い、出来たのが劣等感(コンプレックス)となって歪ませていたのだった。

 

彼女が異様に『エッチ』をしたがるのも、彼女なりの『愛されたい』形を求めていたからなのかもしれない。

そう考えると彼女も哀れな人間である――。

 

「エミリアちゃんまでこんな………………っ」

 

……マリアは、ふとそこに落ちていた愛美のスマートフォンの拾い上げた時、間違えて画面にタッチしてしまった。

 

「うっ…………竜斗……君……っ?」

 

あの『画像』を見てしまい気分を悪くするマリア。

 

――その後、竜斗とエミリアは艦内から駐屯地内の医務室で休養することになり。

逆に愛美は落ち着かせるために静かな場所で休ませ、その上でマリアのカウンセリングを受けたのだった。

マリアは、愛美から竜斗を『レイプ』したことと本心を聞いた。

まさか男である竜斗を『レイプ』したことにはマリアは、彼女の狂気の行動力に悪寒が襲ったほどで――これについては絶対に許されるべきではないと愛美をこっぴどく叱りつけた(叱りつけたところで到底許されることではないが)。

 

しかし本心については共感した。それは同じ女性だからこそ解るもの。

女性にとって愛されないのは悪夢のようなモノ、しかしそれには彼女にも原因があると優しく、そして分かりやすく諭したのだった――。

 

その夜、マリアは愛美を部屋で休ませた後、司令室で早乙女と共にソファーに座り、自身特製のコーヒーを飲みながら愛美について話していた。

 

「水樹がなあ……」

 

「……ええっ、彼女の行った行為はゼッタイに許されないのですが……彼女の気持ちは十分に分かります。

だからと言って手を出してしまっては元も子もないのですが」

 

彼女も色々疲れたのか額を手で押さえて大きなため息をついた。早乙女は立ち上がり、窓から外を覗く。

 

「なあマリア、女って業が深いよな」

 

「……司令?」

 

「甘くて情熱的でもあれば時には嫉妬し破壊的になり……爆弾を抱えてるような生き物だ。だが、それが女を美しくする、不思議なもんだ」

 

キザなセリフを吐く早乙女にマリアは驚く。

 

「……司令がそんなこと言うのは意外ですね。

司令はそういうのは興味ないと思ってたんですが――」

 

「そりゃあ昔は結構遊んでたからな。若さのいたりと言うやつさ。今以上におちゃらけてたし」

 

「そ、想像できないんですが……」

 

「まあ今ではそういうのはもう捨てて、ゲッター線研究に一筋だ――おそらくこれからも……」

 

早乙女は腕組みをして、何か考えごとしてるのか黙り込む……。

 

「それにしても竜斗は精神的に大丈夫なのか?」

 

「とりあえずは。しかし性行為に対するPTSD(心的外傷)を患っている可能性も十分あります。

もしそうなら彼は、これから先に不都合な事ばかり起こるのでは……」

 

……心的外傷。つまりトラウマのことである。

竜斗が愛美によって性行為に対するトラウマを受けたのなら、最悪の場合、女性不信、または恐怖症になり、それが原因で『ED(勃起不全、またはインポテンツとも)』を患い、これから先で彼女ができた時、結婚した後に性行為が出来なくなることもある。

心的外傷は物理的外傷と違い、忘れようとしても心の奥底で残るものであり完治は非常に厳しい。下手をすれば一生引きずる場合だって考えられるのだ。

 

「……マリア」

 

「司令……?」

 

「明日の午前中、水樹をここに呼んでくれ――彼女に話がある」

 

「…………?」

 

早乙女は彼女にそう指示した。

 

竜斗とエミリアの二人は駐屯地内の医務室の病室のベッドにいた。

錯乱したエミリアは今は、鎮静剤を投与されて静かに眠っている。

そして顔の治療を受けた竜斗は隣のベッドで寝ながら、眠るエミリアを悲しい目で見つめていた。

 

(エミリア……本当にごめんな…………俺らが小三の時、学校から帰る途中で野良犬に襲われたことがあっただろ。

お前は怯える俺の盾になって、真っ先にすぐ近くに捨ててあった折れた物干し竿を持ちだして、ブンブン振り回して追っ払ってくれたよな。

今でも、お前があの時半泣き状態で言った『リュウトはアタシが守るんダカラ――』って今でも覚えてるよ……。

 

他にも、何かあったらいつも俺を助けて……庇ってくれて……ホントウなら男の俺がお前を守らないといけない立場なのに……。

分かってた、こんなんじゃいけないと前から分かってた。

けど、臆病な俺は勇気を出して一歩を踏み出すことが出来なかった。早乙女司令やマリアさん、黒田一尉に出会って、ゲッターロボに乗り込んで強くなれると思ったら大間違いだった。俺が弱いからエミリアまでゲッターロボに乗るなんて言い出し、水樹に汚されて、弱みを握られて、挙げ句の果てにお前をこんな目に遭わせてしまった……)

 

エミリアに今までの自分の無力さ、男としての弱さを、甘さを懺悔していく竜斗は、嗚咽しだした。

(俺……今スゴく後悔してる……一番辛く苦しんでるのはエミリアなのに……それなのに……それなのに……俺は助けることすらできなかったなんて……ゴメン、ゴメンよ、エミリア……っ)

 

彼は布団を顔に被せて声を上げずに号泣した。彼は今もって身にしみたのであった――そして、これからは自分がエミリアを守っていくべきだと――本気で心を決めた。

 

――次の朝。先に起きたのはエミリアだった。

 

「………………」

 

 

 

横で自分の方を向きながら眠る竜斗を複雑な表情で見る。彼の赤く腫れぼった目の周りを見るとどうやら泣いていたようだ。

(心配しないで……アタシは気にしてないよ、何があってもリュウトはリュウトだから――あ~~あ、アタシだけまだ純潔か。

ヒドいよリュウト、先に大人の階段登るなんて――こうなったらアタシもミズキと同じくリュウトを襲っちゃおうかしら……なんてね)

 

そう冗談混じりに考え、クスッと笑う。どうやらそこまでショックを受けてはなかったようだ。

 

(けど――やっぱりリュウトが心配で心配でしょうがないよ――)

 

彼女はまた不安げな表情を浮かべて彼を見つめた。

 




七話終わりです

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